文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.154 

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2010年(平成22年)10月16日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.154
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
9/27 10/18 10/25 11/8 11/15 11/22 11/29 12/6 12/13 1/17 1/24 
  
2010年、読書と創作の旅
後期ゼミは、観察作品発表&社会観察を中心に
10・18ゼミ
10月18日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1.第四回ゼミ雑誌編集会議・ゼミ誌原稿受付開始
  2.「大学を辞めたい」友人の悩み観察のアドバイス
  3. テキスト読み車内観察『灰色の月』、家族観察「にんじん」
4. 課題・社会観察(プラモデル・自殺・友達できない)
      
9・27ゼミ報告
後期初日、欠席者続出
 後期は、5時間目を受けるゼミ生にとって嫌な季節に違いない。つるべ落としの夕方。秩父連山からの山おろし。これで雨なら、もう冬眠。とても学校にくる気は起きないだろう。それが当然である。悪いことに、9月26日は、そんな条件がそろってしまった。4時間目にゼミを持つ先生は、授業半ばであきらめて「今日は、もうかえるわ」と早々、去っていった。並木の落ち葉を踏んでバスに向かうその背を見送りながら、「何処も同じ秋の夕暮れ」の句が頭に浮かび不吉な思いに駆られた。
三名の出席者
悪い予感は的中した。竹下君一番乗りまではよかったが、後がつづかない。廊下に人影なし。まさか打ち止め。そんなところに後藤君が登場。しばらくして阿井君が。結局、出席者はこの3名のみ。が、風雨を突いて参上した三銃士でよしとした。
ゼミ誌原稿回収0枚
この日、9月27日は、後期ゼミ初日だが、ゼミ雑誌掲載原稿締め切り、提出日でもある。が、この人数である。まさかというか、やはりの0枚回収だった。ゼミ誌作成は、この2カ月が勝負。早急に対策を必要とする事態となった。
文殊の知恵
危機的状況にはなったが、そこは三人寄れば文殊の知恵。参加者優先、三人だけの編集会議が開かれた。積極的な意見、提案だされた。
原稿締め切りは10月18日に決定!
編集会議の詳細は3頁に


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.154―――――――― 2 ―――――――――――――
車窓雑記      40年前の希望と不安
33人奇跡の生還に沸くチリ国に想う
 
世界中が注目するなか、鉱山の落盤事故で地下700㍍に閉じ込められていた鉱山作業員33人が現地時間10月13日午後9時55分(日本時間14日午前9時55分)、全員無事救出された。落盤事故があった8月5日から2カ月余り、世界の目は南米のこの国に注がれていた。不安と希望をもって。そして、いま、安堵と喝采の嵐の中で終幕した。
思えば、チリという国が、これほどに注目されたことがあったろうか。ほとんどなかったと断言してもよいほどだ。それほど、この国は遠く、縁がない。だが、還暦以上の人たちにとって、この国は、忘れられない国の一つに違いない。そう40年前も、この国は、全世界から希望と不安とでもって見守られていたのだ。
1970年日本、日大紛争に端を発した全共闘運動は、セクト争いと機動隊の絶対的力の前に終焉を迎えていた。彼らは、逃げまどいながら内ゲバをくり返し、しだいに狂信化していった。ある者は山に籠り、ある者は海外に活路を見いだそうとしていた。
日本では、夢破れた彼らだったが、世界革命は、妙に現実みをおびていた。1967年、世界革命の旗手チェ・ゲバラはボリビアの山中で散ったが、キューバのカストロは意気軒昂で、北ベトナムは米軍との戦争を優位に進めていた。うそのような話だが、北朝鮮の金日成も英雄だった。故に社会主義国家への道は、テロか革命しかない。そんな固定観念だった。
