文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.169

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2011年(平成23年)6月13日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.169
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
4/18 4/25 5/9 5/16 5/23 5/30 6/6 6/13 6/20 6/27 7/4 7/25
  
2011年、読書と創作の旅
6・13下原ゼミ
6月13日(月)の下原ゼミガイダンスは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1. 2011年読書と創作の旅 通信169配布 出欠 連絡事項 
2. 6・6ゼミ報告、司会指名
 
 3. テキスト読み『夫婦』
4. 世界・名作読み、(日常観察作品)
    
3・11東日本大震災並びに福島原発事故で被災された皆さま方に心よりお見舞いい申し上げると共に被災地の一日も早い復旧と復興をお祈り申し上げます。
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2011年読書と創作の旅 6・6ゼミ報告
久々の7割、気温上昇に正比例 
   ゼミ出席率3週間ぶり半数を上回る(出席者9名、欠席者4名) 
5・16ゼミから低迷がつづいていたゼミ出席者が、この日、久しぶりに半数を上回った。季節は梅雨。うっとおしいが作物には、大事な季節。ゼミもまた同じ参加の皆さんには、降る課題と読みを糧として成長することを祈ります。
司会進行は、柳瀬美里さんに 
この日の司会進行は、柳瀬美里さんにお願いした。議題は、ゼミ雑誌作成について、時事評「君が代問題」、提出課題、読みと合評でした。
※司会方法の取り決めはありません。司会者は、プログラムを自分流に進めてください。読む範囲は、平均的に指示できればいいですね。
ゼミ雑誌第1回編集会議・タイトル『日常』(仮)など決まる!!
 ゼミ雑誌について、第1回編集会議が行われた。武田編集長の進行で仮タイトル、版型など雑誌制作に関する企画案が話し合われた。その結果、大枠がまとまり、出席者8名(後9名)と過半数を超えていたことから、以下の案が決定事項となった。
 なお、写真・図は無しで、全編文章とのこと。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.169―――――――― 2 ―――――――――――――
ゼミ雑誌制作決定事項(案)
ゼミ雑誌・タイトル → 『日 常』なんでもない一日をイメージ
版型(サイズ)   → 文庫サイズ
頁 数       → 300ページ 凡そ
業 者       → (株)藤原印刷 知っている印刷会社だから
内 容       → 課題&自由創作(テーマ=朝・昼・夜)
割り当て(一人)  → 20枚程度
締め切り      → 課題は前期までに提出されたものの中から
            自由創作は、夏休み明け厳守
以上です。皆で協力して、2011年の記念になる雑誌を作りましょう。まだ、日にちに余裕あります。今後はレイアウトなどを話し合ってください。
合 評 音読したあと合評した作品は、下記の提出作品です。
杉山知紗さんの「3・11」「風邪と読書」しっかり自分観察。3・11はもう少し簡潔に。
春日菜花さんの「創作・子供連れの老人」第三者の目を通しての車内観察。丁寧な観察
武田結香子さんの「テキスト『網走まで』のつづき」どんな生活が待っていただろうか。
春日菜花さんの「テキスト『網走まで』のつづき」なぜ母子は、網走に来たのか。
時事評      君が代起立訴訟問題について
     5月30日、裁判で合憲となった君が代斉唱起立命令に対する参加者の意見。
「訴訟した教師の考えがわからない」「思想の偏りを感じる。訴訟者は、考え直した方が」
「日本人をやめろ。日本人らしくない。ハートのない人」「立たない人は、アナーキスト」
「ニュースを聞いたとき、生徒がかわいそうと思った」「左思想の人」「合憲は、当然と思うが雇用されないというのは問題」「友人に起立しない人がいた。が、きちんと自分の意見をもっていた」「訴訟した教師、反対の立場になれば注意するのでは」
 参加者9名の人の意見は、大筋で起立命令は憲法違反ではない、合憲という見方だった。ちなみに朝日新聞の社説は「手放し、無条件の合憲判断」とは言い難いと訴訟者に同情的。読売新聞の社説は「合憲判断は当然」とはっきりしている。
各人の、筆記での考えは次の通りでした
柳瀬 美里
訴訟をどのように思うか
