文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信 No.126

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2009年(平成21年)6月1日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.126
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2009前期4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/22 6/29 7/6 7/13  
  
2009年、読書と創作の旅
6・1下原ゼミ
6月1日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
 1.出欠・ゼミ通信配布 国語問題答え合わせ
 
 2.司会進行指名(司会担当者は3頁のプログラムに沿って進めてください)
 3. 名作読み
 4. 課題・車内観察作品発表(未発表の作品を順次)
 
 5. 社会観察 (人生案内)
      
中学入試模擬テスト国語問題『ひがんさの山』答え合わせ
 この作品は、「一日を記憶する」「生き物観察」「大人観察」、それに「うさぎ狩り観察」という複数観察を混合させた作品です。ある国立大教育学部ゼミでテキストにしたところ、内容に対極の感想がでたそうです。前回、答え合わせをした折り、解答率は90%でしたが、それでも作者との多少の乖離はありました。文学と国語を考えました。
『網走まで』と『三四郎』
『網走まで』は先々週、完成作品を読んだ。この頃、時を同じくして発表された作品がある。前半が車中観察になっているので、先週、夏目漱石の『三四郎』を読んだ。
 『網走まで』と『三四郎』。両作品の対象点、類似点をあげてみた。
○『網走まで』は、草稿末尾に「明治41年8月14日」と執筆月日が書いてある。
  作者、志賀直哉は25歳、小説を書き始めたばかりの、まったく無名の青年。
  この作品の主人公は、日光に遊びに行くため、上野から宇都宮まで乗車した。が、たま
  たま席が同じとなった北海道まで行く母子を観察し同情を寄せた。主人公の私は『三四
  郎』と同じくらい。女との接点は、ハンカチを直してやる。
○『三四郎』は、同じ明治41年1908年に書かれ9月1日から朝日新聞に連載。作者の夏目
 漱石は、このとき41歳。すでに『我輩は猫である』の大ヒットで流行作家に。前年には
 一切の教職を辞して朝日新聞社に小説を書くために入社。世間を驚かせた。九州から東京
 に向う希望に燃えた書生。同乗の女。こちらは、その子持ちの女に誘われるというき
 わどい場面もある。政府批判は、はっきりとでている。読者を意識した作品。
『網走まで』はエッセイ風、物語のはじまりのような作品だが、これで終わりの短編。
『三四郎』は若者の上京体験のようなものだが、中編物語のはじまり。
どちらも残っているところから、名作といえる。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.126 ―――――――― 2 ―――――――――――――
 
2009年読書と創作の旅
「ゼミ2号」乗員名簿
 
 「2009年、読書と創作の旅」に参加するのは総勢6名の皆さんです。時空船「ゼミ2号」で、「人間の秘密」を知るために、読むこと書くことの習慣化を目指します。旅の終わりにどのくらい観察力、執筆力、批評力が身についているでしょうか。
・清水理絵さん  ・白川達矢さん  ・塩崎真佑さん  ・河西杏子さん
・内田すみれさん ・永井志穂さん
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「2009年、読書と創作の旅」における役割り
 この旅は、1年間という長い旅です。少数精鋭ですが、この旅をより楽しく有意義なものにするために役割りをお願いしました。推薦、指名、じゃんけんでしたが皆さん快諾。
 どんなに小さな問題も自分だけで抱え込まないで皆で話し合って解決しましょう。自他共栄、精力善用の精神を忘れずに。
「2009年、読書と創作の旅」班長・白川達矢さん
 
