文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.167

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2011年(平成23年)5月30日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.167
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
4/18 4/25 5/9 5/16 5/23 5/30 6/6 6/13 6/20 6/27 7/4 7/25
  
2011年、読書と創作の旅
5・30下原ゼミ
5月30日(月)の下原ゼミガイダンスは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1. 2011年読書と創作の旅 通信167配布 出欠 課題提出 
2. 5・23ゼミ報告&ゼミ誌ガイダンス報告、提出課題合評
 
3. テキスト読み『正義派』車内観察比較漱石の『三四郎』読み
4. 世界・名作読み(時間あれば)
    
3・11東日本大震災並びに福島原発事故で被災された皆さま方に心よりお見舞いい申し上げると共に被災地の一日も早い復旧と復興をお祈り申し上げます。
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2011年読書と創作の旅 5・23ゼミ報告
五月病快復ならず・・・か
出席者5名、欠席者8名 (登録者は13名)
5・23ゼミ、この日の参加者は、5名。五月に入ってから半数以上の欠席者がつづく。やはり五月病現象か。それとも大震災の影響か。いまは一人一人の快復を祈るばかりである。それでもゼミ進行は、順調。テキスト読みは2作目の車内観察作品に入った。
司会進行は、杉山知紗さんに 原発時事評と人生相談
この日の司会進行は、杉山知紗さんにお願いした。出席者提出の時事評「原発事故に想う」の合評と人生相談「私のアドバイス」の議論をすすめた。
 【原発事故問題】については、「時事評が、まだよくわからないので」といった意見や「はじめて社会の出来事を肌で感じた」「まだ他人事のように思うときもある」
【人生相談】料理人になりたいので大学を中退したい。という息子を心配する母親へのアドバイスは。「自己責任」「やらせてみては」なで、中退をすすめる意見が多かった。「もう一度よく話し合って」の考えにまとまる。
テキスト『出来事』を読む
 2作目の車内観察作品は、テキスト『出来事』。電車に轢かれそうになった子供が運転手の機転で助かった。そのことで暑い午後のぐったりしていた車内が明るくなる。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.167―――――――― 2 ―――――――――――――
5・30ゼミプログラム
1. ゼミ開始 「通信165」配布  出欠 全員参加のときは撮影 連絡事項 
       5・16ゼミ報告 その他
2 司会進行決め。本日は「      さん」にお願いします。.
司会進行係の人は、以下をすすめてください。(読む個所と人を指名。合評では、皆さんの評を聞いてください)
3. 25日のゼミ雑誌ガイダンス報告 武田結香子さん・藤塚玲奈さん
4.課題提出作品の発表「原発事故」・「私の一日」
5. テキスト読みと感想 車内観察比較
『網走まで』と夏目漱石『三四郎』。テキスト『正義派』読みと感想。
6. 世界名作の旅 時間があれば・・・。
予定、サローヤンの『空中ブランコに乗った大胆な青年』アメリカ文学の名作。小説家を目指す無職青年の一日。
サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』とは、違った覚醒があります。
ゼミ誌についての提案
「2011年読書と創作の旅」のゼミ誌は、前の号でもお知らせしましたが提出原稿での構成を提案します。過去の例から、自由提出作品にすると、①原稿集めに苦労する、②夏休みのやっつけ仕事となりがち、③焦点がぼやけて、ゼミ成果が不明など、結果として、刊行されても、読まれない。そんな現実になるからです。
そこで、今年のゼミ誌は、大震災と原発事故という国難の旅立ちを踏まえて、授業成果や自分の筆力がわかるようなゼミ誌にしたいと思います。
構成案としては、以下をすすめます。
・2011年嵐の旅立ち : 「3・11あの日、あのとき」「原発事故に想う」
・車内観察 : テキスト感想&創作『網走から』、「私の車内観察」
・自分観察 : 「自分の一日」
・車窓観察 : 社会の出来事、人生相談など 
◎ ゼミ誌を手にしたとき、書くことの習慣化・日常化ができているかどうかを知ることができれば幸いです。それには、授業は休まないことです。どうしても出れない、出たくない人は、課題提出をきちんと出してください。
大震災・大津波・原発事故。まさに嵐の中で旅だった私たち。だからこそ、この旅を実りあるものにしましょう。課題は、溜めずにスグだすよう習慣づけてください。
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課題提出作品発表 5月23日提出分(ゼミ誌掲候補載対象作品)
時事評・自分の一日
 
