文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.164

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2011年(平成23年)5月9日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.164
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
4/18 4/25 5/9 5/16 5/23 5/30 6/6 6/13 6/20 6/27 7/4 7/25
  
2011年、読書と創作の旅
5・9下原ゼミ
5月9日(月)の下原ゼミガイダンスは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1. 2011年読書と創作の旅 通信164配布 出欠 課題提出 
2. 4・25ゼミ報告 ゼミ誌編集委員・班長紹介など 司会進行指名
 
 3. 表現・朗読稽古(10枚までを口演してみる)
4.  テキスト読み・名作『菜の花と小娘』読みと感想 
    
3・11東日本大震災並びに福島原発事故で被災された皆さま方に心よりお見舞いい申し上げると共に被災地の一日も早い復旧と復興をお祈り申し上げます。
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2011年読書と創作の旅 4・25報告
出席者11名で旅立ち 登録者は12名(4月25日現在)
2011年読書と創作の旅の旅立ちは11名だった。(登録は12名)この日は、1名の欠席があったが、希望カードや自己紹介から、大いに期待されそうである。
初日、司会進行は、椎橋萌美さん
 旅立ち初日の司会進行は、椎橋萌美さんにお願いした。今年一年を占うのは初日のできにかかっている。大役だが、明朗快活な性格から、皆をまとめた。幸先よさそうです。
ゼミ誌正副編集長・班長決め順調に
参加者全員の自己紹介の後、毎年の難門、ゼミ誌編集者決めに入った。が、くじ、ジャンケンにいくことなく自薦者で決まった。案ずるより産むがやすし。
下原ゼミ班長  → 會澤 佑果さん   ゼミ合宿申請、連絡など
ゼミ誌編集長  → 武田 結香子さん  ゼミ雑誌制作説明と編集
ゼミ誌副編集長 → 藤塚 玲奈さん   ゼミ雑誌制作説明と編集
ゼミ誌内容への希望 → 課題作品の「車内観察」「自分の一日」を掲載
(提出が遅れる、やっつけ仕事などが多く、完成度が希薄のための理由から)


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.164―――――――― 2 ―――――――――――――
時事評・日本国憲法と第九条の改正是非について
初日は、お互いをよく知る目的で、時事評とした。議題は、日本国憲法改正と「第九条」の是非・賛否について。難しい議題だったが、司会進行の椎橋萌美さんは、臨機応変にすすめた。発言から各人の思考、性格を少しは知ることができた。 
11名参加者の第九条に対する考えと意見は下記の通りでした。(編集室)
○変える必要がある → 5名
 理由 1.「古いから」時代に添わない
    2.「価値観が違う」
    3.「自衛隊では変」どうみても軍隊
    4.「読みづらい」前文も含めて
○変える必要がない → 6名
 理由 1.「戦争を防ぐのに役立っている」日本は65年間、戦争がなかった。
    2.「戦争放棄は定着している」から
    3.「幸福追求はししこと」理想論は必要。
    4.「改正は時間がかかる。いまの時代にはその時間はない」
    5.「第九条は、日本人にとって大切」
    6.「改正したところで、世界はどう変わるか」時間がもったいない。
☆ 多数決で判断すれば、6対5の僅差で改正に反対でした。
講評 憲法改正問題は、一票の格差是正など様々ありますが、そのなかで第九条は日本にとって最大の課題です。世界からも注目されています。それだけに難しい議題でした。11名の評議でしたが、皆、それぞれ違った意見がでていてよかったと思います。大学2年生ということで今年から選挙権を得た人も多いと思います。憲法問題は、候補者選択基準の一つになります。
因みに、2010年4月17,8日の調査結果(2011・5・3朝日新聞)
○変える方がよい   → 30%(九条) 54%(憲法)
    理由 → 「自分たちの手で新しい憲法をつくりたいから」「九条に問題があるから」「新