しかし、1970年、南米チリから、あり得ないビックニュースが世界を駆けめぐった。大統領選挙で、人民連合のアジェンデ氏が当選したというのだ。いわゆる民主的選挙によって世界初の社会主義政権が誕生したのである。快挙である。世界の社会主義シンパは狂喜乱舞した。が、成功するか否かはわからない。不安と希望で見守った。日本でも多くのインテリ層が支持した。アメリカ合衆国が支配する南米にあってアジェンデ政権は、第三世界との外交関係など、多様化政策をすすめた。が、社会主義国の常で経済は無策だった。
1962年、いわゆるキューバ危機で、冷や汗をかいたアメリカは、南米に第二のキューバ誕生を恐れて、CIAを使いチリ国内を混乱に導いた。チリは破滅へと向かった。
こうした社会的混乱の中で1973年9月11日、アメリカ合衆国の後援を受けたアウグスト・ピノチェト将軍らの軍事評議会がクーデターを起こしてモネダ宮殿を攻撃すると、降伏を拒否したアジェンデは死亡し、チリの民主主義体制は崩壊した。翌1974年にピノチェトは自らを首班とする軍事独裁体制を敷いた。このピノチェト軍政の治安作戦は苛烈を極め、軍内の死の部隊によるコンドル作戦(汚い戦争の一種)により、人民連合派をはじめとする多くの反体制派の市民が弾圧された。後の政府公式発表によれば約3,000人、人権団体の調査によれば約30,000人のチリ人が作戦によって殺害され、数十万人が各地に建設された強制収容所に送られ、国民の1/10に当たる100万人が国外亡命した。それを描いたのがドキュメンタリータッチの映画「サンチャゴに雨が降る」。以下は、INからの紹介。
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サンチャゴに雨が降る(Il pleut sur Santiago)は、1975年制作のフランス・ブルガリア合作映画。1973年9月11日早朝のチリ・クーデターの発生から首都サンティアゴを中心にした各地の市街戦、軍事評議会による権力掌握を経て、詩人パブロ・ネルーダの葬儀にいたる10数日間の出来事の描写を軸に、並行して、登場人物の一人である外国人記者の回想という形で、サルバドール・アジェンデの大統領当選からクーデターに至る流れが描かれる。
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40年前、世界中から希望と不安で注目されたチリは、悲劇に終わった。が、時を経て、またしても希望と不安でもって見つめられたチリ。しかし今回は、祝福に終った。政治と事故との違いはあるが、まずはメデタシである。
―――――――――――――――――― 3 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.154
 2010年、読書と創作の旅 9月27日ゼミ報告
第3回ゼミ雑誌作成編集会議報告
タイトル、テーマなど議論熱く 
 9月27日、竹下晃誠議長主導で、後藤大喜君、阿井大和君、参加者3名による第三回ゼミ誌編集会議が開かれた。
提示された案件
・テーマに添った創作25枚   ・家と犯罪   ・読書と創作の旅   ・自由創作
提示のタイトル案
・下原ゼミの出席率がこんなに低いわけがない
・そして誰もいなくなった
・読書の車窓から
・密度、平均50%以下
 
□企 画 → 〈自由〉に書く。なるべくまとめてー。
       困った人は、「ゼミ通信」掲載の課題作品、可。
□原稿締め切り → 10月18日(月)Wordで。
雑誌納品締め切りは、12月14日(火)厳守 !!
【今後の制作手順】
1. 10月18日  → 編集委員、ゼミ誌原稿を回収。
2. 10月上旬 → 編集委員は、内定の印刷会社から②「見積書」をもらう。
3. ~11月 → 「見積書」の提出。印刷会社と相談しながらゼミ雑誌作成。
4. 12月 → 14日までにゼミ誌提出、③「請求書」提出
注意事項!!