2011年読書と創作の旅、書くこと読むことの習慣化を目指すために提出作品を合評します。(但し、出席者の作品のみ)
(時事評)→ 何を言わんとしているか。客観性はあるか。独善的になっていないか。
(観 察)→ わかりやすいか。社会的や時代を感じるか。創造性・想像性は。
     
課題 時事評 原発事故に想う 
               
避難区域の人たちを想う
武田 結香子
東日本大震災から、もう2ヶ月以上も月日が過ぎようとしている。時間が経過するのは早いことなんて高校、大学での生活でようやく実感して分かってきたと思っていたのに、やっぱりこの早さには慣れることなんてなかった。大震災が引き起こした問題は数え上げればキリがない。その中でもひときわ目立っているように見えるのは、やはり”原発”の問題であると思う。警戒区域は20kmまで広がり、今では計画的避難区域や緊急避難準備区域など呼ばれるところまでできてしまった。
ようするに「そこの場所では住めない」「危ないから、今すぐ別の地域へ避難しなさい」と唐突に指示されたのだ。確かに浴び続ければ身体に影響が出てしまうのを避けるためには、もっともな指示だと思う。だけど、住み慣れた、愛着があるその場所から離れていかなければならない人たちの気持ちはどのようなものだろう。正直、今も実家で暮らすことができて、家族とも一緒にいられる私には、全てを分かることなんて無謀な話だ。でもニュースで見た一時帰宅をされた人たちが大切なものを持ち帰る姿や、引越しをするため離ればなれになってしまった家族の話は、痛いほど心に響いた。同じ”日本”という国に住んできる以上、他人事ではないと思った。つい先日までも原子力発電に頼りながら生活をしていたのだから、最初からなかった方が良い、とは考えにくい。けれど、自分が好きで住んでいた場所から離れること、家族と分かれて生活しなければならないことを考えると、どうしてもやるせない思いでいっぱいになる。
□原子力は、必要。でも、怖い。どうするかは一人一人が考えなくてはいけないですね。
課題 自分観察「ある日の自分」
祖父の死
武田 結香子
命には始まりがあれば、終わりもある。それは決して避けることのできない事実であり、現実のものだ。小さいときは絵本で、学校へ通うようになってからは授業で、そして今でも様々なメディアを使って私たちは”命”について学んでいる。こんな当たり前のことを今、私が改めて思うのには理由がある。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.167―――――――― 4 ――――――――――――――
2年くらい前から、祖父が一緒に住むことになった。祖母が体調を崩し入院してから1人で生活するのが少し大変になったからだ。いつも優しくてニコニコ笑っている祖父が私は大好きだった。だけど、そんな祖父もだんだん話すことも出来ないくらい弱ってしまった。そして、祖父はいなくなってしまった。入学式の少し前に。自分にとって身近な人がいなくなってしまうのが、これが初めてだったこともあり、私の心の中は動揺してばかりだった。「もっとしてあげられたことがあったかもしれない」と涙を流していう母の姿は、いつもより小さく見えた。”大学生”になった姿を見せられなかったこと、もっと沢山話をしたかったこと、数え上げたらキリがないくらい出てくる。あっという間に葬儀も終わった。
旅立ちの日は途中で大雨が降ってきて、「きっと寂しくて泣いているんじゃないかな」なんて話し合った。それからもう1年が過ぎようとしている。もう悲しくない、といったらウソになる。まだ家にいるような気もする。私は”命”の始まりや終わりに出会うたび、きっと祖父のことを思い出すのだろう。これからもずっと。そのくらい私の心は大きく揺れた出来事だった。先日、一周忌があった。その日も大雨が降った。やっぱり、忘れられないと思った。
□幸せなおじいちゃんだったですね。ご冥福をお祈り申し上げます。
課題 3.11あの日あの時
いつもと違った一日
柳瀬 美里
3月11日、後に東北地方太平洋沖地震と名付けられる、あの地震が起きた時、私は自宅のリビングにいた。カーペットに座り込んでケータイをいじっていた。呑気にケータイをいじって明日は病院に行くか、それとも少し遠出して本屋めぐりでもするか・・・などと考えていた。今思いかえせば、長期休暇に入ってから外出する日を除いて昼のあの時間帯に自分の部屋にいなかったのは相当珍しかった。2階の自分の部屋に居たなら地震の揺れをもっと大きく実感していただろう。だけれどその日に限って私は1階にいたし、地震の頻発する関東の生まれである。そう大して驚くこともなく、胸中にあったのは「またか」そして「今日はけっこう大きいな」という思いぐらいだった。しかしすぐ収まると思っていた揺れは長く、さすがに不安に思ってTVをつけた。あれだけの地震だ、速報は必ずやっているだろうと手当たりしだいにチャンネルを変えた。その後、母が二階から降りてきて、早く外に出ようと急かす。私とて部屋のもの、それが大きな家具でなくとも倒れたら危機感を感じるし、外に出ようかなとも考える。だがそういったことは一切なく外に出なくても大丈夫なんじゃないかと思っていた。それが冷静さかマイペースさからくる思考からはわからなかったが。それでもしぶりながらもコートをはおり、外に出る準備をするくらいには焦っていたのだと思う。同じように始まり、終わる一日が違う終わりとなった日のことだった。
□毎日、平凡に流れていく日常生活。そんななかでのいつもと違う地震。どうしようか戸惑う様子がよく描けています。
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インスピレーション感想