※少人数でも、まとめ役のひとは必要です。急なお知らせや課外活動などに当ります。
ゼミ誌作成編集委員
 この旅の目に見える最大の成果は、ゼミ誌作成です。印刷会社との交渉もありますが、全員で協力し合って記念になるゼミ誌を作りましょう。
・ゼミ雑誌作成編集長 = 河西杏子さん
・     副編集長 = 清水理絵さん
・     編集委員 = 塩崎真佑さん 内田すみれさん 
             永井志穂さん 白川達矢さん
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嘉納治五郎「青年訓」 第12 観察(125号のつづき)
 観察とは直接に事物について吾が智の燭火をあげてその実装を明らめるのであるから、その材料となるべきものは、日月・星辰・水火・風雪等り動植物鉱物並びに人事界における政治・経済・風俗・習慣等その他百般の現象である。したがって観察は独り学者や実務家等に必要なばかりでなく、もちろん学生にもまた欠くことのできぬものである。たとえば学生は日々教場において博物化学等さまざまの知識を得るのであるが、これらに関し自分であるいは実物を調べたり、あるいは実際の場合に注意したり、すなわち観察を敢えてするようなことをしたならば、それらの知識は精確に収得されるであろう。学生たるものは、己に知識を与えるものはひとり教師や書物ばかりでなく、周囲にある事々物々には一つとしてこれを伝えないものはないという事を会得し、学校往復の途中にあれ郊外散歩の時にあれ他人の家にある時にあれ、よく観察の習慣を積んで少しなりとも修養の助けにするように心掛けることが肝要である。
 しからばこのような観察をするについては、どすればよいかというに、平素注意を周密にして瑣細な事でもゆるがせにしないようにする習慣を作ればよいのである。127号へ
――――――――――――――――― 3 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.126
6・1ゼミプログラム
1.配布、出欠、連絡事項、国語問題解答合わせ
2.司会進行指名 (司会 → ゼミ誌ガイダンス報告、ゼミ合宿)
3、名作読みについて・(紙芝居か・・・「ひがんさ」)
4提出の.課題・【車内観察】作品の発表と批評
 
