文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信 No.128

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2009年(平成21年)6月15日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.128
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2009前期4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/15 6/22 6/29 7/13  
  
2009年、読書と創作の旅
6・15下原ゼミ
6月15日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
 1.出欠・ゼミ通信配布 (国語問題答え合わせ)
 
 2.司会進行指名(司会担当者は3頁のプログラムに沿って進めてください)
 3. 課題・観察作品発表(未発表作品)と評
 4.名作紹介・書簡小説『あしながおじさん』ウェブスター
      
地球観察・外来種問題
 6月11日の読売新聞を見ていたら「国際面」にこんな大見出しがあった。「ラクダ食べて豪州守ろう」なんのことかと思ったら、「ストップ! 外来種」とある。豪州では、いま外来種であるラクダが増えすぎて困っているという特集記事だった。記事内容は・・・。
【シドニー=岡崎哲】オーストラリアでは19世紀に中東やインドから運びこまれたラクダが野生化して増え続け、農家や森を荒らす被害が深刻化している。対応に手を焼く政府は、食肉としての活用を進めており、「ラクダを食べよう」という消費者向けキャンペーンを開始した。豪環省によると、豪州大陸にはもともとラクダは生息しておらず、主に英国からの移民が乾燥した内陸部開拓のため、現在のエジプト、イラク、インドなどから持ち込んだ。鉄道建設や電話線敷設の荷役として重宝されたが、自動車や鉄道の普及で不要になり、1930年までに大部分が捨てられ、野生化した。天敵の肉食獣がいないため、増加に歯止めがかからず、政府報告によると現在、国内に120万頭。豪州はいまや、世界一の野生ラクダ生息地となった。しかも、今後10年間で倍増が見込まれている。・・・ラクダ被害は年間約470万円、ウサギ食害は100年前から深刻とのこと。外来種問題は、豪州のみならず世界中で問題となっている。日本でも例外ではない。最近だが西の方の町では、南米の蟻が、在来種の日本蟻を絶滅に追い込んでいるというニュースがあった。富士五湖あたりは、すでにブラックバスという外来魚に占領されているとの話も聞いた。アニメのラスカルで人気のあったレッサーパンダも、民家の屋根裏に棲みつくほど増えているらしい。他にインコなどの小鳥も逃げ出して増えている。月見草などの植物もそうだ。オーストラリアでは、ウサギ、これは18世紀以降、狩猟の標的として放されたもので生息数は2カラ億匹。キツネも、標的として19世紀半ばに、イノシシは食用として導入したものが、現在1300万~2300万頭、18世紀以降、交通手段としてつれてきた馬は30万頭、ロバは500万頭が野生化しているという。が、一番の外来種は、欧州人だろう。最初、罪人を送り込んできた彼らは、原住民にとってかわった。エドモンド・ハミルトンの『反対進化』を思いだした。遠い昔、この星にやってきたアークター人植民者の話である。彼らはこの惑星を占拠し退化した。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.128 ―――――――― 2 ―――――――――――――
 
2009年読書と創作の旅
「ゼミ2号」乗員名簿
 
 「2009年、読書と創作の旅」に参加するのは総勢6名の皆さんです。時空船「ゼミ2号」で、「人間の秘密」を知るために、読むこと書くことの習慣化を目指します。旅の終わりにどのくらい観察力、執筆力、批評力が身についているでしょうか。
・清水理絵さん  ・白川達矢さん  ・塩崎真佑さん  ・河西杏子さん
・内田すみれさん ・永井志穂さん
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「2009年、読書と創作の旅」における役割り
 この旅は、1年間という長い旅です。少数精鋭ですが、この旅をより楽しく有意義なものにするために役割りをお願いしました。推薦、指名、じゃんけんでしたが皆さん快諾。
 どんなに小さな問題も自分だけで抱え込まないで皆で話し合って解決しましょう。自他共栄、精力善用の精神を忘れずに。
「2009年、読書と創作の旅」班長・白川達矢さん
 
