文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.28

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2005年(平成17年)5月 16日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.28
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
 ホームページ http://www.shimoharanet 編集発行人 下原敏彦
                              
2005前期4/18 4/25 5/9 5/16 5/23 5/30 6/6 6/13 6/20
6/27 7/4 7/11  
2005年、読書と創作の旅
5・16下原ゼミ
「読書と創作の旅」3日目の下原ゼミは、下記の要領で行います。(文ゼミ1)

 1. 登録者確認・前回ゼミ報告
   ・出欠の点呼   ・今日の出来事から
・前回ゼミ復習(テキストと草稿感想)     
2. テキスト感想・車内観察発表(報告者)
  ・テキスト感想(未報告の人4名) ・車内観察提出
3. 質疑応答・報告評(前回つづき)
  ・テキスト報告、自分との想像性の違いや主人公の性格分析など
  ・観察評(他者は理解できるか、想像できるか)
4. テキスト読み(&新聞記事)
JR西日本の脱線事故を念頭に、事故観察や当事者たち(会社、個人)の在り方を思い浮かべながらテキストを読む。
<正義派>
電車の人身事故と、当事者たちの言動を冷静に創作観察する作者の眼。
5. テキスト感想
6. 次回ゼミ・その他      ※ 時間の範囲でやります  
             2005年、読書と創作の旅立ちに祈る
 所沢校舎が若葉に埋もれる季節がきました。武蔵野の蒼穹。文芸棟に吹く五月の風の爽やかさ。大型連休も明け、いよいよ本格的な旅のはじまりです。楽しく、実りある旅にならんことを望みます。同行者12名全員の無事帰還を祈願します。


目 次
□車中雑記「菓子パンと少女」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
□5・9ゼミ報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3
□テキスト『網走まで』感想・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4、5
□テキスト『網走まで』分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
□テキストの草稿を読む・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7
□愛読書アンケート、他・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 8
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.28 ―――――――― 2 ――――――――――――――――
 
車中雑記     菓子パンと少女
                       ――――――――――――――――
9日の夕方、所沢でのゼミ講座が終わっての帰り道のことである。連休明けのせいなのか、いつもより混雑する池袋駅構内を脱して地下鉄丸ノ内線の改札に飛び込んだ。階段を下りてゆくと、下から、たった今、到着の電車から降りてきた乗客が、まるで地の底からわいてくる雲霞のようにあがってきた。この時間は、都心からの帰宅ラッシュである。反対に都心に向かう乗客は少ない。案の定、電車はすいていた。7時11分の発車まで、3分ばかりあった。で、何となく前方に歩いて行った。車掌が背に杭棒を入れたように直立不動の姿勢で立っていた。2週間前の尼崎の脱線事故の影響で、どの路線の職員も今は緊張気味だ。1両目をやり過ごして乗車した。中ほどに空席があったので座った。右に中年の女性、左に背広の初老の男が座った。すぐに座席はほぼ満席になった。が、立っている客はいなかった。
