文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.158

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2010年(平成22年)12月6日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.158
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
9/27 10/18 10/25 11/8 11/15 11/22 11/29 12/6 12/13 1/17 1/24 
  
2010年、読書と創作の旅
12・6ゼミ
12月6日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1. ゼミ雑誌作成経過・編集作業報告
   2. テキスト『范の犯罪』から「奇術師美人妻殺害疑惑事件」配役・
     寸劇と模擬裁判の稽古、他、世界名作読み
      
11・29ゼミ観察
ゼミ誌表紙、竹下君孤軍奮闘
 ゼミ誌作成は、全員の原稿が揃ったことで、入稿待ち。先週ゼミ前11・29時点では、表紙デザインを残すのみとなっていた。竹下君が孤軍奮闘すすめていた。校正は、全員で。
耳かき嬢殺人事件裁判判決とテキスト『范の犯罪』読み
11月29日、この日のゼミは、さる11月1日の裁判員裁判で判決のでた「耳かき店員とその祖母殺害事件」についてはなしあった。裁判は、二人以上の殺人は死刑。この判例が覆って無期懲役だった。が、疑問として「耳かき店というものが、どんなことをする店か、よくわからない。四時間も五時間もいたというが、こんなに長時間、耳をかいていたのか」が謎とされた。これについては、新聞は何も書いていなかった。
社会観察は、テキスト『范の犯罪』の読みと、配役健闘。越智さん、竹下君。
土壌館日誌
12月1日、民生委員児童委員委嘱状伝達式
 退院してから2週間、背中の手術傷は治ってきた。が、体にリハビリ用コルセットを巻いているので、どうにも不自由だ。緩慢に動くしかない。しかし、世の中の流れは速い。2010年も最後の1カ月となった。ゼミも終盤だ。が、これからはじまる務めもある。
 12月1日(水)私が住む町の文化ホールで民生委員児童委員及び主任児童委員委嘱状伝達式があった。入院騒ぎで忘れていたが、私も推薦されている一人だった。とても人さまの相談にのれる体調、柄ではないが、引き受けたからには欠席するわけにはいかない。
そんなわけで会場に出向いた。60万都市だけに満席。28万世帯の町に704名の民生委員は適当か。厚生大臣細川律夫から委嘱状が伝達された。来週、引き継ぎと研修があり、いよいよ始動する。市長、来賓の話は、無縁社会、独居老人、虐待のことだった。帰り道、まったく知らない人から親しげに話しかけられた。体の大きな70歳くらいの人だった。?


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.158―――――――― 2 ―――――――――――――
車窓雑記        12・2中大教授刺殺事件に判決
      
