文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信 No.127

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2009年(平成21年)6月8日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.127
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2009前期4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/22 6/29 7/6 7/13  
  
2009年、読書と創作の旅
6・8下原ゼミ
6月8日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
 1.出欠・ゼミ通信配布 国語問題答え合わせ
 
 2.司会進行指名(司会担当者は3頁のプログラムに沿って進めてください)
 3. 課題・車内観察作品発表(未発表作品数編)と評
 4. 表現学習実施・紙芝居『少年王者』口演
      
政治観察・世襲問題
 世襲問題について、前々回ゼミで感想を聞いた。参加者4名の意見は、三者三様だった。「いいのではないか」「政治能力があれば」「嫌らしい感じがするほど反対」「スタートラインが違うのは、やはりよくない」。一概に「ダメ」がなかった。世襲の利点として、早くから政治の勉強ができる。下克上(戦国時代)よりもいい。欠点は、民主主義ではない。本当の政治家がなることができない。などだった。選挙を前にして、各党はどうするのか。自民党は早々、制限を見送ることにした。以下、その抜粋記事である。読売新聞 (6月3日)
自民、世襲制限見送り 次々回から導入 小泉氏次男ら公認
 自民党は、2日、「世襲」新人候補の立候補制限について、次の衆院選からの導入を見送る方針を固めた。これにより小泉元首相の次男と臼井日出男・元法相の長男は、次の衆院選で公認されることになる。同党の党改革実行本部は、世襲制限は必要だとする最終答申を近く麻生総理大臣に提出する予定だが、導入時期は明示しない方針だ。「制限がいつからかは答申に書かない。首相を縛る内容にはしない」と語った。
 世襲問題といえば、お隣の北朝鮮の後継者についての記事も、同日、報道された。とくに朝日新聞は、一面に大きく掲載した。以下、その見出しと記事概要である。
「総書記、後継に三男」北朝鮮、中国へ伝達
 北朝鮮の金正日総書記(67)が三男正雲氏(25)を後継者に指名した、と朝鮮労働党幹部が中国共産党幹部に伝達していたことがわかった。
 東西冷戦時代、日本を訪れた西側の識者たちは、日本の記者たちから「日本は、どこの国と似ていると思いますか」と質問されると、皮肉ぽっく微笑んで「そうですねえ」と、ためらった。日本の報道陣や居合わせた政治家たちは、米国や英国など西側先進国を思い浮べたが、答えは「ソ連に似ている」だった。敵対する社会主義国に、どうしてと気色ばんだ。理由は、官僚が支配し、政治家は、いつも同じ顔ぶれ。それも高齢の。いま、同じ質問をすれば、恐らく「日本は北朝鮮に似ている」と答えるだろう。21世紀になっても、政治の場で相変わらず世襲を貫こうとしている。そこだけ見れば両国は、ほとんど似ている。 


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.127 ―――――――― 2 ―――――――――――――
 
2009年読書と創作の旅
「ゼミ2号」乗員名簿
 
 「2009年、読書と創作の旅」に参加するのは総勢6名の皆さんです。時空船「ゼミ2号」で、「人間の秘密」を知るために、読むこと書くことの習慣化を目指します。旅の終わりにどのくらい観察力、執筆力、批評力が身についているでしょうか。
・清水理絵さん  ・白川達矢さん  ・塩崎真佑さん  ・河西杏子さん
・内田すみれさん ・永井志穂さん
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「2009年、読書と創作の旅」における役割り
 この旅は、1年間という長い旅です。少数精鋭ですが、この旅をより楽しく有意義なものにするために役割りをお願いしました。推薦、指名、じゃんけんでしたが皆さん快諾。
 どんなに小さな問題も自分だけで抱え込まないで皆で話し合って解決しましょう。自他共栄、精力善用の精神を忘れずに。
「2009年、読書と創作の旅」班長・白川達矢さん
 
