文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.29

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日本大学芸術学部文芸学科     2005年(平成17年)5月 23日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.29
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
 ホームページ http://www.shimoharanet 編集発行人 下原敏彦
                              
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2005年、読書と創作の旅
5・23下原ゼミ
「読書と創作の旅」4日目の下原ゼミは、下記の要領で行います。(文ゼミ1)

 1. 登録者確認・前回ゼミ報告
   ・出欠の点呼   ・前回ゼミについて     
2. 愛読書アンケート報告(1~2名・参加人数によって)
  ・読んで面白かった本、薦めたい本、読んでみたい本を報告。
3. テキスト感想・車内観察発表(報告者)
  ・『網走まで』感想(未報告者3名) ・車内観察(未報告者4名)
4. 質疑応答
  ・テキスト感想(他者と自分との読み方の違いをみる)
  ・車内観察(各観察から、各人はどんな想像を持つか)
5. テキスト『正義派』読み(全員で朗読)
テキスト『網走まで』の観察は、女とその子供2名が対象だったが、『正義派』では、多数の人間を観察する。また、同時に電車の人身事故と、会社の応対をも冷静に観察する。
  


2005年、読書と創作の旅・名所めぐり(千葉県鹿野山山ろくにて)
 あの黄色い海のように見える所は、菜の花畑です。そうです、あそこにある花のほとんどは、小娘が山から持ち帰った一本の菜の花から増えたものです。雲雀の胸毛について山にいって一人ぼっちで咲いていた、あの菜の花です。小娘のおかげで、いまでは、あんなにたくさんになりました。「ありがとう」という声がきこえませんか。
※ 1906年草稿『花ちゃん』1920年改稿『菜の花と小娘』発表。
目 次
□車中雑記「普通の人」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2
□5・16ゼミ報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
□テキスト感想報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
□車中観察報告・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5、6、7
□愛読書アンケート、一日を記憶する・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8、9、10
□「学生と読む『網走まで』」、掲示板・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11、12
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.29 ―――――――― 2 ――――――――――――――――
 
車中雑記      普通の人
                       ――――――――――――――――