その少女にいつ気がついたのかは定かではない。夕飯時刻だけに、空腹を感じていて、それで無意識にものを食べている少女を意識したのかもしれない。少女は、斜向かいの中ほどの座席にいた。底の厚い白い運動靴。白っぽい洗いざらしのジーパン。上着はこれも白っぽい花柄のシャツの上に空色の半コートのようなものを着ていた。髪は長めのおかっぱ髪。年のころ16、7か。手にスーパーかコンビニかの白いビニール袋を持っていた。一つ目の駅、新大塚を過ぎたころだろうか。私は、ぼんやり車内をながめていたが、ふと少女に目が留まった。少女は、何かを食べていた。口はおちょぼ口にしているが、膨らんだ頬が動いている。色白のどこにでもいそうな少女だった。電車内でものを食べたり化粧する人が増えている。こんなことが話題になって久しい。だから、奇異な光景ではなかった。その証拠に、少女に注意を向けている乗客はいなかった。ちらっと真向かいの乗客を見たが、本を読んだり、居眠りをしたり、考え事をしていた。少女の家はまだ遠いのだろう。私は、目を移しかけた。が、すぐ戻した。少女がビニール袋から、白っぽい丸いパンをとりだしたからだ。たったいま食べていたから二つめか。よほどお腹がすいているのか、人差し指で、一気にパンを口の中に押込んだ。私は、目を見張ったが、若い食欲が羨ましかった。ところが、つづけてもう一つ同じようなパンを取り出し、それも瞬時に口に押込んだときは、さすがに眉をひそめた。いくらなんでも池袋→新大塚→と一駅半のあいだにわかっているだけで三つも菓子パンを食べてしまったのだ。これで驚いてはいけなかった。茗荷谷を過ぎると、少女は、またしてもいくつもパンが入った透明な袋を取り出した。茶色ぽいパンが入っている。あんドーナツのようなパンとみた。一つをつまんで、たちまちのうちに押込み、手の甲で口のまわりについた砂糖をぬぐった。これが男だったら、手品で乗客を驚かせようとしている。そう疑うところだ。が、少女のあどけない顔からは、とてもビックリカメラのようないたずらとは思えなかった。依然として他の乗客は気づいていなかった。そのあと少女は、もう一つ食べ、まだ残っているあんドーナツを口をモグモグさせてながめていた。そのあと、未練がましく白のビニール袋に戻した。袋は、ふくらみといい重量感といい、まだ菓子パンがたくさん入っていそうだった。はじめは、愉快な光景だった。チェーホフの小作品にも、よく食べるので驚く喜劇話があった。思い出して笑いを堪えた。が、私は、不意に暗い哀しい気持ちになった。歩き方が変で、ふざけているのかと笑っていたら、身障者だった。そんなときの恥ずかしい気持ちに陥ったのだ。少女は過食症だろうか。それに違いない。食べては吐き、吐いては食べる少女たちの悲しく残酷な青春。「汲み出しトイレだからわかったのです」すぐにいっぱいになるのに不審に思って――地方からきた母親の娘の話。コンビニの棚にある菓子という菓子をすべて買いきって一晩のうちに食べてしまった告白。いつか講演で家族や本人から聞いたそんな悲しい話をいちどきに思い出したのだ。
4分かそこらで菓子パンを4個以上食べた少女は、まだ食べる気配があった。少女は、何度も手の甲で口の周りをぬぐって考えていた。過食の衝動と闘っているのか。車内が混んできて見えなくなった。御茶ノ水で止まったとき、少女がホームをかけて行くのが見えた。ただお腹がすいていただけなのだ。私は、そう祈らずにはいられなかった。   (編集室)
―――――――――――――――――― 3 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.28
5・9下原ゼミ報告
 
 5月9日(月曜日)の下原ゼミは、次の通りでした。
参加者は下記の皆さんでした。 (順不動・敬称略)
はた   まりん    たなか  だいき    つだ   ゆうや    おがわら   ゆうへい
畑  茉林   田中 大喜   津田 優也   小河原  祐平
ひらいわ さとし    せき   ひでき    おおしま なおふみ   なかむら けんと
平岩 理史   関  英樹   大島 直文   中村 健人
はやし  まさと    なかや  えり
林  正人   中谷 英里 
連休明けにも10名の参加者
 