◎ 印刷会社を決めるに際して
「はじめての業者は避ける。わからないときは、編集出版局に相談する」
ゼミ誌編集委員
 ゼミ雑誌編集委員は、次の11名の皆さんです。協力し合って2年ゼミの記念になるものをつくりましょう。(順不同)
・越智美和さん ・阿井大和さん ・竹下晃誠さん ・藤重はるかさん ・後藤大喜さん
・高口直人さん ・塚本笑理さん ・立川陸生さん ・伊藤光英さん ・重野武尊さん
・伊藤果南さん   ◎ 編集長・伊藤・竹下 ○ 副編集長・塚本
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10・18プログラム
1. 第3回ゼミ雑誌制作編集会議、ゼミ誌掲載原稿提出など
タイトル、表紙絵、本文レイアウトなどについて
2. 課題・人生相談「目的のために大学を辞めたい」。私のアドバイスは
 
  大学を辞め料理人に」新聞の【人生案内】に、大学2年生の母親からこんな相談がありました。あなたは、どう答えますか。
(相談内容は、以前配布したものです)
辞めるのに賛成なら  なぜ →  
辞めるのに反対なら  なぜ → 
私ならこう応対・答えます
経験を積む方が先
後藤大喜
 人生には自分には価値が感じられないもの、意味があると思えないものだらけで、自分にとって本当に切実に価値が意味を見いだせるものは世界のほんの一握りだ。そして、どのような「芸」においても自分で「これが真髄だ」と思えるものの前にそういった面白みのないものを習得しなければならない。これを努力と呼ぶと私は考える。もしそうだとするならば、母親の「息子はこれまで部活動なども長続きしたことがありません」との言葉は非常に気になる。これは社会規範のため、ということではなく自分の修練という意味において、この男の子は持久力があるかという話で彼はもっと自分には価値が感じられないものに意味を見いだす。実行していく経験を積むべきではないのか。ギャンブルに出るのはそれからでも遅くない。
相談者の立場だったら
1.息子に伝える気になる。  2.納得はするが息子は、聞いてくれないと思う。  
2.説得力はどうか →     ある     わからない    ない
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なあなあの人生より確かな学歴
阿井大和
私は大学をやめない方がいいと思います。なぜなら、この相談の息子は、何となく料理人を目指すという感じを受けるからです。高校一年生のときに料理屋に頼みに行ったという話
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では、断られるとあっさり引き下がってしまいますし、周囲に流されてなあなあで大学へと
進学してしまっています。料理の専門へ行くなどの道もあったはずなのに、です。こちらの感じでは大学をやめて目指しても壁にぶつかると、なあなあでくじけてしまいそうな気がします。そりリスクを負うよりは卒業して大卒という肩書を得る方が安全に思えます。
相談者の立場だったら
1.息子に伝える気になる。  2.納得はするが息子は、聞いてくれないと思う。  
2. 説得力はどうか →     ある     わからない    ない
やりたいことがあるなら反対はしない
竹下晃誠
 問題なのは、授業に出ないでなにをしているのか。料理についての勉強を独学でしているのならば、問題は何もないが、そうでないのならば、その夢も叶わないだろう。
 しかし、だからと言って大学生にもなった人間が親の言うことをハイハイ聞くとは思えない。よって、やりたいことがあるならば反対しない。その代わり、「それに向かって全力を尽くせ」と背中を押すべき。
相談者の立場だったら
1.息子に伝える気になる。  2.納得はするが息子は、聞いてくれないと思う。
2.説得力はどうか →     ある     わからない    ない
□この問題は、芸術学部に入った学生にも、そのまま当てはまるのではないでしょうか。たとえば創作学科に入学した息子を持つ母親からの相談に置き換えてみましょう。
将来はベストセラー作家になりたいという息子
 息子は高校生のころ、将来は小説家になりたいと言い出し、最近の有名作家の本を買いあさっていました。どれも最後まで読み切ったとはおもえません。携帯小説も書きはじめましたが、これも完成した作品はないようです。親としては現実的な目標を持ってほしいのですが、いつも、「将来はベストセラー作家になりたい」です。