私からしてみれば、式の際の国歌斉唱がとりざたされたことが奇妙な気持ちだった。深く考えたことはなかったけれど、もはやそれは慣例に近く、そういったことに思想などといったものに抑制と考える教師がいること自体が不思議に思える。
合憲の判決に賛成
その理由:上記にも書いたがたったそれだけで思想の抑制ととる方がおかしい。式は生徒たちにとっては大切な場であり、その場ではその場にあった行為とするのは当然と思える。
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三矢 日菜
合憲の判決に賛成
理由:式典で、その秩序を乱す人間がいたら、注意を促すのは当然だと思うので、校長の職務命令は憲法に違反するほどのことではないと思います。
武田 結香子
訴訟をどのように思うか
教師は生徒の手本となる存在であるし、式典の際には必ず行う国歌斉唱なのだから特別な理由がない限りは起立するのが義務であると思う。だが、それが理由で再雇用を認められなかったのは少し変な気がした。
合憲の判決に賛成
理由:やはり手本となる立場の人が、間違った行動を教えるのはおかしいと思う。社会にこれから出て行く人には正しい姿勢を見せるのが一般的だと思うから判決は正しいと思いました。
篠塚 玲奈
訴訟を起こすようなレベルの問題だろうか、と思いますが、それが個々人の思想や良心が絡むと必然的に第三者の観点又は司法機関という場で裁くなり判断してもらうなりしないといけなくなるのは否めないのでしょう。何を信じるのか、どのような思想を持つのか”自由”が与えられているからこそ直面することなのだと感じます。
合憲の判決に賛成
理由:例外はあるにしても現在全国の教育機関をはじめとする様々な場で、起立しえ証するのは”当たり前”のことであるから。正直、司法の機関に持ち込むほどのことなのか、とも思っています。
會沢 佑果
教師としては、国歌斉唱時に立つ、立たないという問題よりも、自分よりもダメな教師が再び教師になったことがゆるせなくて訴えたような文章があったかと思うのですが、その問題ではなく国家斉唱時に立たないことを注意するのは合憲か違憲かにすりかわってしまっているような感じを受けました。
合憲の判決に賛成
理由:問題は入れ替わっているかもしれませんが、単純に「教師」のすることではないとお思います。
杉山 知紗
訴訟自体は斉唱を義務付けてなお400人以上の教職員が従わなかったように、今後もまた現れるだろう斉唱しない教職員らに対する大きな警告になりえたと思う。思想、良心の自由を彼らは訴えるが、また職業選択の自由もある。斉唱しない、またはしなくても許される他の仕事を選ぶのが一番平和かもしれない。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.169―――――――― 4 ――――――――――――――
合憲の判決に賛成
理由:上のように斉唱をしない仕事、しなくとも許される仕事は沢山あるだろう。その中でかならず接しなければならない教師を選んだことにまず疑問が浮かぶ。そして教師は常識を教えるものだ。常識とは多数派だ。少数派の自分の意見を押し通していいのか。通すにしても他のやり方はなかったのだろうか?
合憲の判決に不服
さんざん言ってみたものの、私は君が代に対する知識も元教師のような考えもない。今後もっと勉強せねばなるまい。(ところでこの教師は日教?とかいうやつなのかもわからない)
□昨年、明治大学で視たドキュメンタリー映画では、二人の女性教師が君が代を拒んでいた。一人はピアノ教師で宗教がらみ。もう一人の先生は、組織ではなく個人的に嫌ということだった。
春日 菜花
当たり前のものとして考えていた私には、少し理解しがたかった。決して私は右派ではないし、だからといって左派を推すこともない。訴訟を起こすということは、国にケンカを売るようなものではないかと感じた。
合憲の判決に賛成
理由:模範の立場である教員は、それ自身にとっても当たり前のようにやらなくてはならない義務があるはずだ。それができないのであれば、正直教職には向いていないのではないだろうか。だからといって己の主張を全てねじ曲げてしまえば、それは唯の人形だ。立つことが義務ではなく、そうすることが自然となるような場が必要だろう。
椎橋萌美
日本の良さが消えた。忍び、心、おもいやりあっての日本。そして何より何故”今”こんなくだらないことで裁判しているのか。もっと他にやるべきことがあるだろうに。無駄な時間と労力を被災地に使え。
合憲の判決に賛成
憲法で取り締まるほどのものではない。この合憲の判決によって”マナー”を守れない輩が増えるはず。「だって憲法違反してないもん」2011年夏、大流行間違い無し。
内田 悠介
基本的にどーでもいい。もっと優先する事あるんじゃないでしょうかと。アナーキーな感じで起立しないことより、アナーキーな曲を作曲して路上ライブした方がまだ効果があると思います。
合憲の判決に賛成
特に誰も困らないと思うからです。不服な人は意固地張ってるだけなんじゃないかと。
