文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.130

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2009年(平成21年)6月29日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.130
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2009前期4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/15 6/22 6/29 7/13  
  
2009年、読書と創作の旅
6・29下原ゼミ
6月29日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
 1.出欠・ゼミ通信配布 (国語問題答え合わせ)
 
 2.司会進行指名(司会担当者は3頁のプログラムに沿って進めてください)
 3. テキスト読み&課題・観察作品発表(未発表作品)と評
 4.名作紹介:詩編・書簡小説『あしながおじさん』ウェブスター
      
第一回芥川賞観察・後半
 新聞、テレビ等で知る太宰治の生誕百年記念は、近年にない盛り上がりだったようだ。故郷青森と晩年を過ごした三鷹市では漢字検定ならぬ「太宰治検定」まで実施され、併せて400人超ものファンが挑戦とのニュースがあった。日芸の大和田講師も、独自取材のため三鷹での桜桃忌に参加したあと千葉県船橋市で太宰の足跡を訪ねたという。ちなみに命日6月19日の行事を報じた新聞各紙の記事見出しはこのようであった。(朝日20日)「太宰をしのぶ 生誕100年で催し」、(読売20日)「太宰にささぐサクランボ」などである。 
 太宰治といえば、その人生においては心中おたく、デカダンス作家といったイメージだが、駄々っ子のように芥川賞をねだった、露骨に執拗に受賞したがった作家ということでも有名である。しかしそのことについて、これまで、なぜかあまり言及されなかった。欲しがった理由は、いくつかわかっている。が、受賞できなかった理由は、はっきりしていない。
 昭和10年、亡き芥川竜之介を記念して芥川賞が設置された。すでに文壇にその名をしられていた26歳の太宰は、積極的に受賞運動をした。直接、選考委員へ手紙を出し再三頼み込んでいた。しかし、その努力もむなしく終わった。第一回芥川賞に選ばれたのは、ブラジル帰りの30歳の無名の文学青年だった。作品は昭和5年3月8日氷雨の神戸港からブラジル目指して出航した移民船を徹底観察したもの。小説『蒼氓』だった。一方、候補にあがった太宰の作品は、『逆行』と題された4編「盗賊」などと『道化の華』。『蒼氓』は、新天地を求めての移民団の話といえば聞こえはよいが、その実、無策の日本国から捨てられた貧しい農民たちを描いたもの。方や、大地主の放蕩息子の心の葛藤、そして18歳にもならない女の子をまきこんでの心中作品。ただ文学の世界においてのみならば、普遍性、芸術性において太宰の作品が勝っていたかも知れない。いや、実際、勝っている。今現在、こうして太宰と、その作品は熱く語り継がれている。引き替え、『蒼氓』を知る人は少ない。が、文学は偏狭であってはならない。同時代の人々に今を知らせる使命もある。選者たちは、文学の枠を乗り越えた目をもっていた。それは「なんとなく不安」の言葉を残して逝った芥川の憂いでもあった。満州事変、犬養首相射殺、小林多喜二虐殺、国際連盟脱退などなど。破滅


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.130 ―――――――― 2 ―――――――――――――
への道をひたはしる軍国日本。選者たちは、我が身の安泰と出世欲だけに目のくらんだ作品より、日本の暗部の現実をしっかり見据えた作品を選んだ。作品自体に、訴えるエネルギーがあった。そのように思えるのである。それ故に役目を終えた後は、野となれ山となれ。それも文学というわけである。ドストエフスキーの文学は、まさにそれである。
 不況のどん底の日本にあきてブラジルで一山あてよう。そんな能天気な青年。しかし、氷雨の神戸で目にしたものは・・・・選者の心を動かした思い出を紹介する。
「しかし指定された三ノ宮駅上の移民収容所に、指定された3月8日の朝、身のまわりの荷物をもって集合した時になって、私のいい加減な了見はたたきのめされたような気がした。そこに全国の農村から集まった1000人以上の農民家族は、みな家を捨て田畑を捨てて、起死回生の地を南米に求めようという必死の人たちだった。その貧しさ、そのみじめさ。日本の政治と日本の経済とのあらゆる〈不備・無策〉(手落ち)が、彼らをして郷土を捨てさせ異国へ流れて行くかせるのだ。移民とは口実で、本当は棄民だといわれていた。
 小雨の降る寒い日だった。バラックの待合室の中は人いきれとみじめさとで、居たたまらなかった。私は雨の中にひとり出て行き、赤土の影のふちにうずくまり、だれにも顔を見られないようにして、しばらく泣いていた。私は、これまでに、こんなに巨大な日本の現実を目にしたことはなかった。そしてこの衝撃を、私は書かなければならないと思った。これを書くだけの力はない。しかしいつの日か、何とかして書かなくてはならぬと思った。私は、はじめてこのとき作家になったかも知れない。・・・・」
 
2009年読書と創作の旅
「ゼミ2号」乗員名簿
「2009年、読書と創作の旅」は、総勢6名の皆さんプラス1=7人の隊員で出発しました。早くも前期半分が過ぎました。時空船「ゼミ2号」は順調に航行中です。が、出航時の作業に追われてか、なかなか全員点呼とはいきません。しかし、皆の気持は合ってきたようです。早く読むこと書くことの習慣化で観察力、執筆力、批評力を身につけ、この旅の成果をよりよいものにしましょう ! 
