文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.132

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2009年(平成21年)9月28日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.132
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
後期9/28 10/19 10/26 11/10 11/16 11/24 11/30 12/7 12/14 1/18  
  
2009年、読書と創作の旅
9・28下原ゼミ
9月28日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
 1.出欠・ゼミ通信配布・後期に望んで・司会進行指名 
 
 2.ゼミ誌原稿提出&刊行に向けての編集作業について
 3. 私の夏休み報告(観賞した映画、読んだ本、愛読書紹介)
 4. 観察から創作へ テキスト読み&名作紹介
      
ゼミ誌表紙デザイン絵決定 !
ー 塩崎真佑作品に全員一致 ー
 8月12日、日本大学塩原研修所ゼミ合宿においてゼミ雑誌編集会議が開かれた。河西編集委員長は、はじめ原稿締切日に触れ、正式締切日を発表した。それによるとゼミ誌原稿締め切りは遅くても芸祭(11月1~3日)前までに提出とのこと。あらためて締切日厳守を訴えた。つづいての重要議題は、「ゼミ誌表紙絵について」であった。表紙デザイン絵については、前期最終会議で課題として出されていた。
 当日、持ち込まれたのは4点。SM雰囲気のある(ムチ持ったお姉さんの絵)清水理絵作品。白・赤・青などの原色の円形図を遊ばせたドリーム感あるデザインの河西杏子作品。未完成ながら画帳に描かれたデッサン風図形の白川達矢作品。暗緑色で重厚印象の塩崎真佑作品が俎上候補となった。各作品評価の後、挙手による採決となった。その結果、最多票(全員)の塩崎作品が、2009年下原ゼミ雑誌の表紙デザイン絵に決まった。
 これによって後期明けから印刷会社入稿に向けて、本格的編集作業が開始されることとなった。2009年の記念碑となるよう全員、協力しあってすすめてください。
 なお、刊行までの作業予定は、以下の通り。
 9月28日 ゼミ誌原稿受付。編集作業に入る。表紙絵、原稿パソコン入れレイアウト
10月 9日 出版編集局に(印刷会社からもらっている)「見積書」提出締め切り日。
10月30日 ゼミ誌原稿最終受付日。
11月中旬  印刷会社に入稿。
12月14日 刊行されたゼミ誌『下原先生と、ちょっと不愉快な仲間たち』を雑誌編集室に
      提出。期限日厳守。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.132 ―――――――― 2 ―――――――――――――
ゼミ合宿報告
大成功だったマラソン朗読会
 8月12日~13日にかけて「日本大学塩原研修所」でおこなったゼミ合宿・マラソン朗読会は、スタートからゴールまで、棄権することなく無事完走できた。所用時間、7時間半を要した大レースだったが、午前1時40分無事全員ゴールを果たした。
 帰りなん白夜の古都のものがたり、虫の音、聞いて那須の夜を知る。
タイムスリップの1854年から全員、無事帰還
 このマラソン朗読会は、時空探検の旅でもありました。2009年9月12日の日本那須塩原から1845年5月6日ロシアのペテルブルグに降り立つ旅です。
 あの日あの時、ロシアの若い作家と詩人が受けた感動。その感動を5人の探検隊は確認することが、感じることができるだろうか。
時空探検隊全員集合
 
 9月12日、この日の朝5名の隊員は、まず各自宅から待合場所に向かった。
 東京の朝は、曇天、9時頃からは雨も降り始めた。ゼミ2号発射地は栃木県の那須塩原。高地だけに天候が懸念された。しかし、何事も日頃の行いである(?!)時間を追って車窓は明るくなった。楽しい旅が予想された。
 東京駅、土曜日とあって待ち合わせ場所「銀の鈴」周辺は大混雑。時間は11時を過ぎたばかり、集合時間は正午。早すぎた、と思っていたら、向こうから呼ぶ声。清水さんだ。背が高いのですぐわかった。つづいて白川班長、内田さん(内田さんは、早目にきて、お弁当売り場で、どの弁当を買うか悩んでいたとのこと)河西編集長も到着。てんでに好みの駅弁を買ってホームへ。12時20分発の「やまびこ209号」。自由席車両は空いていて全員一つところに坐れる。時空探検はチームワークが大切。幸先の良い出発となった。
 車中は楽しいお弁当。1時間10分の旅は、すぐに終わった。那須塩原の駅改札で塩崎さんが出迎える。実家がある福島県から来た。久しぶりの再会。「可愛くなった気がする」「もしかして恋?!」そんな会話で盛り上がる。全員集合で賑やかさも倍になる。
時空探検出発地まで
