文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No189

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2012年(平成24年)5月14日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.189
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                            編集発行人 下原敏彦
                              
4/16 4/23 5/7 5/14 5/21 5/28 6/4 6/11 6/18 6/25 7/2 7/23
  
2012年、読書と創作の旅
5・14下原ゼミ
5月14日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ2教室
1. 出欠・配布  → 5・7ゼミ報告・司会進行指名
2.  提出課題発表 → 愛読書・憲法問題・テキスト感想   
3.  読むこと → 『網走まで』(車内観察)お手本・創作
4.  書くこと → テキスト感想 車内観察 車窓の出来事
5・7ゼミ報告 参加5、届2、5割強で例年よりやや増
ここ2、3年、連休明けの出席率が気になる。何が原因かわからないが、欠席者が目立つようになった。今年は、北アでの遭難死、バスや車の事故、竜巻被害。人災に天候異変も加わって、とりわけ事件事故が多かった。それだけに心配も大きかった。が、出席者は5名、病気早退1名と電車人身事故で止むなく欠席が1名。ということで、5割を超えたまあまあの出席率だった。連休の後は、五月病がジワリひろがる時期である。欠席者は、たんに休み疲れだけであってほしいと祈るばかりだ。
「五月病」という言葉が、はじめてでてきたのは1968年である。若葉の季節といえば、希望に燃えた楽しい季節なのに、人間の心は難しい。(※届け出欠席は0・5)
ゼミ合宿について 賛成1、反対2、やれば参加3
 過半数の出席ということでゼミ合宿の有無について話し合った。出席者5人の意見はこのようだった。○=賛成、×=反対、△=どちらでもないが決まれば参加する
・I = ×△ → △  ・Y = △  → ○  ・F = △  → △
・S = ×  → ×  ・N = ×  → ×  ・T = ×△ → △
 結果として賛成1 反対2 やれば参加3 ということで14日に賛否決定。
ちなみにゼミ合宿実行すれば、「好評マラソン読書」結果は、賛成1、反対2、中3です。
司会進行(全体をみて全員が発言、音読できるように指示する)は、吉岡未歩さん。


提出課題発表 → 参加者の愛読書、憲法問題について、『菜の花』感想、
テキスト読み → 作品は『或る朝』でした。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.189―――――――― 2 ―――――――――――――
課題発表(掲載できたものから順次)
1.課題1.【自分観察】愛読書紹介 自分は、こんな本を読んでいます。
〈矢代羽衣子〉
(1)『家守奇譚』 梨木香歩
紹介:何でもないような日常に、当たり前のような顔で居座る非日常
(2)『きらきらひかる』 江國香織
紹介:アルコール中毒の妻とゲイの夫のやさしい物語
(3)『かもめ食堂』(映画)
紹介:おにぎりは日本のソウルフード。フィンランドの食堂に流れるゆったりやさしい時間。
(4)『生きる』 谷川俊太郎
紹介:こういう人になりたい
(5)『ダカフェ日記』(写真集)
紹介:朝の気配にあふれた家族の写真集
課題2.自分について
・長唄研究会所属
・実家大好き
・すてきな友人たち
・いつでも楽しく生きていきたい
・こぎん刺しがんばってます
・うちの犬はかわいい
・文房具すき
・時計ほしい
〈吉岡未歩〉
(1)『夜は短し歩けよ乙女』森見登美彦
紹介:同じ大学の後輩(黒髪の乙女)とお近づきになるためにあらゆる場所で偶然に出会おうと奮闘する後輩の話。
(2)『ぶらんこ乗り』いしいしんじ
紹介:ぶらんこが大好きで動物とお話ができる兄と妹の愛しくてせつないお話。
(3)『まほろ駅前多田便利軒』三浦しをん
 紹介:便利屋の多田と偶然に再会を果たした同級生の行夫のゆるい話。
(4)『マンマ ミーヤ』ミュージカル映画
 紹介:自分の結婚を期に父親探しをする娘と母の話。音楽には、ABBAのカバー曲が使われている。
(5)『かもめ食堂』映画  紹介:フィンランドに食堂を作った日本人。
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課題2. 自分について
・日常的で誰もが感じたことはあるけれど、忘れてしまっているいるようなことで読んで「はっ」と思ってもらえるようなエッセイが書きたいです。
・2年生になってから長唄研究会という三味線の部活に入りました。
・ジブリ作品が大好きです。
・将来はジブリ美術館で働きたいです。
・外で遊ぶよりも、家でのんびりしているほうが好きです。
