文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.181-2

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2011年(平成23年)11月21日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.181
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
9/26 10/3 10/17 10/24 10/31 11/7 11/14 11/21 11/28 12/5 
12/12 1/16 1/23
  
2011年、読書と創作の旅
11・21下原ゼミ
11月21日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。ゼミ2教室
1. 通信181配布 「前回ゼミ」報告
2. ゼミ雑誌作成経過報告  課題発表
 
 3. 尾道幼女誘拐事件模擬裁判(テキスト『兒を盗む話』)他2裁判
4. 名作読み・森鴎外『高瀬舟』(裁判関連) テキスト『范の犯罪』
    
11・14ゼミ観察
 14日のゼミは、「尾道幼女誘拐事件」の模擬裁判と、名作から森鴎外の『高瀬舟』の読みと、その裁判用課題実施の予定だった。が、参加は、あいにく春日さんのみだったので先延ばしとした。ちなみに『高瀬舟』は、船中観察と殺害事件観察の合さったもの。
ゼミ誌編集長の武田さんからは、「藤原印刷と話ができた。見積書は今週中に」との連絡があったと春日さんが報告。ゼミ誌納品の12月12日には間に合いそう。編集長の尽力に感謝するところである。杉山さんも所用あってらしい。
春日さんと『竹取り物語』を事件仕立てにした「赤ちゃん誘拐事件」について、話し合った。竹ヤブにいた赤ちゃんを勝手に家に連れて帰り、届けもしないで育てることにした。このお爺さんとお婆さんの罪は・・・。HPの模範解答は、誘拐罪適用ならお爺さん懲役3年、お婆さん2年。大切に育てたことで養子縁組が当てはまれば、無罪だった。春日さんは、役所に届けない点を重視して、無罪より有罪。但し書類送検とした判決。
12月12日の合同発表会の出し物について、春日さんからは「剃刀職人客殺害疑惑事件」の模擬裁判は、どうかとの提案があった。本日21日開廷の「尾道幼女誘拐事件」、本読みの『范の犯罪』「ナイフ投げ美人妻殺害疑惑事件」も視野にするが、現在のゼミ参加者から、登場事物最小の「剃刀殺人」がいいのではとの意見。
雑談で、立川市に住んでいたころのことを思い出した。もう40年も前になるだろうか。私は、数人の友人たちと暮らしていた池袋の下宿をでて立川の下宿屋に住むことにした。南口から多摩川に向かって徒歩10分程の住宅街だった。近くに県立立川高校、立川警察署、職業安定所などがあり河川敷の方には、市の図書館があった。他に大きな神社や養蚕試験場


跡や、桑畑もあった。中央線と甲州街道に挟まれた狭い地区にだったが、なにか一つの社会を作っていた。この町のことを「遠い日の町」と題して作家M・H氏とのことを書いたことがある。この日、帰宅すると、教師をしていた下宿の大家の喪中が届いていた。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.181―――――――― 2 ―――――――――――――
車内観察 
不幸な友
春日 菜花
電車に乗ってからも彼女は喋らなかったし、私も声をかけなかった。どうしようと考えるだけで、結局何もできないまま電車は走る。
静かな車内で私の隣からは鼻を啜る音がする。私は横目で彼女を見ながら、この状況を如何に打破するかで頭が一杯だった。この空間で乗車しているのは、もちろん私たちだけではない。先程から好奇の目がちらちらと注がれているのにも気付いてはいるが、どうしようもない。
「大丈夫?落ち着いた?」
「うっ・・・」
まずい、と一瞬にして後悔した。なんとかしようとしたのが間違いだったのか。
治まりかけていた彼女の嗚咽は再び始まり、今まで素知らぬフリをしてくれていたおじさんまでもがこちらを見た。私は彼女と一度下車しようかとも思ったが、彼女は断固として動こうとしなかった。手を引いても、嫌だという風に首を横に振って立とうとしなかった。