 文章を書く上で、推敲や書き直しは必要不可欠です。が、最初のひらめきも大切です。ひらめきは、完成された文全体にとって、命の灯のようなもの。火がついたからこそ物語がはじまるのです。というわけで、命の灯をつける訓練として20分のあいだに二つの文を書いてもらいました。一つは「自分の一日」、もう一つはテキスト『網走まで』感想です。
 20分という短い時間ですが、自分をどのように見、物語をどのように感じたのでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・ 自分の一日 ・・・・・・・・・・・・・・・・
「自分の一日」感想 
雨の季節に
 武田 結香子
つい先程から雨が降ってきた。”雨”という表現はすごく好きなのに、実際の雨の中を歩いていると気分は下がる。かばんも洋服もぬれてしまう。好きな気持ちと嫌いな気持ちが一緒になるのはどうも落ちつかない。これから雨の季節がやってくる。こうれからどうこの気持ちを上げていこうか、悩みの種である。
予期せぬ出来事
 春日 菜花
いつもと変わらないようにしていたはずなのに、いつもと違う結果が待つこともある。いつものように珈琲を淹れていたのだが、今日の出来事は最悪だった。一口飲んで、素直に「まずい」と言えるほどだ。自分の気付かない範囲で起こったことのむずがゆさを感じる1日であった。
みおつくしても・・・
杉山 知紗
私はよく道を聞かれる。多分めがねだとか黒髪だとか”真面目そう”な感じや”話しかけやすそう”な感じのせいだと思う。しかし、しっかりと答えられた人は数えるほど・・・もないはずだ。3年間通ったはずの通学路でさえ「ここはどこですか?」と聞かれ「うっ」となってしまった。私の頭がうんぬん、というより、人間はそんな細かいことを気にせず生きているのだろう。曲がり角いくつめ、信号いくつめ、なんてのは、そう数えてる人はいまい。・・・いませんよね?私の頭のせいではないですよね?
バス占い
編集室
 毎週、月曜日は午後2時40分の航空公園発のバスに乗ることにしている。ゼミ人数をバス乗客で占っている。10人以上いれば、5人以上。15人以上なら8名。20人なら全員。バスの乗客に比例する。が、だいたい当たる。5月23日は、4名と少なめ。出席者の人数が心配になった。今日は、何人と思いめぐしていると、後ろから、女子学生に声をかけられた。パス券を分けてとのこと、つづいて男子学生からも頼まれた。いつもと違う出来事。占いは混乱した。フタを開けると5名の参加者。ちょつとだけの反比例。
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観察することの意味
観察順=自分 → 他者 → 社会 → 世界 → 人間
 時事評発表の際、時事評とは何か、の問いがありました。時事評とは、社会で起きた出来事への提言、意見、感想などです。が、漠然としていて分かりずらいとのことでした。似たようなものでルポルタージュ、ノンフィクションがあります。それぞれに目標の違いはありますが、基本となることは、どれもしっかり観察することです。
「2011年読書と創作の旅」では、観察訓練の手始めとして「自分の一日」を課題としています。ひらめきで書く自分。じっくり考え客観的に書く自分。二か所の視座から見た自分を書いてもらっています。
人間観察 ある人生相談から
 5・23ゼミでは、自分から一歩進んで、他者を観察してもらいました。大学生の息子を持つ母親の悩み観察とアドバイスです。この日の参加者は、どう答えたのでしょう。出席者5名のアドバイスを紹介します。下記は、新聞の人生相談から(読売)
好きな道に進んだ方が(退学に賛成)
柳瀬 美里
昔ならともかく、今は金銭的な事情がない限り、大学までいって当たり前のようなところがある。とりあえず大学に入ったけどやりたいことがみつからず、仕事も自分が望むものではなく、就職しなきゃ、という義務感から就職する人も少なからずいるはず。そんな中、やりたいことが見つかったならそのことをよろこんだほうがいい。人間関係なら、なにも大学だけではなく、その人がやりたいといった仕事でも交流ができるはず。それこそ同年代だけでなく、他の年代の人たちとも。でもなあなあで流されちゃってる感がある人なのできちんと話し合いをして相互理解を高めてほしい。
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条件つきで応援(退学やや賛成)
武田 結香子
親の立場になったことがないから、自分自身の感覚でしか答えられないが”やりたい事をやらせてあげる”というのは大切だと思う。(実際、私の家庭がそうだったので。)「長続きしたことがない」のが不安、というのも分からなくないが、本人が高校生のときから進みたいと考えている料理の道を推してあげて、本人のやる気を尊重してもいいと思う。それでも心配だったら何か条件を出して約束をしてみる、という手も考えてみたらどうでしょうか。(一人前になるまで家に戻らない・・・とか。金銭的な援助なし、とか)
(意見を聞いて)確かにこの息子さん、高校卒業しても日本料理店行きませんでしたね。そのあとはイタリアンかフレンチ・・・。優柔不断なんでしょうか。本人のやる気度も一度じっくり聞き出したほうが、いいのかもしれないです。
具体性を話し合って(退学やや反対)
中村 俊介
価値観は人それぞれで、夢も人それぞれ。人生は一度きり。それだけで考えると、「料理の道へ進む」という夢を応援してあげてほしい、と言いたいですが、息子さんの飽きっぽさや、現在の息子さんの大学生活を見てみると、親御さんの気持ちも分かります。もし本当に料理の道へ進みたいと考えているのであれば、それに繋がる行動をとっているのでしょうか。大学へ行っていない間、何をしているのか知りたいです。一度息子さんがどれほど本気なのか、具体的に夢に向かってどう歩いていくのかを話し合ったほうが良いと思います。
 