しい権利や制度を盛り込むべきだ」
○変えない方がよい  → 59%(九条) 29%(憲法)
  理由 → 「国民に定着し、改正するほどの問題点はないから」「九条が変えられる恐
れがあるから」「自由と権利の保障に役立っているから」
新聞 2011年5月3日 火曜日、朝日新聞・世論調査
9条改正反対は59%   「改憲必要」は54%
3日の憲法記念日に合わせて朝日新聞社が実施した全国世論調査(電話)によると、憲法九条を「変えない方がよい」が59%で、「変える方がよい」は30%だった。昨年の調査の改正反対67%、賛成24%に比べるとやや差が縮んだ。
調査は、4月23日、24日の両日に実施した。
改憲必要あり54%のうち → 九条の改正必要は45% 必要なしは46%と並んでいる。
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日本国憲法とH・G・ウェルズ(2011)
 ハーバート・ジョージ・ウェルズ(1866-1946)少しでもSFに関心がある人なら、このイギリス人作家を知らぬ人はいないだろう。たとえ彼の本を読んでいなくても『タイム・マシーン』『宇宙戦争』『モロー博士の島』『透明人間』などのタイトルは聞いたことがあるに違いない。いくつもの作品が映画化されている。リメイクされた『宇宙戦争』には、人気俳優トム・クルーズが出演してヒットした。同じくリメイクされた『タイムマシーン』は、作家の曾孫が監督したことで話題になった。もっとも作品の出来自体は二番煎じの常で最初の作品に及ぶものではなかった。『猿の惑星』はじめ『12人怒れる男』ロシア版など見せ場は特撮だけという悲しさ。リメイク版は邦画も同様である。(織田の『椿三十郎』しかり、たけしの『座頭市』しかり、古くは中井の『ビルマの竪琴』もしかりだった)。
 話が脱線した。日本国憲法とSF作家H・G・ウェルズ。両者の関係は、日本においてはあまりというかほとんど知られていない。嘉納治五郎の青年修養訓「精読と多読」にある「多方面に眼を向けよ」が、まったく成されていない証拠といえる。
もっとも、平和憲法と古典的SF作家では、無理からぬことである。両者のどこに結びつきがあるのか。関係性があるのか。もう一度、日本国憲法第九条を読んでもらいたい。
現憲法の第二章【戦争の放棄】
 第九条 ① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、武力によ
       る威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを
       放棄する。
     ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国
       の交戦権は、これを認めない。
正義と秩序を守るために、国際紛争を解決するために、決して武力は使わない。自分も武器をもたない。兵隊をつくらない。世界各地、銃声と差別と憎悪がやむことのない今日。独裁者やテロリストが続出する時代にあって、なんと夢のようなSF的憲法か。しかし、ここには、人類500万年の理想がある。トーマス・モア(1478-1535)は理想社会『ユートピア』(1516)を書いたが、九条もまた、あまりに空想的である。が、それ故にウェルズの『解放された世界』を思い浮かべるのである。
『解放された世界』とは何か
 「それは今日の状況に適応していないあらゆる伝統から解放された世界。とりわけ戦争と国家という伝統から――原子爆弾の恐怖によって――解放された世界である。」(本書あとがき「ウェルズと日本国憲法」)さすがに自然災害による放射能不安までは・・・。
作家は、『世界最終戦争』を書いて第二次世界大戦を予言した。その前に『解放された世界』(1914刊)を書いた。が、第一次世界大戦は勃発した。ショックを受けた作家は、原子爆弾ができないうちに、戦争を根絶しようと活動をはじめる。日本憲法の原点といわれる「人権宣言」など新世界秩序づくりに腐心したことは日本では知られていない。
※ウェルズと日本国憲法「人権宣言」は、次回、紹介。『解放された世界』岩波文庫
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課題提出 テーマ自分の一日観察「あの日あの時」→ 提出0(4・25現在) 
4月18日に配布した課題・一日観察「あの日あの時」(3・11)の提出ください。
どんどん書いて、目的である書くことの日常化、習慣化を目指しましょう!!
