文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.168

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2011年(平成23年)6月6日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.168
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
4/18 4/25 5/9 5/16 5/23 5/30 6/6 6/13 6/20 6/27 7/4 7/25
  
2011年、読書と創作の旅
6・6下原ゼミ
6月6日(月)の下原ゼミガイダンスは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1. 2011年読書と創作の旅 通信167配布 出欠 課題提出 
2. 5・23ゼミ報告、ゼミ誌作成の第1回編集会議、題、大きさなど
 
3. 時事評「君が代問題」、世界・名作読み
4. テキスト読み『夫婦』車内観察作品
    
3・11東日本大震災並びに福島原発事故で被災された皆さま方に心よりお見舞いい申し上げると共に被災地の一日も早い復旧と復興をお祈り申し上げます。
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2011年読書と創作の旅 5・30ゼミ報告
台風2号消えて、この季節には珍しい寒気
  ゼミ、お寒い風つづく (出席者5名、欠席者8名) 
5・30ゼミの参加者は、前回と同じ5名。台風2号が温帯低気圧に変化したことで、急激に寒くなった。この天気に呼応してか相変わらずの低出席率がつづく。
司会進行は、春日菜花さんに 原発時事評と人生相談
この日の司会進行は、春日菜花さんにお願いした。議題は、時事評「原発問題」と人生相談「私のアドバイス」。テキスト読みは『正義派』、合評は「私の一日」。原発問題は、「まだ賛成か反対か結論づけにくい」そんな評が多かった。「私のアドバイス」は、「もっと話し合いを」や息子に対して厳しい意見もあった。テキスト読みは、司会者春日さんが、音読範囲を指摘、全員平均的な朗読ができた。
ゼミ雑誌は「課題+自由創作」で
ゼミ誌について、武田編集長から提案。本紙編集室からは「課題」案がでているが、併せて自由創作も載せてみたい。締め切りは厳守の条件で。編集室からは「課題は、もともと自由創作をするための訓練。併せれば前期の執筆力の比較がわかっていいのでは」と了承。(なお、願望としては、欠席者には、いつも書く練習を怠らないでいて欲しい。)


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.168―――――――― 2 ―――――――――――――
6・6ゼミプログラム
1. ゼミ開始 「ゼミ通信168」配布  出欠 全員参加のときは撮影  
       5・30ゼミ報告 その他「課題・継続の意義」
課題提出・継続の意義
当然かも知れませんが、文芸学科を目指した学生諸君は、目標として、希望として、将来、作家になりたい。ジャーナリストとして活躍したい。文筆業として生計を立てたい。おそらくそんな夢を抱いていると思います。しかし、希望通り行かないのが世の常です。たいていは、卒業と同時に堅気の勤め人になっていきます。実際にその道に進める人は、ごくわずかです。この現実を前にしても、なおも夢を持ちたい人は、書くことの習慣化、日常化を身につけてください。それには、書くことの持続しかありません。
アメリカの作家ヘンリー・ミラーの『北回帰線』のなかで登場人物の流行作家は、こんなようなことを言って自慢します。「本を書くのに、何をそんなに苦労するのか。自分は、初めて書いた小説が、新人賞をとってベストセラーになって。いまだって書くはしから、飛ぶようにうれている」ヨーロッパでルンペン同然の生活を送ってきた主人公(『南回帰線』)は、自分の世界とは違う話として聞くしかなかった。この物語が真実かどうかはわかりませんが、世の中には、このように、簡単に夢を成就できる人と、いくら頑張っても努力しても、なかなか報われない人がいます。が、おそらく後者の人の方が大半と思います。
夢は捨てたくない。ぜったいに実現させるのだ。そんな意志のある人は、課題提出の継続に挑戦してください。宝くじは買わなければ当たらない。それと同じように、まずは書かなければジャーナリストや作家の道にはすすめないのです。文芸出身の作家によしもとばななさんがいますが、先ごろ、彼女の学生時代に書いたものを見たという教授がいました。学生のとき、彼女はどんなものを、と興味あったそうです。実際、目にして書いたものの多さに感心していました。ばななさんが作家として活躍できるのも、学生時代に書く習慣化を身につけたからと思います。課題提出の意義は大きいといえます。やむなく欠席する場合は、日記をつけてください。時は、水のように流れ去ります。
2 司会進行決め。本日は「      さん」にお願いします。.