・清水理絵さん  ・白川達矢さん  ・塩崎真佑さん  ・河西杏子さん
  ・内田すみれさん ・永井志穂さん
文芸研究ゼミ班長  = 白川達矢さん(連絡・世話人)
ゼミ雑誌編集長   = 河西杏子さん、副編集長  = 清水理絵さん
ゼミ雑誌編集委員  = 塩崎真佑 内田すみれ 永井志穂 白川達矢
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 この旅の目に見える最大の成果は、ゼミ誌作成です。全員で協力し合って記念になるゼミ誌を作りましょう。
(仮題)『下原先生と、ちょっと不愉快な仲間たち』
テーマ「種」:ゼミ2の土壌に、どんな種が蒔かれるでしょう。どんな芽がでて、どんな花
       が咲き、実がなるでしょう。楽しみです。
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「2009年、読書と創作の旅」理念
 本船は、理念として嘉納治五郎師範の「自他共栄、精力善用」の精神を掲げます。
 この理念の入所経緯を辿ると以下の経緯が推測されます。
嘉納治五郎 → フェノロサ(明治維新後東大で教えたアメリカ人教師)の授業 →テキスト・J・S・ミル → フーリェの空想的社会主義 → 原始共同体(ユートピア思想)
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6・29ゼミプログラム
1.「通信」配布、出欠、連絡事項(埼玉県公立高校入試問題国語採点)
  ゼミ誌編集委員 → ゼミ誌作成についての話し合い。
2.司会進行指名 (司会 → 授業進行、朗読者の指名など)
3.テキスト読み・犯罪観察作品『兒を盗む話』
 女の子を誘拐する。その動機は様々だ。可愛いから、性的目的、お金ほしさ。タイ、インドでは、売春宿で働かせる目的で、いまでもさらったり騙したりしていて問題になっている。
 日本でも、幼女誘拐事件は、よく起きる。その大半は、性目的のようだ。何年か前、10歳の女の子を誘拐して9年間も自宅2階に隠していた犯人もいた。
 とりあげたテキスト『兒を盗む話』の犯人は、寂しさからさらってしまった。1914年大正3年4月の『白樺』に発表された。「創作余談」ではこのように述べている。
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 尾道生活の経験で、半分は事実、幼女を盗むところからは空想。しかしこの空想を本気でしたことは事実。友だちもないひとり生活では空想ということが日々の生活で相当に幅をきかしていた。それを実行するには未だ遠いにしろ、そういう想像を頼りにする。今ならそういう想像をすることの方を書くかも知れないが、その時代は想像をそのまま事実にして書いてしまった。尤もこれはいずれがいいとか悪いとかいうことをいっているのではない。『兒を盗む』はいまはもう愛着を持っていない。多少愛着を感じていたこの小説中の描写は『暗夜行路』の全篇に使ってしまった。・・・       (『志賀直哉全集』岩波書店から)
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課題 → 「尾道幼女誘拐事件」として検察側「告訴状」(量刑もいれる)をつくる。
※ 観察も慣れてきたので客観性をひろげてみる。
 
4.提出課題の発表(未発表のもの)と評「読書と創作の旅」①~⑥から
 ☆河西杏子「苦い水」⑤・・・・・・・・・・・・・・・・・車内観察
 ☆永井志穂「二十二歳の恥」⑥・・・・・・・・・・・・・・自分観察
 ☆清水理絵「面白くない」「一日」⑥・・・・・・・・・・・・生き物観察、一日観察
 ☆白樫知佳「キキ」⑥・・・・・・・・・・・・・・・・・・生き物観察
 ☆白樫知佳「ジョシュア」⑥・・・・・・・・・・・・・・・生き物観察
 ☆河西杏子「小池騒動記」⑥・・・・・・・・・・・・・・・生き物観察
 ☆塩崎真佑「夜の向こうへ」「一日」⑥・・・・・・・・・・車内、一日観察
観察度のポイント→ ①叮嚀にえがかれているか、②情景が思い浮かぶか。 
5.名作・書簡小説『あしながおじさん』ジーン・ウェブスター(1876-1916)
前回は、時間がなかったので、今回のゼミで実施します。
 ゼミ合宿のトレーニングとして書簡小説読みをはじめます。いまでは、募金活動の代名詞として、すっかり社会の中に定着している「あしながおじさん」です。
 この作品は、自分観察、一日観察、友人観察、人間観察、大学観察といった複数観察で成
り立っています。全体的に簡潔な、単純な観察ですが、そのなかに読む人の心をとらえて放さない魅力があります。そのへんに気をつけて読みましょう。
 テキストは、昭和35年(1960)刊行された本(角川文庫 定価七拾円)。厨川圭子訳の『あしながおじさん』です。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.130 ――――――――4 ――――――――――――――――
6・22ゼミ観察
1.【6・15ゼミ参加者】以下は、6月22日ゼミ参加の皆さんです。
  3名の皆さんが参加しました。
  ゼミの参加者。(順不同)  全員そろった日に、写真を撮ろうと思っています。
     ・清水理絵さん  ・白川達矢さん   ・塩崎真佑さん   
2.ゼミ誌作成の話し合い「表紙について」・・・編集長不在 次回に
 
 ゼミ合宿抽選結果報告・・・・・白川達矢班長
第一志望・那須塩原 9月12日(土)~13日(日) 確保 !!