妙に学校が静まりかえっている。ガランとした校内。すっかり開ききった若葉だけがにぎわっている。学生たちは、まだ連休気分が抜けきっていないのかも知れない。そうだとしたら・・・不安になった。4時10分、教室に入ると中谷さん一人。やっぱり、と落胆しかかったところへ次々と参加者あり。結果的には10名の出席者。ほっとして言い忘れてしまったが、「皆さん、五月病にご注意ください」
※五月病=1968年の流行語。昭和元禄と呼ばれた時代。ノンポリ学生の言葉も生まれ、連休明けに学校に来なくなる学生が増えた。
前回の事務報告とお願い
 
 前回、欠席した人もいたので、5・9ゼミの報告をしました。司会進行係りについては、
4・25ゼミでは、臨時に中村さんにお願いしました。が、今回も流れから再お願いすること
になりました。ゼミ編集委員にもなってもらっているので、申し訳なく思いました。どんな
集まりでも幹事とかまとめ役は逡巡されます。苦手の人は仕方ありませんが、慣れてきまし
たら、協力できる人は、協力してほしいと思います。
テキスト感想発表&草稿朗読
 <テキスト感想発表>
 テキスト感想は、次の7名の皆さんが報告しました。その作品が普遍か、そうでないかは、読み手の感じ方によります。感想の内容が一つでないところに、その作品の評価があります。内在するものの多さに芸術性をはかることができるのです。
ドストエフスキーの作品は、100人が読めば100通りの感想があると言われています。が、長い、暗い、くどいといった3Kのハードルは高く敬遠されがちです。
志賀直哉の作品は、短編かつ私事的な内容だけに、あっさりと流し読みされがちです。読み手に課せられるのは、いかに表層面を突破し深化できるか、です。
さて、感想報告はどうだったでしょう。7名が、それぞれ違った読み方、感じ方をしていたように思いました。テキスト『網走まで』20枚にも足らない、エッセイにも似た作品ですが、発表されたそれぞれの感想にいろんな物語のはじまりを感じました。
<草稿朗読>
 調和のとれた美しい庭園も、つくられるときは削られ、掘られた荒地。小説も同様。草稿を読むことで、よりテキストの理解度が深まる。
 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.28―――――――――4―――――――――――――――――
2005年、読書と創作の旅・記録
  テキスト『網走まで』を読む
関 英樹         非情と思える文章
 志賀直哉の本は読んだことがほとんどない。だから他の文章がこの『網走まで』のような気質を持っているのかは分からない。だから昧到力に完全に欠けている。
 まず、通して読んで感じることは、とても非情と思える文章であるということである。書いても良いだろうと思える所も書いていない部分が多い。それだけに読者の想像に委ねている部分が多いということである。この非情という表現は適切ではないかもしれない。洗練された文章だというべきであろう。
 主人公が途中、女の夫の事や、顔、女の生活までにも想像と言おうか、妄想と言おうか、そこまで広げているにも関わらず、何一つ確定的なものがないのである。唯一、確信が得られるだろう、女の手紙さえも、もう一度出して思うだけで、その先はない。実は、この文章の場面というのは本当に何でもないような事である。だからこそ、非情などという言葉が出てきてしまうのかもしれない。実は、この作品は、洗練された想像力をかきたてられるものである。
小河原 佑平       読者に委ねられた作品
読んでいるとどことなく暗い雰囲気が漂ってくる作品である。難しく見慣れない漢字や言葉づかいの効果もあるのだろう。しかし、作品の中には、暗い出来事などの具体的な事例は何一つ書かれていない。強い西日が射す車中、子供が駄々をこね母親を困らせている。ただ其れだけの事なのだ。そのような中、読者に印象づけているエピソードが二つある。一つは、主人公の自分が、駄々をこねる子供から想像した父親であり、夫の姿。これは、横柄な子供と、それに困惑する母親に見事リンクしているように思える。そして、もう一つが、葉書を書く母親である。「筆はなかなか進まなかった」との一文から、母親は誰かにいいにくい事を書いていたのだろう。母親には書くことで精一杯で自ら投函することができずに、自分に託したのだ。具体的な出来事や状況は書かれていないが、自然と何かがあるに違いないと読み取れる訳である。
と、ここまで書いてはみたものの、これは作者が列車で乗り合わせた女と子供から想像して書いた小説だ。この小説で、何を伝えたかったのかは分からない。私たち読者に委ねられているのだ。