「ごめんね、帰る、ちゃんと帰れるよ」
ハンカチで口元を押さえ、くぐもった声で彼女は言った。彼女は別に体調が悪いわけでも、怪我をしているわけでもない。けれど、不安定になってしまった心がどうにも彼女を動かさなくしている。
彼女はこの電車に乗る前から泣いていた。駅で久しぶりに会った彼女は、私を見るなり突然泣き出してしまったのだ。私はなにがなんだかさっぱりわからない。じろじろとすれ違う人に見られながら、なんとか彼女をホームにあるベンチに座らせた。
久しぶりに会った彼女だったが、どうしようと思考をめぐらせている内にある答えに辿り付いた。きっと、彼女はまたやってしまったのだろう。
彼女は会う度に、いつでも楽しそうに恋を語る子で、悲しい結末を迎えている。
「私が悪いの。むこうは忙しいのに、私ばっかり盛り上がって。わがままばかり」
「・・・」
「面倒くさいんだね、私って。いつもいつも、こんなことばかりで」
どう答えたらいいのか全くわからなかった。でもその言葉を否定することは出来なかった。なぜなら、私もそう思ってしまっていたのだから。
私の沈黙を肯定と取ったのか、それ以降彼女は口を閉ざしてしまった。
無常(無情か)にも、電車は何の迷いもなく再び次の駅に向けて発車した。
□もしかして、この友人は悲劇のヒロインシンドロームかも知れませんね。失恋常習者の話ほど退屈なものはありませんね。ご苦労さまでした。文章に無駄なく、分かり易く、物語性もあって、いい観察作品になっています。
 チェーホフの短編作品をおススメします。チェーホフは、日用品、日常で見かけたものなど、ちょつとした出来事を数多く作品にしています。書いてはすぐに投稿していた。
例えば1880~82年の2年間だけで、『隣の学者への手紙』『小説の中で、いちばん多く出くわすものは?』『二兎追う者一兎を得ず』『女学生ナージェニカの夏休みの宿題』『パパ』『わたしの記念日』『千一夜の情熱、あるいはおそろしき一夜』『リンゴのために』『車内風景』『裁判』『芸術家の妻』『逃した魚』『いまわしい話』『6月29日』『彼と彼女』など32話を雑誌や新聞で発表している。また1882~84年までは、『首になった』『失敗した訪問』『二つのスキャンダル』『善良な知人』『復讐』『新聞・雑誌の読者の考え』など実に114作品もの小話を発表している。(採用されなかったものは、その何倍もあるらしい)
―――――――――――――――――― 3 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.181
課題『異邦人』 カミュの『異邦人』は、1942年刊行され絶賛を博した。
 母の死後、海水浴にゆき、女と関係を結び、フェルナンデルの喜劇映画を見て笑いころげ、やくざな友人の女でいりに争いに関わりあいになって、アラビア人を殺害した。裁判でその動機を「太陽のせい」と述べた。このムルソー容疑者の判決は如何に。
「太陽のせい」殺人事件
春日 菜花
 
【事件の推移】
○月×日、海辺の砂浜で発砲事件が発生。被害者はアラビア人男性。
身体に5発の銃弾が撃ち込まれ、即死。容疑者は旅行者の男性で銃声を聞き付けた友人と婚約者が発見した。警察では友人とその元恋人との関係も捜査中とのこと。
【起訴状】
殺人罪として起訴する。
【検察の陳述】
容疑者は友人と共に旅行中であった。友人は女関係で被害者のアラビア人グループから狙われていたとの事。元々銃の保有者は友人であったが、事件発生前に預かり、発生時は容疑者が所持。容疑者は正当防衛と主張。
【弁護人弁護】
事件発生前に被告人とその友人達は、被害者のアラビア人グループと騒ぎを起こしていたのを地元民が確認しています。友人はその時にナイフで腕と口を抉られ大怪我をしました。もう一度喧嘩を起こそうとした友人を宥めた際に、被告人は銃を受け取りました。その後アラビア人と再び対面したとき、先方がナイフを突きつけてきたので身の危険を感じ、被告人は正当防衛で銃を撃ったのです。
【被害者関係者訴え】
元はといえば、あっちが悪い。あっちが全部先にやってきたからやり返しただけだ。
