文芸研究Ⅲ 下原ゼミ通信 熊谷元一研究No.11

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科文芸研究Ⅲ下原ゼミ 2012年7月6日発行
文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信
BUNGEIKENKYU Ⅲ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
熊谷元一研究No.11                                

編集発行人 下原敏彦

                              
4/13 4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/15 6/22 6/29 7/6 7/20 (ゼミ4教室)
  
観察を記録する、観察を創作する
7・6下原ゼミ
7・6ゼミは以下の要領に添って行います。(ゼミ4教室)
 
1. ゼミ連絡、「ゼミ通信No.11」配布  連絡・郊外学習打ち合わせ
2.  ゼミ雑誌、版型・構成など考案。
3. 『三足のわらじ』つづき読み 年譜作成参考と熊谷元一を知る
4. サローヤン『我が名はアラム』の読み。作品から故郷の原風景を探る
6月29日ゼミⅢ報告
ゼミ雑誌『熊谷元一研究』構成企画
29日ゼミは、最初にゼミ雑誌作成について話し合った。予定は、7月、8月、9月の間にメドを立てることとした。この日、提案された実施計画はこのようなもの。
目標のページ → 100頁(熊谷元一の写真・童画、大野、岩澤、子供の頃の写真と文)
・1953年、岩波写真文庫『一年生』感想・大野原稿(通信8号掲載分の完成作を)~10枚
「一年生」写真・文集・黒板絵・絵、「大人になったら」のまとめ 
・1995年「私が一年生だった頃」の文京区小学校の原稿は、夏休み中に仕上げる。一年生
  の時の絵日記、文集、写真などの選定。
・東北紀行「熊谷元一、写真・童画展への旅」旅日誌風に書く。写真入り10~20枚予定
・サローヤン『我が名はアラム〉から故郷の原風景を探る。(アルメニア国)
7月7日(日)待ち合わせ場所は、東北新幹線中央のりかえ口
 7日、集合時間と場所が、はっきりしました。場所は、「東北 山形 秋田 長野新幹線」中央のりかえ口の改札前下の椅子です。時間は9時00分~10分です。
 
『三足のわらじ』読み合わせ
 熊谷元一研究の最初は、まず略歴づくりです。それには、熊谷という人間をもっとよく知らなければなりません。そんなわけで、熊谷の自伝(『三足のわらじ』)を読みあわせた。実際に声に出して読んでみると、これまで見えなかったことも見えてきた。