※少人数でも、まとめ役のひとは必要です。急なお知らせや課外活動などに当ります。
ゼミ誌作成編集委員
 この旅の目に見える最大の成果は、ゼミ誌作成です。印刷会社との交渉もありますが、全員で協力し合って記念になるゼミ誌を作りましょう。
・ゼミ雑誌作成編集長 = 河西杏子さん
・     副編集長 = 清水理絵さん
・     編集委員 = 塩崎真佑さん 内田すみれさん 
             永井志穂さん 白川達矢さん
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嘉納治五郎「青年訓」 第12 観察(126号のつづき)
 (前回まで、いつなんどきも観察の習慣を身につけること。)
 しからばこのような観察をするについては、どうすればよいかというに、平素注意を周密にして瑣細な事でもゆるがせにしないようにする習慣を作ればよいのである。実に注意の届くと届かぬとは観察の精粗(細かいことと粗いこと)を来す原因であって、観察の精粗はやがて各人間の知識の大なる相違となるのである。ガルバニ(イタリアの解剖学者1737-1798)は、一日蛙の脚に二種の金属を接触する時、それが摩擦するのを観察して思案熟考した。このような事は一見瑣細の事のようであるが、何ぞ図らん。これこそ異日大陸間の音信を通ずるところの電信機の発明の源であった。コロンブスはアメリカ発見の途中、水夫らが陸地の発見にに望みを絶ってまさに反抗しようとした時に、船側に流れてきた海藻を観てその求むる新世界の近きにあるを告げ、そうして彼らの反抗を鎮め得たのである。思うに如何に瑣細な事実でも、注意して解釈する時は一つとして何かの役に立たないものはないのである。諸種の工場の器械を観察すれば理化学の助けとなり、美術展覧会の陳列品に深く目を注げば、あるいは図画の力を進める事も出来る、あるいは知らず知らずの間にわが興味を高めることも出来るのである。                         128号へ
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6・8ゼミプログラム
1.「通信」配布、出欠、連絡事項
2.司会進行指名 (司会 → ゼミ誌作成についての話し合い)
3.提出課題の発表(未発表のもの数編)と評「読書と創作の旅」①~③からと本通信
 ☆「勝手に相談」清水理絵・・・・・・・・生き物観察
 ☆「不快指数の充実」永井志穂・・・・・・車内観察
 ☆「水とバタ」白川達矢・・・・・・・・・一日観察
 ☆「ちょとつ妄想」清水理絵・・・・・・・一日観察
 ☆「新型インフルエンザ」塩崎真佑・・・・社会観察
※ 評の視点=①観察度 ②まとまり度、簡潔度 ③情景度
  本通信は時間があれば
4.名作読み、詩編
5.ゼミ中日で表現稽古「紙芝居」=山川惣治画・作『少年王者』口演
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「2009年読書と創作の旅」① 5・11
・清水理絵「黄金週間」(一日観察)・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「爽やかな憂鬱」(一日観察)・・・・・・・発表済み
・清水理絵「勝手に相談」(生物観察)・・・・・・・・未だ
・清水理絵「政治献金について」(社会観察)・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」② 5・18
・永井志穂「不快指数の充実」(車内観察)・・・・・・未だ
・白川達矢「覚える」(車内観察)・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「視線」(車内観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「楽しい電車」(車内観察)・・・・・・・・発表済み
・白川達矢「水とバタ」(店内観察)・・・・・・・・・未だ
・白川達矢「女王」(一日観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「ちょとつ妄想」(雨日観察)・・・・・・・未だ
・塩崎真佑「新型インフルエンザ」(社会観察)・・・・未だ
※ 塩崎真佑「自分の一日」(発表済み)は、『ゼミ通信124』に収録。
          「2009年読書と創作の旅」③   6・1
・清水理絵「呪われた木曜日」・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「マナーモード」・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「自分の一日」・・・・・・・・・・・・未発表
・白堅知佳「カウント」・・・・・・・・・・・・・未発表
「2009年読書と創作の旅」④ 6・8
【大学構内教授殺人事件】第一回公判
〈容疑者の調書〉A、B、C、D・・・・・・・・発表済み
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.127 ――――――――4 ――――――――――――――――
2009年、読書と創作の旅・観察発表
2009年、読書と創作の旅・課題
一日観察
コインランドリと「女性」の雑誌と男
白樫知佳
 街のもののにおいと地面は雨の糸の縫合にされ、わたしの前に展示されているようだった。梅雨のけだるさにいっそう草花はにおい立ち、アスファルトや電柱の親しみとあたたかさがいっそう近く感ぜられた。わたしはすこしふんぞり返ってお気に入りの傘を半回転、どこかの貴族になったつもりで街を歩く。
 コインランドリ。洗剤の濡れた芳香がわたしに心地よい場所を教えてくれ、わたしは誘われるままにそこに入った。