司会進行係の人は、以下をすすめてください。(読む個所と人を指名。合評では、皆さんの評を聞いてください)
3. ゼミ雑誌編集会議 正副編集長=武田結香子さん・藤塚玲奈さん
タイトル決め。 雑誌の大きさを決める  その他
4. 課題提出作品の発表(出席者作品)、時事評「君が代起立命令合憲」について
5. 世界名作の旅
サローヤンの『空中ブランコに乗った大胆な青年』アメリカ文学の名作。小説家を目指す無職青年の一日。サリンジャーの『ライ麦畑で捕まえて』とは、違った覚醒があります。
6.テキスト読み『夫婦』と感想書き
 終戦直後の横須賀宣の電車の車内。たった1~2枚の車内観察ですが、ここには、いろいろなことが刷りこまれています。短い観察のなかに時代から人類全体に至るまでみえる深化の観察。されている。
―――――――――――――――――― 3 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.168
課題提出作品発表 5月30日提出分(ゼミ誌掲候補載対象作品)
3・11あの日あの時・ある日の私・車内観察
 
2011年読書と創作の旅、書くこと読むことの習慣化を目指すために提出作品を合評します。(但し、出席者の作品のみ)
(観察点)→ 何を言わんとしているか。わかりやすいか。独善的になっていないか。
    
課題 3・11あの日あの時 
                 音読作品「3.11」
杉山 知紗
 自分のアパートに帰ってきて、友人たちの寝息を聞く。私ももうそろそろ寝なければ、とクローゼットから引き出した寝袋に潜ろうとする。「それじゃあ」唯一起きていた友人が言った。「私ももう戻るね」「うん、わかった。おやすみ」「おやすみ」彼女は同じアパートだった。また明日、は言わなくても共有できた言葉だ。彼女はみんなを起こさないよう、静かに帰って行った。テレビのアナウンサーだけがいまだよく喋る。私は寝やすい格好を作った。けれどなかなか眠れなかった。まぶただけでも、瞑ってみる。
 地震がきたとき、私は会議に出ていた。部活の代表者たちが数ヵ月後に控える新入生を歓迎するため話し合っていた。そのイベントのとある役についた人が自己紹介をしようとしたところ。「ええと、初めまして。今度新歓の警備―」ぐらり、と大きく揺れた。あれ、と誰かが囁いた。私も口にしていたかもしれない。地震だね、とまた誰かが囁いた。そのうち、壁際のピアノが壁を叩き始めた。窓がたゆみ始めた。きゃあ、と抑えられた高い悲鳴。「みなさん、落ち着いて、落ち着いて」そういう先輩の顔も、すこし焦っていたのはみんな分かっていた。そのうち、地震も収まった。私は即座に携帯を開いた。情報をすぐに得られそうな場所は分かっている。ツイッターだ。地震速報BOT、といういかにもなものがあった。それをみるに福島県が震源で、マグニチュード7.2。鳥肌が立った。会議は外で続けることになった。しかしひとまずの休憩が取られたので、私は食器が落ちていないか部室に戻った。幸い、何も割れていなかったし、外で新歓のための部活CMを撮影していた友人たちにも怪我はなかった。だが電車は止まっている。友人たちは帰れない。「じゃあ」うん。「うちに行こうか」大学最寄りの駅近くに住んでいて良かった、と思ったのは久しぶりだった。
「それにしても不思議だよね」「何が」「今の状況」「うん、まあ」「きっと昨日まで、いや、今日もかもだけど、地震についてちょっとした冗談や話や予想を、どこかのだれかが喋っていたり書き込んだりしていたんだよ」「うん」「でも、今はもう許されないんだよ」「うん、人の目につく限りね」「そお」そおなんだよ、と言ったきり、彼女は何もしゃべらなかった。寝落ちしたのかもしれない。私はチャットのウインドウを閉じて、パソコンも閉じて、もう一度寝袋に潜り込んだ。今度こそ、眠れるような気がした。そして友人の寝返る音。
運命を思う
編集室
 連日、被災者たちの映像が流れている。いまだ8千余名の不明者。取材を受ける被災者の運、不運は様々である。逃げなくて、助かった人。わざわざ迎えにいった孫娘を津波で亡くした祖父母。あのとき、ああすれば。こうすれば。天災は運と不運が交差する。
 しかし、運不運に左右されない被災もある。福島原発事故がそれだ。放射能という悪魔は、人間に運、不運を選択させない。一様に不運だけをつきつける。自然の力を借りて檻から抜け出した悪魔。人間の英知は防ぐことができるか。調教できるだろうか。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.168―――――――― 4 ――――――――――――――
課題 ある日の私
音読作品 風邪と読書
杉山 知紗
風邪を引いた。腫れているらしい気管支に普段痛みは感じないが、何かがからんだ咳をするたび少し痛んだ。一人暮らしになって、初めてちゃんと風邪を引いた。心もとなく、また咳を一つ。
 こういうときばかり、なぜだか家事をちゃんとしたくなる。しばらく返してなかった本を図書館へ返しに行った。意外と行けるんじゃない、と思っていたが、自転車を降りるとふらふらする。もたれかかって新しい本も探したが、頭がうまく働かないし唯一借りようと心に決めていた本は借りられていたので諦めて帰った。家では溜めていた洗濯ものや食器を綺麗に片付けて卵がゆも作って、よしよしとばかりにようやく布団に潜り込む。冷めた布団が、今日ばかりはやけに寒い。
 しばらく素直に眠っていたが昨日夜更かししていたわけでもない。すぐに目が覚めたので、ここは文芸学科らしく、と借りたり買ったりして積んだままの本に手を出した。ホラーであったりパニックものだったり、風邪を引いたとき読むには適してなかったかもしれない・・・と思いつつ。かといって他に積んだ本は、外国の名作文学系で頭が働かない今、なおさら読めまい。素直に読み進めることにした。
 それにしても最近なるべく本を読もうとしているものの授業中だとかバスに乗っているときだとかが多い。こうして読書らしい読書を、しかも立て続けに三冊も四冊も読んだのは本当に久しぶりかもしれない。文芸学科か、とちょっと苦笑してまた本を読んだ。しばらくして眠くなったので、薬を飲んでまた寝た。良い日だった、と思う。