※ 6月29日ゼミで「銀行口座振込み依頼書」を提出してください。
  ゆうちょ銀行の人は、事務室に行って聞いてください。
※ 合宿計画書は、後に
マラソン朗読会に備えて、朗読トレーニング強化を。
3.提出課題発表と感想
白樫知佳「コインランドリイと〈女性」の雑誌と男」
・「女性的な文章」 ・「情景が把握できる」 ・「物語性への発展は・・・」
清水理絵「弁当箱を探して」
・「弁当箱一つで、ここまで書ける創作力」 ・「あまりにもジロジロ見すぎているのでは」
・「オチがあったら・・・」 作者弁「美味しいお弁当ができました」
塩崎真佑「待合室」
・「落ち着いた文体を感じる」 ・「読ませる文章」 ・「情景作品を小話に」
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今後の名作読み予定
☆書簡小説読み第二弾『若きエルテルの悩み』 
ナ、なんと ! あのナポレオンが戦場で7回も読み返した作品。
「お口の恋人」は、いまなお商標で健在です。
☆歴史的一日観察読み『コロンブス航海記』
 この一日観察は、かのコロンブスがアメリカ大陸に着くまでの航海日誌を同船した神父ラス・カサスが要約したものである。歴史的一日観察の見本として読んでみる。
☆南米悲劇観察読み『インディアスの破戒についての簡潔な報告』
 1昨年は、南米の英雄チェ・ゲバラ(1928-1967)没後40年、昨年は生誕80年ということで盛り上がった。が、なぜ南米は、革命児を生む大陸になってしまったのか。すべては1552年に発行されたこの報告を読めばわかる。報告者は、コロンブス航海日誌を要約したラス・カサス神父。当時、数少ない良心をもった教会関係者である。
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4.名作読みアーネスト・ヘミングウェイの『殺し屋』を紹介 訳・大久保康雄
『殺し屋』とヘミングウェイについて 
 ヘミングウェイは、デビュー作となった『日はまた昇る』や映画化でも人気がでた『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』など長編が有名だが、自身の少年、青春時代を描いた短編も忘れがたい。そのなかにあって『殺し屋』は、世界文学線上にあっても名作。まさに20世紀の短編小説を代表する作品です。無駄のない簡潔な文体は、現代文学の手本ともいえます。こんな文体を身につけたい・・・そんな思いで若い頃、原稿用紙にヘミングウェイの作品を繰り返し写し取ったことを懐かしく思い出します。訳者の大久保康雄は、あとがきで、この作品についてこのように紹介しています。
 『殺し屋』は、ヘミングウェイがつくりあげた小説技法の見本のような作品である。ヘミングウェイはここで、余分な描写や説明をいっさい払いのけて、設定された状況に読者を直接対面せしめるという彼独自のスタイルを、ほとんど純粋なかたちで示している。ヘミングウェイ・スタイルの裸形というべきものが、ここにはある。
 舞台がどこの町であり、登場人物がどんな性格をもっているのか、ここで提出される事件に到達されるまでにどのような過去があったのか、そういう説明は何ひとつなされていない。それでいて、描かれた場面の張りつめた緊張感が、異様なするどさで読むものの心に迫ってくるのである。
 文章の簡潔さということが果たしている大きな役割の一つは、いうまでもなく、描写や説明を極度にまで切りつめることによって、ある一つの特殊な状況を、そのまま普遍的な意味にまで高めていることである。この『殺し屋』にしても、もし登場人物の経歴や性格を示すために多くの説明がなされたとしたら、これらの人物は、普通の小説的意味では、それだけ具象的なリアリティを濃くするかもしれないが、この事件全体を、ただの特殊な一事件―たんなるギャングの内輪もめ程度のものとしてしまったであろう。こういう簡潔化は、しばしば日常的な事物に象徴的な意味を付与するものなのである。ヘミングウェイの新聞記者時代の先輩ライオネル・ロイーズが、この作品を評して、「対話と行動の最小限の描写だけの純粋な客観性の一例だ」と言っているが、まことにそのとおりといわなければならない。
 物語の筋は簡単である。ニックは小さな町の簡易食堂で働いている。ある夕方、二人の男がやってくる。二人は殺し屋で、だれかに頼まれて、この町に身をひそめているスウェーデン人の拳闘家アンドルソンを殺しにきたのだ。アンドルソンは、いつも六時にはこの食堂にきて食事をとる習慣なのだ。しかし、この日は六時になっても彼は姿を見せない。七時になった。それでもこない。二人の殺し屋はとうとうあきらめて帰ってゆ
く。二人が立ち去ると、ニックは、危険を知らせるためにアンドルソンが泊まっている下宿屋へ駆けつける。拳闘家は、服を着たまま部屋のベッドに横になっている。ニックが殺し屋の話をしても、ただ壁を見つめたまま黙っている。警察に知らせようかと言っても、いや、どうにもしょうがないんだ、と言って、そのまま壁を見ているだけだ。この壁は無力な絶望感を象徴しているものと思われる。押しても、叩いてもどうにもしょうがない壁だ。
ニックとアンドルソンとのあいだにかわされる平凡な会話も、社会の表裏を経験してきた人間の絶望と、社会に足を踏み入れたばかりの恐れを知らぬ若者の勇気を対比させることによって、二つの世代の相違を巧みに暗示しているのである。ニックは、ここでは
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・130―――――――― 6――――――――――――――――
じめて殺し屋たちの暴力の世界と拳闘家の絶望の世界に接触し、しだいに社会悪への目を開いてゆく。 新潮文庫『ヘミングウェイ短編集(一)』訳者「あとがき」より