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.164―――――――― 4 ――――――――――――――
受講者紹介(自己紹介)
 4月25日までに、ゼミ希望カードを提出した皆さんです。
椎橋 萌美(しいばしもえみ)さん
希望した理由 → なんとなく気に入りました。
自己PR   → マジック研究会 とにかく頑張ります。
□ 第一印象は、芳しくない方ですが、よかったです。期待に努力したいものです。
大野 純弥(おおのじゅんや)さん
希望した理由 → 志賀直哉をテキストにする授業とのことだから。
自己PR   → 月曜日は、このゼミ一本でいきます。
□ 志賀直哉は、なぜ小説の神様と言われるのか。一緒に考えてみましょう。
會澤 佑果(あいざわゆか)さん
希望した理由 → 読むこと、書くことの習慣化に惹かれたから。車内・一日観察にも興味。
自己PR   → 人間観察が好きです。少しでも定期的に書いていきたい。
□ この一年で読むことと書くことを、しっかり身につけましょう。
藤塚 玲奈(ふじつかれいな)さん
希望した理由 → 名作読みと観察して書くということに親しみをもった。
自己PR   → 「考える」を信念にしている。一念一念の積み重ねが自分をつくる。
□ 日本人は、これまで考えなさ過ぎた。原発事故は、そんな思いにさせられます。
花井 三記(はないみき)さん
希望した理由 → 短編を書きたいから。音読することに意義を感じた。
自己PR   → 車内観察は、得意。速記ではないが、一つ一つの言葉を大切にしている。
□ この一年、好奇心、観察、描写でたくさん習作してましょう。
春日 菜花(かすがなな)さん
希望した理由 → 読むこと、書くことの習慣化・日常化を身につけたいから。
自己PR   → 観察したこと、体験したことを書くのが好き。日常のなかの非日常も。
□ テキストの志賀作品は事実と想像から成っています。学び取ってください。
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藤原 侑貴(ふじわらゆうき)さん
希望した理由 → 正直に言えば、第一目標のゼミに入れなかったからです。
自己PR   → 色川武大と安岡章太郎が好きです。
□ 旅は、いろいろあったほうが楽しいですね。人生もまた――。
武田 結香子(たけだゆかこ)さん
希望した理由 → 将来、言葉を伝える仕事につきたいから。
自己PR   → アンデルセン『絵のない絵本』、趣味は、舞台観賞や朗読です。
□ 文芸という土地の肥料は、趣味や興味です。なんでも挑戦してみてください。
中村 俊介(なかむらしゅんすけ)さん
希望した理由 → 一年ゼミのとき薦められて。名作読みを創作活動に役立てたいから。
自己PR   → 今年こそは、と意気込んでいます。
□ 自分や回りを観察しながら楽しいゼミにしましょう。
三矢 日菜(みつやひな)さん
希望した理由  → 車内観察が楽しそうで。志賀直哉の作品を理解したいから。
自己PR    → 今年の目標は、審美眼を養うことです。
□ 書くことの習慣化ができれば、しぜんと自分の文体ができてくると思います。
柳瀬 美里(やなせみさと)さん
希望した理由  → 車内観察を書くということに興味あって。
自己PR    → どんな作品でも途中放棄しない自信があります。
□ 頼もしい限りですね。安心しました。
杉山 知紗(すぎやまちさ)さん
希望した理由 → 観察を基本におくこのゼミで創作をより深化させたいから。
自己PR   → 中学生のころから小説を書いています。
□ どんどん発表して合評してもらいましょう。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・164―――――――― 6――――――――――――――――
5・9ゼミプログラム
1.「通信164」配布、4・25ゼミ報告 ゼミ誌について(7頁)
合宿について  有  ・ 無
有の場合       月    日(土)~    日(日)
2 司会進行決め。本日は「      さん」にお願いします。.