 その後、大学にはいりました。そうした夢を抱く人たちを育てる学科だったので、ほっとしました。もしかしたら夢も叶うのでは、と喜びました。が、ぬかよろこびでした。せっかく希望の大学に入ったのに、息子は、なぜかほとんど授業にでません。家に閉じ籠ってゲームとアニメで明け暮れています。だずねると「授業をうけても作家にはなれない。気にいった先生もいないし小説家になるのならどこにいても同じ」というのです。
 このままでは単位をとれそうにありません。たとえ卒業できても、将来が見えません。息子を学校に行かせるためには、どうしたらいいでしょうか。干渉しないのも手ですが、何もしないと、結局、息子は、このまま引きこもり状態になってしまうのではと、そんな心配もあるのです。
 
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3.テキスト読み
車内観察の名作『灰色の月』この作品は、なぜ名作か
『灰色の月』、この作品は、昭和21年(1946)1月1日発行の『世界』創刊号に発表された。
【続々創作余談】には、『灰色の月』はあの通りの経験をした。あの場合、その子供をどうしてやったらいいか、仮に自家へ連れて来ても、自家の者だけでも足りない食料で、又、自身を考えても程度こそ違うが、既に軽い栄養失調にかかっているときで、どうすることもできなかった。まったくひどい時代だった。と、書かれている。
 『灰色の月』は400字詰め原稿用紙にして僅か6、7枚の作品である。見方によれば、エッセイのような小説とも呼べない小話である。だがしかし、この作品は、日本文学のなかでは名作線上にある。たんに面白いだけの小説、昨今流行の感動もの。それらはどんなにベストセラーであったても時代の流れとともに消え去るだけ。
『網走まで』や『灰色の月』は、何の変哲もない短編だが、両作品とも文学の手本として、こうして読み継がれている。普遍の文学である。それは、なぜか。すぐには、わかりませんが、これからの人生のなかで読み解いてください。
家族観察、テキストは『にんじん』訳・窪田般彌(くぼたはんや)
ジュール・ルナール(1864-1910)
 家族観察として、テキストにルナールの
「にんじん」をとりあげます。この作品は、
一見、子供向けでユーモラスな印象をうけ
るが、真は複雑で陰惨な物語である。
 訳本の解説を書いた宗左近氏は、この作
品について、こう述べている。
「明快でだれにでもわかるやさしい文章で
書かれたこの小説は、在来の通年を裏切って、
意外に複雑で不透明に満ちた小説であること
を、必ず、読者は発見するだろう。」
 テキストに入る前に、先日、朝日新聞
「声」欄で見かけた投稿記事についてとりあ
げます。ここには、書き手、つまり投稿者と、
採用者、つまり記者の訴えがあります。が、
それは読む側にどう伝わったでしょうか。
右の投稿には「にんじん」を彷彿させるもの
があります。
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休講のお知らせ
 11月8日と15日の下原ゼミは、休講します。担当講師の下原が手術入院するためです。下原はかねてより両足のシビレに悩まされていた。これまで、その症状は、柔道で痛めた後遺症、老化現象の加齢からくるもの、他にメタボや血液硬化症、つまり生活習慣病、そんな類と疑われていた。しかし、最近、そのシビレ範囲がひろがったことで、近所の内科医からMRI検査をすすめられた。その結果、胸椎靭帯骨化症という病気だったことが判明した。
 脊椎のなかの靭帯が骨に変化し、それが神経に触れている。医師の説明だった。なぜ、そうなるのか現代医学では、まだ不明とのことで、特定疾患に指定されているという。このまま進行すれば歩けなくなる。手術すれば、シビレを止められると明言された。
 そんなことで11月初旬に手術入院することになった。
11月8日(月)、15日(月)お休み
11月1日入院、4日手術と決まった。退院予定は、11月18日になる予定。従って、この間、8日、15日のゼミ授業はお休みします。
補講は、レポート提出にします、以下の課題1~5
 11月8日、15日のゼミは休講します。両ゼミの補講授業は、都合につき課題のレポート提出とします。以下の課題のなかから、二課題以上を提出ください。
なお、休講期間は、皆で分担してゼミ雑誌作成作業をすすめてください。
 挑戦できるものを最低2作は、創作ください。
課題1. ガンプラ青年の屈折心理を描く 創作 
(テキスト 志賀直哉『兒を盗む話』の犯罪に至る心理)