 四十後半くらいの女性が二人と額から禿げかかっている五十くらいの男が一人、三列ある長椅子の一列に並び、座っていた。女性たちは、自らをそれだというように「女性」と太く印刷されたタイトルの雑誌を読むことなく二人の間に挟み、長椅子のちょうどまんなかあたりに座り、何かを話しあっている。男の方は隅の方で新聞を広げて、ときどき誰かと話したそうに、きょときょとしている。わたしは三人の列のすぐ後ろの椅子に座り、洗濯物があるわけでもないのでぼうっとしていた。急に男が振り向いて、わたしに目をあわせた。
「今日はどうして、ここに。買い物の途中かい」
 わたしは首を横に振り、少し疲れたので、と答えた。
「はあ、疲れた顔してるね」
 まあ、疲れてるので、と特別疲れてはいないが言ってしまったものは仕方がないので返事をすると、女性二人が振り返り、わたしと男に煎餅をすすめてきた。男は喜んでそれを受け取り、わたしも受け取った。
 それでね、と男がどれだかわからない話を始めて、女性二人は自分たちの話に戻る。男の話はどうも政治についての話らしいが、わたしにはちっともわからない。
「結局、政治が悪いとかそういう問題じゃないんだよ」
 わたしは何だかこの男が明日か昨日には、政治が悪いんだ、と言い出しそうな気がしてならなかった。
 女性のうち一人の洗濯が終わったのか、それじゃあね、とあかるいおばちゃんの声が聞こえ、出口をみると女性に手をふられたので、ふりかえした。コインランドリの建物の中が妙に暗く感じた。外は決してあかるくはない。雨と洗剤のにおいにあわせたように建物内の照明が弱いだけだ。どおりで居心地がいいわけだ、と妙に納得した。
 それじゃ、あたしも、ともう一人の女性が出て行くので、あわててわたしも出た。「女性」の雑誌と男は取り残された。
車内観察              苦い水
河西杏子
「あのひとは、やっぱりついてきているよ」
「しい、きこえちゃう」
 座席にちょこんと並んだ三人組が赤いランドセルを並べ、身を乗り出すようにこちらを見ていた。睨んでいたと言った方が正しいかもしれない。真新しい鞄を抱え込んだ真ん中の女の子を、気の強そうな友人が守るように両脇を固めている。
 女の子達は、鞄の脇に取り付けられた緑の星を大事そうに手の平に握りしめていた。あの星型は、多分防犯ブザーと言われるものだ。それだけでは、彼女たちの目の前に迫る恐怖を
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拭い去ることはできないのかもしれない。
「どうするの」
「今考えてる」
 三人は、一駅ごとに降りる乗客の動きにも過敏に反応を続ける。彼女たちは、視界を外すと彼女たちが盗み見ている方へと横目を向ける。午後四時の車内には、ずらりと並んだ座席に三人程度の乗客が座っているだけのまばらな状態だった。彼女たちが恐怖の対象として見ている人物を探すのは至極たやすいことだ。
 少し膨らんだお腹に、裾の擦り切れたジーンズをはいた男が、彼女たちを時折り横目で見ながらしきりに携帯電話のボタンを押し続けている。少し薄くなった頭髪に、油で七色の光を反射している黒縁のメガネが印象的だった。気づかれないように私も、直ぐに手元の本へと視線を落とす。彼は女の子から感じる視線に、不愉快そうな表情を浮かべている。
 三人の会話が聞こえるたびに、口の中に苦々しい汁が湧き出るような気がして、小さく咳き込んだ。
「このまま、あっちゃんがいつもの益でおりるのは危ないよ」
「でも、ママが心配しちゃうよ」
「だいじょうぶ。電話すればいいのよ」
 三人の声は徐々に大きくなっていって、あの男まで聞こえそうだ。
 それよりも両脇の女の子たちが、真ん中に座った友達の恐怖を煽っているのではないかと思うほど、二人の表情からは興奮が見て取れる。たぶん、学校やブラウン管ごしに得た知識を現実で駆使する事に対する一種の高揚がうかがえる。年下を守ろうとする感情と、そんな自分に対する誇らしげな感情に、彼女たちは酔いしれているのだ。
 以前、私もそのような事があった。学童保育を終えた私たちは、暗い夜道を集団で帰るのが習慣だった。別れ道に来たところで、私はいつも一人になる。電灯の影が伸びたり縮んだりするのを追いかけながら電灯の少ない夕暮れを一人足早に帰る自分に、いつも心に穴が空くような寂しさを覚えていた。そんなある日、子分みたいな年下が別れ道まで一緒になり、もうすぐ別れ道というところで背後の黒い影に気がついた。黒い影は、今思えばただの通行人に過ぎなかったのかもしれない。夕暮れの真っ暗の道を背後から歩かれると、子どもにとって小さな猜疑心をもつことはたやすいまだ。私はそのまま年下の手を引いて帰り道を急いだ。ふと気づくと、そこは私の家の前だった。年下の子を家まで連れてきてしまったのだ。彼女が、家の方向がわからなくなり泣き出してしまったのを後々、母親に教えてもらった。
 そんな事を思い出すと胸の辺りに苦い水みたいなものが、じわじわと溜まってくるような気分になる。あの子達も、私の年頃になって突発的に思い出すことになるのだろうか。その時は、やはり胸の辺りが苦い水で溢れるのかもしれない。
「あ」
真ん中の子が、小さく呟いて二人を指さしている。振り向けば、黒縁メガネの男性が座席から立ち上がって開いたドアから降りていく所だった。真ん中の子には安堵の表情が浮かんでいるのに、両側の二人は釈然としない様子で彼の後姿を見送っている。彼女たちのちょっとした「遊び」は、敵役の退場と共に、あっけない幕切れとなった。動き出した電車の窓から私の降りる駅が見えてくる。私はに持つをまとめて、改札に一番近いドアの前に立った。降りる直前に振り向くと、三人は誰かが持っていた絵本に吸い込まれるようにして見入っているところだった。もう、彼女たちはあの遊びを放棄してしまったのだろう。
 ドアが閉まり、発車した電車の窓に見覚えのある顔が映った。ぎくりとして振り返った先には、駅前で降りたはずの男が、こちらを向きながらにやりと歪んだ微笑みを私に見せてくる。胸の中に溜まった苦い水が溢れ出す。遊びの標的は、私なのだと。
 