3. 2011年 5・9時事評「原発は必要か否か」
  
  目下、福島原発事故は、日本のみか世界においても大きな不安となっている。人類は,原子力という悪魔を使いこなせるのか。日本は電力を原発に頼るべきか否か。
 頼るべきである。 →    名  理由 →
 
 頼らない     →    名  理由 →
新聞「原発賛成」世界で49%に減る 福島事故後に3.4万人調査 2011・4・21朝日
 福島第一原発事故を受け、世論調査機関が世界47カ国・地域で調べた結果、原発賛成が震災前の57%から49%に減る一方で、原発反対は32%から43%に増えた。
 各国の世論調査機関が加盟する「WIN-ギャラップ・インターナショナル」(本部スイス・チューリヒ)が3月21日から4月10日までアジアや欧州、北南米、アフリカなどの3万4千人以上を対象に調べた。81%が福島での放射能漏れについて聞いたことがあると回答した。原発がある国だと、日本では原発反対が28%から47%に増え、原発賛成は62%から39%激減。カナダやオランダなどとともに反対と賛成が逆転した。中国やロシアは原発賛成が多数派だが、いずれも賛成が10%以上減った。震災前にすでに原発反対が賛成を上回っていたベルギーやドイツ、スイス、ブラジルでは、その差がさらに広がった。
(ジュネーブ=前川)
4 表現・朗読稽古 紙芝居10場面ほど何回か口演。
ポイント ① いかに皆の興味を集めるか。
     ② いかに口演するか、声で演ずる。
     ③ 場面から場面の間合いを考える。
『少年王者』とは何か
 この物語は、アフリカがまだ暗黒大陸といわれていた時代のお話。その頃、ケニヤは英国が、カメルーンはフランスが、コンゴはベルギーが植民地にしていた。しかし、奥地は人跡未踏で謎につつまれていた。その魔境で日本の少年が活躍する。
 『少年王者』第一集「おいたち編」が出版されたのは1947年(昭和22年)戦後すぐである。敗戦で打ちのめされた日本。そんななかで子供たちにとって、真吾少年の活躍は、胸のすく物語だった。たちまちに大ベストセラーとなった。
 
山川惣治 – 絵物語作家。福島県出身。 (1908年2月28日~1992年12月17日)
■代表作 『少年王者』『 少年ケニヤ』『 荒野の少年』がある。
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ゼミ雑誌作成について
ゼミ誌は、ゼミ一年間の成果の証です。全員で協力して完成させましょう。テーマは、志賀直哉の観察作品をテキストにします。た車内観察作品とします。前期課題作品です。提出しながら完成度を高めてください。
ゼミ雑誌編集長 → 武田 結香子さん  
ゼミ誌副編集長 → 藤塚 玲奈さん  
      ゼミ誌編集委員 → 他ゼミ員全員
ゼミ雑誌作成計画
Ⅰ.申請方法  6月上旬 ゼミ雑誌作成ガイダンス 必ず出席してください。
  
  ゼミ雑誌作成の説明を受け、申請書類を受け取って期限までに必ず提出する。
Ⅱ.発行手順 ゼミ雑誌の納付日は、2011年12月15日です。厳守のこと。
  以下① ~ ③の書類を作業に添って提出すること。
【① ゼミ雑誌発行申請書】【②見積書】【③請求書】
1.【①ゼミ雑誌発行申請書】所沢/出版編集室に期限までに提出
2. ゼミで話し合いながら、雑誌の装丁を決めていく。
3. 9月末、ゼミ誌原稿締め切り。
4. 印刷会社を決める。レイアウトや装丁は、相談しながらすすめる。
5.【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
6. 11月半ばまでに印刷会社に入稿。(芸祭があるので遅れないこと)
7. 雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。
8. 印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。
注意 : なるべくゼミ誌印刷経験のある会社に依頼。(文芸スタッフに問い合わせ)
     はじめての会社は、必ず学科スタッフに相談すること。
ゼミ誌原稿内容について
