文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信 No.124

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2009年(平成21年)5月18日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.124
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2009前期4/20 4/27 5/11 5/25 6/8 6/15 6/22 6/29 7/6 7/13  
  
2009年、読書と創作の旅
5・18下原ゼミ
5月18日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
 1.出欠(担任・顔と名前覚えのために当分つづけます)
 
 2.司会進行指名(司会担当者は3頁のプログラムに沿って進めてください)
 3. 5/11ゼミ観察&テキスト、名作一日紹介
 4. 課題観察作品発表(前ゼミつづき) &感想
 
 5. 社会観察 (政治家の世襲問題の是非)
      
ガザ問題観察
 先日、NHK教育テレビのETV特集でガザ地区問題の番組を見た。「パレスチナ・ガザの今 イスラエル軍撤退後の現実」と題して司会者と三人の日本人男女が討論する番組だった。昨年暮れ、イスラエル軍は突然にガザ地区を攻撃した。その作戦は徹底したものだった。空軍機による絨毯爆撃、地上軍投入による徹底破戒。もともと軍事力に大差のあるパレスチナとイスラエルである。勝負にはならなかった。イスラエル軍による封鎖というか占領は今もつづいているという。映像は、パレスチナのガザ地区の住民を直接取材したドキュメント風のもの。三人の男女は、この地を取材した初老のジャーナリスト、戦争で精神的に傷ついた子供たちのケアをする中年の女性国連職員、そして中東研究家。作家の村上春樹氏が、イスラエルで授賞講演したとき、卵と壁という表現をしたが、パレスチナ側に多くの民間人の犠牲者がでた。兄弟を殺された上に苺畑を戦車で踏み潰された農民。セメント工場を再起不能なまでに破壊された経営者。三人の幼い娘たちを顔面黒塗りのイスラエル兵に殺された父親の嘆き。これだけ見れば、如何にイスラエルが無慈悲で、ナチにも劣らない残虐な国民かと思う。が、イスラエルにも言い分がある。国家のない悲しみ。迫害されつづけてきた歴史。自爆テロの恐怖。元凶は終わらぬ憎しみの連鎖である。40何年前、当時の日本の若者は映画(『栄光への脱出』など)やニュースでこの地の不幸を知った。なんとかしてやりたい。そんな同情からイスラエルのギブツ農場に手伝いに行く若者も多数いた。が、何度かの戦争でイスラエルが圧倒的に強いとわかってから、日本の若者はアラブに身を投じるようになった。テルアビル空港での乱射事件は、世界を戦慄せしめた。あれから何も変わっていない。変わったのは、アラブとユダヤ人だけの問題になったこと。解決策は、昔もいまも同じ過去より未来。連鎖を断ち切る勇気。平和への道は、それ以外にない。できなければ、歴史が終わるその日まで憎しみ合うかない。中東観察は、いつも暗澹としている。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.124 ―――――――― 2 ―――――――――――――
 
 5・11ゼミ観察
参加者5名
  5月11日ゼミの参加者。(順不同)
・清水理絵  ・白川達矢  ・塩崎真佑  ・河西杏子  ・内田すみれ
司会進行は、塩崎真佑さん
1.ゼミ誌連絡 ゼミ誌ガイダンス開催日 必ず2名参加のこと
 月日 : 5月26日(火)
 会場 : 文芸1教室 
時間 : 12時20分~
 参加 : 清水副編集長 白川達矢編集委員(河西編集長の代理快諾)
2.自己紹介 はじめて参加された人
 【内田すみれさん】一年はフマゼミ、動機は、「車中作品」に興味。将来は教職
          自宅は調布
3.テキスト読み 『菜の花と小娘』『網走まで』
 『菜の花と小娘』音読直後の感想・印象。 
・「小娘が印象的。黄色、明るい、楽しい、いい感じがする。
・「何か物悲しい感じがする」
・「きれいなイメージ。いきなり菜の花との会話が」
・「菜の花のわがままぶりが面白い」
・「絵本とか童話を念頭に書いたのでは」
 『網走まで』感想は課題 (この母子はどうなるのかは次回課題)
4.観察作品発表 
 清水理絵さんの作品「ふつうの一日の記憶」の『黄金週間』
 半分でチャイム。残りは18に日ゼミ
6.配布、提出原稿、新聞コピー、四谷・大塚模擬試験国語
 【提出原稿】「車内観察」「ふつうの一日」「『網走まで』感想」
       提出原稿は、自信作はゼミ誌原稿としても可
 【新聞コピー】「憲法問題」「政治家世襲」
 【四谷・大塚模擬試験原稿】有名私立中学入試模擬問題 提出
   作者が参考にする。国語的には、どのような理解になるのか。
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5・18ゼミプログラム
1.出欠、課題収集、連絡事項、司会指名
2.「ふつうの一日の記録」について 
  テキスト『或る朝』、紹介・林芙美子『放浪記』
3.観察作品発表 (前ゼミのつづき)
【一日観察】
清水理絵「黄金週間」「ちよとつ妄想」
河西杏子「ある一日」
塩崎真佑「自分の一日」
白川達矢「女王」
【車内観察】
白川達矢「おばあちゃんの笑い」「覚える」
河西杏子「心地よい電車」
塩崎真佑「視線」
永井志穂「不快指数のなかの充実」
【生き物観察】
清水理絵「勝手に人生相談」
【社会観察】
清水理絵「政治献金について」
塩崎真佑「新型インフルエンザ」
観察作品のポイント
 観察と報告は、常に対になっているものです。観察しても報告しなければ、観察の意味がありません。反対に報告したくても観察したものがなくては、報告自体、有り得ません。このように観察と報告は、切り離すことのできない密接な関係にあります。このことから観察は、常に報告し易いようにしなくてはいけません。そこで観察のポイントをあげると、このようになります。
① 報告し易いように簡潔に、だれにもわかるように書く。
② 常に文章を半分に、そのまた半分にするよう心掛ける。
③ 多くの日記ふう、書簡ふう創作は簡潔な作品の積み上げて物語されています。ドストエ
  フスキー、ゲーテ、バルザックなど、そうでない作家もいますが。
 