平岩 理史        主人公の強烈な妄想
 感想文を久しく書いていないので、駄文になる事を先に記しておこうと思う。ましてや、志賀直哉を一度も読んだことのない人間の感想故、浅はか且つ幼稚な文章になってしまうであろう事も付け足さなければならない。
 読み終えた率直な感想は、主人公の半端な親切心と、その反面といおうか、強烈な妄想が印象に残った。より端的に言えば、妄想をかきたてるための親切心の欠如であり、それこそが主人公の意図のように感じられた。例えを挙げるならば、母子の網走行きに少なからず驚きを示しておきながら、その網走行きの目的を問わない。その冷徹なまでな主人公の対応は、自ら妄想を楽しんでいるようにさえ感じられる。葉書の宛名を見ないということは、自ら組み立て、創りあげた妄想を守る為の行為だったのではないだろうか。主人公のイメージの中で母子の未来像は構築され、彼の中で母子達の運命さえ決まっていってしまうような、さらに言ってしまえば母子は彼の想像の中で生きているようにさえ思えてくるのである。結局のところ、私はこの『網走まで』の本質的な意図を汲み取るに足らない若輩者であった。
―――――――――――――――――― 5―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.2
2005年、読書と創作の旅・記録
林 正人        もし、自分が主人公だったら
 読み進めていくと、いろんなことを考えさせられる。女の人には何か、暗い過去がありそうだ。真夏の暑い時期に女の人が網走まで子供を連れて行くなんておかしいと思う。きっと何か、人には言えない辛い過去というか、暗い事情が。例えば、夫が事故死してしまったとか、家が没落してしまったとか。僕が、その電車に乗っていたら色々なことを考えてしまう。それに母親の言うことを聞かない子供として登場する「たき」を叱りつけるだろう。
「お母さんの言うことをちゃんと聞きなさい!」みたいに。
 私には読解力がなく、使える言葉も少ないので、感想をうまく伝えるのは不得意だ。正直、これと言った感想もなく、フワフワした感じでいつのまにか文章が終わってしまった。もっともっと読解力や感性を鍛えなければなあ、と思ってしまった。
大島 直文       作者自身の父親に対する反感
 電車の中の様子や、偶然知り合った母子とのやりとりを、ただただ日記のように書き連ねているだけの作品だと、最近まで思っていました。しかし、そのなんてことのないやりとりの裏側には、何らかの意味が隠されていそうだということも感じてはいました。
 この間、母子が網走まで向かっている目的が、網走刑務所にあるのではないか、という話があった時、そうかとあの文章に表現された先の意味が読めたような気になりました。
 志賀直哉といえば、その実の父親との反発、対立を題材に扱われた作品を多く描いた人物です。作中のあの母子の家族で父親にあたる男は主人公の知る決して好ましいとは言えない父親として想像されていました。これは志賀自身の父親に対する反感、拒絶といった心情が絡み合った部分に感じました。家族に苦労をかけているこの母子の父親は、何か良からぬ罪を犯し、網走の刑務所にいる。主人公(志賀直哉自身が?)はそんな父親像に対し少なからず嫌悪感を覚えたように思いました。
中谷 英里       語り手の視点がリアリティを
 この作品を読んで最初に感じたことは、まるで作者が実際に体験したことをそのまま書いたようだ、ということだ。女、子供、赤子、それぞれの何げない動作の一つ一つにリアリティがあり、三人の様子が目の前に浮かぶようである。三人の動作やセリフを一つずつ取り出してみると、特に深い意味のないものに思える。しかし、それらが作品の中で一筋の流れとなった時、三人の生々しい人間が描き出されている。
 また、途中で語り手が女の夫とはどんな男だろうか、と想像するシーンがある。例えば私達が電車の中で目を引く人物に出逢うとする。その時、私達は、その人物の行動を観察するだけでなく、一体どんな人物なのか、どんな事情で電車に乗っているか想像することがあるだろう。事実、この作品を書いた志賀直哉も実際に電車に乗っている時に見かけた人物を元に想像を膨らまして『網走まで』を書き上げたという。ただ自分が想像した三人の動作だけでなく、語り手が三人を見て想像する場面を入れることで、この作品は真実味を帯びたものになっていると感じる。