 「読書と創作の旅」①~③の未発表作品を
 
5.社会観察作品
 時間あれば、前号の「人生案内」を議論する。
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「2009年読書と創作の旅」① 5・11
・清水理絵「黄金週間」(一日観察)・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「爽やかな憂鬱」(一日観察)・・・・・・・発表済み
・清水理絵「勝手に相談」(生物観察)・・・・・・・・未だ
・清水理絵「政治献金について」(社会観察)・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」② 5・18
・永井志穂「不快指数の充実」(車内観察)・・・・・・未だ
・白川達矢「覚える」(車内観察)・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「視線」(車内観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「楽しい電車」(車内観察)・・・・・・・・未だ
・白川達矢「水とバタ」(店内観察)・・・・・・・・・未だ
・白川達矢「女王」(一日観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「ちょとつ妄想」(雨日観察)・・・・・・・未だ
・塩崎真佑「新型インフルエンザ」(社会観察)・・・・未だ
※ 塩崎真佑「自分の一日」(発表済み)は、『ゼミ通信124』に収録。
          「2009年読書と創作の旅」③   6・1
・清水理絵「呪われた木曜日」・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「マナーモード」・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「自分の一日」・・・・・・・・・・・・未発表
・白堅知佳「カウント」・・・・・・・・・・・・・未発表
上記、課題作品と、本通信掲載の課題作品も併せて発表。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.126 ――――――――4 ――――――――――――――――
2009年、読書と創作の旅・観察発表
2009年、読書と創作の旅・課題④
テキスト
         『菜の花と小娘」を読んで        白川達矢
印象・・・・寂しい気持がした。
感想・・・・菜の花と小娘はどこまでいっても相容れないのか、という気がして、もの悲しい。寂しいような気がする。娘は善意で花を他の花の咲くところまで連れてゆくが、最初のうち花は孤独である。自分は助けられて当然とした態度でものを云うが、娘も娘で、自分の立場でしかものが見られず、花が本当におびえているのにも気づかない。花は走る娘が苦しいのを悟るが娘はそのまま走る。苦しいのをさとって娘に声をかけても「心配しなくてもいいのよ」の一言を叱られたと思ってしまう。その後も二人の関係は平行線で、花は菜の花畑の一つとなってしまう。妙に明るい光景を浮かべさせて、実は見ていないものは暗いところにいるのではないかと考えてしまった。菜の花は小娘がいてくれさえすればいいようにも思えた。
観察・・・・・菜の花の心。互いの立場(力やそのものの本質)
           『菜の花と小娘」を読んで         塩崎真佑
印象・・・・イメージがわく
感想・・・・①小説よりも、昔読んだ絵本や童話のようで豊かな感じがした。②菜の花と小娘は親しげで、こちらまで声が聞こえてきそうなやり取りだから。③「ポツポツ」「パタパタ」などの擬似音がよりイメージをふくらませた。④菜の花を麓の村に連れていくことだけが書かれているので、分かりやすかった。
観察・・・・菜の花小娘の関係。菜の花と人の関係。観察していると思う菜の花はいくらものを言ったとしても、その場から動くことができず、込む洲に助けてもらわなければならない。小娘は、それがわかるから何かしてあげようと思う。それは菜の花と人との間にある自然な関係だ。菜の花がひとに抱くだろう思い、菜の花にとって大変なものが、ときに人には笑い事に見えること、そんなふうに観察されたのではないだろうか。
           『網走まで』を読んで          塩崎真佑
 電車という、限られた場と時間のなかで事細かに人々が描かれていると思った。
 この作品に出てくる駅の様子、人の話し方、持ち物、そして電車の中は現代と大分、離れていた。けれど、電車というものに乗ると、必ず人と乗り合わせる。そして、作者のように、乗り合わせた人の境遇を考えてみたり、よけいな世話をやいてみたくなるのは、現代も同じだと思った。
 女の人のハガキには何と書かれているのだろう。私も最後に作者と同じように考えた。子ども二人を連れて、遠い網走まで行くのに、女の人からは悲哀に満ちた感じを私は受けなかった。きっと、何かしらの苦労、もしかすると、想像もつかない苦労をしている人かもしれないが、薄くえみを浮かべる女の人のイメージが私にはある。そして、顔に陰がにじみでている感じだ。
―――――――――――――――――― 5 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.126
 偶然、そのときだけ居合わせた人々は、知り合いや友人などとは違う雰囲気がある。そして、その人々の一部を見ただけで、その人々を見る。この作品は、そんな観察が含まれてい
ると思う。