 ゼミ誌掲載の作品は、原稿は、授業課題の車内観察・自分観察作品から、時代を走ってい
く時空電車の車内観察
明治 → 昭和 → 平成、そして未来に向かって走る電車の車内観察。
テキスト=夏目漱石作品・A『三四郎』、志賀直哉・B『鳥取』C『出来事』D『正義派』E『網走まで』F『『灰色の月』J『夫婦』 『菜の花』の感想。
『 』は、課題・車内観察 
熊本 → 『A』『B』『課題』 →  東京 『C』『D』・上野『E』『課題』 → 
宇都宮 → 『課題』 青森・連絡船 → 『課題』 → 『課題』・北見・網走『課題』
→ 山の手電車 『F』 → 横須賀『J』 → 未来・『課題』
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・164―――――――― 6――――――――――――――――
自分の一日観察 課題1「3・11」
10秒の永遠
編集室
 3月11日、晴れ。先月末から10日近く都合で、家内の郷里、山口県に行っていた。一昨日、帰ったが、冷蔵庫は空っぽ。昼過ぎ、ぽかぽか陽気に誘われて、私鉄一駅向こうにある大型スーパーに買い物に出た。家内と、さっそくに預かった一歳五カ月の孫の三人だった。午後2時46分の少し前、私たちは、ベビーカーを押して、2階の連絡通路をエレベーターに向かっていた。地下で食品を買ったあと、近くの赤ん坊の専門店で、離乳食と粉ミルクを仕入れた。時間かかったが、必要なものは全部買った。それでほっとして遅い昼を、食べに行くところだった。エレベーターは2階からB1に行くものだった。金曜日なのに、店内は賑わいでいた。学生の姿も多い。学校は半日か。2階エレベーターの前には、誰も待っていなかった。ちょうどドアが開いた。幸いとばかりにベビーカーを押しこんで飛び乗った。
 と、つぎの瞬間、エレベーターが大きく揺れた。突風かと思った。
「地震よ!」家内が叫んだ。
地震・・・ここから出なければ。一瞬、迷った。その間にドアが閉まった。エレベーターは、音をたて激しく左右に揺れながら下降しはじめた。このときになって、しまった、と思った。瞬間的に開くボタンを押して脱出すればよかったと悔いた。が、もう遅い。エレベーターはガタガタ音をたてて揺れ動いている。これまで体験したことがない大きな地震。そんな気がした。閉じ込められるかも。不安と恐怖がよぎった。長時間開かなかったらミルクはどうする。そんな心配が頭のなかをめぐった。頼む!早く着いてくれ、ひたすら祈った。長い長い時間だった。時間にすれば10秒もなかった。が、永遠につづきそうな瞬間だった。
無事、1階に着いてドアが開いた。ほっとする間もなかった。見あげると天井が音をたてて揺れ動いていた。目の前では酒店の店員たちが、呆然とつ立っていた。まだ割れたものはなかったが。あまりの激しい揺れに成すすべもないようだ。買い物客たちは、いっせいに出口に殺到していた。私と家内も、はっとして、ベビーカーを押しながら駆け足で外に出た。
大地が大きく揺れていた。大勢の人たちが広場に座り込んでいた。3月はじめの空は、あくまでも青く穏やかだったが、それがまた不気味に思えた。
 
新聞観察  正義とは何か  ルーマニアの独裁者復活の記事に想う
 3日、朝日新聞夕刊で、9・11テロの首謀者オサマ・ビンラディン容疑者が殺害されたことを知った。最初に思ったのは、ほっとしたことだった。他国での暗殺は、非難されるだろうが、他に策はないと思う。米国は30年前、同じような作戦をイランでやったが、砂漠の嵐にまきこまれて突撃隊全員(8名)が死んだ。こんどは慎重に慎重を期したのだろう。生け捕らなかったことも批難されているようだが、殺害は正解だろう。イラクのフセインは拘束したことで、いまの泥沼化を招いてしまった。発見したとき殺害しておけば、混乱は少なかったかも。いずれも民主的とはいえないが、結果はよかった。正義はむずかしい。
 例外もある。1989年12月東欧のルーマニアで反政府デモが全土にひろがり、独裁者のチャウシェスク大統領は捕えられ軍事裁判の末にエレナ夫人と銃殺された。その様子はテレビニュースで全世界に流れた。公開処刑を非難する人もいたが、結局のところルーマニアは内戦にならず民主化した。独裁者に代わった新政権は、うまくゆかなかった。