音読の意義
 なぜ音読か。黙読でもいいのではないか。そんな意見もありますが、このゼミでは音読します。ゼミの目的は、読むこと書くことの習慣化ですが、この他に表現力もあります。音読の意義は、ひじょうに単純ですがつぎの通りです。
① 黙読はいつでもできるが、ふつう音読はやらないから。黙読は飛ばし読みがある。
② 聴くことによって、文章の流れや内容がよりわかる。
③ 将来の希望はジャーナリスト、作家の人が多い。
④ 人の作品を聞くことでどこが変か悪いかわかる。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.124 ――――――――4 ――――――――――――――――
2009年、読書と創作の旅・観察発表
2009年、読書と創作の旅・課題
車内観察
視線
塩崎真佑
 ガラス窓が澄んで、まだ暗くならない曇り空、寄りかかると私はすっと吸い込まれる。後ろには誰かのスポーツバッグ、この意志のないものがカタリカタリと進むたび、バックは飛び出しそうになり、私の足は大きくなって靴に収まらなくなる。
 どこかに近づき始めると、意志のある物体と並び会った。私に向けられた指、笑った口の輪郭、うつむいた形、乱雑な空間、すべてが班で、そして、空席がみえる。最初はゆっくりと、はっきりと見えていた。そして、影はしだいに擦れて離れていく。こちらの方が早く、早く、進んでいく。あの指も口もすべては早回しされたように消えていく、消えてしまう。車内は、うっすらと夕陽の光を帯びていた。
 ふたたび扉が開かれ、閉じられたとき、トマトケチャップの匂いがぷんと入り込んできた。だんだんとその甘い酸っぱい匂いが汗のように感じられていく。これは、私の内からのものなのか、はたまたそれは、後ろから溢れるものなのか、考えるたびに混ざり、混交とし、巻き込まれていく。
 また駅に着いて、私はこの大きい足を抱えて外へ出た。そして、静かにあの影がくるのを待っていた。
不快指数のなかの充実
永井志穂
 夕方のJR埼京線下り方面行きは、動く芋洗い場だ。私は生まれたときからこの路線の沿線に住み、かれこれ約二十年も利用し続けているが、いつまで経ってもこの夕方のラッシュ・アワーには慣れることができない。
 帰路、私が埼京線に乗り込むのはいつも大体十七時過ぎごろ。ちょうどラッシュ・アワーに突入する時間帯だ。電車がホームに到着すると、黄色い線の内側、横三列に並んだたくさんのひとたちが、一斉に乗降口の扉の左右に分かれる。扉が開くと、車中にいた人々がぞろぞろとホームに降り立つ。時折、「降りるお客様を先にお通しください」というアナウンスにも関わらず、ずかずかと車内に乗り込んでいこうとするひとがいる。あーあー、そんなに急がなくったっていいじゃん。学校帰りでなんだかいろいろと疲れている私は、心の中でひそかにそう毒づく。
 
* * *
満員電車の中は、まるで温室だ。外との気温が二℃ぐらい違うんじゃないかと思うほど暑い。身体の前後左右がことごとく周りにいるひとと密着し、身長が高いほうではない私は、立ち位置によっては窓の外の景色を眺めることすらできない。
 と、前にいる若い女の子が携帯電話を取り出し、おもむろにボタンをカチカチやり始めた。メールだろうか、それともゲームだろうか。彼女は私に背を向けて立っているので、携帯電話の画面を覗こうと思えば覗くこともできる。けれど、もし彼女がそれに気づいたら、きっとあからさまに嫌そうな顔をして携帯電話を閉じるのだろう。それ以前に、もし自分が彼女と同じ立場で、自分の打っているメールなんかを読まれたりしたら、たぶん恥ずかしくて消
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えたくなると思う。ちょっとまずいんじゃないか、この視点。そこまで頭の中でぐるぐると想像を巡らせた末、私は頭を横に逸らしてどこか別の場所に目を向けることにした。
 右横では、会社帰りのサラリーマンらしき男の人がふたり、吊り革につかまりながら談笑している。私と身体が密着しているほうの男の人は、どちらかというと聞き役の立場のようだ。もうひとりの男の人が「あのひとのこと、やっぱ皆あんまり好きじゃないみたい」とか「○○さんが今度飲み行こうって言ってたよ」などと言うたびに、「うんうん」「ハハハ」と相槌を打っている。身体が密着しているので、彼が頷いたり笑ったりすると、その声の振動が私の身体にまで伝わって、私の身体の内側をびりっと震わせる。私は、その振動が決して嫌いではない。人の声が伝える振動は、無機物が与えるそれよりも少し温かいような気がするからだ。
 後ろの人が手に提げていたバッグを持ち直したようだ。背中にその角が当たってちょっと痛い。左横に目をやると、耳に大きなイヤリングをつけたおばさんが文庫本を読んでいる。こんなに混んだ電車の中で本を読んだりして、気分悪くならないのかな。そう思いながらも、私はそのおばさんが何を読んでいるのか気になってしまう。なぜだかよく分からないのだけれど、他人の携帯電話の覗き見は失礼だが、読書を覗き見するのはまだいいんじゃないか、という思いが自分の中にある。それでも、あからさまに覗き込むことはしないが。小説かな。それともエッセイかなにかかな。私はおばさんの読んでいる本の内容をこっそり想像してみる。
 見知らぬたくさんの人々と身体を寄せ合って、電車に揺られて目的地を目指す。毎日のことだけれど、ふと私はそこに非日常を感じるときがある。そんなときは、他の誰かと密着している部分に気を集中させて、そのひとの体温を感じてみることにしている。
* * *
たったの三駅間なので、私の埼京線の旅はものの五分程度で終わる。電車が停止する少し前から、私は身体をちょっと捩って降車のときに備える。
「十条。十条です」
 アナウンスとともに電車がホームに停まると、扉が開き人垣がわっと崩れる。私は、すみません、すみません、と言いながら人波をかき分けて、ホームに降り立つ。やっぱり外のほうが涼しい。夕方の風が肌に心地よい。
 発車を待っている電車のほうを振り返ってみると、新たに乗り込んできた人々で車内は変わらず寿司詰め状態になっている。
 疲れたような、それでいてなんだか充実した時間を過ごしたような不思議な気分になって、私はスイカをかざして改札を出る。
覚える
白川達矢
 京急線の終点にあるその駅は、ぶくぶくと怠惰に太った雲をいくつも浮かべた空の下、年寄りとこどもの観光客で多少にぎわっていた。