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2.課題3.【車窓観察】憲法第9条について 「戦争の放棄」
〈Y・U〉改正に反対
理由:別に改 正する必要がないのではないかと。私は法律や政治のことなどについて全く無知なので詳しい事情はよくわかりませんが、 無知でいられるというのはなかなか幸せな現状だと思うので、今のままでもじゅうぶんです。個人的には。
〈M・T〉改正に反対
理由:まず武力を持たない(行使しない)国が少ないので、その希少な立場を守ってほしいからです。そして、改正してしまったら戦力を持つことができるからです。
〈N・R〉わからない
理由:とりあえず自衛隊で国を守る戦力はあるのだから、外国に対抗する戦力が必要とか考える前に日本の内政をどうにかした方がいいと思います。
〈F・M〉改正に反対
理由:第二次世界大戦の敗戦国及び世界で唯一の敗戦国である日本が、「戦争の放棄」を放棄することの意味が分からないから。
〈S・N〉改正に反対
理由:『武力』は何も生み出さないから。大人のエゴはうんざりです。
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3.課題4:『菜の花と小娘』感想 テキスト読み
〈矢代羽衣子〉       表現がとてもきれい
自然の表現がとてもきれいだな、と思いました。
「夕日が新緑」の薄い木の葉を透かして、赤々と見られる頃になると…」のところがすてき。
この話のゆったり流れる空気感が好きです。菜の花と小娘は、今でもたまにおしゃべりするのでしょうか。
〈志村成美〉     絵本に出来そうな
 小説として発表している作品ですが、小さい子供向けの絵本に出来そうな印象を受けました。菜の花の擬人化という所が物語を可愛くさせていると思います。
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〈古谷麻依〉     情景がすぐに浮かぶ
「花が喋る」という時点でもう普通の物語ではないのだが、話の内容自体はさほど起伏の激しいものではないように思う。それだけに、情景がすぐに頭に浮かんでくる。難しい表現も
なく、読みやすい文章だった。
〈吉岡未歩〉      少し不思議で恐い
 たんたんとしていて読みやすかったです。話がすすむにつれて、はじめは小娘が菜の花を気づかっていたけれど、そのうち立場が逆転して菜の花の方が小娘を気づかうようになっていて話に流れがあると感じました。
 途中の、菜の花が水草に根がからまってしまったところで、菜の花は居やがっていたのに小娘は笑って助けることがなかったので、そこは少し不思議で恐いと感じました。とても短いのにちゃんと簡潔していて読後の後味がよかったです。
〈根本留加〉     まるで絵本のような感覚
 難しい表現や言い回しもなく、読みやすかったと思います。言葉づかいがどこか古めかしくまるで絵本のような感覚で風景をイメージしやすいです。
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4.課題6.【自分観察】「自分の一日の記録」(課題5の創作は最終にします)
〈矢代羽衣子〉       実家は楽しい
 瞼の裏に日の光を感じて目を開ける。どうやらもう昼時らしい、微かにバターのいい匂いが扉の向こうから漂ってくる。寝すぎていささか怠い体を、あえて勢いをつけて起こした。
 大きく開け放たれた窓から風が入ってくる。気持ちがいい。白い春物の薄いレースのカーテンが、風にさらわれてふうわりと空中を優しく泳ぐ。
 久々に実家のベッドで目覚めた昼下がりは、ほのかに夏の気配がした。
「おはよ!」
「あら」
 まだ重い頭を宥めつつリビングに降りると、子供特有の高くて細い声に出迎えられた。ごく近所に住むいとこは、よく我が家に遊びにきては力いっぱい遊んで夕飯を食べ、お風呂に入ってパジャマで自分の家に帰っていく。これが定番のパターンである。
今年からランドセルを背負って小学校に通い始めたばかりの彼女の、ばんそうこうが貼られた小さい膝小僧を見つめながら、ずいぶん大きくなったなあ、としみじみ思う。このくらいの年の子供は、本当に成長が早い。
「口についてるよ」
頬一杯にパンケーキを含んで口元を汚すあどけなさが可愛くて、ふふ、と笑って親指でメイプルシロップを拭ってやった。
 いとこと日が暮れるまで遊んで、ごはんを食べて一緒にお風呂に入った。どうやら今日一日がとても楽しかったらしく、帰り際に「帰りたくない」と散々半べそで駄々をこねた結果、泊りということになった。歯磨きをしながらにやにやと笑う彼女は、ひどくご満悦の様子だ。
「おやすみ」
 そう言ってはとこと愛犬と一緒にベッドに潜り込んだ。犬と子供の高い体温は、春のあたたかい夜には少々暑すぎる。タオルケットにみんなでくすくす笑いながら包まった。
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 おやすみなさい、明日も一日楽しいといい。小さく開けた窓から薫ってくるのは、やはり夏の気配だった。
□やっぱり実家はいいですね。小さないとこも楽しそうで、情景がよく表れています。
〈志村成美〉          朝と共に