課題 車内観察
音読作品 創作・子供連れの老人
春日 菜花
締めていたネクタイを緩め、少しでも冷気に当たろうと手で仰ぐ。茹だるような暑さにも関わらず、ふらふらと弱冷房者車に乗ってしまったのが間違いだった。故障中なのか冷房が全く入っておらず、全開にした窓から入ってくる生温い風が唯一の救いだ。ラッシュを過ぎた時間帯というのもあって、左右を見渡しても同じ車両に乗っている人は誰もいなかった。
 何度かここに乗ってきた人はいたが、皆暑さのせいかそそくさと他の車両に移っていった。
車両扉から、隣の車両に座っている人がちらちら見える。誰も彼もが涼しそうな顔をして、汗ひとつかかずに各々目的地まで暇を潰していた。この暑さを体感しているのは自分だけなのかと思うとどうにも腹立たしかったが、ここで移ってしまったらと思うとなんだか悔しくなった。
「何で対抗心なんか燃やしているんだ俺は・・・」
見知らぬ相手に対してこんなことを考えるなど、暑さのせいに違いない。鞄から適当なファイルを取り出し、団扇代わりにして仰ぐ。生温い外の風と交わって多少は楽になるものの、降りる駅まではまだまだ道のりは遠い。と言っても、駅を降りても今度は照りつける太陽が待っているのを考えると、このままでいる方が何倍も良く思えた。
いつまでも変化のない状況にうとうとし始めた頃。乗車してから何個目かの駅で、着物姿の老人と彼の孫らしき子どもが一緒に乗ってきた。彼らもまた、この暑さに参って車両を変えるのだろうか。好奇心から朦朧としていた意識は覚醒し、じろじろと二人を見ていると、彼らは予想に反して俺から斜め二つ離れた座席に腰掛けた。
―――――――――――――――――― 5――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.168
「ああ、暑かった。ここなら涼しいねえ」
「全然涼しくないよお祖父ちゃん。ここだって暑いよ」
「そうかい?でも他の車両は冷房が効きすぎているから、身体によくないだろう」
老人はそういいながら着物の袂からハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を拭った。子供はむくれた顔をして、Tシャツの裾でばたばたと自身を仰いでいる。
「他のところ行こうよ」
「行くなら一人で行っておいで」
「お母さんがお祖父ちゃんと一緒にいなさいって言った」
「なら、ここにいなさいな」
老人は子供の駄々に慣れっこのようだ。上手くかわされ、自分の思い通りにいかないのが不満なのだろう。子供はちらりと老人の横顔を見ては、少しだけ眉間に皺を寄せ、唇を尖らせた。すると、老人は何も言わずに背後の窓を少しだけ開けた。開いた窓からはぶわっと突風が吹き、子供の髪を撫で上げる。すっかり機嫌を戻した子供を見て、老人は少しだけ口角をあげた。
「ほうら、ここでもいいだろう」
「でもまだ暑いよ」
「ここで移ったら、お前は負けだねえ」
「誰に負けるのさ」
「私にだよ。いつもお前は辛抱がないからね。一緒にお風呂にはいっても、すぐに上がってしまう」
と老人はからから笑った。子供は心当たりがあるようで、再びむくれて言い返そうとする。しかしその表情は先程とは違い、楽しそうにも見えた。実に微笑ましい光景だった。
彼らが乗ってきて三駅ほど過ぎた頃、開いた窓からふわりと香ばしい匂いが入ってきた。それと一緒に遠くのほうから連続して何かを叩くような鈍い音が響いている。そういえば、今の時期にこの辺りでは毎年神社で祭りをやっていたはずだ。
もちろん、突然のイベントに子供が黙っているはずもない。
「お祭りでもやっているのかな」
「この近くには神社があるから、もしかしたらそうかもしれないね」
「行きたい!」
「おや、帰らなくていいのかい?」
「ちょっと見るだけなら大丈夫だよ!行こう!」
「仕様のない子だね。それじゃあ次で降りようか」
子供は目をらんらんと輝かせ、祭りの香りと音を感じようと窓に食いついた。電車は緩やかな速度で走り、それにあわせて風が入る。相変わらず車両に人はなく、駅から乗ってくる人もいなかった。俺はいつの間にか仰いでいた手を止めていて、生温い風に心地よさを感じていた。あの子供と同じように窓に顔を寄せ、外の匂いを嗅ぐ。小学生以来、祭りにはほとんど行った覚えがない。最後に行ったのはちょうどあの子供と同じ年くらいだった気がする。
「駅からすこし歩くよ。暑いけれど大丈夫かい?」
「お祖父ちゃんには負けられないよ!」
「威勢がいいねえ」
子供は先程の勝ち負けにこだわっていたようだ。意気揚々と宣言する子供に、老人は再び大きく笑った。それからはぷつりと会話が途絶えてしまい、それと同時に醒めたはずの眠気が再び俺を襲ってきた。電車とは不思議なもので、揺れに合わせてとあっという間に眠ってしまう。時折聞こえる彼らの声を気にしながらも、眠気には勝てなかった。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・168 ――――――― 6――――――――――――――――
ガタンっと突然の揺れに驚いて傾いていた体を起こす。寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、既に次の停車駅から発車するところだった。熟睡していたようで、何駅分も寝ていたかと思ったが実際はものの数分であったのかと安堵した。だが、ハッとして車内を見たが既に彼らの姿はなく、だんだん加速していく光景の中にも、あの老人と子供の姿は捉えることができなかった。
再び、車両には自分ひとりだけになった。彼らのやり取りはやんわりと、けれど鮮やかに脳裏に焼きついていた。全開にしていた窓を少しだけ閉めると、隙間から入ってくる風のほうがはるかに涼しく感じた。
「ああ、暑かった。ここなら涼しいねえ」
「全然涼しくないよお祖父ちゃん。ここだって暑いよ」
「そうかい?でも他の車両は冷房が効きすぎているから、身体によくないだろう」