 この作品は1930年前後、ヘミングウェイ三十歳前後に書かれた。アメリカの三十年代といえば何か。禁酒法(1920-1933)でギャングが横行した時代である。映画『アンタッチャブル』にみる無法時代。ギャングに狙われたら、もうどうしょうもない。警察など当てにならない。この作品から若きヘミングウェイの怒りが伝わってくる。
 ギャング達は新移民と呼ばれる人達の子供達が多かったそうです。その代表的なのがイタリアからの移民の子のアル・カポネです。彼の残した言葉としてこんなのがあります。
『私は市民が望むものを供給することで、金を稼いだだけだ。もし、私が法律を破っているというのなら、顧客である多くの善良なシカゴ市民も、私と同様に有罪だ。』 HP検索
作者について
1899年7月21日に生まれ
1961年7月2日に亡くなっている。ライフル自殺。
『老人と海』『キリマンジェロの雪』『フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯』
『河を渡って林の中へ』『持つものと持たざる者』など多数。
 20世紀文学は『失われた時を求めて』のプルーストとヘミングウェイからはじまったとも言われている。
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嘉納治五郎「青年訓」 第13「注意力の修練」①
 注意力はすべての精神作用の基礎であって、これが強弱はその人の智愚に大なる関係を及ぼすのである。したがって注意力の事に関しては、青年たるものは深く心を用いるところがなければならぬ。この注意というものは自分で意を用いないで起こされることもある。たとえば大砲がどんと鳴ればたちまちその方に心を向け、あるいは馥郁たる香がすればそれに心を奪われるようなものである。〈()内は土壌舘解説〉
(物事に対する注意力は、その人の基礎である。注意力が、〈言い換えれば観察が〉できているか、できていないかによって、その人は知恵者か、愚者か決まる。それ故、若者は、注意力、すなわち観察力を侮ってはいけない、と説く。しかし、この注意力・観察力は、意識しないでも反射的に働くこともある。たとえば、突然の大砲の音や、予期せぬ花の香り。)
 このような時にはこれを無意的注意という。あるいはまたこれは面白くもない、むしろ厭な事でもあるけれどもこれに注意しておくことが必要であるというて、気を向ける事がある。このような時にはこれを有意的注意という。学生のような修養の途にあるものは、常にこの有意的注意の方を重んぜねばならぬ。何とあれば無意的注意は、刺激が強いかまたは面白いかという時には自ら起こるものであるけれども、しかし吾人の精神中には何時でもさように強い刺激とか面白い事物ばかりがくるものではない。否社会に立つ暁には、面白くない骨の折れる事物に注意する必要の方が多くあるからである。それで学生たるものは、教師からして興味あるように授業せられた時十分に注意するはもちろんの事であるが、そうでない時でもつとめて注意を深くするようにせねばならぬ。これは自己の発達や事業の成功の上に大なる関係があるのである。さてこのように重大な注意力は、どうすれば修練する事が出来るか。これについて今大体の方法を述べてみよう。  次号115号へ
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2009年読書と創作の旅・課題⑦
生焼けの朝
 永井志穂
 その日、気の置けない友人たちとガストで夜更けまで馬鹿騒ぎをしていた私は、案の定家に帰ってから眠れなくなった。なので、開き直って眠る気分になるまでずっと起き続けていることにしよう、と決めた。
 家に帰ってきたのがすでに午前2時過ぎ。時間を潰すには、インターネットに接続したパソコンを開くに限る。自分のホームページをいじってみたり、知人のブログを読みふけったりしていたら、あっという間に4時近くになっていた。
 ふと顔を上げたら、窓の外が白んでいた。もう明け方が来たようだ。つい最近まで6時を過ぎても空が真っ暗だったのに、と私は思う。カーテンを少しだけめくって、外の景色を窺ってみた。――どうやら今日は天気が良くないようだ。薄墨を滲ませたような空に、どっちつかずな水色が遠慮がちにかかっている。その中で、家のすぐ前に設置されている自動販売機の人工的な灯りだけが不自然に浮かび上がっていた。あまり好みとはいえない色合いだ。私はちょっと落胆してカーテンを閉じた。
 と、そこで玄関の方からガタッ、ガサガサッ、という音が聴こえた。我が家にも今朝の新聞が配達されたのだ。それを取りに玄関へと向かったら、閉め切った祖母の部屋から何やら音が聴こえてくる。最近、朝早くに目が覚めちゃうの、と言っていたから、たぶんテレビを観て時間をやり過ごしているのだろう。
 明け方の音、明け方の空気。私は、それらによって時に嫌というほど感傷的な気分にさせられる。しかもそれは盲目的なセンチメンタリズムだから、ひとりで抱えてやりすごすしかない。明け方は大体において清々しいものだけれど、たまにすごくやるせない。
* * *
 5時になった。いい加減に眠ろうか。幸いなことに、明日も飲みの予定が入っているし。
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オタマジャクシと『1Q84』
 先日のことだが、テレビや新聞で各地にオタマジャクシやカエルなどが降ったと報道していた。実際に空から降るところを目撃した人はいなかったようだが、ニュースは、さも、そうだというような報道だった。テレビ画面に路上や、駐車場、玄関先で見つかった干ぼしのカエルたちが写されていた。この出来事を知ったとき、妙な予感がした。竜巻などの自然現象も考えたが、まっさきに頭にうかんだのは、あの作家のことと誰かが作為的にばら撒いた、との思いというか疑念だ。