※少人数でも、まとめ役のひとは必要です。急なお知らせや課外活動などに当ります。
ゼミ誌作成編集委員
 この旅の目に見える最大の成果は、ゼミ誌作成です。印刷会社との交渉もありますが、全員で協力し合って記念になるゼミ誌を作りましょう。
・ゼミ雑誌作成編集長 = 河西杏子さん
・     副編集長 = 清水理絵さん
・     編集委員 = 塩崎真佑さん 内田すみれさん 
             永井志穂さん 白川達矢さん
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嘉納治五郎「青年訓」 第12 観察(127号のつづき)
 (前回まで、どんなに瑣細なことでも観察していれば大事が。しらずしらずの間にわが趣味を高める事も出来るのである)
 それであるから青年者たるものは、常に観察のゆるがせにすべからざるものであるという事を忘れないようにしておくことが大切である。これについても一言付説しておくが、すべて都会にいる青年は観察の材料がはなはだ豊富であるから、その知見を広めることはまことに多大である。けれどもその代わりに観察が自然に物の表面に限られて、膚浅に陥り易い。これに反して田舎にいる青年は、観察の材料が単調であってその数も比較的に少ないから、知見が狭隘(きょうあい)になり易い。そこで各青年は今日自己の立っている環境がどんなであるかと顧み、観察の材料が単調僅少(きんしょう)と思うたらば、それを豊富にしまたは浸透にするように工夫をし、そうしてまた観察の材料が豊富多様と思うたらば、豊富多様に観察するだけの利益を失わないようにする一方には、浅薄な知識を得て終わることのないように注意すべきである。さておしなべて観察材料を選ぶについては、まず自己が現在学習している学科に関係あるものを第一におき、それでもなお余力があれば進んで他に移るべきである。またどんな場合においても学科の十分な自修を怠り、東奔西馳して名を観察にかり自己の意のままに精神を費やしいるなどは、断じて許すべき事ではない。129号へ
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6・15ゼミプログラム
1.「通信」配布、出欠、連絡事項(入試問題国語採点)
  ゼミ誌編集委員 → ゼミ誌作成についての話し合い。タイトル決め
2.司会進行指名 (司会 → 授業進行、朗読者の指名など)
3.テキスト読み・車内観察作品『夫婦』
 毎日のように乗る電車。ぼんやり乗っていれば無為な時間である。退屈さを紛らわせるためでもいい、乗客を観察してみよう。どんな乗客にも過去があり未来がある。
 テキストにとりあげたのは、志賀直哉の『夫婦』。外国人夫婦とその子供。一見、なんでもない光景である。が、「小説の神様」の観察眼は、些細な動作も見逃さない。
夫 婦         
志賀直哉
 函南(かんなみ)の病院に療養中の一番上の娘を見舞った帰り、一ヶ月ぶりで熱海に寄り、廣津君の留守宅を訪ねた。前夜、家内が電話でそれを廣津夫人に通じてあったので、門川(もんがわ)の米山夫人が来て待っていた。しばらくして稲村の田林夫人も来た。いずれも廣津夫人と共に家内の親友で、私にとってはバ(婆)-ルフレンドである。久しぶりでゆっくり話し、8時30何分かの電車で帰る。
 家内は疲れて、前の腰かけでうつらうつらしていた。電車が10時頃横浜にとまった時、派手なアロハを着た25,6の米国人がよく肥った金髪の細君と一緒に乗り込んで来て、私のところから斜向うの席に並んで腰かけた。男の方は眠った2つ位の女の子を横抱きにしていた。両の眼と眉のせまった、受け口の男は口をモグモグさせている。チューインガムを噛んでいるのだ。細君が男に何か云うと、男は頷いて、横抱きにしていた女の子を起こすように抱き変え、その小さな口に指さきを入れ、何かをとろうとした。女の子は眼をつぶったまま、口を一層かたく閉じ、首を振って、指を口に入れさせなかった。今度は細君が同じことをしたが、娘は顔をしかめ、口を開かずに泣くような声を出した。小娘はチューインガムを口に入れたまま眠ってしまったのである。二人はそれからも、かわるがわるとろうとし、仕舞いに細君がようやく小さなチューインガムを摘まみ出すことに成功した。細君は指先の小さなガムの始末にちょっと迷っていたが、黙って男の口へ指をもってゆくと、それを押し込んでしまった。男はよく眠っている小娘をまた横抱きにし、受け口で、前からのガムと一緒にモグモグ、いつまでも噛んでいた。
 私はうちへ帰ってから、家内にこの話をし、10何年か前に同じようなことが自分たちのあいだにあったことを言ったら、家内は完全にそれを忘れていた。家内のは忘れたのではなく、初めからそのことに気がつかずにいたのである。
 その頃、世田谷新町に住んでいて、私と家内と二番目の娘と三人で誰かを訪問するときだった。ちょうど、ひどい降りで、うちから電車まで10分余りの路を濡れて行かねばならず、家内は悪い足袋を穿いて行き、渋谷で穿きかへ、タクシーで行くことにしていた。
 玉電の改札口を出ると、家内は早速、足袋を穿きかえた。其のへんはいつも込合う所で、その中で、ふらつく身体を娘に支えてもらって、穿きかえるので、家内の気持ちは甚だしく忙(せわ)しくなっていた。恐らくそのためだろう、脱いだ足袋を丸めて手に持ち、歩き出したが、私の背後(うしろ)にまわると、黙って私の外套のポケットにその濡れた足袋を押込んだ。(初出は「そのきたない足袋を」)
 日頃、亭主関白で威張っているつもりの私にはこれはまことに意外なことだった。呆れて、私は娘と顔を見合わせたが、家内はそんなことには全然気がつかず、何を急ぐのか、今度は
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先に立ってハチ公の広場へ出るコンクリートの階段を降りてゆく。私は何となく面白く感じた。ふと夫婦というものを見たような気がしたのである。
(全集第四巻から転載。かな遣い、字体一部、編集室で修訂)
この作品は、昭和30年(1955年)7月7日「朝日新聞」学芸欄に掲載されたもの。
※熱海の帰りというから東海道線だろうか。横浜から乗り合わせた若い外国人夫婦と子ども。米国人とみたのは、当時の日本の事情からか。昭和28年、自衛隊発足で日本はようやく独立国の体裁を整えたが、内実はまだ米国の占領下であったと想像する。恐らく、兵士の家族か。車内で娘と父親がクチャクチャガムを噛む。当時の日本人はどう思ったのだろう。が、子どもに対する愛情や夫婦の機微は、どこの国の人間も同じ。新聞を読んだ人は、欧米人も、自分たちと同じ人間と思いほっとしたにちがいない。そうした安心感が、この観察から伝わってくる。無意識下における夫婦の絆と子供への愛をとらえた作品です。
4.提出課題の発表(未発表のもの数編)と評「読書と創作の旅」①~⑤からと
 ☆永井志穂「不快指数の充実」・・・・・・・車内観察
 ☆清水理絵「呪われた木曜日」・・・・・・・一日の観察
 ☆塩崎真佑「マナーモード」・・・・・・・・車内観察
 ☆塩崎真佑「自分の一日」・・・・・・・・・一日の観察
 ☆白堅知佳「カウント」・・・・・・・・・・人間観察
 