老人はそういいながら着物の袂からハンカチを取り出し、額に浮かんだ汗を拭った。子供はむくれた顔をして、Tシャツの裾でばたばたと自身を仰いでいる。
「他のところ行こうよ」
「行くなら一人で行っておいで」
「お母さんがお祖父ちゃんと一緒にいなさいって言った」
「なら、ここにいなさいな」
老人は子供の駄々に慣れっこのようだ。上手くかわされ、自分の思い通りにいかないのが不満なのだろう。子供はちらりと老人の横顔を見ては、少しだけ眉間に皺を寄せ、唇を尖らせた。すると、老人は何も言わずに背後の窓を少しだけ開けた。開いた窓からはぶわっと突風が吹き、子供の髪を撫で上げる。すっかり機嫌を戻した子供を見て、老人は少しだけ口角をあげた。
「ほうら、ここでもいいだろう」
「でもまだ暑いよ」
「ここで移ったら、お前は負けだねえ」
「誰に負けるのさ」
「私にだよ。いつもお前は辛抱がないからね。一緒にお風呂にはいっても、すぐに上がってしまう」
と老人はからから笑った。子供は心当たりがあるようで、再びむくれて言い返そうとする。しかしその表情は先程とは違い、楽しそうにも見えた。実に微笑ましい光景だった。
彼らが乗ってきて三駅ほど過ぎた頃、開いた窓からふわりと香ばしい匂いが入ってきた。それと一緒に遠くのほうから連続して何かを叩くような鈍い音が響いている。そういえば、今の時期にこの辺りでは毎年神社で祭りをやっていたはずだ。
もちろん、突然のイベントに子供が黙っているはずもない。
「お祭りでもやっているのかな」
「この近くには神社があるから、もしかしたらそうかもしれないね」
「行きたい!」
「おや、帰らなくていいのかい?」
「ちょっと見るだけなら大丈夫だよ!行こう!」
「仕様のない子だね。それじゃあ次で降りようか」
子供は目をらんらんと輝かせ、祭りの香りと音を感じようと窓に食いついた。電車は緩やかな速度で走り、それにあわせて風が入る。相変わらず車両に人はなく、駅から乗ってくる人もいなかった。俺はいつの間にか仰いでいた手を止めていて、生温い風に心地よさを感じていた。あの子供と同じように窓に顔を寄せ、外の匂いを嗅ぐ。小学生以来、祭りにはほとんど行った覚えがない。最後に行ったのはちょうどあの子供と同じ年くらいだった気がする。
「駅からすこし歩くよ。暑いけれど大丈夫かい?」
―――――――――――――――――― 7 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.168
「お祖父ちゃんには負けられないよ!」
「威勢がいいねえ」
子供は先程の勝ち負けにこだわっていたようだ。意気揚々と宣言する子供に、老人は再び大きく笑った。それからはぷつりと会話が途絶えてしまい、それと同時に醒めたはずの眠気が再び俺を襲ってきた。電車とは不思議なもので、揺れに合わせてとあっという間に眠ってしまう。時折聞こえる彼らの声を気にしながらも、眠気には勝てなかった。
ガタンっと突然の揺れに驚いて傾いていた体を起こす。寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、既に次の停車駅から発車するところだった。熟睡していたようで、何駅分も寝ていたかと思ったが実際はものの数分であったのかと安堵した。だが、ハッとして車内を見たが既に彼らの姿はなく、だんだん加速していく光景の中にも、あの老人と子供の姿は捉えることができなかった。
再び、車両には自分ひとりだけになった。彼らのやり取りはやんわりと、けれど鮮やかに脳裏に焼きついていた。全開にしていた窓を少しだけ閉めると、隙間から入ってくる風のほうがはるかに涼しく感じた。
インスピレーション感想
 文章を書く上で、推敲や書き直しは必要不可欠です。が、最初のひらめきも大切です。ひらめきは、完成された文全体にとって、命の灯のようなもの。火がついたからこそ物語がはじまるのです。というわけで、命の灯をつける訓練として20分のあいだに二つの文を書いてもらいました。テキスト『正義派』感想と「自分か社会」の感想です。
 20分という短い時間ですが、自分や社会をどのように見、車内観察のテキスト作品をどのように感じたのでしょう。
テキスト『正義派』感想
結局、日常が一番
杉山 知紗
珍しく女の子が轢き殺されるという非日常的な始まりだった。しかし追うにつれ、やはりいつもの志賀直哉であった。
男たちは突然の非日常に対し、感覚がマヒしてしまったのだ。いつもなら酒さえも飲まずとも消化できた一日を、その日は妙に欲張ってしまった。正義感のためだ。一日どころか、今後の仕事さえも失ってしまうかもしれない。それすらも正義の名の元では思考を停止させる。だが人は集うし、酒もいつもより美味い。しかしやがて冷静になり、男は涙する・・・結局、日常が一番なのだった。
同じ体験をした
藤原 侑貴
ある事件に巻き込まれて、本人達はその事件を目撃しただけなのに妙に気が大きくなってしまうところに共感した。特に警察から聴取を受けた後の描写が良い。最後もまた秀逸である。いざ、現場へ行くとその時の惨い光景を思い出すだろうか?それとも事件に巻き込まれ、それに興奮してしまった自分達を恥じているのだろうか?僕も実家であるマンションで自
殺事件に巻き込まれ、警察から聴取を受け、妙に興奮してしまったことがあるが、その後、
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・168―――――――― 8――――――――――――――――
その自殺した人物が僕と同じくらいの歳の青年だということが分かり、げんなりした。一度、現場に行ったが、もちろん自殺した形跡などまるでなかった。
それ以来、僕はその場所を何となく避けている。自殺した「場面」を目撃したわけでもないのに、あれこれ想像してしまうのである。
正義は悲しくも
春日 菜花
自社の過失を隠そうとする監督と、真実を目撃しそれを貫こうとする工夫等。現代でも状況がちがえど起こりうる可能性を持つ作品だと感じた。自分よりも上の立場の人の言いなりにはならず、自己の良心に従い証人となった工夫等はまさしく正義と思えた。しかし最後の工夫二人が泣く所で、正義は悲しくも通用せず隠された真実が公に出ないことを、頭のどこかで理解していたのではないだろうか。