ゼミで「車内観察」というテーマをあげているので、電車やバスに乗ると、無意識にネタになりそうな乗客を探してしまう。16日のゼミ参加者の報告でも多かったが、目がいくとすれば変わった人だ。妙な行動をとったり、怪しい雰囲気を漂わせたり、と――つまり、特異な存在、目立っている人ということになる。参加者の証言では、西武線には、そんな人が多いらしい。が、いざ、探すとなると稀である。早い話、変わった人など、そういるものではない。たいていは普通の人たちだ。もし運よく乗り合わせたとしても、見慣れれば、変わった人ではなくなってしまうのが常だ。2000年9月はじめてニューヨークに旅したとき、地下鉄や通勤電車の車中にいろんな乗客がいて驚いた。物乞い、車内で踊り楽器を演奏したりする大道芸人。肥った人、よくしゃべっている人。はじめのうち、そのどれもがものめずらしかった。が、どの電車に乗っても、そんな「変わった人」がいた。そんなところから、暫くこの街に住めば、彼らもただの乗客ということになってしまうのだろう。現に、案内した現地住まいの友人夫婦には、日常風景のようだった。
ふとNYの車中を思い出すことがある。あの物珍しかった芸人たちのことが思い浮かぶ。が、なぜか彼らより、あのときは目立たなかった普通の乗客の方が妙に気にかかるのである。9・11のちょうど一年前だったということもあるのかも知れない。もしかしてあの乗客たちのなかにテロの実行犯たちが下見に乗っていたのではないか。そんな妄想が生まれてしまうのだ。彼らは普通の人になりすまして地下鉄に乗って計画を練っていた。観光船に乗って双子ビルを撮影していた。そんな妄想が浮かぶ。つまり、見た目で変わった人たちより、普通の人たちの方が空想により深化がある、ということか。
しかし、実際、電車に乗って見て、周りの乗客を見回して、だれかを観察しようと思っても、なかなか難しい。頭が冴えていれば、あそこで大口開けて寝ているおばさん。オバタリアン。ああも堂々と寝ていられるのは、きっと宇宙人にちがいない。はるかアンドロメダの彼方から、地球の様子を探りにやってきた調査員かも。あっちの星はどんなぐあいなのだろう。電車が走っていたり、戦争があったり、人間がするようなことをしているのだろうか。確か、ウエルズにそん短編、火星人の地球人観察機を手に入れた話――があったぞ、などと勝手にそんな空想の羽をのばして一人楽しむこともある。が、たいていは、観察の壁にぶつかり、退屈し、いらいらして降りる駅を待つのみである。
普通の人。この人たちを観察し、創作に結びつけるのは至難の業である。このこと一つとっても志賀直哉が、いかに小説の神様と呼ばれる所以かもわかるというもの。そんなことを感心しながら私鉄に乗っていると、『普通の人』というタイトルの短編作品があったことを思い出した。たしかイタリアのA・モラヴィの作品。ブラックユーモア的小話だったような気がする。この作家は、普通の人というのをどんなふうに描いたのか。郊外の閑静な高級住宅街のモダンアパート。その3階に越してきた私。「わたし好みにぴったり作られたアパート」などという感想をもっているところから、しゃれ者の印象を受ける。自分を特別な人間と自惚れている人間か。アパートの真向かいの建物の1階に花屋があり、若くて美しい娘が働いていた。私は、さっそく娘と知り合う法を考える。そうして、首尾よく娘を部屋に呼び寄せることに成功する。私は有頂天になるのだが、目近に娘を見て落胆する。娘は、いわゆる遠目美人だった。アバンチュールは雲散霧消した。が、娘はなぜか私の行動をすべて知っていた。鏡を使って呼び寄せたことも、手相を見たいと言い出そうとしたことも。モノにしようとする手順が前の住人と同じだからである。私は、娘から「普通の型」「大衆の一人」は、みんなそうする、とからかわれた。私は、腹が立ってきて、追い出そうとした。娘は、笑って言った。前の人も「・・・普通の人たちと同じだって言ったら、ちょうどあなたとおなじように怒りだしたのよ。そしてわたしを追い出したのよ」
どうやら「普通の人」の方が、奇人変人の人たちより、より多くの物語を与えてくれそうである。観察は、観察者の想像性が重要である。          (編集室)
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5・16下原ゼミ報告
 
 5月16日(月曜日)の下原ゼミの参加者は、次の9名の皆さんでした。
参加者は下記の皆さんでした。 (順不動・敬称略)
はた   まりん    たなか  だいき    つだ   ゆうや    おがわら ゆうへい
畑  茉林   田中 大喜   津田 優也   小河原 祐平
ひらいわ さとし    せき   ひでき    おおしま なおふみ   なかや  えり