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課題1  「ガンプラ捨てられた」自宅に放火 8・25朝日新聞
被告「体と心の一部が・・・」家族に怒り募らす
 人気アニメ「機動戦士ガンダム」のプラモデル(ガンプラ)を家族に処分されたことに腹を立て、兵庫県加西市の自宅に放火したとして、現住建造物等放火罪に問われた会社員の男性被告(30)の裁判員裁判の初公判が24日、神戸地裁姫路支部(森浩史裁判長)であった。被告は起訴内容を認め、被告人質問で「(ガンプラは)体と心の一部だった」と述べた。
 被告は昨年8月9日午後2時すぎ、自室6畳間に灯油をまいて火をつけ、木造住宅約220平方㍍を全焼させたとして起訴された。
 検察側は冒頭陳述で、被告の部屋を掃除した母親らに200~300箱分のガンプラの一部をゴミと一緒に捨てられたと思い込み自暴自棄になったと動機を説明。「家族が自分を理解してくれないと怒りを募らせ、ガンダムのプラモデルと共に焼け死のうと思った」と指摘した。実際にはゴミ袋に入れられたまま捨てられていなかったという。
 被告は「プラモデルを見ていると、どんなに仕事がつらくても明日は頑張ろうといういう気になれた」と述べた。  (川田惇史)
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 この事件、どんな感想をもったらよいか、ちょつと困る事件である。稚拙、単純、馬鹿息子と罵詈雑言はいくつも浮かぶ。が、理解しがたい出来事だ。「2010年読書と創作の旅」の参加者は、どう思うか。
1、 被告の行為(放火した)は、納得できる。
2、 たとえ捨ててなくても、家族の行為(ゴミ袋に入れた)は、許し難い。
3、 自分も、そんな気持ちになったことがある。
4、 プラモデルは重大だ。
あなたの人生のになかでの位置は、どのくらいか。
0%  20%  50%   70%  80%  100%
※ この記事を書いた川田記者は、文全体の雰囲気から想像すると、この容疑者に同情的のような気がする。記者も同世代か。
課題2. 彼は、なぜ死んだのか 創作  
(テキスト サローヤン「空中ブランコに乗った大胆な青年」)
この出来事も不可解です。想像力で謎解いてください。
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パラグアイ戦の日 君よ なぜ 8・27朝日新聞「五線譜」
だれもが信じられない死
生まれ故郷の小さな国の名が、繰り返し人々の話題にのぼっていた日の朝だった。
6月29日早朝、日系パラグアイ3世の男子大学生、ビクトルさん(当時19)が東京都千代田区のマンションで転落死した。サッカー・ワールドカップの日本―パラグアイ戦がその夜に控えていた。
家族と来日したのは5年前。居酒屋で働きながら静岡県内の高校を卒業した後、新聞奨学生となり、昨年3月から都内の新聞販売所の寮で暮らしていた。
警視庁によると、新聞配達の途中、10階から飛び降りたらしい。手すりの指紋や防犯ビデオの映像から自殺と判断された。寮で同室だった日本人の男子学生(26)は、パラグアイ戦を一緒にテレビで見る約束をしていた。「なぜ、その朝に」。学生は首をかしげる。販売所の所長は「まじめで明るい青年だった」と振り返る。
両親も死が信じられない。「将来は国際的な仕事をしたいと頑張っていたのに」
死の前日、高校の友人3人と出かけていた。待ち合わせに3時間遅れたほかは、いつもの明るい様子だった。翌朝4時44分、友人の一人に携帯電話から短いメールが届く。
「ごめんな」。死の直前だった。
 遺書はなかった。葬儀には60人近い友人が集まった。細かな骨まで手で拾い、骨つぼに納めて泣いた。突然の死の理由は、今もわからないままだ。    (田村剛)
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 自殺の動機はそれぞれである。彼の場合、動機は何だろう。前日、友人との待ち合わせに3時間遅れたということは関係あるのか。あるとすれば、3時間という時間のなかに込められた死の理由とは。そして、葬儀にきた60人の友人は、本当にだれ一人として心当たりがないのか。さまざまな疑問が浮沈する。
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. 1.彼の日常観察
 普段友人には、どんなメールを送っていたか。
 日記はつけていたか。
 大学生活はどんなだったか。