 何か大きな出来事がおこなわれるわけでもない。素朴で短いこの作品が何となく心に引っかかり印象的なのは、まるで自分が電車に乗って三人を見ているような気分になるほどリアリティに溢れているからだろう。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.28―――――――――6―――――――――――――――――
2005年、読書と創作の旅・記録
畑 茉林         懐かしい文体に戸惑う
 宇都宮の友に、「日光の帰りには是非お邪魔する」と云ってやったら、「誘ってくれ、僕も行くから」と云う返事を受け取った。
 ここまでの一文を読んで「ああ、懐かしいな」と思った。それは私が日光出身だからとか前にこの作品を読んだとか、こういう表現もおかしいけれど、その手の正しい理由ではないのだ。単に、ここ数年間、純文学というものを読んでいない。この難しい古い文字やら崩れていない言葉やら、遠い昔に読んだなあと思った。内容の感想という前にまずそれである。
 そして、内容の感想は?と言われると困ってしまう。正直、私がこのところ愛読しているやたらと文字の大きなふりがなだらけのライトノベルのように大興奮、大爆笑の方向の面白さはない。しかし、つまらないかと言われるとそれは違うと思う。どう言ってよいのか「巧い」と言うのか、適切な言葉が見つからない。純文学ばかり読んでいた数年前の私なら一体どう考えるのだろうと、結論の出ないまま提出日だった。反省している。今後は読むことと書くことの習慣化に向け、努力します。今回はごめんなさい。
テキスト分析
主人公 → 26,7の青年。独身。『暗夜行路』や『和解』に繋がる主人公を彷彿する。たぶん、小説を書いている青年。宇都宮の友人は文学仲間と想像した。
ヒント → 東北からかえる途中、乗り合わせた親子から想像、創作した。
<作品あらすじ>
 夏の夕方、上野から列車に乗った。私は、文学仲間と日光に遊びに行く気楽な身分。が、同席した、私と同じ年ぐらいの女性は、乳飲み子と、病気持ちの気難しい男の子を連れていた。色白で、美人とは書いてないが、(男の感覚としては)美人なのだろう。娘時代は、よい家庭で育った。階級色が強い明治時代だからわかるのかも。しかし、いまは、どうみてもみすぼらしい。男運が悪かったに違いない。聞けば、行き先は「網走」だという。鉄道も敷けていない未開の地だ。都会で、小説を書いている自分には想像もつかない旅である。あまりにも遠いところなので、私は言葉を失った。その地に、なぜ行くのか、という疑問より、大変だ。かわいそうだ。という思いの方が先に立った。「網走」という地名に、草稿では、熊がでる、ジミチではない連中が住むところ、という印象を持っている。
この幸薄い母子のために私は、何ができるのか。(全人類の幸福のために小説を書く)という私だが、できたことはよれたハンカチを直してやることと、頼まれた葉書を出してやることぐらいだった。作者のやさしさを感じる。だが、作者の若さ、甘さをも感じられる作品。 かわいそうに思った。だから葉書を見てもかまわない。そんな自己満足も垣間見える。(「同情するなら金をくれ」むかし、人気テレビドラマでこんなせりふがあった。人間社会の現実である。が、主人公はまだそれを知らない。この母子が、僅かな旅支度で「網走」まで行くには矛盾がある。ここが作者が「いい気なもの」と批判される所以があるのかも)
 
※ 1965年、北海道はまだ遠い土地だった。この年の夏、私は二ヶ月間、北海道の根釧原野にいた。開拓農家で募集していたアルバイトに参加したのだ。日当は食事つき500円(都内でのアルバイトが一日800円ぐらい)、往復の旅費もでて農場実習の単位がもらえる、という甘言にとびついたのだ。上野から寝台列車で青森、連絡船で函館→札幌→倶知安→釧路と乗り継いで二日後に最寄り駅の計根別に。入った農家は入植12年目の大湿原の一軒家。朝6時から夕方6時まで牛の世話と干草刈、4単位に合わぬ大変な仕事だった(笑)。
―――――――――――――――――― 7―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.28
テキストの草稿を読む