まずは、事にたいする責任感を教えるのが先決
杉山 知紗
まず気になったのが、大学に入学するときの事です。省かれていますが息子さんは料理の専門学校へ、という選択をしていません。後、「周りが皆そういう雰囲気だったから」と言ったそうですが、彼の流されがちな面もいけませんが親としてやりたいことの段階をふませることをしなかったのでしょうか?大学を卒業したら、だとか、大学をやめてもいいがこちらは援助しない、など多少の条件をつけたうえで事に対する責任をはっきりさせてはいかがかと思います。
本人も親も、それなりの覚悟が必要(見放すし)
春日 菜花
高校まではしっかり通っていたのならば、大学を辞めて料理の道に進むことを応援してもいいのではないかと思います。大学とは「自分のやりたいことを学ぶ場」だと私は考えています。そして大学は全て自己責任の世界であり、どうするかは本人次第でもあります。本気で料理をやりたいと望んでいるのであれば、やらせてみればいいのではないでしょうか。しかし、その道へ進みだしたならば、後戻りは難しいということを伝えなくてはならないでしょう。人と違うことをするならば、本人も、親もそれなりの覚悟が必要になることは忘れてはいけないと思います。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・167―――――――― 8――――――――――――――――
・・・・・・・・・・テキスト『出来事』の感想・・・・・・・・
 前回、5・23ゼミで、この作品を読んだ。車内観察作品としては、『網走まで』に次いで2作目である。『網走まで』との違いは、
 この作品について作者志賀直哉は、【創作余談】で、
「これは自身で目撃した事実を殆んどそのまま書いた」として、後に『城の崎にて』の草稿「いのち」のなかで、この『出来事』のモチーフを、このように語っている。
 自分が怪我をする二週間程前、自分の乗っていた電車が芝の廣町で三つばかりになる男の兒をもう少しでひきかけた出来事があった。子供はウマク網にすくわれて助かった。が、その時、乗客が皆、心から子供の幸運を喜んで、そしてその喜びを色々な形で現したのを私は非常に気持ちよく又興味ある事に思った。中年の小役人は運転手をしきりにホメてその嬉しい心持を示していた。なお足りないで彼は救助網をホメたりした。ある若者は母親がひとり子供を往来中に出して置いた不注意を赤い顔をして責めていた。それで子供の母親とその若者との間に口喧嘩が起った程だった。しかし自分は誰の心の底にも美しいものを見ないではいられなかった。皆は子供の危険で真から心を痛めた。で、それが助かった時に心からそれを喜んだ。ただその現れ方が色々に変わった。自分はそれを「出来事」という題で短い小説に書いた。
これは、都内の路面電車の車内観察。7月末の蒸し暑い午後の車内の様子が、よく書かれています。出来事前、出来事後の乗客たちの変化も面白い。
 5・23ゼミ参加の皆さんの感想は、以下の通りでした。
皆の顔が生き生きとしている
 武田 結香子
語り手である”私”の立ち位置は、すごくおいしい(・・・・)立ち位置であるように見えた。一連の騒動が全て見える。世界を上からのぞきこんでいるような気分になった。一歩間違えば大事故になったはずなのに、この話の最後は皆の顔が生き生きとしているのが印象的だった。”ひょうきん者”と呼ばれていた白い蝶が人々と対照的だったのも、また目をひかれた。他の登場人物の目線や、この蝶の目線で考えてみるのもおもしろそうだと思った。
日本人の根本的な性質を描いている
杉山 知紗
志賀直哉の書く小説はいつも普遍的である。いつかどこかで見たような、あるいはありそうなものだ。それは100年経った現在ですら感じさせるものでもはや時間など関係のない、日本人の根本的な性質を描いている、ということなのだろう。
子供は無邪気だ。ゆえに無自覚に悪いことをし、それが悪いことであると大人から教えられ、学ぶ。そんな瞬間は、きっと誰しもがいろんなことを忘れて「ほっ」としてしまうのだろう。
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気持ちよく読み終われた
中村俊介
文体や表現が古く、読みにくかった部分が多かった。内容は、唯電車に揺られている人達のぼうっとした様子がとても分かりやすく描かれていたように思う。子供が登場してから、無機質に感じられた乗客たちは人間らしさ(彼らは元々人間なのだが)が与えられて、最後では「どっと笑う」や「若者は笑った」など温かみのある表現が取り入れられていることで、話の流れがキレイになっているのだと感じた。最初は固そうな印象だったが、最後は温かく、優しい印象で終わっていたため、とても気持ちよく読み終われた。
人間観察の色が濃く出ている
柳瀬 美里
以前読んだ『菜の花と小娘』よりも車内観察、あるいは人間観察の色が濃く出ている作品だ。淡々と周囲の状況と自分自身もまじえながら書きつらねられている。自分だったならそんな目を開けるのもつらい状態なら早々にあきらめて目をつぶってしまっていただろうに、それでも周囲の人達を観察しようとしている筆者には感嘆を覚える。筆者のそれはライフワークともいえるだろうが私もそのくらいの心を持ちたいものだ。
つまらない現状からの解放
春日 菜花
暑さにやられた乗客たちは、唯己の目的地まで行く予定だったのだろう。何もかわらない日常の中に、急に飛び込んできた出来事。人々は予期せぬ事態におどろきながら、つまらない現状からの解放に喜んだのではないだろうか。結果的に大事にならなかったこともあり、日常に退屈していた乗客たちは最後は生き生きとしていたのだろう。
土壌館日誌・車内観察 
 