2.この記事のなかで死を予感させるものは、前日の3時間の遅刻のみである。遅刻というに
は、あまりに長い時間である。従って、ここにヒントがあるような気がする。
 彼は、この3時間、どこで何をしていたのか。想像してみる。
3. 飛び降りたとみられる4時44分頃は、この時期、日の出の時間である。購読の各家庭に新聞を配りながら階段を駆け上っていく、彼は明るくなっていく東の空を見て何を思ったのだろう。
■最近のニュースで知ったが、「新型うつ」という病が若者のあいだで流行っているとのこと。自分の趣味は、積極的にやるが、仕事となると、やる気が失せ、人とのコミュニケーションもとれなくなる。家にこもってプラモデルを作ったりゲームをしたり遊ぶ。およそそんな症状だという。この自殺した若者の場合は、どうだろうか。
そのときの彼を文学的に想像してみた。
 マンションの階段を駆け上りながら彼は、見た。はるか東の地平から真っ赤な太陽があがる瞬間を。まぶしい、思わず目をつむった。一瞬の闇のなかで自分の存在は、何なのかを忘れた。彼の耳に、こんなささやきがあった「空中ブランコに乗ろう。キミは空中ブランコに乗って、この存在宇宙をながめるのだ」彼は、手すりに手をかけ思い切り空中ブランコに向かって飛び出していった。
課題3. 「ともだちとは何か」について書く
参考資料
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大学が「友達づくり」の手助け 9・17朝日新聞「天声人語」
 友人とはなんぞや、の答えは色々だろうが、臨床心理学者の故・河合隼雄さんの著作中にこんなのがある。「夜中の12時に、自動車のトランクに死体をいれて持ってきて、どうしょうかと言ったとき、黙って話に乗ってくれる人」(『大人の友情』)。なかなか刺激的だ。
▼ある大学で、入学後1週間もしないうちに「友達ができない」と学生が相談にきたそうだ。「努力したがうまくいかない」と言う。その話に河合さんは驚いた。1週間努力すれば友達ができる、と思っていることにである。▼河合さんが健在なら何を思うだろう。せっかく入った大学を、友達ができないからと中退する学生が増えているという。このためいくつかの大学が「友達づくり」の手助けをはじめたそうだ▼学生たちは、友達がいない寂しさより、いない恥ずかしさに耐えられないのだという。「暗いやつ」と見られたくない。周囲の目が気になって学食で一人で食べられない。あげくにトイレで食べる者もいるというから驚かされる▼昨今、「友達がいなさそう」というのが、人へのもっとも手厳しい罵倒ではないかと、作家の津村記久子さんが日本経済新聞に書いていた。人格の根本部分を、あらゆる否定をほのめかして突くからだという。やさしげでいて残酷なご時世、学生ならずとも弧高には耐えにくいようだ▼携帯電話に何百人も「友達」を登録して、精神安定剤にする学生もいると聞く。だが、友情とは成長の遅い植物のようなもの。造花を飾って安らぐ心の内が、老婆心ながら気にかかる。〈2010・9・17〉
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文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.154 ――――――――10 ――――――――――――――――
 ずいぶん前になるが、演歌歌手の森進一がインタビューで「友達はいますか」と聞かれたことがあった。そのとき、彼は躊躇なく「ひとりもいません」と答えた。質問した女子アナは、言葉に窮して狼狽した。が、それが妙に男らしく見えて森の株が上がった。
 当時、いわゆる全共闘的連帯は連合赤軍事件で終わり、時代は個の時代に入っていた。そのせいもある。そういえば一匹狼の木枯紋次郎が人気あった。「あっしとは、関わり合いがございません」が流行言葉となった。
 だが、人間は、所詮社会性の動物である。仲間がいなくては生きられない。テレビではタモリの昼番組で「友だちの輪」が視聴率をあげ、マンガでは、「ともだち党」がでてくる『20世紀少年』が読まれだした。これに遅れた人たち、輪にも一匹狼にもなれない人たち。彼らはオタク世界に入っていった。そうして、彼らは村上春樹やジブリの世界に密にむらがる蟻のように集まった。驚いたことに、それは日本だけの現象ではなかった。世界にひろがった村上春樹やアニメ人気がそれを証明している。彼らは仲間のようであり、そうでもない。希薄な絆で結ばれた人たち。東西冷戦あとの人々。そんなふうに思うのである。