9名の参加者のほぼ全員が、なかには、完全には理解していないので、といった慎重派もいましたが、起立命令の合憲に賛成でした。たぶん、これが常識かと思います。が、創作は
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どの立場にたっても考えなくてはなりません。賛成ばかりの登場人物では、物語が構成されません。面白くもありません。物語には、いろんな人間が必要なのです。
 そこで、少ないですが合憲に反対した裁判官の意見要旨を紹介します。貴重なので参考にして下さい。2011・6・7朝日新聞から
君が代起立命令「合憲」裁判官1人(5人中)反対意見
 5人の裁判官のうち1人は反対意見を述べた。常識的なことが主流の場合、少数派はどの
ような意見を述べたか興味あるところです。
【反対意見の要旨】 宮川光治裁判官が述べた反対意見の要旨は次の通り。
 
憲法は少数者の思想・良心を多数者のそれと等しく尊重し、その思想・良心の核心に反する行為を強制することは許容してはいない。国旗に対する敬礼や国家の斉唱は多くの人々にとっては自発的な行為であり、起立斉唱は儀式におけるマナーでもあろう。
しかしそうでない人々が相当数存在している。「日の丸」「君が代」を軍国主義や戦前の天皇制絶対主義のシンボルであるとみなし、平和主義と国民主権とは相いれないと考えている。
少数ではあっても、そうした人々はともすれば忘れがちな歴史的・根源的問いを社会に投げかけているとみることができる。
 本件職務命令は、直接には元居職員らの歴史観、世界観、教育上の信念を持つことを禁じたり、これに反対する思想を強制したりするものではないので、一見明白に憲法19条に違反するとは言えない。しかし、不起立不斉唱は思想・良心の核心の表出であるか、少なくとも密接に関連する可能性がある。
 多数意見(今回の判決)は、起立斉唱行為を一般的、客観的な視点、いわば多数者の視点で評価している。およそ精神的自由権に関する問題を多数者の観点からのみ考えることは相当でない。
 割り切って起立し斉唱する者もいるだろう。面従腹背する者もいるだろう。起立はするが、声を出して斉唱しない者もいよう。深刻に悩んだ結果としてあるいは信念としてそのように行動することを潔しとしなかった場合、その心情や行動を一般的ではないからとして過小評価するのは相当ではない。・・・・・合憲性の判断にあたっては、通達や職務命令をめぐる諸事情を的確に把握することが不可欠だ。
以上です。この裁判官の意見を簡単にすれば「儀式のマナー」だが「多数派の視点で評価」することは相当でない、としている。この意見に同意することが、あるいは納得することができたでしょうか。
【君が代について】広辞苑(岩波書店)
① わが君の御代 ②天皇の治世を祝った歌。歌詞は「君が世は千代に八千代にさざれ石
の巌となりて苔のむすまで」で、古今集には初句を「我が君は」とした歌がある。作曲は宮内省怜人林広守。明治26年、小学校における祝祭日の儀式用唱歌として公布。以後、事実上の国家として歌われた。
HP日本における君が代の認識 [編集]
国歌 (national anthem) は近代西洋において生まれ、日本が開国した幕末の時点において外交儀礼上欠かせないものとなっていた。そういった国歌としての有り様は、明治9年(1876年)に海軍楽長の中村裕庸が海軍軍務局長宛に出した「君が代」楽譜を改訂する上申書の以下の部分でもうかがえる。「(西洋諸国において)聘門往来などの盛儀大典あるときは、各国たがいに(国歌の)楽譜を謳奏し、以てその特立自立国たるの隆栄を表認し、その君主の威厳を発揮するの礼款において欠くべからざるの典となせり」[4]
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・169 ――――――― 6――――――――――――――――
つまり国歌の必要性はまず何よりも外交儀礼の場において軍楽隊が演奏するために生じるのであり、現在でも例えばスペイン国歌の「国王行進曲」のように歌詞のない国歌も存在する。しかしそもそも吹奏楽は西洋のものであって明治初年の日本ではなじみがなく、当初は “national anthem” の訳語もなかった。国歌と訳した[注 2]ものの、それまで国歌は和歌と同義語で漢詩に対するやまと言葉の歌(詩)という意味で使われていたため “national anthem” の意味するところはなかなか国民一般の理解するところとならなかった[4]。
こういった和歌を国民文学とする意識からすれば日本においては一般に曲よりも歌詞の方が重要視され、国歌「君が代」制定の経緯を初めて研究し遺作として『国歌君が代の由来』を残した小山作之助もまずは歌詞についての考察から始めている。
6・13ゼミプログラム
1. ゼミ開始 「ゼミ通信169」配布  出欠 全員参加のときは撮影  
       6・6ゼミ報告 その他
2 司会指名。本日は「      さん」にお願いします。.