 その日は、朝9時からバイトが入っていた。天気も文句なしの青空で気温もちょうどいい。時計は8時半を過ぎる頃、まだ少し眠い目をこすり荷物をまとめ家を出た。バイト先までは、自転車で向かう。天気が悪ければ歩いて駅まで向かい、そこから一駅になる。ゆっくりと自転車を進める。道は歩いてでは分からない程度のゆるやかな下り。途中、にわとりを十数羽飼っている民家を横に抜ける。お地蔵さまが見えてくれば、そこを左に曲がる。お地蔵さまにお辞儀をして下り坂で自転車は加速する。
 その時の肌に感じる風が、私はたまらなく好きだ。その加速したスピードを更に足でこぎその先にある上がり坂に備える。足に精一杯力を込めてゆっくりと上る。上り坂が終われば私の大好きな景色がある。大きな川と土手に架けられた一本の橋の上からは、遠くの秩父山脈(連峰)を目視できる。川の水は穏やかで水鳥が泳いでいたり、時々魚の姿も伺える。土手には今の季節は菜の花が咲き誇り、鮮やかな色が眩しい。空の青さがその色を更に引き立たせている。この景色を切り取って額ぶちに収めてしまいたい。なんて思うことはあるけれどそんなことをしてしまったら、この朝独特の空気を肌で感じることは出来ない。一つおおきな深呼吸をして、また大きく吐いた。
 下り坂を下りてまた加速した。朝は嫌いだけど、この風とあの場所があるなら、少しくらいは、朝を好きになってもいいと思ってしまう午前9時のことでした
□そんな景色ぜひ見たいですね。
〈吉岡未歩〉        今日は何かいいことが…
 金とも白とも言えない髪の毛のお兄さんに声をかけられる。「ヘアカットしているんですけど、もしよかったら髪を切らせてもらえませんか?」
軽くおじぎして足を速める。少し前までは、見向きもされなかったし、例えば姉と歩いていても、姉にしか渡されなかったようなポケットテッシュも、最近は渡されるようになった。私は鬱陶しさと、少しの高揚感わ抱いた。最近、髪が傷んできたからどうせなら切ってもらえばよかったかもしれない。私は、さっきよりも少し顔を上げて歩みを進めた。今日は、何かいいことがあるかもしれないと、心踊らせた1日の始まり。
□ちょつとしたことでも、よく考えれば楽しい一日になります。
〈根本留加〉         カタログ風の休日
 朝起きて顔を洗って、朝食を食べる。出かけるために準備をして、メイクする。服を着替えて、池袋に向かった。池袋のルミネで昼食を食べ、映画を見た。その後、ルミネで服を物色。2着ほど買って帰宅。
□昔、「なんとなくクリスタル」そんな小説がありましたが、思い出しました。
〈石川舞花〉      DVD発売の日
 その日、私は朝からソワソワしていた。1限から3限までの授業を滞りなく済ませて、早
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く帰りたかった。3限の授業終了と同時に友人とのあいさつもそこそこにして急いで教室を出る。急がなくては。今日は、発売を待ち焦がれていたDVDの入荷日だからだ。発売日は次の日だが、前日には入荷した商品が店頭にならぶことを私は知っている。急いでいるのは早く商品が欲しいから、――だけではない。その後、アルバイトに行かねばならなかったからだ。時間はあまりない。学校からバスに乗り、東所沢駅から電車に乗る。
 ここからが問題だ。私はよく電車を乗り間違える。今日は時間もない。普段使わないルートだったので間違えないよう気をつけた。気をつけたはずだったのだが、見事に間違えた。何度も来ている東京駅のはずだが見慣れない風景が広がっている。焦ってはいけないと思いつつも気持ちは急く。今、私はどこにいるのだろう。東京駅にいるはずが、池袋駅にいた。なんとか乗り換えて目的地に着く。時間にもまだ余裕がある。安堵が胸一杯にひろがった。
 そして、遂にDVDを手にする。ここまでの道のりは長かった。それも、もう気にはならない。一万円札が何枚なくなったかなどということも、どうでもいいような気がしてくる。帰路は迷うことなく、無事にアルバイト先に着いた。アルバイト先から家路に着く私の足どりは、いつになく軽やかだった。
□DVD買うことができてよかったですね。ハラハラしました。ただ、電車は、どこで、どう間違えたのか。具体的にわかるとよかったです。
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5.課題7「車内観察」毎日利用する電車、バス。関係ない人たちが一時、共有する空間。観察すれば、過去がわかる。未来が見える・・・そんな気がする。
〈吉岡未歩〉         母と携帯と私
 扉が開いた瞬間、母は、降りる人より早く車内に足を踏み入れた。その時、母は既に目標を捉えていたのだろう。私は、のろのろ電車に乗り込み、少し混んだ車内を見渡して、早々に坐るのを諦めていた。母は、さっさと座に座り斜め前に空いた座席を指差して、少し遠くから私の名前を呼ぶ。同じ電車に乗り込み、その空いた席を目の前にした男性は、私たちの様子を見て足を止め、方向転換してしまった。
「ああ、申し訳ないな…」そう感じつつ、空いた席に座る。
母の方を見ると、やはり母もこちらを見て、何やら満足げだ。座れるに越したことはないけれど、なんだか気まりが悪い。