文芸研究Ⅲ・熊谷元一研究No.11 ――――――― 2 ―――――――――――――――
【土壌館ニュース】
同行する戸塚美代子さん(関東28会)から旅行計画が届きましたので紹介します。
企画作成・戸塚美代子 7月7日(土)~7月9日(月)秋田・角館旅計画
熊谷元一「ニ八会」
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   東北の旅・研修旅行・研修旅行 
〈参加者〉東京発組(6+4)+阿智村組4
1.小川登志子(28会)
2.戸塚美代子(28会・保存会)
3.原 佐代子(28会・「熊谷元一写真童画館」)
4.下原康子(28会)
5.大野純弥(日本大学芸術学部文芸学科下原ゼミ学生「熊谷元一研究」)
6.下原敏彦(28会・保存会・日本大学芸術学部文芸学科「熊谷元一研究」)
7.〈美女会〉女性4名(秋田1・横浜1・稲城市2)
8.阿智村組4名(8日合流)
〈視察・研修場所〉
7月7日(土) 平泉  中尊寺  毛越寺(もうつうじ) 他
7月8日(日) 花巻  宮沢賢治記念館 イーハトーヴ散策 童話村 他
        田沢湖  遊覧船一周 御座石神社 たっこ像 浮木神社
7月9日(月) 角館  ぷかぷ館「熊谷元一写真と童画展」 武家屋敷
〈宿泊先〉
7月7日(土)花巻温泉「ホテル千秋閣」花巻市湯本 ℡0198-37-2150
7月8日(日)乳頭温泉「鶴の湯温泉」仙北市田沢湖 ℡0187-46-2139
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7月9日(月)郊外授業の予定
・8時30分旅館出発 → 9時40分「ぷかぷ館」着
 「熊谷元一の写真と童画展」見学 郊外授業
・10時50分~12時15分 角館、武家屋敷を見学
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7月7日の旅行程は、およそ以下の通りです。
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写真を撮って昼神温泉郷へ !!
熊谷元一の故郷、伊那谷、写真の村
熊谷元一の故郷・長野県阿智村では、毎年、「熊谷元一写真童画館」が中心になり「熊谷元一写真コンクール」を実施しています。毎回、全国各地から沢山の応募があります。以下は、その募集要項です。(「熊谷元一写真童画館HP」転載)
第15回 熊谷元一写真賞コンクール 作品募集
2011年2月24日
1.コンクールの趣旨
阿智村は当村出身の記録写真家・童画家で名誉村民の熊谷元一氏(平成22年11月6日 101歳で逝去)の功績をたたえ,その功績を現代に生かし発展させることを願い、また、熊谷元一氏の撮影された農村写真を通して、心豊かな生活文化の創造実現のため「農村記録写真の村」を宣言しており、その実現の一つとして、平成10年より信濃毎日新聞社の共催を得て「熊谷元一写真賞コンクール」を実施しています.
これまでの受賞作品(熊谷元一写真童画館ホームページ)
2.応募部門
テーマ部門 テーマ「こども」
新入生の担任だった熊谷元一先生が撮影した写真集「一年生」が1955年に岩波写真文庫から刊行され、その後も記録写真家としてこどもの姿を撮影し続けました。そのカメラアイを原点に、家族や親子、友達などそれぞれの絆、明るい未来を感じさせるこどもたちの姿を撮ってください。(審査員長テーマ選考趣旨)
阿智村内撮影部門(テーマは設定しません)
テーマにとらわれない阿智村内で撮影した作品を対象にした部門です。村の史跡、旧跡、自然、祭り、温泉など村外の方々もぜひお越しになって、美しく生き生きとした「阿智村」を活写した作品をお寄せください。(審査員長選考趣旨)
応募要領(各部門共通)
作品の大きさ
? テーマ部門・阿智村撮影部門
o 一般 四つ切(ワイド可) 厳守してください
o 高校生以下 2L版
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応募作品
3年以内(平成21年以降)に撮影した未発表の作品に限ります。カラー・白黒は問いません。フィルム・デジタル問いません。組写真可(ただし1組4点以下)
応募点数
1人5点以内・組写真は5組以内(入賞・入選は応募部門ごとに1人1点(組)とします)
応募方法
作品の裏に応募票を貼ってください
応募票には以下を明記してください。
? テーマ部門・阿智村撮影部門の別
? 一般・高校生以下の別
? フィルムカメラ、デジタルカメラの別
? 題名
? 撮影場所
? 撮影年月
? 組み写真は一連No.
? 郵便番号
? 住所
? 氏名
? 電話番号
? FAX番号
? 年代(高校生以下は学年)
? 性別
*応募者の個人情報は入賞等の通知、受賞者名簿の送付、次回以降のコンクールおよび写真企画展のご案内以外には一切使用しません。
応募先
〒395-0304 長野県下伊那郡阿智村智里331-1 
熊谷元一写真童画館内「写真賞コンクール事務局」
応募締め切り
2012年9月20日(木)到着分まで(2012年4月より応募受付)
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応募作品の返却
入賞・入選作品以外の応募作品で返却希望の場合は、
? 応募票に【返却希望】と赤字で明記
? 返却に要する額面の切手と返却用封筒(郵便番号・住所・氏名を記入)を必ず同封してください。返却用の封筒のない場合および切手の額面不足の場合は返却しません。
注意点
? 入賞・入選作品の版権は主催者に帰属し、ネガフィルムまたは作品入力のCDを提出していただきます(提出されない場合は入賞・入選は取り消されます)。
? 入賞・入選作品は返却いたしません。
? 肖像権は応募者の責任で了解を得てください。
表彰
日時 2012年11月10日(土)(予定)
場所 熊谷元一写真童画館2階(昼神温泉郷内)
*受賞者には10月上旬に通知いたします。
実施体制
主催:阿智村
共催:信濃毎日新聞社
後援:熊谷元一写真保存会、長野県写真連盟
協賛:JAみなみ信州、SBC信越放送
審査委員
阿智村選任の審査委員による。