平岩 理史   関  英樹   大島 直文   中谷 英里
はやし  まさと    
林  正人    
9名の参加者
 このところ新緑の季節ということもあるのかも知れないが、肌寒い日がつづく。そのせいか5月16日のゼミ参加は、9名でした。12-10-9と参加率がおちている。2名の人が2回つづけて欠席しているのでちょっと心配でもある。ゼミは、前回と前々回、司会進行をしてもらった中村さんが病欠したので、代わりに大島さんにお願いした。中村さんの快復をお祈りします。おだいじに。
今日の出来事
 この日、遅刻者を待つために、はじめ「今日の出来事」に関係する体験談を話した。
イラクで行方不明になった日本人が外人部隊出身者だったことから、このところにわかに外人部隊が話題になっている。戦闘に巻き込まれ被害者より多くの情報が紹介されていた。ニュースによると、この職業、かなりのハイリスク、ハイリターンだという。日当は危険地帯で10へ20万円で、入隊するにもかなりのプロ度が要求されるようだ。
外人部隊というと今の中高年以上の者にとっては、なにかしら一種シンパシィのようなものを感じる。名作映画で砂漠のなかを女たちが兵隊たちの後を追うラストシーン。ヒットした「カスバの女」の歌。いわゆる60年、70年代までは「外人部隊」には哀愁のようなものがあった。私も、これまで二、三度この名を直接、間接的に目にしたり耳にした。
1968年、海外渡航のために銀座にある外務省の出先機関にパスポートを取りにいったときのことだ。壁に新聞の特集記事が目立つように貼ってあった。大見出しは「月の砂漠で泣いている」というものだった。ヨーロッパの街角でアルバイトしないかと誘われて書類にサインした。つれてこられたのが砂漠のど真ん中。たった2万円の給料で2年間も訓練に明け暮れなければならない。写真は、月を見上げて泣いている二人の日本人青年の後姿があった。
次に外人部隊のことを聞いたのは20年前ほどか。イギリスが大不況のさなかで、外人部隊に入る若者があとをたたず。番組は、彼らを空港まで追ってきた家族のニュースだった。引き止める家族に若者たちは「仕事がないからだ」と言い捨てて発っていった。
時代によって、外人部隊の価値も違ってくるようだ。当時は、落ちた人生の終着地、そんな印象があった。が、いまでは、入隊はかなりハードルが高いらしい。かなり狭き門のようだ。ということは、それだけ世界が安定していない時代ということなのだろうか。
テキスト感想発表&観察報告
 田中大喜さんにテキストの感想発表してもらったあと、全員の車内観察報告があった。日ごろ通学で乗っているだけに、いろんな車内風景が見られた。最後になった林さんは、時間がきてしまい。報告のみで終わった。感想は次回に・・・。 
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2005年、読書と創作の旅5・16記録
  
テキスト『網走まで』を読む
田中 大喜        主人公と女の構図が優れている
 この話がほとんど作り話だったなんて。作者の想像力と観察力に驚かされた。などと誰もが抱くであろう感想を私も抱いた。確かにこれらの点は素晴らしい。しかし、私がこの作品で一番面白いと感じたのは、主人公と女の関係の構図だ。
 この女性についての詳しい情報は明らかにされていない。だが、まだ幼く障害を持つ子供と母親の手を離れると生きてはいけない赤ん坊を連れ、少ない荷物で一週間もかけて網走に向かう。この情報だけで早々この親子に明るい未来を想像することは困難になる。網走までの道程も過酷だろうが、到達してからも過酷な運命が待っているだろう。少ない荷物での遠出は都会を捨て、逃げるように網走へ向かう印象を受ける。少ない荷物が財産の全てなのだろう。網走という地は都会より何倍も生活が大変なことは明らかだ。どうしても都会にいられない理由があるのだろう。この女の進む先には不幸しか待ち受けていない。この女に限らず不幸にしかなれない女はいるものだ。不幸と幸福という二つの選択肢があると必ず不幸な方を選んでしまう。主人公はたまたま電車でこの女と出会う。同じ電車に乗っているが、乗っている理由も境遇もまったく違う。電車とはそういうものだ。方や友人に会いにいくだけの男。方や不幸に一直線の女。もしこの女の運命を変えるチャンスがいくつかあつたと仮定すると、この電車で主人公と乗り合わせたことが最後のチャンス、最後の分岐点なのだろう。女はこれに気付いていないが、主人公はこの自分の立ち位置を充分理解している。というこの関係がこの作品の最も面白い部分だ。この優れた(優しい)主人公と女の関係の構図が、この作品を優れた作品にしているのだ。
