文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.151

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2010年(平成22年)6月28日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.151
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
前期4/19 4/26 5/10 5/17 5/24 5/31 6/7 6/14 6/21 6/28 7/12 
  
2010年、読書と創作の旅
前期の観察旅は、発表・合評(車中と日常) & 名作読み
6・28ゼミ
6月28日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1.「2010年読書と創作の旅」、ゼミ誌編集会議
  2. 課題の提出作品 → 発表&合評 
  3. テキスト「鳥取」読み &「尾道幼女誘拐事件」判決報告
4.友人の悩み観察「アドバイスするなら」(合評のあと発表)
      
6・21ゼミ観察      ゼミ、梅雨明け兆しか
          今年の梅雨は、よい梅雨のようだ。夜中に激しい雨が降って、日中は、晴れる。そんな天気がつづいている。6月21日も、まさにそんな空模様だった。昨夜の風雨も、予報の雷雨も嘘のように晴れ梅雨明けを思わせる晴天となった。
しかし、ゼミは、昼間の空のようにスカットいかない。五月末から半数以上の欠席者が、つづいている。この日も危惧された。が、辛くも過半数超えで更新は免れた。残り少なくなった前期ゼミだが、梅雨明けの兆しになることを期待したい。
重野武尊さんの司会進行で
6名の出席者。重野さん司会進行で、合評、テキスト読みなどが行われた。合評作品は、藤重はるかさんの車内観察「広いシート、狭いシート」。テキスト読みは自分観察の『兒を盗む話』でした。読みと合評は、以下の皆さんでした。
・越智美和さん   ・阿井大和さん  ・竹下晃誠さん
・藤重はるかさん  ・立川陸生さん  ・重野武尊さん
配布したもの・・・テキスト『兒を盗む』+課題2枚
テキスト『兒を盗む話』読み&「尾道幼女誘拐事件」裁判
 テキスト読みは、犯罪心理の自分観察ということで、『兒を盗む話』を読む。作品を誘拐事件の調書とみて、ゼミ2教室を法廷とした。昨年5月から裁判員制度がスタートした。が、裁判員は全有権者対象なので、いつ自分が選ばれるかわからない。この日のゼミ生のなかにも家族が裁判員を体験した人もいた。司会の重野君が裁判長役で、この事件を裁いた。
○ 検察側からみた犯罪 ・・・・・・ 計画的誘拐犯罪。再犯の恐れあり
○ 弁護側から見た事件 ・・・・・・ 心神耗弱。精神鑑定の必要。同情余地有り。
○ 裁判員の判断は・・・・・・・・裁判員として有罪か無罪を決めた
○ 裁判長の主文・・・・・・・・・判決。有罪なら刑期を示す。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.151―――――――― 2 ―――――――――――――
車窓雑記        NHK連続ドラマ観察
 テレビでNHK連続ドラマを2本みている。1本は、毎朝の「ゲゲゲの女房」、もう1本は、日曜日夜の「龍馬伝」である。2本とも好視聴率で、人気番組らしい。
「ゲゲゲ」は、ちょうど私の青春時代に当たる。貸し本漫画を読んでいた頃なので、それなりに懐かしい。話にでてくる『墓場の鬼太郎』『悪魔くん』は面白く読んでいた。この頃小説本は、たしか山田風太郎の怪奇忍者ものがベストセラーだった。後で映画にもなった『魔界転生』はいまも読まれているらしい。漫画雑誌は、『少年画報』『冒険王』の月刊ものだったが、やや全盛期が過ぎようとしていた。『少年マガジン』『少年サンデー』に移る谷間であった。『少年ジャンプ』の躍進はこのあとか。
この頃の人気作品は、「赤胴鈴ノ助」「矢車剣之助」の剣士ものや「いがぐりくん」の柔道もの。「鉄腕アトム」「鉄人28号」のロボットもの、「月光仮面」「まぼろし探偵」の探偵ものがある。(「カムイ外伝」「忍者武芸帳」「伊賀の影丸」「ハリスの旋風」「巨人の星」「明日のジョー」の登場はこの後から)いずれも私の少年から青春時代のものである。「ゲゲゲ」の時代は東京オリンピック前らしいから、まさにその時代に当たる。
私が貸し本屋に出入りしていたのは、昭和40年代はじめである。田舎から東京にでてきて2年目だった。雑司ケ屋墓地近くの東池袋のアパートに住んでいたが、近くにあって、よく通った。テレビドラマでは、貸し本は落ち目の時代だが、まだまだ盛っていて、銭湯の帰りに寄った。いま思うと、ちょうどひところのビデオレンタル店のようなものかも知れない。貸し本屋は高度成長の土台を支える若者たちのささやかな娯楽だった。