教え子に懲役18年
 
12月2日、東京地裁で「中央大学教授(当時45)刺殺事件」の裁判員裁判があった。この裁判で裁判員は、被告(29)の「妄想性障害」を量刑にどう反映させるべきか、悩んだという。が、その残虐な計画的犯行から、裁判長は「執拗かつ残虐な方法で恩師の生命を奪った理不尽な犯行だ」と述べ、懲役18年(求刑20年)を言い渡した。
【事件推移概要】
 2009年、年あけて間もない1月14日朝、東京都文京区にある中央大後楽園キャンパス1号館4階の男子トイレ内に中年男性が血の海のなかに倒れていた。胸や背中などに、何十回も刺された刺し傷があった。被害男性は、既に息絶えていた。トイレに来た学生が第一発見者だった。遺体は、同階に研究室がある教授(45)だった。通報を受けた警察は、検視の結果、他殺と断定、捜査を開始した。
犯人は教え子
犯人はゼミの教え子だった。被告は2000年同大学入学。被害教授の研究室に入るも2003年10月以降、ほとんど顔を出さなくなった。教授は、「何とか単位を取らせて、卒業させてあげたい」と、周囲の学生たちには話していた。その甲斐あって2004年に同大学を卒業した。教授の紹介で就職もできた。学生時代の評価は、まじめでおとなしい性格。
しかし、生来の疑い深く頑固な性質から、職場に適応せず、退職を繰り返した。長くて1年、速くて三カ月。被告は、職場に定着できない要因を、自分のせいではなく、誰かのせいと思いはじめる。が、もともと他者との関係は、希薄。一番に親しかったのは、自分のことをなにかと心配し、いつも就職先を世話してくれた教授。こともあろうに被告は、社会になじめない原因は、すべてこの教授にあると思うようになる。憎しみは日ごとにつのり、一昨年の2008年5月、ついに殺意を決意するほどに高まった。それからの半年はアルバイトをしながら殺人計画を練った。凶器は刈り込みばさみを分解して作った刃物。
告訴状
  まったくの自分の思い込みから、親切に相談にのってくれた恩師を一方的に恨み、極めて残虐な方法で計画的に、何の落ち度もない恩師を死に至らしめたのは、被告の妄想性障害(医師の精神鑑定)の影響を考慮しても、その罪の重さは余りある。よって20年を求刑。
弁護・裁判員
 被告は、「妄想性障害」で心神耗弱状態にあった。周囲が被告の異変を察し、手を差し伸べていれば避けられてた事件かもしれない。
裁判長・主文
裁判長は、判決後「犯行に向けた周到な準備には、疑い深く頑固な被告の性格も表れている」このことから「精神疾患は刑を軽くする方向で十分に考慮されるべきだが、その程度は限定されるべきだ」被告には「自らの生涯に向き合って治療に努め、被害者のご冥福を祈ってください」と述べ懲役18年を言い渡した。
※2009年第一審をゼミで話し合った。なぜか全体的に犯人に同情的感想が多かった。教授の親切と学生の気持ちに乖離があった。甘えさせた教授にも責任があるというのだ。目下、就職氷河期だが、安易に就職を世話するということは難しい。
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 同じ日、2日、滋賀県大津地裁で「交際相手(28)殺人事件」の判決があった。こちらはタンクに落として窒息死させた残忍な犯行だが、計画性が認められないとして、被告(41)に懲役17年の判決がおりた。
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12・13合同発表会出し物について
清水ゼミ・山下ゼミ・下原ゼミ
― 心理観察作品から模擬裁判 ―
 毎年、一年の締めとして、12月最後のゼミは合同発表会に参加している。参加ゼミは、山下ゼミ、清水ゼミの皆さんです。発表ものは、山下ゼミは宮沢賢治の作品を中心に授業していることから、毎年、宮沢賢治の作品について発表しています。昨年は、スクリーンに絵を映しながら『夜鷹の星』の朗読でした。清水ゼミは、ドストエフスキー研究をすすめていることから、研究報告でした。今年は、手塚治虫のマンガ『罪と罰』から寸劇を計画しているとのことです。下原ゼミは、志賀直哉の短編作品をテキストに観察して書くことの習慣化を目指してきました。前期は、車内観察、後期は、一歩踏み込んで人間観察でした。
志賀直哉・心理観察作品テキスト『范の犯罪』