5.名作・書簡小説『あしながおじさん』ジーン・ウェブスター(1876-1916)
 ゼミ合宿のトレーニングとして書簡小説読みをやっていきます。最初は、募金活動の代名詞として今日すっかり社会の中に定着している「あしながおじさん」からはじめます。
 『あしながおじさん』昭和35年(1960)刊行 角川文庫 定価七拾円 厨川圭子訳
【あとがき】著者ジーン・ウェブスター(Jean Webster)は1876年7月24日、ニューヨーク州のフレドニアに生まれた。父は出版業者で、母は『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリイ・フィンの冒険』で有名な小説家、マーク・トウェーン(1835-1910)の姪にあたる。ジーンは長女で、トゥウェーンの母の名にちなんで名づけられた。
 ヴァッサー女子大学を1910年に卒業、専攻は英文学と経済学で、在学中も創作に没頭していた。「パティ、カレッジに行く」(When Patty Went to College)は、在学中、つづき物として、発表したが、後になって、1903年、単行本として処女出版した。「あしながおじさん」(Daddy Long Legs)とともに、ウェブスターの代表作品とされている。この両作品のモデルはカレジ時代の級友であった詩人、アデレイド・クラプシーであるといわれている。ヴァッサー在学当時から、ウェブスターは貧民や犯罪者の収容施設を度々、視察する機会があり、この方面の社会事業に大きな関心を抱くようになっていた。彼女の得た信念は、不幸なスタートをした子供でも、人生の幸福や成功をつかめぬはずはない、ということであった。この信念を小説化したのが、「あしながおじさん」である。
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 (この物語の)結末はごくロマンチックな、「シンデレラ」的要素の濃いものだが、そのくせ、この作品は、単に甘い少女向き小説として片づけることのできない、すぐれたものを持っている。それは、ロマンチックな反面、しっかりと地に足のついたたくましい生活態度を描き出しているからである。(観察がしっかりなされているからである)
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 ジーン・ウェブスターは後にこの小説を戯曲化し、それもまた成功した。更にサイレント映画時代、名女優メアリー・ビックフォードの主演で映画化された。・・・・・・・・・
※08年の「教育」映像で、優秀賞だったのは、「児童養護施設」。何らかの理由で親から離れている子供は3万人余りいるという。虐待が多くなっている。
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「2009年読書と創作の旅」課題・観察作品
面白くない
                           清水理絵
 ああ、世界はなんと生きにくいものか。
 世界は、そう例えば黒板を爪で引っかくようなもの。私から一定の距離を持って、キンキンと事情を並べ立てる。
 そんなに並べられたって、分かるもんじゃない。分からない分からない。
 何で私はここにいる? 生まれたから? 生きているから?
 生きているって何?
 死んでないってこと。
 ああ物事が振り分けられない。
 ここはスーパーのベンチ。横には、老人ホームから抜け出してきたかのような、おじいちゃん。灰色のパジャマみたいな上下のジャージ(?)。灰色の靴下の上に、茶色いサンダル。木の杖をついている。
 ああ、このおじいちゃんの目撃情報を請われたら、ちゃんと教えてあげなくちゃ。いやでも、老人は……老人は、何だっけ?
 私は何を考えいのだろう? そう。そうだ。父の日のプレゼントを選ばなくては。
「選ばなくては」? 何を、だっけ?
 あ、そうそう。父の日、だ。
 ああ、買い物は、タイヘンダ。
 私は、何を考えたいの?
 ああ、小学生の時、計算ドリルを。
 いや、おじいちゃんだ。隣にいるおじいちゃん。
 おじいちゃんがどうしたって?
 いやだら、だから……何だっけ。
 とにかく、面白くない。
キキ
白樫知佳
 
 キキと久しぶりに会うことにしたのはあまい果実が手に入ったからだ。キキはいつもとても濃厚な花のみつを持っている。それをあまいの果実にかけて二人で食べればおいしいに違いない。ちょうどいい具合に切り分け、皿に盛りつける。そこに花のみつを流し込み、ひたされた果実には粉砂糖をまぶす。フォークの一刺しの音を思い浮かべれば耳が喜び、口に運ぶときの頬の昂揚、いっぱいに果実をほおばる。口内にたれる蜂蜜と舌と口蓋にはざらつく砂糖、そして果実の軽やかな食感。
 キキが果実を切り分けてくれる。果実に刃物があたる音がとてもいい気分にさせてくれる。これほど心が安らぐのは久しぶりだ。キキと一緒にいないときのわたしの心がどれほど乱れているのかがわかる。
 キキの部屋はあたたかく、タオルケットにつつまれているみたいに居心地がいい。 なぜキキと今まで会わないでいられたのだろう。キキの夫が目を光らせているからと、言うのは理由にならない気がした。
 わたしの腰掛けるロッキングチェアも、わたしにぴったりなのに、普段はキキの夫のものなのだ。きぃ、きぃ、と少しずつ床を削っても、キキの夫にその功績のほとんどを持って行かれてしまっているのだ。
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「なにを遊んでいるの」 
と、キキが台所から顔をのぞかせる。わたしは、わたしがここにいた証拠をこっそり残しているの、と答える。
「旦那にはあなたがきていることは言ってあるわ」
ジョシュア
白樫知佳
 