観察力を感じる
武田 結香子
三人の工夫が酒を飲み、事件を大袈裟に喋っているところが印象的だった。本当に悔しかったのだろうな・・・と思った。作者は複数の人からこの事件のことを聞いたのだろうか。もし一人から、だとしたらそうとうな観察力だよな、と感じた。語り方を変えてテレビで話せば、ニュースになるんじゃないかな、とも思った。始まりの文章が「殺した」からくるのも、インパクトがあって文章や言葉に引き寄せられる話だと思った。
人間の本質がよく出ている
三矢 日菜
読んでいるうちに、高校生の時に一度読んだことがあるのを思い出しました。私はその時、志賀直哉の作品はわけがわからないなと思いながら短編集を読んでいたのですが、この話はなんとなく証人になった工夫たちの心情が分かるような気がして、ちょっと好きで印象に残っています。
証言を終えた後の妙な興奮も、最後に泣き出してしまうところも、人間の本質的な部分が良く出ているような気がします。
正義派というタイトルもなんだか好きです。
「自分観察」か「社会観察」
自分観察
本を読むのが楽しい
三矢 日菜
土曜日に近くでやっている遠藤周作展を見に行って、今、そのおかげでとても本を読むのが楽しい。今日は三限の授業が休講で、三・四限と空きだったのでずっと本を読んでいた。本を読みたい時と読みたくない時の波があるので、今のうちにたくさん読もうと思う。帰りの電車で続きを読むのが楽しみです。
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自分観察
何をするにも自分に責任を
武田結香子
もう5月もおわる。今年は梅雨が早く始まったらしい。激しい雨が続いて、気分も少し下がりぎみだ。もうすぐ20歳になって1ヶ月が経過しようとしている。が、自分自身はなにも変わっていないような気がしてならない。お酒も飲めるようになって、何をするにも自分に責任をもたなければならないのに、実際の私は見た目は大人(・・)、頭脳(精神的に)は子どものまま、だ。(見た目も怪しいが・・・)小・中学校で想像していた姿とは、ほど遠い。なぜ大人の自分にあんなに憧れを持っていたのだろう。すごく不思議な気持ちになった。
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社会感想
社会と個のジレンマ
杉山 知紗
社会とは、人が二人いればもう既に完成してしまうものなのだろう。社会とは基準だ。よりどちらが多数派なのか、あるいはどちらが大衆的に納得させられるのか。それを私達は無自覚に連続して行い続け、やがて社会に慣れた頃には没個性と指をさされてしまうのだろう。
社会に溶け込みたい、と思う一方、没個性にはなりたくない。いっそ自分自身が社会であればずっと話は早いだろうに、と馬鹿なことを考えては忘れ。
協調性が重視される社会で生きるには
春日 菜花
現在、日本では『協調性』が重要視されており、それを乱す人がいれば、その人は『異なる人』として認識されている。本来、協調性とは行き過ぎた自分をある程度抑制するためのものであったのではないのか。小さな制御装置であったものが、今では巨大なものとなり、『それに合わせなくてはならない』という状態になっている。このように述べているが、私はきっと装置に主導権を奪われた側であるだろう。
社会観察
おちょこの中の騒動
編集室
 2日、国会で行われた内閣不信任案採決は否決に終わった。この国難のときに相変わらず醜い政権争いとあきれるばかりだ。が、こうした稚拙で陳腐な騒動は、日本人の体質らしい。足の引っ張りあい。中傷、悪口は、国会に限ったことではない。街の小さな自治会にも、そっくり同じ光景がある。昨年、団地自治会から、役員を頼まれた。長く住む街なので、楽しい街づくりに協力できれば、と引き受けた。役員は、77歳の会長はじめ70前後のオバサンたち。独居老人、孤独死と問題は多いが、会議は、いつもわけのわからない会計問題に終始する。住民不在。いまの国会が、コップの中の嵐なら、自治会はおちょこの騒動か。
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課題・創作 テキスト『網走まで』は、東北線で乗り合わせた母子3人の車内
観察でした。若い母子の行き先は「網走」でした。当時、北海道
は未開の地だった。そんなところに行く母子3人に同情する私。
音読作品
課題・この母子が網走についてからの生活を創作してください
創作・網走の生活
武田結香子
 
「母さん、早くはやく。置いて行ってしまうよ」
「ちょっと待って下さいな。あまり急ぐと、君(きみ)ちゃんが泣いてしまうから」
あの子はどんどん先へ行ってしまう。ああ、また人にぶつかってしまって。私はすみません、すみませんと謝りながら追いかけた。少し気を揺るめてしまうと、あの子を見失ってしまいそうで怖かった。私は焦りながら、背中の小さな子を泣かさないように小走りした。
網走で生活してから一ヶ月が経過しようとしている。子二人と私でどうやって生きていこうか迷い続ける日々だったが、それもようやく落ち着きを見せていた。決して裕福といえる生活ではなかったもの、何とか毎日の食事は得ることができている。見知らぬ土地も私たちを受け入れてくれたのだろうか。そう思うと少し安心した気持ちになる。ふと、網走に向けて出発した日を思い出した。一番最初の汽車で一緒になったあの青年。結局、私は彼の名前も行き先も知ることはなかった。たまたま同じ汽車の客車に乗り合わせただけなのに、あの子-瀧の我がままに付き合ってくれたり、私の襟首のハンケチを直してくれたりしてくれた。図図しく、端書を出してもらえるよう頼んでしまったが、彼は函に入れてくれたのだろうか。確認のしようがないから分からないままであるが。彼は私たちを見て、どう思ったのだろう。大抵の人は好奇の目を向けたり、哀れみの目で見たりするが、彼は少し違うような気がした。