 もう少しで昼にさしかかろうとしているいま、電車に乗る人はそう多くない。ゴールデンウィークとは名ばかりの平日だから、さらに人は減る。
 わたしはできるだけ人のいない車両に乗ろうと、先頭に向けて白線をたどって歩いた。
 どこの車両も数人は乗っていて先頭車両までのぞくことになった。そこには五、六歳の男の子が四人座っていた。
 最前列にあるシートに気の強そうな三人の男の子が並んですわり、その向かいの座席にもう一人座っていた。時間のかかりそうな、黒人によくみられる髪型をした三人は下品な、替え歌か、何かを歌って笑いあっていた。黄色人種のこどもにそれは似合わないように思えた。歌っている三人をみているこどもは、強く目をこすっていた。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・124―――――――― 6――――――――――――――――
 わたしが男の子たちから少し離れたところに座ると、二本の缶ジュースを手に持ったお婆さんが一人で座っていた男の子の横に腰を下ろした。どうやら二人旅らしい。こどもはほっとしたようにおばあさんに笑いかけた。三人で座る男の子たちは歌うのをやめたが、大きな声でしゃべっていた。
 三人の下品な会話に動じる様子もなく、おばあさんは隣に座る男の子の話を聞き続ける。男の子も必死に、何も必死になることもない話を続ける。そして、ときどきまた目を強くこする。
 電車が出発するというアナウンスが流れ、三人の男の子は窓の外をみた。まぶしそうにおばあさんは目を細めるが何も言わなかった。おばあさんが無害であると直感的に悟ったのか男の子たちはまた下品な歌をはじめた。歌のリズムにあわせ、ご自慢の足を大仰にばたつかせ、膝に置かれた青や赤の小さなバッグをゆらしていた。
 トンネルに入り、向かいの窓が鏡となったときこどもが、強く目をこすり、ゆるむ唇をかみしめたその顔はひどくゆがんでいた。
 都心へ向かうごとに人が、黒い服を皮膚のように着た人が増えてきた。彼らは教典でも読むみたいに携帯電話を一心不乱にのぞき込んでいる。儀式が行われているのか。外の景色みました? 電車が速すぎるのです。祈る時間もありはしない。いつの間にか変な髪の三人はいなくなっていた。
 人が多くなっておばあさんも男の子も見えなくなったが、最後に聞こえた言葉はこんなものだった。
「おばあちゃんはどうして、オレの話だけに笑えるの」
 わたしは、顔をゆがめていた男の子のことを想像してみる。彼は笑いたくなかったのだ。彼はきっと潔癖ともいえる親に育てられてきたのではないか。下品なものを嫌う性格を与えられた彼は、しかし下品なことをあまりに知らなかった。そして、幼稚園か、保育園かで他のこどもが歌う、話す下品なことを理解できなかった。こどもたちがあまりに楽しそうに、愉快そうに歌うものだから、笑うものだと覚えてしまったのではないだろうか。後々に、それを下品だと知ったとき、白いものをみた黒いこどもたちがどんな目で彼をみたことか。そして、覚えてしまったことを彼がどれだけ後悔したことだろう。
 わたしの隣に座る男子高校生の二人組がなにやら下品な会話をしている。
 トンネルに入り、向かいの窓が鏡となったときこどもが、強く目をこすっていた。ゆるむ唇を許そうとしないその顔はひどくゆがんでいた。
 おばあちゃん、わたしの話で笑ってよ、とわたしは思った。
楽しい電車
河西杏子
 井の頭線というのは、実にマイペースな電車だと思う。急行と各駅しかないけれど、本数も多いし遅延も少ないときている。タフな路線だ。
 休日の昼間は、ことさら乗客の少なさが際立つ。吉祥寺発・渋谷行の車内は日だまりのように温かい。座席に散らばる乗客は、何処か遠くを見つめている。この時間は、携帯電話の画面を凝視する人間もいない。高速でメールを打つ高校生の代わりに、頭をもたげて心地よさそうに居眠りする老人や、小学生が運転席をつま先立ちで見つめる姿が見える。
 一定のリズムで揺れる車両、駅と駅の間隔はそれほど長くない。駅を出ると次の停車駅が見える距離をのったりのったり進んでいく。井の頭公園の新緑が駅のホームにまで迫ってきている。ホーム側には、幹の曲がった木が柵からせり出し根っこがコンクリートを押し上げている。何処か懐かしい雰囲気の駅のホームには、色の違うチェックのスカートをはいた学生がちらほら立っていた。バトミントンのラケットを背負う彼女達は、赤や緑やカラフルな色のスカートを風に揺らしとても爽やかだ。この辺りの中学生はチェックのスカートなら何色をはいても良いらしい。個性的な柄もあれば、とてもシンプルなスカートをブレザーに組
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み合わせる彼女たちが、少し羨ましい。彼女たちが入ってきて、静かだった車内が少し賑やかになる。部活の話に夢中の彼女たち。いつかの自分の姿が重なる。
 また動き出した車内はカーブを描きながら緑のトンネルを過ぎて、閑静な住宅街へと移っていく。停まった駅から入ってきた女性は、大きな紙袋を抱えて入ってくる。紙袋に描かれた店の名前にハッとした。私がよく行く古本屋の名前だ。古本屋といってもそこは、絵本を専門に扱う古本屋だ。世界中の絵本が集まっている。どんなに題名や作者を思い出せなくても、店長に話の内容を話せばたちまち目当てのものが見つかってしまう。あの店長は、絵本の師匠だ。女性は、一体どんな本を買ったのだろうか。紙袋の中を覗きたい衝動に駆られたが、紙袋から取り出した絵本を真剣に見つめる彼女を見ただけで、何となくお腹がいっぱいになった気がした。
 静かな車内。落ち着く雰囲気。けれど、もうすぐこの車内からもお別れだ。右手に見える車庫が降車駅へと近づいていく事を知らせる。たった800㍍の距離しかない駅と駅。中学校の頃にはマラソンで走った神田川がちらちら見える。ホームの向かい側に見えるちょっとした坂には、春の花が賑やかに咲き乱れる。
 カタバミやイヌフグリ。綿毛になったタンポポの横にはハルジオン。カラスノエンドウの紫色がよく目立つ。もうすぐこの花ともお別れだと思いながら、紫の座席を立った。
                ちょとつ妄想
85A071-2
                           清水理絵
 黒黒黒黒。
 黒い服で、椅子が六割はうまっている。
 全体の九割、椅子はうまっていて、三人立っている。
 手ぶらの散歩のように、気楽になれる、混雑の程度。
 しかし、なぜ黒なのか。
 と、考えて見回すと、赤と灰色と水色の薄手のジャンパーを着た男性。
 奇妙なのは手元。
 何で、傘持っているの?