 たとえば映画や芝居もそうだが、封切り日に、あるいは?落としに客席から観るのは楽しい。野球やサッカーもそうかも知れない。一般客ならそれでいいのだ。しかし、関係者だったら、物足らないし、商売にならないだろう。撮影現場や舞台稽古、キャンプでの走りこみ。最低でもそれくらいは覗き見ておきたいものである。創作においても、同様だ。いきなりさらさらと名作を書ける作家はまずいない。たいていの作家は、自分が生み出した物語と何度も格闘しながら一つの作品を仕上げるものだ。その意味で作品をよりよく知るためには、整理整頓された現行以前の作品を知っておくことも必要である。
文芸学科で学ぶということは、関係領域に押しを踏み入れているということである。テキストの『網走まで』は短編ながら、最低三回は書き直し校正、整理した作品である。とすれば、この作品を読み解くには、是非に草稿を読んでみるべきである。読まねばならない。
と、いうことで草稿を出席者全員に朗読してもらった。主人公の主観が強い作品である。
 草稿を読んでの参加者の感想は、次のようであった。
・ 主人公は、日光へ何用で行くのか。
・ 主人公は網走までついて行きたい気持ち。
・ 気の毒と思う気持ちはあくまでも主人公の主観では。本当は、網走に好きな人がいて会いに行くのでは。夫は愛人がいてどこかにいる。
・ 推論でしか書いてない。夫が出所するから迎えに行くのでは。とるものもとりあえずに。
・ 母子には大変辛い運命が待ち受けている。そんな印象をもった。自虐的か。
・ ものすごく暗い話ととった。もしかして最後の親子旅行か。夫婦生活は破綻、子供には障害がある。そんなところから心中の旅かも。
・ 不幸な人生がみえる。あくまでも作者からみた目であるが。
・ 父親がだらしないように思えた。「子供に殺される」にゾッとした。
・ 女の人が、この先どうなるか、物語がほしい。
・ 東京で夫と別れ、網走にいる親戚を頼っていく。が、あまり幸福にはなれないとみる。
・ 葉書は、夫と、その愛人に出したのか
※ 現行を読んだときとの違いは、それほどないようだった。が、主人公の独善性が見えたぶん、この作品の奥行きの深さが理解されたようだ。(短編だが、長編の予感のある作品と)
   愛読書アンケート 愛読書は、どんな本ですか
関 英樹 (2005年5月9日提出)
○ 小林秀雄著『考える人』
「本当にかんがえるから・・・」
○ 宮本顕治著『「敗北」の文学』
「今、研究?している本。芥川龍之介の作家・作品論と、それに加え、著者宮本顕治自身の共産党入党宣言」
○ 安部公房著『空飛ぶ男』
「最近、たまに再読。この本は時代背景がうすいものが多い。それだけ前衛的な文章だといえる」
○ 最近読んでみたいとおもっている本。
ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』
  マルクス、エンゲルス『資本論』
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.28―――――――――8―――――――――――――――――
愛読書・アンケート
平岩 理史 (2005年5月9日提出)
○ 川端康成著『掌の小説』 
「川端康成の書いた短編ばかりを100以上収めた本。とても詩的あり自伝的な面もある」
○ 歌野昌許著『葉桜の季節に君を想うという事』  「文章の世界でしか成立しないクライマックスに文学の可能性を感じた」
○ 遠藤周作著『沈黙』
「宗教において最も根底にある神の存在が主人公に信仰心の是非を問うた作品」
○ 映画『花とアリス』
  「セリフ以外の面で表現力の優れた作品だった」
小川原 佑平 (2005年5月9日提出)
○ 中島みゆき著『中島みゆき全歌集Ⅱ』
  「歌の歌詞が一冊の本になったもの」「失恋の詞から人間というものを鋭い洞察力でみた詞もある」
○ 宮本 輝著『私たちが好きだったこと』
   「この小説は切なかった」「読後の胸の痛さ、切なさは今も忘れられない」
○ 三浦哲郎著『忍ぶ川』
   「自分に流れる暗い血の流れと戦いながら生きる大学生の“私”と小料理屋につとめる志乃との恋愛物語。とても純愛に感じられた」
○ R・レビンソン/W・リンク『刑事コロンボ』シリーズ
   「この小説シリーズは面白い。コロンボだろうと笑わずに一度読んでみて」
掲示板
提出原稿について
・「車内観察」(常時)・愛読書アンケート(出してない人)・一日を記憶する(常時)
・創作『車中の人々』(書き終わったときに提出)