      『網走まで』物語の前後を想像する         塩崎真佑
【網走までの生活】
 数年前の母子は羽振りのよい家にいたのではないかと思われる。子供が読んでいた絵本、ドロップ、網走まで行く電車のなかの荷物は、少しばかりの余裕が感じられる。ただ、電車のなかに父親がいないこと、大酒呑みらしい父がいないことで、母親の苦労が目に見える。父親が今どこで何をしているのか。母子が網走まで行くようになったのは、十中八九、父親が関係していそうだ。落ちぶれて人格が変わってしまったのか、病気になってしまったのか、きっと良いほうではなく、悪いほうに傾いたに違いない。
【網走での生活】
 網走で待つ生活は、母子にとって今まで以上に厳しいものがあると思う。荒れた土地、あかぎれになった手、前進が薄黒くなり、その土地の独特な肌合い、そんなふうになるのではないか。私の想像では、網走という土地に揉まれながら、たくましく、しぶとく生きる母子が見える。それは私の希望なのかも知れない。本当は母子共に儚い運命に向かうのが自然なのだろう。ただ、網走まで母子は無事に着けたのか。それも不安だ。
車内観察
いつもと違う車窓
河西杏子
 手足がもう痺れるほどの疲れたその日、私は、帰路につくための乗換駅を過ぎてしまったことに気がついた。視界に映っていたなじみの駅名に、どうして気付かなかったのか。曇ったメガネを拭きつつ少し考えてみる。
 今は、乗り換える駅の二つ先。一度降りて乗り直すのは、かなり重労働のように思えてならない。何とか楽にする手だては無いのだろうか。巡らす思考の海は、どっぷりとした暗雲の色で解決の糸口など存在しないに等しい。生まれが東京だからといって、この蜘蛛の巣のように張り巡らされた路線に精通しているはずがない。見たこともない景色に駅名。膝に乗せていた鞄の重みがやけに現実的だった。
「仕方がない」
 ぽつりと出た独り言に、辺りありを見回す。がたいことに乗客は、それほど多くはない。携帯電話の画面に表示された道筋にため息をつく。時間とお金がかかるが、乗り換えが一度きりの道順で、元の帰り道に戻るしかない。これこそ最善なのだと思わざるえないほど、私の体は限界まで疲れきっていた。
 生憎各駅停車の車両に乗ってしまった私は、長い乗換駅までの運行を楽しむことにした。見慣れない風景の中を走っていくうちに、外はだんだんと背の高い建物が建ち並ぶようになった。都会に近づいている証なのだろう。色あせたベンチ、狭い待合室、どれも良く見かけるはずなのに見慣れない世界を前にすると何処か寂しさを感じた。夕暮れの車内は静かで、陽光が窓に反射して橙色の光を私の手に映す。滲んだ薄紫の空が車窓の反対側を通り越し迫ってきていた。もう、この電車に乗ってどれほどの時間が経つのか。それすら考える気にはならない。電車の振動に身を委ね微睡していると、駅から聞きなれない音楽が流れる。発車
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・126―――――――― 6――――――――――――――――
の電子音が柔らかく夕暮れのホームに響いて、私の心に染み渡って行くような気がした。行ったことのない駅には、私の知らないモノが沢山存在している。ちょっとした冒険をした事に、何だか誇らしげな気持になった。
 新宿に近づくにつれ、まばらだった乗客が、眼を覚ますたびに増えていく。隣に座った女子高生の手元には、懐かしい単語帳があった。もうすぐ試験が近いのか、赤い線が沢山引かれた単語帳を終始捲っている。彼女の引く赤い線が綺麗だと思う。少し歪んだような、曲がった線が愛おしさを増す。たまに沈む彼女の頭に、大きく揺らいだ春寒に肩に掛かる重みに。私は自分の学生時代を重ねていた。
 有名なアニメの発射音に私は、眼を覚ました。ここまで来ればあとはいつもの路線に乗って最寄の駅まで帰ることができる。荷物を肩に掛けると立ち上がってドアの前に並ぶ。その勢いで肩に乗っていた女子高生の頭が大きく揺れる。ハッとしたように辺りを見回して目を伏せた彼女も、どうやら私と同じで乗り換える駅を過ぎてしまったらしい。急いで私の横を通り過ぎ、反対のホームの電車に乗り込んでいく。憎たらしい階段を一段一段上がりながら、彼女の単語帳の印の多さに、テストは大丈夫なのかと心配してしまった。
触るな
                             清水理絵
 私は茨城県土浦市の中学校に通っていた。
 通学電車は超満員というほどでもないが、ソコソコに混む。あの頃の電車を思い出すと、懐かしいということより、身が切れそうだ。
 その朝も、ソコソコ混んでいた。夏だっただろうか。いや、夏だったことにしよう。
 私は、半そでの肌の出た部分に何かが触れるのは嫌だった。でもそれよりも、スカートから出た足に何かが触れるのが、嫌だった。足何か触れるたび、振り向いては刺激の元を探った。女子学生の鞄が一番多かった。
 リュックを背負う人を嫌った。すごく当たる。それだけでイライラムカムカしてしまい、肘鉄を食らわせたくなった。そのくせ、私は学生鞄を背負っていた。
 電車のドアが開く。ある高校の最寄り駅なので、その生徒たちが降りる。大人も降りる。うちは田舎だが、求人が皆無という場所ではないので、勤めている人だっている。
 電車は人を、吐き出すだけ吐き出すと、私を迎え入れた。人を吐き出した分だけ、向かい合ったのドアの間に空間ができる。そこに入って、反対側のドアの脇の、手すりにつかまる。
 片手には、ハードカバーの『罪と罰』。手すりの後ろに腕を通し、それで体を固定し、ハードカバーに読みふける。しかし、それに没頭していると思いきや、足の感度、腕の感度、良好。
 