 外は晴れだった。
 今日は、雨のち晴れの予想で、雨は朝にはやむと報道され、朝九時半の時点で降っていなければ、降る可能性はかなり少ない。
 持っていたのは白いビニール傘。
 そうか。この人は……
 雨だった。購買を出たら、大雨。
 幸い、ビニール傘は持っていた。白いやつだ。
 だが、傘たてを見て、少し戸惑った。
 白いビニール傘が、四本も立っていたのだ。
 これのうち、俺のはどれだ?
 今は、雨の中、彼女を待たせている。一本一本調べている暇はない。
 もういいや。適当に持っていこう。
 間違えて持っていかれた人だって、代わりに俺のを持っていけばいいのだ。
 と、見た目では全て同じように見える傘の中から、一本を取り出した。
 俺は悪くない。悪いのは、同じような傘を大量販売している業者だ。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・124―――――――― 8――――――――――――――――
 と、責任転嫁。
 とにかく、彼女の元へ急がねば。
「もーう。シンジ。遅いー」
 化粧が多少濃いめの、可愛いと言えなくもない彼女は、ふくれていた。
「悪い悪い。レジが並んでてさ」
 文芸棟の入り口で、ひたすら謝る。
「じゃあ、帰ろ」
 彼女は、くるりとバス停の方に向きをかえ、またこちらに向き直った。
「何、その傘」
「あ?」
「何」と言われるほど凄い傘を持ってきた記憶はない。
 だが、みるみるうちに、彼女の顔は、白くなった。
 見上げて、傘を見る。
 あ。
 シンジ☆アカネ
 相合傘だ。三角形と、直線が描かれている。
 だが、俺はアカネなんていう女性を知らない。
「シンジ」なんて、腐るほどいる。
 その内の一人が、「アカネ」という女性と付き合っているのだろう。
「『アカネ』って誰よ」
 彼女は、眉間にシワを寄せた。
「誰なのよ!」
 言い訳をしなくては。購買の傘たてにあった傘を無造作に、選んだと。
「シンジ」なんていう名前、いくらでもいるのだと。
 だけど、喉がカラカラで、何も言えない。
「ふーん。『アカネ』って人と付き合っているんだ。私なんか、いらないんだね」
 違う。違うんだ。
 だけど、声が出ない。
「シンジが、私を重荷に思っていることは知ってた。もう、別れ時かもね」
 そう言って、笑って、彼女は走って去っていった。
 もう、笑うしかなかった。
 俺は笑っていた。笑い続けて、雨の中、ビショビショになった。
 果たして、「アカネ」「シンジ」とはどういう人たちか。
 翌日、雨のち晴れの予報で、雨は既に上がっていた。
 だけれど、その傘を持つ。
 無意味だとは知っている。
「アカネ」や「シンジ」に会えたって、何の得にもならない。分かっているけれど、なぜかつきとめたかった。
 晴れた日、購買の前で、ビニール傘をさして、立っていた。
 誰も、注目しない。
 僕は透明人間なのだろうか?
 晴れた日に、傘をさしたって、誰も気にかけない。
 もういい加減飽きて、傘を開いたまま、地面にパラボラアンテナのように置き、足で蹴った。
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 でも、あまりに軽くて、蹴るたび動くので、中々破壊できない。
 それでも、三本の骨を折ることに成功した。
 軽い運動のはずだったのに、息が上がった。
 その時、ぱたぱた、ぱたぱた、と、空から水が落ちてきた。
 ああ、雨か。
 私が二時限目を終えて、外に出ると、雨が降っていた。
 スクールバスの、傘を持っていた人は、濡れなかったのだろう。あの時はおかしく思ったが、彼の判断は的確だったということが、証明された。
 それにしても、折りたたみ傘は面倒くさい。
                           了
自分の一日観察
女王
白川達矢
 昨晩、母から電話が来た。
「大型連休なんだし、ひさびさに顔をみせたらどうかしら。二十歳になったのだし、お酒、飲まない?」
 わたしは一人暮らしをしていて、ときどき母に呼び出される。春休みだから、大型連休だから、夏休みだから、外食に行くから、そろそろ髪を切る頃じゃない、冬休みだから、と、わたしをかまいたがるけれど、たいていの場合わたしはことわる。
 わたしの幼いころから住み続けた街は、田畑の肥料や甘藍の日に焦がされたにおい、海からやってくる潮臭さとが混ざりあってできた、妙に弛緩した空気に覆われていた。高いビルディングはまったくない。開けた大地の先には海と山々。鳶や昆虫や家畜、生物たちの天国。わたしはそこが嫌いだった。わたしはひっそりとしているくせに意志の強い生物たちのあの住処が怖くてならなかった。
 雨の降る日、わたしはよく外に出る。あの街にいたときも、ふだんはあまり外に出ないものだから両親は出てけ出てけと、わたしは快適に歩き回ることができた。雨が降ると生物たちはいつも以上にひっそりと、意識もぐぐっと押さえ込むから、わたしは我が物顔で街を闊歩した。傘を振り回しながら。大嫌いなあの空気もこのときばかりは街を覆うことはない。雨ににおいとにおいの融合を妨げられ、生物や植物、海は本来の持つにおいをあたりに少しばらまくことしかできないからだ。そのときわたしは生物や植物のにおいを楽しむ。たとえば、オシロイバナの甘ったるい、でもちょっぴりつんとした植物らしいにおいとか。
 今日も雨が降っていたから、なんとなく外に出ようと思った。母に一日二日なら時間をつくれる、と答えた。思いの外よろこぶので、すこしだけせかせかと準備をした。学校の時もこれくらいせかせかできたら、ドイツ語の先生にじぃとみつめられなくてすむし、社会学で椅子にちゃんと座ることができるのに。席がないため、わたしは床に座って授業をうける。壁際にどっかりと。お供え物とかほしくなるくらいに。
 電車は嫌い。乗ると気持ち悪くなったり、おなかが痛くなったりする。電車の中でぐつぐつ煮るように適当なことを考えると、黄色いパンジーが泡立ってきた。
 泡立つ黄色いパンジーについて。