 「塩原温泉行」バス乗車。2千円で周遊往復券を買う。乗り降り自由で百円得。13時50分発。いざ時空探検出発地へ。バス乗車時間45分とのこと。千本木牧場を過ぎたころから山道になる。靄けむる林道を抜けると塩原温泉。塩原福渡下車。徒歩1分。探検出発地日本大学塩原研修所着。白衣の調理着職員の出迎え。今日は、此経ゼミの二組だけとのこと。此経ゼミは、すでに到着、ゼミ授業中。そのせいか建物全体が森閑としていた。職員から施設宿泊心得説明と部屋割り。白川班長、バスに携帯を忘れたことに気がつく。悪い前兆か。成功への不安。幸い、引きかえして来たバスから受け取る。運は、消えていない。
 施設使用説明で消灯は、夜11時と聞いて不安になる。が、授業なら午前0時を回っても可能と言われて一安心。しかし、未知の時空への旅である。予想通りの時刻に終えることができるか。明け方までかかったら・・・。あらたな心配がわく。とにかく行けるところまでいくしかない。不安を残して、出発することにした。
――――――――――――――――― 3 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.132
時空探検ドキュメント
 
 3階ゼミ講義室に5名の隊員集合。164年前、即ち1854年のロシア・ペテルブルグへのタイムスリップと、マラソン朗読レースに緊張高まる。現地情報の質問有り。
15:45 時空探検の前に。探検の目的、探検の意義の確認。
 隊員たちと、たいして歳が違わない若干23歳の若者。彼が書いた作品は、一夜にして世界文学の線上に躍り出た。単なる男と女の書簡小説。が、そこには文学の源泉となるビッグバンが潜んでいた。隊員たちは、爆発の洗礼によって自らの中に自分の宇宙をつくることができるだろうか。待ち受けるのは感動か嘲笑か。はたまた失望か。
     塩崎   河西
   |---------    左記は、ゼミ2号の隊員指定席
内田 |             作業は、白川→清水→内田→塩崎→河西→白川の巡回
   |             指令は、白川班長
清水 |--------- 
     白川   下原
時空探検前半(2時間)
15:50 ゼミ2号発射秒読みに入る。皆の期待と不安をのせて出発。
15:51 白川班長 到着宣言、先陣をきっての第一声。「おお、なんたる物語作者たちだ!」
16:00 清水隊員「だから私もこんなことを長々と書いたのですが」
16:10 内田隊員「ここではいちばん悪い部屋でも、食事つき、紙幣で35ルーブルします」
16:18 塩崎隊員「心が照り輝いているようだったのです。」
16:30 河西隊員「そのお伽噺のすばらしかったこと!」
    一巡した。隊員たちは、まだ到着の衝撃から抜けきっていない。19世紀ロシアの
    大地にまごついている。「名前がややこしい」「どこから手紙を書いているのか」「こ
    の二人は、いったいなんなんだ!?」
    いきなり、中年男ジューヴシキンの顔の絵。禿げあがった頭、あまりのオッサン顔
    に度肝を抜かれる。「わたしの小鳩ちゃん」が恥ずかしく感じる。
16:36 白川「毛をむしりとられた病気のひよっこのようにやせているのです」→16:48 清水「でも、いまになると、なぜ私が」からワルワーラの手記「父が亡くなったとき、私はやっとまだ14歳だった」に入ると、皆の意識は、一つの方向に集中した。だらだらと行きえ定まらなかった流れが、不意に一つ急流となって流れはじめたのだ。最初のクライマックスの場面である。5人の隊員は、ぐんぐんと物語のなかに引きずり込まれていった。→
16:54 内田→17:01 塩崎→17:08 河西→17:14 白川→17:21 清水→
17:27 内田「しかし老人は弁舌の才には恵まれていなかった」話はボクロフスキー父子のところに入り、読みは一段と熱気を帯びてきた。隊員一同完全に1845年にタイムスリップしていた。→17:34 塩崎→17:44 河西→17:54 白川「二人にしかわからぬ特別な、かくされた価値を見いだしてなぐさめていた」夕食の館内放送18:00、前半終了。
時空探検休憩時間(2時間)
18:05 夕食 此経ゼミ10名 まだあどけなさが残る一年生。既にゼミ終了でリラックス
    ムード。施設責任者から、「徹夜でやったゼミもあります。必要なら朝まで使用し
    てもいいですよ」の許可。一安心。時空探検が気になってか、各隊員とも夕食は言
    葉少ない。那須牛鍋、まぐろ刺身、野菜てんぷら、など。
19:00 風呂、自由時間。懇親会を予定していたが、タイムスリップ感覚から抜け気って
    いないので、各自くつろぐことにした。開始時間は、早めて9時に設定。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.132 ――――――――4 ――――――――――――――――
時空探検開始中盤(3時間)
 開始は9時だったが、各隊員とも落ち着かない。前半を目安に所用時間を計算したようである。9時からだと、各隊員、最後の胸突き八丁を予想して終了は午前3時と踏んだようだ。ならば開始時間を早めようと思ったようである。ワルワーラの手記も気になるところの様子。各隊員、ぞくぞく時空探検場所に集合。廊下では、一年生ゼミの女の子たちが卓球台を並べて娯楽時間に入るも、皆の思考は、かなたの1854年ペテルブルグに。