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・127―――――――― 6――――――――――――――――
一日観察
弁当箱を探して
                               清水理絵
 ある日、弁当箱が壊れた。
 別段、残念でもない。ただ、ニラの臭いを撒き散らすそれが、とても不愉快だった。
 上蓋を固定する部品が、折れた。閉まらなくなった。蓋が全部割れたわけではないので、天地無用だけで事足りる。
 ああ、私の弁当はニラ臭い。おにぎりと、電子レンジで作った温野菜。温野菜のバリエーションは、マヨネーズ+塩コショウ、味噌+砂糖+酒、オイスターソース+塩コショウ。これだけ。野菜自身は、キャベツとニラ。冬は白菜とニラ。たったそれだけのバリエーション。
 まともな弁当を作らねばという気持ちが、「弁当箱を買う」気持ちに付加する。
 弁当箱を開けると、ご飯とお新香と肉と野菜があって、ふりかけをかける。ああ、何という贅沢。
 そんな気持ちで今日、弁当箱を買いに行ったのだ。
 壊れた弁当箱の話を父にしたら、「安いものはあまり買わないほうがいい」と助言された。とりあえず、ダイエーの、雑貨屋へ行く。
 可愛いお弁当箱が並ぶが、殆ど千円以上。高いので、躊躇する。そんなにお金を出して買いたいほど気に入るものが無い。
 諦めて、ダイエー内のダイソーへ行く。
 ダイエー内のダイソーは、小さい。だけれど、雑貨屋で千円以上するものに劣るとはあまり思えない、機能的そうで且つデザイン性優秀な弁当箱が並ぶ。だが、所詮百円だ。安かろう悪かろうだ。
 一旦保留にして、ダイエー内のユザワヤへ行く。
 ユザワヤは、会員証を持っているので、一割引きで買える。だが、元値はあまり安くない。という、先入観がある。画材などは、時々セールしていて、安いのだが、この前水筒を探したら、軒並み高かった。
 ワンフロアを貸しきったユザワヤは広い。弁当箱を探しても見つからない。そこで、男の従業員を見つけ、弁当箱の在りかを聞いた。
「お子さんが使われるようなやつですよね?」
 おい。なぜ決め付ける。私は未婚だ。確かに年増だが、未婚だ。手の先から足の先まで未婚だ。未婚の母でもない。断じて子供はいない。
「私が使うんです」
 憮然として言い放った。従業員は特別お詫びもせずに、案内してくれた。
「今ぁ、これだけしかないんですよね」
 あまり大きくない棚を一つ貸しきって、弁当箱が配置されていた。
 二段の弁当箱、一段の弁当箱。ダイエー内のダイソーよりは多かったが、あま豊富とは言えない。
 特別キュンキュンくるものがなく、ダイエーを出た。
 プロペ通りという商店街には、もう一つダイソーがある。二フロアを貸しきって店舗を運営している。店に入って探し回っても見つからないので、店員に聞いた。案内された場所に行くと、ユザワヤも雑貨屋も勝てないほどの、たくさんの弁当箱。
 その中から、「汁が漏れにくい!」と書いてある、一段の、中々好みな弁当箱があったので、それに決めた。もう一個、前と同じ、悪夢の温野菜弁当用の弁当箱も買った。
 いくら、「百円ショップで買った弁当が壊れた」とは言っても、一年近くもったのだ。百円でそれなら優秀ではないか? 反対に、千円出して買った弁当箱が、液漏れダラダラだったら、とても残念ではないか ?
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 私は、百円で、「百円にしては優秀」を、買ったと思っている。そして、「千円したけど使いにくい」という残念を避けたのだ。
 明日のお弁当が美味しいといい。
一日観察
待合室
塩崎 真佑
 磨りガラスから早歩きの足を見ていた。
 ほんのりと湿っているジーパンの上から荷物を下ろすと、私は曲がっていた背筋をピンと伸ばした。
 小さな看板がかかった診療所は賑やかな商店街の通りにある。ひっそりと、まるで隣の古本屋に隠れてしまいそうな奥まった間取りで、ドアの向こうには眼圧検査機や名前の知らない機械が並び、その先に暗室があることを私は知っていた。
まばらな簡易椅子に座り、渦巻いた取手の傘立て、赤や青などの原色だけで描かれた幾何学的な絵、そして、眼鏡をかけた少年と老医師の洋画をしげしげと眺め、
「じゃあ、もう一回検査するからコンタクトレンズはそのままで」
という穏やかな声が漏れてくるのを聞いていた。そのうち、男子学生が一人やって来て、雨合羽をかぶった親子連れが私の隣に座った。隣の子のぶらぶらとした足が心底羨ましかった。
私が呼ばれたのは、それから二十分してからだった。
見知らぬ看護婦がいつもと違う手順で視力検査を進める。右目から始まるものが左目から始まって、驚いたことに機械の並びまで変わっていた。それを知ってか知らずか私の視力はいつも以上に悪かった。
「どうも、悪いね」
先生にまでそう言われてしまい、私は素直に認めた。
「調子はどう?」
と聞かれて、
「元気なはずです」
と答えると、先生も私も顔なじみの看護婦も苦笑いをした。
瞳孔を広げる目薬を点してもらうと、先生が行ってらっしゃいと微笑んだ。
私が行ってきますと診療室から出ると、黄色い合羽の子が母親の膝に寄りかかっていた。
外へ出ると梅雨入りを思わせる町模様は少しだけぼやけていた。
「この季節はね、目が乾燥しなくていいんだよ」
先生は言っていた。
傘から滴り落ちるのを見ていると本当にそんな気がして、すっとしたものが入りこむ。
私の部屋にはビンがある。その中には忘れ去られた目薬がいくつもあって、それがすっかりなくなるには時間がかかるだろう。またしゃんとしようと思う。
三十分後、瞳孔が開いた。
ただいま、と言って診療所に入る。
待合室はほどよいものになっていた。
  
