文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No192

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2012年(平成24年)6月4日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.192
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             

 編集発行人 下原敏彦

                              
4/16 4/23 5/7 5/14 5/21 5/28 6/4 6/11 6/18 6/25 7/2 7/23
  
2012年、読書と創作の旅
6・4下原ゼミ
6月4日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ2教室
1. 出欠・配布  → 前回ゼミ報告・班長報告・ 指名
2.  提出課題発表 → テキスト感想、車内・一日観察 車窓観察   
3.  読むこと → 『三四郎』(車内観察『網走まで』関連で)
4.  書くこと → 車内・一日観察 
5・28ゼミ報告   参加者は6名、所沢地方に激しい雷雨
5・28、午後2時頃、所沢上空、にわかに黒雲が空を覆い、突如として大粒の雨、雹が降りそそいできた。局地的豪雨。各地で被害。尾瀬では雷が落ちて死者1名。
この雷雨で出欠が心配されたが、この日のゼミは五割の参加者6名だった。
・梅津・鞆津・後藤・石川・志村・古谷の皆さん。
ゼミ雑誌ガイダンス報告&企画を石川・後藤編集担当委員が
5月23日(水)に行われたゼミ雑誌ガイダンスの報告を、石川舞花・後藤啓介編集担当委員が報告した。それによるとゼミ雑誌作成手順は以下のようである。
①【ゼミ雑誌発行申請書】上記申請書を期限までに所沢/学科事務室に提出してください。夏休み明けみまでに編集作業をすすめ、印刷会社を決め、そうていレイアウトを相談する。②【見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらい、期日までに学科事務室か出版編集室に提出する。編集作業をすすめ、11月半ばまでには印刷会社に入稿する。
ゼミ雑誌納品は12月7日(金)厳守 !
 ゼミ雑誌ができあがったら、12月7日(金)までに提出。③【請求書】印刷会社から請求書をもらい学科事務室に提出。以上で終了です。
ゼミ雑誌作成企画・・・(仮題)『車内観察』 頁数…150 版型…A6 ?


ゼミ合宿実施の方向で申請 梅津瑞樹班長
 
ゼミ合宿は実施の方向で申請。候補地は軽井沢。日程は8月週中日。抽選の為、後日判明。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.192―――――――― 2 ―――――――――――――
課題発表(掲載できたものから順次) 5・28分
1.課題8.「自分の一日観察」テキスト『或る朝』の感想
1895年(明治28年)8月30日母銀、病死(33歳)志賀直哉12歳。
『或る朝』は、お婆ちゃん子と祖母の間で起きた日常の些細な出来事。作者志賀直哉が26歳のときに書いた作品。正月13日亡祖父の三回忌の午後、その朝の出来ごとを書いたもので、これを私の処女作といっていいかも知れない。といっている。日常生活のなかで祖母との関係がよくあらわれている。
〈石川舞花〉     朝の風景がドラマチックに
 何のことはない朝の家庭でのやりとりだが、心情の移り変わりが汲み取れた。特に信太郎の祖母に対する言動は現代の思春期の子どもにも通じるものだと思う。しっこく言われると、しなければならないと分かっていてもしたくなくなる。自分にも多少身に覚えがある。
 旅行に行ってやろうと思っても結局は行かない所にも好感が持てた。家族とは、こういうものなのだと思う。けんかをしても修復可能なところが、他人との人間関係と大きく違うところだろう。朝の風景がドラマチックになっているということに新鮮味を感じた。
〈吉岡未歩〉     心情の変化にすがすがしさ
 読み進めるうちは、信太郎がそぼの言うことをいつまでたっても聞かないので、少しイライラしたが、私も似たような経験があるし、例えば、試験前に親に勉強しろと言われたらする気があっても反抗したくなったりするので、だんだん面白いと思って読み進めることができた。だが、信太郎が「年寄りの言いなり放題になるのが親孝行なら、そんな親孝行はまっぴらだ」と、言ったところで、それよりもっと毒々しい言い方をしようとしていたことには少し、ひどい奴だと思った。
 信太郎はもっと、心配させようと事故が起きたところに旅行に行こうとするが、そこで祖母が先程の言い合いが無かったかのように部屋に入ってきて会話をはじめるところは、何だか現代の親子関係にも共通しているのではないかと感じた。
 最後、信太郎が少し改心したところまで読んで、心情の変化にすがすがしさを感じた。
〈根本留加〉      どこか懐かしさが・・・
 まさによくある朝だな、と思った。幼い頃は母や祖母に起こされて、それでもなかなか起きられなかったことを思い出した。
 祖母をわずらわしく思い、意地を張ったり心配させてやろうとしたり、少し子どもっぽいと感じる。まどろみの中で妹たちの声が聞こえたり、とどこか懐かしさを感じ、私も祖父母の家に帰りたいと思う。
〈志村成美〉         信太郎=私
 何げない朝の出来事を切り取る中で、朝、なかなか起きられない(起きようとしない)場面は、読者の共感を得られるポイントだと思う。その際に、祖母との口論になってしまうのもまた然り。私自身も朝起ききれずに母親を怒らせてしまうことが多いので、信太郎=私のように思えてきて、読んでいて申し訳ない気持ちにさせられた。また、信太郎のひねくり加減も私そっくりでした。
―――――――――――――――――― 3 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.191