 何の確信もないが、そのような気持ちでいっぱいだった。そして、彼は私が預けた端書を読んだのだろうか。そして、何を思ったのだろうか。
「母さん、腹が空いたよ。玉のはないの」
「前にも言ったろう。玉のは持ってこなかったんだ。ドロップで我慢して」
さあ、夕飯の支度を始めなければ。そう思って立ち上がったときには、その青年のことは頭の片隅に置いてしまった。でも、きっとこの土地に、網走に居る限り私は思い出す。他の人とは違う目を向けた、あの青年のことを。
はがき
春日 菜花
電車に乗り合わせた男とは、お互いに名前も名乗らず別れた。息子をトイレに連れて行き、用を済ますと再び電車に乗り込んだ。赤ん坊を背中から降ろし、自分の膝に座らせる。暫くすると電車はゆっくりと走り出し、プラットホームの横を駆け出す。停車場の入り口を通り過ぎる瞬間、箱のポストを見つけた。遠ざかるポストを見つめながら別れ際に男に頼んだハガキのことを思い返したが、視線をずらしてこれからのことを考えた。あの男が言うには、網走まではとても時間がかかるようだ。腕に抱かれ眠る幼子と、すっかり機嫌を治した息子
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.168
を見て、安堵と不安を抱えながら数日間電車に揺られた。
網走に着き、幼子を再び紐で背負いプラットホームに降りる。すると、ひんやりした風が頬を撫でた。八月だと言うのにこうも涼しい場所があったのか、と思わず感嘆した。
「母さん涼しいねえ」と息子が気持ちよさそうに両腕を天に伸ばした。
「ここなら滝さんのおつむも痛まないかもしれないですね」出発した当初は、これから過ごすこの土地に対して不安しかなかった。しかし、ここならば養生できるかもしれないと思い始めていた。
「あのおじさんに何を頼んだの?」駅から出て少し歩いた頃、息子は突然母に問いかけた。
母はとくに言葉を詰まらせるような態度は見せず、
「ハガキですよ。先生と父さん宛のです」と言った。息子は先生という言葉を聞くと、
「先生になんて書いたの?」と嬉しそうに聞き返してきた。
「上野を出て、網走に向かっています。そんなことを書いたのですよ」その答えに満足したのかはわからないが、息子は「ふうん」と呟くと、再び前を向いた。それから数秒沈黙が流れ、
「父さんには?」と今度はこちらを見ることなく問いかけた。
「しばらく出かけます、と。それだけですよ」夫に何も告げずに出ていき、そして何処へ行くのかも書かなかったハガキを出す。これが息子にどのような意味を与えるかは、なんとなく想像がついていた。息子は母の言葉を聞き、握っていた手を少し強めた。母は「いい子」とだけ言い、ぎゅっと握り返した。
幾年か過ぎ、母子の元には何通ものハガキが溜まっていった。ハガキには母子の体調を気遣うような文面が並んでおり、そのハガキがきてはそれに答えるように返事を書いた。差出人は全て女の名であり、男の名は一つもなかった。
テキスト『網走まで』の感想
武田結香子
最後、何故”自分”は端書が気になったのかが不思議がった。迷ったあげく、結局見ないまま函の中へ入れたのに名宛が東京であったこと、女名と男名で1枚ずつあったことがどうして気になったのかがわからなかった。偶然、一緒になった母子の行動にどうしてここまで魅きよせられたのだろう。確かに少し変わっているところもあるが、その子の父親まで想像せずに居られないほどの魅力はどこにあったのだろうか。私もそんな雰囲気を持つ人に会ってみたい、と感じた。
「自分の一日」
メール依存
武田結香子
メ ールの返事がこない。相手は仕事もしているし、暇を持て余す私の事は放っておいてもかまわない。が、なんとなく落ち着かない。さっきからずっと気になって、ソワソワして仕方がない。「変なメールでも送っちゃったかな」なんて。仕舞には少し寂しくなってきた。あるコラムで「寂しくなるのは誰かに自分の存在意義を委ねてしまっている、ということ。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・168―――――――― 12――――――――――――――――
それでは相手に負担をかける。寂しさは自分自身の問題であり、それを軽減するには自分を愛さないといけない」とあった。とりあえず、自分の愛せる場所を探してみたが、何一つ見つからずそんなことを考えている自分が少し気味悪く感じた。そのうちメールのことも忘れていた。そんな一日だった。
時事評  5月30日(火)最高裁第2小法廷で、「君が代」起立命令は合憲との判決がおりました。このことについて自分の考えで議論してください。
君が代起立命令訴訟とは何か
2011年5月31日、朝日新聞朝刊一面から
 公立学校の卒業式で「君が代」を斉唱するときに教諭を起立させる校長の職務命令をめぐる訴訟の上告審判決で、最高裁は30日、「思想・良心の自由」を保障した憲法19条には違反しないとの判断を初めて示した。
【日の丸・君が代をめぐる処分と訴訟】
 文部科学省のまとめでは、斉唱時に起立しないことから処分を受けた教職員は全国のべで
1143人(2000~2009年)うち東京都が4割の443人
教職員組合「日の丸・君が代」不当処分撤回を求める被処分者の会」によると、約300人が町会取り消しと損害賠償。約5 375人が義務がないことなどの訴訟をおこしている。
 以下は判決理由要旨 
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新聞社説 朝日新聞・読売新聞
土壌館・実践的投稿術 No.13
 
文章力修業として投稿も、その一つの手段といえます。投稿は、投稿者が多ければ多いほど採用される確率は低くなります。が、そのことは即ち投稿作品の質の向上にもなります。様々なものへ観察・興味を抱く要因ともなるので、投稿は一石三鳥ほどの価値があります。
 もっとも投稿といっても、小説・論文投稿から標語まで多種多様です。が、ここでオススメするのは新聞投稿です。新聞は、毎日投稿できます。政治・社会・生活観察・自分の意見と幅もあります。また、時流や出来事のタイミングも重要となり自然、書くことの日常化・習慣化が身につきます。文章力研磨にもってこい場ともいえます。