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・127―――――――― 8――――――――――――――――
☆ 名作読み 6月の詩 ポール・ヴェルレーヌ「無言の恋歌」吟じてください。
ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896)堀口大学訳『ヴェルレーヌ詩集』 新潮文庫
忘れた小曲 その三  雨はしとしと街にふる アルチュール・ランボー
雨の巷(ちまた)に 降るごとく
われの心に 涙ふる。
かくも心に にじみ入る
この悲しみは 何やらん?
やるせなの 心のために
おお、雨の歌よ!
やさしき雨の 響きは
地上にも 屋上にも!
消え入りなん 心の奥に
故なきに 雨は涙す。
何事ぞ!裏切りもなきに あらずや?
この喪 その故の知られず。
故しれぬ かなしみぞ
実(げ)に こよなくも堪えがたし。
恋もなく 恨もなきに
わが心 かくもかなし。
忘れた小曲 その七
             たったひとりの女のために
             わたしの心は悲しかった
             胸ではどうやら忘れはしたが
             心も胸も彼女から
             どうやら今では離れて来たが
             然もわたしはあきらめきれぬ
             胸ではどうやら忘れはしたが
             然もわたしはなぐさみかねる
             傷つき易いわたしの胸が
             わたしの心に呼びかけて言う
             「――夢ではないのか、これは果たして
             在り得ることなのか、こんな離別(わかれ)が?
             心が答えて胸に告げる「―― 姿は見えぬ遠よそに
             別れていながらあきらめきれぬ
             こんな地獄があろうなぞ 
             自分もきょうまで知らなんだ!」
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6・1ゼミ観察
1.【6・1ゼミ参加者】以下は6月1日のゼミ参加の皆さんです。
  6月1日ゼミの参加者。(順不同)  全員そろった日に、写真を撮ろうと思っています。
 ・清水理絵さん  ・白川達矢さん  ・塩崎真佑さん  ・河西杏子さん  
 【ゼミ合宿について】班長・白川達矢さん
 参加者4名のゼミ合宿は、実施する方向で 第一希望9月12日~13日塩原
                     第二希望8月 1日~ 2日塩原
2.司会進行は、河西杏子さん(2回目)
3.5・26ゼミ雑誌作成ガイダンス報告&要式提案
「大学内教授殺人事件」容疑者調書と裁判員の心証
 調書1(白川)・・・・本心がみえない。煙にまこうとしている。心証悪い・有罪→無期
 調書2(河西)・・・・ゲーム感覚。犯行動機が稚拙すぎる。心証悪し・有罪→無期
 調書3(清水)・・・・執念深い性格。
 調書4(塩崎)・・・・計画性がみられ悪質感がある。
 弁護団 → 精神鑑定求む、心神耗弱 → 無罪
第一回公判・・・・調書からの心証は悪い、有罪で無期が多かったのはそのせいか。
6・1土壌館旅日誌
 5時半起床。『江古田文学』「林芙美子特集」の原稿締切日。30~40枚か。半分推敲で時間なくなる。団地自治会に2008年活動記録のパソコン打を届ける。今年度の総会資料。一昨日、突然頼まれたので丸2晩、かかる。もっと早めにと苦言。2004年ゼミ学生だった男子卒業生から電話。会社有休とのこと。早めに出る。池袋西武の喫茶店で話す。勤めてから丸2年目、仕事の不満や今年のゼミについての雑談(提出率がよいのに驚いていた)。就職すると、3年目までが鬼門。過ぎれば5年、10年、定年となっていくのが相場である。3時35分のバスに間に合う。『江古田文学』原稿提出。ゼミ4名参加。なかなか全員が会さない。欠席の二人さんが健康理由でないことを祈る。所用で10時過ぎ池袋から山の手。新津田沼発11時30分に間に合う。郵便『國文学』休刊で原稿返却、詫び状同封。学燈社はいわゆる老舗。昨今の出版事情は厳しいようだ。早い復刊を期待したい。
6・7土壌館旅日誌
 8時に外にでると、小隊長は、やはり自衛官らしく時間前にきて待っていた。今日、武道センターで春の市民柔道大会が開かれる。参加するのに一緒に乗せてもらうことになっていた。会場は8時半にならないと開かない。小学生やその家族、中学生、高校生が大勢待っていた。土壌舘出身で高校の柔道部に入った子が、3年になって部をやめた。ちょうど顧問がいたので、聞いてみると、担任もやっているという。柔道部内の仲間とうまくゆかないのが理由とのこと。勉強は、好きではないが柔道はなかなかだったので道場に誘うことにした。担任も、そうして欲しいといった。青春は青い春。いろいろある。直前に、携帯に2名、欠席。微熱。最終的に土壌館関係選手は、幼稚園児1名、小学生5名、中学生3名、高校生2名となった。小中高一般約400名の選手が出場した。成績は、銀1、敢闘賞3.。4時に 
終わった。受身の会は5時15分遅れではじめた。暑く、疲れた一日。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・127―――――――― 10――――――――――――――――
表現稽古・紙芝居口演
 前期ゼミも早いもので中日になります。今年は、人数の割りに課題提出率がいいので、うれしい悲鳴です。発表が滞りがちになっていますが、まだ、先は長いのでのんびりやって行きたいと思います。今日は、一休みということではないのですが、表現の稽古をします。
 作品を発表する。これまでやってきましたが、ただ発表するだけでは、人は振り向きません。どのように発表するかが必要です。表現方法が必要です。
 というわけで本日は、紙芝居を口演します。テキストは、山川惣治の『少年王者』です。
回想法・山川惣治作・画『少年王者』(1.おいたち編)
 