 しかし、なんのために !? そんなことを思っているうちにマスメディアが一斉に村上春樹の『1Q84』の大宣伝。ああ、このためか、と合点がいった。それにしても、せっかく山の沼や田でのんびり泳いでいるカエルやおたまじゃくしを無残にばら撒くとは、作家や『1Q84』に罪があるとはいわないが、そんなことまでして、儲けたいのか。あきれるばかりである。おかげというか作戦通りというか『1Q84』は、読まれる前から順調の売上のようだ。宣伝効果抜群だった。ちなみにメディアにはこんな絶賛記事が・・・・
 
 2009年6月23日 朝日新聞「話題の村上春樹さん新作」
赤坂真理(作家)「日本の戦後がわかった」 森達也(映画監督・作家)「善と悪の彼岸はどこか」 亀山郁夫(ロシア文学者)「諷刺ではない恐ろしさ」
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・130―――――――― 8――――――――――――――――
車内観察
あさりちゃん
                             慈剛寺 徳子
 朝のラッシュアワーが終わったばかり。
 冷房の効いた車内で、流れる景色を眺めながら私は、何かを思いついては、クロッキー帳に書き込む。
 こんな体で、軟弱な精神で、まともな職になど就けるわけがない。「だから」作家になるわけではないが、作家になるしか、その夢にかけるしか、私は生きてゆけない。
 目的地まで三十分。その間に、何か思いつくか。
「何か」を期待する時に限って、何も浮かばない。ため息をつき、クロッキー帳をでかい鞄にしまう。
 目線を上げると、「漁り」がいた。若い男だ。私以上にでかいボストンバッグを持ち、車内をキョロキョロ見回す。棚に置いてある雑誌類を漁るのだ。豊かなサラリーマンは、雑誌の最新号を買っては通勤中に読んで、捨てに行くのも面倒なのだろう、棚に置きっぱなしにする。それを集めて、古本屋に売るのだろう。次々と棚から雑誌を取り上げ、ボストンバッグにしまう。
 きっと、四日は風呂に入っていないと思う。皮膚の光り方が違う。服は黒っぽいが、所々茶色い。ボストンバッグも黒く、でも茶色い部分がある。身に着けているもので一番高価そうなのは、黒縁の眼鏡だろうか。とは言っても、きっとそれも安物だろう。
 社会の底辺。
 そんな言葉が、頭をよぎる。憐れむより先に、その皮膚のテカり方に嫌悪感をもよおす。男はまだきっと、三十代くらい。雑誌を漁るよりもいいバイトがあるのではと思うが、何か事情があるのだろう。
 周りの乗客は、まるで男がいないかのように振舞う。私も、特別意識をしていないように振舞う。穴が開くほど見つめたりはしない。
 いや、元々、例え隣に人がいても、いないように振舞うのが常識なのだ。知人は別だが、いちいち隣の、正面の、斜向かいの人の存在を気にしているような素振りは見せないのが、大人だ。
 だから、乗客が特別、「漁り」に冷たいという訳ではない。
 そうだ。人は普通に。至って普通に、他人を無視する。私も無視されている。
 作家では食っていけない。ほぼ、確実に。私もゴミを拾って生活するのだろうか。そうして、肌をテカテカと光らせて、乗客たちに無視されるのだろうか。いや、そんな気力もなく、いつの間にか死んでいるかもしれない。
 死ぬなら、「いつの間にか」がいいと思った。
 でも私は、生きるためなら、ゴミを拾ったっていい。        了
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「2009年読書と創作の旅」⑤ 6・15発行
・河西杏子「苦い水」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
「2009年読書と創作の旅」⑥ 6・22発行
・永井志穂「22歳の恥」・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「面白くない」・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・白樫知佳「キキ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・白樫知佳「ジョシュア」・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・河西杏子「小池騒動記」・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「夜の向こうへ」・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「道化者」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「一日観察」・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
―――――――――――――――――― 9 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.130
 車内観察
塩崎 真佑
 日の照った初夏の頃だった。往来などには買い物袋を持った女の人や学校帰りの学生などで溢れている。ひと際賑やかな通りを抜け出すと踏み切りがあって、私はそこで立ち止まっていた。
すると、汗が噴き出るのである。
額から首、背中から腿を通り、足の方まであらゆるところから染み出して、またそれを一度感じると、じっと動かずにいることさえ我慢ならなくなり、横目から額を拭う人を見るとやりきれない思いがあった。ただでさえ、暑いのである。