合同発表会では、心理観察作品『范の犯罪』の模擬裁判を行います。昨年5月、裁判員制度がスタートしました。当初の騒ぎは鎮静化しましたが、判決においてさまざまな問題点がでてきたようです。「裁判員、悩む」連日のように、新聞にそんな見出しがあります。この『范の犯罪』も、裁判員を悩ます事件裁判かも知れません。
下原ゼミでは、この模擬事件裁判を毎年とりあげています。が、演じるゼミ生と観客の反応は毎年微妙に違うようです。裁判慣れしてきた今年は、どんな法廷になるでしょうか。
というわけで前回、読みと配役を決めたのですが・・・・。
模擬裁判「ナイフ投げ奇術師美人妻殺害疑惑事件」配役に悩む
前回29日ゼミ、参加者が少なかったので配役に悩みました。最低5名の参加者が必要ですが、この日、みえたのは竹下君、越智さんの2名のみ。とりあえず、2名の配役はきまりました。今日6日、6名以上の参加者があったら、配役を分担してください。
これまでに決まった配役は以下の通りです。
□裁判長(司会進行&証人役)・・・・・・・・・・・・・・・・・・竹下晃誠 
□ナイフ投げ奇術師の范(被告)・・・・・・・・・・・・・・・・・越智美和
□座長(証人)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
□助手(証人)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
□口上(事件説明と裁判進行)・・・・・・・・・・・・・・・・・・
検察側、弁護側の陳述
□検察、公訴(厳しく「有罪」を追及)・・・・・・・・・・・・・・・・・・竹下晃誠
□弁護・弁論(徹頭徹尾「無罪」を主張)・・・・・・・・・・・・・・・・・越智美和
※ 裁判員を悩ます事件作品、森鴎外の『高瀬舟』、横光利一『機械』が思い浮かびます。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.158―――――――― 4 ―――――――――――――――
模擬裁判進行
12・13合同ゼミでの模擬裁判における所要時間と進行です。別冊の台本参照
【寸劇】    事件再現(2 ~5分)
1.幕開け 演芸場の呼び出し(ナイフ投げ奇術はじまりの知らせ)
2.ナイフ投げ奇術師の范登場。
3.奇術師ハンの美人妻登場。
4.范、得意げにナイフを見せて、紙を切る。8切りの紙吹雪。
5.美人妻、作り笑顔で挨拶。
6.美人妻と范、向き合う。
7.擬音(ナイフを投げる前と、ナイフが刺さったときの音)
8黒子(ナイフが刺さった板をみせる)
9.3本目のナイフが首に刺さる。
10.美人妻、前に倒れる。
11.范、うずくまって祈るような仕草。
12.(騒ぎ、119番、110番の連呼)、幕。
【模擬法廷】    裁判形式(20 ~ 25分)
1. 口上、事件推移報告
2. 事件、目撃証言
3. 裁判開始・口上 裁判長登場
4. 座長登場
5. 裁判長の訊問
6. 座長退場、助手登場
7. 裁判長訊問
8. 助手退場、休廷宣言(口上)
9. 被告・范登場
10. 裁判長の訊問
11. 被告退場
12. 検察陳述
13. 弁護
14. 裁判員(観客)へ「有罪」か「無罪」を挙手で尋ねる。
15. 「無罪」なら、その理由を。裁判員(観客)が答える。
16. 「有罪」なら、その理由と量刑は、裁判員(観客)が答える。
17. 裁判長の説論と主文、判決。
※ この模擬裁判は、あくまで文学作品上のことです。実際の法律面では、違う点もあるかと思います。そのへんはアバウトにします。
模擬裁判として他に『兒を盗む話』「尾道幼女誘拐監禁事件」『異邦人』「太陽が眩しくて殺人事件」などを予定していましたが、例年通りこの作品をとりあげました。
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12・6ゼミプログラム
12月6日のゼミは以下のようにすすめてください。
1.「通信」配布、出欠、連絡事項
  ゼミ誌刊行に向けての報告。         
2.配役決め(まだ決まってない役を決めてください)
3.テキスト読み再読 & 台本点検、直し、校正。役が読みやすいように
4.寸劇の稽古。ナイフ投げる(ナイフを投げる格好)
5.事件再現稽古(前頁参照)
・口上 = 私たちは、この一年、志賀直哉の観察作品をテキストにして、観察して書くと
     いうことを学んできました。今日は心理観察のテキストを寸劇で演じたいと思い
        ます。容疑者は、はたして無罪か有罪か。あるいは完全犯罪か。観客のみなさん
が裁判員です。
     