 土壌館では、文章力を磨く目的はむろんですが、社会への疑惑や自分の意見・感想を伝えるために新聞の投稿欄に寄せつづけています。なぜ投稿欄かというと、投稿欄は字数制限があるからです。500字は人が飽きなく読む字数です。文体を簡潔にする工夫が必要です。
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投稿術バックナンバー
No.1 「医師への金品 規制できぬか」   1994・2・2   朝日新聞「声」欄
No.2 「カラー柔道着 いいじゃないか」  1994・5・17  朝日新聞「声」欄
No.3  「立会人が見た 活気ある投票所」 2009・9・2    朝日新聞「声」欄
No.4 「勧誘の仕方 改められぬか」   1994・10・15 朝日新聞「声」欄
No.5 「団地建替え 住めぬ人びと」    1995・9・24 朝日新聞「声」欄
No.6 「地域に必要な 子供たちの場」   1996・11・5   朝日新聞「声」欄
No.7 「燃える家々に 戦争を実感」MoMo 1999・4・3   朝日新聞「声」欄
No.8 「嘉納」の理念 世界に発信を   2009・3・10   朝日新聞「声」欄
No.9 「50歳の1年生 師の撮影行脚」   1996・9・16  朝日新聞『声」欄
No.10 「教師の創意で 生徒に楽しさ」  1995・3・15   朝日新聞「声」欄
No.11 「児童の作文大切にした恩師」  2011・1・8    朝日新聞「声」欄
No.12 「カエル飼って子供ら変わる」  2006・7・28   朝日新聞「声」欄
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ゼミ雑誌作成について
ゼミ誌は、ゼミ一年間の成果の証です。全員で協力して完成させましょう。テーマは、志賀直哉の観察作品をテキストにします。た車内観察作品とします。前期課題作品です。提出しながら完成度を高めてください。
ゼミ雑誌編集長 → 武田 結香子さん  
ゼミ誌副編集長 → 藤塚 玲奈さん  
      ゼミ誌編集委員 → 他ゼミ員全員
ゼミ雑誌作成計画・報告と予定
Ⅰ 5月25日(水) ゼミ雑誌作成ガイダンス 参加=武田・藤塚
  
  ゼミ雑誌作成の説明を受け、申請書類を受け取って期限までに必ず提出する。
  5月29日 武田編集長より提案。自由創作も視野に
Ⅱ.発行手順 ゼミ雑誌の納付日は、2011年12月15日です。厳守のこと。
  以下① ~ ③の書類を作業に添って提出すること。
【① ゼミ雑誌発行申請書】【②見積書】【③請求書】
1.【①ゼミ雑誌発行申請書】所沢/出版編集室に期限までに提出
2. ゼミで話し合いながら、雑誌の装丁を決めていく。
3. 9月末、ゼミ誌原稿締め切り。(原稿は課題作品なので、毎週課題提出してください)
4. 印刷会社を決める。レイアウトや装丁は、相談しながらすすめる。
5.【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
6. 11月半ばまでに印刷会社に入稿。(芸祭があるので遅れないこと)
7. 雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。
8. 印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。
注意 : なるべくゼミ誌印刷経験のある会社に依頼。(文芸スタッフに問い合わせ)
     はじめての会社は、必ず学科スタッフに相談すること。
ゼミ誌原稿は課題と自由創作
ゼミ誌掲載の原稿は、授業課題(テキスト感想・車内観察・自分観察・時事評)と自由創作とします。自由作品は、毎週書く、課題から培った習慣化で執筆力を発揮してください。
課題提出のススメ
2011年読書と創作の旅は、大変な旅立ちとなりました。大震災、終わらない福島原発事故、浜岡原発停止、風評被害。国外に目を向ければ、アフリカ諸国の自由を求める内紛、テロ首謀者の最期。世界もまた風雲急を告げている。私たちにできるのは、森羅万象をしっかり観察し記録することです。この旅を有意義なものにするためにも、課題はきちんと提出しましょう。車窓風景、車内風景 時事評 テキスト感想などです。
テキスト=時空列車の車窓『鳥取』『出来事』『正義派』『網走まで』『『灰色の月』『夫婦』
    =風景観察『菜の花』、犯罪観察『兒を盗む話』、裁判観察『范の犯罪』
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人間観察・連載 教育の原点を検証。震災後の日本の教育を考える(編集室)
熊谷元一と『一年生』
はじめに・三足のわらじへの疑問
 2010年の晩秋、東京都下清瀬市の介護施設で一人の写真家・童画家が亡くなった。101歳の高齢だったが、最期まで陽気で元気だった。お見舞いにきた曾孫に「わしは、いくつだ」と尋ね「ひゃくいっさいだよ」と答えられると「そうか、そんなに長く生きたのか」と、あきれるようにつぶやいて笑いをとった。そうして永久の眠りに着いた。
 翌日、新聞各紙はその死を報じた。「写真家熊谷元一さん死去」(読売)「満蒙開拓民の写真 熊谷元一さん」(朝日)「写真・童画家 熊谷元一さん死去」(信毎)などなど。いずれも写真家・童画家と記されていた。後日、NHKテレビの特集番組でも「写真家熊谷元一」として紹介されていた。番組のなかでもアニメ映画の巨匠宮崎駿監督に「すごい写真」と印象づけていた。写真家・童画家として功なり名を遂げた幸福な一生だったといえる。
 だが、熊谷には、写真家、童画家の他に、もう一つの顔があった。2011年五月二十八日、信州のある山村の公民館で、熊谷元一の偲ぶ会が開かれた。参加者の多くは、教師時代の教え子だった。追悼セレモニーでは、彼らは思い出を語った。そう熊谷は小学校教師でもあったのだ。生涯一教員として定年まで勤め上げた。それ故、写真は、あくまでもアマチュアカメラマンであり童画も、同じ日曜画家にすぎなかったのだ。