 わたしは何かものを考えるとき、頭の中で同じ言葉を何度も反芻させなければ、声も発することができないことがよくある。意識があちらこちらに飛ぶ。反芻させている間にわけがわからなくなることが往々にしてある。そのとき頭の中で、黄色いパンジーが泡立つ感覚がする。あの鮮やかな黄色とワインをうんと黒くしたような傷跡の色がぷくぷくわきあがって
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きて、急に泡がはじけたと思うとぼうっとしてしまう。だから、わたしはちいさい頃から無口として通ってきた。黄色いパンジーが泡立つところなんてみたこともない。しかし幼い頃に気づいて以来、この感覚になると誰にいうわけでもなくそう思うのだ。
 久々に自分が育ってきた街の空気を吸う。雨が降っていたから、やはりあの嫌いな空気ではない。生物や植物は融合することなく、ぽつんぽつんと寂しそうにあって、だからわたしは寂しくはない。
 バスは空いていた。この街に住む人は雨があまり好きじゃないように思う。雨が降ると多くの人は家族か誰かに電話して、おのおのの車で帰っていく。駅の改札に人だかりができる。昔、年貢などの制度があった時代にこの土地は、あまりに多いそれに払いあぐねて、そして海を埋め立てて新田をつくったと学校で教えられた。わたしの家のある地域一帯はもともと海だったのだ。水には困らなかったし、むしろ困らされることのほうが多かったのだろう。それで雨も好きじゃないのかなあ、と想像する。
 わたしはバスも車もつかわないで、雨の街を颯爽と歩く。茨木のり子みたくポケットに手を入れて、風来坊のように。でも、わたしの心はときめかない。
 ずいぶん歩いて、靴もズボンの裾も靴下までぐっしょりぬらして、傘を壊して、家の前にたどり着く。白いワゴンとワインの色をした五人乗りの車が止まっていた。うちのと、お隣さんのものだ。グレーで四角い三階建てのお墓みたいな家がわたしの家だ。三階の窓には逆三角形の赤いシールが貼ってある。三階以上の建物には必要なものなのだそうだ。
 お隣さん。名前は知らない。何度も聞かされたけれど、すぐに忘れてしまった。小学生の頃、わたしの両親は共働きで、わたしは姉や弟と違ってともだちと遊んでから帰宅するということがなかったので、逃げるように家に帰った。わたしはよく家の鍵を持つのを忘れて外でまちぼうけをくらう。生物や植物、それから海の威圧感と戦いながら。ときどき、それにひどく耐えられなくなるときや、トイレに行きたくなると、お隣さんの家によくいった。お隣さんの子どもさんはすっかり大人になって出て行ってしまっていて、わたしはその子どもさんがほんとうの子どもだったころみていたアニメのビデオを見て過ごした。ひどく申し訳ない気はしたけれど、わたしだってできることなら自分の家のどこか部屋にこもりたかった。
 家の扉にさわると、外が少し寒かったからかじんわりと暖かな気がした。小学校六年生の頃に建て替えられてできたこの家は、当初ひどく無機的で冷たく見えたのに。
 老いとは恐ろしいな、と思う。
 わたしは母以外の家族の誰からも厄介者として扱われてきた。異分子として。へりくつ屋であることや、親に従順でないこと、嘘をつく(わたしは嘘だとは思っていない)ところ、ぼうっとしていて何を考えているのかわからないところ、みんな厄介なのだそうだ。それが高校時代の終わり、大学が決まる少し前あたりから、急に手のひらを返したように甘くされだしたのには恐怖した。ようやく刃向かう力がついてきたのに。暴力から身を守ることも、黄色いパンジーの泡立ちに邪魔されずに、ちゃんと相手のいうことを理解して反論すること
もできるようになったのに。正しい人間になんてなりたくなかった。なれないとわかっていた。茫茫とした密林を切り開き、王国を築いた、戦士であり、女王であるわたしの呻き声が聞こえるか。薄れて見えなくなりつつある額の縫い目も、もう消えてしまった太もものやけどの痕も視力を持って、おまえたちをみている。流した血も涙も、今や皮膚となり鎧となっている。おまえたちを心に置くために、わたしは傷を負ってまで国を築いた。なぜ、わたしを人に、戦士に育てたのだ! 黄色いパンジーの泡立ちに任せ、どんどんとわたしの想像の世界は広がった。ぷくぷく。
 老いというものが恐ろしいものだと知ったのは、趣味で集めたたくさんの腕時計をしげしげと眺める父をみたときだ。その眼差しをわたしは知らない。知っているとするならば、言葉を覚えたての頃に少しだけ向けられた、泣きはらされた目に塗る薬のような疑わしきそれくらいだった。その眼がわたしをみた。インターネットで時計の修繕道具を買いたいんだが、とわたしに微笑みかけた。これが、老いなのか、と。
―――――――――――――――――――― 11 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.124
 父は若い頃、ちゃぶ台返しを本当にする父だったのに。倒せると思ったら、いつでも倒しにこい、と言ってにらみながら泣くわたしを見下していたのに。倒すべきを父を彼はどこへやってしまったのか。恐ろしい、恐ろしいよ。
 ぱちん。
 泡沫の感情。
 まったくいい思い出がなかった訳じゃないでしょう。
 と、女王が諭す。
 ぼうっとする。
 急に帰らなくては、と思う。
 駅に向かって、ぐっしょりぬれた靴とズボンの裾と靴下と、壊れた傘と一緒に歩き出す。顔見知りのおばさんに会う。いつも手を振ってくれるので、わたしも振りかえす。ここだよ。中学時のクラスメイトのお母さんなのだそうだ。母がいつも、あの若い人。あなたあのおばさんに好かれているのよ。あなただけだって、クラスメイトの男子で振りかえしてくれるのって、と教えてくれた。わたしは誰にでも手を振られたら振りかえしてるから。
「壊れてるの、傘」
 うん、と頷く。
「わたし、折りたたみ傘ももってるから、あげようかぁ」
 もう一度うなずいて、笑う。
「またね、百均のだから、気にしないで。かわいいわ。ひどくならないうちに帰るのよぅ」
 お礼をいって、駅までピンク色の傘を差していく。おばさんは、母よりずっと若いように思えた。わたしは結構、現金なのかもしれない。