 中年の寂しいおっさんジェーヴシキンと可憐な娘ワーレンカの関係はどうなるのか。どこへ向かうのか。ああ、それは恋か愛か友情か。それとも近ごろはやりの友愛か。
 皆、自分の席に着く。退屈顔はない。いかなる流星群、ブラックホールに襲われようと、この時空探検の完遂を目指している。そんな希望と緊張と挑戦魂に燃えた表情。几帳面の河西隊員は、コピー用紙の厚さと腕時計を見ておよその時間を割り出した。
「2時ごろかもね」
「そうだね、ただし順調にゆけばの話だが」
「じゃあ、はじめましょう」白川隊員は、宣言して清水隊員を見た。
20:00 清水「私の生活は充実し、私はしあわせだった。おだやかな、静かな幸福を味わ
    っていた。こうして数週間が過ぎた…」清水は、力強く朗読を開始した。
・・・164年前のペテルブルグが甦った。外は、深夜にもかかわらず、昼のように明るかった。白夜である。二人の若者が、生原稿の小説を交互に朗読しあっていた。その声は、一段と熱を帯び大声になっていった。二人は我を忘れて読みあっていたのだ。深夜であることも忘れて・・・。まさに、その作品を極東の小島の山荘で5人の若者たちが朗読しあっている。彼らは何を感じ、何を発見するのか。それともただの骨折りを嘆くだけか。
20:08 内田→20:14 塩崎→20:20 河西→20:26 白川→20:32 清水→20:39 内田→20:44 塩崎→20:51 河西→20:57 白川→21:01 清水→21:08 内田→21:14 塩崎→21:20 河西「むろん、私は無学な人間ですし」楽しい書簡が、いつのまにか貧乏たらしい話になってしまった。「これって、共倒れの話!」清水隊員が思わず声をあげた。21:25 白川→21:31 清水→21:37 内田→21:42 塩崎→21:49 河西→ 21:54 白川→22:00 清水→22:06 内田(2007年探検では、この時点で零時だった)→
22:11 塩崎 突如、難解な漢字読み出現。毎回、読んでいるのになぜか失念。「塒」という漢字。「ねぐら」でした。「自分のみじめな塒をのぞきこまれるのを好まないのです。」
22:19 河西→22:24 白川→ ・・・・・順調に前進・・・・・・・ →
22:36 内田隊員、白川班長「休憩」を宣言。ファーため息。ゴールまで何枚。 
時空探検終盤(2時間40分)・魔のブックホール
23:00 塩崎隊員→清水隊員、突如ブラックホールへ。時空振動。4人の隊員懸命に持ち
越す。23:03 河西→23:11 白川→23:19 内田→23:25 塩崎→23:30 河西→23:35 白川→23:42 清水隊員、突如ブラックホールから脱出。→23:49内田→以後、各隊員、疲労困憊の様子。しかし、朗読は途切れず順調に進む。
0:50 河西隊員→13:02 白川隊員→13:08 清水隊員→13:15 内田隊員→13:20   塩崎隊員→13:25 河西隊員→13:30 白川隊員「私の小鳩さん、何ものにもかえがたい私のワーレンカ。あなたは連れていかれる。あなたは行ってしまうのですね!」悲壮なジェーヴシキンの叫びが聞こえてくる。ついにその時はきた。13:37 清水隊員アンカー 「私はあなたを、主の御光のように愛していました、実の娘のように愛していました・・・私の小鳩さん、なつかしい、いとしい、いとしいあなた!」
13:40 白川隊員 完走完遂を宣言「これにてマラソン朗読会を終了します!」
「やったーついに読みきった!」場内は歓声。「やってよかったけど、二度はごめん」こんな声もあったが、とにもかくにも全員で読みきった。達成感に、隊員たちはなおも明け方まで起きていたようだ。変哲もない物語だった。そんな感想もあるかも知れない。しかし、世に文学作品数あるが、世界の賢者はいう。「ここにすべてが詰まっている」と。
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 2009年読書と創作の旅
9・28ゼミプログラム
1.「通信」配布、出欠、連絡事項
  ゼミ誌編集委員 → ゼミ誌作成についてのお知らせ。
2.司会進行指名 (司会 → 授業進行、朗読者の指名など)
3. 私の夏休みの過ごし方。体験・観察・愛読書など
4.観察から創作へ。課題
 テキスト・志賀直哉『出来事』読み・車内観察
課題 上記、志賀直哉の作品をテキストに、下記の新聞記事から創作車内観察作品を作
   ってください。簡潔な話、分り易さ、奇跡の喜びをどのように織り込むる か。
2009年9月22日 火曜日 朝日新聞
頭上に電車 2歳ふせて無事
すき間40㌢ すり傷のみ 長野の踏切
 
 21日午前8時45分ごろ、長野県須坂市小山の長野電鉄屋代線の井上―須坂駅間の踏切内に、女児(2歳7ヶ月)が立っているのを普通電車(2両編成)の運転手が見つけ、急ブレーキをかけた。電車は約80㍍走り、うつぶせになった女児の上を1・3㍍ほど通り過ぎて止まった。女児はすり傷を負っただけで無事だった。