□ テキスト
 子殺し、親殺し、学校内殺人などなど。殺伐としたニュースを聞かぬ日がない。懐かしい気持になることで、心を癒す方法として回想法がある。今回は、戦後すぐ大ベストセラーとなった『少年王者』をとりあげた。
□ 表現方法として
 作品は、カットごとに画と文で構成されている。が、これを紙芝居ふうに作ってみた。全カット使用した。(第一部・おいたち編が)面白ければ二部、三部とつづけることにする。長いと思えば各自か、共同作業で無駄な場面を省いて作り直し発表しあってみる。
 ※作品には、差別的な用語や表現が多い。各自で表現方法を変えてみる。
『少年王者』とは何か
 この物語は、アフリカがまだ暗黒大陸といわれていた時代のお話。その頃、ケニヤは英国が、カメルーンはフランスが、コンゴはベルギーが植民地にしていた。しかし、奥地は人跡未踏で謎につつまれていた。その魔境で日本の少年が活躍する。
 『少年王者』第一集「おいたち編」が出版されたのは1947年(昭和22年)戦後すぐである。敗戦で打ちのめされた日本。そんななかで子供たちにとって、真吾少年の活躍は、胸のすく物語だった。たちまちに大ベストセラーとなった。
 
山川惣治 – 絵物語作家。福島県出身。 (1908年2月28日~1992年12月17日)
■代表作 『少年王者』『 少年ケニヤ』『 荒野の少年』がある。
新聞記事紹介 2008年6月4日水曜日 朝日新聞夕刊 抜粋
「少年ケニヤ」山川惣治 生誕100年の回顧展
〈少年たちに夢とロマン〉
「少年王者」に「少年ケニヤ」。猛獣が群れなすアフリカの密林で、親とはぐれた日本人の少年・・・・・・・。山川の代表作の主人公は同じ境遇だ。手にはナイフ一つ。その姿は敗戦ですべてをうしなった日本そのものだったのかもしれない。
 「水泳の古橋選手」、ノーベル賞を受けた湯川博士、そして絵物語の山川さん、この三人を抜きにして昭和20年代の少年の心象風景は語れない。優輝づけられました。夢中でしたね」と国立歴史民族博物館の春成秀爾教授。
 どんなに過酷な環境に置かれても、くじけない。体は小さいが、知恵と勇気で象やゴリラを仲間にして・・・・・。
内紛と飢餓のつづく現在のアフリカの現実は、あまりに悲しいが、この作品は夢でもある。
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.127
ゼミ誌作成に関して・進行報告
6月1日ゼミにて → ゼミ誌作成ガイダンス報告・河西編集長
 
