文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.213

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2013年(平成25年)5月6日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.213
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                             編集発行人 下原敏彦
                              
4/15 4/22 5/6 5/13 5/20 5/27 6/3 6/10 6/17 6/24 7/1  7/22
  
2013年、読書と創作の旅
テーマ 観察と表現(熊谷元一研究含む)
目標・「書くこと」「読むこと」の習慣化
(テキスト=志賀直哉作品、熊谷元一写真童画作品、他)
5・6下原ゼミ
 1.連絡事項(ゼミ雑誌・ゼミ合宿などについて) 尾道観察報告
 2.社会観察(日本国憲法問題について、新聞記事の観察)
 3. 「読むこと」→ テキスト読み『網走まで』、課題1(批評も)
 4. 「書くこと」→ テキスト感想、他『一年生』の写真から
        
尾道・志賀直哉旧居観察で授業安寧を祈願
 4月末連休のはじめ、妻の郷里である山口県の岩国に帰省した。高齢の妻の母親に会う為である。その帰り、尾道に途中下車した。目的は、志賀直哉旧居見学。今年も、志賀直哉の作品をテキストにする。それで旧居を詣でて無事、2013年の旅ができるよう祈願する。そう思い立っての寄り道。お天気にもめぐまれ幸先のよさを感じた。


☆文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.213 ―――――――― 2 ――――――――――――
尾道観察報告 『兒を盗む話』の舞台  観察 → 創作(表現)
 志賀直哉が実際に住んだ長屋と、『兒を盗む話』に描かれている長屋と、むろん同じではない。『兒を盗む話』にでてくる長屋は、あくまでも小説のなかの風景である。が、現実と空想を紙一重で表すのが小説の神様たる所以である。志賀直哉は、『兒を盗む話』の主人公「私」が住むことになった貸家をこのようにえがいている。作家の優れた観察力が、小説世界をより現実世界に引き寄せている。なお、この作品は、車内観察作品が終わったあと、事件作品の一環としてとりあげることになっている。
 知っている人は誰もなかった。暫く宿屋住まいをした後で、市全体と海と島とを一と眼に見渡せる山の中腹に気に入った小さい貸家を見つけて、そこに一人住まいをすることにした。
・・・・・略・・・・
 景色はいい所だった。前がひらけて、寝転んでいて色々なものが見える。直ぐ前に島がある。そこに造船所がある。
志賀直哉旧居の縁側から見た風景 当時、木は、こんなに繁っていたかどうか。
旅日誌 5月1日 志賀直哉旧居まで
 正午、尾道駅ロッカールームに荷持を預け駅前に出た。まず林芙美子像と並んで写真撮影。うず潮小路を直進し在来線の線路をくぐる。寺巡りの道標に従って石畳を上っていく。二階井戸の跡がある。その上の持光寺を右に折れ、右手に尾道水道を見ながら歩いてゆくと光明寺、一宮神社があり、その先の宝土寺を左に折れ、急勾配の石階段を上ってゆくと写真上の東屋があり、見あげると石垣の上に「志賀直哉旧居」があった。作品を読んで想像していた通りの建物だった。100年前、志賀直哉がここに立って、こうして瀬戸内のこの景色を眺めていたと思うと感慨深いものがあった。
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尾道観察報告 もう一つの尾道 林芙美子の風景・お寺・坂道
          尾道観光案内図
『風琴と魚の町』この作品は、1931年(昭和6年)4月に発表された。28歳。
ちなみに志賀直哉はこのとき48歳。6月『志賀直哉全集』1冊を改造社より刊行。
 林芙美子は二十年近く前、しっかり観察した尾道の町を、十数年後、創作によってこのように表現している。
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 延延とした汀を汽車は這っている。動かない海と、屹立した雲の景色は14歳の私の眼に壁のように照り輝いて写った。その春の海を囲んで、たくさん、日の丸の旗をかかげた町があった。目蓋をとじていた父は、朱い日の丸の旗を見ると、せわしく立ちあがって記者の窓から首をだした。
「この町は、祭りでもあるらしい、降りてみんかやのう」
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 九州から広島を過ぎてきた林芙美子一家は、こうして尾道に降り立った。
「尾道は、北前船が出入りしていて繁盛していたんです」とは、文学館の職員
☆文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.213 ―――――――― 4 ――――――――――――
4・22ゼミ報告 文芸棟につづく桜並木も、新芽が出そろいました。
ゼミ参加者、3名(4月22日現在)