司会者は、自分流に参加者公平の音読範囲、発言を心がけて以下をすすめてください。
3. ゼミ雑誌編集について 追(案)あったら 正副編集長
4. 課題提出作品の発表(出席者作品)、音読と合評
 合評留意点 ①わかりやすいか ②全体のモチーフはあるか ③伝わるものがあるか
5. テキスト読み・車内観察作品と日常観察作品
 車内観察作品は『夫婦』、日常観察作品は『濠端の家』
6.世界名作の旅 日常作品
 
土壌館日誌        柔道大会の一日
 6月5日、春季市民柔道大会。8時10分、最寄駅で、小4の男の子二人と待ち合わせる。一人の子は母親が仕事、もう一人は、母親が出産を控えている。私鉄を二つ乗り換えて大会会場の武道センターへ。9時前到着。連絡あった2名欠場を報告。小5の男子はゴルフ塾から戻れない。中3男子は体調不備。2階の会場は柔道着姿の選手でごった返していた。300人余りか、毎年同じぐらいである。SPの姿なし。昨夜、会場準備のとき、今日は、来ないだろう、と噂した。いくら地元で毎回来ているとはいえ、さすが今日は来れないだろうが、大方の予想。しかし人心の裏をかくのが政治家。野田財務大臣は、来賓祝辞でいつものように自分の柔道体験を語り、国政にちょつぴり触れた。今回はフランス帰りなので、外国の柔道事情も話した。日本の3倍の柔道人口。高3のウチの選手が選手宣誓。はじめて道場にきた小1の頃を思い出した。この日の土壌館の成績は、小1女子が敢闘賞、小4男子が敢闘敢闘賞、中3男子と高3が銅メダルだった。4時閉会。いつもの通り長い一日だった。
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課題6・6提出(音読)
なんでもない自分の一日の記録・時
武田 結香子
今日は予定が何もない。授業も、バイトも、どこかへ出かける用事も、何もない。時間がたくさんあるんだな、と考えてそうじゃないと出来ないことをしよう!と思った。まずは、部屋の掃除。机まわりが汚すぎて、本から資料やらいろんなものが積み重なっている。読みたかった本もきっとそこに埋まっているはずだから、近くのコーヒーショップでお茶しながら読もう、なんてテンションを上げて。先週片付けたばかりなのに、どうしてこうも散らかり放題なのだろう。いるもの、いらないもの、どんどん分別して片付けているはずなのに、全然前に進んでいないような気がする。途中、懐かしいものが出てきた。高校の卒業アルバムだった。3年間クラス替えがなかったから、ものすごく個性的で楽しいクラスだった。まだ、あれから1年と少ししか過ぎていないのに。それとも、もう1年も過ぎてしまったのだろうか。どちらにしても、あの頃の自分はまだ子どもで考え方も幼かったと思うところがたくさんある。今、それが改善されているのかどうかはわからないけれど。そんな風にぼんやり考えていたら、あっという間に1日が終わろうとしていた。どれだけマイペースなんだ、自分、と思いつつも、いろいろと懐かしいことを思い出せたから、こういう一日も有りかなあと思った。
車内観察・瞳
武田 結香子
私は車内から外の景色を眺めるのが好きだ。季節、時間によって大きな変化はないものの少し雰囲気が違って見えてくるのが面白く感じる。一緒に乗り合わせた人々を観察してみるのも、また興味があるのだが、どうしても目が合ったときの気まずさに耐えられず、視線は自然と窓のほうへ向く。外の景色を見ている人の瞳の動きを見たことがあるだろうか?これは私の弟なのだが、右から左へとものすごいスピードで瞳の黒い部分が動いていた。いったい何をとらえて映しているのだろうか。さすがに他人の目を凝視するわけにもいかないから、身内や友達でそういう人と一緒になったら、少し見てみると面白いと思う。車内を見るとほとんどの人が携帯を片手に、その画面を見つめている。誰かと連絡を取り合ったり、情報を入手することも必要だとは思う。だけど、ほとんどの人が自分と携帯の世界に入りこんでしまっては、どこか寂しいような気もする。ときには顔を上げて、その車内の雰囲気や外の流れていく景色を感じたほうが、画面に映し出される情報よりも、もっと色鮮やかでくすっと笑える発見や情報が転がっているのではないかな、と私は思う。
車中作品・羽根の行方
春日 菜花