殴り合いをしたときあの男(容疑者)には手を出してない。なのにどうして復讐されなきゃならないんだ。
【被告関係者訴え】
ムルソー君は何も悪くない。普段から主張の弱い男だ。だと言うのに、どうしてこんな男が誰かを殺そうだなんて思うのか。身の危険以外に発砲する理由なんてないだろう。喧嘩には全く無縁の男なのだから。
【裁判長判決】
被告人を懲役1年執行猶予2年の刑に処す。
※『異邦人』は、評論集『結婚』や『裏と表』と共に、カミュのアルジェリャ期を形造る作品である。ここには、存在の「根源的不条理」とそれに拘らぬ「生への信仰」という二つのテーマが、フィナーレの主人公の絶叫へと向かって、しだいに力強く盛り上げられる。
           訳者・窪田啓作 1954・8
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.181―――――――― 4 ――――――――――――――
テキスト『兒を盗む話』 争点、誘拐は、単に可愛さからか猥褻目的か
尾道幼女誘拐事件模擬裁判
裁判長    =       被告人 =     検察側 =     弁護人 =  
証人(大家) =     幼女の両親 =     被告人の父親 =    
被告人の関係者 =      裁判員 =
裁判長 開廷します。検察側は、事件の説明を行ってください。
検察・事件概要
 12月30日 誓文払い最後の晩、金剛寺下の按摩の妻は、5歳になる娘を連れて祭にでかけた。が、大売り出しの人混みで娘が迷子になった。探したがわからず1時間後、近くの交番に届ける。2時間後、尾道署の巡査、地元警防団多数も加わり捜索するが、娘はようとして不明。両親、探偵を雇う。尾道署も事件・事故の両面で捜査本部を設置し捜査範囲を広げた。3日目、不明の女の子を連れた若者を見た、との目撃情報あり。警察、探偵、両親は若者が借りている家を訪ねる。娘は、若者の家にいて無事に保護。若者は当初、出刃包丁を持って抵抗しようとしたが、おとなしく逮捕された。
裁判長 被告人の犯罪行為を検察側は、どのように捉えているか。簡潔に。
検察側 (春日)衝動的な行動かも知れないが、計画性がなかったわけではない。殺そうとか、物騒なことを考えていたわけでもない。純粋にあの美しい女の子が欲しいと思っていただけなのだろう。幼い子に対する、まるで恋のような感情を抱いてはいけないわけではないが、それが正常だとも言い切れない。被害者の家族からすれば、異常・変態と思われても当然だろう。
検察側 (武田)金剛寺という寺の下に住む按摩の娘(5)がいなくなった、と警察に連絡が入った。誓文払いの最後の晩から姿がないという。周辺に聞き込みをしたところ、どうやら若い男性と歩いていた、という。娘が嫌がっている様子でもなかった、という情報から顔見知りの相手を考え、最近治療に来ていた男の家へ向かう。やはり、娘は一緒にいた。男は出刃包丁を持ったが、襲いかかってくる気配もなく、その場で取り押さえた。
裁判長 被告人の調書を報告してください。
検察側 捜査員調書です。(春日)精神衰弱はしているものの、詰問にはしっかりと答えている。しかし誘拐の動悸は「ただ欲しいと思った」の一点張りである。誘拐したこの前に、別の少女を狙っていたのも明らかになっている。容疑者が何度も芝居小屋に通うのを目撃したとの証言も得ている。今回の犯行は計画性があり、加えて当初狙っていた子ではなく偶然見つけた顔見知りの子を衝動的に連れ去ったのには酌量の余地はないが、容疑者の精神状態を考慮する必要はあるかもしれない。
検察側 捜査員調書です。(武田)仕事に行き詰まったA(容疑者)は、いろいろと試してみたものの、体の調子が治らない日々が続いた。ある日Aは芝居小屋で可愛らしい女の児を見た。その児を思う日が続き、”その児を盗みたい”という空想をした。しかし、その女の児に会えずにどうしようかと考えていたところに、自分が通っている按摩の娘を偶然見かけた。芝居小屋の児とは比較にもならなかったが、野趣を持ち、こちらも可愛かったので盗むこと(誘拐)を実行した。
裁判長 事件の概要を、検察の立場からもう少し詳細に陳述してください。