 『或る朝』は、小説として書かれていますが、元の出来事がある分、やはりジャンルとしてはエッセイに近かった。
〈鞆津正紀〉     祖母との関係にまつわる何か、か
 こうした古めかしい文体は苦手である。友人や親族にすすめられたのであれば間違いなく読まない。苦手というよりは敬遠している。宿題の度に読むが、大方の場合一言一言すくうのが精一杯で、内容の把握さえ怪しい。祖母との関係にまつわる何かが書かれているのではないか、ということしか私にはわからない。
〈古谷麻依〉      「普通」でない出来事
 三回忌の日の朝というのは、準備などに追われ慌ただしくなるのが普通である。しかし、この小説では、信太郎はなかなか起きず、妹や弟もふざけ合っている。会話がとても生き生きしていて、その情景が思い浮かんでくるようだ。ここで、皆が「普通」に忙しくしているだけなら、それは読んでいてもつまらないし、小説にもならない。
 志賀直哉が「創作余談」でこの作品について、「案外楽に出来上がり、初めて小説が書けたような気がした」と語っていたのは、こういう「普通」でない出来事が彼にとって余程、印象深かったのだろうと、私は勝手に推測してみる。
□課題提出の「愛読書」で、多くあげられたのは、現代作家が主だったように思う。1908年に書かれた、ということは100余年も前に書かれた作品ということだが、かっては国語教科書の定番、巷では小説の神様と呼ばれた志賀直哉だが、最初の作品は、どのように映ったか。「懐かしい光景」、「自分のようだ」そんな感想に、時は過ぎても作品の価値は変わらない。そんな証言を得たようで、うれしく思った。
2.課題5、擬人化創作(『菜の花と小娘』を手本として書く)想像力を養う
〈矢代羽衣子〉      赤毛の少女とリンゴの木
ある晴れた初夏の昼下がり。一人の赤毛の少女が、大きなリンゴの木を見上げて途方に暮れていました。あまりに長い間少女がそうしているので、それまで黙って見守っていたリンゴの木が、いよいよそうっと少女に話しかけました。
「そこの赤毛のおじょうさん、そんなに高くを見つめてどうなさったの? 首が痛くなってしまうわ」
「お気に入りの麦わらぼうしが 風にさらわれて枝に引っかかってしまったの」
 急にリンゴの木に話しかけられて目をまあるくした少女は、やがて困ったような笑顔ではにかんでそう言いました。
 リンゴの木が自分の髪を見てみると、なるほど、てっぺんのほうの枝に、青いリボンの麦わらぼうしが引っかかっています。そういえば、今日は若い風がいたずらに外を駆け回っては、子供の風船を飛ばしたり、ご婦人の髪をぐちゃぐちゃにかき乱したりしていました。
「まあ、まあ。風の子にも困ったものね。いま取ってさしあげるわ」
 リンゴの木はいっしょうけんめい体を揺らそうとしますが、地面にしっかり根が張っていて枝はびくとも動きません。それを笑うように風の子が葉っぱをそよそよと優しく揺らします。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.191―――――――― 4 ――――――――――――――
リンゴの木と少女はすっかり困り果てていると、てんとう虫の紳士がぶーんと飛んできました。
「お二人とも、そんなに困ってどうなされました?」
 てんとう虫は立派なシルクハットをちょこんと上げてあいさつをすると、二人にそう尋ねました。二人が事情を話すと、てんとう虫は恭しくうなずきました。
「それは困りましたね。どれ、私が取ってさしあげましょう」
 そう言っててんとう虫は高く高く飛んでいき、あっという間にぼうのところまで到着しました。しかし、てんとう虫には少女のぼうしは重すぎて、持ちあげられません。
「ううむ、まいったなあ」
 てんとう虫は困ってしまいました。彼が自慢のひげを伸ばして思案していると、ちょっとそこの旦那、と声をかけられました。どうやら葉っぱにくるまって昼寝をしていたリスが目を覚まてしまったようです。
 リスは眠そうな目をこすって、不機嫌そうな声で言いました。
「なんだいさっきから騒がしいな。ゆっくりお昼寝もできないじゃないか」
「これはこれは、申し訳ない。実はあそこの木の下で困っているお嬢さんのぼうしを取ってあげたいのだが、私では重くて持ちあげられないのさ」
 てんとう虫の言葉に、リスはほう、と頷きました。
「なるほど、それは大変だ。仕方ねえ、おれが取ってやるよ」
 リスはふわふわのしっぽをピン! と伸ばして気合を入れると、ぼうしを枝から取ってそのままするすると木をすべり降りてぼうしを少女に手渡してやりました。まあ、と嬉しそうな声をあげた少女の笑顔に、リスも得意そうです。
「ありがとう、リスさん」
「おれは木登りが得意なんだ。どうってことないさ」
 ふふんと鼻をならしたリスに、少女とリンゴの木とてんとう虫は顔を見合わせてくすりと笑いました。
 少女が嬉しそうにぼうしをかぶります。青いリボンは、少女の赤毛にとてもよく映えました。
「みなさん、本当にありがとう。よかったら、お礼においしい紅茶とお菓子はいかが?」
 少女の提案に、みんなは口々にそれはいいね、と言って喜びました。少女がにっこり笑います。
 ある晴れた初夏の昼下がり。ティータイムはまだ、始まったばかりです。
□いろいろな動物がでてきて、絵本になりそうですね。宮沢賢治の作品を思い出しました。
〈古谷麻依〉         かくれんぼ
 ―――これからどうしょうかな。
 まさか、・・・帰れない、なんてことはないよね。
 頭の中に取り留めもなく考えを浮かべながら、少女はため息をついた。
 顔に乗った花びらがふあっと舞い上がり、風の中へ消えていく。
 どうしてこんなことになってしまったのか。もしかしたら戻るきっかけが見つかるかもと、少女はこの状況に至るまでの過程を思い起こしてみることにした。
学校帰り、イヤホンを耳に差し込んで、お気に入りの曲を何回もリピートして。ああ、明日小テストあるじやん最悪――なんて、そんなことをぼんやりと思い出しながら。
―――――――――――――――― 5 ――――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.191
 自分は確かに電車を降りた。改札を出て、しばらく歩いて、あの角を曲がれば自宅が見
え、……ない。
