文芸研究Ⅲ 下原ゼミ通信 熊谷元一研究No.9

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科文芸研究Ⅲ下原ゼミ 2012年6月22日発行
文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信
BUNGEIKENKYU Ⅲ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
熊谷元一研究No.9                                

編集発行人 下原敏彦

                              
4/13 4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/15 6/22 6/29 7/6 7/20 (ゼミ4教室)
  
観察を記録する、観察を創作する
6・22下原ゼミ
6・22ゼミは以下の要領に添って行います。(ゼミ4教室)
 
1. ゼミ連絡、「ゼミ通信No.9」配布  連絡・郊外学習について
2.  ゼミ雑誌、版型など考案。(他ゼミのゼミ誌をみて検討)
3. 『三足のわらじ』読み 年譜作成と熊谷研究の検証
4. サローヤン『我が名はアラム』の読み。作品から故郷の原風景を探る
6月15日ゼミⅢ報告
DVD「教え子たちの歳月」観賞
1996年(平成8年)11月25日(土)AM11:00~11:45
 11月25日NHKテレビは午前11時から「日本点描」番組で【教え子たちの歳月】を放映した。1953年「一年生」を撮った教師が1996年「50歳になった一年生」を撮りに行脚。
7・7~7・8秋田郊外授業計画承諾される
 下原ゼミは、ゼミ合宿として熊谷元一写真童画館・写真保存会の視察・研修旅行に同行するために文芸事務室に「郊外授業申請書」を提出した。が、8日承諾された。
下原と熊谷元一


文芸研究Ⅲ・熊谷元一研究No.9 ――――――― 2 ――――――――――――――――
【土壌館ニュース】
○「特別企画・熊谷元一写真展&童画展」開催地・秋田角館
○開催月日 : 2012年7月1日(日)~ 7月31日(火)
秋田・角館郊外授業(夏季合宿)許可下りる
 下原ゼミⅢ「熊谷元一研究」は、秋田で開催される「特別企画・熊谷元一の写真と童画展」見学をゼミ合宿代替として大学に申請していたが、18日、無事学校から許可が下りた。
 開催地及び会場は、次の所です。
開催地 : 秋田県仙北市角館会場「ぷかぷ館」℡0187-53-2473
主催者 : 写真家・小松ひとみ氏(日本写真家協会会員)
協力 : 熊谷元一写真童画館・写真保存会(0265-43-4422)
     〒395-0304 長野県下伊那郡阿智村智里331-1
長野県・熊谷元一写真童画館・写真保存会は、視察及び研修行事で秋田行
下原ゼミⅢ、『熊谷元一研究』は、同行取材し「写真と童画展」を観賞。
〈日程〉下原ゼミ&写真児童館・28会(『一年生』)・写真保存会
7月7日(土)東京AM9:00 ~東北新幹線~仙台下車(平泉・中尊寺、毛越寺)~ 花巻
花巻温泉(「ホテル千秋閣」)宿泊
7月8日(日)花巻 ~宮沢賢治館~田沢湖芸術村 ~(秋田乳頭温泉「鶴の湯」)宿泊
7月9日(月)秋田角館「ぷかぷ館」見学・取材 ~ 新幹線 ~ 東京
参加者・下原敏彦(日芸)、大野純弥(学生)、下原康子(28会)、戸塚美代子(28会)
    原佐代子(写真館・28会)、小川登志子(28会)
    阿智村組=熊谷元一写真童画館と写真保存会の皆さん 他、都内組
下原ゼミ、秋田参加目的 → ゼミ雑誌『熊谷元一』作成、写真児童館と親睦
7日 花巻温泉「ホテル千秋閣」℡.0198-37-2150
8日 乳頭温泉「鶴の湯」 → 秋田県仙北市田沢湖田沢字 ℡.0187-46-2139
熊谷元一、写真代表作「コッペパンをかじる少年」
――――――――――――――― 3 ―――――――― 文芸研究Ⅲ・熊谷元一研究No.8
【熊谷元一研究】毎号、加筆、校正していきます。
熊谷元一研究の意義
故郷の原風景への回帰
                               
