文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.25

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2005年(平成17年)4月 18日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.25
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
 ホームページ http://www.shimoharanet 編集発行人 下原敏彦
                              
2005前期4/18 4/25 5/2 5/9 5/16 5/23 5/30 6/6 6/13 6/20
6/27 7/4 7/11  
2005年、読書と創作の旅
4・18下原ゼミ・ガイダンス
4月18日(月)の下原ゼミ・ガイダンスは、下記の要領で行います。(文ゼミ1)

 
1. 開講に寄せて    
  ・読むこと、書くこと、観察することの意味について
2. 下原ゼミ講座概略
  ・目標 手段、実践、記録 理念について
3. 「2005年、読書と創作の旅」
4. テキストについて
  ・前期テキスト 後期テキスト
5. 講師自己紹介
ビデオ観賞(日本テレビ番組「おんぼろ道場再建」2002年6、7月放映)
 


自分の希望に合ったゼミ受講を
下原ゼミ受講希望の皆さんこんにちは。いよいよ新学期のスタートです。ある意味で本当の大学生活は二学年から始まるといっても過言ではありません。一年間の大学体験で「大学とは何か」に「自らが学ぶところ」そんな自覚の芽を出すことができたと思います。
ゼミ受講は、その芽を育てるのに格好の場です。自分の意欲しだいで、その芽はどんな樹木にも成長します。こんな花を咲かせたい。こんな実をつけさせたい。受講を前にいろいろな目標があると思います。が、要は、自分の希望にあった土壌です。たとえ、どんなにすばらしい芽や苗を持っていても、肥沃な土壌であっても土質が違うと生育は難しくなります。土壌をしっかり調査し、自分の希望に合ったゼミで学んで下さい。
下原ゼミについて
下原ゼミの前期後期の通年目標は「人間とは何かを知ること」です。この目標到達への手段として読むこと、書くこと、観察することの習慣化をはかります。そのために文章稽古として「下原ゼミ通信」土壌館創作道場欄に参加者の提出原稿を掲載していきます。
なぜ人間とは何かを知らなければならないのか。そこに人類救済への道があるからです。1839年8月16日、ロシアの文豪ドストエフスキーは兄に手紙を書いた。文豪17歳、工兵学校の学生だった。「人間は謎です。この謎は解かねばなりません/なぜなら人間になりたいから」文豪のあくなき人間観察への挑戦は、この宣言からはじまった。
 
1.開講に寄せて
 文芸研究Ⅱで下原ゼミを担当する下原です。連日、いろいろなガイダンスを受けていると思います。が、授業は、はじまってみないとわからない、というのが本音のところもあります。しっかり観察してみてください。ポイントはゼミの掲げる目標です。
下原ゼミは、講座内容で紹介しているように「読むこと、書くこと、観察すること」の習慣化を目標にゼミをすすめていきます。達成手段としてテキストを、前期は志賀直哉の短編作品(詳細は25日に)、後期は新聞記事とします。習慣化するため、課題原稿を提出してもらい、毎週発行の本「下原ゼミ通信」で発表してゆきます。他に推薦図書の感想も。
※推薦図書は追って説明
 