 4月22日のゼミ参加者は、3名でした。3名とも希望カード提出済みです。この後の増加は未定です。最終、この人数となる場合もありますが、「読むこと」「書くこと」の目標達成には、よい人数ではないかと思います。
2013年読書と創作の旅参加者紹介
 初日の授業ということで、はじめに自己紹介を行いました。三者三様、皆さんの一年の抱負、希望、期待。PRです。楽しく有意義な一年になることを祈願します。(順不動)
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・加藤 末奈(かとう みな)さん
 「創作を主に頑張っていきたいと思います。」
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・齊藤 真由香(さいとう まゆか)さん
 「”表現”の在り方と”観察”というものの関係を考えることに興味を持ちました。文筆家として大切な客観性を養いたいと思います。事件作品の脚本化では、自分の幅をひろげることができると信じて取り組みたいとおもいます。」
PR:「ドストエフスキーをきっかけに様々な国の文学を読んできました。異文化への興味と好奇心があり、外の世界への探求心は人には負けないという気持ちです」
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・南海 洋輔(なんかい ようすけ)さん
 「書くこと読むことについて一から見直そうと思っていました。志賀直哉や社会問題、模擬裁判にも興味あります。この一年じっくり勉強したいと思います。」
PR:「読むことと書くことを基本とした力をつけたい意欲は人一倍あります」
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ゼミ誌編集委員・班長
 
3人で協力しあって進めてください。自薦、推薦で。3本の矢 文殊の知恵
・編集長 齋藤真由香さん ・副編集長 南海洋輔さん 加藤美奈さん
・ゼミ班長 南海洋輔さん ・副班長 加藤美奈さん 齋藤真由香さん
―――――――――――――――――― 5 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.213
日本国憲法について
 前回のゼミでは、憲法記念日の前ということで、前文と、第9条を読みました。
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第二章【戦争の放棄】①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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 僅か150字足らず。たったこれだけの条文が1億3千万人の日本人の肩に重くのしかかっている。この荷物、使えなくなったガラクタか。それとも大事に持つほど益々、光沢を増す貴重な金剛石か。科学の粋を集めても、名高い占い師に頼んでも、それはわからない。
 が、新聞にみるいま現在の評価は、以下のようである。
5月2日 朝日新聞 本社世論調査 96条改定し改憲手続き緩和
反対54%  賛成38%
第9条についても
「変えない方がよい」52%  「変える方がよい」39%
※【憲法96条】
 憲法改正を国会が発議するには、衆参両院それぞれで総議員の3分の2以上の賛成が必要だと規定した条文。発議された改正の承認には、国民投票で過半数の賛成が必要だとも定めている。自民党や日本維新の会などは、発議の用件を過半数に緩和すべきだと主張。共産、社民両党などは要件緩和に反対している。
朝日新聞・世論調査 主な「質問と回答」2013・5・2紙面
◆安倍内閣について → 支持する66%  支持しない24%
◆いま支持している党 → 自民党43% 民主5 維新8 公明4 他
◆今夏の参院選ではどの政党に → 自民49% 民主8% 維新14% 他
◆いまの政治の満足度 → 大満足2% やや満足33% やや不満41% 大不満22%
◆政治や社会について → 何を言っても変わらない50% 変わるかも47%
◆愛国心教育 → 必要18% 
◆自衛隊を国防軍に → 賛成31%  反対61%
◆日米安保条約の維持は → 賛成81%  反対11%
◆国連の集団安全保障(多国籍軍) →  参加してよい34% 参加すべきではない58%
◆天皇制について → 元首と定める3% 今と同じ象徴でよい86% 廃止9%
◆現憲法はよい憲法か → よい憲法53% よいとは思わない34%
◆現憲法のおかげでどんな社会になっているか → よい方向72% 悪い方向11%
◆現憲法を変える必要は → 必要がある54% 必要はない37%
◆96条について → 過半数で賛成38%  変えることは反対54%
◆積極的に改憲を主張する人は → 特別な人18% 普通の人77%
☆文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・213―――――――― 6――――――――――――――――
課題1.社会観察  第9条を読んで、私はこう思う
 第9条は、何度読んでも、その時の年齢、環境、社会状況で変わる。どうしても守りたい人。どうしても変えたい人。今の日本はそんな人たちで溢れています。たぶん、何度か読んだことがある条文と思いますが、あなたはどんなことを考えますか ?