 3・11から一年半が経とうとしている。日にちにすれば350日余りだが、時間の速い現代においては、たちまちの日々である。がしかし、この僅かな歳月の間に日本は、すっかり変わってしまった。原発事故や津波被害で実際に故郷を追われた人たちがいる。が、多くの日本人もまた故郷を無くした喪失感にさいなまれ心の原風景を探して彷徨っている。
熊谷元一の写真や童画には、心を癒す懐かしさがある。場所は、山村だが、記録された村人の生活や子どもたちの遊びは、時と所を超えて見るものを感動させてくれる。貧しかった時代の証言は、文明に行き詰まって混迷する今日の人々を慰め勇気づけるものがある。加えて、教師としての熊谷からは、民主主義教育未踏の時代にあって、なにものにも束縛されない創意工夫の教育を知ることができる。熊谷の、その実戦教育は、迷える現代の教育にあって必ずや新しい学校教育の指針になり得ると信じてやまない。
故に現在の日本において熊谷元一研究は、是非に必要である。熊谷の作品にみる観察と記録は、これからの日本に大いに役立つと思うところである。熊谷元一研究の意義は大きい。
熊谷元一とは何か
熊谷は、アマチュアカメラマンだったが、日本の写真家40名中「17 熊谷元一」(1997)として評価されている。また童画家としても多くの童画を描いた。だが、その人生は「生涯一教師」だった。故に熊谷は、自分の人生を「三足のわらじ」をはいた人生と語っていた。真の熊谷元一とは何か。その仕事から探ってみた。
2010年11月6日、熊谷が101歳で亡くなった翌日、新聞各紙はその死を報じた。「写真家熊谷元一さん死去」(読売)「満蒙開拓民の写真 熊谷元一さん」(朝日)「写真・童画家 熊谷元一さん死去」(信毎)などなどあった。いずれも写真家・童画家と記されていた。後日、NHKテレビの特集番組でも「写真家熊谷元一」として紹介されていた。番組のなかでもアニメ映画の巨匠宮崎駿監督に「すごい写真家」と印象づけていた。
 写真家・童画家として名高い熊谷だが、教師としての熊谷は、どうだったのだろう。
1955年昭和30年に岩波写真文庫から出版された『一年生』は、写真界の金字塔といっても過言ではないが、ここには教師としての熊谷の才能も十分にみられる。
『一年生』を観察すれば、戦後まもない、民主主義教育創生期にあって、熊谷の創意工夫の教育は、現在の学校教育と遜色ない。
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マスメディアにみる熊谷元一の記録
①「熊谷元一さんの偉業」(永田浩三ブログ「隙だらけ好きだらけ日記」)
永田浩三(社会学者・ジャーナリスト・武蔵大学教授、元NHKプロデューサー)
熊谷元一研究・「文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信第7号」掲載
②「不覚にも涙のにじんだ目で」(『熊谷元一 なつかしの一年生』河出書房新社2001)
  あとがき 藤森照信(東京大学教授)
 熊谷元一研究・「文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信第8号」掲載
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マスメディアにみる熊谷元一③
 その生涯を写真家・童画家・教師として生きた熊谷元一のマスメディアにおける批評と評価は、どんなだったか。新聞・雑誌・書籍・テレビ・HPなどから探ってみた。
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時を超えて絶賛
今、見てもすごい写真だ !! 宮崎駿監督、感銘
               2011・1・14 NHK長野放送「知るしん・追悼番組」
2011年 平成23年、旅先の旅館で熊谷の写真をはじめて目にしたアニメの巨匠宮崎駿監督は、「こんな写真家がいたのか」おもわず声をあげた。今後の映画作品制作に役立てたいとの感想。熊谷は前年2010年11月6日死去 101歳
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今まで試みられなかった得がたき作品 農林大臣
1938年 昭和13年 熊谷が撮った写真集『會地村』に時の農林大臣・有馬頼寧は絶賛し、序文を書いた。熊谷、29歳
『會地村』
          序     農林大臣 伯爵 有馬頼寧
 時局下(じきょくか)に於ける農村の感激措く能(あた)はざる努力と、益々重要性を増すその地位とに対し、世人の認識の一層深からむことを望むの時、東京朝日新聞社に於いて農村記録写真「會地村」を刊行せらるることは真に喜ばしき企てとして感謝にたえない。写真は信州伊那谷の一農村の青年が、その村の環境を有りの儘に写した努力の結晶である。
 農村の機構、農業経営、農村生活等を、難しい統計に表した研究調査に比べて、ただちに何人にも分かり易いこの記録写真は、今まで試みられなかった得がたき作品として、撮影者及び之が犠牲的紹介に努力せられた東京朝日新聞社に対し、深く敬意を表する次第である。
◆ 72年の時を超えても変わらぬ評価。熊谷元一作品の非凡さを証明している。
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熊谷元一研究 その4 
代表作品『一年生』を読む
『一年生』を読む
1955年に刊行された岩波写真文庫『一年生』に写されている子どもたちは、ほとんどが熊谷が受け持った東組一年生と隣西組クラスの一年生である。