 須坂署の調べでは、女児は、近づく先頭車両の底部と踏み切りに敷かれた板の40㌢ほどのすき間に、潜り込むようにうつぶせに倒れ込んだ。電車が止まった時、先頭車両の車軸が約10㌢まで迫っていたという。
 女児は、救急隊員が駆けつける前に車両の下から泣きながらはい出てきたといい、母親に「電車が来たからふせた」と話しているという。当時の状況について運転手は「急ブレーキをかけ、警笛を鳴らして衝突を避けようとした。ぶつかりそうになる寸前に見えなくなった」と県警に話しているという。
 現場は、終点の須坂駅の約500㍍手前。時速40㌔ほどに速度を落として走行中に女児に気づき、急ブレーキをかけた。同署は「もう少しブレーキが遅れていれば、大事故につながるところだった。奇跡的だ」と言っている。
 長野電鉄屋代線は単線。踏み切りの幅は約1・8㍍で、遮断機や警報機はなかった。車が通れないようにさくが設けられ、地元の人が歩いて通行しているという。
 女児は須坂市内に住んでおり、現場近くの祖父の家に遊びに来ていて、母親が目を離したすきに踏切内に入ってしまったらしい。列車の乗客約20人にけがはなかった。
テキストは、出来事の後と前の車内の雰囲気、乗客の表情の違いがよく描かれている。
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5.名作・ジュナール『にんじん』家族観察
6. 名作・書簡小説『あしながおじさん』ジーン・ウェブスター(1876-1916)
 この作品の題名は、募金活動の代名詞として今日すっかり社会の中に定着しています。映画やミュージカルでも人気がある。が、作品を読んだ人は意外と少ないようです。
 この作品、手紙小説は、自分観察、一日観察、友人観察、人間観察、大学観察といった複数観察で成り立っています。全体的に簡潔で、単純な観察ですが、そのなかに読む人の心をとらえて放さない魅力があります。そこが名作として世界文学線上にある所以です。
 紹介の名作テキストは、昭和35年(1960)刊行された本(角川文庫 定価七拾円)。厨川圭子訳の『あしながおじさん』です。
7.提出課題の発表(未発表のもの)と評「読書と創作の旅」①~⑦から
 【観察作品】
 ☆永井志穂「22歳の恥」⑥・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆河西杏子「小池騒動記」⑥・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆塩崎真佑「夜の向こうへ」⑥・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆清水理絵「道化者」⑥・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆永井志穂「生焼けの朝」⑦・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆塩崎真佑「一日観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆清水理絵「あさりちゃん」⑦・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆塩崎真佑「車内観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆白樫知佳「自分観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆白樫知佳「車内観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
【中大殺人事件告訴】
 ☆塩崎真佑「重罪を」⑦・・・・・・・・・・・・・未発表
 ☆白樫知佳「無期」⑦・・・・・・・・・・・・・・未発表
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前期ゼミ最終日7・13ゼミ報告
司会進行=清水理絵
出席者 =河西杏子、塩崎真佑、内田すみれ、清水理絵、白川達矢
 前期ゼミ最終日ということで、ゼミ誌編集とゼミ合宿についての話し合いに終始した。
表紙について 1.イラスト(デザインぽくかOrカワイイ系か) 
       2.写真(カッコイイ系かOrおもしろ系か)
       3.シンプル(文字だけで)
イラストに決定=描いてきてゼミ合宿で決める。
雑誌体裁=A5、2段組、余りでたら=これまでの観察作品を掲載する。
白川班長から、ゼミ合宿について(待ち合わせなど)の説明。
☆待ち合わせ場所=9月12日土曜日 東京駅構内 「銀の鈴」付近 12時00分
☆東北新幹線=やまびこ209号 12時20分発に乗車する。
前期終了をタイ焼きで祝う めでたい
○前期ゼミは、社会的にはインフルエンザ騒ぎがあったが、ゼミには影響なかった。無事に済んだことを祝ってタイ焼きを食べながら回顧。楽しく愉快な半年だった。
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夏休み課題    
私の愛読書について
                          清水理絵