 しかしここで嫌な顔をすると母の機嫌を損ねかねないので、今はおとなしくしておこうと決める。数分後に携帯電話の着信音が車内に響いた。あたりを見回すと、斜め前に座る母がポケットをごそごそ探っている。ポケットから取り出されたそれは、先程にも増して大きく音を響かせる。「もしもし ! 」
 私は大きくため息を吐いた。さすがに車内なので、母は早目に会話を切り上げ電話を切る。母と目があったので思い切り眉をひそめてやる。席が離れているので、今は、これが精一杯の反撃だ。
 その後も母は、ひたすら形態電話をいじっている。ここのところ無料のつりゲームにはまっているようで、暇さえあれば、ずっと魚を釣っている。ふと周りを見渡すと母の座席の一列全員が携帯電話を手に持ち視線を落としている。私はそれを見て、持ちかけた携帯電話から手を放す。そしてよく見るとみんな右手に電話を持ち、見事に同じ体制をとっている。母は老眼が入いっているので、できるだけ画面を遠ざけ目を細めている。その顔を他人の目に映すのはいかがなものか…。
 しばらくすると終点のアナウンスが流れる。電車を降りて私は母になるべく優しい言葉を
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選んで携帯電話のマナーモード設定をオススメする。
「しょうがないでしょ。会社から連絡が入っているかもしれないし、気づかないとまずいから」母は、いつもこう頑固で、たまにマナーが悪い。私がそれに反抗すると、自分の非を認めず文句を言うのだ。
 けれどこれ以上言い返すと今日一日の気分が台無しになるので言いかけた言葉を飲み込み口をつぐむ。せっかくのゴールデンウィークなので今日は何とか母の機嫌をとろう。そうしてその分、いっぱい服をねだろう。
□よく見かける光景かも。いろんな思いで電車に乗っているのがわかります。
〈石川舞花〉     泣きやんだ赤ん坊
よく晴れた土曜日の昼ごろ、電車に乗った。学校帰りの私は、空いている席に腰をおろした。車内は適度に混んでいて、立っている人は少ないが、空席はほとんどなかった。母子が乗ってきた。母親と乳母車に乗せられた赤ん坊だ。私の目の前に座った。母親が席に座り、体の正面に乳母車を停めている。赤ん坊はぐずっていた。なんとか静かにさせようと人形を手にあやしているが、あまり効果はない。すると母親は乳母車を回して向きを変えた。赤ん坊は外が見えるようになり、泣きやんだ。小さな手をしきりにうごかしながら外を見ている。母親は安堵の表情だ。3駅程乗って、母子は降りていった。乳母車を押す若い母親は愛しそうに子どもに微笑みかけていた。
□うるさく思う赤ん坊の泣き声き声も、観察すると面白いですね。
〈矢代羽衣子〉       車窓風景
・外は雨。床には泥にまみれた汚れた水たまりができている。むっとするような空気が肌にまとわりついて、皆が皆、つまらなそ うに下を向いてぎゅっと唇を結んでいる。
・よく晴れたあたたかい日。少しだけ開けた窓から涼やかな風が入ってきて、強い日差しにほてった頬を撫でていく。心地良い。流れる風景の中、中学校のグラウンドで野球をしている少年たちが、白球を追いかけていた。
□雨の日の車内、車窓の光景。乗っているような気分になります。感覚的でいい。
〈志村成美〉         私のお気に入り
 普段使わない線路から、使い慣れた東上線に乗り換えた。ホームに見慣れた車両が入りドアが開く。「おかえりなさい」と言われた気持ちになり、そっと心の中で「ただいま」と呟く。車内の乗客は勿論見知らぬ赤の他人。でも、何故か妙な親近感がある。人と人と之間を抜け空いた席に座る。私は、このミドリのシートがお気に入りだ。他のとは違いフカフカとしていて寝心地が再考なのだ。手のその感触を楽しみ自分の部屋のように心をリラックスさせる。いつもは音楽を聴いて寝てしまうのだけど、今日はこの窓から見えるお馴染の景色と、静かに、ときに荒く揺れる音に身を委ねよう。
 遠くに見えたはずの桜はもうなく、青々と夏に向けて色を濃く変えていった。車内にいた乗客の服装も、あと少ししたら半袖になり、子供たちは肌を真っ黒に焼いてくるのだろう。
「次は○○ ――、次は○○――」
 ああ、もう地元の駅についてしまった。ドアは開きホームへと降りる。
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 今日も明日もその先もこの線路を走り続ける第二故郷(ホーム)に
「いってきます」と誰に聞こえない声で呟いた。
□ホームや駅との会話、郷愁もあって面白いです。
〈根本留加〉         車内1カット
通学途中の電車内にて。吊り広告は、西武遊園地のチラシが並ぶ。車内は外よりも蒸し暑い。空席がまばらにあり、そこそこにすいている。目の前には20代と思われる女性が座っていて、スマートフォンを片手に膝には服のブランド名が書かれた袋を置いている。私も持っている袋だ。その隣には難しそうな顔をして本を読む50代の男性。一つ席を空けて2人組の女子高校生が学校の話で盛り上がっていた。
□車内風景の描写。静止画像を切り取ったような一コマにも見えます。
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※擬人化創作、『或る朝』感想など、本号に掲載できなかった課題は次号に掲載します。
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ゼミ日誌