検察側 その日は祭りで、母親は買い物に気を取られていました。気付いたら少女は何処にもおらず、何度名前を呼んでも返事はありません。買い物を投げ出して慌てて辺りを探し回ったけれどいなかった。それは事実です。少女は父のところに最近よく来る客だというこ
―――――――――――――――――― 5――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.181
とを認識していたからこそ特に不振がることもなく、容疑者に大人しくついて行き、言うことを聞いていました。けれどいつまで経っても家に帰してもらえないことに気付いて、ようやく容疑者の真意に気付いたのです。少女に怪我はありませんでしたが、精神的恐怖を与えたのは言うまでもないでしょう。
検察側 (母親の立場から)娘と誓文払いへ一緒に出かけ、ほんの少し買い物をしていた瞬間に娘はいなくなってしまった。まだ幼いから知らない人に無理矢理、であったならば泣き叫ぶはずなのに、近くからは泣き声もなかった。その日は最終の晩でもあったから人も多く、探せなかった。いくつもの不安定な条件が重なったところを狙った非常に悪質な行為。一つ間違えていたら、娘は帰ってこなかったかもしれない。
裁判長 それでは弁護人は陳述してください。
弁護人 (春日)祭りの中で偶然見つけた顔見知りの少女は、買い物に夢中になっている母親に必死に着いていっていました。これでは迷子になってしまうと、被告人は良心から自宅に連れ帰ったのです。もし本当に少女自身に目的があったならば、なぜ手をださなかったのでしょう。少女には怪我一つなく、健康状態もよかったのです。もしやましい想いがあったならば、2日の間無事でいるとは思えません。
弁護人 (武田)仕事に行き詰まってしまい、そのイライラを唯一癒してくれたのは、芝居小屋で見たあの児だった。その快感を忘れることなどできず、もっと自分の近くにいて欲しい、と考える毎日だった。しかし出会うこともできず悩んでいたところによく通っていた按摩の娘がいた。ただ、小さな児を愛でて、自分の傍においておきたかっただけ。
裁判長 次に被告人の訊問を行います。被告人は、氏名、住所、職業等を述べてください。
被告人 文芸太郎、現住所は、広島県尾道町尾道6-1 20歳 職業は無職。
裁判長 被告人は、いつからその住所に住んでいるのか。その前はどこにいたのか。
被告人 三か月前からです。その前は東京にある実家にいました。
裁判長 その東京の実家には、だれがいたのか。
被告人 祖母と両親と二人の妹です。
裁判長 この土地に来た理由は。ここに知り合いはいるのか。
被告人 この土地は、はじめてです。知り合いは誰もいません。来た理由は、一人になって暮らそうと思ったからです。
裁判長 なぜ一人になって暮らそうと思ったのか。
被告人 父との不和です。
裁判長 不和の原因は何か。
被告人 私が学校を卒業したのに、就職せず家にいるからです。
裁判長 なぜ働かないのか。どこか体に不具があるのか。
被告人 からだは健康です。疲れやすい体質ではありますが。
裁判長 ではなぜ?
被告人 仕事は家で、やっております。
裁判長 どんな仕事ですか?
被告人 自分の仕事です。
裁判長 自分の仕事とは?詳しく述べてください。
被告人 小説を書いているのです。
裁判長 もの書きで生計をたてているのか。
被告人 いえ、一度もお金になったことはありません。それに、まだ書きあげていません。
裁判長 つまり趣味ということだな。
被告人 はい。
裁判長 文学に入れ込んで仕事をしない。それでお父さんは怒っているのだな。
被告人 はい、そのことでずっと不和がつづいていました。あの朝は、特に機嫌が悪く、いつもより激しく私をののしりました。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・181 ――――――― 6――――――――――――――――
裁判長 どんなことを言われたのか。
被告人 「貴様は、いったいそんなことをしていて将来、どうするつもりだ」「貴様のようなヤクザな奴がこの家に生まれたのは何の罰かと思う」わたしが、家にいる限り小さい妹たちの教育にも差し支える。こんなことも言われました。
裁判長 それが理由で家出することにしたのか?
