文芸研究Ⅲ 下原ゼミ通信 熊谷元一研究No.2

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科文芸研究Ⅲ下原ゼミ 2012年4月23日発行
文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信 No.2
BUNGEIKENKYU Ⅲ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
熊谷元一研究
                            編集発行人 下原敏彦
                              
4/13 4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/15 6/22 6/29 7/6 7/20 (ゼミ4教室)
  
観察から記録、そして普遍へ
4・27ゼミは以下の要領に添って行います。(ゼミ4教室)
 
1.自己・テキスト紹介 ゼミ誌について
2.熊谷元一研究について  ゼミ授業について
3.観察 → 『一年生』、『我が名はアラム』の観察と読み
4. 記録 → 写真評、朗読感想を書く
熊谷元一研究の意義について
下原ゼミは、シラバスにも寄せたように、熊谷元一研究を主流として自分の子ども時代の思い出を物語っていきます。なぜ子ども時代か。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のなかで主人公のアリョーシャは諭します。どんなに辛い人生であっても、一つでも楽しい思い出があれば人は救われる、と。熊谷の撮った写真の大半は貧しい山村の人々の生活です。岩波写真文庫『農村の婦人』もその一つです。しかし、そうした写真のなかにある子どもたちの姿は、活き活きしています。時代の違いから服装も遊びも違うが、なぜか懐かしく心癒されます。原発問題で、文明の行き詰まりのなかにある現代。熊谷の写真は、生活の原点を教えてくれている。子どもたちには物に頼らない遊びがあった。熊谷の写真と童画を見ながら、自分の子ども時代を振り返り、楽しかった思い出を物語ってほしいと思います。
熊谷元一研究の目標
1.写真家・熊谷からは、写真の中にある懐かしさと癒しを自分の子ども時代に繋げる。
2.童画家・熊谷からは、子供の遊びなどを伝承する。3・11の災害で多くの人たちが避難所生活を余儀なくされた。半年後の救援物資が一段落したあと、いま一番欲しいものはと聞いたら「ゲームの玩具」と答えた人が多かったという。写真の子どもたちは、ゲームでは遊んでいない。自分たちが創意工夫した遊びで遊んでいる。ゲームがなくても遊べるようにしたいものである。そのためには熊谷が描き遺した童画から遊びを伝承しなければならない。
3.教師・熊谷からは、黒板絵、動線、郊外学習など創意工夫の実践教育を学ぶ。ゆとり教育は、多くの格差を生んだ。混迷する日本の学校教育。民主主義草創期の熊谷の教育。今一度原点に帰って考えよう。