しかし、熊谷は余暇の写真と童画で世に知られた。そのことで、熊谷は、自分の人生を「三足のわらじを履いた人生」と、たとえていた。三足のうち、写真と童画の二足は、上手に履ききったといえる。が、本職の教師はどうだったのだろう。こちらの評価は、芳しいとはいえない。偲ぶ会で、教え子たちは、教師としての熊谷を、このように話した。「教室で勉強を教わった記憶がない」「天気がよければ、すぐ郊外学習だった」。教室でものを教えるより子供たちを外に連れ出し自由にさせ、そのスキに好きな写真を撮っていた先生。そんな印象だった。
そのことを裏打ちするように長男が最後の挨拶でこんな秘密を暴露した。家にいるときは暗室ばかりいるので、学校で何を教えているのか、子供ながらに不思議に思っていた。それで「あるとき親父の鞄をのぞいてみた」。そしたら中には、カメラと弁当しか入っていなかった。「いま、みなさんの思い出を聞いて合点がいきました。やっぱりか、と」とたん、しんみりした会場に笑いが起った。
 熊谷の人生は、生涯一教員だった。が、世間的には写真家・童画家だった。生まれ故郷の村人もそう思っているようだ。好きな写真を撮るために、童画を描くために、ただ生活の糧を得るために教師をしていた。その印象は、亡くなっても、変わらないようだ。
 だが、はたしてそうだろうか。たしかに熊谷は三足のわらじを履いていた。そのうちの二足のわらじの活躍はめざましい。とくに写真家としての熊谷は、抜きん出ている。昭和13年に朝日新聞社から出版した写真集『会地村・一農村の写真記録』をはじめ今日まで出版された写真集の数は知れない。それらは、いまや日本の貴重な財産となっている。なかでも昭和30年に岩波写真文庫から出版された『一年生』は、写真界の金字塔といっても過言ではない。童画においても、昭和43年に福音館から出版された絵本『二ほんのかきのき』は、今日のいま現在まで111万部発刊のロングセラーをつづけている。
 偲ぶ会のパンフレッドに列記された熊谷の写真家・童画家としての功績。私は「熊谷元一氏略歴」を見ながら、ふと、ある疑問が湧きあがってくるのを禁じえなかった。それは、なぜ熊谷は、教育現場に戻ってきたのか。教師をつづけたのか。なぜ、本職の写真家に、童画家になろうとはおもわなかったのか。そんな素朴な疑問だった。  つづく
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・168―――――――― 16――――――――――――――――
2011年読書と創作の旅の記録
5月 9日ゼミ 出席者9名 欠席者4名|6月13日ゼミ 
5月16日ゼミ 出席者4名 欠席者9名|6月20日ゼミ
5月23日ゼミ 出席者5名 欠席者8名|6月27日ゼミ
5月29日ゼミ 出席者5名 欠席者8名|7月
6月 6日ゼミ 出席者
課題提出状況 5月9日の提出分
時事評「3・11」4本 → 藤塚、武田、會澤、春日
「ある日の自分」5本 → 5本 三矢、藤塚、武田、春日、柳瀬
『菜の花』感想9本 → 柳瀬、藤塚、内田、大野、杉山、武田、會澤、三矢、春日
「自分の一日」8本 → 柳瀬、藤塚、内田、大野、杉山、武田、三矢、春日
課題提出状況 5月16日の提出分
時事評(原発事故) → 春日、内田,
「自分の一日」   → 杉山、春日、大野、内田
『網走まで』感想  → 杉山、春日、大野、内田
課題提出状況 5月23日の提出分
『出来事』感想   → 武田、春日、杉山、柳瀬、中村
「自分の一日」   → 武田、春日、杉山、柳瀬
「人生相談」 → 中村、武田、柳瀬、杉山、春日 
「3・11」課題 → 柳瀬    「ある日の自分」課題 → 武田
課題提出状況 5月30日の提出
5月30日提出(正義派感想他) → 春日、杉山、武田、三矢、藤原
「3・11課題」 → 杉山  創作「網走」 → 武田、春日 創作「車内」→春日
「自分観察」 → 杉山             
名作読み 1.嘉納治五郎「青年訓 精読と多読」、2.原民喜「夏の花」3.「第九条」、
テキスト読み 『菜の花と小娘』『網走まで』『出来事』『正義派』
時事評・議題1.「日本国憲法の改正について」 2.原発事故問題について
お知らせ
■ 6月6日 テレビ東京PM10:00放映「鈴木先生」を応援。視聴率上昇中。
原作・武富健治(読書会会員)
         
■ 6月25日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会第245回読書会
作品『分プロハルチン氏』池袋西口・勤労福祉会館 第7会議室 (下原ゼミ生0円)
※ 詳細並びに興味ある人は「下原ゼミ通信」編集室まで
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編集室便り
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
ゼミ評価は、以下を基本とします。
出席日数 + 課題提出(ゼミ誌原稿)+α = 100~60点(S,A,B,C)
名作紹介
モームの中編小説に『月と六ペンス』というのがあります。画家のゴーギャンがモデルといわれています。株式仲買人の主人公は、仕事が終われば友人たちと一杯やりながらカードを楽しみ、ロンドン市内の高級住宅街に芸術好きな妻と住み、日曜には、趣味の絵を絵画倶楽部で描く生活を送っていた。が、ある日、彼は、突然、失踪する。一人でパリに行ったのだ。何をしに・・・?探し当てた妻は驚く。裏通りのオンボロアパートの一室で夫は、ボロ屑にまみれて絵を描いていた。家でだって描けるのに、「なぜ?」主人公は呟く「水に落ちた者は、泳ぐしかない」と。芸術という魔物にとり憑かれてしまった人間の壮絶な物語

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