区分 賞 点数 賞金など
テーマ部門一般
元一写真大賞 1点 賞状・賞金10万円・副賞
阿智村賞 1点 賞状・賞金5万円・副賞
信毎賞 1点 賞状・賞金5万円・副賞
JAみなみ信州賞 1点 賞状・賞金5万円・副賞
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優良賞 2点 賞状・賞金2万円・副賞
佳作 10点 賞状・賞金5千円・副賞
テーマ部門・高校生以下 飯田信用金庫賞 5点 賞状・記念品(高校生以下から選定)
阿智村内撮影部門 阿智村輝き賞 10点 賞状・記念品
入賞作品などの取り扱い
入賞・入選作品は阿智村のほか、長野市及び松本市などで展示いたします。
入賞・入選者発表
「信濃毎日新聞」「中日新聞」及び地元紙に10月下旬に発表。11月以降、「日本カメラ」「公募ガイド」等情報誌に掲載。応募者に入賞・入選者名簿をお送りします。阿智村ホームページでも紹介します。
発行・長野県阿智村役場 平成20年7月31日
『熊谷元一写真賞コンクール 10周年記念』
入賞・入選作品集
(第一回~第10回・一般の部)
               あとがき 熊谷元一
平成8年、長野県阿智村において「農村記録写真の村」の宣言がされ、その2年後の平成10年に、私の名前を入れた「熊谷元一写真コンクール」が発足した。第1回のテーマは「働く」であり、どれくらいのさくるかと心配でしたが、幸いなことに大勢の方に応募いただき一安心いたしました。
その後、村当局の尽力によって、昨年で10周年を迎えることができその間の総応募作品数は1万点近くなり、ただただ驚いているところです。作品の内容も生活に密着し、それぞれに表情が豊な作品が多く、記録写真として全国的な幅も確立しつつある様に思います。
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【熊谷元一研究】毎号、加筆、校正して完成作品を目指します。
熊谷元一、写真代表作品「コッペパンをかじる少年」
熊谷元一研究の意義
故郷の原風景を発信しつづける作品
                               