 あるはずの家がない。それどころか、目の前に広がっていたのは世にも奇妙な光景だった。
 ――どうして、こんなところにお花畑が。
 普通に考えれば、閑静な住宅街の中でこんなにたくさんの花に囲まれることなどある訳
がない。しかし、目に飛び込んでくるこの色鮮やかな無数の花、そして鼻に流れ込んでく
るこの芳香は全て現実のもので。
 ――ああ、きっと私、疲れてるんだ……。
 少女はその場にばたんと大の字に倒れ込んだ。青とも緑ともつかない、綺麗な空か遠く
に広かっていた。
「あはははは」
 少女は、がぱっと勢いよく起き上がった。その拍子に、周囲の花びらが景気良く舞い上
がる。
 今、確かに、誰かの笑い声がした。それも、少年のような。
 もしかして、自分と同じようにここに迷い込んでしまった人がいるのだろうか。少女は
 辺りを見回すが、人影はどこにも見当たらない。
「ここだよ、ここ」
「どこよ」
 少女は反射的に応えていた。
「どこにいるの、出てきてよ」
 謎の声は、実に楽しげに言った。
「教えない。教えちやったら、見つける楽し
みがなくなるでしょ」
「何それ。ねえちょっと、あんた何者?」
 苛立たしげに少女は問いかける。すると謎の声は、「ここの主だよ」とだけ答えた。
「主……つて、この花畑の?」
「そう」
 ―――へえ、つまり、この花も空も風も、皆この得体の知れない誰かさんのものってこと。
 謎の声は、くすくすと笑った。
「たまにこうやって遊ぶんだ。僕みたいに、退屈な人間をここに引きこんでさ」
「ちょい待ち、誰が退屈な人間、ですって ? 」
「この流れで分かんなかったら君はバカだよ」
 急に口の悪くなった謎の声に、少女は憤慨した。
「退屈じゃないわよ! 今日は五限までみっちり授業があって疲れてるの! 明日は小テ
ストだし、バイトだし、そんで明後日はサークルの飲み会だし! こんなおめでたいお花
畑にいるあんたの方がよっぽど暇人でしよ!早く私を元の場所に戻してってか、その前
に姿現しなさいよ!」
 少女の剣幕にちっとも焦る気配を感じさせず、それどころか笑いながら謎の声は言った。「あはははは、ここまで騒がしい人間は君が初めてだよ」
 そこで一旦言葉を切り、でも、と続ける。
「そんなにここから出たいなら、出してあげる。……僕に勝てたらね」
「何よ。何で勝負するの?」
 敵意むき出しの少女に向かって、謎の声は高らかに宣言する。
「かくれんぼだよ」
 かくれんぼなど実に小学生以来だ。あれから十年、まさかこんな状況でやることになる
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.191―――――――― 6 ――――――――――――――
とは当時は思いもしなかったけれども。
 少女は汗だくになりながら、花畑の中を走り回っていた。これだけ広大と言えども、隠
れる場所などないのだからすぐに見つけられると高をくくっていた。その認識が甘かった
ことを、彼女は今、身を以て思い知らされていた。
「あれー? すぐ見つけられるって言ってたのに、まだ見つからないのー? ほら、こっ
ちこっちーー」
「……るっさいっつーの! ……ぜえ、ぜえ……」
 時々響いてくる、自分をからかう声だけが唯一の手がかりだ。確実に近付いてはいるの
に、人の姿などまるで見当たらない。
この空間では、時間の経過が分からない。空は来た時と寸分違わぬ色をしているし、そもそも太陽というものが昇ってすらいない。それで何故花が咲くのか、どうしてこんなに明るいのか、それは少女の与り知るところで
はなかった。
とにかく今は、あの生意気な声の主を見つけて数々の無礼を詫びさせる。今の少女の頭
にはそのことしかなく、元の世界に戻るという当初の目的は、今やすっかり薄れてしまっ
ていた。
「相当疲れてるみたいだし、少し休んだら ? 僕は逃げも隠れもしないから」
「隠れてるくせに、よく言うわよ……あっ!」
足がもっれ、少女は派手に転んだ。すると彼女の体の下から、
「むぎゅっ」
とくぐもった声がした。
「え? ちょっと、もしかして……」
少女は慌てて体を起こした。その下から現れたのは、やや形の潰れた一輪の花。
「見つかっちやったーー」
 声は、確かにその花から発せられていた。
その花弁には色がなく、透明だった。その代わり、周囲の花の色を反射してきらきらと
輝いている。これではよほど近付いて見ない限り、この花の存在に気付くことはないだろ
ほら、逃げも隠れもしなかったでしよ?」
「そうだけど……。反則じゃない」
 花が喋るなんて。
 少女の言葉を聞いてひとしきり笑った後、花は言った。
 「まあ、約束しちゃったもんね。それじゃあ仕方ない、元の世界に戻してあげる」
 そこで少女は、頭をガツンと殴られたような衝撃を感じた。そのまま倒れ込み、徐々に
意識が遠のいていく。
 完全に意識が途切れる前、花の声が聞こえた気がした。
  楽しかったよ、と。
「……、……!・」
誰かに体を揺さぶられているのを感じながら、少女はうっすらと目を開けた。
何度か瞬きを繰り返し、鮮明になった視界に映ったのは、母親の顔のアップだった。
「う。うわっ ! 」
少女は後ずさりしようとしたが、それは叶わなかった。背中にコンクリートのひんやり
とした固さを感じ、そこで彼女は初めて自分が地面に横だわっていることを知った。
「ちょっと、その態度は何! せっかく人が心配して探しに来てみたら、あんた、こんな
道路の真ん中で寝そべって! 車に蝶かれたらどうするの! どんだけ疲れてきたか知ら
ないけど、寝るなら目の前に自分ん家があんだから帰ってから寝なさい!」
マシンガンのように早口でまくし立てる母の怒鳴り声を右から左へ聞き流しながら、少
女はゆっくりと体を起こした。
―――――――――――――――――― 7 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.191
とうに日は暮れ、街灯の周りには小さな羽虫がたむろしていた。夜とはいえ夏特有の蒸し暑さで、自分の肩を支える母の手のひらもうっすらと汗ばんでいる。
 --あれ、私、どうして。あ、そうだ、一面お花畑の世界に行って。
そうだよ、花が喋ってたんだ。
 ねえお母さん。私の話、信じる?