 アイヴォリの小さなゴム製ボールが舗装された道路にたれた。たむたむ、という観念の音。雨に舐められ、べとべとになる。歯形のいっぱいついた、ジョシュアのお気に入りのボール。
 どうして捨てちゃうの、とたずねると、ジョシュは勝手に歩き出した。彼はだいぶ年をとっていた犬だったから、つい落としてしまったのかな、ともう一度喰わせさせてみたけれど、やっぱり捨ててしまった。
 ボールをわたしがひろうと今度はジョシュがどうしてという顔をする。わたしはすこし困って、ポケットにボールをしまう。もうないよ 、と両手を彼に見せる。
 ジョシュがため息をしたみたいなくしゃみをしたので引き返すことにした。家の中はむっとしていて、わたしは彼とお風呂に入ることにした。
 ジョシュはわたしの手のひらで増えていく泡をじっと受けてくれる。貴族みたいにみをぴっとして。だからわたしは召使いになったつもりで彼を丁寧にあらう。いつもはボールもあらうのだけれど、今日は彼がタオルケットにくるまった後、こっそり洗うことにした。
 タオルで全身をこすってやると、ジョシュの柔らかな夜の海、ちいさな波のうねりのような黒くて短い毛からは、花と、彼のうちにじっと潜んだ生物のにおいがあふれる。
117億円に賛否、あなたはどうみる ?
 最近、国会でもめているのは、国立メディア芸術総合センター(仮称)の計画案である。おそらく事情を知らない人がこのニュースを聞いても、なぜ騒いでいるのか、なぜ反対しているのか、怪訝に思うだけである。国立メディア芸術・・・それだけで、なにやら文化の香り高い雰囲気を感じる。競技場やコンサートホールばかりではなく、そういった建物も必要ではないか。と、思ってしまう。だが、次の野党のヤジを聞いて驚く。
「なぜ117億円も投じて巨大国営マンガ喫茶をつくるのか」えっ! マンガ゛喫茶! ウソだろう・・・びっくりである。すでに予算は通っているというが、この不況下に、何故、こんなハコモノをつくるのか。マンガのような話ではあるが本当のようだ。
 いったい何を展示するのか、6月14日の朝日新聞はトップにこんな記事を載せている。
…アニメやマンガ、テレビゲーム・・・。「オタク文化」とも言われる日本の新しい芸術分野を発信する「国立メディア芸術総合センター」(仮称)の計画に賛否が渦巻いている。「少年王者」もそうだがサブカルチャーは、どんなに人気があっても必ずや忘れ去られるのが運命である。あなたはどちらですか。
       ○ マンガ殿堂は要る      ○ いらない、それより景気対策を   
 