さて、「ゲゲゲ」のドラマだが、みんなでガヤガヤ賑やかくのときわ荘の漫画家たちとは違った雰囲気がある。脚本のできもあきさせないようにつくってある。が、細かいことを言えばキリがないが、先日は、やや首を傾げたくなる場面があった。途中からみているのでゲゲゲ夫婦の生い立ちはわからなかった。てっきり2人とも両親がいない貧しい家庭育ちかと思っていた。が、妻の里帰りで、実家は酒屋を営むそれなりに裕福な家とわかった。ちゃんとした両親、兄弟もいるようだ。で、疑問が生まれた。なぜ、これまで、家族は、東京に住む、新婚夫婦に、なにも援助しなかったのか。売れない中年の漫画家一家の生活を想像できなかったのか。私自身を例にとってみてもそうだが、都会にでてきた子供のところには、親は生活用品を送るものだ。私の場合、山奥の実家だったが、米をはじめ野菜や果物、菓子が届いた。そのなかに田舎の様子を知らせる手紙もあった。ときどきお金も入っていた。ドラマでは、実家内の問題もはじめて知るようだ。3年間、赤ん坊までいるのに、なにも送らないのは変である。そのへんに矛盾を感じたが、話は、まだまだみていけそうである。
 しかし、もう1本の大河ドラマ『龍馬伝』。こちらはまったくいただけない。ネズッチだかネジッチだか、いま人気の漫才師ふうに遊べば「『龍馬伝』とかけてドストエフスキー翻訳100万部ベストセラーの本と解く」である。その心は、「中味はだれもみていません」。(実際、訳者の亀山さんも、テレビのインタビューで「実際に読む人は5千人いるかいないかでしょう」と苦笑されていた)『龍馬伝』は、高視聴率だが、実際に話のすじを追ってみている人は少ないのでは、そんな疑いを抱いてしまう。いまの人気は、龍馬役の歌手めあて、一種ブロマイド的現象とみている。話がよくわからない。毎回、騒いで、怒鳴って走って、埃っぽい。ときどき長々と静止画像が入ったりする。この物語の構成を想像すると、どうやら、歴史の出来事、出来事をつないでつくっているようだ。それにしても、ナレター役の岩崎弥太郎も妙な存在だ。訳者は一生懸命にやっているのに、ただやかましいだけで活かされていない。なぜ美人の妻に愛されているのかも伝わってこない。武市半平太も、同じことがいえる。彼は、なぜ、皆から信頼され、尊敬されているのか。これまでの流れから推察できるのは、このドラマの顛末は、後藤象二郎が嫉妬で龍馬暗殺を謀る、ということか。
もっとも、こうして文句を書かせる。その点では、成功したことになるのかも。
(編集室)
―――――――――――――――――― 3 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.151
 
「2010年、読書と創作の旅」6・28プログラム
本日のゼミは下記の要領で実施します。
「ゼミ通信150号」配布 点呼 11名全員いれば再度記念撮影 「車窓雑記」、司会指名
 ※司会者は、名作、テキスト読みの配分を考えて、全員に読んでもらうよう、読みの途中で区切りを指示してください。討議・合評・感想では司会してください。これまでの司会観察では、遠慮がちのため、各人、読む範囲に偏りがあるように思われます。
司会進行=
1. ゼミ雑誌ガイダンス報告&編集会議 (伊藤・塚本正副編集長)
2. 課題・観察作品の発表と合評 提出されている作品の発表。
3. テキスト車内観察『鳥取』有名人の観察、
4. 「尾道幼女誘拐事件」判決報告
5. 悩み観察「私ならこうアドバイスする」
1. ゼミ雑誌作成編集会議について 
編集委員で暫定計画も視野に
ゼミ誌ガイダンス以後、伊藤光英編集長と塚本笑理副編集長の同時欠席がつづいている。このためゼミ誌編集会議は、まだ開かれていない。
しかし、前期終了もせまっており、本日、正副編集長が出席できなかった場合、前期ゼミは後1回(7月12日まで)ということなので、班長と一般ゼミ編集委員(出席者全員)で今後の見通し(締切りなど)をたててください。(出席のときは正副編集委員に)
※なお、ゼミ誌発行者の意向は、次のようです。
『2010年読書と創作の旅』と銘打った旅であるので、授業に添った作品も収録したい。
掲載作品 → 提出された課題作品=「車内観察」・「自分観察(一日の記録)」
創作・テキスト挑戦「『網走』に行ってからの生活」(行く前の)
       車窓風景=自由創作・エッセイなど
締め切はいつか。例年は夏休み明け9月27日(月)後期前半、最初のゼミ。
【ゼミ誌作成計画】
2.「ゼミ雑誌発行申請書」を出版編集室に提出
 3.ゼミ誌の装丁を決める
 4.9月末をメドに原稿締め切り
 5.印刷会社を決める。レイアウトなど編集作業
 6.「見積書」を出版編集室に提出
 7.11月半ばまでに印刷会社に入稿
 8.12月15日(後期前半授業終了日)刊行のゼミ誌を出版編集室に提出 締切り厳守
 9.印刷会社からの「請求書」を出版編集室に提出
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.151 ―――――――― 4 ―――――――――――――――
2.課題の観察作品発表・合評
2010・6・21提出・車内観察作品   発 表
胎児に還れる場所
越智美和
 久々の休日。何もせず、鬱蒼とした気分を払拭しようと、気晴らしに買い物でもしようかと地下深くの都営大江戸線へと乗り込んだ。
 外のむっとする暑さから解放されて、ひんやりした冷気が私を包む。空いている席を見つけて私は座り込んだ。目の前に座っているのは、見ため中学生のセーラ服の女の子が2人。疲れているのか虚ろな目で虚空を見つめている。すると相手の女の子が眠りはじめた。前屈みになり頭を膝までつけて眠りこむ。そんな体制で寝心地はよいものだろうか ?