 電車に揺られ終わると、母からまだつかないのか、と電話がきた。わたしは体調が悪くなったから、と言って続きも聞かずに電話を切った。お叱りのメールは女王まで送ってほしい。けして、わたしに送ることのないように。
 今わたしの住んでいる街は、うんと生命たちの意志が弱く感じる。ずいぶんと身体が楽で、だから休みの日になると自分の通ったことのない道を探してずいぶん遠くまで散歩する。高校を卒業する少し前に引っ越してきたわたしは、学校が始まった頃、一人暮らしを始めたば
かりの人に街を案内してまわった。そして、帰り道にまた別の道を使うので、多くの道を知っている。育った町よりも、今住んでいる街の方が詳しいくらいに。
 朝から何も食べないまま、夕方になり、それでも今日はおなかがあまりすかない。わたしは一度にずいぶん食べるが、食べないでいることも平気だ。わたしは、食にあまり重きをおいていない。同じ食でも、小説の食べ物の描写や、映画やアニメーションに出てくる食べ物を観ている方はかなりすきだ。わたしは、わたしの舌よりも想像が与えてくれる味覚に酔う。
「耳をすませば」にでてくる麦茶とか。実際のわたしはどういうわけか、麦茶を飲むとひどく吐き気や胸のむかつきにおそわれる。量によっても違うが、一日はまともに動けなくなる。
 家に着くとブレーカを上げ、シャワーを浴びる。わたしはシャワーやお風呂がすきだ。水に濡らされているという状態を好むのかもしれない。なんとなくまとわりつく不浄を落としてくれる、そんな気がする。幼い頃、母はいつもお風呂を上がる前に、冷水をあびせた。わたしはアトピーがひどかったので肌を強くするためだったらしい。その頃、ひどく嫌いだったそれは、アトピーがなくなったいまでも習慣化し、何かに集中したいときには欠かせないものとなった。肌に水が張り付くように当たり、身体の汚れを取り去ってくれる。ふかふかのバスタオルで身体を拭くと、じんわりあたたかい。
 布団にくるまり、まどろみのなか、夕食の代わりにチョコレートをかじる。舌で転がし、甘みを口の中全体に行き届かせ、いい具合にとけたところで、それを噛む。歯に付いた甘みも時間をかけて吸うようにして楽しむ。チョコレートほどまどろみに似合う食べ物はない、とわたしは思う。どうして、と考えた出したところで黄色いパンジーが意識をその泡の中に
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.124――――――――12―――――――――――――――――
閉じ込める。
自分の一日
塩崎真佑
 観察というと、アサガオの研究を思い出す。毎日、水をやり記録をつける。時には、忘れてしまう。そんなふうに私を観察してみると、アサガオより動かなくても、私はちゃんと一日を過ごしたと思う。
五月一日の偶然
 小銭がピッタリなくなった。
 これは、偶然の一致、運命だといってもいいのではないだろうか。
 私は、幽霊というものを信じるも何も感じることができない。これは潜在能力がないからだとも言えるし、あながち私が見えるものはないのかもしれない。加えて、宇宙人のことを言うならば、どこかの物語として想像している。そもそも、宇宙というものに私は好奇心しか芽生えない。
 だから、とても現実的な世界で偶然が起きると、私はムクムクと起き出す。これは、私の内なる能力で引き起こしたことなのか、将又、人との連鎖で成り立ったものなのかとふっと考える。
 もしも、これが仕組まれたことならばどうにもならない。不思議をもつことはそれだけで面白い。秘密を知ることができないのは、少しだけ寂しい。
五月二日のドライブ
 新緑の風、ラジオ番組の洋楽、五月の始まりはこんなふうに始まるのだろうか。そう考えるとき、私は少なからず楽しんでいる。そして、チャーリーブラウンを思い出した。あのスヌーピーのキャラクターである。
 「後部座席で眠ることが安心感」であると言ったチャーリーブラウンの世界はとても狭く、窮屈で、心地がいい。それは、まさに子供の特別席だろう。
 埼玉県菖蒲村を通ったときに思い出した。押入れに仕舞ってある弟の兜に柏餅の味、そして、五月のドライブのしかた。
 また、私は鯉のぼりを探せるだろうか。
五月三日の声
 なだらかな坂をかの人はどのように走ったのだろう。田舎の空気と都会の空気はちっとも変わらないが、東京は私の帰郷とは比べようもなくくたびれる。
 日曜日、歩行者天国を見おろしている人は、何を思うのだろう。人の顔、おしゃべり、交通規制、ファッション、時々この世界は人間のだと錯覚してしまう。
 絶え間なく、紙袋を持ち続ける人に私は陰を感じるそれは、あくまでも自分自身で抱えるものであって、私はその人に同化し浸っている。
 つまり、消えゆくのはこの町だ。
 私が寄りかかる柱はずっと東京の一部かもしれない。だけど、私は違う。
 どうして、このがやがや声は響くのだろう。
 私は、その声を少しだけ聞きたい。
五月四日の片づけ
 ひょんなことに、この月曜日は掃除日和となった。あいにく、財布の中身も学業の中身もさびしく、行きどころないもの同士慰め合ったのかもしれない。
 叔母に風呂場を任され、今日は新たにTシャツとパンツ姿で洗うことにしてみた。もちろん、カーテンをひいて手から足までを駆使しすみずみまで行きとどくように気をつかってみる。風呂場の掃除で何を発見できるかというと、腰痛になる、髪の毛はとぐろを巻いている
―――――――――――――――――――― 13 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.124
ということだ。黒と黒が重なり合って、絡まり合う集まりは不思議だ。また、そんなことに現をぬかし遊ぶと、湯気が換気扇から逃げて行ってしまった。
 夕方、本を九冊手提げに入れて売りにいく。
 どれも、百円で買ったので九百円で購入したのだが、七百六十円で買い取ってもらった。こんなことなら、全部持っていけばよかったと思う。何を読んでも私は誰にも咎められる覚えはないのだから、好きにいこう。
五月七日のうつらうつら