 ☆一番の愛読書は、天童荒太の「永遠の仔」です。初めはドラマから入りました。ドラマで、渡部篤郎に魅せられて、本も買いました。
 
 児童虐待で心に傷を負った子どもたちが、精神病院に入院していた。二人の男の子と一人の女の子。彼らは、病院の行事の登山で、女の子の父親を殺す計画を立て、父親は死ぬ。散り散りになった彼らは、十数年後、再会し、そして連続殺人事件が起きる。
 という感じ小説。悲しい話が好きです。
 ☆二番目は、22XX。清水玲子著。マンガです。
 すごく未来の話。自分自身でさえ、自分が人間だと思っていたジャック。しかし、ジャックはロボットだった。ジャックは、食欲のあるロボット。しかし、生あった、食べ物は、食べられたら血にも肉にもならずに機械の体を通って、捨てられるだけ。そのことをひどく嫌悪していたジャック。
 ある国の王女がさらわれた。賞金目あてに、そして、死に場所を探すためにジャックは王女がさらわれた星へ行く。ジャックに復讐したい人間もきて、ジャックを狙う。そんなとき、ジャックは人肉を食べる種族のルビイという少女と出会う。「食べる」とは?「生きる」とは?
 という感じの話。これは、哲学があり、悲しいところも大好きです。
 ☆三番目の愛読書は、「わらの女」カトリーヌアルレー著。小説です。
 主人公の女性は、新聞の結婚相手募集の記事を丹念に見る。そうして、莫大な遺産あり、との記事を見て、花嫁候補に応募する。しかし、相手の大富豪は死んでしまう。遺産のために、富豪が生きているかのように工作する主人公。それが思わぬ結果に。
 という話。ラストが大好きです。
 ☆四番目は「あたし、きれい?」ドーリスデリエ著。小説。
 短編集で、好きな編は、「尻軽おんな」
 ドイツ人の尻軽おんなが彼に連れられニューヨークへやってきて、極悪なホテルで泣き明かす。
 いかにもどんでん返しがありそうな書き方で、どんでん返しがない。けれど、人間観察が光る。
 ☆五番目は「密告の正午」赤川次郎著。
 大学に通う二人の親友同士の女性。学生運動のさなか、二人は同じ男に恋をする。だが男は、警察に追われていた。主人公は、ある時警察に密告。男は追われて車にひかれて死んでしまう。親友は復讐しようと主人公を追う者となる。
 という話。最後の処理がなんだかなあだが、赤川次郎には珍しい、友情物語。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・132―――――――― 8――――――――――――――――
土壌館・実践的投稿術 ①
 
 文章力修業として投稿も、その一つの手段といえます。投稿は、投稿者が多ければ多いほど採用される確率は低くなります。が、そのことは即ち投稿作品の質の向上にもなります。様々なものへ観察・興味を抱く要因ともなりますので、一石三鳥ほどの価値があります。
 もっとも投稿といっても、小説・論文投稿から標語まで多種多様です。が、ここでオススメするのは新聞投稿です。新聞は、毎日投稿できます。政治・社会・生活観察・自分の意見と幅もあります。また、時流や出来事のタイミングも重要となり文章力研磨にぴったりです。
 土壌館では、文章力を磨く目的はむろんですが、社会への疑惑や自分の意見・感想を伝えるために新聞「声」欄に投稿をつづけています。なぜ「声」欄かというと、500字という字数は、人が飽きなく読む字数であるということと、文体を簡潔にできるからである。
 私の投稿きっかけは、文章修業ではなく他者に相談されたあることと、そのことにたいする疑問と怒りからだった。掲載されたことで、多くの反響があり、投書の力を知ると同時に修業の場になることがわかった。以後、今日まで、自分の意見・感想を投稿している。以下に紹介するのは、これまでに採用になったものである。
□ きっかけは、入院を控えた知人からのこんな相談だった。
「こんど病院に入院することになった。手術が必要らしい。そのときは、担当の医者にいくら払えばいいだろうか」
「退院のときでいいのではないか」
私は、笑って答えた。知人は、家内がある医大の職員というのを知っていた。それで、話のついでにだいたいの入院費用のことを聞いたのだろうと思った。が、違った。
「病院費とは別に担当医師医者に払う謝礼金のことなんだ」
「えっ、!?」私は、絶句した。この日本で、ありえない話と思った。「そんなバカな」
 が、知人は、謝礼は、患者社会の常識という。私はまったく知らなかった。
 入院費のほかに、医者に謝礼を払う。開発途上国ならともかく。もし本当なら、あってはならぬことだ。しかし、知人は断固そうだという。中元、お歳暮だってあると反撃する。
 議論しあったが知人は謝礼するとのこと。私は、納得できず投書してみた。採用された。
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◆ 1994年2月2日付 朝日新聞「声」欄 下原敏彦
医師への金品 規制できぬか           
 手術で入院する時、担当医の付け届けは何とかならないだろうか。先日、大学病院への入院を控えた知人から「執刀医に、いくらぐらい包んだらいいだろうか」と相談された。相場を教えてくれというのだ。