そこにそれは落ちていた。赤と茶と白が入り混じった一枚の羽根。大体10cmぐらいの大きさで、座席から少し離れたところにぽつんと落ちていた。どうして電車に羽根が落ちているのだろう。少年は電車に乗り込むときに羽根を見つけ、それを見つめたままその真横に立った。色や大きさから考えても、自然にいる鳥のものではない。ましてや人の往来が多いこの駅に、鳥が好んで来るようにも思えない。けれど、その羽根や形や色をどこかで見た覚え
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があった。少年は視線を羽根からちらちら動かしながら、それを拾ってしまうか否かを悩んだ。触ってみれば本物か偽者かわかるだろうが、余計な理性が好奇心を押さえつけている。そうこう悩んでいる間に、電車が出発してしまった。羽根は電車の揺れに合わせて小刻みに動いていて、その動きにも覚えがあった。駅に着き扉が開くと、ぶわっと風が舞い込んで羽根は車内の奥に飛んでいった。それを尻目に見ながら、少年はホームへ降りる。結局その羽根を触ることも、それが何であるかもわからないままだった。帰り道で羽根のことを考えることは一度もなかったが、家の扉を開けたとき「にゃあ」と声がした。少年は、ハッとした。
なんでもない自分の一日の記録
春日 菜花
雨が降ると、朝が暗い。雲で覆われた空は光を差さないために、灯りも何も付けていない部屋はまるで夕方のようだ。カーテンを少しだけ開けるとしとしとと雨が静かに降っている。庭の土が雨を吸い込み濃く変色しているせいもあってか、余計暗く感じた。そのまま庭を見ていたら、ふと、視界の隅で真っ白な猫がたかたかと突っ切っていくのが見えた。それは今の世界の中では、とても異様なように浮き立っていた。
雨の日の必需品の傘。私の傘は赤い色をしている。鮮やかとは言い切れないが、雨の中でも映えるだろう色。模様も一切入っていない、一色の傘。家の中だと暗く感じたが、外に出てみると案外そうでもなかった。傘を差すと、視界にちらちらと赤がはいってきた。雨の日というのは、どうしていつもと同じ景色と同じ時間をこうも変えるのだろう。誰もが口を噤んでいるかのように、ぽつぽつと傘にあたる雨音以外聞こえず、人の姿をみることも少なくなる。毎朝見かける近所のおばさんも、今日はいなかった。まるで、いつもと違うことをしているかようで、少しだけどきっとした。
土壌館日誌        SF・ある惑星観察からの報告
 宇宙歴2011、 小銀河のはずれにある惑星に着いた。繁栄はすでに終わり終末に向かっている。いたるところ放射能が飛びまわっていた。自然林は、蝕まれ、命の水は汚染されていた。形あるものは、必ず滅る。存在宇宙の常である。が、この星は寿命を待たずして、滅ぼうとしている。平凡な一惑星。形態も、これまで過ぎてきた星星とたいした違いはない。どこの銀河にもある普通の星。私たちは、この星で収穫すべきものを収穫し、コアからのエネルギー補給が終わると、再び、はるか、彼方の大銀河に旅立つことになっている。時間も距離もないないわたしたちにとっては、測ることができないが、この星にとっては気の遠くなるほどの時間らしい。
その前にこの星に生きる有機体生物について、少しばかり報告しておく。というのも、何千と何万種の有機体生物のなかでただ一種、じつに奇妙な生き物がいたからだ。
この星には大別して、4通りの存在域がある。一つは、この星の表面にうごめいている有機体。二つには空間を飛翔する生き物、三つめは、地中の中に棲むもの。そして四つ目は、水の中に生きるものである。奇妙な生き物は、地上で生活する生き物だが、自分たちで作り上げたものを使って空中、水中、地中に入り込んでいる。奇妙なのは、他の有機体は、存続のためにのみ生きているが、この奇妙な二足歩行の生き物は、自分たちを滅亡させるためにのみ生きている。そのことに気づいてはいるが、解決できる能力はない。それもまた、この星の運命だ。わたしは、やがて去るが、奇妙な生き物たちが残した遺産を、土産として持ち帰るつもりだ。彼らは、知識以外のものでつくりあげた品々を、彼らにしては、丈夫な保管場所にしまってある。彼らの言葉で『美術館』というらしいが。いまは、わたしたちの収穫場所となっている。
―――――――――――――――――― 9 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.169