車内食堂
 昨秋、101歳でに亡くなった写真家・童画家の恩師の「偲ぶ会」が、郷里の信州で開かれた。教え子代表で出席した。その時に昼神温泉で開かれた同級会にも出席した。二泊の旅を終えて29日夜、帰ってきた。台風の影響で大渋滞が予想されたが、中央高速バスは40分ていどの遅れで新宿駅に着いた。人の波。夜8時、3日ぶりだが、いつもの新宿駅である。
 総武線に乗った。車内は休日か台風を心配してか空いていた。うつらうつらしていたが、西船橋を過ぎた頃、何気なく、目をあけた。前の座席に、ネクタイをきちんとした背広姿の一見勤め人らしき、男性が座っていた。髪の毛は黒くふさふさしているが、年の頃40半ばか。靴だけがスニーカー。奇妙だったが、雨で濡れて履きかえたのでは、と思った。そのとき、その人がコンビニで買ったらしいソバを食べていることに気づいた。缶チューハイを飲みながらうまそうに食べている。車内でおむすびはわかるが、ソバを食べる人は初めてなので面白く見ていた。彼は、食べ終わると、箸を折って片づけ鞄にしまった。が、つぎに、かなり大きな3人分くらいある大きなサンドイッチをとり出して食べだした。これには驚いた。食べっぷりはもうれつに早い。一駅のあいだに食べ尽くした。つぎに何を、そんな興味がわいた。が、残念ながら駅についてしまった。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・167―――――――― 10――――――――――――――――
土壌館・実践的投稿術 No.13
 