 入院費の中には手術代も含まれているはずだが、手術前に個人的に担当医に一封を渡す。そんな慣例があるという。礼状でいいのではと薦めたが、知人は「周りは皆そうしているから」と謝礼の必要を説いた。
 むろん規定にはないことなので、受け取る医者と受け取らない医者がいるという。渡さないからといってメスさばきに加減があると思えない。
 だが患者や家族の立場は弱い。普段は無用な事と思っていても、いざ患者の立場になると「一応、なにがしかの金品を手渡さなければ」と腐心してしまうのだ。渡す側が悪いのか、受け取る側が悪いのか、人間の同義的基盤には限界がある。
 患者が安心して入院するために何らかの規制があればと思う。寄付金を断ったために入学できなかったニュースに、この国にはびこるあしき習慣を痛感する。ゼネコン汚職糾弾も、政治改革も、我々一人ひとりが日常生活にある不条理を断っていかない限り、達成できないのではないか。
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―――――――――――――――――― 9 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.132
 この投書がきっかけになり、新聞紙上で医者への謝礼問題が論争された。原因は、謝礼好きな日本人の文化気質と医者の無給時代にあるようだ。が、解決はなかった。あれから15年が過ぎた。いまでもこの問題は、起こっているのだろうか。病院に行くと、「謝礼は受け取りません」などと書かれた貼紙が目についたりする。それを信じる他ない。
 採用されたポイントは、ゼネコンへの献金疑惑、大学への寄付金問題、医療制度改革など3点が重なったことにあるとみられる。次回は、カラー柔道着についての投稿。
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ゼミ日誌記録
2009年読書と創作の旅の記録
□4月20日 ゼミガイダンス(40分)、見学16名。「おんぼろ道場再建」ビデオ不調。
□4月27日 参加5名、司会・河西杏子 ゼミ誌編集委員決め、読み嘉納治五郎『青年
      訓「精読と多読」、世界名作サローヤン『空中ブランコ』、「憲法・前文と九条」
□5月11日 参加5名、司会・塩崎真佑、テキスト読み『菜の花と小娘』『網走まで』
       『菜の花』の解説、課題観察作品発表・清水理絵「黄金週間」途中まで。
□5月18日 参加4名、司会・白川達矢、テキスト読み『或る朝』、手本『放浪記』
       課題発表・清水理絵「黄金週間」、河西杏子「爽やかな憂鬱」、塩崎真佑「私
       の一日」、白川達矢「女王」、社会観察「政治家の世襲について途中」
□5月25日 参加3名、司会・清水理絵、試験解答、テキスト比較名作読み『三四郎』
      課題発表・白川達矢「覚える」、塩崎真佑「視線」
□6月 1日 参加4名、司会・河西杏子、ゼミ合宿の有無、ゼミ雑誌ガイダンス報告、
      「大学構内教授殺人事件」容疑者調書、第一審判決と量刑。河西「楽しい電車」
□6月 8日 参加5名、司会・内田すみれ、ゼミ誌テーマ決め「種」、名作詩編ヴェルレ
       ーヌ「雨が・・・」、課題発表=清水理絵「勝手に人生相談」、白樫知佳「水
       とバタ」、清水理絵「ちょとつ妄想」、塩崎真佑「新インフルエンザ」、表現
       稽古・紙芝居「少年王者」
□6月15日 参加5名、司会・長井志穂、ゼミ誌タイトル決め「下原先生とちょっと不愉
      快な仲間たち」、テキスト読み志賀直哉『夫婦』、課題発表=永井志穂「不快指
      数の充実」、清水理絵「呪われた木曜日」、塩崎真佑「マナーモード」、塩崎真
      佑「自分の一日」、白樫知佳「カウント」。土壌館『網走まで』解説・途中。
□6月22日 参加3名、司会・白川達矢。ゼミ合宿9月12、13日塩原に決定。テキスト
      読み『濠端の住まい』。課題発表=白川「コインランドリイと」、清水「弁当箱
      を探して」、塩崎「待合室」。名作読み・ヘミングウェイ。『殺し屋』
□6月29日 参加4名、司会・塩崎真佑。ゼミ誌表紙について。ゼミ合宿予備知識。ドス
      トエフスキーとは何か」(『ギャンブル』国文学別冊)読み。課題発表=河西「苦
      い水」、清水「面白くない」、白川「キキ」「ジョジュア」
□7月13日 参加5名 司会・清水理絵 ゼミ誌&ゼミ合宿について、タイ焼で祝う。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・132―――――――― 10――――――――――――――――
提出作品内訳
「2009年読書と創作の旅」① 5・11発行
・清水理絵「黄金週間」(一日観察)・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「爽やかな憂鬱」(一日観察)・・・・・・・発表済み