□開幕前 口上登場 中国式礼 ナイフ投げ奇術の宣伝
・口上 = 登場。ナイフ投げ芸宣伝「危険芸と百発百中を強調」
□開幕 奇術師妻、つづいて奇術師登場 中国式礼
・奇術師 = 紙を切って、ナイフの切れ味を観客にみせる。
・奇術師妻 = 笑顔で演台に歩む。
故意か過失か 完全犯罪か
□舞台 奇術師妻と奇術師、向き合う。
・奇術師妻 微笑みながら両手をひろげる。
・奇術師 ナイフをみせながら狙いを定める。
・擬音 ドドーン 止む 静寂
・奇術師 投げる ナイフ、女の頭上に突き刺さる。
・擬音 ブス! 黒子、妻は以後で突き刺さったナイフを頭上にかざす。
・擬音 拍手
・奇術師 再び狙いを定める。やめて、深呼吸。ふたたび狙う。
・擬音 ドドーン 止む 静
・奇術師 投げる 女の右肩上に刺さる。喝采。
・奇術師 再び狙いを定める。やめて、深呼吸。ふたたび狙う。
・擬音 ドドーン 止む 静
・奇術師 投げる 女の首に刺さる。
・奇術師妻 ゆっくりくずれるように倒れる。一瞬の静寂 悲鳴
・擬音 騒音 119番、119番 いや110番だの連呼。
6.模擬裁判稽古
裁判長 被告、証人、検事、弁護士
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.158 ―――――――― 6 ―――――――――――――――
入院観察
読書週間と手術入院
10月27日から読書週間がはじまった。ことしは、読めそうだと思った。というのも毎年、この時期、読書週間がはじまると、そんな勇んだ気持ちになる。だが、終わってみると、結局、最初の意気込みはどこえやら、日々の忙しさにかまけて何と一冊も読めなかった、ということがたびたびあった。今日、読書週間といえども、読書は難しいのである。
しかし、今年は違う。この期間、日常とは隔離した空間にいるのだ。病室という陰気な場所ではあるが、深刻ではない整形外科の病気。手術が成功すれば、後は、傷の回復を待つだけというお気楽さである。これで、本が読めないはずがない。が、なぜか皆「入院経験がないのか、じゃあ死ぬほど退屈しますよ」と、笑った。その意味するところは ?
手術終わって日が暮れて
手術日、9時、点滴を打ちながら寝たままの状態でオペ室に行く。朝一の手術なのだ。天井が妙に低く迫ってみえた。仰向けのまま視界に入るオペ室は、ドラマでみかけた風景。医師や看護師の気楽そうな会話。「麻酔打ちますよ」そんな声をどこかで聞いた。次に耳に入った声は「終わりましたよ。終わりましたよ」だった。だれかが覗きこんで話しかけている。が、意識は、ぼんやりしたままだ。浮いたり沈んだりしていてわからない。時間は少しも過ぎていない。そんな気がした。ところが、誰かがみせてくれた目覚まし時計の針は大小180度にひらいていた。12時半か…しかし、短針が下にあるようだ。ということは6時、いつの6時だ!?頭の中で必死に考えた結論は、夕方の6時ということだった。手術終わって気がついたら日が暮れていた。それがわかって愕然とした。
体は縛りつけられたように動かない。動けない。後で麻酔液のせいとわかったが、口の中は、水あめが入ったようにドロドロ、声がでない。まさか、このまま夜を過ごすのか。突然、わけのわからない恐怖が襲ってきた。地の底に引きずりこまれるような恐れをおぼえた。長く苦しい夜がはじまった。読書のことはこれきしも考えつかなかった。
入院生活
入院生活がはじまった。病院の一日は、午前6時からはじまる。この季節、外はまだ暗いが、たいていの日、早くに目が覚める。4時か5時頃である。それから夜明けを待った。まずは看護師の回診。血圧、排便・排尿報告、体温の記録、手術後の処置。7時にお茶の配給。8時、朝食。部屋掃除、医師の回診、看護師の見廻り。風呂かシャワー二日置き。11時にお茶配給。12時に昼食。看護師の見廻り。面会時間、3時リハビリ訓練。5時、お茶の配給。6時夕食、9時消灯。長い夜がはじまる。テレビは、なぜか見る気にならない。
読書はできたか
3週間の手術入院。折しも読書週間中であった。どれだけ本が読めたか。病院という場所というか環境がそうなのか、なかなか読めないものである。ただ退院日を数えながら漠然と時間を過ごしてしまったような気がする。なんとなく読んだものは・・・・。
永田浩三著『NHK、鉄の沈黙はだれのために』、ストリバー著『2012』、角田光代著『ツリーハウス』、なかにし礼著『戦場のニーナ』、宮部みゆき著『小暮写真館』半分。ソロー著『森の生活』半分まで。
―――――――――――――――――― 7 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.158
世界名作文学紹介
 前回のゼミでテキスト『灰色の月』を読んだ。このなかで餓死寸前の少年工の言葉「どうでも、かまわねえや」は、ヘミングウェイの『殺し屋』を思い浮かべます。
『殺し屋』アーネスト・ヘミングウェイ 訳・大久保康雄
ヘミングウェイは、デビュー作となった『日はまた昇る』や映画化でも人気がでた『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』など長編が有名だが、自身の少年、青春時代を描いた短編も忘れがたい。そのなかにあって『殺し屋』は、世界文学線上にあっても名作。まさに20世紀の短編小説を代表する作品です。無駄のない簡潔な文体は、現代文学の手本ともいえます。こんな文体を身につけたい・・・そんな思いで若い頃、原稿用紙にヘミングウェイの作品を繰り返し写し取ったことを懐かしく思い出します。訳者の大久保康雄は、あとがきで、この作品についてこのように紹介しています。