 そんな疑問を帳消しにするかのように女の子の左手がだらんと垂れ、持っていた補助バッグが床に滑り落ちた。付けられたミルキーのキーホルダーが揺れドサッっという乾いた音が響く。恐らく中に体操服でも入っているのだろう。前屈みに眠り込む少女2人の上の窓にひどく気の抜けたぼんやりとした自分の顔が写る。ふと周りを見渡すとそこら中にどこか虚ろな目をした安心しきった様々な人が乗っている。公共の場だというのにみんな何処か無防備だ。IPODを聞きぼんやりとしたまなざしで座る青年。携帯ゲームに没頭する子供。皆どこか家の中でくつろいでいる様子を連想させる。
 誰かが電車の心地よい揺れは母のお腹の中に入っている胎児の状況と酷似しているから安心するのだと言っていた。だから皆、安心して眠れるのかもしれない、ぼんやりと思う。電車に乗るとなぜかぼんやりしてしまう。胎児に還ってしまうのだろうか。ホームに電車が滑り込む。
 電車が停止する振動を感じて女子中学生は目を覚ます。まどろんでいた人々も次々と目を開き覚醒する。私も同じように買い物に来た事を思い出す。
 そうだワンピースがいい、白いワンピースを買おうか。アナウンスを合図に扉が開きむっとする空気が出迎える。外へと踏み出す一歩は、目覚めの気怠さとどこか似ていた。
□ この車内観察作品には、いくつかの観察があります。一つは居眠りする2人の女子中学生の様子を詳細に実況している。つぎに周りの乗客についても、しつかり観察している。はじめくつろぐ乗客。そして、もうひとつは眠気を誘うほど安穏の振動から深層心理を引き出している。地中深い電車の車内だが、のんびりした雰囲気がでている。観察は、狭い地下鉄車内だが、観察は、広い無限の宇宙を感じさせるものがある。なぜかSF映画の名作『2001年宇宙の旅』を思い出した。
※ 「胎児に還る」といえば映画『2001年宇宙の旅』のラストは、それだった。人間とは何か。どこから来て、どこに行くのか。壮大で神秘なテーマに挑んだ作品だったが、結末は、また元に戻る。そんなシンプルなもの。長い宇宙の旅は、孤独と退屈。観客の大半は、永遠に続くかのような音楽と劇場内の平穏さのなかで一体化して深い眠りに陥る。それが、この映画の狙いだったかも。観客は、まんまと罠にはまったのだ。「つまらなかった」「わけがわからなかった」「面白かった」この映画評は様々である。しかし、それがこの映画を不朽にした所以でもある。昨今のSFは、戦争追っかけゲーム的だ。宇宙とは何か。この謎にまったく立ち入ろうとしない。本物のSFを感じたい人は、一読というか一見をすすめます。挑戦してみてください。
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2010・6・21提出・自分の一日観察作品
人とは欺くある物に非ず
竹下晃誠
 時計を見ると、既に10時を回っていた。
 はっきりと意識が覚醒していない中、それでも私は毛布に包りながら溜め息をつく。
 今日は語学の必修の授業がある日だ。
 どうやらまた寝過してしまったらしい。私は憂鬱な気分を抱えてペットから降りる。部屋の中に淀んだ空気が満ちているのがわかった。何もせずに部屋にいるだけで非社会的な気分にさせる空気だ。いかにも健康的な太陽の光を完全に遮断する分厚いカーテンを開くこともせず、私はリビングへと降りていく。
 家族はすでに全員出かけているようだった。リビングにも、私の部屋と同じように、循環することなく停滞した空気が居座っていた。私の部屋ほど淀んでいないのは、朝のうちには家族がいたからだろう。食卓の上には誰かがとったであろう朝食の器と、昨日の夕食の残りのおかずが置きっ放しになっている。目玉焼きの黄身の部分が恨めしく皿の上に置き去りにされていいた。学校なり、仕事なり、私以外の家族はいかにも健康的な生活に追われている中、私だけが取り残されているような気分になる。実際家の中に、一人取り残されていることは確かなのだが。
 時計を見る。10時20分だった。最早遅刻は免れないが、急げば授業に出ることぐらいは出来るかも知れない。
 食い散らかされた残滓であろう目玉焼きの黄身には、手を出す気になれなかったが、それでも食卓の上には夕食の残りがある。揚げものだった。朝食として食べるには、どう考えても向かない。しかし、私には文句を言っている時間は無い。白米で流し込むようにして、朝食を終える。酸化し切った油が胃の中で過激な自己主張をしている。黙らせるために冷えた麦茶を胃袋に叩き付けるつもりで流し込んだ。
 時計を見る。10時30分だった。人間が文化を持ち始めて何千年と経つのに、どうして一瞬で目的の場所に行けるような移動手段が確立されていないのか、と憤る。しかしそんな理不尽な憤りも、身支度を整えている内に数分と待たずに消えていってしまう。
 替わりに現れたのは諦観だった。
 これから学校へ行ったとしても、授業に出られるのは10分程度。なら、そちらの方が授業を休むことよりも失礼ではないだろうか。そう思うようになっていた。
 時計を見る。もう11時近くなっている。
 家を出た私は、学校へ行く道とは反対の方角へと自転車を進ませた。そちらの道には休日によく行く繁華街がある。一抹の罪悪感と、語学の単位が取れなくなるかもしれないという恐怖を心の隅に抱きつつも、私は今、目の前に待っている安らかな一時を優先させることにした。
□ この自分観察でわかることは、「私」は、かなりの朝寝坊ということ。家族と暮らしているが、起こしてくれるようには頼んでいないようだ。(家族も起こそうとしないのかも)家族構成は不明だが、両親、兄弟とも多忙の様子。出かける順に食事をとっていく家庭らしい。おかずに揚げ物があることから、「私」のほかに高校生か中学生の兄弟がいることを想像する。気になるのは、片づけは誰が・・・。「私」の性格は、かなりの理屈屋、独善家とみる。遅れたことを人類の発展にまで難癖をつけ、結局は、あきらめることを正当化してしまう。終業間際にきてけしからんと思う人もいれば、あと僅かでも出席したことをよかれと思う人もいる。
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課題1・車内観察未発表5・24提出  