土壌館・実践的投稿術 No.14
 
文章力修業として投稿も、その一つの手段といえます。投稿は、投稿者が多ければ多いほど採用される確率は低くなります。が、そのことは即ち投稿作品の質の向上にもなります。様々なものへ観察・興味を抱く要因ともなるので、投稿は一石三鳥ほどの価値があります。
 もっとも投稿といっても、小説・論文投稿から標語まで多種多様です。が、ここでオススメするのは新聞投稿です。新聞は、毎日投稿できます。政治・社会・生活観察・自分の意見と幅もあります。また、時流や出来事のタイミングも重要となり自然、書くことの日常化・習慣化が身につきます。文章力研磨にもってこい場ともいえます。
 土壌館では、文章力を磨く目的はむろんですが、社会への疑惑や自分の意見・感想を伝えるために新聞の投稿欄に寄せつづけています。なぜ投稿欄かというと、投稿欄は字数制限があるからです。「声」欄が多いのは、規定が500字だからです。この字数は人が飽きなく読む文章です。500字のなかに主張、出来事などを簡潔に入れる工夫が必要です。
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朝日新聞「私の視点」2003・12・27 イラク元大統領フセイン拘束の報を聞いての投稿
         新聞
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投稿術バックナンバー
No.1 「医師への金品 規制できぬか」   1994・2・2   朝日新聞「声」欄
No.2 「カラー柔道着 いいじゃないか」  1994・5・17  朝日新聞「声」欄
No.3  「立会人が見た 活気ある投票所」 2009・9・2    朝日新聞「声」欄
No.4 「勧誘の仕方 改められぬか」   1994・10・15 朝日新聞「声」欄
No.5 「団地建替え 住めぬ人びと」    1995・9・24 朝日新聞「声」欄
No.6 「地域に必要な 子供たちの場」   1996・11・5   朝日新聞「声」欄
No.7 「燃える家々に 戦争を実感」MoMo 1999・4・3   朝日新聞「声」欄
No.8 「嘉納」の理念 世界に発信を   2009・3・10   朝日新聞「声」欄
No.9 「50歳の1年生 師の撮影行脚」   1996・9・16  朝日新聞『声」欄
No.10 「教師の創意で 生徒に楽しさ」  1995・3・15   朝日新聞「声」欄
No.11 「児童の作文大切にした恩師」  2011・1・8    朝日新聞「声」欄
No.12 「カエル飼って子供ら変わる」  2006・7・28   朝日新聞「声」欄
No.13 「『罪と罰』で正当性立証か」  2003・12・27   朝日新聞「私の視点」
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・169―――――――― 10――――――――――――――――
ゼミ雑誌作成について
ゼミ誌は、ゼミ一年間の成果の証です。全員で協力して完成させましょう。テーマは、志賀直哉の観察作品をテキストにします。た車内観察作品とします。前期課題作品です。提出しながら完成度を高めてください。
ゼミ雑誌編集長 → 武田 結香子さん  
ゼミ誌副編集長 → 藤塚 玲奈さん  
      ゼミ誌編集委員 → 他ゼミ員全員
ゼミ雑誌作成計画・報告と予定
Ⅰ ゼミ雑誌作成手順と決定事項
  
   5月25日 ゼミ誌ガイダンス 武田編集長
5月29日 武田編集長より提案。自由創作も視野に
6月 6日 仮題『日常』、内容=課題・自由創作 頁300(一人20枚)
      業者=藤原印刷 写真・図案は無し
Ⅱ. ゼミ誌原稿、最終締切日9月26日(月)自由創作提出
Ⅲ. ゼミ雑誌の納付日は、2011年12月15日です。厳守のこと。
  
① ~ ③の書類を作業に添って提出すること。
【① ゼミ雑誌発行申請書】【②見積書】【③請求書】
1.【①ゼミ雑誌発行申請書】所沢/出版編集室に期限までに提出
2. 6月6日ゼミ雑誌題・型・頁・業者・内容(案)決まる。
3. 9月末、ゼミ誌原稿締め切り。(原稿は課題作品なので、毎週課題提出してください)