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生き物観察
小池騒動記
                      河西 杏子
 梅雨入りしたのか、曖昧なこの季節。我が家の金魚たちは、週末が雨になることを願っているに違いない。この時期は、「小池掃除」の恐怖が彼らを待ち受けているからだ。
 十年前に家を建て替える前から、我が家の小池は一畳ほどの広さで狭い庭を占拠している。曾祖父さんの趣味といわれているが、本人は既に故人なので真偽は不明だ。多分、四十年近く存在する小池だとじいさまに教えられた。その証拠なのかは分からないが、高速道路のすぐ側に立っている都内の住宅地に似合わないほどの生物たちが息づいている。
 二月のまだ寒い時期には、ヒキガエルが出会いを求めて我が池を目指してやってくるし、四月から五月の間はその子ども達がうじゃうじゃと池中を泳ぎ回り、先住の金魚たちが迷惑そうに端へと引っ込んでしまう。夏から秋にかけては、トンボの繁殖領域となり、ヤゴがおたまじゃくしを狩っている姿が見えたりする。
 そんな池は、白鷺が飛んでくる程度には住みやすい環境なのだ。さて、私の家には梅雨時から夏にかけて、年に一度「小池掃除」に従事しなければならない義務がある。たかが、一畳程度の広さだけれど骨の折れる仕事は山ほどあると言っても過言ではない。周辺植物の手入れや水の取り替え、底の掃除など一人ではとても終わらない。そのため、じいさまと父親そして妹か私のどちらかが、掃除を手伝わなければならない。もっとも、掃除だけで千円の報酬をもらえるのでそこそこ割の良い仕事でもある。
 小池掃除の最初の難関は、水生植物の引き上げと運び出しだ。水をたっぷり含んだ鉢はズッシリと、中腰で引き上げる私達に負担をかけてくる。その鉢にそこら中張り付いた、タニシを別の水槽に救出しなければならない。乱暴に引っ張ると、貝のみが取れてしまうため、タニシがとても無惨な姿で一生を終えなければならない悲劇にあう。彼らの全てを救うことは出来ないので、五割のタニシは作業中の人間に潰されるか、下水に流されてしまう。そんな悲しき彼らを「命短し増やせよタニシ」とじいさまはよく呟いている。
 水生植物の鉢にこびり付いた生臭い苔を洗い落とすのが、私の仕事であり一番面倒くさいものだ。この苔の頑固さには、タワシを全力投球したくなる程苛々する。そして生臭い匂いに誘われて寄ってくる蚊との戦いが、この時から始まる。小池掃除中に叩き潰された蚊は二十匹以上になり、私も十カ所以上は確実にくわれてしまう。そんな孤軍奮闘しながらも、小池掃除の魅力にはまってしまう時がある。例えば金魚を移し替える時とか。例えばヤゴを泥の中から探し出す時とか。
 ザルで泥をさらうと、小指の爪ほどの小さなヤゴがうごめいているときがある。ヤゴの見かけは少し不気味で、大きくなると奴らの噛みつきは結構痛い。しかし、まだ一度の脱皮しかしていない頃のヤゴは、どことなくユーモラスな動きをしていて可愛いのだ。そして、普段は許されない池の金魚すくいだ。もちろん、屋台などで使われるポイを使うことはないが、これがなかなか面白い作業なのだ。
 網を使い追い込んですくい上げるこの作業には、機敏さと金魚の動きをとらえる観察眼が必要なのだ。とぼけた金魚は網に自ら入ってくれるのだが、たいていの金魚は追われると我先に池の隅に逃げ込んでしまう。赤金はまだ目立つから良い方で、小池にはかくれんぼの上手いドジョウとフナがいるのでこの二匹を捕まえるのが至難の業なのだ。フナは元々黒いせいで、池の岩陰に隠れると見分けが付かない。それでもまだ捕まりやすい方で、ドジョウに関しては運が無ければ捕まえられない。
 何しろドジョウは小池の大将なのだ。細長い体にぬめぬめした粘膜を纏う彼は、小池に八年以上も暮らす古株である。彼は去年の末に起きた漏電事故の際、唯一生き残った生物なのだ。四十匹近い金魚を死滅に追いやった漏電ですら、ドジョウを弱らせる事はなかった。だ
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から、小池の生物の中では一番物知りなのだ。
「ええか、掃除が始まったら無闇に水面近くに近寄ったらあかんで」
 とか忠告してるんじゃないかと思うほど、金魚の捕獲が年々困難を極めていたりする。そして年々ドジョウの捕獲率も下がっている。水を全部抜いてしまっても捕まらない彼は、一体何処に逃げ込んでいるのか永遠の謎だ。掃除から三時間以上たって、すっかり綺麗になった池に水を溜めはじめると、どこからとも無く現れる。そんな姿を見つける度に、「まだまだ修行が足らんなぁ」と馬鹿にされているような気がする。
 小池は、正直なところ維持の面倒な事この上ない。しかし、都会で必死に生きる生物を見つけると、手を貸してあげたくなる。たった一畳の楽園が年一回の掃除で維持されるのなら、仕方ないが来年も掃除してやろうじゃないか。
車内観察
夜の向こうへ
塩崎真佑
 どのくらいそうしていたのだろう。
小説を読んでいたら見知らぬ方へ電車が走っていた。
 「日和田駅」「日和田駅」というしゃがれ声が聞こえてきて初めてハッとした。
 電光がゆらりゆらりと夜を浮かべている。キョロキョロと辺りを見回す目ばかりが活発になり、どうしようもないものばかりが往来し凝縮していくのがわかった。上りと下りの電車を間違えたのだ。
「ほろ酔いの気分はこうだ」
「のぼせちまった感じ」
大きく襟元を開いた男がそのようにぶつぶつと独り言を呟いている。そうかと思うと、新聞を読み始め「まったくよぉ」と言い、頭の中を全てぶちまけるように喋り出した。しまいには隣の人まで巻き込んで「だから、世の中いけないのだ」と論じている。
一匹の蛾が誰かを付きまとうように上の方をぐるぐると飛び回っていた。
 どうもその男のせいで機敏な態度をとり続けなければいけなかったが、それから私は二つの駅を黙って見送った。
私の方へゆっくりと漂うように蛾がやって来る。
茶色い羽根が動くにつれて、許しを請うような不思議な間があった。照らし出された車内に外の力強い黒の風、そしてボックス席に箱詰めされたような人々が見えてくる。
あっとした瞬間、私はすべてのものを手で振り払った。
それから嫌な気持ちがした。
 きっと、一方的な電話がかかってきた時と似ている。自分はあの隣の人にも似ていると思う。頷きながら逃げ出すことができなくて、終電を逃すのも忍びない。寂れた無人駅で電車を待つことさえごめんだ。だから、私は夜の向こうへも行けない。
三つ目の駅に着いた時、私はボタンをひとつ押して外へ出た。
丁寧に切符を切っている駅員に上り電車はどのホームか尋ねた。
「あと十分ぐらいで電車が来るよ」
そう言って、切符に判を押してもらった。
まだかまだかと帰りの電車を待ち詫びながら待合室を抜けてきた。あの線路の先には何が待っているのだろう。もしかしたら、黒光りしたものが続いているだけかもしれない。
そっと包まれた夜の中、私はどうして乗り間違えてしまったのだろうと考えていた。
―――――――――――――――――― 9 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.128
時間があるとき読んで観てください
名作紹介 フランスのトゥールにある美しい谷間の村。そこに住む不遇の22歳の若者、彼は自分にやさしく接した人妻に恋をした。彼女は28歳、病弱の夫と二人の子供の面倒をみていた。到底、成就できぬ恋。打ち明けても、「パリの社交界にいけば、もっと若い可愛い女性が一杯いますよ」一笑に付されそうな恋の悩み。しかし、文豪バルザックは、このちっぽけな若者の片思い、自伝でもあるが、世界文学の最高峰に輝く不朽の名作に作り変えた。長い手紙小説。アンリェットの秘めた恋に全世界の読者が泣いた。
 恋愛書簡小説世界文学最高峰『谷間の百合』ぜひ挑戦してみてください。感動の河内清訳『谷間の百合』書き出しは、こんなふうにはじまっている。
ナタリィ・マネルヴィル伯爵夫人に
 たってのお望みとあればやむをえません。愛するよりずっと多く愛されている女性の特権は何事につけても良識の掟を忘れさせてしまうことです。わたしたち男性は、あなたがたが額に皴をお寄せになったり、ほんのわずかな拒絶にあっても気持をそこねて、お唇をふくらしたりなさるのを防ぐために、不思議なほど幾山川でも越えますし、血もささげれば、未来も捨ててかえりみません。今日あなたはわたしの過去を知りたいとおっしゃいました。ここにそれを送ります。・・・・・
バルザック年譜
1799年 フランス中部トゥールに生まれる。
1816年 パリ大学法学部 17歳
1824年 25歳 生活のため通俗小説を書き続ける。
1829年 30歳 はじめて実名で「人間喜劇」第一作『最後のふくろう党員』発表。
1850年 51歳 8月永眠
作品は、『従妹ベット』『従兄ポンス』『ゴリオ爺さん』『純愛』など 
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悲恋映画の決定版 まだ観てない人は観て泣いてください。
哀 愁 Waterloo Bridge
ヴィヴィアン・リー、ロバト・テーラー主演 監督マーヴィン・ルロイ
原作ロバート・E・シャーウッド 脚本S・N・ベールマン、ハンス・ラモー、ゲオルク・フレーシェル 音楽ハーバート・ストサート
「それでも、君を愛している ―― 」
舞台は、第一次大戦下のロンドン・
英国将校クローニンとバレリーナのマイラは、出会い愛し合うが、クローニンは再び戦場へ。彼の帰りを待つマイラ。しかし、彼女に届いたのは、彼の「戦死」の知らせだった――。
戦火の下、運命のいたずらによって引き裂かれ、悲劇的な結末を迎える二人の恋物語。
ヴィヴアン・リ―とロバート・テイラーの世紀の美男・美女コンビの共演。そして、ハリウッドを代表する名匠マーヴィン・ルロイ監督のロマンテックムード溢れる演出で、恋愛映画のお手本として今なお、語りつがれる名作となっている。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・128―――――――― 10――――――――――――――――
6・8ゼミ観察
1.【6・8ゼミ参加者】以下は、6月8日ゼミ参加の皆さんです。
  ひさしぶりに5名の皆さんが参加しました。
  6月8日ゼミの参加者。(順不同)  全員そろった日に、写真を撮ろうと思っています。
 ・内田すみれさん   ・清水理絵さん  ・白川達矢さん
     ・塩崎真佑さん    ・河西杏子さん  
2.ゼミ誌作成の話し合い・・・・・河西編集長
 (1)テーマ決め・候補 → 壮大な、諸行無常、マイナス思考、悲しい、シビア
               観察、駆け込み寺へようこそ、種、顔なし、合わせ鏡
               流れ、ネコの目線、経の風
    挙手決議の結果 → テーマは、4ポイントで「種」に決定 
              ※駆け込み寺2、合わせ鏡2、ネコの目線1ポイント
 (2)タイトル候補  → 候補が「生命ある点」の一件のみ。次回に決める。
 (3)写真・絵について → 表紙、中表紙 担当・白川達矢さん
◎司会進行=内田すみれさん(1)
3.名作読み 6月の詩 ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896)の「無言の恋歌」
 フランスを代表する詩人ポール・ヴルレーヌとは、いったいどんな人生を送った人間か。簡単な年譜を紹介します。
 1896年1月7日深夜、あるいは8日未明。神父ショェネンツは、巴里のデカルト街39番地の陋屋で死にかけている男がいるとの知らせを受け、臨終の秘蹟(サクラメント)に出向いた。貧民街の、陽もあたらない部屋。汚れたベットに一人の浮浪者のような初老の男が横たわっていた。これから死にゆくというのに、肉親も友人も、知人もいない。男はただ一人でボロ布のようになって死んだ。52歳だった。男の名は、ポール・ヴェルレーヌ(1844-1896)詩人だった。(新潮文庫・堀口大学訳)
1844年3月30日 フランス、メッツ市に生まれる。父は工兵大尉。
1866年 詩集『土星の子の歌』出版。反響まったくなし。
1869年 詩集『艶かしきうたげ』出版。
1870年 詩集『やさしき歌』出版。マッティルド・モーテと結婚。普仏戦争。
1871年 被害妄想で乱酒と家庭不和。が、一人息子生まれる。
1871年 「幼き悪魔」ランボー、家庭に入り込むが夫人追い出す。
1872年 ロンドンでランボーと共同生活。ベルギー、イギリス、アルデンヌを放浪。
     『無言の恋歌』成る。
1873年7月10日 ブリュセルにてランボーを拳銃で撃つ。2年間入獄。
1875年1月16日 ネッカー河畔でランボーと乱闘。永遠の別れ。
1880年ジュニヴィルにて農耕生活に入る。
1882年 巴里に戻る。日刊紙に寄稿。
1884年 詩集『昔と今』、評論集『呪われたる詩人達』出版。
1886年1月26日母死す。(ランボーと同じように母との関係も複雑)
 これ以降の生活は、ボヘミアン生活。カッフェと安下宿、病めば慈善病院。 
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.128
1894年 詩王の栄位。詩集文集の出版。
1896年1月7~8日未明、デカルト街の陋屋で一人寂しく死んでいった。
 以後、詩人の栄光は高まる。メッツ市と巴里の公園に記念碑。
※ ベルレーヌといえば、ランボーです。後日、ランボーの詩も紹介します。
4.課題発表と評
 ・清水理絵「勝手に相談」
  「ブログのようだ」「よく書けている」「面白い」「口に出すと恥ずかしい」
  「話し方にリズムがある」「多声の作品」
 ・白樫知佳「水とバタ」
  「なんか面白い」「幼い頃の思い出」「女性的な文章」「男か女かわからない」
  「前半と後半の密着度が違う」「先生―なにがあったのか」「バタがいい」
 ・清水理絵「ちょとつ妄想」
  「リズムがあって読み手に親切」「理解不能、説明不足」「一番読みやすかった」
  「折りたたみ傘が面白い」「黒黒黒の妄想にドキットした」
 ・塩崎真佑「新型インフルエンザ」社会観察コラム
  「作者らしい文章」「日本人らしい、狂騒」「騒ぎすぎるのを指摘」
  「新聞の天声人語を読んでいる感じ」
 