青春老女
                            伊藤 果南
 先日電車に乗り込むと、目の前に一人分には少し狭いようなスペースの座席が空いていた。一瞬悩む幅、けれども横に座ったおばさんが、自分のお尻に懸命に上着の裾をたくし込んでくれるのを見たら、座らないと悪いような気になった。
 「あなた良かったわね。あそこにいる人が席を譲ってくれたんだけど、あの人のときは一人分だったのよ、私たちなら二人座れるわ」
 おばさんの指差す先には大柄な男性が。ちょっと笑ってお礼言うと、ふと、そのおばさんのネイルが素敵なことに気がついた。ゴールドのマットなベース、親指には白椿の花を描いている。なかなかのセンスだった。
 「素敵なネイルですね」
 「ああ、これ?あなたのも素敵じゃない。ご自分で描いたのかしら?」
 「はぁ、でも私のは手入れしないので、剥げかけちゃってて…」
 「私はね、お正月に百合の花を描いてたんだけど飽きちゃったのよ。それで今度は白椿にして観ようと思ったの。出掛けに履いた靴がたまたまゴールドだったもんで、わざわざネイルも塗り直したのよ」
 そう言うおばさんの指先を、もう一度まじまじと見てみると、職人芸と呼べるほどの細やかさで、椿の花弁一枚一枚がとても丁寧に描かれている。私は自分の剥げかけた爪先に再び視線を落として、なんだかとても恥ずかしくなってしまった。
 「すごいこだわりですね」
 「お近くだったらして差し上げるのに。私、三島から来てるのよ。そうそう、この真珠のブレスレッドも私が作ったの」
 「へえ、手作りには見えないくらい粒が揃ってますよ。いつも素敵なファッションでいるっていいですよね」
 「うふふ。主婦失格ってことだけど、こういうこと、好きなのよ。私ももう八十一になってるんだけど」
 私はびっくりして隣で微笑む”おばさん”を見た。ハタチになる私より、半世紀以上長く生きてきたとは到底思えないその老女は、八十を過ぎていると言いながらも、どこか私には持ち得ない、女の色気を感じさせてならなかった。
□ お年寄り度は年齢ではないですね。偶然からの会話も不自然を感じさせません。おばあさんからは、親切と孤独と、上品な暮らし。そんな日常が伝わってきます。この老女が、どんな暮らしをしているのか。いろんな想像が楽しめます。観察が説明ではなく会話なところが、いいですね。それにしても80過ぎても女の色気のある人って・・・。
合評は、以下のアンケートを参考にしてください。
1(わからん)、2(何かもの足らない)、3(普通)、4、(良い)、5(よく書けている)
観察度    →  1   2   3   4   5  理由は→
リアル度   →  1   2   3   4   5  理由は→
まとまり度  →  1   2   3   4   5  理由は→
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合 評
課題1・車内観察6・21発表
広いシートと狭いシート
藤重はるか 
月曜の朝。週末明け特有の疲れや白けた空気が車内に蔓延している。
一人の若者が優先席に腰かけている。ガムをくちゃくちゃ噛みながら、ケータイをいじる。特別あしらいの狭めのシートに、2~3人分座れるスペースはあるが、何分、大股を拡げだらしなく席を占めている。この青年にわざわざ詰めてくれと告げる者はいない。
 窓から暖かな春の日差しが差し込む。青年は腔口内が覗けるほどのあくびをし、そしてそれを合図に――シートに横倒れになった。交差した腕を枕になんともくつろいだ風である。
広いシートでスポーツ新聞をひろげた中年のサラリーマンが目を大きく見開いた。彼は先ほどから横目でチラチラとこの青年を見ていた。見開いた目を2、3度左右に泳がせる。そして、手にしていたスポーツ新聞を更に大きく拡げ、体を深くシートに埋めた。斜めになって寝転がるほどではない、しかし、今にも席からズレ落ちそうな微妙な姿勢。
更に電車に揺られ、ある駅で青年とサラリーマンは同時に降りた。車内が急に広くなる。
私はもたれたドアから離れ、シートに腰かけた。久々の優先席。暖かな春の日差しが降りそそぐ普通席に、何故か座る気になれない。
□ 不作法な青年、気の小さそうなサラリーマン。よく見かける風景。そんな乗客の動作がしっかり観察されています。最後の俳句のような文章に、誰もいなくなった車内の解放感があります。すっきりした文体です。物語になるよう工夫していきましょう。
「青年は口腔内が覗けるほどのあくび」 → 「若者はのどの奥が見えるほどの大あくび」でもいいのでは。最初「若者」で、あとからは「青年」。「若者」に統一は。
【コメント者】越智美和、立川陸生、阿井大和、竹下晃誠、重野武尊
・「サラリーマンがくわしく観察されていて状況を想像しやすい。最後の一行もいい」
・「短いが車内のフンイキが伝わってくる。わかりやすい光景」
・「読みやすい文体。車内の描写もよく書けていると思った」
・「車内の様子がよく観察されている。日本的な雰囲気を感じる」
・「全体的にテンポがいい。まとまりもある」
観察度    → 1   2  3   4   5 → 若者の服装を知りたかった。
                          車内の混みようが不明
リアル度   → 1   2   3   4  5  → ガムを噛む若者。横目でみる中
年サラリーマン
まとまり度  → 1   2   3   4   5 → 最後に自分の気持ちが入って
全体がまつまっている。
※ 題名が、文全体に比べ長い。内容的でもない。そんな印象を受けるが・・・
「月曜の朝」「優先席」「春の日差し」
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.151 ――――――――8 ――――――――――――――――
テキストは志賀直哉作品 「尾道幼女誘拐事件」公判報告
テキスト読み・自分観察『兒を盗む話』
読み手=重野武尊(司会)、藤重はるか、越智美和、立川陸生、阿井大和、竹下晃誠