月曜日5時限目の記録 (文ゼミ2教室)
□4月16日 参加8名、ゼミ説明 はじめての試みとして紙芝居風の紹介にした。が、DVDの取扱に戸惑ったりして反応はイマイチだった。伝わっただろうかの懸念。
 しかし、後日、13名の希望カード届く。(1名辞退)
□4月23日 12名、自己紹介、班長・ゼミ誌作成委員選出、司会進行・梅津
出席=梅津、後藤、鞆津、山野、小妻、小野澤、吉岡、矢代、根本、石川、志村、古谷
読み=テキスト『菜の花と小娘』、嘉納治五郎「精読と多読」、編集室「読書のススメ」
撮影=1年間無事の旅を祈願して全員で写真撮影。
読むことの習慣化 → 『菜の花と小娘』
書くこと=「課題1.愛読書」 → 根本、志村、石川、梅津、山野、古谷
課題2.自分について」 → 根本、志村、石川、梅津、山野、古谷
「課題3.憲法問題」 → 梅津、石川、山野、
     「課題4.『菜の花と小娘』感想」→ 梅津、石川、山野
      
□5月7日 5名、届2名 ゼミ合宿の件 課題発表 司会進行・吉岡
出席=吉岡、根本、石川、志村、古谷 届出=矢代、鞆津
討議=ゼミ合宿の有無決め。次ゼミ5・14に持ち越し
発表=ゼミ通信188号掲載分
読むことの習慣化 → 『ある朝』
書くことの日常化 → 『ある朝』感想 課題9~10
―――――――――――――――――― 9 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.189
車内観察の手本 短い車内観察作品だが、時代、夫婦の機微、人間愛など様々なことが含まれている。車内観察のお手本のような佳品である。
        夫 婦         志賀直哉
 函南(かんなみ)の病院に療養中の一番上の娘を見舞った帰り、一ヶ月ぶりで熱海に寄り、廣津君の留守宅を訪ねた。前夜、家内が電話でそれを廣津夫人に通じてあったので、門川(もんがわ)の米山夫人が来て待っていた。しばらくして稲村の田林夫人も来た。いずれも廣津夫人と共に家内の親友で、私にとってはバ(婆)-ルフレンドである。久しぶりでゆっくり話し、8時30何分かの電車で帰る。
 家内は疲れて、前の腰かけでうつらうつらしていた。電車が10時頃横浜にとまった時、派手なアロハを着た25,6の米国人がよく肥った金髪の細君と一緒に乗り込んで来て、私のところから斜向うの席に並んで腰かけた。男の方は眠った2つ位の女の子を横抱きにしていた。両の眼と眉のせまった、受け口の男は口をモグモグさせている。チューインガムを噛んでいるのだ。細君が男に何か云うと、男は頷いて、横抱きにしていた女の子を起こすように抱き変え、その小さな口に指さきを入れ、何かをとろうとした。女の子は眼をつぶったまま、口を一層かたく閉じ、首を振って、指を口に入れさせなかった。今度は細君が同じことをしたが、娘は顔をしかめ、口を開かずに泣くような声を出した。小娘はチューインガムを口に入れたまま眠ってしまったのである。二人はそれからも、かわるがわるとろうとし、仕舞いに細君がようやく小さなチューインガムを摘まみ出すことに成功した。細君は指先の小さなガムの始末にちょっと迷っていたが、黙って男の口へ指をもってゆくと、それを押し込んでしまった。男はよく眠っている小娘をまた横抱きにし、受け口で、前からのガムと一緒にモグモグ、いつまでも噛んでいた。
 私はうちへ帰ってから、家内にこの話をし、10何年か前に同じようなことが自分たちのあいだにあったことを言ったら、家内は完全にそれを忘れていた。家内のは忘れたのではなく、初めからそのことに気がつかずにいたのである。
 その頃、世田谷新町に住んでいて、私と家内と二番目の娘と三人で誰かを訪問するときだった。ちょうど、ひどい降りで、うちから電車まで10分余りの路を濡れて行かねばならず、家内は悪い足袋を穿いて行き、渋谷で穿きかへ、タクシーで行くことにしていた。
 玉電の改札口を出ると、家内は早速、足袋を穿きかえた。其のへんはいつも込合う所で、その中で、ふらつく身体を娘に支えてもらって、穿きかえるので、家内の気持ちは甚だしく忙(せわ)しくなっていた。恐らくそのためだろう、脱いだ足袋を丸めて手に持ち、歩き出したが、私の背後(うしろ)にまわると、黙って私の外套のポケットにその濡れた足袋を押込んだ。(初出は「そのきたない足袋を」)
 日頃、亭主関白で威張っているつもりの私にはこれはまことに意外なことだった。呆れて、私は娘と顔を見合わせたが、家内はそんなことには全然気がつかず、何を急ぐのか、今度は先に立ってハチ公の広場へ出るコンクリートの階段を降りてゆく。私は何となく面白く感じた。ふと夫婦というものを見たような気がしたのである。
(全集第四巻から転載。かな遣い、字体一部修訂)
この作品は、昭和30年(1955年)7月7日「朝日新聞」学芸欄に掲載されたもの。
※熱海の帰りというから東海道線だろうか。横浜から乗り合わせた若い外国人夫婦と子ども。米国人とみたのは、当時の日本の事情からか。昭和28年、自衛隊発足で日本はようやく独立国の体裁を整えたが、内実はまだ米国の占領下であったと想像する。恐らく、兵士の家族か。車内で娘と父親がクチャクチャガムを噛む。当時の日本人はどう思ったのだろう。が、子どもに対する愛情や夫婦の機微は、どこの国の人間も同じ。作家の観察眼は、瞬間に衝撃写真を激写するレンズのように人間の本質をとらえ描いている。編集室