※ 他人の書いたものを読んだり、聞いたりして、感想を言う。はじめは、どうしても、自分の物差しで見てしまいますが、経験を積むうちに、客観力が身についてきます。
5.表現稽古=紙芝居、山川惣治「少年王者」おいたち編途中まで
 表現稽古として、山川惣治の「少年王者」の紙芝居を口演してもらった。なぜ、「少年王者」か。テキストの志賀直哉車中作品と関連するからである。『灰色の月』は、日本文学のなかでも名作中の名作。なぜ「少年王者」と比較してみるのかは下記の理由から。
 テキスト志賀直哉の車中作品『灰色の月』と、山川惣治画・文『少年王者』は一見なんの関係も関連性もない二つの作品におもえる。が、その実、両作品は表裏一体を成す。
 両作品が書かれたのは、『灰色の月』が、終戦直後の昭和20年10月16日。『少年王者』が出版されたのは、昭和22年12月。2年間の差はあるが、どちらも終戦直後の暗い時代に書かれたことに間違いはない。しかし、両者を比較すると、対極的に特徴がある。下記に、その特徴をあげてみよう。
□まず、長さである。
『灰色の月』は10ページ足らずの物語ともエッセイともつかぬ作品である。
『少年王者』は、第三集からなる長編絵巻物語である。
□内容も、対極にある。
『灰色の月』は、「暗澹たる気持のまま渋谷で電車を降りた」と絶望的だが
『少年王者』は、ゴリラに育てられた日本人の赤ん坊が成長し、活躍する希望溢れる物語。
□評価は、
『灰色の月』は、太宰治はじめ、多くのマスメディアに非難された。しかし、いまも名作文
 学として残っている。今後も名作としてあり続けるに違いない。
『少年王者』当時、少年少女から大人まで大ベストセラーとなった。だが、いまは、山川惣治の名も『少年王者』の物語も知る人は少ない。今後も忘れられていく運命にある。
 いつの時代もサブカルチャーの運命は、はかないものである。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・128―――――――― 12――――――――――――――――
ゼミ誌作成に関して・進行報告
6月8日ゼミにて → テーマは「種」に決まる
 