しかし、よくよくその人を見ると気の毒に思った。杖代わりのキャリーカートを前に押し出して、しかめた顔をそのままに御婆さんはハァハァと息をあげている。踏み切りが上がり、再び動いていく姿を見届けると何とも言えぬ安心感で包まれた。もしも、私ならと考えると数歩手前の駅までもが、上りの階段のように果てしなく長く感じられた。
 それから、私は一本の電車に乗った。
まるで、こちらの方が本物で外の方が嘘っぱちのような気候変動である。あまりの涼しさに素直に喜んでしまったが、後で思うと、それは少し浅はかな考えだったと思う。
窓に羽根のついた黒い虫が張り付いていた。外へ出られる出口はどこにもないが、細い足を滑らせて何度も転げ落ちながら上を目指し続けている。慈悲のある人ならば逃がしてやりたいと思うだろうが、無慈悲な人ならば外も同じようであろうと思うのかもしれない。ずっとそのように目線が行き来をしていると、つまらないものばかりが思いつく。
 例えば、そうだ。
 ある人は、気持ちよさそうに車内で足や腕を組んで眠りこけている。外には今にも倒れそうな人ばかりいる。もし本当に倒れている人を見かけても、何も心を動かされるものはない。ホームレスはとうに見慣れてしまっているのだから。
ただ、時々冷たい地べたに薄汚れた手が置かれているとハッとすることがある。それも電車に乗り込むとすぐに忘れてしまうが、網棚に乗った新聞紙や雑誌を袋一杯に集める人を見て再び思い悩むこともある。まともな住み家はどちらだろう。
電車だけは何も計らずに進んでいる。向い合った人の口からはいびきが漏れていて終点まで起きそうになかった。
あのお婆さんもどこかにたどり着いただろうか。
 何しろ、外の暑さはまだ始まったばかりなのである。
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ゼミ誌作成に関して・進行報告
☆6月 8日 → テーマは「種」に決まる
☆6月15日→タイトル『下原先生とちょっと不愉快な仲間たち』に決まる。
☆6月22日→表紙決め、欠席者半分で、次週に延期。
・見積りは → 10月9日までに
・納品は → 12月14日厳守
・原稿の締め切りは → 夏休み明け、9月20日厳守     
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・130―――――――― 10――――――――――――――――
ゼミ合宿の月日決定 !!
先の抽選会において、ゼミ合宿の月日が決定しました。
ゼミ合宿は、第一志望9月12日(土)~13日(日)に決まりました。
 合宿地は、那須塩原日本大学施設
 9月12日(土)集合場所・時間は、追って白川班長より発表します。
 課外授業の内容は、マラソン読書会です。前例から7時間完走を予定
 テキストは、コピーを当日配布します。
 
 マラソン読書スタート予定 9月12日 午後3:30 → 
 テキストは、ドストエフスキーの『貧しき人々』
悲恋映画の決定版 まだ観てない人は是非に・・・オススメ
哀 愁 Waterloo Bridge
ヴィヴィアン・リー、ロバト・テーラー主演 監督マーヴィン・ルロイ
原作ロバート・E・シャーウッド 脚本S・N・ベールマン、ハンス・ラモー、ゲオルク・フレーシェル 音楽ハーバート・ストサート
「それでも、君を愛している ―― 」
舞台は、第一次大戦下のロンドン・
英国将校クローニンとバレリーナのマイラは、出会い愛し合うが、クローニンは再び戦場へ。彼の帰りを待つマイラ。しかし、彼女に届いたのは、彼の「戦死」の知らせだった――。
戦火の下、運命のいたずらによって引き裂かれ、悲劇的な結末を迎える二人の恋物語。
 ヴィヴアン・リ―とロバート・テイラーの世紀の美男・美女コンビの共演。そして、ハリウッドを代表する名匠マーヴィン・ルロイ監督のロマンテックムード溢れる演出で、恋愛映画のお手本として今なお、語りつがれる名作となっている。
ニュース観察・マイラと愛
 昨年の暮れ、正確にはクリスマスの夜。都内のとあるマンションの一室で、若い女が冷たい骸となっていた。たずねてきた知人が発見した。外傷はなかった。死因は病死だった。が、死んだのは一週間も前だった。若い女性、実際には36歳の美しい女性だった。彼女は、人気タレントで、つい最近、健康理由でタレント活動を休業したか引退したか。が、隠遁生活をしていたわけではなかった。亡くなる一週間前まで、地方の駅前でエイズ撲滅運動で避妊具配りをしていたという。テレビでは、エロっぽい派手さと賑やかな明るさで、売っていた。だが、だれにも看取られることなく、たった一人で寂しく死んでいったのだ。
 このニュースを知ったとき、思い浮かんだのは「哀愁」のラストシーンだった。待ちわび、あきらめ、転落。そして、思わぬ再会。マイラは、やっと幸福をつかんだ。
 しかし、悔いても、悔いても消し去ることのできない過去が彼女を苦しめた。幸福の階段を上がればあがるほど、その過去は重くのしかかって壁となった。
 週刊誌などでしか知り得ようがないが、その女性人気タレントにも、そんな過去があったようだ。その過去はタレントとしての人気が高まるほど深い傷となったのかも。
 マイラと女性タレントは死因は異なる。が、苦悩と孤独において共に同じではなかったか。そのように想像するのである。そういえば、彼女の名前は愛だった。
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.130
2009年読書と創作の旅の記録
□4月20日 ゼミガイダンス(40分)、見学16名。「おんぼろ道場再建」ビデオ不調。
□4月27日 参加5名、司会・河西杏子 ゼミ誌編集委員決め、読み嘉納治五郎『青年
      訓「精読と多読」、世界名作サローヤン『空中ブランコ』、「憲法・前文と九条」