そう聞いてみても、答えはおそらくノーだ。そしてすぐさま額に手を当てられるに違いない。
母にぐいっと腕を引かれ、少女は立ち上がった。
「ほら、いつまでもそうやってないで、帰るわよ。その服も洗濯しなきや……つて、あら、
あんた」
「え ? 」
「手に何持ってるの?」
 言われて初めて、少女は右手に何かを握っていることに気付いた。
「……これは……」
 色がなく、透明な花弁の、けれども街灯の光を反射してきらきらと輝く、やや形の潰れ
た、一輪の花。
 ―――嘘。
 「綺麗ね、それ。うちの庭に植えておけば?」
 笑う母に手を引かれて歩きながら、少女は呆然と手の中の花を見つめていた。
 その花は、喋ることはなかった。
 家の倉庫から適当な植木鉢を見つけ出し、少女はそこに花を植えた。
 首を凛と真っ直ぐに立たせ、その上に燦然と輝く花は、少女の家の平凡な庭からは完全に浮いていた。
 少女はその花に水をやると、顔を近づけて囁いた。
 「退屈なら、これから話し相手くらいにはなってあげる」
□ちょつと恐い話に発展するのかと思いました。
〈石川舞花〉         すみれ三姉妹
すみれの花が咲きかけた4月の初め頃です。白・黄・紫の3色のすみれたちは風に揺られていました。
 白いすみれは1番のお姉さんです。妹たちを思うあまり、心配性が癖になっています。
「風が強くて体がちぎれそうよ。もっと過ごしやすい所に行きたいわ。私たちには、そんなこと出来ないけれど」
 上と下にもまれて育った紫すみれは楽しそうです。
「空を飛んでるみたいな気分よ。でも、一生ここにいるのが、つまらないのも確かね。旅に出てみたい気もするわ」
 とんでもない、という顔をするのは、やはりお姉さんの白すみれです。
「冗談でしょ。そんな危険なこと出来るわけないじゃない」
「お姉ちゃんは、いつも、そんな風だから、つまらないって言われるんだわ。出来ないって言う前にやってみたいじゃない」
 黄すみれがおませなことを言います。可愛がられて育った末っ子は、甘えん坊なのに挑戦的です。つられて紫すみれも調子に乗ってきました。
「その通り、これからは私たちだって、色んな所へ行って、色んなものを見なくちゃ」
 白すみれは、いよいよ分が悪くなってきました。「しっかりもののお姉ちゃんは、つまらないという言葉には敏感です」
「危ないと分かっていることにわざわざ首をつっこむのは感心できないわ。私たちの世界の
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.191―――――――― 8 ――――――――――――――
中で、ささやかな幸せを見つけていく萌芽ずっと素敵なはずよ」
「ああ、もっと広い所に行きたいなぁ。こんな講演の片隅じゃなくて」
「ちっぽけな幸せに満足して生きていくなんて、なんて不幸なの」
 紫すみれと黄すみれは、口ぐちに言います。その時、大きな手がのびてきました。
「すみれだ。可愛いなあ」
 男の子が3人の前にしゃがみこんで、紫すみれを摘んでいってしまいました。
「お母さんに見せてあげよう」
「待って」
白すみれが叫びました。
「私たち姉妹なの、妹だけ連れていかないで」
「お姉ちゃん」
「摘んでいくなら、私たち2人も連れて行ってよ」
「そうだよ。家族を離れ離れにするなんて私、許さないよ」
 黄すみれも怖さを隠して必死です。
「ごめん、僕、そんなつもりじゃなかったんだ。お母さんに見せてあげたくて」
男の子は言いました。そして、3人をみんな連れていくことにしました。
「みんな一緒に連れて行ってあげるよ。おうちのお庭に植えてあげるからね」
 3人は、ほっとした顔でお互いを見合いました。さっきまで言い争いをしていたのが嘘のようです。
 男の子は、3人を持ってずんずん歩き出しました。だんだん汗ばんできます。黄すみれは肩で息をしはじめてしまいました。
「暑いわ。妹が具合悪くなってきてるの。お水を飲ませてくれない」
 白すみれは言いました。男の子は困り顔です。
「お水があ」
 いきなり男の子は走り出しました。
「どうしたの」
「危ないわ」
「体がちぎれそうよ。ちょっと待って」
 すみれ達は叫びますが、男の子は夢中で走り続けています。
「あった」
男の子は、突然立ち止りました。何かを指差しています。その先には、公園の水飲み場がありました。ゴミ箱に入っていた空き缶を拾って、きれいに洗っています。
「これでよし、と」
 洗った空き缶に水を入れながら満足げに言いました。
「これで、暑くないよね」
と、すみれ達を缶にさしてくれました。
「ありがとう」
 すみれ達も嬉しそうです。そこからは順調に進みました。公園の水飲み場を抜けて、原っぱを駆けていきます。
「風が気持ちいいわ」
 紫すみれは、楽しそうです。
 原っぱをぬけると、細い道をずんずん進んでいきます。高かった太陽もそろそろ傾きかけています。白すみれは不安になってきました。
「暗くなってきたわ」
「大丈夫、もうすぐそこだよ」
男の子の言葉は自信に満ちあふれています。すみれ達の不安も少しずつ消えていきます。
 とうとう着いたようです。
―――――――――――――――――― 9 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.191
「お母さん」
叫びながら走り出します。男の子はお母さんの胸に飛び込みました。官に入ったすみれを差し出します。
「お母さんのために持ってきたんだよ。でもね・・・」
男の子の表情が曇ります。
「でも、どうしたの」
お母さんも不安げです。
「すみれさん達ね。勝手に連れてきちゃったの。だからね、お母さん、おうちの中じゃあなくて、お庭の土にかえしてあげてもいい」
 男の子の言葉にお母さんは、驚いています。
「だめかな」
「だめなわけないじゃない」
お母さんは、男の子を抱き締めました。すみれ立ちは拾い庭に植えてもらい、その後、ずっと幸せに暮らしていました。公園の片隅にひっそりさいていたすみれは、陽あたりの良い庭ですくすく育ち、近所の人気者になりました。
□幸せなすみれ姉妹ですね。物語的には、姉妹がばらばになって最後は、又、一緒になれる。そんな展開も期待しました。
〈志村成美〉           春待ち
 「おはよう、そろそろお目覚めの時間じゃないかしら ? 」