・テキスト感想『正義派』(集稿日23,30日)・「JR西日本脱線事故について」
お知らせ
ドストエーフスキイ全作品を読む会・第209回読書会
・6月11日 土曜日 午後2:00~5:00 作品『夏象冬記』報告者・金村繁氏
・東京芸術劇場小会議室1 会場費1000円(学生半額)
ドストエーフスキイの会第169回例会
・ 6月11日 土曜日 午後6:00~9:00 報告者・近藤大介氏
・ 千駄ヶ谷区民会館 会場費500円
ドストエーフスキイ全作品を読む会・第210回読書会・暑気払い大会
・8月13日 土曜日 午前10:00~12:00 作品『未定』
・東京芸術劇場小会議室7
ドストエーフスキイの会第170回例会『広場 14号』合評会
・8月13日 土曜日 午後1:30~5:00 小会議室7     以上詳細は下原まで
編集室便り
☆提出原稿は直接か下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール:toshihiko@shimohara.net TEL・FAX:047-475-1582 
日本大学芸術学部文芸学科・文芸研究Ⅱ下原ゼミ「下原ゼミ通信」原稿用紙 
「2005年、読書と創作の旅」
テキスト『正義派』の感想    名前
                    ―――――――――――――――
提出原稿
テーマ「JR西日本の脱線事故について」
日本大学芸術学部文芸学科・文芸研究Ⅱ下原ゼミ「下原ゼミ通信」原稿用紙 
「2005年、読書と創作の旅」
テキスト『夫婦』の感想    名前
                    ―――――――――――――――
志賀直哉情報
2005年3月15日 火曜日 読売新聞(夕刊)
☆ゼミ雑誌の作成手順
ゼミ雑誌作成は、以下の計画手順で進めてください。
1. ゼミ雑誌編集委員2名。中村健人さん、中谷英里さん
2. 6月上旬にゼミ雑誌作成ガイダンス 編集委員は必ず出席してください。
※ この席で申請書類が配布されます。かならず受け取って期限までに提出してください。(出版編集室へ提出)
3. 編集委員を中心に、ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めてください。
※6月 ~  7月のあいだに
4. 9月26日(月)ゼミ誌原稿締め切り。編集委員は原稿を集めてください。
  ※提出が遅れると、掲載できない場合もあります。
5. 印刷会社をきめ、希望の装丁やレイアウトなどを(印刷会社と)相談しながら編集作業をすすめてください。
6. 印刷会社から見積もり料金を算出してもらってください。
※10月中旬までに
7. 10月末日までに「見積書」をかならず出版編集室に提出してください。
  ※予算内に収まらないとゼミ員の自己負担となるので、注意してください。
8. 11月中旬までに印刷会社に入稿してください。
9. ゼミ雑誌が刊行されたら出版編集室に見本誌を提出する。
10. 印刷会社からの「請求書」を出版編集室に提出する。
ゼミ誌予算  →  250000円 オーバーしないように注意!
発行部数   →  最大250部以下
印刷会社について → 過去に依頼したことのある主な印刷会社の連絡先は、文芸学科スタッフまで問い合わせてください。
           それ以外の印刷会社を利用したい場合は、かならず事前に学科スタッフに相談すること。
☆郊外授業(ゼミ・キャンプ)について(希望があればの場合のみ)
■ 利用日 : 週末か長期休暇中(夏休み中)
■ 日数 : 1泊2日
■ 施設 : 日本大学の施設。
■ 実施の1ヶ月前までに提出。出版編集室へ。
下原ゼミの理念「人類全体の幸福に繋がりのある仕事」(『暗夜行路』から)
日本大学芸術学部文芸学科・文芸研究Ⅱ下原ゼミ原稿用紙 「下原ゼミ通信」
「2005年、読書と創作の旅」 テーマ「車中の人々」(創作&エッセイ)       
乗客をヒントに書いてください。
タイトル
『                 』
   名前
                      ―――――――――――――
土壌館創作道場・下原ゼミ原稿用紙
テーマ「普通の一日を記憶する」     名前

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