・清水理絵「勝手に相談」(生物観察)・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「政治献金について」(社会観察)・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」② 5・18発行
・永井志穂「不快指数の充実」(車内観察)・・・・・・発表済み
・白川達矢「覚える」(車内観察)・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「視線」(車内観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・河西杏子「楽しい電車」(車内観察)・・・・・・・・発表済み
・白川達矢「水とバタ」(店内観察)・・・・・・・・・発表済み
・白川達矢「女王」(一日観察)・・・・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「ちょとつ妄想」(雨日観察)・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「新型インフルエンザ」(社会観察)・・・・発表済み
※ 塩崎真佑「自分の一日」(発表済み)は、『ゼミ通信124』に収録。
          「2009年読書と創作の旅」③   6・1発行
・清水理絵「呪われた木曜日」・・・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「マナーモード」・・・・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「自分の一日」・・・・・・・・・・・・・・発表済み
・白堅知佳「カウント」・・・・・・・・・・・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」④ 6・8発行
【大学構内教授殺人事件】犯行の動機。実際の審議と平行してみていく。
〈容疑者の調書〉A、B、C、D・・・・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」⑤ 6・15発行
・白樫知佳「コインランドリと「女性」の雑誌と男」・・・・・・発表済み
・河西杏子「苦い水」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・発表済み
・清水理絵「弁当箱を探して」・・・・・・・・・・・・・・・・発表済み
・塩崎真佑「待合室」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・発表済み
「2009年読書と創作の旅」⑥ 6・22発行
・永井志穂「22歳の恥」⑥・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・河西杏子「小池騒動記」⑥・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「夜の向こうへ」⑥・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「道化者」⑥・・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
    「2009年読書と創作の旅」⑦
・永井志穂「生焼けの朝」⑦・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「一日観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・清水理絵「あさりちゃん」⑦・・・・・・・・・・・・・・未発表
・塩崎真佑「車内観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.132
・白樫知佳「自分観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・白樫知佳「車内観察」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
【中大殺人事件告訴】
・塩崎真佑「重罪を」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
・白樫知佳「無期」⑦・・・・・・・・・・・・・・・・・・未発表
土壌館推薦図書  
読書の秋
 
 読書するには、よい季節になりました。爽やかな朝、長い夜、日本や世界で名作と呼ばれ
る物語を読んでみましょう。
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 ときは1841年7月15日、ところはロシア、マシューク山麓のピャチゴールスク。二人
の青年が、拳銃片手に相対していた。詩人と軍人だった。二人は士官学校時代の友人だった。
詩人は微笑を浮かべていた。しかし、少佐の目は憎しみに満ちていた。詩人は、空に向かっ
て引金を引いた。が、少佐は銃口を詩人に向けたまま撃った。草むらに倒れた詩人は、その