文章力修業として投稿も、その一つの手段といえます。投稿は、投稿者が多ければ多いほど採用される確率は低くなります。が、そのことは即ち投稿作品の質の向上にもなります。様々なものへ観察・興味を抱く要因ともなるので、投稿は一石三鳥ほどの価値があります。
 もっとも投稿といっても、小説・論文投稿から標語まで多種多様です。が、ここでオススメするのは新聞投稿です。新聞は、毎日投稿できます。政治・社会・生活観察・自分の意見と幅もあります。また、時流や出来事のタイミングも重要となり自然、書くことの日常化・習慣化が身につきます。文章力研磨にもってこい場ともいえます。
 土壌館では、文章力を磨く目的はむろんですが、社会への疑惑や自分の意見・感想を伝えるために新聞の投稿欄に寄せつづけています。なぜ投稿欄かというと、投稿欄は字数制限があるからです。500字は人が飽きなく読む字数です。文体を簡潔にする工夫が必要です。
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「声」欄は、内容と時流が合えば採用される可能性あり。いまはどうか知らないが、以前は投稿専門のカルチャー教室があったというほど盛況。土壌館は6割の採用率
時事評は、難関で採用される確率は低い。ちなみに土壌館の過去の採用率は1割。
今回は、震災後の教育についてでしたが、不採用でした。以下は不採用の連絡。(通常は連絡はきません。採用に近かったということでしょうか)
下原様
このたびは「私の視点」へご投稿いただき、ありがとうございました。当欄への投稿は週平均で数十通にのぼっていますが、他方、掲載できる数が限られており、なかなかご要望にお応えできないのが実情です。
 今回、お寄せいただいた原稿につきましては、入念に検討させていただきましたが、上記事情などから掲載を見送らざるを得ませんでした。たいへん申し訳ありませんが、どうかご理解ください。
朝日新聞オピニオン編集グループ
「私の視点」担当
電話03-5540-7431
ファクス03-5541-8259
siten@asahi.com
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投稿術バックナンバー
No.1 「医師への金品 規制できぬか」   1994・2・2   朝日新聞「声」欄
No.2 「カラー柔道着 いいじゃないか」  1994・5・17  朝日新聞「声」欄
No.3  「立会人が見た 活気ある投票所」 2009・9・2    朝日新聞「声」欄
No.4 「勧誘の仕方 改められぬか」   1994・10・15 朝日新聞「声」欄
No.5 「団地建替え 住めぬ人びと」    1995・9・24 朝日新聞「声」欄
No.6 「地域に必要な 子供たちの場」   1996・11・5   朝日新聞「声」欄
No.7 「燃える家々に 戦争を実感」MoMo 1999・4・3   朝日新聞「声」欄
No.8 「嘉納」の理念 世界に発信を   2009・3・10   朝日新聞「声」欄
No.9 「50歳の1年生 師の撮影行脚」   1996・9・16  朝日新聞『声」欄
No.10 「教師の創意で 生徒に楽しさ」  1995・3・15   朝日新聞「声」欄
No.11 「児童の作文大切にした恩師」  2011・1・8    朝日新聞「声」欄
No.12 「カエル飼って子供ら変わる」  2006・7・28   朝日新聞「声」欄
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.167
ゼミ雑誌作成について
ゼミ誌は、ゼミ一年間の成果の証です。全員で協力して完成させましょう。テーマは、志賀直哉の観察作品をテキストにします。た車内観察作品とします。前期課題作品です。提出しながら完成度を高めてください。
ゼミ雑誌編集長 → 武田 結香子さん  
ゼミ誌副編集長 → 藤塚 玲奈さん  
      ゼミ誌編集委員 → 他ゼミ員全員
ゼミ雑誌作成計画・報告と予定
Ⅰ 5月25日(水) ゼミ雑誌作成ガイダンス 参加=武田・藤塚
  