【解説】この作品は、大正3年(1914年)4月発行の『白樺』4号に発表された。
後に作者は、この作品について「創作余談」で下記のように述べている。
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尾の道生活の経験で、半分は事実、兒を盗むところからは空想。しかし、この空想を本気でした事は事実。友達もない一人生活では空想ということが、日々の生活で相当に幅を利かせていた。それを実行するには未だ遠いにしろ、そういう想像を頼りにする。今ならそういう想像をすることの方を書くかも知れないが、その時代は想像をそのまま事実にして書いてしまった。もっともこれはいずれがいいとか悪いとかいうことをいっているのではない。
『兒を盗む話』は今はもう愛着をもっていない。多少愛着を感じていたこの小説中の描写は『暗夜行路』の前編に使ってしまった。
この作品に対する作者の評価は、時が過ぎるほど下がった。しかし、犯罪心理の深層を探るということからみれば、この作品は、すぐれた面をもっている。
たとえば、こうした事件は、よく心の闇といったあいまいな表現で片づけられてきた。しかし、闇とは何か。いつのときもうやむやにされる。人権、プライバシーの壁もあるが、メディアは、想像がつかない、といったところが本音かも知れない。
この小品は、そんな想像もつかない心の一隅に光をあてて作品といえる。そのように思うわけである。そんなことで、この作品を一件の犯罪こ、幼女誘拐事件としてとらえてみた。
昨年2009年5月21日からスタートした裁判員制度は賛否あるなか、なんとか一年を経過した。が、問題は山積していくばかりのようだ。さる6月22日千葉地裁で行われた覚せい剤取り締まり法違反罪の裁判が、その一端をあらわしている。この事件は、本人の自白に頼るしかなかった。裁判員は、だれも被告の心の中まで覗けず、結局は、はじめて全面無罪の判決となった。被告は、なにを考えて、事件に至ったか。
この作品は、事件に至る犯人の心の経緯が詳しく書かれている。そんなところから、出席者6名に裁判員・検事・弁護人として考えてもらった。なお、司会の重野さんには、裁判長も兼ねてもらった。
開廷   尾道幼女誘拐事件の裁判再審を行います。裁判長
尾道幼女誘拐事件(『兒を盗む話』から)
被告調書
(尾道幼女誘拐犯の告白)私はなぜ事件を起こしたか。状況の口述
 私は五つになるその女の子を盗んだ。しかし三日目にもうあらわれて、巡査が二人と探偵らしき男が一人と、その後ろに色の浅黒い肉のしまった四十ばかりのその子の母親と、これだけが前の急な坂を登ってくるのを見たときには私は、苦笑した。そして赤面した。
 が、私はちょっと迷った。やはりできるだけの抵抗はやってみろ。いまもし素直に渡してしまうくらいなら最初からこんなことはしなくてもよかった。こう思うと急いで部屋の隅の行李(こうり)からから出刃包丁をだして、それを逆手ににぎって部屋の中に立った。そのとき女の子は次の三畳間でぐっすり寝込んでいた。
―――――――――――――――――――― 9 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.151
 しかし私は結局、出刃包丁を振り回すことはしえなかった。その気になれない。実際それほどの感情は出刃包丁をだすときから自分にはなかったのである。そして私は尋常に縄にかかった。女の子はそのまま母親に連れられていった。
 警察署での訊問は感嘆だった。私はその女の子がどんなことを申し立てたか聞きたかったが、これは知ることができなかった。
 翌日、私はそこから汽車で3時間ばかりかかる県庁所在地の地方裁判所へ回された。それから3日目に私は法廷へ引き出された。そのときは私の経歴でも、仕事でも、また血統でももう大概向かうで調べてしまったらしかった。その結果は裁判官は、私は気違いと鑑定したらしかった。私は、初めの調べと一緒に健康診断を受けることになっていた。審問に対しては私は、なるべく簡単な答えで済まそうと務めた。
 裁判官は、繰り返し繰り返し私の盗んだ目的を聞いたが、私は同じこときり答えなかった。
「可愛く思ったからです。貰(もら)いたいといっても、もらえないと思ったからです」といった。
 若い医者も色々と聞いた。私は聞かれることだけにただ簡単な返事をした。
 医者は、気違いではないといった。ただよほど烈しい神経衰弱にかかっていると報告した。
「烈しい神経衰弱というものが、こんな非常識なことをさせるものですか」と裁判官が聞いた。
「もちろん、いくらもあることです」
 こういう二人の問答からも、またいったいに裁判官や医者やその他の人々までも私に好意を持っているということが感じられた。少なくも普通の罪人に対するとはよほど変わった心持で調べているということがわかった。事件そのものに露骨な目的を持っていないこと、私にまったく悪びれた様子のないこと、それらが皆に好意を持たしたらしかった。
 私は裁判の結果を想像した。私は法律のことは知らなかった。しかしよく新聞などで見る示談とか、刑の執行猶予とか、そんなことだろうと思った。
 東京からは誰が来るか。父が来るか、叔父が来るか、それとも友達が来てくれるか。誰にしろ、この結果はきっと、そんなことにしてくれるだろうと思った。私はにぎっていた出刃包丁をついに振り回す気になれなかったように、この出来事もそれだけの結果で終わるだろうと思うと、罪せられるのを望むのではないが呆気ない気がした。
 東京を出る二ヶ月ほど前のことだった。私は私の最も親しい友達の一人と仲たがいをした。同時に私はある若い美しい女を恋した。
 初めてその女と会って1時間しないうちに私は珍しく何年ぶりで、甘ったるい恋するような心持になってきた。それは女が私に好意を持っていると思い込んだのも一つの力だった。その席には親しい友達が3人いた。なかでも一番仲のよかった一人が、私のその心持を見ぬくことから、快くない気持の上の悪戯を私に仕掛けた。私はそれでその友に腹を立った。   その女を恋する心持とその友を憎む心持とが私の胸で燃えあがった。たんちょうな日を続けていた私にはそれがいい心持だった。