課題4.  ある特高検事の手記 創作 
(テキスト モーパッサン「狂人」)
       
 昨今、世間を「えっ!?」と驚かせ、世界に冠たる管理国家の国民を疑心暗鬼の闇に放りこんだ大事件。そう大阪地検の特捜部長らが関わった証拠品改ざん事件である。この事件、はじめ驚き、なか憤慨、そして検察主税への恐怖。果たして真相は明らかにされるのか。
権力は必ず腐敗する、というが、巨悪に向かった権力も、またしかり、とはあまりにも情けない。連日、報道されるこのニュースをみていたら、前期ゼミで読んだモーパッサンの作品を思いだした。そうして、村木さんが頑張らず罠に落ちてしまった後を考えた。そうなったとき、つまり不正がまかり通ったときはの未来は、おそらく、こんな風景が見られるのでは ― 逮捕されなかった彼は、検察庁最高の座に登りつめ、退官後も勲章をたくさんもらい名誉と栄光につつまれて、この世を去る。
書き手としては、そのあとこんなだったらと想像すると面白い。それは彼が、真相を語る手記を残していて死後みつかるという話だ。この前、読んだモーパッサンの作品『狂人』をテキストに創作してみてください。テキストとしては、11月8日、15日、の前に、テキストにしたモーパッサンの作品の冒頭を思い出してみた。
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彼はある高等法院の長として死んだ。公明正大裁判官で、非の打ちどころのない生涯は、フランスのあらゆる裁判所で語りぐさになっていた。弁護士や若い判事や裁判官は、深い尊敬のしるしに、頭をひくくたれて、彼の大がらな顔にあいさつした。その顔は色が白く、やせていたが、きらきら輝く、深い目に照らされていた。
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 あの特捜のエース主任検事の場合も、あの改ざんが発覚しなければ、露見しなければ、村木さんが否認しつづけなければ、未来は輝き、こんな栄光につつまれただろう。彼の法人としての任務は、作品の裁判官ように褒め讃えられたに違いない。いまいちどモーパッサンの創作力を借りれば、こんなふうにである…。
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 彼は罪悪を追究し、弱者を守ることに一生をささげた。詐欺師や殺人犯にとって、彼よりもおそるべき敵はなかった。というのも、彼は彼らが心の底に隠した考えを読み取り、その意図のすべての秘密をひと目で看破するように思われたからである。
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 それほどの人物。だが、真実は違った。かれの犯罪告白を創作してみてください。
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課題5. 太陽がまぶしかったから殺人事件
テキスト カミュ『異邦人』コピー配布。犯罪に至る経緯をよく読んで調書をとってください。
告訴状の作成(検察)      弁護すれば(どんなふうに)   量刑は
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土壌館日誌     追悼 A・ヘーシンク氏
朝日新聞8月30日の《天声人語》の「思えばまたとない人物に、あのとき日本は敗れた」を感慨深く読んだ。私がヘーシンク氏をはじめて見たのは、東京オリンピックのテレビ中継だった。神永選手が敗れて日本中が落胆した。が、小柄で内気な高校生だった私は、勝っても驕らない勇者に感動した。その思いが柔道入門のきっかけとなった。それだけに私にとって氏は、柔道でははるか雲上人ではあるが常に身近なヒーローだった。
 しかし、柔道の国際化が進められるなかで氏がカラー柔道着提案者と知って、やはり西欧人にはわからんと失望した。だが、1994年5月11日本紙《主張・解説》に掲載された「子供たちのため、柔道の将来のためにいい、と思うことをやっているだけ」という氏の素直な考えを知って目が覚めた。私は、同月17日本紙「声」欄に「カラー柔道着いいじゃない」を書いて支持した。そのころ私は、高齢の道場主から、柔道の町道場を引き継いでくれないか、と頼まれていた。高校生の息子が小学一年生のときから通い私も時折り指導してきた町道場だったが、借地契約問題や廃屋同然の建物だけに、とても引き受けられないと思っていた。が、結局は承知した。地域の子供たちの懇願もあったが、新聞にあったヘーシンク氏の柔道に対する熱い信念に押されたような気もする。