4. 印刷会社を決める。藤原印刷に決まる。レイアウトや装丁は、相談しながらすすめる。
5.【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
6. 11月半ばまでに印刷会社に入稿。(芸祭があるので遅れないこと)
7. 雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。
8. 印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。
名作紹介
モームの中編小説に『月と六ペンス』というのがあります。画家のゴーギャンがモデルといわれています。株式仲買人の主人公は、仕事が終われば友人たちと一杯やりながらカードを楽しんでいた。ロンドン市内の高級住宅街に芸術好きな妻と住み、日曜には、趣味の絵を絵画倶楽部で描く生活を送っていた。が、ある日、彼は、突然、失踪する。一人でパリに行ったのだ。何をしに・・・女ができたのか?探し当てた妻は驚く。裏通りのオンボロアパートの一室で夫は、ボロ布にまみれて絵を描いていた。家でだって描けるのに、「なぜ?」主人公は呟く「水に落ちた者は、泳ぐしかない」と。芸術という魔物にとり憑かれてしまった画家の壮絶な物語。
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.169
人間観察・連載2 教育の原点がここにある。震災後の日本の教育を考える
熊谷元一と『一年生』
ひのてるほうへ
昭和四十一年六月十六日、熊谷元一は妻貞子と知人の車で伊那谷を縦断する三州街道(153号線)を一路、東京に向かっていた。後続の二台のトラックには、家財道具一式が積み込まれていた。黄昏前の梅雨空は、どんよりとしていたが、東の向こう空は、まるで朝日が昇る前のように白々として明るかった。左手に延々とつづく赤石山脈が妙にくっきりと見えた。見慣れた風景だが、これで見納めになると思うと胸にこみあげてくるものがあった。熊谷は、感無量な思いで、黙然と眺めながら心の中で別れを告げた。
「さらば故郷、さらば赤石の山々」
前年、二十年勤めた小学校教師を退職するとわかったとき、熊谷は、躊躇なく宣言した。
「村を出て、東京に行く」
 だが、はじめそれを聞いて誰も本気にしなかった。というより皆は、何のことかわからなかった。熊谷は、教師の他に既に写真家・童画家として成功していた。東京には、出版社に度々出向いていた。熊谷の写真と童画のモチーフは、故郷の村を扱ったものだった。そんなことから、熊谷が村を離れるなどということは、想像すらできなかった。
熊谷の東京行きの言葉は、退職後のご苦労様旅行で二人の息子たちがいる東京に遊びに行く。そんなふうに軽く受け止められた。
しかし、実際は家屋、田畑すべてを片づけて先祖伝来の墓だけを残して、東京に移り住むというのだ。それを知って誰もが驚いた。耳を疑った。熊谷を知っている者にとって驚天動地の話だった。東京にいる二人の息子たちも、例外ではなかった。突然に、電話で知らされ驚いた。退職金で東京郊外に家を建て一緒に住みたい、との申し出だった。結婚したばかりの長男は、半信半疑で承知した。が、心のどこかでは、まだ信じかねていた。
てっきり退職後は、生まれ故郷で、老後を好きな写真を撮り、童画を描きながらのんびり過ごす。俳句を趣味とする妻貞子と悠々自適な生活。そのように思っていたのだ。
「どうして・・・」「なぜ・・・」
皆は、首を傾げたが、あまりに突飛過ぎて疑問を呈することさえ忘れた。
おかげで話はとんとん拍子に進んだ。計画通り退職金で東京に土地を買い、家を建てて長男夫婦と暮らすことができるまでになった。三月に退職してから引越しの今日まで、あわただしい日だったが、それも、もう終わり。明日からは、東京での自分の新しい人生がはじまる。それを思うと身が引き締まった。貞子は、引越し作業でくたびれ果てたのか、眠っている。いや、眠ってふりをしているか。東京行きをつげても、何も聞かなかった。
 いつしか空は晴れて夕映えが赤石の峰々に映えていた。まるで、朝日がのぼってくるようだった。いま自分は、ひのてるほうへ、向かっている。子供のころからの夢を果たすために。そう思うと胸が高ぶった。まるで「こどもかけろよ ひのてるほうへ」だな、熊谷はほくそ笑んだ。そして、くちのなかで「望郷」の詩を詠んだ