 私は三四日して一人でその女に会いに出かけた。私はそのとき美しいイリュージョン(幻影)を作っていった。ところがそれはその場で1時間しないうちに見事に打ち崩されてしまった。苦しいが涼しいような快感があった。
 私は間もなくまた別の美しい女に出合った。美しい肉体をしてコケティツシな表情を持った女だった。ソーダー水に氷を入れて、それを電燈に透かしながら振ると風鈴のようないい音がする。女はそんなことをしながら度々それへ美しい唇をつける。そして仕舞いに飲み干す。で、酔えばいっそう美しくなった。襟から頬へかけていっそうに白くなった。それよりも眼が美しくなった。唇もいい色になる。だんだん調子が浮気っぽくなる。これも人を惹きつけた。
 私はこの女をとても補足しがたい奴と一人決めていた。私は三四度続けてあった。すると、案外補足しがたいという気がしなくなった。しかし結局は前の女でしたことを再びこの女で
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繰り返したに過ぎなかった。私はまた単調な生活に帰ってしまった。もう仲たがいした友達に対してもそれほどの怒りは感じられなくなった。何となくいらいらしながら物足らない心持で一日一日を無為に過ごしていた。(以下完成作品冒頭に続く)
(発表時の末尾)
 翌朝ぼんやりと障子の硝子越しに前の景色を見ている時だった。巡査や女の子の母親が前の坂道をこの方を見い見い登ってきた。母親は興奮からか恐ろしい顔をしていた。私には逃げようという気は少しも起こらなかった。私は赤面した。そして苦笑した。私はしまいまで進ませた出来事を途中で笑い出すようなことはことはしたくないと思った。私は出刃包丁を持ち出した。しかし、かって人の顔(あるいは犬でも馬でも)を真正面から殴った経験のない私には出刃包丁を逆手ににぎったものの、それで身がまえする気にはなれなかった。私は恐ろしく平凡な姿勢で出刃を持ったまま突立っていた。
 母親と女の子は抱き合って泣いた。母親は泣きながら激しく私を罵った。私は黙って立っていた。母親は娘を抱いたまま私の後ろにへきて、私の背中をドンと強く突いた。巡査がしきりとそれをなだめた。
 私は警察へ曳かれた。それからの経験は総て初めての経験であるが、私は学校時代に何かでこんな経験をしたような気がした。
 私には気違いじみた気分は少しもない。しかし裁判官がそれに近いものと解しようとするのを反対する気はない。
 私は多分近日許されてここをでるだろうと思う。それから私はどこへ行こう?やはり東京へ帰るより仕方がなさそうだ。もうあの町に行くこしはできない。東京へ帰らないとすれば、どうするだろう。私はまた同じような生活に落ちていかなければ幸せである。もし同じ生活が繰り返ってくれば私は今度は、更に容易に同じようなことを起こし兼ねないという気がするから・・・・・・・・女の子はどうしているだろう?
■ 検察の訴状 
藤重 → 計画的であり悪質。
越智 → 女の子を返そうと思う気が弱いところはあるが、許せない。
立川 → ロリコン趣味がある。計画的犯罪。再犯の可能性大い。
阿井 → 身勝手な犯行。計画的だ。
竹下 → 性的はんざいの可能性もある。キスをしている。精神検査は必要。
重野 → 言い訳が多い。用意周到で確信犯。
□ 弁護側の弁論
「精神校弱状態」「あんまにかかるほど疲れていた。精神も病んでいた」「暴力も、性的行為もしていない」「魔が差した」「たんに可愛かっただけ」「妄想にとりつかれた可愛そうな人」「家族との不和が原因」「体調不備」
◇裁判員の判決
重野・越智・立川・阿井・大竹裁判員「有罪!」にします。が、執行猶予付きの。
裁判長 主文
被告は、家庭問題及び自身の恋愛問題からこの地に来て暮らすも、単調な生活に精神に変調をきたし、寂しさから幼女を誘拐した。監禁中は、菓子を与えるなどしたが、乱暴することはなかった。よって、本件は有罪 ! 執行猶予付き5年とします。
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参考資料
 昨年2009年5月21日(平成20年)から裁判員制度が施行された。これにより同年7月以降から実際に一般市民が裁判に参加することになった。が、まだこの制度を知らない人が多い。「裁判院制度とは何か」を知りたい人はHPにあったWiKiPediaを以下に転載したので読んでおいてください。
 裁判員制度は、市民(衆議院議員選挙の有権者)から無作為に選ばれた裁判員が裁判官とともに裁判を行う制度で、国民の司法参加により市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映するとともに、司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上を図ることが目的とされている。裁判員制度が適用される事件は地方裁判所で行われる刑事裁判のうち、殺人罪、傷害致死罪、強盗致死傷罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪など、一定の重大な犯罪についての裁判である。例外として、「裁判員や親族に危害が加えられるおそれがあり、裁判員の関与が困難な事件」は裁判官のみで審理・裁判する(法3条)。被告人に拒否権はない。裁判は、原則として裁判員6名、裁判官3名の合議体で行われ、被告人が事実関係を争わない事件については、裁判員4名、裁判官1名で審理することが可能な制度となっている(法2条2項、3項)。裁判員は審理に参加して、裁判官とともに、証拠調べを行い、有罪か無罪かの判断と、有罪の場合の量刑の判断を行うが、法律の解釈についての判断や訴訟手続についての判断など、法律に関する専門知識が必要な事項については裁判官が担当する(法6条)。裁判員は、証人や被告人に質問することができる。有罪判決をするために必要な要件が満たされていると判断するには、合議体の過半数の賛成が必要で、裁判員と裁判官のそれぞれ1名は賛成しなければならない(一部立証責任が被告人に転換されている要件が満たされていると判断するためには、無罪判決をするために合議体の過半数の賛成が必要で、裁判員と裁判官のそれぞれ1名は賛成しなければならない)。