加藤 未奈       名称より機能を上げる政策を
 現在、自民党が提案している国防軍について、私は国防軍というものが自国を守るためのものであるとしても近隣諸国に対して軍国主義に走ろうとしている印象を与えることは避けられないと考える。日本は島国で近隣諸外国との友好関係なくして国家間の競争の中で生き延びるのが難しい国だと考えているので、むやみに諸外国の感情を逆撫でする法律を作るべきではないと思う。とはいえ、近年の近隣諸国の動向を見ていると現在の自衛隊にはもう少し瞬発力が必要かも知れない。名称を変えることに拘るよりも自衛隊本来の機能を底上げするための政策が必要ではないだろうか。
「軍」という一文字をつけるだけで諸外国の印象は大きく変わると思うが、自衛隊を強化することで無闇に火だねを作ることを避けられはしないだろうか。
■外面に拘らず、自衛隊内を強化する政策が必要と説いている。論旨がはっきりしていてよいと思いました。文末の――部分を、もう少し解り易く。
齋藤 真由香      改憲は、平和への願いを手折る
 憲法や法律といったものに、そもそも興味がない。総理大臣の名前もあやふやだし、ニュースもすすんで観ないから、現代日本の情勢なんてさっぱりだ。中学の頃に受けた公民の授業だって真面目に受けた覚えがないから、日本と言う国が持つ憲法の何たるか、なんて、わかる筈もない。だけど、そんな私でさえ、大切だとわかるのが、日本国憲法の第九条である。第二次世界大戦での敗北の後、日本人が打ち立てた”平和”という信念の二文字がこの九条にこめられているのだと、ぼんやりではあるが認識している。
 さて、その日本国憲法第九条に、改正案が出ているらしい。自衛隊の名称を国防軍と改め、その活動の幅を広げることが目的ということだが、つまりは日本が、軍を持つと認識すれば良いのだろうか。私には、賛成も反対も出来かねる。時が経ち、時代は変わり、日本を取り巻く環境が変化を見せたいま、現在の憲法のままでは生き残れないとも思うし、しかし戦争という辛い歴史を悔いるようにつくられたこの平和への願いを、手折ることは間違いだとも思うのである。
 日本の九条の変更は、様々な国からの注目を集める関心事であろうと思う。日本という国は産業などにも長けているし、技術力もあるから、軍をもったら、きっと強い。他国にとって警戒すべき一国となることは、敵をつくるという意味で、恐ろしいことである。そういった問題も含めて、九条改正について考えることは、非常に難しいと思った。
■「賛成も反対も出来かねる」しかし「手折ることは間違いだとも思う」。正直な気持ちが言い現わされている。毎朝、新聞をひらけば、必ず戦争の記事がある。世界のどこかで戦争が起きている。地球上から戦争をなくすにはどうしたらいいのか。「毒には毒をか」、「なにがあっても戦争放棄か」。難しい選択です。
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課題1. 社会観察「第九条」
南海 洋輔     第九条で戦争を経験せずにきたが・・・
 憲法第九条の条文が問題になっているのは確かな事実である。国家が有事の際、国を防衛する手段として現在自衛隊を保有していることが第九条に抵触しないでこれたのは、実際にこれまで有事となるような出来事が起こらなかったからである。
 しかし、昨今の日本の国家間情勢では、これからも有事が起こらないという保証はない。中国や韓国の間には、領土問題を抱え、北朝鮮に至ってはその経済制裁にもかかわらず核実験を止めるそぶりもなく、ミサイルをちらつかせて国際紛争をあおる始末である。万が一これら三カ国のうち一カ国との間にでも避けられない決裂が起こり戦争に発展した場合、我が国には同盟国であるアメリカの駐日米軍に頼る以外、自衛の手段がない。現行の条文のままだと自衛隊が憲法との間に矛盾を生み、国家の法の根本を揺るがす事態になりかねないからである。ではさっさと条文を改正すれば良いという意見になるが、私はこれにもすぐには賛同できない。