・申請書は、→ 6月5日までに
・見積もりは → 10月9日までに
・納品は → 12月14日厳守
・原稿の締め切りは → 夏休み明け、9月20日厳守
〈6月1日ゼミにて提案〉
・テーマの候補 ①有無 ②壮大なもの ③悲しいもの ④自由 ⑤観察ものも       
以後手順
1.「ゼミ雑誌発行申請書」を期限までに文芸スタッフに提出する。6月5日
2.ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めていく。
3.9月末、夏休み明けにゼミ員はゼミ雑誌原稿を編集委員に提出する。
4.編集委員は、印刷会社を決め、レイアウトなど相談しながら編集作業をすすめる。
5.「見積書」を印刷会社から受け取り、期日までに出版編集局に提出。
  期日は、ガイダンスのとき告知します。
  ※「見積」は必ず予算内におさめること。オーバーすると自己負担になる。
6.11月半ばまでにゼミ誌原稿を印刷会社に入稿する。
7.ゼミ雑誌ができあがったら、雑誌編集室に見本誌を提出する。
ゼミ雑誌発行期限は、12月14日 厳守 !!
8.印刷会社からの「請求書」を出版編集室に提出する。
※なるべく過去にゼミ雑誌を依頼したことのある印刷会社がよい。文芸スタッフに聞く。
 (はじめての会社は、事前に文芸スタッフに相談する)
ゼミ誌原稿は、提出原稿のなかからの選出をススメます
 