文芸学科の学生は、社会に出てからどんな仕事をしたいか。希望や夢は、やはり作家志望を含め、ものを書く仕事を目指す人が多いと思います。そうした直接的動機がある人にとって、「読むこと、書くこと、観察すること」は、野球選手にキャッチボールが基盤のように当然のことと思います。が、下原ゼミで目標としたのは、一概に、そうしたマスメディアの職業を目指す学生のためということではありません。
 3月25日でしたか。「卒業生を送る会」がありました。祝辞のなかに、最近の芸術学部の卒業生はどんなところで働いているか、という調査報告があった。それによると、芸術学部出身者のなかに無農薬野菜を作っている人や、料理人になった人、歯科医になった人もいるそうです。既に、これらの職業は、変り種ではなくなってきているとのことでした。
芸術学部というとどうしても限られた分野と思われがちですが、ずいぶん畑違いのいろんな世界に進出していることを聞き、その幅の広さを改めて知ったしだいです。
 こうした現象は、たぶんに時代の流れということもありますが、日芸が目指す総合芸術の成果ともみてとれます。他分野への浸透。この現象は、今後ますます加速していくことと予想されます。そこで必要とされるのは専門学の前に、教養ある人間としての基盤です。「読むこと、書くこと、観察すること」は、まさにその基盤となります。
人間社会を生きていく上で昔は「読み、書き、そろばん」でした。これができれば、どんなに階級社会であっても、生きてゆけるのです。かなり前になるがインドの不可触賎民(カースト制度の下の人々。一億人とも二億人いるといわれている)のドキュメンタリー番組を見たことがある。最下層階級にも入れない人々。彼らは路上でその日暮らしの生活を送るしかない。レポーターの詩人も、同じ不可触賎民だという。彼の最後の言葉が印象的だった。「あそこで寝ている人々と私の違い。それは私には読むこと、書くことができる。ただそれだけの違いなのです」。科学の発達で、そろばんは、それほど必要としなくなった。が、読むこと、書くことの必要性は、世界のどこに行っても同じである。また、電算機でそろばんは必要なくなったが、代わりに「観察」が必要となった。「観察」は、情報過多の現代において、常に意識下に置かなければならない重要な行為となった。連日のニュースになっている中国での反日デモ騒動。中国の若者が、インターネットの情報洪水に流され、自分の目と頭で日本を観察しないことが嘆かわしい限りである。
何か独善的な話になってしまいましたが、以上が「読み、書き、観察」を目標とする意味です。目標の習慣化は、たとえマスメディアを目指さなくても、よき処世術になると信じています。この一年間、下原ゼミは、こんな見方、考え方で旅してゆきたいと思います。
―――――――――――――――――― 3 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.25
2. 下原ゼミ講座概略
「人間とは何か」について
下原ゼミの目標は、夢は大きくということでロシアの文豪フョードル・M・ドストエフスキー(1821~1881)が生涯目指した「人間は謎です」の目標を掲げています。文豪は、この目標達成のために読み、書き、発表しつづけました。ときには病苦にのたうちながら、ときにはシベリアの監獄で、ときにはギャンブルに溺れながら。そうして最後に、世界文学に燦然と輝く『カラマーゾフの兄弟』未完を残して死んだ。「終りよければ全てよし」、幸福な人生だった。
だが、はたして謎は解けたのか。人間とは何だったのか。依然として謎のままである。が、これだけは言える。一度でもドストエフスキーに憑かれた者なら、その人間が賢者であれ愚者であれ、天才であれ、凡人であれ、全ての人が同じように感じるだろう。人間は何か。その謎を解く鍵がドストエフスキーの全作品の中にあることを。それは、宇宙の神秘に挑戦したアインシュタイン博士も例外ではない。「ドストエフスキーは、どんな思想家が与えてくれるよりも多くのものを私に与えてくれる。ガウス(ドイツの天才数学者)よりも多くのものを与えてくれる。」博士のこんな感想がある。
計画  下原ゼミは、目標に近づくために以下の計画を実施します。
手 段 : 読むこと、書くこと、観察(批評)することの習慣化。
実 践 : 前期 → テキスト(志賀直哉作品)の読み込み、課題原稿提出。
後期 → テキスト(新聞記事)からのテーマ討論、課題原稿提出。
通年 → 下原ゼミ推薦図書の読みと感想(夏休み課題)
発 表 : ゼミ講座で報告、『下原ゼミ通信』に掲載。
代表作品を『ゼミ雑誌』に掲載   
     