なぜなら1947年の憲法施行から今日まで、その武力放棄によって、一度も我々は戦争を経験しないで済んだからである。戦力を放棄することによって戦争の可能性事態を否定し、結果的にたなあげてきた実情を無視することはできない。仮に武力放棄を宣言していなければ、イラク戦争などで同盟国として日本も参加し、多くの戦死者をだしたことだろう。無防備で戦意のないものとの間に、戦争は起こり得ないのである。ただ一方的な虐殺という可能性が北朝鮮などの不安定な指導者によってちらつかされているから現在の改正問題がある。自民党が模索しているのは、いかに戦意がないことを強調しつつ、しかし有事の際には国を守れることが織り込まれた条文なのだろう。
■戦争放棄をしてきたから、戦争という悲劇はなかった。しかし、昨今の国際情勢を思うと疑問も感じる。現実と理想、多くの日本人が持つ気持ちが表現されています。
2013年5月3日 朝日新聞 声欄「憲法記念特集」
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課題2.車内観察 車内で見たこと、考えたこと、想像したこと
25A007-1 齋藤真由香      読書する乗客の謎
 本にそえられた手を、じっと見る。大きくて分厚い爪に、乾涸びたように白い手の甲。指の関節の部分の肌が、赤く荒れて、割れていた。隣に座った白髪の中年男性は、読書をしている。電波の通らない地下鉄の車内だ、何らおかしい姿ではない。しかしただひとつ、私の興味を引いた点があった。この男性、いっこうに頁を捲らないのである。
 気づいたのは、電車に乗って二駅目を過ぎた頃だ。ぼうっと音楽をきいていた私が、たくさんのひとが降りるのに気づいてまわりを見回したとき、身じろぎひとつせずに手元の本に熱中する、男性の姿が目にとまった。息を詰めたような表情をして、文庫本に食らいつかんばかりに前のめりの姿勢をしている。真剣だなあ、なんてちらッと考えたきり、私はまた音楽に意識を戻してしまったのだが、何をするでもない車内で、一度男性の姿を認識した私は、ふとした瞬間に違和感を覚えた。この男性、動かない。体勢を変えたり、溜め息をついたり、背筋を伸ばしてみたりといった、通常電車のなかでよく見る人間の行動を、一切取らない。とにかく恐ろしいほどに、動かない。本を読んでいる筈なのに、頁を捲る様子も無い。面白い。どれくらい動かないか、見ていてやろうと思った。
 そんなことを思ったところで、次の駅に着いた。幸い男性は、その駅で降りる事はなかった。快速の電車だったから、一駅を走るのにそこそこの時間がかかるのに、頁は進まない。本当に読んでいるのか、寝ているのではないか? と思ったが、最低限のまばたきはしているから、寝ているわけではなさそうだった。読むのが遅すぎるというレベルではない。いくら見ていても何か変化がある様子も無いから、一度は面白いと思ったものの早々に飽きてしまって、私は理由も無く苛々した。鞄から飴を取り出して、口に放り込む。カサカサと包装紙が音をたてるのにも、男性はまったく反応を示さなかった。
 二十分ほどして、私の目的の駅に着いた。私より先に降りることもなかった男性は、結局最後まで動かなかった。隣に座る私が、わざとうるさくヒールを鳴らして立ち上がっても、男性は視線のひとつも寄越さなかった。ああ負けた、負けたよ。なんて、勝負をしていたわけでもないけれど、私はちいさくこころのなかで呟いて、下車した。
□短いですが文章の流れがいいですね。面白く飽きさせないで、読ませる力と内容があるように思います。車内の人間観察つづけください。
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課題2.「車内観察」
南海 洋輔         車内で想ったこと
発車ベルが鳴った。注意を促すアナウンスが流れた。ドアが閉まった。