「故郷いかに清くとも   語る人こそ望ましき  淋しき時ぞ都辺に
故郷の友の名を呼ばん」 そうして最後に歌うように小さく口ずさんだ。
「さらばふるさと ふるさと さらば」
 熊谷の教え子である筆者は、一年前の昭和四十年に東京に上京した。信州大学受験失敗のあと、平和部隊(海外技術協力隊)入隊を夢みて新設された日本大学農獣医学部拓植学科(現生物資源科学部国際地域開発学科)に入学。大学二年のこの年は、竹橋にある新聞社に寝泊まりして発送のバイトをしながら学校に通っていた。そのころ恩師上京の報を風の便りに聞いた。同じ東京の空の下にいる。恩師は小学一年から小四まで担任だった。そのあと久しく会うことはなかった。が、なぜか、なつかしかった。            つづく
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・169―――――――― 12――――――――――――――――
2011年読書と創作の旅の記録
4月25日ゼミ 出席者11名 司会・椎橋 名作「日本国憲法、前文・九条」
5月 9日ゼミ 出席者9名 司会・三矢 テキスト『菜の花と小娘』 
5月16日ゼミ 出席者4名 司会・内田 テキスト『網走まで』
5月23日ゼミ 出席者5名 司会・杉山 テキスト『出来事』  
5月30日ゼミ 出席者5名 司会・春日 テキスト『正義派』
6月 6日ゼミ 出席者9名 司会・柳瀬 時事評「君が代問題」
課題提出状況 5月9日~6月6日迄の提出本数 提出は習慣化の第一歩です。
時事評「3・11」4本 → 藤塚、武田、會澤、春日
「ある日の自分」5本 → 5本 三矢、藤塚、武田、春日、柳瀬
『菜の花』感想9本 → 柳瀬、藤塚、内田、大野、杉山、武田、會澤、三矢、春日
「自分の一日」8本 → 柳瀬、藤塚、内田、大野、杉山、武田、三矢、春日
課題提出状況 5月16日の提出分
時事評(原発事故) → 春日、内田,
「自分の一日」   → 杉山、春日、大野、内田
『網走まで』感想  → 杉山、春日、大野、内田
課題提出状況 5月23日の提出分
『出来事』感想   → 武田、春日、杉山、柳瀬、中村
「自分の一日」   → 武田、春日、杉山、柳瀬
「人生相談」 → 中村、武田、柳瀬、杉山、春日 
「3・11」課題 → 柳瀬    「ある日の自分」課題 → 武田
課題提出状況 5月30日の提出
(正義派感想他) → 春日、杉山、武田、三矢、藤原
「3・11課題」 → 杉山  創作「網走」 → 武田、春日 創作「車内」→春日
「自分観察」 → 杉山             
課題提出状況 6月6日提出分
6・6課題(君が代) → 三矢、内田、椎橋、杉山、會澤、春日、藤塚、武田、長瀬
なんでもない一日 → 武田、春日
車内観察 → 武田、春日
時事評・議題1.「日本国憲法の改正について」 2.原発事故問題について
お知らせ
■ 6月13日 テレビ東京PM10:00放映「鈴木先生」を応援。視聴率上昇中。3位
原作・武富健治(読書会会員)
■ 6月25日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会第245回読書会
作品『分プロハルチン氏』池袋西口・勤労福祉会館 第7会議室 (下原ゼミ生0円)
※ 詳細並びに興味ある人は「下原ゼミ通信」編集室まで
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編集室便り
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
ゼミ評価は、以下を基本とします。
出席日数 + 課題提出(ゼミ誌原稿)+α = 100~60点(S,A,B,C)
付 録
 
ロシアの作家ドストエフスキーは、児童虐待に心を痛めた作家です。作品に、『作家の日記』にとりあげ不幸な子供たちを救おうとしています。
しかし、残念なことに、児童虐待は、今日、いまこの時間にも、どこかで行われています。不幸な母親、子供を救うために、標語を考えましょう!!

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