□5月11日 参加5名、司会・塩崎真佑、テキスト読み『菜の花と小娘』『網走まで』
       『菜の花』の解説、課題観察作品発表・清水理絵「黄金週間」途中まで。
□5月18日 参加4名、司会・白川達矢、テキスト読み『或る朝』、手本『放浪記』
       課題発表・清水理絵「黄金週間」、河西杏子「爽やかな憂鬱」、塩崎真佑「私
       の一日」、白川達矢「女王」、社会観察「政治家の世襲について途中」
□5月25日 参加3名、司会・清水理絵、試験解答、テキスト比較名作読み『三四郎』
      課題発表・白川達矢「覚える」、塩崎真佑「視線」
□6月 1日 参加4名、司会・河西杏子、ゼミ合宿の有無、ゼミ雑誌ガイダンス報告、
      「大学構内教授殺人事件」容疑者調書、第一審判決と量刑。河西「楽しい電車」
□6月 8日 参加5名、司会・内田すみれ、ゼミ誌テーマ決め「種」、名作詩編ヴェルレ
       ーヌ「雨が・・・」、課題発表=清水理絵「勝手に人生相談」、白樫知佳「水
       とバタ」、清水理絵「ちょとつ妄想」、塩崎真佑「新インフルエンザ」、表現
       稽古・紙芝居「少年王者」
□6月15日 参加5名、司会・長井志穂、ゼミ誌タイトル決め「下原先生とちょっと不愉
      快な仲間たち」、テキスト読み志賀直哉『夫婦』、課題発表=永井志穂「不快指
      数の充実」、清水理絵「呪われた木曜日」、塩崎真佑「マナーモード」、塩崎真
      佑「自分の一日」、白樫知佳「カウント」。土壌館『網走まで』解説・途中。
□6月22日 参加3名、司会・白川達矢。合宿抽選結果9月12,13日決まり。テキスト「濠
      端の住まい」読み、課題発表=白樫知佳「コインランドリイと女性の雑誌と男」、
      清水理絵「弁当箱を探して」、塩崎真佑「待合室」。名作読み『殺し屋』ヘミン
      グウェイ
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「2009年読書と創作の旅・前期」テキスト&名作読み
テキスト(志賀直哉観察作品)=『菜の花と小娘』『或る朝』『網走まで』『夫婦』
                『濠端の住まい』
名作読み=『空中ブランコに乗った大胆な青年』『放浪記』『三四郎』
      『詩編・雨が巷に降るごとく』『殺し屋』
後期情報
☆後期のテキストは、観察から物語性のあるものを読んでいきます。
☆名作読みは、一日の自分観察から枠をひろげて家族観察・社会観察作品を読みます。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・130―――――――― 12――――――――――――――――
課題
 
 観察と書くことを習慣化するために、以下の課題を常時、受け付けます。期限締め切りはありません。が、自分の苗(創作力)を育てるためには必要です。
① 車内観察 ② 自分の一日観察 ③ 生き物観察 ④ 社会観察(ニュースから)
※ 社会観察「大学構内教授殺人事件」は、容疑者調書は提出されているので、次の課題は告訴状です。検察側の考え(告訴状)を書いてください。実際の事件を先行していくので、自分の考えと社会現行とを見比べることができます。
ドストエフスキー情報
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 7月11日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7『カラマーゾフの兄弟』
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 8月8日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7 暑気払い読書会 
情報 下原敏彦著『伊那谷少年記』(鳥影社)関連
新刊『2010年受験用 全国高校入試問題正解 国語(掲載)』旺文社
新刊『2010年受験用 全国高校入試問題正解 英語・数学・国語(掲載)』旺文社
「進研ゼミ中学講座」2009~2013年入試対策教材(ベネッセコーポレーション)
2009~2011(3・31)使用期間
社団法人 日本図書教材協会(教育出版社各22社)からの教材使用許可願い許諾
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
    課題の提出原稿数+出席日数+ゼミ誌原稿+α=評価(60~100)
土壌舘日誌
 6月21日 日曜日の朝、道場へいくと、向こうの民家の角に隠れる人影。柔道着を着ていてるのですぐにわかる。小学4年のSは、塾のない日は、早い。が、遭うと咄嗟に物陰に隠れる癖がある。知らん振りして、道場に入っていると、とぼけ顔で入ってきた。「なんで隠れるんだ」と、聞いても要領を得ない。この日は、稽古中、ずっとこの調子だった。ときどきふざけたりもした。何度か注意はしたが、叱らなかった。原因は、わかっていた。Sは、いつもは大人しく素直な性格である。が、母の日と父の日の時期になると、少しばかり反抗的になる。赤ん坊のとき両親が出ていったきりいないのだ。20㌔に満たない小柄な体で、精一杯大人社会に反発しているのだろう。「きょうは、ちょつとだめだったな」帰り際に声をかけると、なんのことだと言わんばかりのとぼけ顔で、しかし照れくさそうに苦笑して走り去った。                         
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編集室便り
☆ 原稿、歓迎します。学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