走り出した電車は、車窓と線路用ポールとの間に、いつもの味気ない情景――赤錆びたレールとねずみ色のプラットフォーム、その上に覆いかぶさるどんよりとした雲――を規則正しく映し出していた。
それはいくらか色褪せた白黒映画に似ていた。映像技師が古い名画座の映写室で、訪れた観客のために何度も廻しては巻き戻し、擦り切らしてしまったフィルムのなれの果て。目に入ってくるのは、毎度おなじみの、毎度おなじ風景ばかり。
 私は目を閉じることさえ億劫だった。
 なぜなら私はその映画の筋をあまりにも知りすぎていたし、肝心の映画は私に目を閉じる必要がないことを再々教えすぎていた――始まりから三十秒たらずで、スクリーンはフィルム切れを起こしたような暗闇に支配される。
しかしいくらつまらないからといっても、電車は乗客を楽しませる車窓を提供するために存在するのではないから、文句はつけられない。
〝なにやってんだ!〟〝金かえせ!〟
 当然そんな罵声が飛ぶこともない。
 ぶつん、電車は長いトンネルに入った。
トンネルに入ってあたりが暗くなると、車窓やドアは車内灯の光を鏡のように反射して私の顔を映しだした。私が窓に映る自分の顔を見てまっ先に思い起こしたのは、ジョン・ケイジの『四分三十三秒』だった。
 ジョン・ケイジは一九五二年にその「無音の」音楽を作曲した。楽曲は三楽章で構成され、各楽章ごとの時間や楽器編成は演奏者の自由裁量に任されているのだが、一切音は出さないのでそもそも任せることに意味はない。ピアニスト「デイヴィッド・チューダー」が初演をつとめた一九五二年八月に、彼が第一楽章を三十三秒、第二楽章を二分四十秒、第三楽章を一分二十秒で演奏した合計時間四分三十三秒がそのままこの曲の通称となった。
「四分三十三秒」は「無」を聞くものというよりも、演奏会場のざわめきや雑音を聴くためのもので、背景には「音を音とし、結果をあるがままに受け入れなさい」というケージの意図が込められているのだと聞いていたからか、私には思えたのだ。
そう、鏡になった車窓はまるで現実に対し逃避することではなく、あるがままに受け入れよと示唆しているように。
だから私は今自分が置かれている状況を見極めるために、もう少しだけ頭を働かせることにした。
私は今電車に乗って大学に向かう途中だ。私はなぜ大学へ行くのか。それは講義を受け単位を取り卒業するためである。自分に必要な教養を身につけて、社会人として通用する私を養成するためである。しかしいったい私はどこへ向かおうとしているのか……電車に乗っている今の状況は、ある意味大学での私の状況と似ている。
たしかに私はお金を払って切符を買い、電車に乗るという決断をした。電車は目的地に私を導くという約束をしたから、それを信じたわけだ。だが乗っている間の私というのはどうも意識的な存在ではないらしい。ただそこにいて待てばよいという状況に甘えているわけだ……しかし待つといっても私に選択の余地がないわけではない。ルールに沿っていれば何をしても構わない自由が私には与えられている。好きな音楽を聴いたり本を読んだり、退屈なら空想をたくましくしてもいい。席が空いていればもちろん座ったっていい。自分の椅子が
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あればそれだけ居心地もいいというものだ。
だが、電車というのは万事快適快速とはいかないのもまた事実である。信号トラブルや人身事故に見舞われて大幅に足止めを食らうことなんてザラだし、満員電車で席に座れず息もつけないようなこともしょっちゅうだ。中には良からぬ連中もいてスリや痴漢を働いたりする。
もちろん私には途中下車する権利が与えられているから、嫌気がさしたら降りたっていい。きっと誰も止めはしない。降りるならどの駅でもどうぞ、というわけだ。降りて次の電車を待つのもいいだろう。なんだったら新しい切符を手に入れて外の線に乗り換えたっていい。時間と労力、それに結構なお金はかかるかもしれないけれど、それが夢の特急への片道切符になることだってありうるのだ。