 赤いマフラーした一人の少女が、彼女に向けて言う。
「まだ、まだよ」
 彼女は眠たそうにぷつりぷつり答えた。少しだけ身体を少女に向けて背筋をのばした。
「まだ、全然寒いわ。貴女だってマフラーをしてるじゃない。
「私が、寒がりなだけよ。ほかの子はもう起きる準備をしているわ。もう少し時間が経てば日の光で暖かくなる」
少女は彼女に指先でつついてみせた。彼女は、ぶつくさ言いながら、仕方なく起きる準備をした。
「今日は、何日 ?  」
起きたばかりでよく頭が回らない彼女は、少し低い声で聞いた。
「今日は、3月9日よ」
「去年より、2週間も早いじゃない」
彼女は怒った。道理でまだ寒い。去年の今頃は、まだ長い夢を見ていた。
「歴上では、もう春なんだから、いいじゃない」
「全然よくないわ。私は、もう一度寝るわ」
 彼女は、もう一度寝る体勢に入ろうとした。世界はまだ冬に包まれている。私の舞台はここじゃない。暖かい日差しの微笑む春だ。
「お願い、寝ないで、起きて。貴女の晴れ姿をみたいの、お願い」
 少女の声に耳をかさず、彼女は、再び眠りについた。
※  ※  ※
 「ああ、よく寝た。暖かい春がやっと幕を開けたわ」
 彼女は、花開き、美しい姿でそこにいた。けれども少女は、一向に現れなかった。
「何よ、まだ怒っているのかしら」
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・191 ――――――― 10――――――――――――――――
 彼女は待った。しかし、少女が彼女の元に訪れることは、ニ度となかった。
 次の春も、その次の春も、そのまた次の春も少女を待ち続けた。
※  ※  ※
 ある春の黄昏時、病院の桜の木の下に一人の青年が立っていた。赤いマフラーを風になびかせ、青年は桜に語りかけた。
「あの子が言っていた友達は、君のことかい ? 最期まで君の晴れ姿を楽しみにしていたよ。君の今日の晴れ姿もどこかで見ているだろうな」
 彼女は、何も言わず風にその身を投げた。花弁は一輪だけ舞い上がり、やがて地面に落ちていった。
「アンコールをお願いします」
青年は一枚だけ掴んだ花弁に言った。
「また、来年お会いしましょう」
彼女は、静かに眠りについた。
□「花の命は、短くて」作家・林芙美子の、そんな言葉を思い出しました。
テキスト研究 ―――――――――――――――――――――――
『菜の花と小娘』と擬人化作品について
 想像力を養う目的で、擬人化創作に挑戦してもらっています。志賀直哉は、この作品『菜の花と小娘』をアンデルセン張りに書いたと記していますが、この作品には、そのときの直哉の心情が大きく反映されています。この作品は、色をイメージすれば、菜の花からで当然ですが、黄色です。黄色は、賑やかな明るい、そんな印象をうけますが、反面、なぜか孤独や寂しいものも感じます。書いたころの作者はどんなだったでしょう。(『全集』年譜)
・1895年母銀病死、亨年33歳 作者12歳のとき。以後、祖母を母として育つ。
・1901年足尾銅山事件で、現地見学を父に反対され、これが不和の発端。18歳
・1902年父親が現・総武線鉄道の支配人になり、その縁で鹿野山(マザー牧場のある山)に行くようになる。現在、菜の花の名所だが、当時もそうだと推測される。19歳
・1904年21歳、アンデルセン張りの作文「菜の花」を書く。
・1906年23歳、「菜の花」を改稿「花ちゃん」この作品は『菜の花と小娘』に近い。
島崎藤村の『破壊』を読む。
・1907年24歳、家の女中Cを思うようになると日記に記す。このことで父、祖母、義母と争う。早くに母親を亡くした二十歳前後の多感な青春期。生活に困らないお金持ちの家に育った作者だが、お金だけでは、どうにもできない多くの矛盾と向き合うことになる。
社会的には、足尾銅山事件。立派な父は、なぜ現地見学を反対するのか。やさしい義母、可愛がってくれる祖母、いつも正しいことを言う父。なぜ、女中に恋してはいけないのか。人間を差別するのか。菜の花が咲き乱れる鹿野山の山頂で一人『破壊』を読みながら考えたに違いない。主人公、瀬川丑松は同年齢。モーパッサン、トルストイなどを読みながら。
 『菜の花と小娘』が、日本文学名作の一編としていまなお普遍なのは、そうした作者の孤独や矛盾を土壌としているからではないだろうか。
 
―――――――――――――――――― 11 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.191
前号掲載(時間で、できなかった分)加筆
テキスト初期作品『網走まで』について
 5・14ゼミでテキスト『網走まで』を皆で読んだ。『菜の花と小娘』『或る朝』と並ぶ初期三部作品の一つ。三作とも短い作品だが、『網走』は長編を感じせる話でもある。
しかし、読み過ごせば、ただのエッセイ、そんなふうにも読みとれなくもない。どんなベストセラーも話題本も、ああ面白かった。感動した。そんな絶賛はあっても、たいていは忘却の彼方に去っていく。が、この作品は、文学を志すものにとって時代を超えてテキスト(文学の土壌)となり得ている。なぜか、想像と創造があるからではないかと思っている。
車中で同席した母子は、どこから来て、着いた先でどんな生活を送るのか。主人公にも読者にも、それを考えさせる。そこに、この作家が小説の神様と呼ばれる所以がある。
横道だが、『2001年宇宙の旅』の人気もそこにある。宇宙船デスカバリー号のボーマン船長の命はどこから来たのか。そしてどこに向かっているのか。想像と空想の挑戦。こちらは、人類の謎、人間の謎と大きいが、『網走』にも、それがいえる。
 
志賀直哉 1883年(明治16年)2月20日~1971年(昭和46年)10月21日88歳
なぜ「網走」か、『網走まで』とは何か
この作品は一見、エッセイふうで、経験した話をそのまま書いた。そんなふうに読めるが、そうではない。この作品は完全な創作だという。作者志賀直哉は、創作余談においてこの作品は、「或時東北線を一人で帰ってくる列車の中で前に乗り合わせていた女とその子らから勝手に想像して書いたものである」と明かしている。