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・189 ――――――― 10――――――――――――――――
読むことの習慣化を目指して テキスト読みは、志賀直哉初期三部作の最後の作品
『網走まで』を読みます。この作品には、多くの謎が秘められています。前後に創作の余地
もあります。そのへんのところを考えながら読んでみましょう。
『小説 網走まで』を読む前に
 『網走まで』を手にとると、まず、題名から立ち止まってしまう。なぜ「網走」かである。網走は、現代なら映画の舞台や刑務所、メロン産地、オホーツクの流氷やカニなどでよく知られている。が、この作品が発表された明治四十三年(一九一○)当時は、どうであったろうか。一般的にはほとんど無名だったのではないかと想像する。そんな土地を作者志賀直哉は、なぜ題名にしたのか。旅の目的地にしたのか。疑問に思うところである。そんなところから、作品検証は、まずはじめに題名「網走」から考えてみたい。
 インターネットで調べてみると網走は、元々魚場として開拓民が住み着いたところらしい。地名の由来は諸説あるが、いずれもアイヌ語が語源とのことである。
 例えば「ア・バ・シリ」我らが見つけた土地。「アバ・シリ」入り口の地。「チバ・シリ」幣場のある島。である。(ウィキペディア)
 また、作品が書かれた頃までの網走の歴史は以下のようである。
? 1872年(明治5年)3月 北見国網走郡の名が与えられる(網走市の開基)。アバシリ村が設置される。
? 1875年(明治8年) 漢字をあてて、網走村となる。
? 1890年(明治23年) 釧路集治監網走分監、網走囚徒外役所(現在の網走刑務所の前身)が開設
? 1891年(明治24年) 集治監の収容者の強制労働により北見方面への道路が開通
? 1902年(明治35年) 網走郡網走村、北見町、勇仁村(いさに)、新栗履村(にくりばけ)を合併し2級町村制施行、網走郡網走町となる。
 明治政府は、佐賀の乱や西南の役などの内紛に加え荒れた世相で犯罪人が激増したことから、またロシアの南下対策として彼らを北海道に送ることにした。明治十二年伊藤博文は、こんな宣言をしている。
「北海道は未開で、しかも広大なところだから、重罪犯をここに島流しにしてその労力を拓殖のために大いに利用する。刑期を終えた者はここにそのまま永住させればいい」
なんとも乱暴が話だが、国策として、この計画はすすめられた。
 そして、明治十二年に最初の囚人が送られた。以後十四、十七年とつづき、網走には明治二十三年に網走刑務所の前身「網走囚徒外役所」ができ千三百人の囚人が収容された。囚人は、札幌―旭川―網走を結ぶ道路建設にあたった。こうしたことでこの土地は、刑務所の印象が強くなったといえる。が、作品が書かれた当時、その地名や刑務所在地がそれほど全国に浸透していたとは思えない。第一、当時、網走には鉄道はまだ通っていなかった。従って「網走」という駅は、存在していなかったのである。では、作者はそんな地名を、なぜ、わざわざ題名にしたのか。あたかも網走という駅があるかのように書いたのか。いろんな疑問が湧く。しかし、とにかく、どう読んでも網走駅までの印象は強い。
最初から大きな謎である。が、とにかく読んでみなければ、始まらない。僅か二十枚程度の作品である。(草稿は二十字二十五行で十七枚)が、じっくり読んでください。
 
※作者がこの作品を書いたのは、一九○八年(明治四一年)である。草稿末尾に八月十四日と明記されている。志賀直哉二十五歳のときである。
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ゼミ雑誌作成について
ゼミ誌は、ゼミ一年間の成果の証です。全員で協力して完成させましょう。
ゼミ雑誌作成担当委員 → 後藤啓介さん  
ゼミ雑誌作成担当委員 → 石川舞花さん  
      ゼミ雑誌作成協力委員 → ゼミ員全員です
     ゼミ全体の班長 → 梅津瑞樹さん
ゼミ雑誌作成計画
Ⅰ.申請方法  5月23日(水)12:20~文芸棟教室1
 ゼミ雑誌作成ガイダンスがあります。担当委員は必ず出席してください。
後藤啓介さん   石川舞花さん です
  
  ゼミ雑誌作成の説明を受け、申請書類を受け取って期限までに必ず提出してください。
  ゼミガイダンス報告は、5月24日のゼミで。
Ⅱ.発行手順 ゼミ雑誌の納付日は、2012年12月7日(金)です。厳守。
  以下① ~ ③の書類を作業に添って提出すること。
【① ゼミ雑誌発行申請書】【②見積書】【③請求書】
1.【①ゼミ雑誌発行申請書】所沢/出版編集室に期限までに提出
2. ゼミで話し合いながら、雑誌の装丁を決めていく。
3. 9月末、ゼミ誌原稿締め切り。
4. 印刷会社を決める。レイアウトや装丁は、相談しながらすすめる。
5.【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
6. 11月半ばまでに印刷会社に入稿。(芸祭があるので遅れないこと)
7. 雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。