被告人 はい
裁判長 それでは事件について聞くぞ。答えたくなかったら答えなくてもよろしい。なぜあの女の子をさらおうと思ったのか。
被告人 よくわかりません。たまたま、街で見かけたので・・・。
裁判長 猥褻目的ではなかったのか。 
被告人 ぜったいにそんな気持ちからではありません。寂しい気持ちはありましたが。
裁判長 では、その点について検察側からの証言をお願いする。
近所の人 (検察の立場・春日)被告人は変わった人です。私は割と近いところに住んでいますが、被告人は何にもない所で一人静かに暮らしています。でもふらふらと出かけることは多いんです。仕事もしてないみたいなのに、どうしてあんなに出かけるのか気になっていました。そうしたら、芝居小屋に足繁く通っていたんです。好きな役者でもいるのかとも思ってました。でも違ったんです。私一度気になって、その芝居を見に行ったことがあります。被告人の5人くらい横から見てました。最初はただ芝居を見ているだけだと思って、少し申し訳ない気持ちでしたが、私の感はあたっていました。被告人は芝居なんて見てませんでした。近場に住む裕福は家庭のお嬢さんをじっと見つめていたんです。あの子はそれはもう可愛らしい顔立ちをしていますから、見惚れるのも仕方ないでしょう。でも、被告人の目つきはそんなもんじゃありませんでした。まるで、一人の女性に恋するような恍惚とした表情だったんです。あんな小さな子に対してする目じゃありませんでした。
近所の人 (武田)自分の欲求を満たしかかった、からといって盗んでいいなんてことには絶対にならない。ましてや相手は5歳の幼児。力でも言葉でも適わないことなど、一目瞭然。強者が弱者を支配しているに過ぎない。
裁判長 それでは弁護人からの証言をお願いします。
被告人の父親 (武田)やはり、アイツはロクなことをしない奴だった。他の同胞はとてもいい子ばかりなのに、どうしてアイツだけはヤクザに育ったのか、わからない。
(春日)昔から阿呆なことをする奴でした。いつか何かしでかすのではないかと思っていたのです。その通りになってしまったことは、非常に残念です。
(杉山)息子がまさかこんなことをするだなんて、思いもしませんでした。裁判員の方が幾度問うても答えてくれなかったように私がいくら「どうしてこんなことをしたのか」と聞いても同じ事でした。娘さん、娘さんのご家族には申し訳ないことをしました。
被告人の母親 (武田)あの子がしている事を夫は認めませんでした。あの子が言い返して泣いたときに、気づいてあげればよかったのかもしれない。
(春日)いつも夫に怒られていて、かわいそうだとは何度も思いました。きっとそんなことをするはずがないと信じていた分、今は女の子並びにご両親に頭を下げることしかできません。
(杉山)私の息子が、こんなことをするはずはりません!きっとあの女の子の家族とか尋問した警官だとかが、でっち上げたに決まっています!ほら、裁判員の方も言っていたじゃありませんか。「神経衰弱」しているって・・
被告人の妹 (武田)兄は真面目な人です。こんな事をしたなんて信じられない。
(春日)きっと悪い人にそそのかされたか、心が疲れきってたかに違いありません。父はああ言いますが本当は優しく頼りになる兄なんです。
(杉山)私が小さい頃、そういう目で見ていたかと思うとぞっとします。私も今は二人の子持ちです。そんな人が兄だなんて、認めません。赤の他人ですわ。
―――――――――――――――――― 7 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.181
被告の友人 (武田)彼は普通の青年だった。性格も穏やかでありあまり感情を全面に出さないような、そんな人間だった。ただ、ほんの少しだけ想像することが、他の人よりも強かっただけだと。
(春日)かわった奴ではあったが、まさかそんなことをするとは到底思えなかった。惚れっ
ぽい所もあったが、こんなことまでやるとは。
(杉山)この話を聞いたときは驚きました。ずいぶん昔に会ったきり話したこともありません。だからといって犯罪をするようすでもなかったので・・・いや、人とはわからないものですねえ。
被告の知人 彼とは、彼が東京を出奔する前、仲たがいしました。
裁判長  前とは、いつごろか。また、どんなことで仲たがいしたのか。
被告の知人 二カ月ほど前です。仲たがいの理由は、忘れましが、たぶん、女のことだったかも知れません。
裁判長 女の?男女関係のもつれがあったのか。
被告の知人 いえ、彼が惚れっぽいので、忠告したのです。