 3・11から一年と三カ月。日にちにすれば500日ほどだが、この僅かな歳月の間に日本は、すっかり変わってしまった。否、変わってしまっていたことに気がついたと言うべきか。
 あの東日本大地震被害でで実際に故郷を追われた人たちを目にして、ようやく故郷の大切さを思い知った。「国破れて山河あり」、この名作も、核汚染の前には、空しいばかりだ。
輝かしい経済発展の陰で失った自然と人心。今日ほど故郷の喪失感する時代はない。
熊谷元一の写真や童画には、失ったものへの懐かしさがある。記録された作品、描かれた作品は、時空を超えて日本人が忘れ去ってしまったものを思い起こさせてくれる。故郷の原風景でもある。作品は、混沌たる時代にあって、未来への道標となり得ている。
それ故に熊谷元一が残した作品と教育を、啓蒙しよりひろく知らせたい。そのように思うところである。それだけに熊谷元一研究をすすめることは、の意義は大きい、といえる。
熊谷元一とは何か
熊谷は、生涯一教員として終えた。写真においてもアマチュアカメラマンだったが、写真を見た人、知る人はそうは思わない。熊谷は、1997年に岩波書店が出版した『日本の写真家40名中「17 熊谷元一」』で、写真家として紹介されている。また童画家としても多くの童画を描いた。『にほんのかきの木』は、いまも100部のロングセラーとなっている。その素朴な筆致は、童画は、山村文化を伝承者としての評価も高い。だが、その人生は「生涯一教師」だった。熊谷は、自分の人生を「三足のわらじ」をはいた人生と語っていた。真の熊谷元一とは何か。その仕事から探ってみた。
2010年11月6日、熊谷が101歳で亡くなった翌日、新聞各紙はその死を報じた。「写真家熊谷元一さん死去」(読売)「満蒙開拓民の写真 熊谷元一さん」(朝日)「写真・童画家 熊谷元一さん死去」(信毎)などなどあった。いずれも写真家・童画家と記されていた。後日、NHKテレビの特集番組でも「写真家熊谷元一」として紹介されていた。番組のなかでもアニメ映画の巨匠宮崎駿監督に「すごい写真家」と印象づけていた。
 写真家・童画家として名高い熊谷だが、教師としての熊谷も、すばらしい先生だった。
1955年昭和30年に岩波写真文庫から出版された『一年生』は、写真界の金字塔といっても過言ではない。そこには教師としての熊谷の功績が十分にみられる。
『一年生』を観察すれば、戦後まもない、民主主義教育創生期にあって、熊谷の創意工夫の教育は、現在の学校教育と遜色ない。
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マスメディアにみる熊谷元一評論の記録
①「熊谷元一さんの偉業」(永田浩三ブログ「隙だらけ好きだらけ日記」)
永田浩三(社会学者・ジャーナリスト・武蔵大学教授、元NHKプロデューサー)
熊谷元一研究・「文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信第7号」掲載
②「不覚にも涙のにじんだ目で」(『熊谷元一 なつかしの一年生』河出書房新社2001)
  あとがき 藤森照信(東京大学教授)
 熊谷元一研究・「文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信第8号」掲載
③「いまみてもすごい写真だ !! 」アニメの巨匠・宮崎駿監督
 「今まで試みられなかった得がたき作品」農林大臣・有馬頼寧
④「プロ、アマの壁を乗り越えた作品」 飯沢耕太郎(写真論・日本大学芸術学部講師)
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マスメディアにみる熊谷元一⑤
 その生涯を写真家・童画家・教師として生きた熊谷元一のマスメディアにおける批評と評価は、どんなだったか。新聞・雑誌・書籍・テレビ・HPなどから探ってみた。
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昭和の記録/記憶 たゆまぬ「現在形」として
矢野敬一・(国立静岡大学教授)
青弓社『写真家・熊谷元一とメディアの時代』2005・12・11 
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『一年生』研究・作文編 
遺品のなかに一年生のときに書いた文集が
「こどもかけろよ ひのてるほうへ」
 一昨年、2010年11月6日に熊谷元一は亡くなった。その年の暮れ、教え子の一人である私(下原)は、清瀬にある熊谷の自宅を訪ねた。葬儀のとき、脊椎手術で入院していて列席できなかった。そんなことで納骨を終えたお墓をお参りしようと思った。ご家族の案内でお墓を参拝、焼香した。追悼番組を制作中のNHKのKディレクターも同行した。(2011・1・28放映)帰り、ご自宅で遺品をみせてもらった。「一年生」の遺品のなかに、当時書いた文集があった。はじめて目にするものだった。
                         朝日新聞「声」欄 2011・1・8
文芸研究Ⅲ・熊谷研究No.10 ――――――― 12 ―――――――――――――――
文芸研究Ⅲ下原ゼミ・ゼミ雑誌制作企画
熊谷元一研究・ゼミ雑誌構成(案)
毎回、話し合って編集方針を固めていく。
【モチーフ】熊谷の写真にある故郷の原風景を探る。(故郷喪失の時代故に)
テキストは『一年生』(教育混迷の時代に伝えるもの)
  ※なぜいま熊谷元一か・・・・下原
○1953年、ある山村の小学一年生の一年間の記録 写真から原風景を探る。
代表作『一年生』を読む、感想・・・・・大野、岩澤
取り入れ  写真  文集  五十歳・還暦文集から 
※黒板絵の世界について・・・・・下原
○1996年、都会の一年生の記録 写真から原風景を探る。
 創作「私が子どもだったころ」都会の遊び・・・ 大野、岩澤
取り入れ 日記  写真  文集  などから
○特集・秋田角館紀行『角館に熊谷元一を見に行く』・・・大野
○同時代の写真家・米国作家比較・・・作品にみる故郷の原風景
創作「サローヤンの少年時代」を読む・・・大野、岩澤
熊谷元一とウイリアム・サローヤンの比較は、まったく相いれないものかも知れない。が、
なぜか両者を試みたい。原風景という共通項から類似点を考えてみたい。
米国作家と日本人写真家。異質な両者の距離がこの研究で、どれほど近づくか・・・。
○熊谷評価の一環としてDVDから宮崎駿監督のシーンを使う ?
  