よって入学した1953年(昭和28年)4月1日~1954年(昭和29年)3月30日の間に撮ったものである。
が、上の写真文庫『一年生』の表紙作品の子どもたちは、一学年下の1954年入学こどもたちである。(被写体・下原証言)なぜ、熊谷は、1年のはじまりである入学式の日、受け持つ子どもたちの晴れ姿をカメラに収めることができなかったのか。左下の写真も同じである。在校生に迎えられて講堂に入ってきた一年生。この子どもたちも次年度の子どもたちである。肝心かなめの「一年生」撮影開始のこの日、熊谷は何故にシャッターを押さなかったのか。そのことについて、生前、聞き忘れてしまったことが悔やまれる。1953年4月1日、私(下原)は、この日、入学した。が、担任の男先生(熊谷)のことは記憶にない。
                          肝心のこの日、熊谷はなぜ ?
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夢 果てなく
~ 習作小説・熊谷元一(『三足のわらじ』) ~
下原敏彦
2010年(平成22年)11月清瀬
 晩秋の青空が窓いっぱいにひろがっていた。熊谷元一は、一人部屋のベットを少し持ち上げて、ぼんやり窓外をながめていた。どこが悪いというのではないが一週間前、なんとなく体の不調を感じたことから、清瀬の実家から、そう遠くないこの介護老人保健施設に思いきって入居した。妻は数年前、亡くなった。性分が独立独歩の性格なので、もしかのときは、と、申し込んでおいたのだ。先ほど、今年小学一年生になった曾孫が孫夫婦、長男夫婦と見舞いにきた。すっかりわんぱく坊主になった曾孫は、入ってくるなり元気に駆けよってきた。
 熊谷は目を細めてからかうようにきいた。
「わしは、いくつだ ? 」 
「ひゃく一さいだよ」
曾孫は、そんなことぐらいはしっているぞ、といわんばかりに胸をはって答えた。
「ほう、百一歳か」熊谷は、おどけたように言った。「そんねん生きたのか」
「いやですよ。んな言い方しては」同居しているお読めさんは苦笑した。
「えれえ、いきたもんだなあ」
「まだまだ、大丈夫ですよ」
家族のものたちは、口々にそう言って笑った。
 本当に、そうみえた。それもそのはず、熊谷は、生涯を通じ病気入院したことは一度もなかった。歯も丈夫なら、耳も聞こえた。目は片目は乱視だったが、101歳のこの歳になっても眼鏡なしで新聞が読めた。そんなわけで、このたびの入居を聞いて家族は、たぶん一過性のことだと思った。すぐにカメラを手に清瀬の街に出ていく。そんなふうに思っていた。
――――――――――――――― 7 ―――――――― 文芸研究Ⅲ・熊谷元一研究No.9
賑やかだった見舞客が帰って部屋は、急にひっそりした。熊谷は、じっとしていることが嫌いだった。家族のものが言っていたように、足さえ動けば、自分はいますぐ写真を撮りにいくに違いないと思った。しかし、足が弱って歩行困難になったから、ここにきたのだ。気持ちは青春時代と変わらないのに、体は、すっかり老化してしまった。残酷な現実に熊谷は、一人苦笑するしかなかった。
101歳か・・・さきほどの曾孫との会話をおもいだした。とても自分のこととはおもえなかった。自分には、まだまだやることがある。ここで、死んでもらっては困る。そんなふうに思った。外は小春日和の午後。いまは紅葉がみごろだろう。今年の秋を撮りたい。
熊谷は、窓に目をやった。晩秋の黄昏前の空は、あくまでも高く青く澄み渡っていた。不意に熊谷の脳裏に赤石山脈の上にひろがる信州、伊那谷の青空が甦った。
翌、11月6日、熊谷は101歳の生涯を閉じた。三足のわらじをはききった、満足の人生だった。が、棺に横たわったその顔は、「おう、面白いことを思いついた」そう言っていまにも起き上がって、写真を撮りに行くようにも見えた。
編集発行 熊谷元一写真童画館 2003・11・25 熊谷は、故郷の阿智村(旧會地村)を生涯にわたって撮りつづけた。
                一、會地村駒場宿
 明治42年(1909)7月12日、熊谷元一は信州伊那谷にある山間の宿場町に生まれた。
作家の太宰治も、この年に生まれている。ちなみに、熊谷元一研究と比較検証していくアメリカの作家ウイリアム・サローヤンは前年1908年の生まれ。
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文芸研究Ⅲ下原ゼミ・ゼミ雑誌制作企画
熊谷元一研究・ゼミ雑誌構成(案)
毎回、話し合って編集方針を固めていく。
【モチーフ】故郷喪失時代に故郷の原風景を探る、『一年生』をテキストにして
  ※なぜいま熊谷元一か・・・・下原
○1953年、ある山村の小学一年生の一年間の記録 写真から原風景を探る。
代表作『一年生』を読む、感想・・・・・大野、岩澤
取り入れ  写真  文集  五十歳・還暦文集から 
※黒板絵の世界について・・・・・下原
○1996年、都会の一年生の記録 写真から原風景を探る。
 創作「私が子どもだったころ」都会の遊び・・・ 大野、岩澤
取り入れ 日記  写真  文集  などから
○特集・秋田角館紀行『角館に熊谷元一を見に行く』・・・大野
○同時代の写真家・米国作家比較・・・作品にみる故郷の原風景
創作「サローヤンの少年時代」を読む・・・大野、岩澤
熊谷元一とウイリアム・サローヤンの比較は、まったく相いれないものかも知れない。が、
なぜか両者を試みたい。原風景という共通項から類似点を考えてみたい。
米国作家と日本人写真家。異質な両者の距離がこの研究で、どれほど近づくか・・・。
○熊谷評価の一環としてDVDから宮崎駿監督のシーンを使う ?
  