 何かがぶつかる。スカートから出ている足に、固い感触。明らかに痴漢ではない。だけれど私はそれだけで、拳を握り締めて歯を食いしばりたくなるくらい、頭に嫌悪感というガスが充満する。胸がむかつく。どうやら、女子中学生が、床に鞄を置いていて、それが膝下の後ろの部分に当たるのだ。
 誰が鞄を床に置こうと、自由だ。普通に考えれば、別に非難されることもないし、いじわるでやっているわけでもない。だが、もう、殴りたくなる。
 だからせめて、足のかかとでその鞄をどける。
「うわー蹴ったよこの人。アハハハハ」
―――――――――――――――――― 7 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.126
 モロに聞こえた。後ろの女子中学生が、きっと友達と笑いあっているのだろう。笑い声が聞こえる。
「じゃあさあ、……」
 最後が聞こえない。が、鞄を元の位置に戻された。また、当たる。だから、どかす。
「アハハハハ。また蹴った。何これー」
 つかみかかって髪の毛抜いてやりたかった。ああ、世界が回る。何で私だけ?
 意味不明の問いかけ。
 鞄が当たるのは、私だけじゃない。みんな、仕方がないから我慢しているのだ。その鞄を蹴るという行為自体、私が逸脱しているのだ。
 悪いのは私。
 だけど、身が切れそうなほどの苦痛は、どこにもっていけばいいのだろうか。
社会事件観察
悪の根源
                         清水理絵
 僕が教授を殺したのは、殺してやりたいと思ったからです。
 彼は、僕に対して数々の悪行を行いました。まず、一年生の初めに、教授の書いた本を一万五千円分、買わされました。その頃は、教授の理不尽に気づきませんでしたが、その直後に風邪をひき、病院にかかるお金がなく、二週間の長患いになってしまいました。大学を二週間休んで戻ると、授業の内容はさっぱり分からず、風邪のせいで友達を作る機会も失ってしまっていて、ノートを写させてくれる人など一人もいませんでした。
 その悪行を、悪行だと気づいたのは、卒業する頃でした。本当に、間抜けな自分に腹が立ちます。
 二週間の穴埋めもできず、テスト期間になりましたが、勉強が追いついていないのに加え、教科書代のせいで、一日の食費がたった千円になってしまいました。その栄養失調で、テストのできも良くなく、ギリギリ可にしがみついた感じでした。その時すでに、僕の人生は、教授に歪められていたのです。気づかなかった僕が馬鹿でした。
 二年の終わり、僕にも男友達ができました。たまたま同じ授業を一つとっていて、顔を合わせると、笑顔で「こんにちは」と言い合いました。
 ですが、その人は、教授に悪影響を受けていました。その頃は、やっと教授の悪意の片鱗くらいは見えていて、「要注意人物」と思っていたのですが、その人は、目が、死んでいたのです。教授と同じに! 魚のように!
 そして、廊下で教授とその人がゲテゲテと笑いながら話している所を見てしまいました。次の日、そのことをその人に注意したら、ゲテゲテと笑って、死んだ目で睨みました。ああ、僕には友達がいないのです。
 三年になると、目が死んだ人は、どんどん増殖していました。何という人数でしょう。女子学生は全員、毒されていました。よって、僕に、清潔な彼女などできるわけもなく、それも、あの教授のせいなのです。あの教授は、女子学生にまで、僕を毛嫌いするように仕向けていたのです。
 就職活動の時、スーツを買うお金が少なかったのも、教科書代のせいです。だから、粗末なスーツしか買えなくて、思うとおりの企業の内定を取れませんでした。教授は悪意の塊です。親切に相談にのるふりをして、僕の情報を得て、それを歪めて企業に流していたのです。ここまでされて黙っているのも変です。
 なので、殺しました。
 まだ、一万五千円は回収できていません。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・126―――――――― 8――――――――――――――――
5・25ゼミ観察
1.【5・25ゼミ参加者】以下は5月25日のゼミ参加の皆さんです。
  5月25日ゼミの参加者。(順不同)  全員そろった日に、写真を撮ろうと思っています。
・清水理絵さん  ・白川達矢さん  ・塩崎真佑さん  
2.司会進行は、清水理絵さん
3.名作・夏目漱石『三四郎』の車内部分の読み
4.提出の課題「自分の一日観察」作品発表と批評
 白川達矢「覚える」、塩崎真佑「視線」、
2009年読書と創作の旅の記録
□4月20日 ゼミガイダンス(40分)、見学16名。「おんぼろ道場再建」ビデオ不調。
□4月27日 参加5名、司会・河西杏子 ゼミ誌編集委員決め、読み嘉納治五郎『青年
      訓「精読と多読」、世界名作サローヤン『空中ブランコ』、「憲法・前文と九条」
□5月11日 参加5名、司会・塩崎真佑、テキスト読み『菜の花と小娘』『網走まで』
       『菜の花』の解説、課題観察作品発表・清水理絵「黄金週間」途中まで。
□5月18日 参加4名、司会・白川達矢、テキスト読み『或る朝』、手本『放浪記』
       課題発表・清水理絵「黄金週間」、河西杏子「爽やかな憂鬱」、塩崎真佑「私
       の一日」、白川達矢「女王」、社会観察「政治家の世襲について途中」
□5月25日 参加3名、司会・清水理絵、試験解答、テキスト比較名作読み『三四郎』
      課題発表・白川達矢「覚える」、塩崎真佑「視線」
ドストエフスキー情報
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 7月11日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7『カラマーゾフの兄弟』
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 8月8日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7 暑気払い読書会 
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
    課題の提出原稿数+出席日数+ゼミ誌原稿+α=評価(60~100)                         
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編集室便り
☆ 原稿、歓迎します。学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net

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