  ゼミ雑誌作成の説明を受け、申請書類を受け取って期限までに必ず提出する。
Ⅱ.発行手順 ゼミ雑誌の納付日は、2011年12月15日です。厳守のこと。
  以下① ~ ③の書類を作業に添って提出すること。
【① ゼミ雑誌発行申請書】【②見積書】【③請求書】
1.【①ゼミ雑誌発行申請書】所沢/出版編集室に期限までに提出
2. ゼミで話し合いながら、雑誌の装丁を決めていく。
3. 9月末、ゼミ誌原稿締め切り。(原稿は課題作品なので、毎週課題提出してください)
4. 印刷会社を決める。レイアウトや装丁は、相談しながらすすめる。
5.【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
6. 11月半ばまでに印刷会社に入稿。(芸祭があるので遅れないこと)
7. 雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。
8. 印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。
注意 : なるべくゼミ誌印刷経験のある会社に依頼。(文芸スタッフに問い合わせ)
     はじめての会社は、必ず学科スタッフに相談すること。
ゼミ誌原稿は課題から
ゼミ誌掲載の原稿は、授業課題(テキスト感想・車内観察・自分観察・時事評)とします。
自由作品は、提出の遅れ、夏休みでのやっつけ原稿になりがち、加えて合評ができないなどの不備があるためです。
課題提出のススメ
2011年読書と創作の旅は、大変な旅立ちとなりました。大震災、終わらない福島原発事故、浜岡原発停止、風評被害。国外に目を向ければ、アフリカ諸国の自由を求める内紛、テロ首謀者の最期。世界もまた風雲急を告げている。私たちにできるのは、森羅万象をしっかり観察し記録することです。この旅を有意義なものにするためにも、課題はきちんと提出しましょう。車窓風景、車内風景 時事評 テキスト感想などです。
テキスト=時空列車の車窓『鳥取』『出来事』『正義派』『網走まで』『『灰色の月』『夫婦』
    =風景観察『菜の花』、犯罪観察『兒を盗む話』、裁判観察『范の犯罪』
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・167―――――――― 12――――――――――――――――
2011年読書と創作の旅の記録
5月 9日ゼミ  出席者9名  欠席者4名   希望カード13
5月16日ゼミ  出席者4名  欠席者9名
5月23日ゼミ  出席者5名  欠席者8名
課題提出状況 5月9日の提出分
時事評「3・11」4本 → 藤塚、武田、會澤、春日
「ある日の自分」5本 → 5本 三矢、藤塚、武田、春日、柳瀬
『菜の花』感想9本 → 柳瀬、藤塚、内田、大野、杉山、武田、會澤、三矢、春日
「自分の一日」8本 → 柳瀬、藤塚、内田、大野、杉山、武田、三矢、春日
課題提出状況 5月16日の提出分
時事評(原発事故) → 春日、内田,
「自分の一日」   → 杉山、春日、大野、内田
『網走まで』感想  → 杉山、春日、大野、内田
課題提出状況 5月23日の提出分
『出来事』感想   → 武田、春日、杉山、柳瀬、中村
「自分の一日」   → 武田、春日、杉山、柳瀬
「人生相談」 → 中村、武田、柳瀬、杉山、春日 
「3・11」課題 → 柳瀬    「ある日の自分」課題 → 武田              
名作読み 5月16日現在3本
1.嘉納治五郎「青年訓 精読と多読」、2.原民喜「夏の花」3.「日本国憲法前文と第九条」、
テキスト読み 『菜の花と小娘』『網走まで』『出来事』
時事評・議題1.「日本国憲法の改正について」 2.原発事故問題について
お知らせ
■ 5月23日 テレビ東京PM10:00放映「鈴木先生」を応援。視聴率上昇中。
原作・武富健治(読書会会員)
         
■ 6月25日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会第245回読書会
作品『分プロハルチン氏』池袋西口・勤労福祉会館 第7会議室 (下原ゼミ生0円)
※ 詳細並びに興味ある人は「下原ゼミ通信」編集室まで
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編集室便り
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆ゼミ評価は、以下を基本とします。
出席日数 + 課題提出(ゼミ誌原稿)+α = 100~60点(S,A,B,C)
☆課題提出は、執筆力もあがり点数もよくなる。まさに一挙両得です。
課題は、「車内観察」「自分の一日観察」「社会観察」など。

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