・見積もりは → 10月9日までに
・納品は → 12月14日厳守
・原稿の締め切りは → 夏休み明け、9月20日厳守     
以後手順
1.「ゼミ雑誌発行申請書」を期限までに文芸スタッフに提出する。完了
2.ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めていく。
3.9月末、夏休み明けにゼミ員はゼミ雑誌原稿を編集委員に提出する。
4.編集委員は、印刷会社を決め、レイアウトなど相談しながら編集作業をすすめる。
5.「見積書」を印刷会社から受け取り、期日までに出版編集局に提出。
  期日は、ガイダンスのとき告知します。
  ※「見積」は必ず予算内におさめること。オーバーすると自己負担になる。
6.11月半ばまでにゼミ誌原稿を印刷会社に入稿する。
7.ゼミ雑誌ができあがったら、雑誌編集室に見本誌を提出する。
ゼミ雑誌発行期限は、12月14日 厳守 !!
8.印刷会社からの「請求書」を出版編集室に提出する。
※なるべく過去にゼミ雑誌を依頼したことのある印刷会社がよい。文芸スタッフに聞く。
 (はじめての会社は、事前に文芸スタッフに相談する)
2009年宇宙の旅日誌
 ハリウッドかどうかは忘れたが、40年前にテレビで人気だったSFドラマ『スタートレック』が映画になったらしい。加えて月を撮影していた「かぐや」が役目を終えて月に落ちた。そんなニュースを聞いたせいか、先日、電車でうたたねをしたら、こんな夢をみた。自分は、宇宙人かなにかで、この星を調査にきた。かなり昔だ。原始的な新しい惑星だったので、長時間の調査が必要だった。私は何光年先からきたが、生存率は、この惑星の生き物に合わせなければならなかった。郷に入ったら郷に従えというわけである。で、私は、この星で最長の寿命物を探した。有機体は最高でも100年そこそこ。私にすれば、ほんの一瞬だ。植物といわれる生体が、この星で最長寿だった。私は、さっそく大樹の中に入って観察を開始した。大樹が朽ちれば、新しい芽に移った。1000年、2000年は、あっという間に過ぎた。変化はない。私の調査目的は、この辺境の星でも、自然というシステムが終末まで働くか。そのことを見届けることである。たいていの星は自然終末である。が、この星は違うようだ。あるとき二足歩行動物がやってきて、いきなり私を伐りはじめた。私は目が覚めた。車窓から、道路拡張工事のために太い街路樹が切り倒されるのが見えた。
土壌舘日誌
 6月13日土曜日、梅雨空、ときどきうす晴れ。自治会の2009年度総会。欠席。代わりにプログラムをパソコン打ちする。持ちに来ないので、郵便受けに入れてでる。津田沼から各駅に乗車、御茶ノ水駅で中央線の快速に。武蔵境駅まで一時間足らず。下車した武蔵境駅は、むかし日本獣医畜産大学があって、学生時代、柔道の三獣医大会が行われたので、よく来た。いまはすっかり変貌していた。西武多摩川線の「多磨」駅で降りる。読書会で声をかけた人6名きていた。東京外国語大学で亀山郁夫学長の講演「カラマーゾフの兄弟」を聴く。聴衆300人くらいか。亀山氏は、近く『罪と罰』も出すとのこと。翻訳問題があるので、現在5校目とか。4時頃、皆で武蔵境駅前のヨーカ堂食堂で遅い昼食。7時自宅。
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裁判員制度と事件新情報
 今年5月から裁判員制度がスタートしました。先に起きた「大学教授殺人事件」は、その裁判にかかる事件です。が、その後の推移でどうなるのか。新情報に注目していてください。
裁判員制度に関する最新情報・朝日新聞2009・6・10
「中大教授殺害事件」最新情報 朝日・読売2009・6・8
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「2009年読書と創作の旅」課題・収録
「2009年読書と創作の旅」① 5・11発行
・清水理絵「黄金週間」(一日観察)・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「爽やかな憂鬱」(一日観察)・・・・・・・発表済み
・清水理絵「勝手に相談」(生物観察)・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「政治献金について」(社会観察)・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」② 5・18発行
・永井志穂「不快指数の充実」(車内観察)・・・・・・未だ
・白川達矢「覚える」(車内観察)・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「視線」(車内観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「楽しい電車」(車内観察)・・・・・・・・発表済み
・白川達矢「水とバタ」(店内観察)・・・・・・・・・発表済み
・白川達矢「女王」(一日観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「ちょとつ妄想」(雨日観察)・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「新型インフルエンザ」(社会観察)・・・・発表済み
※ 塩崎真佑「自分の一日」(発表済み)は、『ゼミ通信124』に収録。
          「2009年読書と創作の旅」③   6・1発行
・清水理絵「呪われた木曜日」・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「マナーモード」・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「自分の一日」・・・・・・・・・・・・未発表
・白堅知佳「カウント」・・・・・・・・・・・・・未発表
「2009年読書と創作の旅」④ 6・8発行
【大学構内教授殺人事件】第一回公判
〈容疑者の調書〉A、B、C、D・・・・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」⑤ 6・15発行
・白樫知佳「コインランドリと「女性」の雑誌と男」・・・・・・未発表
・河西杏子「苦い水」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「弁当箱を探して」・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「待合室」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・128―――――――― 16――――――――――――――――
課題
 