まま息絶えた。まだ26歳だった。ロシアはプーシキンにつづきまた一人天才を失った。ミ
ハイル・ユーリエギッチ・レールモントフ死す。(下)
 一度、読んだら、作者の非業の死を惜しまずにはいられない。ロシア文学の傑作。
レールモントフ著『現代の英雄』面白い本。
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 だれが屋敷を殺害したのか。ネームプレート製造所で複雑に絡み合う人間関係。昭和5
年9月、『改造』に発表されたこの作品は新心理的手法と注目された。ときの文壇にさまざ
まな影響を与えた。批評家としてデビューしたばかりの小林秀雄は、ここには「人間の無垢
と人間の約束との対決が」描かれている、と賞讃した。
横光利一『機械』1898-1947年
この作家の最高峰は名作『春は馬車に乗って』
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「この町は、祭でもあるらしい、降りてみんかやのう」
坂のある港町に三人の親子がやってきた。風琴をならして薬品を売る行商一家だった。主人公の14歳の娘。私の目に映る瀬戸内の港町の生活が生き生きと描かれている。作者の原点ともいえる作品。昭和6年4月『改造』に発表された。
林芙美子『風琴と魚の街』1903-1951年
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推薦図書 大正15年春のことである。歳のころ22、3の若者がのどかな漁村、千葉
県浦安町(現浦安市)に、一人下駄の音を響かせながらぶらりやってきた。小脇にスケッチブ
ックを抱えている。が、画学生にしては、本ばかり読んでいて絵は拙い。妙な奴…と町の人
が訝しんでいと「景色が気に入った」と住みついた。そうして4年ばかりゴロゴロ暮らし
ていたが、ある日、突然、若者は家財一切を置いたまま、夜逃げするように町を去った。そ
して、何年か後、この町で暮らした日々を書いた。日本文学屈指の短編集となった。
山本周五郎著『青べか物語』
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・132―――――――― 12――――――――――――――――
後期ゼミについて
□後期は、引き続きテキストを中心に家庭観察、車内・外観察などをつづけますが、少しハードルを上げて観察から創作に挑戦してみます。世界名作の多くは、新聞記事になった出来事、問題、事件を種としています。
□テキスト志賀直哉の作品のなかから事件性のものをとりあげ、裁判として考えてみます。併せて名作文学のなかにある事件にも注目します。
□名作読みのほかに、途中だった紙芝居「少年王者 第一部」口演を完了する。
ドストエフスキー情報
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 10月17日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7『カラマーゾフの兄弟』3回目
■ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会 詳細は編集室
 12月11日(土)午後2時から開催、東京芸術劇場小会7『カラマーゾフの兄弟』4回目  
情報 2009年教材図書に!!下原敏彦著『伊那谷少年記』(鳥影社)
「コロスケのいた森」入試問題に
『2010年受験用 全国高校入試問題正解 国語(掲載)』旺文社
『2010年受験用 全国高校入試問題正解 英語・数学・国語(掲載)』旺文社
『大阪府 最新入試 過去問 徹底解説』(ベネッセコーポレーション)
社団法人 日本図書教材協会(教育出版社各22社)教材作品
新刊雑誌『江古田文学 71』林芙美子&尾崎翠特集
林芙美子の『北岸部隊』を読む
架空従軍手記「厩舎当番兵の手記」・・・・・下原敏彦  
土壌館日誌
 9月は、大きな柔道大会が2回もあって閉口する。一つのはこ物に立錐の余地がないほど、びっしり選手、その家族、大会関係者が詰め込まれるのだ。むろん冷房はない。今月はじめ行われた千葉県武道館は試合会場が12ケ所もあったが、800人の選手とその家族でまったくの蒸し風呂状態だった。昨日27日の大会は、2面の会場しかない武道センター。そこに千葉県各地から選手と応援の家族が集まってくる。土壌館からは6名参加した。うち2名が棄権。3名1回戦で敗退。1名2回戦で敗退。朝8時半から午後4時まで、長い一日。                  
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編集室便り
☆ ゼミ合宿、7時間30分のフルマラソン読書おつかれさまでした。
☆ 原稿、歓迎します。学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
    課題の提出原稿数+出席日数+ゼミ誌原稿+α=評価(60~100)

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