8. 印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。
注意 : なるべくゼミ誌印刷経験のある会社に依頼。(文芸スタッフに問い合わせ)
     はじめての会社は、必ず学科スタッフに相談すること。
ゼミ誌原稿は課題から
ゼミ誌掲載の原稿は、授業課題(テキスト感想・車内観察・自分観察・創作)とします。
課題提出のススメ
2012年読書と創作の旅は、どんな旅となるでしょう。原発問題、経済問題など様々な難関があります。私たちにできるのは、森羅万象をしっかり観察し記録することです。この旅を有意義なものにするために、書くことの習慣化を成就させるために、またよいゼミ雑誌を作るためにも課題はきちんと提出しましょう。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・189 ――――――― 12――――――――――――――――
掲示板
課題11.  『網走まで』『夫婦』感想 5・14提出
課題12.  「振り込め詐欺」はどうしてなくならないか 5・14提出
課題13.  『網走まで』前後の創作(前後どちらでも)提出は書けたとき
       ゼミ雑誌掲載作品
課題00   「車内観察」「自分の一日」   常時受付
時間の都合で実施できない場合は、次回に実施します。
お知らせ
ゼミ雑誌ガイダンス → 5月23日(水)12:20~文芸棟教室
出席者(担当者)  → 後藤啓介さん   石川舞花さん
☆ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」
2012年6月16日(土)池袋勤労福祉会館第7会議室 作品『人妻と寝台の下の夫』
時間 → 午後2時~5時   詳細は以下、編集室に
編集室便り
◎ 課題原稿、メールでも可 下記アドレス
□住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
ゼミ授業評価採点は、以下を基本とします。(4単位)
60点 = ゼミ誌掲載  20点 = ゼミ出席日数(20日以上は20) 
15点 = 提出課題(提出課題10で1点) 1~5点 = α
60+20+15+5 = 100(100点~以上は100とします)
文芸研究Ⅱ   2012年読書と創作の旅・下原ゼミ 5・14配布
書くことの習慣化・日常化を目指して
                     
名前
課題11.テキスト『網走まで』『夫婦』感想
テキスト『網走まで』                             
                              
                              
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テキスト『夫婦』
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文芸研究Ⅱ   2012年読書と創作の旅・下原ゼミ 5・14配布
書くことの習慣化・日常化を目指して
                     
名前
課題12.【車窓観察】振り込め詐欺はなぜなくならないか
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課題13.『網走まで』前後の創作
列車乗車までの母子の生活。網走での生活。どちらでも、両方でもかまいません。
※提出は書けた時。掲載順に発表と合評
文芸研究下原ゼミ 提出随時 5・14配布
名前
課題14.「車内観察」「自分の一日」
現在を観察すれば。未来がみえる。時代がわかる。
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車内観察
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「自分の一日の記録」
〈矢代羽衣子〉
ある晴れた初夏の昼下がり。一人の赤毛の少女が、大きなリンゴの木を見上げて途方に暮れていました。あまりに長い間少女がそうしているので、それまで黙って見守っていたリンゴの木が、いよいよそうっと少女に話しかけました。
「そこの赤毛のおじょうさん、そんなに高くを見つめてどうなさったの? 首が痛くなってしまうわ」
「お気に入りの麦わらぼうしが 風にさらわれて枝に引っかかってしまったの」
 急にリンゴの木に話しかけられて目をまあるくした少女は、やがて困ったような笑顔ではにかんでそう言いました。
 リンゴの木が自分の髪を見てみると、なるほど、てっぺんのほうの枝に、青いリボンの麦わらぼうしが引っかかっています。そういえば、今日は若い風がいたずらに外を駆け回っては、子供の風船を飛ばしたり、ご婦人の髪をぐちゃぐちゃにかき乱したりしていました。
「まあ、まあ。風の子にも困ったものね。いま取ってさしあげるわ」
 リンゴの木はいっしょうけんめい体を揺らそうとしますが、地面にしっかり根が張っていて枝はびくとも動きません。それを笑うように風の子が葉っぱをそよそよと優しく揺らします。