 『殺し屋』は、ヘミングウェイがつくりあげた小説技法の見本のような作品である。ヘミングウェイはここで、余分な描写や説明をいっさい払いのけて、設定された状況に読者を直接対面せしめるという彼独自のスタイルを、ほとんど純粋なかたちで示している。ヘミングウェイ・スタイルの裸形というべきものが、ここにはある。
 舞台がどこの町であり、登場人物がどんな性格をもっているのか、ここで提出される事件に到達されるまでにどのような過去があったのか、そういう説明は何ひとつなされていない。それでいて、描かれた場面の張りつめた緊張感が、異様なするどさで読むものの心に迫ってくるのである。
 文章の簡潔さということが果たしている大きな役割の一つは、いうまでもなく、描写や説明を極度にまで切りつめることによって、ある一つの特殊な状況を、そのまま普遍的な意味にまで高めていることである。この『殺し屋』にしても、もし登場人物の経歴や性格を示すために多くの説明がなされたとしたら、これらの人物は、普通の小説的意味では、それだけ具象的なリアリティを濃くするかもしれないが、この事件全体を、ただの特殊な一事件―たんなるギャングの内輪もめ程度のものとしてしまったであろう。こういう簡潔化は、しばしば日常的な事物に象徴的な意味を付与するものなのである。ヘミングウェイの新聞記者時代の先輩ライオネル・ロイーズが、この作品を評して、「対話と行動の最小限の描写だけの純粋な客観性の一例だ」と言っているが、まことにそのとおりといわなければならない。
 物語の筋は簡単である。ニックは小さな町の簡易食堂で働いている。ある夕方、二人の男がやってくる。二人は殺し屋で、だれかに頼まれて、この町に身をひそめているスウェーデン人の拳闘家アンドルソンを殺しにきたのだ。アンドルソンは、いつも六時にはこの食堂にきて食事をとる習慣なのだ。しかし、この日は六時になっても彼は姿を見せない。七時になった。それでもこない。二人の殺し屋はとうとうあきらめて帰ってゆ
く。二人が立ち去ると、ニックは、危険を知らせるためにアンドルソンが泊まっている下宿屋へ駆けつける。拳闘家は、服を着たまま部屋のベッドに横になっている。ニックが殺し屋の話をしても、ただ壁を見つめたまま黙っている。警察に知らせようかと言っても、いや、どうにもしょうがないんだ、と言って、そのまま壁を見ているだけだ。この壁は無力な絶望感を象徴しているものと思われる。押しても、叩いてもどうにもしょうがない壁だ。
ニックとアンドルソンとのあいだにかわされる平凡な会話も、社会の表裏を経験してきた人間の絶望と、社会に足を踏み入れたばかりの恐れを知らぬ若者の勇気を対比させることによって、二つの世代の相違を巧みに暗示しているのである。ニックは、ここでは
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.157 ―――――――― 8 ―――――――――――――――
じめて殺し屋たちの暴力の世界と拳闘家の絶望の世界に接触し、しだいに社会悪への目を開いてゆく。 新潮文庫『ヘミングウェイ短編集(一)』訳者「あとがき」より
この作品は1930年前後、ヘミングウェイ三十歳前後に書かれた。アメリカの三十年代といえば何か。禁酒法(1920-1933)でギャングが横行した時代である。映画『アンタッチャブル』にみる無法時代。ギャングに狙われたら、もうどうしょうもない。警察など当てにならない。この作品から若きヘミングウェイの怒りが伝わってくる。
 ギャング達は新移民と呼ばれる人達の子供達が多かったそうです。その代表的なのがイタリアからの移民の子のアル・カポネです。彼の残した言葉としてこんなのがあります。
 『私は市民が望むものを供給することで、金を稼いだだけだ。もし、私が法律を破っているというのなら、顧客である多くの善良なシカゴ市民も、私と同様に有罪だ。』 HP
作者ヘミングウェイについて
1899年7月21日に生まれ
1961年7月2日に亡くなっている。ライフル自殺。
『老人と海』『キリマンジェロの雪』『フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯』
『河を渡って林の中へ』『持つものと持たざる者』など多数。
 20世紀文学は『失われた時を求めて』のプルーストとヘミングウェイからはじまったとも言われている。
ゼミ雑誌刊行予定
1. 印刷会社入稿
2. レイアウトなど印刷会社と相談しながらゼミ作成。
3. 12月 → 14日までにゼミ誌提出、③「請求書」提出
 校正では協力し合って2年ゼミの記念になるものをつくりましょう。
お知らせ
           
■ 12月25日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会第242回読書会『貧しき人々』
池袋西口・東京芸術劇場小会議室7 1000円(学生半額、下原ゼミ生0円)
※ 詳細並びに興味ある人は「下原ゼミ通信」編集室まで
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編集室便り
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆評価は、以下を基本とします。
出席日数 + 課題提出 + α + ゼミ誌原稿 = 100~60点(S,A,B,C)
課題提出は、まだ受付けます。書くことの日常化の為にも、どんどん書いて提出ください。
☆課題提出は、執筆力もあがり点数もよくなる。まさに一挙両得です。
課題は、「車内観察」「自分の一日観察」「社会観察」など。

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