 ゼミ誌に掲載する作品は、夏休みに書いてもかまいませんが、これまでの例だと、提出が遅れたり、急いで書くため、付け刃的になったりで、必ずしも満足のいった作品にならない場合が多いような気がします。授業のなかで切磋琢磨した提出原稿のなかによいものがあるはずです。提出原稿のなかに、進歩をみつけましょう。
○ 班長 → 白川達矢さん(緊急連絡・合宿・その他)
○ ゼミ誌編集長  → 河西杏子さん
  ゼミ誌副編集長 → 清水理絵さん
  ゼミ誌編集委員 → 塩崎真佑さん、永井志穂さん、内田すみれさん、白川達矢さん 
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・127―――――――― 12――――――――――――――――
課題
 観察と書くことを習慣化するために、以下の課題を常時、受け付けます。期限締め切りはありません。が、自分の苗(創作力)を育てるためには必要です。
① 車内観察 ② 自分の一日観察 ③ 人間観察 ④ 社会観察(ニュース)
2009年読書と創作の旅の記録
□4月20日 ゼミガイダンス(40分)、見学16名。「おんぼろ道場再建」ビデオ不調。
□4月27日 参加5名、司会・河西杏子 ゼミ誌編集委員決め、読み嘉納治五郎『青年
      訓「精読と多読」、世界名作サローヤン『空中ブランコ』、「憲法・前文と九条」
□5月11日 参加5名、司会・塩崎真佑、テキスト読み『菜の花と小娘』『網走まで』
       『菜の花』の解説、課題観察作品発表・清水理絵「黄金週間」途中まで。
□5月18日 参加4名、司会・白川達矢、テキスト読み『或る朝』、手本『放浪記』
       課題発表・清水理絵「黄金週間」、河西杏子「爽やかな憂鬱」、塩崎真佑「私
       の一日」、白川達矢「女王」、社会観察「政治家の世襲について途中」
□5月25日 参加3名、司会・清水理絵、試験解答、テキスト比較名作読み『三四郎』
      課題発表・白川達矢「覚える」、塩崎真佑「視線」
□6月 1日 参加4名、司会・河西杏子、ゼミ合宿の有無、ゼミ雑誌ガイダンス報告、
      「大学構内教授殺人事件」容疑者調書、第一審判決と量刑。河西「楽しい電車」
ドストエフスキー情報
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 7月11日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7『カラマーゾフの兄弟』
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 8月8日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7 暑気払い読書会 
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
    課題の提出原稿数+出席日数+ゼミ誌原稿+α=評価(60~100)                         
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編集室便り
☆ 原稿、歓迎します。学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net

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