そうだとすれば、なにも「網走」でなくてもよかったのでは、との思いも生ずる。当時、あまり知られていない網走より、「青森」とした方がより現実的ではなかったか、と思うわけである。網走同様、青森という地名の由来も諸説ある。が、一応、三七○年前、寛永二年頃(一六二五年)開港されたときにつけられた、というから一般的にも知られてはいたというわけである。題名にしても歌手石川さゆりが熱唱する「上野発 夜行列車降りたときから 青森駅は雪だった・・・」の青森に違和感はない。当時としては、網走よりはるかに現実的だったに違いない。なぜ「青森まで」ではなく、「網走まで」なのか。もし作者が北海道にこだわるのなら函館でもよかったのではないか。そんな疑問も浮かぶ。函館なら、こちらもよく知られてもいる。歌手北島三郎が歌う「はーるばる来たぜ函館!」は演歌の真髄だ。他にも函館には、歴史の郷愁がある。既に40年の歳月が過ぎているとはいえ、函館(箱館)といえば、あの新撰組副長土方歳三(35)が戦死した土地。明治新政府と榎本武揚(34)北海道共和国が戦った城下である。現代では百万ドルの夜景と、観光名所にもなっている。それ故に当時も一般的知名度は、それなりに高かったのではと想像する。
 しかし、時は明治全盛期である。過去に明治政府に反抗した都市ということで、よろしくないとしたら、札幌はどうだろう。「札幌まで」としても、べつに遜色はないように思える。一八七六年(明治九年)あの「青年よ大志を抱け」のクラーク博士ほか数名の外国人教師を迎えた札幌農学校のある「札幌」は、それから三十余年北海道開発の拠点として、大いに発展しつつあったはず。「札幌」の名は、全国区であったに違いない。にもかかわらず「札幌」ともしなかった。なぜか・・・。ではやはり当時、「網走」は人気があったのか。それとも作者志賀直哉に何か、よほど深い思い入れが、題名として使いたい理由があったのか。どうしても行き先が「網走」としなければならない何かが・・・そんな疑念が浮かぶ。
 しかし、四十一年後、1951年(昭和26年)68歳のとき、志賀直哉は、リックサック一つ背負い一人ではじめて北海道を旅した。が、網走には行かなかったという。と、すると、
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作者の深い思い込んみでもなさそうだ。だとすると、「網走」という土地名は、たんなる思いつきか。それともサイコロを転がせて決めただけの偶然の産物であったのか。
 題名は、この作品の最初の謎である。が、その前にもう一つ、大きな謎がある。作者は、この作品について【創作余談』で、にこのように記している。
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 或時、東北線を一人で帰って来る列車の中で前に乗り合わしていた女とその子等から、勝手に想像して書いたものである。これは当時帝國大学に籍を置いていた関係から「帝国文学」に投稿したが、没書された。原稿の字がきたない為であったかも知れない。
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 原稿の字がきたなかった――作者は、そう謙遜しているが、果たして、それだけであったろうか。なぜ、採用されなかったのか。この謎も考えてみたい。
『網走まで』と『三四郎』
 『網走まで』は、明治四十三年(1910)に『白樺』第一号に発表された。が、実際に書かれたのは二年前の明治四十一年といわれている。作者が25歳のときである。明治三十九年七月に学習院高等科を卒業。九月に東京帝国大学文科大学英文学科に入学している。
 この時代、明治四十年代は、どんな時代だったのか。日清日露戦争に勝利した日本は、韓国併合(1910)を目指して大陸侵攻の準備を着々と進めていた。ポーツマス条約、明治三
十九年(1906)には南満州鉄道会社を設立するなど富国強兵政策をますます強めていた。
 しかし、華々しい国策の裏で暗い出来事が次々起きていた。明治四十二年には伊藤博文がハルビン駅で暗殺された。また四十三年には、大逆事件が起き、幸徳秋水ら二十四名に、死刑、の判決がくだった。そのうち十二名が減刑され無期懲役となったが、幸徳秋水はじめ12名が絞首台の露と消えた。
 大逆事件は知識人に大きな衝撃をあたえた。森鴎外、永井荷風、石川啄木、与謝野鉄幹らのおどろきと打撃はかれらの作品に書きのこされている。(『高校日本史』実教出版)
 
 大逆事件(明治天皇の暗殺を計画したとされる嫌疑)は、明治四十四年(1911)二月十八日に上記の判決が下った。この死刑宣告の判決について、志賀直哉は、その感想を二十日金曜日の日記にこう書きしるしている。
二月二十日 金曜日
 ・・・一昨日無政府主義者二十四人は死刑の宣告を受けた。日本に起つた出来事として歴史的に非常に珍しい出来事である。自分は或る意味で無政府主義者である、(今の社会主義をいいとは思わぬが)その自分が今度のような事件に対して、その記事をすっかり読む気力さえない。その好奇心もない。「其時」というものは歴史では想像出来ない。
 ここで唐突だが、明治の文豪夏目漱石の『三四郎』は明治四十一年(1908)九月一日から十二月二十九日まで、百十七回にわたって東西の朝日新聞に掲載された。『網走まで』は明治四十一年(1908)八月十四日と執筆年月日が明記されていることから、両作品は、ほぼ同時期に書かれたとみてよい。
 同時期に書かれた『三四郎』と『網走まで』。この二つの作品の違いは、まず作者だが、『三四郎』を発表したときの漱石は四十一歳。前年、明治四十年(1907)一切の教職を辞して朝日新聞社に入社。すでに『草枕』を発表し、『我輩は猫である』『坊ちゃん』などを相次いで出版。押すも押されぬ大流行作家となっていた。文学一本に人生を絞ったのである。
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 ちなみに『三四郎』を発表した年、明治四十一年の年譜をみると、このような文学活動をしている。
1月1日より4月6日まで『坑夫』を朝日新聞に連載。
『虞美人草』(春陽堂)出版。友人、森田草平に小説『煤煙』の執筆を勧める。
6月13日より21日まで『文鳥』を大阪朝日新聞に連載。
7月から8月にかけて『夢十夜』を東京・大阪朝日新聞に連載。
9月1日より12月29日まで『三四郎』を朝日新聞に発表