「自伝映画ヒット・憧れる若者 深刻な経済不振にあえぐルーマニアで、かっての独裁者、チャウシェスク元大統領に再び光が当たっている。(新聞)」としている。
 日本でも同じような現象がある。終戦直後、志賀直哉は、戦争を起こした責任者として東條英機を名指して、いまこの名を刻まなければ、100年後、必ずや英雄として復活するに違いない、と書いた。当時、物笑いのタネになったといわれる。が、現在、東條を立派な軍人と奉る人も少なくない。現に祀られている。『育児日記』なるものも出た。
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5. 志賀直哉について&処女作「菜の花と小娘」読みと書き(加筆5/9)
 ※志賀直哉1883年(明治16年)2月20日~1971年(昭和46年)10月21日没88歳
志賀直哉について
土壌館・編集室
 
 小説の神様といわれる志賀直哉の作品といえば唯一の長編『暗夜行路』をはじめ『和解』『灰色の月』『城の崎にて』といった名作が思い浮ぶ。浮かばない人でも『小僧の神様』『清兵衛と瓢箪』『菜の花と小娘』と聞けば、学生時代をなつかしく思い出すに違いない。
もっとも最近は、そうでもないようだが・・・、これらの作品はかつて教科書の定番であった。また、物語好きな人なら『范の犯罪』や『赤西蠣太』は忘れられぬ一品である。他にも『正義派』『兒を盗む話』など珠玉の短編がある。いずれも日本文学を代表する作品群である。こうしたなかで、処女作三部作といわれる三作品は一見、創作作品とも思えぬ小品である。唯一『菜の花と小娘』は創作らしい内容だが、他の二作『網走まで』『或る朝』は、なんの変哲もない、とても小説とは思えない作品である。が、これら三作には、志賀文学の基盤がある。素がある。そのように思えるのである。
 かつて川端康成は、志賀直哉を「文学の源泉」と評した。その意味について正直、若いとき私はよくわからなかった。ただ漠然と、文学を極めた川端康成がそう言うから、そうなのだろう・・・ぐらいの安易な理解度だった。しかし、五十を過ぎてあらためて志賀文学を読みすすめるなかで、その意味することがなんとなくわかってきたような気がする。
 そうして、川端康成が評した文学の「源泉」とは、処女作『網走まで』『菜の花と小娘』『或る朝』の三部作にある。そのように確信した次第である。
 そして、この三作品を読解できなければ、志賀直哉の文学を理解できない。三部作が評価できなければ、文学というものを畢竟、わかることができない。とんでもない思い違いをしているかも知れない。が、そのように読み解いたのである。
 この2011年の旅のなかで、それ何かがわかれば文学開眼の成果あり。もし不明であっても人生の宿題としてもらえれば幸いです。
読む前に(処女作三部作)
 ノーベル文学賞作家の川端康成に「文学の源泉」と評された志賀直哉だが、その志賀作品の源泉は処女作三部作にあると前述した。つまるところ三部作は、源泉中の源泉というわけである。土壌館では、そう読み解いた。が、はたしてほんとうにそうなのか。2011年ゼミはじまりの課題としては、いきなり大きな問題だが、この謎解きを目標としたい。
 処女作三部作は、上記の『菜の花と小娘』、『或る朝』、『網走まで』である。これらの作品は明治37年(1904)から明治41年(1908)ころに書かれた。志賀直哉21歳から25歳のときである。本ゼミ「2011年、読書と創作の旅」は、これらの作品を観察作品と定義し、そのように解釈して、これらの作品を手本にすることにします。
これらの作品は、一見、何の変哲もない一風景、一エッセイに過ぎないが、よくみると、時代や作者の心情が織り込まれている。それとなく描かれている。ゼミでは、各人も観察作品を書いて発表しあっていきます。『網走まで』を車内・人間観察。『菜の花と小娘』を生き物観。『或る朝』を普通の一日の観察としてテキストとします。
 『網走まで』   → 車内観察の手本に
 『菜の花と小娘』 → 車内観察と生き物観察の見本 観察を物語ふうにする
 『或る朝』    → 普通の一日を記録の手本に