裁判長 どんな忠告をしたのか。
被告の知人 次々と女性を好きになって、そのたびに断られ落胆しているので、気の毒に思い、惚れっぽいのもいい加減にせよ、と言ったのです。
裁判長 そのことと、今回の事件とは関係あると思うか。
被告の知人 わかりませんが・・・たぶん寂しかったからかも知れません。彼の、惚れっぽい性格も、いま思うと、それが事件の起因になったように思えるのです。
裁判長 それでは裁判員の皆さんには、私見を述べてください。刑についても――。
春日裁判員 被告人は精神衰弱しており、その寂しさや空しさからの犯行かもしれない。その点は細かい精神鑑定からの考慮もあるでしょう。しかし少女誘拐は決して良心からではないでしょう。本当にそうであったならば、どうしてすぐに家に連れて行かないのか。何故自宅に無理やり留まらせたのか。明らかに少女自身に目的があったとしか思えません。
武田裁判員 身体、精神の衰弱から、まともな判断ができなくなったとはいえ、自身の欲求を満たしたいがためのこの行為は悪質。実刑2年6ヶ月くらいが妥当。
裁判長主文・判決 (武田) 仕事に行き詰まり、その満たされない心持ちの解消方法が幼い女の児を愛でることだからといって、”盗んでいい”ということにはならない。人が沢山いる場所、時間を選び計画性のあるこの行為は許されるべきではない。たとえ、子に傷がなかったとしても、精神的には大きな負担をかけてしまっている。従って、実刑1年3ヶ月くらいが妥当かと思う。
(春日)被告人は親から勘当や生活の中での精神疲労でいやしや、安らぎを求めていた。美しいものは心をいやす。しかしだからと言って人の子を盗むのを正当化できる訳がない。被告の調査からも、常習性が伺えるが精神状態を考慮し、被告を執行猶予2年とする。
(杉山)判決、懲役6ヶ月(警察の精神病院にて)処する。
幼女を誘拐した理由が猥褻目的ではなかった。誘拐した二日間、機会はいくらでもあったろうがそれをしていない。しかし幼女を騙し、両親のもとからさらっていったのは本人も認めた事実。また精神衰弱かつ、理由が安易だからこそ再犯が考えられる。
最終判決 → よって被告人は
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・181 ―――――――― 8――――――――――――――――
執行猶予  裁判の判決で、よく執行猶予という言葉を聞きます。HPで検索しました。
―――――――――――――――――― 9 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.181
執行猶予について
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・181 ―――――――― 10――――――――――――――――
ノンフィクション劇場  柔道・町道場の灯を守って 土壌館物語
連載2
 おんぼろ道場奮戦記 
私と柔道
 いらぬ節介から、柔道の町道場で子どもたちと一緒に柔道をはじめることになった。が、私の柔道歴は、心もとないものだった。
 私が、はじめて柔道というものを知ったのは、小学校高学年の頃だった。私は、内気で運動も大の苦手だったが、人並みにヒーローには憧れていた。そのころ夢中だったものは、猿飛佐助の忍者ものや宮本武蔵の剣豪ものだった。
柔道については黒澤明監督の処女作品『姿三四郎』も知らなかったし、冨田常雄原作の『姿三四郎』も読んでいなかった。柔道という言葉をはじめて耳にしたのは、そのころ国民的人気のあったプロレス中継の実況放送からではなかったかと思う。アナウンサーが、たびたび「この選手は柔道経験があります」とか、「これは、柔道技です」などと熱狂して叫んでいるのを聞いて、私は密かに柔道に憧れるようになった。
私の郷里は、長野県の山村。木曽山脈の山ふところにある。山間の宿場町に豆腐屋があって、毎朝夕、豆腐屋の主人が自転車でラッパを鳴らして村の端からはしに豆腐を売って回っていた。主人は、お相撲さんのように大きな体をしていたが、温和な人柄で「なしの屋の鉄さ」と呼ばれ村人から親しまれていた。が、もう一つの顔を持っていた。戦前東京にいたとき講道館で柔道をやっていたという噂である。いつもにこにこしていたが、名古屋で暴漢を投げ飛ばしたという武勇伝もあって、私は、ひそかに尊敬していた。そんなことから、豆腐売りのラッパを聞くたびに柔道を、習ってみたい。そう思うようになっていた。
だが、信州の山奥では、その夢は叶わなかった。村には、柔道の道場はなかったし、中学校にも、高校にも柔道部はなかった。