以上の条件が満たされない場合は、評決が成立しない(有罪か無罪かの評決が成立しない場合には、被告人の利益に無罪判決をせざるを得ないと法務省は主張しているが、法令解釈権を持つ裁判所の裁判例、判例はまだ出ていない)。なお、連続殺人事件のように多数の事件があって、審理に長期間を要すると考えられる事件においては、複数の合議体を設けて、特定の事件について犯罪が成立するかどうか審理する合議体(複数の場合もあり)と、これらの合議体における結果および自らが担当した事件に対する犯罪の成否の結果に基づいて有罪と認められる場合には量刑を決定する合議体を設けて審理する方式も導入される予定である(部分判決制度)。裁判員制度導入によって、国民の量刑感覚が反映されるなどの効果が期待されるといわれている一方、国民に参加が強制される、国民の量刑感覚に従えば量刑がいわゆる量刑相場を超えて拡散する、公判前整理手続によって争点や証拠が予め絞られるため、現行の裁判官のみによる裁判と同様に徹底審理による真相解明や犯行の動機や経緯にまで立ち至った解明が難しくなるといった問題点が指摘されている。裁判員の負担を軽減するため、事実認定と量刑判断を分離すべきという意見もある。
 ちなみに最高裁によると、全国の裁判員裁判対象事件は2004年の3791件から減少傾向にある。都道府県別で昨年、対象事件が最も多かったのは①大阪306件、②東京255件、③千葉214件の順。最も少なかったのは福井県の7件。罪名別では、①強盗致死傷695件、②殺人556件、現在建造物など放火286件、強姦致死傷218現在と続いた。(2009新聞8・5)選ばれる確率は4911人に1人(全国平均)
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.151 ――――――――12 ――――――――――――――――
掲示板
「2010年、読書と創作の旅」の記録
4月19日 ガイダンス 嘉納治五郎の「読書のススメ」、志賀直哉「菜の花と小娘」読み
4月26日 司会=越智美和 担当決め(正副班長=立川・後藤 ゼミ正副編集長=伊藤・
塚本)自己紹介、ビデオ「おんぼろ道場再建」、「ひがんさの山」参加8名
5月10日 司会=立川、参加7名、車窓観察「沖縄米軍基地問題」討議、名作観察「空中
ぶらんこに乗った大胆な青年」、車内観察テキスト「夫婦」
5月17日 司会=阿井大和、参加8名、名作紹介、5月の詩編ランボー「谷間に眠る者」空想観察「フェッセンデンの宇宙」テキスト『網走まで』読みと感想
5月24日 司会=伊藤光英、参加7名、ゼミ合宿採決=無し、名作観察O・ヘンリー『心と手』、『網走まで』の「網走」解説、比較作品『三四郎』、
5月30日 快晴 参加者3名 犯罪観察モーパッサン『狂人』、紙芝居口演『少年王者』
6月 7日 快晴 参加者5名、司会=竹下晃誠、草稿『網走まで』読みと評。提出作品発
      表・車内観察「女装趣味の男」重野作、一日観察「遠い目覚め」重野作、合評。
      バルザック『谷間の百合』紹介、冒頭読み。
6月14日、雨 参加者3名、NHKビデオ、司会=後藤、合評=竹下作品「府中本町間」、
テキスト「出来事」と対比作品「正義派」の読み。感想
      6月21日 晴れ。司会=重野、発表・合評、『兒を盗む話』、「尾道幼女誘拐事件」裁判
課題 1.車内観察 2.自分観察「普通の一日」書けた人は、いつでも提出してください。期限はありませんが、習慣を身につけるために挑戦です。
          課題提出状況(6月13日現在)課題1~14発行
提出者    課題「車内観察」   課題「一日観察」       総数
・伊藤果南  「青春老女」1                      1
・重野武尊  「女装客観察」1、   「自分の一日観察」1        2
・藤重はるか 「広いシート」1                     1
・竹下晃誠  「武蔵野線」1     「人とは欺く物にーー」1      2
・越智美和  「胎児に還れる」1                    1
お知らせ
■ 8月14日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会第240回読書会
        「カラマーゾフのこどもたち」
        池袋西口・東京芸術劇場小会議室7 1000円(学生半額、セミ生0)
※ 詳細並びに興味ある人は「下原ゼミ通信」編集室まで
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編集室便り
☆ 課題原稿、学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
  課題の提出原稿数+出席日数+α=評価(60~100)
人間観察・ある人生相談から
 新聞の「人生案内」欄に、こんな相談がありました。あなたの友人、知人だったらどんなアドバイスをしますか。せっかく大学に入っても、やめる学生が多いといいます。いろんな事情があるとおもいますが、何かの目的をもっていたとしたら・・・。たとえば文芸学科にきた学生は、作家になりたいという夢をもっていますが。あなたが友人だったら、親だったら、適切な助言をお願いします。(10分程度で書いて発表してください) 【読売新聞】
課題・15    人間観察「私はこう考える」
2010・6・28
                            名前      
最新・土壌館下原道場情報
速報・平成22年度春季市民柔道大会
 6月6日(日)に船橋市武道センターで船橋市春季市民柔道大会が開催されました。土壌館下原道場と同道場出身者の試合結果は、次の通りでした。
銅・小柏駿太選手、秋・春金連覇ならず
 
小学生の部 5選手(土壌館) 
1年生以下 小柏真心選手  1回戦   頑張りました
4年生   中澤紀和選手  1回戦    頑張りました