では、読むことの習慣化のスタートとして、『菜の花』を読んでみましょう
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・164―――――――― 10――――――――――――――――
名作読み 4月25日は、時間の都合で読むことができなかったので再掲載します。
たった数枚の物語のなかに風景と心情と創作を織り交ぜた生き物観察作品です。朗読が終わったら、書くことの習慣として簡単な感想も書いてみましょう。(10分程度)
菜の花と小娘
志賀直哉
 或る晴れた静かな春の日の午後でした。一人の小娘が山で枯れ枝を拾っていました。
 やがて、夕日が新緑の薄い木の葉を透かして赤々と見られる頃になると、小娘は集めた小枝を小さい草原に持ち出して、そこで自分の背負ってきた荒い目籠に詰めはじめました。
 ふと、小娘は誰かに自分が呼ばれたような気がしました。
「ええ?」小娘は思わずそう言って、立ってそのへんを見回しましたが、そこには誰の姿も見えませんでした。
「私を呼ぶのは誰?」小娘はもう一度大きい声でこう言ってみましたが、矢張り答えるものはありませんでした。
 小娘は二三度そんな気がして、初めて気がつくと、それは雑草の中からただ一本わずかに首を出している小さな菜の花でした。
 小娘は頭にかぶっていた手ぬぐいで、顔の汗を拭きながら、
「お前、こんなところで、よくさびしくないのね」と言いました。
「さびしいわ」と菜の花は親しげに答えました。
「そんならならなぜ来たのさ」小娘は叱りでもするような調子で言いました。菜の花は、
「ひばりの胸毛に着いてきた種がここでこぼれたのよ。困るわ」と悲しげに答えました。そして、どうか私をお仲間の多い麓の村へ連れていってくださいと頼みました。
 小娘は可哀そうに思いました。小娘は菜の花の願いをかなえてやろうと考えました。そして静かにそれを根から抜いてやりました。そしてそれを手に持って、山路を村の方へと下って行きました。
 路にそって清い小さな流れが、水音をたてて流れていました。しばらくすると、
「あなたの手は随分、ほてるのね」と菜の花は言いました。「あつい手で持たれると、首がだるくなって仕方がないわ、まっすぐにしていられなくなるわ」と言って、うなだれた首を小娘の歩調に合せ、力なく振っていました。小娘は、ちょっと当惑しました。
 しかし小娘には図らず、いい考えが浮かびました。小娘は身軽く道端にしゃがんで、黙って菜の花の根を流れへ浸してやりました。
「まあ!」菜の花は生き返ったような元気な声を出して小娘を見上げました。すると、小娘は宣告するように、
「このまま流れて行くのよ」と言いました。
菜の花は不安そうに首を振りました。そして、
「先に流れてしまうと恐いわ」と言いました。
「心配しなくてもいいのよ」そう言いながら、早くも小娘は流れの表面で、持っていた菜の花を離してしまいました。菜の花は、
「恐いは、恐いわ」と流れの水にさらわれながら見る見る小娘から遠くなるのを恐ろしそうに叫びました。が、小娘は黙って両手を後へ回し、背で跳ねる目カゴをえながら、駆けてきます。
 菜の花は安心しました。そして、さもうれしそうに水面から小娘を見上げて、何かと話かけるのでした。
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.164
 どこからともなく気軽なきいろ蝶が飛んできました。そして、うるさく菜の花の上をついて飛んできました。菜の花はそれも大変うれしがりました。しかしきいろ蝶は、せっかちで、
移り気でしたから、いつかまたどこかえ飛んでいってしまいました。
 菜の花は小娘の鼻の頭にポツポツと玉のような汗が浮かび出しているのに気がつきました。
「今度はあなたが苦しいわ」と菜の花は心配そうに言いました。が、小娘はかえって不愛想に、
「心配しなくてもいいのよ」と答えました。
 菜の花は、叱られたのかと思って、黙ってしまいました。
 間もなく小娘は菜の花の悲鳴に驚かされました。菜の花は流れに波打っている髪の毛のような水草に根をからまれて、さも苦しげに首をふっていました。