それでも耐えて自分なりの居場所や楽しみを見いだし、日々の出来事を乗り越えて行くならば私は初めに乗った電車を降りることなく目的地に辿り着けるだろう。人生において最も重要な命題は「前進し目的地に辿り着く」ということかもしれない。たとえその目的地が、今目の前で携帯をいじったり、眠りこけたりしている大人たち、その同僚や上司から「ようこそ新卒社会人一年生諸君」と言われる世界だとしても。
しかし私には果たして、ドアが開いたとき見えてくる風景を、そのまま受け入ることができるのだろうか。    
私にはちっとも自信がなかった。
電車はトンネルを抜け、やがてゆっくりと減速し初めた。あたりは光を取り戻し、私は停車時の大きな揺れに備えようと身を強張らせた。車輪がか細い、押し殺したような音を上げて止まった。
「北府中――北府中です」
ドアが開いた。一人二人と降りて、また乗ってきた。私は降りなかった。
□世の中、考えると不思議なことばかりです。なぜ自分はここにいるのか。なぜ、地球はあるのか、なぜ月は、なぜ太陽は、と謎は尽きません。何かで読んだのですが地球のある銀河宇宙は、かなりの高速(新幹線並みの)で回っているとのこと。中心には、何があるのでしょう。現代科学の粋をもってしても、わからないそうです。想像あるのみです。
土壌館日誌・ゴールデン中日スカイツリー観察
 5月3日、錦糸町に行く。柔道の弟子の一人が昨年の春、駅前にハンバーグ店を開いた。ちょうど一年になる。盛況ぶり観察と、他に祝い事もあって、家族で食事会ということになった。昼時の店内は、混んでいて安心した。
 終って店を出て振り返るとスカイツリーが見えた。せっかくなのでツリー下にある最寄駅で乗車することにした。道中は、それほど人はいなかった。が、スカイツリーが近づくにつれ人が多くなった。団体さんが目立った。ツリー周辺は、立錐の余地がないほど見物客で埋まっていた。耳そばで韓国語か中国語の会話。外国人も多い。トイレもお店も行列だった。みんな、上を目指すのだろうか。電車は乗れるだろうか、不安になった。人混みの中をかき分け京成電鉄駅に向かう。不思議と京成電車はすいていた。
 土壌館開館が迫っていたので急いで行く。自宅から徒歩15分のところ。連休中日とあって稽古にくる子どもは少なかった。小3と小4の女の子2名と、高校生1名。指導者の師範代1名だった。
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観察と表現・熊谷元一研究『一年生』を読む
テーマとして「観察と表現」を掲げています。テキストは二つを取り上げ、お手本とします。一つは、志賀直哉作品で、主に車内観察作品を読み、お手本に創作、エッセイを書いてゆきます。もう一つは、写真家・熊谷元一の写真作品『一年生』を観て感想と自分の子ども時代の思い出を書いてゆきます。
岩波写真文庫『一年生』
課題3.写真観察「コッペパンを食べる少年」感想
観察と普遍60年の時間の流れを感じるか否か
上の写真は、60年前(1953)のある山村の小学校入学式に向かう一年生と、昼時間、コッペパンにかじりつく一年生です。感想と自分の思い出を書いてください。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・213―――――――― 12――――――――――――――――
2013年読書と創作の旅・旅日誌
4月22日 参加=加藤、齋藤、南海 読み=嘉納治五郎「読書のススメ」「憲法九条」と「前文」、書くこと=第九条の感想。
5月 6日 
課題提出記録
課題1.(憲法第九条)=加藤、齋藤、南海
課題2.(車内観察)=齋藤、南海
予定の課題
5月6日ゼミで行う課題です。
課題3写真観察・3-1自分の子ども時代(熊谷元一観察)
課題4テキスト観察(『菜の花と小娘』)
お知らせ
6月29日(土)ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会
        作品『死の家の記録』