4年生   後藤達巳選手  1回戦   善戦しました
5年生   坂本遼季選手  1回戦   善戦しました 
6年生   辻元翔太選手  1回戦   頑張りました
中学生の部  3選手(小柏選手は二宮中から)      
2年生 小柏駿太選手(二宮中)  4回戦勝戦進出   3位・銅メダル
2年生 青桝尚慈選手(土壌館)  1回戦     健闘しました
3年生 山口雅之選手(土壌館)  2回戦     善戦しました 
※ 坂本選手、負傷しながらもよく戦いました。真心選手、小1の部で奮戦。青栁選手、粘りをみせました。山口選手、2回戦黒帯相手に善戦。
  三好選手 田中選手(二宮)、中澤選手は出場せず。
               
出場選手数 土壌館関係
 今大会は、高校生が他大会と重なったため、小学生、中学生、一般有段者の試合となりました。出場選手は、総勢325名で、うち小中学生は以下の通りでした。
小学一年生 ・・・ 9選手     中学一年生 ・・・ 53選手
小学二年生 ・・・ 10選手     中学二年生 ・・・ 49選手
 小学三年生 ・・・ 13選手     中学三年生 ・・・ 63選手
小学四年生 ・・・ 23選手
小学五年生 ・・・ 23選手
小学六年生 ・・・ 21選手
講評 今大会から国際大会のルールが実施されました。禁止技も増えました。その意味で、
とまどいのある試合でした。が、どの選手も頑張ったと思います。時間いっぱい戦える選手が多くなりました。
テキスト車内観察作品『出来事』関連読み
『城の崎にて』
― 自らが電車事故にあい湯治にいった温泉地での作品 ―
一見なんでもない作品。しかし、この作品は名作と評されている。なぜ名作か。その意味がわかるのは、おそらく、もっと多くの小説。いろんな分野の作品を読む必要がある。文学でもなんでもそうであるが、本物はすぐにはわからない。
 『出来事』を書いた8月15日の夜、山手電車にはねられた。その時の傷の養生に城崎温泉に行く。10月18日から11月7日まで湯治療養。この間、この作品を書く。
10月30日の日記「蜂の死と鼠の竹クシをさされて川へ投げ込まれた話を書きかけてやめた。これは長編の尾道に入れることにした。」とある。
「創作余談」これも事実ありのままの小説である。鼠の死、蜂の死、いもりの死、皆その時数日間に実際目撃したことだった。そしてそれから受けた感じは素直に且つ正直に書けたつもりである。所謂心境小説というものでも余裕から生まれた心境ではなかった。
テキスト車内観察作品『鳥取』読み
特定人物読み
この観察は、たまたま見かけた著名人を書いた。創作余談には、こう述べている。
「何を書こうとしたのか忘れたが、その為、山陰の温泉に出かけ、書けずに帰って来て、書けなかったそのときのことを書いてしまった。あの中に出てくる老博士は故新渡戸稲造博士である。
年譜 [編集]
? 1862年(文久2年) 盛岡藩(のち岩手県盛岡市)の、当時奥御勘定奉行であった新渡戸十次郎の三男として生まれる。
? 1873年(明治6年) 東京外国語学校英語科(のちの東京英語学校、大学予備門)に入学。
? 1877年(明治10年) 札幌農学校に第二期生として入学。のち東京大学選科入学。同時に成立学舎にも通う。
? 1882年(明治15年) 農商務省御用掛となる。11月、札幌農学校予科教授。
? 1884年(明治17年) 渡米して米ジョンズ・ホプキンス大学に入学。
? 1887年(明治20年) 独ボン大学で農政、農業経済学を研究。
? 1889年(明治22年) ジョンズ・ホプキンス大学より名誉文学士号授与。
? 1891年(明治24年) 米国人メリー・エルキントン(1857-1938、日本名:萬里)と結婚。帰国し、札幌農学校教授となる。
? 1894年(明治27年) 札幌に遠友夜学校を設立。
? 1897年(明治30年) 札幌農学校を退官し、群馬県で静養中『農業本論』を出版。
? 1900年(明治33年) 英文『武士道』(BUSHIDO: The Soul of Japan)初版出版。ヨーロッパ視察。パリ万国博覧会の審査員を務める。
? 1901年(明治34年) 台湾総督府民政部殖産局長就任。
? 1903年(明治36年) 京都帝国大学法科大学教授を兼ねる。
? 1906年(明治39年) 第一高等学校長に就任。東京帝国大学農学部教授兼任。
? 1916年(大正2年) 東京貿易殖民学校長に就任。
? 1917年(大正6年) 拓殖大学学監に就任
? 1918年(大正7年) 東京女子大学学長に就任。
? 1920年(大正9年) 国際連盟事務次長に就任。
? 1921年(大正10年) チェコのプラハで開催された世界エスペラント大会に参加。
? 1926年(大正15年) 国際連盟事務次長を退任。貴族院議員に。
? 1928年(昭和3年) 東京女子経済専門学校(のち新渡戸文化短期大学)の初代校長に就任。
? 1929年(昭和4年) 太平洋調査会理事長に就任。拓殖大学名誉教授に就任。
? 1933年(昭和8年) カナダ・バンフにて開催の第5回太平洋会議に出席。ビクトリア市にて客死。
代表的な著書 [編集]
? Bushido: The Soul of Japan(1900年), The Leeds and Biddle Company
o 矢内原忠雄訳『武士道』(岩波文庫、1938年) ISBN 4003311817
o 奈良本辰也訳『武士道』(三笠書房、1997年) ISBN 4837917003
? 『農業本論』(1898年)裳萃房
? 『ABC引き日本辞典』井上哲次郎、服部宇之吉などとの共編 (三省堂、1917年)
課題・16    自分観察「普通の一日を記録する」
2010・6・28
                            名前      
課題・17      車内観察
2010.6・28
                            名前      

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