文芸研究Ⅱ下原ゼミ「2009年、読書と創作の旅」
2009年9月12日(土) ~ 13日(日)
塩原・ゼミ合宿
マラソン読書・テキスト
 1845年5月6日未明のロシア・ペテルブルグで起きた作家と詩人の衝撃体験。二人の感動体験は本当だったのか ? ! 
 その真相を那須塩原で時空体験する。
発行までの手順
1.「ゼミ雑誌発行申請書」を期限までに文芸スタッフに提出する。完了済み
2.ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めていく。進行中
3.9月末、夏休み明けにゼミ員はゼミ雑誌原稿を編集委員に提出する。
4.編集委員は、印刷会社を決め、レイアウトなど相談しながら編集作業をすすめる。
5.「見積書」を印刷会社から受け取り、期日までに出版編集局に提出。
  期日は、ガイダンスのとき告知します。
  ※「見積」は必ず予算内におさめること。オーバーすると自己負担になる。
6.11月半ばまでにゼミ誌原稿を印刷会社に入稿する。
7.ゼミ雑誌ができあがったら、雑誌編集室に見本誌を提出する。
ゼミ雑誌発行期限は、12月14日 厳守 !!
8.印刷会社からの「請求書」を出版編集室に提出する。
※なるべく過去にゼミ雑誌を依頼したことのある印刷会社がよい。文芸スタッフに聞く。
 (はじめての会社は、事前に文芸スタッフに相談する)
「2009年読書と創作の旅」課題・収録
「2009年読書と創作の旅」① 5・11発行
・清水理絵「黄金週間」(一日観察)・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「爽やかな憂鬱」(一日観察)・・・・・・・発表済み
・清水理絵「勝手に相談」(生物観察)・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「政治献金について」(社会観察)・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」② 5・18発行
・永井志穂「不快指数の充実」(車内観察)・・・・・・発表済み
・白川達矢「覚える」(車内観察)・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「視線」(車内観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「楽しい電車」(車内観察)・・・・・・・・発表済み
・白川達矢「水とバタ」(店内観察)・・・・・・・・・発表済み
・白川達矢「女王」(一日観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「ちょとつ妄想」(雨日観察)・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「新型インフルエンザ」(社会観察)・・・・発表済み
※ 塩崎真佑「自分の一日」(発表済み)は、『ゼミ通信124』に収録。
          「2009年読書と創作の旅」③   6・1発行
・清水理絵「呪われた木曜日」・・・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「マナーモード」・・・・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「自分の一日」・・・・・・・・・・・・・・発表済み
・白堅知佳「カウント」・・・・・・・・・・・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」④ 6・8発行
【大学構内教授殺人事件】犯行の動機。実際の審議と平行してみていく。
〈容疑者の調書〉A、B、C、D・・・・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」⑤ 6・15発行
・白樫知佳「コインランドリと「女性」の雑誌と男」・・・・・・発表済み
・河西杏子「苦い水」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「弁当箱を探して」・・・・・・・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「待合室」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」⑥ 6・22発行
・永井志穂「22歳の恥」・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「面白くない」・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・白樫知佳「キキ」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・白樫知佳「ジョシュア」・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・河西杏子「小池騒動記」・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「夜の向こうへ」・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「道化者」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「一日観察」・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 

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