感想評(参加者総合) 幸福と不幸はこの世の対極にある。だれしもが幸福に向かいたいものである。が、もし不幸にして不幸にまっしぐらな境遇にあっても、人生には必ずチャンスはある、と。報告者はみる。この哀れな女(作者、報告者同一視)地の果て「網走」に転げ落ちていく母子にもそれはある。チャンスの主は上野から宇都宮まで相席になった乗客。つまり主人公である。この余裕のありそうな主人公に打ち明ければ、網走まで行かずにすんだのかも知れない。報告者は、そう想像するのである。が、女はそれに気付かなかった。不幸な運命を背負うものは不幸にしかなれないのか。最後のチャンスを逃した女に報告者は臍を噛む。主人公のやさしさ、報告者のやさしさが伝わる感想でした。
テキスト『網走まで』の感想発表者(原稿提出者)は以下の皆さんです。 5月16日現在
順不動
関 英樹   小河原佑平  平岩 理史  林 正人  大島 直文  
中谷 英里  畑 茉林   田中 大喜
 
 
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2005年、読書と創作の旅5・16記録
車中観察報告
 車中観察報告は、次の3点をねらいとします。①自分の観察力を評価してもらう。②表現から聞き手にどれだけ情景を彷彿させることができるか。③聞き手にどれほど物語性を想起させることができるか。(次の展開を聞きたい気持ちにさせるか)
 この観察(他の観察でもいいが)をヒントに創作してください。
平岩 理史       何処へ、後輩にあの日の自分をみた
 ふわっと風がホームにいる人たちの髪の毛をゆらして電車がきた。白線に並んだ人たちの最後尾に私も加わるとサラリーマンのトニックの香りと、婦人の方のものであろうか、きつめの香水の匂いがした。列は吸い込まれるように電車に入り、発車のベルが鳴った。私は空いた席がないのを確認すると、開かない方のドアに背を向けて立った。ふと私が右隣の座席に目をやると、見慣れた姿の高校生が一人座っている。顔は知らない。だがその身に着けた制服は、私が二年前まで着ていたものと同じだった。朝の登校時間にしては妙だった。学校は反対の方向にある。時間も少し遅い。私の心の中は複雑に曇った。電車は隣の駅に着き、少し車内は混雑しはじめた。すると彼は、自分の隣に置いたバッグを膝の上に置くとおもむろにバッグを開いた。中から薄い黄緑色をした校名の書かれた封筒を取り出した。しっかりと確かめるようにそれを握ると、またバッグの中にそれをしまいこんだ。
 私は彼から目を離し、反対側のドアに映った自分を見た。私服を着た自分が流れる景色に透けて映っていた。
観察評 登校時間を過ぎた車内で見かけた制服姿の後輩。彼は、どこに行くのか。疑問は生じるが、参加者からは、卒業してから二年、その光景に近感を覚える。自分も学校とは違う方向に行った。といった懐かしむ声が多かった。が、一方では、バックから取り出した封筒に、いろいろ想像できるのでは、といった感想もあった。(ちなみに中身は、いいアレではない、ということだが、アレとは内申書のことか?)家出を思わせられた、という人もいたが、制服と聞いて、よくオークションにかけられる母校の制服を思い出してが悲しい思いがしたという人もいた。また、自分だったら、声をかけてみる。その高校生は、筆者自身ではないのか、といった感想があった。
 新緑の季節、朝遅い車内に高校生がいた。制服から自分の後輩らしい。バッグからとりだした学校名が印刷された封筒。握りしめる少年の表情はこわばっているように見える。これから何処へ。封筒には、少年の人生に関わるものが入っているのか。窓ガラスに映る私服姿の自分。一瞬のうちに時は流れた。あの少年は、自分なのか・・・・。余韻の残る観察。