ゼミ雑誌作成手順
 ①【ゼミ雑誌発行申請書】
上記申請書を期限までに江古田/学科事務室に提出してください。
夏休み明けみまでに編集作業をすすめ、印刷会社を決め、そうていレイアウトを相談する。
②【見積書】
 印刷会社から見積もり料金を算出してもらい、期日までに学科事務室か出版編集室に提出する。編集作業をすすめ、11月半ばまでには印刷会社に入稿する。
ゼミ雑誌納品は12月7日(金)厳守 !
 ゼミ雑誌ができあがったら、12月7日(金)までに提出してください。
③【請求書】
 印刷会社から請求書をもらい学科事務室に提出してください。以上で終了です。
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編集室便り
① 課題原稿、メールでも可 下記アドレス
住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
下原と熊谷元一
個展作品 熊谷元一の代表作品 上下共
 
熊谷元一とサローヤン
1908年  ウイリアム・サローヤン、米国カリフォルニア州の農業地帯フレスノで生まれ
る。アルメニアからの移民二世。
1909年 (熊谷元一、長野県伊那谷の山村で生まれる)
1934年 『空中ブランコに乗った大胆な若者』好評26歳 この年から6年間に何百という短編を書いた。まるでカメラのシャッターを押すように。
1938年 熊谷の朝日新聞社刊『會地村』好評、29歳 このときから山村を観察と記録
1953年 熊谷『一年生』の撮影開始
ウイリアム・サローヤンの邦訳出版されたもの
『君が人生の時』加藤道夫訳、中央公論社、1950年
『人間喜劇』小野稔訳、中部日本新聞社、1950年
『わが心高原に』倉橋健訳、中央公論社、1950年
『男』小暮義雄訳、ダヴィト社 1951年
『わが名はアラム』清水俊二訳、月曜書房、1951年(のちに晶文社)
『君が人生の楽しき時』金子哲郎訳、創芸社、1953年
『どこかで笑っている』清野陽一郎訳、ダヴィツト社、1954年
『サロイアン傑作集』末永国明訳、新鋭社、1954年
『笑うサム・心高原にあるもの』斉藤数衛・吉田三雄共訳、英宝社、1957年
『我が名はアラム』三浦朱門訳、角川文庫、1957年(のちに福武文庫所収)
『人間喜劇』小島信夫訳、研究社、1957年(のちに晶文社)
『わたし、ママが好き』古沢安二郎訳、新潮社、1957年
『サローヤン短編集』古沢安二郎訳、新潮文庫、1958年
『人生の午後のある日』大橋吉之輔訳、荒地出版社、1966年
『ウイリアム・サローヤン戯曲集』加藤道夫・倉橋健訳、早川書房、1969年
『ママ・アイラブユー』岸田京子・内藤誠訳、ガルダ、1978年(のちにブロンズ新社刊 新潮文庫所収)
『パパ・ユーアークレイジー』伊丹十三訳、ガルダ、1979年(のちにブロンズ新社刊、新潮文庫所収)
『ワン デイ イン ニューヨーク』今江祥智訳、ブロンズ新社、1983年(のちに新潮文庫所収)
『ディアベイビー』関汀子訳、ブロンズ新社、1984年(のちにちくま文庫所収)
『リトル チルドレン』吉田ルイ子訳、ブロンズ新社、1984年(のちにちくま文庫所収)
『ロック・ワグラム』内藤誠訳、新潮文庫、1990年
『ヒューマン・コメディ』関汀子訳、ちくま文庫、1993年
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文芸研究Ⅲ下原ゼミ「熊谷元一研究」               
課題 「念仏平の午後 」感想       
                    
     
ゼミ雑誌(仮)『熊谷元一研究』作成の為。7月1日~31日まで秋田県の角館「ぷかぷか館」(仙北市)で【特別企画 熊谷元一の写真と童画展】が開催される。(主催者・写真家小松ひとみ)。作品貸出元の長野県から「熊谷元一写真童画館」「写真保存会」が視察と研修行事の一環で、同展を観賞する。この一行に同行して、写真童画展を見学するとともに関係者への取材を実施する。
7月7日(土)花巻温泉「千秋閣」
7月8日(日)秋田乳頭温泉「鶴の湯」0187-46-2134

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