         時間、午後1時半開場 午後2時~5時前
         会場 東京芸術劇場第7会議室
         ※詳細は、「下原ゼミ通信」編集室まで
・・・・・・・・・・・・・編集室便り・・・・・・・・・・・・・・
□住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方『下原ゼミ通信』編集室
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
熊谷元一と下原
課題3.写真観察「コッペパンの少年」感想 2013・5・6
上の写真を観て感想を書いてください。時間なければ自宅、可 
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課題3-1.写真観察『一年生』に想う 2013・5・6
上の入学式風景から自分の子ども時代を思いだしてください。自宅可 名前
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課題4.テキスト感想(『菜の花と小娘』)2013・5・6
志賀直哉『菜の花と小娘』感想を書いてください。    名前
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2013年、読書と創作の旅 テキスト
第一回テキスト読み『菜の花と小娘』
 本日からテキストの車中作品読みに入ります。とりあげる作品は、実際的には正真正銘の車中作品『網走まで』ですが、川の流れを電車に菜の花を同乗者とみて『菜の花と小娘』を読むことにしました。この作品は、文字通り志賀直哉の第一作です。ちなみに、そのあとの『網走まで』『ある朝』で処女作三部作といわれている。
 なお、本作品は『志賀直哉全集』岩波書店を編集室にて全文現代よみに変換しました。
菜の花と小娘
 志賀直哉
 或る晴れた静かな春の日の午後でした。一人の小娘が山で枯れ枝を拾っていました。
 やがて、夕日が新緑の薄い木の葉を透かして赤々と見られる頃になると、小娘は集めた小枝を小さい草原に持ち出して、そこで自分の背負ってきた荒い目籠に詰めはじめました。
 ふと、小娘は誰かに自分が呼ばれたような気がしました。
「ええ?」小娘は思わずそう言って、立ってそのへんを見回しましたが、そこには誰の姿も見えませんでした。
「私を呼ぶのは誰?」小娘はもう一度大きい声でこう言ってみましたが、矢張り答えるものはありませんでした。
 小娘は二三度そんな気がして、初めて気がつくと、それは雑草の中からただ一本わずかに首を出している小さな菜の花でした。
 小娘は頭にかぶっていた手ぬぐいで、顔の汗を拭きながら、
「お前、こんなところで、よくさびしくないのね」と言いました。
「さびしいわ」と菜の花は親しげに答えました。
「そんならならなぜ来たのさ」小娘は叱りでもするような調子で言いました。菜の花は、
「ひばりの胸毛に着いてきた種がここでこぼれたのよ。困るわ」と悲しげに答えました。そして、どうか私をお仲間の多い麓の村へ連れていってくださいと頼みました。
 小娘は可哀そうに思いました。小娘は菜の花の願いをかなえてやろうと考えました。そして静かにそれを根から抜いてやりました。そしてそれを手に持って、山路を村の方へと下って行きました。
 路にそって清い小さな流れが、水音をたてて流れていました。しばらくすると、
「あなたの手は随分、ほてるのね」と菜の花は言いました。「あつい手で持たれると、首がだるくなって仕方がないわ、まっすぐにしていられなくなるわ」と言って、うなだれた首を小娘の歩調に合せ、力なく振っていました。小娘は、ちょっと当惑しました。
 しかし小娘には図らず、いい考えが浮かびました。小娘は身軽く道端にしゃがんで、黙って菜の花の根を流れへ浸してやりました。
「まあ!」菜の花は生き返ったような元気な声を出して小娘を見上げました。すると、小娘は宣告するように、
「このまま流れて行くのよ」と言いました。