 なぜ、『三四郎』を持ち出したのか。この作品も出だしは車内観察からはじまる。子ども連れではないが、子持ちの女と同席する。『網走』は、同情と純情だが、『三四郎』は新聞小説だけに色っぽいところもある。直接的な時代批評もある。そして、主人公の目的地、東京での生活が長編で描かれている。
 この作品が、単なる新聞小説で終わることなく、いまも読みつづけられているところはなぜか、『網走まで』を知るうえで、この作品の車内観察部分を読んでみることにする。
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※『網走まで』感想など、本号に掲載できなかった課題は次号に掲載します。
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自分の一日観察
課題10.「連休中の一日の記録」
〈志村成美〉     夢は、布団のなかので
 私が今、切実に求めるもの、それは「睡眠」だ。せっかくの連休を寝ることに費やすなん
て勿体ないと思うかもしれない。私も思う。普通は旅行に行ったり近場でも買い物に行って
ゆったり過ごすのだろう。けれど、そんなリアルが充実しているよりも、私は布団の中で過
ごしていたかった。
 しかし、私の連休はゆっくり布団の中にいることを許してくれなかった。何故か、それは
春祭に向けて販売する部誌用の漫画原稿が終わっていなかったからだ。締切は連休明けの7
日。全12頁中4頁はペン入れ済み、残りは下書きとも言い難いラフで筆を止めていた。 
 もっと計画的に進めていれば、この連休は、6W(ゴールデンウィーク)になったのだろ
うが、私は見事に6W(原稿ウィーク)になってしまったのだ。その原稿以外にもやるべき
ことは勿論あり、それらのせいで思うように原稿は進まない。挙げ句、母に(無理やり)羽
田空港まで連れて行かれ一日を潰した。ここで飛行機を見ている暇があるなら布団の中でゆ
っくりしたかった、なんて思ったが口には出さなかった。そんなことを思っている娘なんて
気にも止めず母は飛行機が飛び立つのを見て満足した顔をしていた。何かしらに追われ気が
つけば連休は終りを告げた。今年の連休はまともに休んだ記憶がなかった。来年こそは布団
の中で過ごしたいと思う。ちなみに私の原稿は終わることなく、次の週末まで6W(原稿ウ
ィーク)は続いてしまった。
□課題もあるし、当分はのんびりできませんね。頑張ってください。
課題14. 車内&一日
〈梅津瑞樹〉        自宅(周辺)観察
 朝、窓の外の騒々しい声で目が覚めた。朝っぱらから何がそんなに楽しいのか。僕は起こ
されてしまったことへの腹立ちから、映画「シャイニング」のジャツク・ニコルソン顔負け
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・192 ――――――― 14――――――――――――――――
の狂気に満ちた表情で窓の隙間から顔を出した。
 窓のすぐ下には6,7歳ぐらいの子供たちとその保護者らしき大人数人が皆一様に目にフ
イルムのようなものをあてて鶏のような声で、歓声をあげていた。連中が見つめている空の
一点ふり返り、ようやく全てを理解した。しかし苛立ちは、その日、家をでるまで治まらな
かった。
□この日、千葉県地方は曇り。朝はだれもいない公園に大勢の人がいて驚きました。
〈石川舞花〉         寸借詐欺と私
 自転車をいつもの場所に停め、最寄りの駅に向かって歩いていた。5月だが風が肌寒い朝
である。まだ開店していないショツピングモールの前で声をかけられた。50代後半位の歳
の女性だ。船橋の駅まで行きたいが定期を忘れてしまったので500円貸して欲しいという。
 最寄駅津田沼から船橋までわずか2駅。いくら定期を忘れてしまったとは云っても明ら
かに不自然だ。ここはしっかり、きっぱり断る場面である。
 だが、なにぶん付き合いと対話能力に欠ける私である。かろうじて「今は持ち合わせがな
いので」と言ったが、相手の請うような視線が痛い。うまい言葉も見つからず瞳の力に半ば、
強制されるように財布を出す。小銭入れをのぞくと全く入っていない。500円玉も100円
玉も、10円玉すら入っていないのだ。
「小銭を全く持っていないのです」
しぼり出すように言った。これで済めば、小銭を持っていなかったことは幸運だったと言え
る。
 だが、相手の誌千の圧力は続いている。とうとう私は千円札を取り出した。私の携帯番号
と名字は伝えたが、相手の名前も連絡先も知らない。社会を渡っていく能力がないとはこの
ことだ。500円貸して欲しいと言われ、1000円渡しているのだから。
 あれから1週間近く経つが、何の音沙汰もない。私の1000円はどこに行ってしまったの
だろう。そして、この先、私は社会を渡っていけるのだろうか。我がことながら不安である。
□人が困っていたら、助けてあげたい。その気持ちは無くさないでいて欲しいと思います。
だが、残念ながらこの世は、いい人を騙す人もいるわけです。そんな人にとって、善意は甘
い汁です。次々犯罪を重ねていくでしょう。と、いうことは自分の善意が多くの被害者を作
っていくことになります。防犯委員をやっている私の助言としては、この場合「電車賃でお
困りでしたら、駅員さんに相談してください」こう、きっぱり話すことです。
〈石川舞花〉       折り紙の世界
近頃、折り紙に凝っている。幼い頃から折り紙が好きで、大きくなってからも無性に折り
紙が折りたくなることが、1年に1、2度ある。今回も、またそんな時期が巡ってきたというわけ。特に『ユニット折り紙』を好んでやっている。6個なり12個なりのユニットをつくり、それを組み分けて立体を作るのだ。ユニット1個につき1枚の折り紙がを使うので1つの作品で沢山の折り紙を消費する。
 そういう訳で、折り紙を買うためにユザワヤへ行った。千代紙や両面折り紙など種類が豊富で楽しい。目移りしつつ、結局選んだのは「両面フローラ折り紙だ」片方が単色、片方が花柄の両面折り紙だ。花柄を全面にだして折るもよし、単色の中に花柄が顔をのぞかせるよう折るのもよし、で、バリエーションが広がる。
 今度は何を折ってみよう。買ったばかりの折り紙を手に家路につきながら私は次なる作品
に思いをはせた。