 雨がパラパラと降ってくると、傘がポンポン開いていく。それも素敵だと思うのだけど、たまには誰にも邪魔されず、雨に身をさらけ出すのは気持のいい事だと思う。
 食堂に行くと、雨の日は決まって一人席は空いていない。みな外の天気とはうらはらに人が人の上に照らしている感じだ。
 図書館で雑誌を広げると、「ビワの葉の自然治療」という記事に目がとまった。いつもなら飛ばしそうな頁もじっくり見て、妙に感心したふりをしている。
「ああ、気づかなかった」
 たまたま会った知り合いと世間話をして、そして、また雑誌を開いて隣同士で無言になる。
 私の中に雨が降っていて、現実にも雨が降っているときがある。そんなとき、休憩所に腰をかけ同じ穴の挌同士、晴れを待つのもひとつのすごし方かもしれない。
社会観察
新型インフルエンザ
塩崎真佑
 乾いた音、でこぼこの頭、そして満員の席。東京行きの高速バスはあらゆる気配が潜んでいて、豚インフルエンザを思わせた。
 新型インフルエンザの脅威を伝える報道が日に日に増している。それは、正確な情報で、予防を促す効果はあるかもしれけないが、それは、ときに事実が誇張したものにも聞こえる。
 九日、国内で初の感染者が報道された。そして、その感染者の学校までがその対応を問われている。エジプトでは、人から人にうつる新型インフルエンザにも関わらず、この機に不
衛生な豚飼育を駆逐しようとすすめているという。
 新型インフルエンザで命を落とす人もいるなかで、私達はそれに便乗し、利用し、対策と銘打ったものが人を脅かす存在にもなり得ることを忘れないでいたい。そして、新型ウイルスが過ぎ去るのを静かに見守るだけだ。
30代自殺 過去最悪 若者増化傾向
昨年4850人
目立つ「うつ病」、5月14日の夕刊新聞の一面にこんな大見出しがあった。これは警視庁が14日公表した2008年中に自殺したひとたちの原因・動機などの報告である。それによると昨年の自殺者は3万2249人。全体的に減少(?)傾向にあるなかで30代は前年比2%増しと2年続けて過去最多。ちなみに20代も3438人と4%増、10代611人(前年度比12%)
 イラクやアフガニスタンの自爆テロニュースで10人、20人の人が亡くなったと聞くと驚く。悲惨な気持になる。しかし、日本では、毎日90人近い人が自殺しているのだ。たまの事件事故ではない。平和な日の毎日で、である。ただ慄然とするほかない。戦争でもないのになぜこんな社会に。民主党は、代表選でもりあがったが、三年ほど前はメールガセネタ事件で沈んでいた。騙された永田議員は辞職して姿をくらませたが、今年4月はじめ九州にあるビルから投身自殺した。官僚あがりの優秀な人だったときく。
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3.社会観察 → 世襲問題について
【世襲とは】①兄弟姉妹、父母、祖父母など候補者本人の3親等以内の血族と配偶者に国会議員がいる。②配偶者の兄弟姉妹、父母、祖父母など2親等以内の姻族に国会議員がいる。
のいずれかで、かつ選挙地盤または政治家としての「看板」を引き継いでいる場合を世襲と定義している。(4/26読売)
 世襲は133人立候補予定、自民33% 民主8% (朝日5/7)
次期総選挙に立候補している881人(7日現在)のうち、「世襲」は133人(15%)にのぼることが、朝日新聞社の調査でわかった。
現職衆議院議員(478人) → 119人(25%)=内訳、自民33%(101人 )、民主12%(13人)
【世襲評価】地元での活動に割く時間が少なくて済み、国政に集中できる
【批判】他の優秀な人材が立候補する妨げになる。
△親や祖父母が国会議員を務めた主な現職国会議員
自民党=麻生総理、福田前首相、安倍元首相、小泉元首相、鳩山総務相、中曽根外相、
小淵少子化相、細田幹事長、保利政調会長、町村前官房長官、石原幹事長代理、園田政調会長代理、民主党=小沢代表、鳩山幹事長、松本前政調会長
世襲反対 なぜ →
世襲賛成 なぜ →
どちらでもない なぜ →
【世襲政治の利点】江戸時代が300年もつづいたのは、おそらく各藩で世襲政治がつづいたからだと思う。日本が二千年のあいだ国家の体をなしてきたのも、天皇家の世襲のおかげといえる。歴史を振り返ると、政治力が問われるのは、何十年に1回あるかないかである。世襲が崩れた戦国時代を除くと、たいていは日々平安。世襲の方がうまくいっていたのである。明治維新があって、徳川時代の世襲制度は霧消した。その結果、日本は極端な軍国主義に走り、無謀な戦争をはじめ、最期にはナガサキ、ヒロシマの悲劇をみた。
【世襲政治の弊害】維新後、50年もたたないうちに崩壊した日本。福沢諭吉、夏目漱石、山本五十六、原敬などなど、立派な政治家、軍人、教育者、文学者がいたにもかかわらず、狂気の戦争に突入していった。その原因は、どこにあったのか。一見、世襲とは関係のない時代だったように思えるが、天皇制という枠組みのなかで世襲は、息づいていたのだ。そうして彼らは、戦後も生き残った。ドイツの政治家には祖父や曽祖父がナチ党という人は表立ってはいない。噂はあっても、否定的である。しかし、日本は、戦前に政治家だった人の子が多数いる。隠そうとせず、誇りにしている。戦後60年、平和と頽廃は、新しい世襲を蔓延らせた。親が急逝しただけで、ただの留学生が、会社員が一夜にして政治家として君臨するのだ。例えば、プロ野球選手の子孫同士でチームをつくったら、俳優、芸能人の子孫ばかりで出る映画をつくったら、小説家の子孫ばかりの本があふれたら。面白く楽しい想像だが、どれもこれもひどいものだろう。政治家の子孫とて例外ではないはずだ。現に、いまのこの社会がそれを証明している。政治家の目的は、社会を理想社会に近づけること。しかし、日本では、なぜかいつのときも、乖離している。いっこうによい社会にならないのである。不況下の世襲政治家考えは同じバラマキである。今回の給付金もそのひとつだ。あるお米を何に使うのか。人々に分け与えるより、教育に使おう。あの米百表の話、いまいずこ。