「まあ、少しそうしてお休み」小娘は息をはずませながら、そう言って傍らの石に腰をおろしました。
「こんなものに足をからまれて休むのは、気持が悪いわ」菜の花は尚しきりにイヤイヤをしていました。
「それで、いいのよ」小娘は言いました。
「いやなの。休むのはいいけど、こうしているのは気持が悪いの、どうか一寸あげてください。どうか」と菜の花は頼みましたが、小娘は、
「いいのよ」と笑って取り合いません。
が、そのうち水のいきおいで菜の花の根は自然に水草から、すり抜けて行きました。小娘も急いで立ち上がると、それを追って駆け出しました。
 少しきたところで、
「やはりあなたが苦しいわ」と菜の花はこわごわ言いました。
「何でもないのよ」と小娘はやさしく答えて、そうして、菜の花に気をもませまいと、わざと菜の花より二三間先を駆けて行くことにしました。
 麓の村が見えてきました。小娘は、
「もうすぐよ」と声をかけました。
「そう」と、後ろで菜の花が答えました。
 しばらく話は絶えました。ただ流れの音にまじって、バタバタ、バタバタ、と小娘の草履で走る足音が聞こえていました。
 チャポーンという水音が小娘の足元でしました。菜の花は死にそうな悲鳴をあげました。小娘は驚いて立ち止まりました。見ると菜の花は、花も葉も色がさめたようになって、
「早く速く」と延びあがっています。小娘は急いで引き上げてやりました。
「どうしたのよ」小娘はその胸に菜の花を抱くようにして、後の流れを見回しました。
「あなたの足元から何か飛び込んだの」と菜の花は動悸がするので、言葉をきりました。
「いぼ蛙なのよ。一度もぐって不意に私の顔の前に浮かび上がったのよ。口の尖った意地の悪そうな、あの河童のような顔に、もう少しで、私は頬っぺたをぶつけるところでしたわ」と言いました。
 小娘は大きな声をして笑いました。
「笑い事じゃあ、ないわ」と菜の花はうらめしそうに言いました。「でも、私が思わず大きな声をしたら、今度は蛙の方でびっくりして、あわててもぐってしまいましたわ」こう言って菜の花も笑いました。間もなく村へ着きました。
 小娘は早速自分の家の菜畑に一緒にそれを植えてやりました。
 そこは山の雑草の中とはちがって土がよく肥えておりました。菜の花はドンドン延びました。そうして、今は多勢の仲間と仕合せに暮す身となりました。
                                 おわり
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・164―――――――― 12――――――――――――――――
掲示板
課題1「自分観察・普通の一日」の提出状況 → 0(4月25現在)
4月25日ゼミ 希望カード12  出席者11名
2011年読書と創作の旅の役割
☆ 下原ゼミ班長  → 會澤 佑果さん
☆ ゼミ誌編集長  → 武田 結香子さん 
☆ ゼミ誌副編集長 → 藤塚 玲奈さん 
※ 皆で協力して、この旅を有意義なものにしましょう。すべては自分のより成長のためです。自他共栄(自分と皆がよくなる)精神で。
お知らせ
■ 5月9日 テレビ東京PM10:00放映「鈴木先生」
原作・武富健治(読書会会員)
         
■ 6月25日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会第245回読書会
作品『分プロハルチン氏』池袋西口・勤労福祉会館 第7会議室 (下原ゼミ生0円)
※ 詳細並びに興味ある人は「下原ゼミ通信」編集室まで
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編集室便り
  
住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆ゼミ評価は、以下を基本とします。
出席日数 + 課題提出 +  ゼミ誌原稿 = 100~60点(S,A,B,C)
☆課題提出は、執筆力もあがり点数もよくなる。まさに一挙両得です。
課題は、「車内観察」「自分の一日観察」「社会観察」など。

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