ゼミ雑誌作成手順
 ①【ゼミ雑誌発行申請書】
上記申請書を期限までに江古田/学科事務室に提出してください。
夏休み明けみまでに編集作業をすすめ、印刷会社を決め、そうていレイアウトを相談する。
②【見積書】
 印刷会社から見積もり料金を算出してもらい、期日までに学科事務室か出版編集室に提出する。編集作業をすすめ、11月半ばまでには印刷会社に入稿する。
ゼミ雑誌納品は12月7日(金)厳守 !
 ゼミ雑誌ができあがったら、12月7日(金)までに提出してください。
③【請求書】
 印刷会社から請求書をもらい学科事務室に提出してください。以上で終了です。
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編集室便り
① 課題原稿、メールでも可 下記アドレス
住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
文芸研究Ⅲ下原ゼミ・郊外授業(ゼミ合宿)計画
目的 ゼミ雑誌『熊谷元一研究』作成のため 回顧展観賞と取材
参加者 2名  下原敏彦(教員) 大野純弥(学生、05A145-7)
目的地 秋田県仙北市角館「ぷかぷ館」(館主 写真家・小松ひとみ)℡0187-53-2473
展示作品 熊谷元一の写真と童画
その他 平泉・中尊寺 宮沢賢治館、角館武家屋敷 たざわこ芸術村など
日程 7月7日(土)~7月9日(月)(7日宿泊・花巻「ホテル千秋閣」)℡0198-37-2150
○1日目 7日(土)、9時40分東京発(6名) → 一の関12時13分着 → 平泉見物 → 花巻温泉「ホテル千秋閣」宿泊 →
○2日目 8日(日)、宮沢賢治イーハトーブ散策(記念館・童話村等) → 田沢湖一周 → 長野県組と合流(村職員ら数名) → 乳頭温泉「鶴の湯」へ 夜・親睦会十数名(保存会、地元写真家他) →
○3日目 9日(月)、田沢湖駅 → 角館駅 → 「ぷかぷ館」にて熊谷元一展を観賞 → 武家屋敷等見学 → 角館駅15時49分 → 東京駅19時08分着 解散。
※主な参加者、熊谷元一写真童画館職員・写真保存会会員、写真関係者他
郊外授業申請 7月8日(日)~ 7月9日(月)1泊2日
宿泊地 秋田県仙北市田沢湖田沢乳頭温泉「鶴の湯」℡0187-46-2139
個展作品 熊谷元一の代表作品 上下共
 