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2009年、読書と創作の旅
担当スタッフ
○ 班長 → 白川達矢さん(緊急連絡・合宿・その他)
○ ゼミ誌編集長  → 河西杏子さん
  ゼミ誌副編集長 → 清水理絵さん
   ゼミ誌編集委員 → 塩崎真佑さん、永井志穂さん、内田すみれさん、
            白川達矢さん
ゼミ誌作成に関して
5月下旬 → ゼミ誌作成ガイダンスのあと申請書類を受け取ってください。
        編集委員の人は必ず出席してください。
ゼミ誌作成ガイダンス → 5月26日火曜日 12時20分 文芸1教室会場
以後手順
1.「ゼミ雑誌発行申請書」を期限までに文芸スタッフに提出する。
2.ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めていく。
3.9月末、夏休み明けにゼミ員はゼミ雑誌原稿を編集委員に提出する。
4.編集委員は、印刷会社を決め、レイアウトなど相談しながら編集作業をすすめる。
5.「見積書」を印刷会社から受け取り、期日までに出版編集局に提出。
  期日は、ガイダンスのとき告知します。
  ※「見積」は必ず予算内におさめること。オーバーすると自己負担になる。
6.11月半ばまでにゼミ誌原稿を印刷会社に入稿する。
7.ゼミ雑誌ができあがったら、雑誌編集室に見本誌を提出する。
ゼミ雑誌発行期限は、12月14日 厳守 !!
8.印刷会社からの「請求書」を出版編集室に提出する。
※なるべく過去にゼミ雑誌を依頼したことのある印刷会社がよい。文芸スタッフに聞く。
 (はじめての会社は、事前に文芸スタッフに相談する)
ゼミ誌原稿は、提出原稿のなかからの選出をススメます
 
 ゼミ誌に掲載する作品は、夏休みに書いてもかまいませんが、これまでの例だと、提出が遅れたり、急いで書くため、付け刃的になったりで、必ずしも満足のいった作品にならない場合が多いような気がします。授業のなかで切磋琢磨した提出原稿のなかによいものがあるはずです。提出原稿のなかに、進歩をみつけましょう。
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2009年読書と創作の旅の記録
□4月20日 ゼミガイダンス(40分)、見学16名。「おんぼろ道場再建」ビデオ不調。
□4月27日 参加5名、司会・河西杏子 ゼミ誌編集委員決め、読み嘉納治五郎『青年
 訓「精読と多読」、世界名作サローヤン『空中ブランコ』、「憲法・前文と九条」
□5月11日 参加5名、司会・塩崎真佑、テキスト読み『菜の花と小娘』『網走まで』
 『菜の花』の解説、課題観察作品発表・清水理絵「黄金週間」途中まで。
 なんでもない一日の観察 
土壌館日誌
5月17日 日曜日 多忙な一日。天気は肌寒く、雨まじりの強風。8時45分に道場に行く。T先生と小3の男子が待っていた。幼稚園児1名、小学生5名、中学生3名、見学者母子1名。一般のM君、勤務か来なかった。壊れた雨樋の修繕依頼。春季大会要旨の配布。昼前、帰宅。午後12時59分の電車。乗り換えで「八千代中央」駅下車、徒歩7分で八千代市民会館。知人がでる「男性合唱団定期演奏会」と賛助出演の少年少女合唱団の合唱を聴く。最後は、カクレキリシタンが密かに唱えていたという「おらしょ」。はじめて聴く。なぜか、昨晩観たテレビの『ダヴィンチコード』を思い出す。雨交じりのなか急いで道場に。5時から受身の会をはじめる。準備体操、筋力体操、自彊術、受身、気功。6時20分終了。自宅まで徒歩、スーパーへ。この時間、商品は半額か20%引き。ダンゴ屋が1パック百円と大声で売り出していた。迷ったがやめてワインを買う。昨夜からメールをみていない。
 
ドストエフスキー情報
■ドストエーフスキイの会・例会 
 5月30日(土)午後6時から開催、原宿駅から徒歩7分 千駄ヶ谷区民会館
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 7月11日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7『カラマーゾフの兄弟』
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 8月8日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7 暑気払い読書会 
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
    課題の提出原稿数+出席日数+ゼミ誌原稿+α=評価(60~100)                         
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編集室便り
☆ 原稿、歓迎します。学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆ 本通信はHP「土壌館創作道場」に掲載されます。
2009年、読書と創作の旅 テキスト  提出日2009年5月  日
 
            番号    名前
『網走まで』は、長い物語の中間のような話です。どうし母子は、網走に流れていくようになったのか。過酷な北海道の網走で待つ生活とは。想像を駆使してみてください。
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2009年、読書と創作の旅 「車内観察」 提出日2009年5月  日
「車内観察」          名前
観察のなかに物語を
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009年、読書と創作の旅  「自分の一日観察」 提出日2009年5月  日
「自分の一日観察」      名前
10行を1行にする努力を
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