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読むこと書くことの習慣化を目指して 
ゼミ日誌
月曜日5時限目の記録 (文ゼミ2教室)
□4月16日 参加8名、ゼミ説明 はじめての試みとして紙芝居風の紹介にした。が、DVDの取扱に戸惑ったりして反応はイマイチだった。伝わっただろうかの懸念。
 しかし、後日、13名の希望カード届く。(1名辞退)
□4月23日 12名、自己紹介、班長・ゼミ誌作成委員選出 テキスト読み
司会=梅津
出席=梅津、後藤、鞆津、山野、小妻、小野澤、吉岡、矢代、根本、石川、志村、古谷
読み=テキスト『菜の花と小娘』、嘉納治五郎「精読と多読」、編集室「読書のススメ」
撮影=1年間無事の旅を祈願して全員で写真撮影。
読むことの習慣化 → 『菜の花と小娘』
書くこと=「課題1.愛読書」 → 根本、志村、石川、梅津、山野、古谷
課題2.自分について」 → 根本、志村、石川、梅津、山野、古谷
「課題3.憲法問題」 → 梅津、石川、山野、
     「課題4.『菜の花と小娘』感想」→ 梅津、石川、山野
      
□5月7日 5名、届2名 ゼミ合宿の件 課題発表 テキスト読み
司会=吉岡未歩
出席=吉岡、根本、石川、志村、古谷 届出=矢代、鞆津
討議=ゼミ合宿の有無決め。次ゼミ5・14に持ち越し
発表=ゼミ通信188号掲載分
読むことの習慣化 → 『ある朝』
書くことの日常化 → 『ある朝』感想 課題9~10
□5月14日 8名 ゼミ合宿採決 課題発表 テキスト読み
司会=古谷麻依
出席=梅津、鞆津、吉岡、矢代、根本、志村、石川、古谷
発表=「ゼミ通信189」掲載分
読むことの習慣化=テキスト『夫婦』『網走まで』
書くことの習慣化=配布→テキスト感想・創作 「車窓観察」、「車内・一日観察」
□5月21日 5名 1名病欠 課題発表 人生相談、
司会進行=鞆津正紀
出席=鞆津、吉岡、志村、石川、古谷
読むことの習慣化=提出課題読み
客観性を育てる=人生相談「元気をだせるには」
書くことの習慣化=課題15~17配布
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□5月28日 6名 ゼミ雑誌ガイダンス報告、ゼミ合宿について、解釈・国語問題
ゼミ誌ガイダンス報告=石川舞花 構成企画案=後藤啓介
出席=梅津、鞆津、後藤、志村、石川、古谷
課題配布=18・19・20
土壌館日誌
□6月2日(土)晴れ
今月16日(土)読書会を開くので、終日お知らせ「読書会通信」を作成する。「ペトラシェフスキー事件」の報告希望者。報告時間を考える。近くに「ほっと」何とかというお弁当屋が開店したので、昼に買ってみる。6時50分家の前で待つ。土壌館門下生の大学生A君、徒歩で来る。4年で公務員試験受験中だが、一ヶ所終わったので気分転換に手伝ってくれるとのこと。自衛官のN先生の車、時間通り迎えに。3人で市の武道センターに向かう。
明日の大会の準備。粗品のボールペン知るやタオル、プログラムを、各団体の袋に詰める。
8時30分、8名参加で準備完了。近くのファーストフードで皆で夕食。9時半自宅。
□6月3日(日)曇り一時小雨、後晴れ
 春季市民柔道大会の日。N師範代の車で武道センターに、途中、小5男子を拾う。もう一人の小5は野球大会に出場とのこと。会場は、小1から一般まで342名の選手と応援の保護者でぎっしり。が、柔道人気に陰りか、いつもよりやや少なめ。野田さんは、来賓で昨年まで毎回きていたが総理になってからは、当然だが無理のようだ。今回も代理が挨拶。N師範代は審判、大学生には監督を依頼。土壌館関連は小学生、中学生、高校生で、敢闘賞1。試合中1名ケガで救急車。大事はなさそう。3時に無事に終わる。
 夜、これを書いているとオウムの菊池直子が捕まったテロップ。17年の逃亡。オウムの広報をしていたときは23歳ぐらいか。「米軍に攻撃されている」とかなんとか、意味不明なことを盛んに宣伝していた。
掲示板
お知らせ
ドストエフスキーを読みたい人、知りたい人はどうぞ
☆ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」
2012年6月16日(土)池袋勤労福祉会館第7会議室 
時間 → 1時開場 1時30分 → 「スペシネス事件」報告・福井勝也氏 
2時30分 → 読書会・作品『人妻と寝台の下の夫』
  詳細は以下、編集室に
編集室便り
○課題原稿、メールでも可 下記アドレス
□住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方『下原ゼミ通信』編集室
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
文芸研究Ⅱ   2012年読書と創作の旅・下原ゼミ 6・4配布
書くことの習慣化・日常化を目指して・判断力
                     
名前
課題21.こんなときどうするか 知人へのアドバイス
              
知り合いの人から、「知人を訪ねたが、応答がない。カギが、あいていれば入って確認したい。一緒に入って欲しい」                                 
                              
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近所の人から、「隣の人と生活音などでトラブルになっている。相談に乗って欲しい。相手を注意して欲しい」と頼まれた。
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文芸研究Ⅱ   2012年読書と創作の旅・下原ゼミ 6・4配布
書くことの習慣化・日常化を目指して
                     
名前
課題22.車内観察
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文芸研究Ⅱ下原ゼミ 提出随時 6・4配布
名前
課題23.「自分の一日の記録」
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