 私は昭和四十年、日本大学農獣医学部に入学した。そのとき同学部の柔道部に入部した。柔道は、長年の夢だったが、初心者での入部は躊躇した。背中を押したのは、前年テレビ放映されていた青春ドラマだった。大学の柔道部員が主役で、柔道を通して成長していく熱血青春ものだった。「昨日、見つけた机の端に、誰が書いたか三つの言葉、真理、人生、ああ青春」この主題歌が気にいっていて大学に入ったら、是非、柔道部に入ろうと思っていた。新入生は、柔道経験者ばかりだったので、私は藤沢市内にあった町道場、石井道場に入門し、そこで受身を練習をした。大学の道場では、面白いほどポンポン投げられた。新入生は、ほとんどの部員が高校の柔道部で鍛えたものばかりで、目をつむってても、片手でも大丈夫だよ、と笑われた。でも、そんな彼らもいつのころからか、両手で組んで、本気で柔道をやるようになった。
一番最初の試合は、水道橋にある経済学部道場で行われた学部対抗試合だった。歯学部四年生と当り、寝技で一本負けした。最初の勝ち試合は、中野区野方にある警察学校での試合。背負いでの一本勝ち、と記憶している。大学で稽古する傍ら、バイト先の毎日新聞社の柔道クラブに所属して、丸の内警察にある道場にも通った。
大学三年の夏、学園紛争で、校舎は閉鎖された。授業ができなくて一般学生たちは困ったが、運動部の学生も困った。学園紛争は全国に飛び火し、多くの大学が授業不能に陥った。私は、友人と柔道着ひとつ持って日本を飛び出した。いろんな国の道場
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.181
をまわりながら柔道が盛んなフランスまで、行ってみようという計画だった。ナホトカからシベリヤ鉄道の経過もあったが、船にした。当時、外国旅行は、まだ船が主流だった。『なんでもみてやろう』にはじまって『アデウス日本』『西域潜行八年』など
日本脱出本がベストセラーになっていた。
一九六八年の夏、私は、横浜メリケン波止場からマルセーユ、横浜間の定期貨客船「ラオス号」1万3千㌧に乗船した。船には、いろんな国の若者が乗船していた。
柔道修業から帰国するスイス人青年、アメリカ人のヒッピー、自転車で世界一周を目指す日本人の若者などなど。ほとんどが着の身着のままの無銭旅行だった。この時代、1ドル365円で国外持ち出し金は10万円までと決まっていた。
途中、大学の先生から紹介された人を、カンボジアのプノンペンに訪ねた。元高
崎経済大学長のT先生で、政府機関で経済顧問をしていた。縁は異なもので、私と
友人は、そのままカンボジアに居座ることにした。
当時、王制社会主義で鎖国政策をとっていたカンボジアは、東西冷戦を巧みに利用して国内の安定をはかっていた。しかし、その平和もベトナム戦争激化で、風前の灯だった。が、魅力ある国に見えた。私は、この国で農業の手伝いをすることに
した。行き先はボコールという高原だった。長期ビザ許可を待つあいだ、のんびり
プノンペンで過ごした。プノンペンには、講道館から派遣された柔道家がいた。警
察、軍隊、フランス人相手に柔道を教えていた。柔道家のO氏は、豪放磊落な人だ
ったが、大酒飲みが玉に傷だった。メコン岸辺のダンスホールで酔っ払い警官を何
人も河に投げ込んだという武勇伝をもっていた。南方暮らしにすっかり退屈してい
たので、私が柔道をやるとわかってたいそう喜んだ。夕方になると、私の宿舎にオ
ートバイで迎えにきた。私は、後ろに乗って二人で各道場を回った。プノンペンに
は、立派な道場が二、三ヶ所あって、大勢稽古していた。彼らはエリート層でこの
国の将来を担う若者たちだった。一緒に稽古した彼らだったが、ポルポト時代、ほ
とんど殺されてしまったと聞く。クーデター騒ぎで私は、一時帰国した。が、その
後の内紛でカンボジアに戻ることはなかった。学校に戻るのもやめたので柔道は、
講堂館で稽古することにした。その後、家庭をもったことで、柔道からは遠のいた。
このように私の柔道歴は、頼りない半端なものだった。が、息子の入門で、ふたたび柔道着を着ることになった。
道場を引き受ける
 息子が柔道の道場に入門したことで、私も昔取った杵柄で、子どもたちと一緒に
柔道をやることになった。が、妻の病気入院や、義兄の入院もあって、練習日に行
くことが難しくなった。ある日、久しぶりに道場に行くと薄暗い中に老師範がぽつ
念と立っていた。子どもたちはまだ、だれも来ていなかった。老師範が何かもの言
いたげのようだったので、
「どうかしましたか」と、尋ねた。