菜の花は不安そうに首を振りました。そして、
「先に流れてしまうと恐いわ」と言いました。
「心配しなくてもいいのよ」そう言いながら、早くも小娘は流れの表面で、持っていた菜の花を離してしまいました。菜の花は、
「恐いは、恐いわ」と流れの水にさらわれながら見る見る小娘から遠くなるのを恐ろしそうに叫びました。が、小娘は黙って両手を後へ回し、背で跳ねる目カゴをえながら、駆けてきます。
 菜の花は安心しました。そして、さもうれしそうに水面から小娘を見上げて、何かと話かけるのでした。
 どこからともなく気軽なきいろ蝶が飛んできました。そして、うるさく菜の花の上をついて飛んできました。菜の花はそれも大変うれしがりました。しかしきいろ蝶は、せっかちで、
移り気でしたから、いつかまたどこかえ飛んでいってしまいました。
 菜の花は小娘の鼻の頭にポツポツと玉のような汗が浮かび出しているのに気がつきました。
「今度はあなたが苦しいわ」と菜の花は心配そうに言いました。が、小娘はかえって不愛想に、
「心配しなくてもいいのよ」と答えました。
 菜の花は、叱られたのかと思って、黙ってしまいました。
 間もなく小娘は菜の花の悲鳴に驚かされました。菜の花は流れに波打っている髪の毛のような水草に根をからまれて、さも苦しげに首をふっていました。
「まあ、少しそうしてお休み」小娘は息をはずませながら、そう言って傍らの石に腰をおろしました。
「こんなものに足をからまれて休むのは、気持が悪いわ」菜の花は尚しきりにイヤイヤをしていました。
「それで、いいのよ」小娘は言いました。
「いやなの。休むのはいいけど、こうしているのは気持が悪いの、どうか一寸あげてください。どうか」と菜の花は頼みましたが、小娘は、
「いいのよ」と笑って取り合いません。
が、そのうち水のいきおいで菜の花の根は自然に水草から、すり抜けて行きました。小娘も急いで立ち上がると、それを追って駆け出しました。
 少しきたところで、
「やはりあなたが苦しいわ」と菜の花はこわごわ言いました。
「何でもないのよ」と小娘はやさしく答えて、そうして、菜の花に気をもませまいと、わざと菜の花より二三間先を駆けて行くことにしました。
 麓の村が見えてきました。小娘は、
「もうすぐよ」と声をかけました。
「そう」と、後ろで菜の花が答えました。
 しばらく話は絶えました。ただ流れの音にまじって、バタバタ、バタバタ、と小娘の草履で走る足音が聞こえていました。
 チャポーンという水音が小娘の足元でしました。菜の花は死にそうな悲鳴をあげました。小娘は驚いて立ち止まりました。見ると菜の花は、花も葉も色がさめたようになって、
「早く速く」と延びあがっています。小娘は急いで引き上げてやりました。
「どうしたのよ」小娘はその胸に菜の花を抱くようにして、後の流れを見回しました。
「あなたの足元から何か飛び込んだの」と菜の花は動悸がするので、言葉をきりました。
「いぼ蛙なのよ。一度もぐって不意に私の顔の前に浮かび上がったのよ。口の尖った意地の悪そうな、あの河童のような顔に、もう少しで、私は頬っぺたをぶつけるところでしたわ」と言いました。
 小娘は大きな声をして笑いました。
「笑い事じゃあ、ないわ」と菜の花はうらめしそうに言いました。「でも、私が思わず大きな声をしたら、今度は蛙の方でびっくりして、あわててもぐってしまいましたわ」こう言って菜の花も笑いました。間もなく村へ着きました。
 小娘は早速自分の家の菜畑に一緒にそれを植えてやりました。
 そこは山の雑草の中とはちがって土がよく肥えておりました。菜の花はドンドン延びました。そうして、今は多勢の仲間と仕合せに暮す身となりました。
 この作品は、明治39年(1906)4月2日、作者が千葉県鹿野山にて執筆した草稿「花ちゃん」を我孫子時代に改題、改稿し、大正9年(1920)1月1日発行の『金の船』に掲載。

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