リンゴの木と少女はすっかり困り果てていると、てんとう虫の紳士がぶーんと飛んできました。
「お二人とも、そんなに困ってどうなされました?」
 てんとう虫は立派なシルクハットをちょこんと上げてあいさつをすると、二人にそう尋ねました。二人が事情を話すと、てんとう虫は恭しくうなずきました。
「それは困りましたね。どれ、私が取ってさしあげましょう」
 そう言っててんとう虫は高く高く飛んでいき、あっという間にぼうのところまで到着しました。しかし、てんとう虫には少女のぼうしは重すぎて、持ちあげられません。
「ううむ、まいったなあ」
 てんとう虫は困ってしまいました。彼が自慢のひげを伸ばして思案していると、ちょっとそこの旦那、と声をかけられました。どうやら葉っぱにくるまって昼寝をしていたリスが目を覚まてしまったようです。
 リスは眠そうな目をこすって、不機嫌そうな声で言いました。
「なんだいさっきから騒がしいな。ゆっくりお昼寝もできないじゃないか」
「これはこれは、申し訳ない。実はあそこの木の下で困っているお嬢さんのぼうしを取ってあげたいのだが、私では重くて持ちあげられないのさ」
 てんとう虫の言葉に、リスはほう、と頷きました。
「なるほど、それは大変だ。仕方ねえ、おれが取ってやるよ」
 リスはふわふわのしっぽをピン! と伸ばして気合を入れると、ぼうしを枝から取ってそのままするすると木をすべり降りてぼうしを少女に手渡してやりました。まあ、と嬉しそうな声をあげた少女の笑顔に、リスも得意そうです。
「ありがとう、リスさん」
「おれは木登りが得意なんだ。どうってことないさ」
 ふふんと鼻をならしたリスに、少女とリンゴの木とてんとう虫は顔を見合わせてくすりと笑いました。
 少女が嬉しそうにぼうしをかぶります。青いリボンは、少女の赤毛にとてもよく映えました。
「みなさん、本当にありがとう。よかったら、お礼においしい紅茶とお菓子はいかが?」
 少女の提案に、みんなは口々にそれはいいね、と言って喜びました。少女がにっこり笑います。
 
ある晴れた初夏の昼下がり。ティータイムはまだ、始まったばかりです。
課題7.車内観察
 
志賀直哉について&処女作「菜の花と小娘」読みと書き(加筆4/22)
 ※志賀直哉1883年(明治16年)2月20日~1971年(昭和46年)10月21日没88歳
志賀直哉について
土壌館・編集室
 
 
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備考
見、エッセイふうで、経験した話をそのまま書いた。そんなふうに読めるが、そうではない。この作品は完全なる創作である。志賀は、創作余談においてこの作品は、「或時東北線を一人で帰ってくる列車の中で前に乗り合わせていた女とその子らから勝手に想像して書いたものである」と明かしている。そうだとすれば、なにも「網走」でなくてもよかったのでは、との思いも生ずる。当時、あまり知られていない網走より、「青森」とした方がより現実的ではなかったか、と思うわけである。網走同様、青森という地名の由来も諸説ある。が、一応、三七○年前、寛永二年頃(一六二五年)開港されたときにつけられた、というから一般的にも知られてはいたというわけである。題名にしても歌手石川さゆりが熱唱する「上野発 夜行列車降りたときから 青森駅は雪だった・・・」の青森に違和感はない。当時としては、網走よりはるかに現実的だったに違いない。なぜ「青森まで」ではなく、「網走まで」なのか。もし作者が北海道にこだわるのなら函館でもよかったのではないか。そんな疑問も浮かぶ。函館なら、こちらもよく知られてもいる。歌手北島三郎が歌う「はーるばる来たぜ函館!」は演歌の真髄だ。他にも函館には、歴史の郷愁がある。既に40年の歳月が過ぎているとはいえ、函館(箱館)といえば、あの新撰組副長土方歳三(35)が戦死した土地。明治新政府と榎本武揚(34)北海道共和国が戦った城下である。現代では百万ドルの夜景と、観光名所にもなっている。それ故に当時も一般的知名度は、それなりに高かったのではと想像する。
 しかし、時は明治全盛期である。過去に明治政府に反抗した都市ということで、よろしくないとしたら、札幌はどうだろう。「札幌まで」としても、べつに遜色はないように思える。一八七六年(明治九年)あの「青年よ大志を抱け」のクラーク博士ほか数名の外国人教師を迎えた札幌農学校のある「札幌」は、それから三十余年北海道開発の拠点として、大いに発展しつつあったはず。「札幌」の名は、全国区であったに違いない。にもかかわらず「札幌」ともしなかった。なぜか・・・・。ではやはり当時、「網走」は人気があったのか。それとも作者志賀直哉に何か、よほど深い思い入れが、題名として使いたい理由があったのか。どうしても行き先が「網走」としなければならない何かが・・・そんな疑念が浮かぶ。
 しかし、四十一年後、一九五一年(昭和二六年)六八歳のとき、志賀直哉は、リックサック一つ背負い一人ではじめて北海道を旅した。が、網走には行かなかったという。と、すると、深い思い込んみでもなさそうだ。だとすると、「網走」という土地名は、たんなる思いつきか。それともサイコロを転がせて決めただけの偶然の産物であったのか。

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