下原ゼミの理念
下原ゼミの理念は、志賀直哉の小説『暗夜行路』の時任謙作の次の言葉に集約されます。なぜ読むのか、書くのか、観察するのか。それは、
「人類全体の幸福に繋がりのある仕事」であるから。(『暗夜行路』より)
この言葉を下原ゼミの理念とします。
「人類全体の幸福に繋がりのある仕事」の意識をもつことに希望
あらゆる研究と学問は、人間が幸せになるため、延いては世界平和のためです。森羅万象の調和のためです。人類の発展は、常にその目標に向かって歴史を刻んできました。
しかし、今も昔も世界はドストエフスキーが嘆くように「地球は、地殻まで血と涙でびしょ濡れている」。これはたんに人間だけの悲劇ではなく、地球上のすべての動植物にいえることです。目下、愛知万博は、華やかに開かれていますが、自然と人間の未来は決して明るいものはいえません。一人ひとりが「人類全体の幸福に繋がりのある仕事」の意識をもつことにこそ希望がある。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.25―――――――――4―――――――――――――――――
3.「2005年読書と創作の旅」について
 「2005年、読書と創作の旅」と聞くと何か、のんびりとした印象。ぶらり温泉の旅のようなものを思い浮かべるかもしれません。が、残念ながらまったく違います。このキャッチタイトルは、SF映画の名作『2001年、宇宙の旅』にあやかってつけました。
既に古典となっているスタンリー・キューブリック監督のこの映画ですが、この映画のテーマは「人間とは何か」「人間は、どこからきてどこに行くのか」というところにあります。映画自体は、長い、単調、動きが少ないということで、一般的には眠るのに最適という印象が定着しています。なぜか、かっては大晦日の民放深夜裏番組でした。
がしかし、この退屈な映画には、観るべきところ、考えるべきところがたくさんあります。この映画には、SF作品の種がいっぱい詰まっているのです。脚本家が想像し得るあらゆる物語が潜んでいるのです。この映画から、いろんな物語が想像てきます。この映画は、SF映画の打ち出の小槌です。こうした観点から、下原ゼミを「読書と創作の旅」と銘打ちました。あのディスカバリー号のように、人間の謎を解く旅ができれば、と期待します。
4.テキストについて
前期のテキストは志賀直哉の初期短編です。
志賀直哉は、最近ではあまり読まれていない
ようです。しかし、その作品は広く知られてい
ます。だれもが国語の教科書で一度は読んだは
ずである。小学校でなら『菜の花と小娘』、中高
になれば『小僧の神様』『清衛兵と瓢箪』『和解』
『暗夜行路』などたくさんの作品が思い浮かびま
す。が、下原ゼミでは一冊にしぼってすすめます。
作品については、次回に説明します。
後期のテキストは、新聞記事です。事件、社会
問題、話題などを討論してもらいます。
5. 担当講師自己紹介
プロフィール
下原敏彦(しもはらとしひこ)
1947年(昭和22年) 長野県生れ。日本大学農獣医学部中退。業界紙記者、建設現場作業員などを経て現在、柔道場・土壌館下原道場館長。ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」を主催。「読書会通信」隔月発行。写真集『50歳になった一年生』編集。著書『伊那谷少年記』(鳥影社) 受賞作『ひがんさの山』第6回伊那谷童話準大賞、第8回椋鳩十記念特別賞『山脈はるかに』 今年刊行予定(仮称)『「人間は謎です!  -ドストエフスキーで現代を読む」評論集』 ホームぺージ土壌館創作道場参照。
(「ドストエフスキーの人々」「孤狸記」「横山健一郎の失踪」「根っこの鉢植え」など)
■土壌館下原道場 
   小中学生・一般に柔道指導。月・水・金・日 6~8:30
   中高年に受身、自彊術の指導。土の夕方  5~6:30
■ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」
    池袋・東京芸術劇場小会議室 偶数月の第二土曜日午後2~5:00
    『読書会通信』隔月発行 現在89号
講師自己紹介・ビデオ(可能で時間があれば)
なにを聞いても、いずこも同じ・・・と、ガイダンス漬けで飽き飽きしている人のために
バラエティ番組制作協力余談
自己紹介にあるように私は、千葉の方で柔道の道場をやっています。借地で、道場は木造平屋建てだが廃屋同然のオンボロ。なんどもやめようと思ったが、そのたびに入門者があってやめられない。その気持ちを朝日新聞の「声」欄に書いた。下の記事。
2002年5月8日の朝日新聞に掲載
5月20日 番組製作スタッフから電話。新聞を見た。うちの番組で道場をリフォームしたいが・・・・。