 観察と書くことを習慣化するために、以下の課題を常時、受け付けます。期限締め切りはありません。が、自分の苗(創作力)を育てるためには必要です。
① 車内観察 ② 自分の一日観察 ③ 人間観察 ④ 社会観察(ニュース)
2009年読書と創作の旅の記録
□4月20日 ゼミガイダンス(40分)、見学16名。「おんぼろ道場再建」ビデオ不調。
□4月27日 参加5名、司会・河西杏子 ゼミ誌編集委員決め、読み嘉納治五郎『青年
      訓「精読と多読」、世界名作サローヤン『空中ブランコ』、「憲法・前文と九条」
□5月11日 参加5名、司会・塩崎真佑、テキスト読み『菜の花と小娘』『網走まで』
       『菜の花』の解説、課題観察作品発表・清水理絵「黄金週間」途中まで。
□5月18日 参加4名、司会・白川達矢、テキスト読み『或る朝』、手本『放浪記』
       課題発表・清水理絵「黄金週間」、河西杏子「爽やかな憂鬱」、塩崎真佑「私
       の一日」、白川達矢「女王」、社会観察「政治家の世襲について途中」
□5月25日 参加3名、司会・清水理絵、試験解答、テキスト比較名作読み『三四郎』
      課題発表・白川達矢「覚える」、塩崎真佑「視線」
□6月 1日 参加4名、司会・河西杏子、ゼミ合宿の有無、ゼミ雑誌ガイダンス報告、
      「大学構内教授殺人事件」容疑者調書、第一審判決と量刑。河西「楽しい電車」
□6月 8日 参加5名、司会・内田すみれ、ゼミ誌テーマ決め「種」、名作詩編ヴェルレ
       ーヌ「雨が・・・」、課題発表=清水理絵「勝手に人生相談」、白樫知佳「水
       とバタ」、清水理絵「ちょとつ妄想」、塩崎真佑「新インフルエンザ」、表現
       稽古・紙芝居「少年王者」
ドストエフスキー情報
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 7月11日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7『カラマーゾフの兄弟』
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 8月8日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7 暑気払い読書会 
新刊情報 下原敏彦著『伊那谷少年記』(鳥影社)掲載
『2010年受験用 全国高校入試問題正解 国語』旺文社
『2010年受験用 全国高校入試問題正解 英語・数学・国語』旺文社
「進研ゼミ中学講座」2009~2013年入試対策教材(ベネッセ)
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
    課題の提出原稿数+出席日数+ゼミ誌原稿+α=評価(60~100)                         
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編集室便り
☆ 原稿、歓迎します。学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net

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