「うん、ちょつとな」老師範は、頷いたあと、ためらいがちに言った。「この道場、
たたもうと思っているのだ」
「えっ、たたむって、やめるんですか」
私は、驚いたふうをして声をあげた。実際は、もしかしたら、とひそかに思ってい
た。息子から通う子どもが減ってしまって、いまは、息子を含めニ、三人きりだと
いう。私も事情から、師範代を断ろうと思っていたので、道場をたたむのも仕方が
ないことだと思っていたのだ。     つづく
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・181―――――――― 12――――――――――――――――
2011年後期ゼミ旅日誌
後期ゼミ前半も、残すところあとわずかとなった。13名と、手ごろな人数で出発した旅であった。が、旅路日誌をふりかえると惨憺たるものがある。1人不明、9名も有名無実状態である。今年は、大震災や福島原発事故があったりして、社会状況不安である。さまざまな家庭事情で、やむなく勉学できなくなる学生も多いという。現に、そうした相談もある。 
それだけに、この現実もやむなしといったところだが、ゴールが見えてきたところで、参加できなかった人たちのために後期ゼミ前半を記録してみた。
□9月26日ゼミ 参加者7名=椎橋萌美、會澤佑香、藤塚玲奈、春日菜花、杉山知紗、武田結香子、内田悠介。課題「私の夏休み」発表=春日菜花「窓辺の光景」、藤原佑貴「何でも読んでやろう」。課題「なんでもない一日の記録」発表=藤塚玲奈「サクランボとお婆さん。 課題「未来車内観察」発表=武田結香子「10年後の私」。ゼミ誌編集=武田。
□10月3日ゼミ 参加者3名=春日菜花、杉山知紗、武田結香子。課題「私の夏休み」発表=武田結香子「夢を見つけた夏」。課題「車内観察」掲載=會澤佑香「寒い日」。課題『にんじん』感想・意見掲載=椎橋、春日、杉山、武田、藤塚、會澤、内田。ゼミ誌編集=武田。
□10月17日ゼミ 参加者3名=春日菜花、杉山知紗、武田結香子。課題『にんじん』感想発表「失礼ながら」「尿瓶」「うさぎ」=杉山、春日、武田。ゼミ誌編集=武田。
□10月24日 参加者3名=春日菜花、杉山知紗、武田結香子。課題『にんじん』感想発表「もぐら」「つるはし」「湯のみ」「ねこ」=春日、杉山、武田。課題「車内観察」発表=春日「工事中のホームで」。課題「日常観察」発表=武田「家族」。ゼミ誌編集=武田。
□10月31日ゼミ 参加者3名=春日菜花、杉山知紗、武田結香子。テキスト『剃刀』「剃刀職人客殺害疑惑事件」模擬裁判=武田・春日・杉山口演。ゼミ誌編集=武田。
□11月7日ゼミ 参加者3名=春日菜花、杉山知紗、武田結香子。課題「車内観察」発表=杉山「幼馴染と携帯」。テキスト脚本口演=武田・杉山・春日。ゼミ誌編集=武田。
□11月14日ゼミ 参加者=春日菜花。テキスト『兒を盗む話』「尾道幼女誘拐事件」についての=春日。伊那谷、他についての雑談=春日。ゼミ誌報告=武田「印刷交渉成立」
Ⅰ ゼミ誌作成に関する今後の重要書類、以下2点の書類提出に注意
1. 【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
2. 11月末までに印刷会社に入稿。
3. 雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。
4. 印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。
ゼミ雑誌の納付日は、2011年12月15日です。厳守のこと。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
編集室便り
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
提出原稿は、メール、FAXでも受け付けます。(送信でもらえると二度手間と間違い打ちがなくなるので助かります)
ゼミ評価は、以下を基本とします。
出席日数 + 課題提出(ゼミ誌原稿)+α = 100~60点(S,A,B,C)
11月は「児童虐待防止推進月間」
厚生労働省は、11月を「児童虐待防止推進月間」として防止のための啓発活動を実施しています。その一環として、標語を募集していましたが、以下に決まりました。
守るのは 気づいたあなたの その勇気

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

PAGE TOP ↑