    5月29日 承諾
    6月 1日 再建工事と撮影開始
    6月16日 再建工事と撮影終了
    6月23日(日)日本テレビ「パワーバンク」番組12時30分放映
    6月30日(日)同上時間放映
    7月 7日(月)同上時間放映
土壌館創作道場・決められた字数で
掲示板
新刊・D文学研究会刊、星雲社発売、定価(本体2800+税)、
『ケンジ童話の授業』清水正・峰村澄子・山下聖美
 「雪渡り」研究
DVD収録
朗読・菅原牧子 講演・清水 正
音楽劇・田草川慈高 絵本・28本収録
ケンジ童話「雪渡り」が現代に蘇る !
新刊・ドストエーフスキイの会会誌2005年版 NO.14
『ドストエーフスキイ広場』論文・翻訳論文・書評他
特集=文豪ドストエフスキーの曾孫ドミトリー氏来日
論文・木下豊房 尾松 亮 福井勝也
講演・「曾孫として語る文豪とその子孫」ドミトリー・A・ドストエフスキー
翻訳・「ドストエフスキーの癲癇説の誤り」訳小林銀河
書評・中村健之介著『永遠のドストエフスキー』菅原純子
   亀山郁夫著『ドストエフスキー 父殺しの文学』渡辺好明
   下原敏彦著『伊那谷少年記』熊谷暢芳
   清水 正著『遠藤周作とドストエフスキー』木下豊房
追悼・「熱血の人岡村圭太さんを偲ぶ」下原敏彦
※本書、ご希望の方は下原まで (定価1500円を1000円で)
好評発売中 書店品薄
下原敏彦著『伊那谷少年記』鳥影社 定価1890円
ドストエーフスキイ全作品を読む会
第209回「読書会」開催のお知らせ
2005年6月11日土曜日 午後2 ~ 5時 池袋東京芸術劇場第一会議室
作品『夏象冬記』報告者・金村繁氏 会費1000円(学生500円)  詳細は下原まで
ドストエーフスキイの会
第169回例会・総会のお知らせ
2005年6月11日土曜日 午後6 ~ 9時 原宿千駄ヶ谷区民会館 詳細は下原まで
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.25―――――――― 8 ―――――――――――――――――
次回ゼミについて
下原ゼミ4・25ガイダンス
4月25日下原ゼミ(文ゼミ1教室)のガイダンスは次の要領で行います。
1.前期のテキストについて 志賀直哉の短編作品 
2.前期ゼミについて    読書会形式
3.ゼミ誌について 編集委員などのこと
4.推薦図書と提出原稿について
5.時間あればビデオ(NHKドキュメンタリー番組「教え子たちの歳月)
評価について
単位は一番気になることです。下原ゼミの評価方法は、以下の計算方式で行います。
提出原稿 + 発表 + 出席 + 取組み度 = 合格(100~60)S・A・B・C
                        不合格(59~0)
読書感想
 最近、必要あって高見順の『如何なる星の下に』を読み返した。もう30年余り前に読んだ本で、内容はほとんど忘れていた。ただ、なんとなくよい作品だったという印象がぼんやり記憶に残っているだけであった。ときに歳月は残酷である。子どもの頃、面白かった本やテレビ、映画を今になって見たとき、たいていが、こんなものに夢中だったのか、胸ときめかしていたのかと落胆したりする。もしや、この作品もそうではないか。高見順の名も、書店の棚に見かけなくなった今日、そんな懸念が過ぎる。物語は、下積み生活する浅草の踊り子や漫才師たちの日常を推理的に饒舌的に描いたもので、この作家独自の文体のようでもある。読みながら、若いときはわからなかったが、二つのことに改めて感心させられた。戦前の浅草の庶民や芸人の日常生活。それらは、少しも古くなく、生き生きしている。踊り子たちの楽屋の喧騒やお好み屋のにおいが作品から伝わってくる。ここにこの作品の名作なる所以をみた。そうして、なによりも衝撃を受けたのは、この作品が昭和14年に書かれたということだ。当時、日中戦争はすでに始まっており、16年暮れには米国に宣戦布告する暗雲急を告げるご時勢。作家は、その空気を物語の文末に僅かにこう記している。
「おりから愛国行進曲を奏する喇叭の音が聞こえてきた。あまりじょうずではない。それだけかえって厳粛感を与える、その聞きなれた喇叭の音は、応召者を先頭に立てて町内の人たちが神社へ参拝に行く、その行列の姿を彷彿させるのである。例の玉乗りのおやじさんも、その行列に加わっていることだろう。」
編集室便り
☆原稿は下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール:toshihiko@shimohara.net TEL・FAX:047-475-1582 

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