文芸研究Ⅲ・熊谷研究No.12 ――――――― 2 ―――――――――――――――――
4・20ゼミ報告
自己紹介と授業説明 
熊谷元一研究には最適な人数、希望カード2名
 4・20ゼミは、講師・受講生の自己紹介と授業説明を行った。現在のところ希望カードの提出は2名。少ない人数ですが、熊谷元一研究を進めるには、最適な人数といえます。
 3-4年と旅する同行者は、次の皆さんです。
☆大野 純弥さん(おおの じゅんや さん)
「城ノ崎での経験を活かして文芸創作に力を注ぎたいと思います」
 1913年8月15日夜、車内観察作品『出来事』を書き終えた志賀直哉(30)は、散歩中山の手電車にはねられた。が、九死に一生を得た。ケガ治療のため温泉きた直哉は、そこで小さな生き物たちの死を見て「いのち」を考え自分と向かい合う。短編で創作とも思えぬ作品だが、日本文学の名作(心境小説)としてなっている。観察から普遍へを実証する手本作品。何事も焦らずしっかり観察しながら行きましょう。
☆岩澤 龍 さん(いわさわ りゅう さん)
 「写真的側面から文学を学んでみたい。創作意欲あります」
 写真は、一瞬の時間の風景だが、観察すればいろんな物語を想像できる。記録すれば、それはそのまま長編の物語になります。熊谷元一の写真に創作テーマを探しましょう。
写真家・熊谷元一について
 1955年9月16日、日本中の写真家、写真ファンは固唾をのんで見守った。「第一回毎日写真賞」が決定されたのである。戦前戦後を通じ、写真作品の位置づけを写真賞として表すのは、この毎日写真賞が恐らく最初だったのでは。それだけに受賞作品の選出は、これまでになく厳選だった。対象作品は、1954年4月1日~55年3月31日までの1年間に刊行もしくは展覧会で発表された写真。個の中から写真関係者や推薦アンケート、識者が82点を選りすぐった。その写真を「第一回毎日写真賞候補作品展」で一般公開し、45人の選考委員と関西6人から投票を募り14点の写真候補にしぼった。
 もっとも厳選は厳選ではあったが、大方の写真家、写真ファンには、予想がついていた。時代の先端をゆく錚々たるメンバーが、すでに候補として通貨していたからである。
土門 拳、木村伊兵衛、林 忠彦といった今をときめく有名写真家たちだった。誰もが、この3人のうちの誰かと思った。としても、想像に難くない。
だがしかし、すべての予想に反して受賞者は、熊谷元一(46)だった。アマチュア・カメラマン。そして一小学校教師だった。作品は『一年生』だった。
熊谷元一は無名の新人か ?!
誰もが驚いた第一回毎日写真賞受賞者。だがしかし、熊谷は、本当に無名だったのか。否、熊谷元一の名は、既に多くの写真家にとって忘れ難い名前として刻まれていたのである。写真家と名乗る以上、熊谷を知らなければモグリといえる。
1938年、朝日新聞社刊行『會地村』写真先進国ドイツでも絶賛
 17年前になる。1937年(昭和12年)に写真雑誌『アサヒカメラ』に載った写真が評価され、翌年1938年(昭和13年)に朝日新聞社から『會地村 一農村の写真記録』が刊行される。故郷の山村を撮った写真である。写真を高く評価していた朝日新聞は、序文を当時
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の農林大臣・有馬頼寧に依頼し、「アサヒカメラ」に1頁の広告も載せた。昭和14年4月号けいさいの広告文の一節はこのようであった。
(矢野敬一著『写真家・熊谷元一とメディアの時代』から)
「本書は、今までにないカメラによる総合的な農村生活の報告書でありその一枚一枚の写真にも、一行の文字にも生まれ育った村に対する著者の心情が滲み出ている」とカメラ愛好者にアピールしている。
 時代は日中戦争が進むなかだったが、この写真集は、高く評価され、写真先進国ドイツにまで逆輸出するまでに至った。熊谷元一は、まだ三十前であった。が、写真家として高く評価されていた。拓務省の写真班嘱託となる。
 以上、熊谷元一を簡単に紹介してきたが、
テキストについて
熊谷元一研究
岩波写真文庫『一年生 ある小学校教師の記録』1955刊行
撮影月日 1953年4月1日 ~ 1954年3月31日までの記録
撮影場所 長野県下伊那郡会地村(現・阿智村)会地小学校(現・阿智第一小)
     校庭、教室、通学路、裏山、児童家庭
撮影対象 1953年(昭和28年)会地村立会地小学校一年東・西組60名児童
撮影者  会地村小学校一年東組担任・熊谷元一(44)1909-2010
※自分の村を撮った熊谷の写真は、『かいこの村』『農村の婦人』『写しつづけて70年』など多様だが、今回は、ゼミ生の人数の問題もあり『一年生』のみにした。
子ども時代の作品
ウイリアム・サローヤン『我が名はアラム』三浦朱門訳
作者 サローヤン 米国に住むアルメニア人 (1908~1981)
内容 子ども時代の創作の短編集
舞台 カリフォルニア州の農業地帯フレスノ
※米国の青春文学を代表する作品といえばサリンジャー(1919-2010)の『ライ麦畑で捕まえて』が有名だが、サローヤンの『空中ブランコに乗った大胆な若者』も捨てがたい。
 なぜこの作家の作品を、(本当は難しいが)すぐに真似できそうな気がする文章だから。
 全くの偶然だが、(こじつけでもあるが)テキストの熊谷元一とサローヤンは、多くの点で似通っている。まず同時代である。生まれも農場地帯と山村。子ども時代を小説作品にしたサローヤン。教え子の子どもたちを被写体にした熊谷。そして、写真家・童画家への道が開かれていたにもかかわらず生涯一小学教師で過ごした熊谷。「商業主義は芸術を披護する資格がない」との理由でピューリッツァー賞を辞退し、我が道を歩んだサローヤン。二人の作品に感じる子どもたちの共通侯は、まったく違う環境だが普遍。
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ゼミ誌について
ゼミ誌編集委員は大野さんと岩澤さんで
 毎年、ゼミ誌編集委員を選出するのには、苦労します。が、ことしは、それがないようです。人数から自然、大野さん・岩澤さんに決定しました。よろしくお願いします。日程は次のようになっています。
ゼミ誌作成ガイダンス 5月24日(木)12:2~ 江古田校舎W301教室
※必ず、出席してください。
ゼミ雑誌内容
『熊谷元一研究』の構成
■「一年生」の写真評・現在との比較(『一年生』の写真使用) 
■ サローヤン作品感想(朗読してみて自分が気に入った作品)
■ 「私が子どもだった頃」として、自分の子ども時代(創作、エッセイ、記録、文集)
掲示板
『我が名はアラム』から「美しい白馬の夏」を朗読します。
ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」のお知らせ
月 日 : 4月28日(土)
時 間 :  開場1時30分 はじまりは2時~
会 場 :  豊島区立勤労福祉会館第7会議室(6階)
作 品 :  「正直な泥棒」
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編集室便り
① 課題原稿、メールでも可 下記アドレス
1. 住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
文芸研究Ⅲ下原ゼミ「熊谷元一研究」            2012・4・27   
課題1.『一年生』を読む       名前
写真は1953年4月1日撮影のものです。49年前の小学一年生です。どんなことでも構いません。この1枚の写真で感じたこと気がついたことを書いてください。
写真感想
写真を見て、自分の入学したときのことを思い出して書いてください。
自分が入学したときのこと
課題2. 名作読み         名前
「美しい白馬の夏」の朗読感想

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