 町道場は、いろんな子供が入門する。柔道選手になりたくてという子供だけではない。家庭や障害事情で行き場のない子供もいる。そんなことから世界一弱い町道場と家人からかわれたりする。が、今日まで16年間、なんとかつづけてこられた。内容は忘れたが、あのとき読んだヘーシンク氏の柔道への思いが支えになったのだといまも信じている。
 今年は嘉納治五郎師範生誕150周年にあたる。記念の節目に逝った柔道の理念、自他共栄・精力善用の実践者ヘーシンク氏。2人の功績に不思議な因縁を思う。
国会陳情記
 10月12日、国会に陳情に行った。自治会役員として、はじめての体験である。丸ノ内線「国会議事堂前」で下車。地下構内は、明るく瀟洒だ。幅広い廊下を歩いていくと、階段下に警官が一人立っていた。右なら国会議事堂。左なら議員宿舎というわけである。国会議事堂の方は、何人もの警官がいて、何か物々しい。後で国会開催中だからと知った。新しい議員宿舎は3棟ある。完成したとき、あまりにも立派なのである議員さんたちが入るのは入らないのとすったもんだ起こし注目を浴びた建物である。外側は、まだ整備中だが、たしかに立派なものである。ここにくればやはり、一度は国会議員になってみたい。そんな思いに駆られるのも人情か。衆参併せて6人の国会議員さんを訪問、陳情する手はず。空港の搭乗口のように厳重なセキュリティーを通り、議員専用エレベエターを使って10人ぞろぞろとお宮詣りした。残念ながら国会開催中で議員さんは留守。どの部屋も似たような若い女性秘書がいて、同じような応対。ちなみに、この日、陳情したのはUR都市機構の民営化反対と値上げ反対。高齢化が進む団地は、孤独死や家賃高騰で生活苦の人が多く深刻だが、議員の先生方には届いたかどうか。参議院宿舎の食堂で昼食を食べて後にした。
――――――――――――――――― 12 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.154
掲示板
【後期ゼミ予定】
・後期は、車内観察のテキスト読みと併せて、家族観察として『にんじん』をとりあ
げます。(「にんじん」から無意識の虐待家庭を探る)
・事件小説の裁判員裁判にも挑戦
・12月最終ゼミ、予定、合同発表出し物(疑似裁判Or紙芝居)
・1月は百人一首大会
前期提出・観察課題一覧
前期ゼミで提出された課題原稿は、以下の通りです。書くことの日常化を目指すため、後期は、より多くの観察作品を提出ください。
【観察作品】
・伊藤果南「青春老女」未発表 ・・・ 車内観察作品
・重野武尊「女装趣味の男」発表済み ・・・ 車内観察作品
・重野武尊「遠い目覚め」発表済み ・・・ 自分の一日観察作品
・重藤はるか「広いシート 狭いシート」発表済み ・・・ 車内観察作品
・竹下晃誠「府中本町~東所沢間」発表済み ・・・ 車内観察作品
・越智美和「胎児に還れる場所」発表済み ・・・ 車内観察作品
・竹下晃誠「人とは欺くある物に非ず」発表済み ・・・自分の一日観察作品
お知らせ
           
■ 11月13日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会朗読会「アサドク」『貧しき人々』
■ 12月25日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会第242回読書会『貧しき人々』
池袋西口・東京芸術劇場小会議室7 1000円(学生半額、下原ゼミ生0円)
※ 詳細並びに興味ある人は「下原ゼミ通信」編集室まで
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編集室便り
☆ 課題原稿、学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
□ゼミの評価基準は可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
  課題の提出原稿数+出席日数+α=評価(60~100)
課題1. ガンプラ青年の屈折心理を描く 創作
課題2. 彼は、なぜ死んだのか 創作
課題3. 「ともだちとは何か」について書く
課題4.  ある特高検事の手記 創作 
課題5. 太陽がまぶしかったから殺人事件
『異邦人』
告訴状   弁護

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