熊谷元一とサローヤン
1908年  ウイリアム・サローヤン、米国カリフォルニア州の農業地帯フレスノで生まれ
る。アルメニアからの移民二世。
1909年 (熊谷元一、長野県伊那谷の山村で生まれる)
1934年 『空中ブランコに乗った大胆な若者』好評26歳 この年から6年間に何百という短編を書いた。まるでカメラのシャッターを押すように。
1938年 熊谷の朝日新聞社刊『會地村』好評、29歳 このときから山村を観察と記録
1953年 熊谷『一年生』の撮影開始
ウイリアム・サローヤンの邦訳出版されたもの
『君が人生の時』加藤道夫訳、中央公論社、1950年
『人間喜劇』小野稔訳、中部日本新聞社、1950年
『わが心高原に』倉橋健訳、中央公論社、1950年
『男』小暮義雄訳、ダヴィト社 1951年
『わが名はアラム』清水俊二訳、月曜書房、1951年(のちに晶文社)
『君が人生の楽しき時』金子哲郎訳、創芸社、1953年
『どこかで笑っている』清野陽一郎訳、ダヴィツト社、1954年
『サロイアン傑作集』末永国明訳、新鋭社、1954年
『笑うサム・心高原にあるもの』斉藤数衛・吉田三雄共訳、英宝社、1957年
『我が名はアラム』三浦朱門訳、角川文庫、1957年(のちに福武文庫所収)
『人間喜劇』小島信夫訳、研究社、1957年(のちに晶文社)
『わたし、ママが好き』古沢安二郎訳、新潮社、1957年
『サローヤン短編集』古沢安二郎訳、新潮文庫、1958年
『人生の午後のある日』大橋吉之輔訳、荒地出版社、1966年
『ウイリアム・サローヤン戯曲集』加藤道夫・倉橋健訳、早川書房、1969年
『ママ・アイラブユー』岸田京子・内藤誠訳、ガルダ、1978年(のちにブロンズ新社刊 新潮文庫所収)
『パパ・ユーアークレイジー』伊丹十三訳、ガルダ、1979年(のちにブロンズ新社刊、新潮文庫所収)
『ワン デイ イン ニューヨーク』今江祥智訳、ブロンズ新社、1983年(のちに新潮文庫所収)
『ディアベイビー』関汀子訳、ブロンズ新社、1984年(のちにちくま文庫所収)
『リトル チルドレン』吉田ルイ子訳、ブロンズ新社、1984年(のちにちくま文庫所収)
『ロック・ワグラム』内藤誠訳、新潮文庫、1990年
『ヒューマン・コメディ』関汀子訳、ちくま文庫、1993年
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熊谷元一の代表作、岩波写真文庫『一年生』
 
日本大学芸術学部文芸学科・文芸研究Ⅲ下原ゼミ「熊谷元一研究」               
課題 写真・童画の複写使用許可願い作成         
                    
熊谷元一写真童画館 殿   熊谷元一写真保存会 殿
趣旨
目的
計画
文芸研究Ⅲ下原ゼミ「熊谷元一研究」               
課題 秋田角館視察・研修同行取材内容        
                    
熊谷元一写真童画館に質問したいこと     
熊谷元一写真保存会に質問したいこと
ご家族(長男さん)に聞きたいこと
28会(被写体の一年生)に聞きたいこと
その他
ゼミ雑誌(仮)『熊谷元一研究』作成の為。7月1日~31日まで秋田県の角館「ぷかぷか館」(仙北市)で【特別企画 熊谷元一の写真と童画展】が開催される。(主催者・写真家小松ひとみ)。作品貸出元の長野県から「熊谷元一写真童画館」「写真保存会」が視察と研修行事の一環で、同展を観賞する。この一行に同行して、写真童画展を見学するとともに関係者への取材を実施する。
7月7日(土)花巻温泉「千秋閣」
7月8日(日)秋田乳頭温泉「鶴の湯」0187-46-2134

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