いくつもの物語を想起させられる。
関 英樹         あのノッポさんはだれ
 あれはいつの頃だったか。確か大学一年の10月頃だった気がする。私は友人と二人、西武池袋線に乗って江古田に向かっていた。航空公園から江古田に行くのは準急に乗れば20分か、30分で行ける。私達二人は所沢から準急に乗った。電車の中は、一人か二人分の席が空いていて、混んでいるわけではなかった。
 その男性は、ひばりケ丘から乗ってきた。電車に乗ってしばらくして、私は彼をずっと見ていた。座席が空いているにも関わらず、彼はずっとドアの所に立っているのである。身長が高く、窓の外を見ているというより、窓の下を見ている感じがする。彼はどこも掴まず、
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2005年、読書と創作の旅5・16記録
ドアの前で膝をしきりに曲げたり伸ばしたりしながらバランスをとりつづけている。私は堪らず吹きだしてしまった。一人で乗っていれば赤面してしまうが、友人と一緒でよかったと思ってしまった。
 私は、その彼を見ていて、少し彼の生活が見えた気がした。何か妙な楽しさを彼に見出して、私は練馬で降りるまでニコニコと友人と話していた。いまだに池袋線に乗るとたまに彼をさがしている。
観察評 NHKの教育番組にときどき出ているノッポさんを彷彿するような人物像だ。参加者からは、自分もすいているときにたまにバランスをとるので、そんなふうに見られるかもや、吊り輪で楽しむといった体験談がでた。西武線というと、どうしても、かってカリスマ社長、いまは落ちた偶像の人物、所沢ということで野球選手を思い出してしまうが、参加者が思い浮かべるのは「変な乗客が多い電車」ということだ。変な人とは、どんな人か。定義は、知らないが、この問いを誰かにしたとする。すると、こんな答えが返ってくるに違いない。「それは日大の芸術学部があるからではないか」落ちにもならない答えだが、私ならそう答える。ご注意あれ(笑)。ノッポさんは、なぜ、バランスをとっていたのか。どこに行く途中だったのか。その変な人物には、どんな物語があるのか。
小河原 佑平        小さな親切とその基準
 車内マナーとでも言うのであろうか、老人や高齢の方などがいたらき潔く座席を譲る。私も時折、実行するわけである。ただし、私の中での「譲る基準」というものが何となくではあるが存在する。
 まず絶対条件が、明らかにご高齢の方、腰も曲がり、紫色の古びた巾着袋なんかを下げていたらすぐに譲る。
 次に杖をついたり、足を引きずるなどして怪我をしているのが明らかな場合、これまた考える時間もなく譲るに限る。この後は、その場に応じてと続くのだが、非情に難しい場合が多々ある。ご高齢だと判断し席を立つ。「どうぞ」「いえいえ」「いやどうぞ」「いえいえ」・・・見た目はお婆ちゃんだ。一度譲った席にお婆ちゃんを目の前に座るわけにはいかないだろう。その時の車内の雰囲気は、誰もがこの譲り合いの成り行きを薄目で眺めている感じで何とも気まずい。
 一番難しいのは、お互いの価値観の違いである。譲る方もそれなりの勇気がある。譲られた方も、一瞬プライドを捨てて、素直になってもらいたいものだ。
観察評 譲りたい気持ちはあるが、断られたりするときもあるので勇気がいる。面倒なので最初から立っている。参加者の経験談である。座席の譲り合いは、車中で唯一の他者との接点である。心楽しい物語になるのか、嫌な話となるのか。O・ヘンリーの短編集にでてくる小話が期待されます。
畑 茉林       透明人間と対話する女
 女子高生、女子高生、スーツ、スーツ、スーツ、私服、私服。
 ああ、揃わないのか。7人がけの椅子なのだからよく考えると当たり前だ。かくして、私の電車椅子麻雀は終わった。2個2個で組んでも3個3個で組んでも余り1つ。あがれないのか。花小金井駅ホームをぼんやり見つめながらがっくり肩をおとした。あと2駅で大学だ。
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2005年、読書と創作の旅5・16記録
 刻子にはなり得なかった7人組をぼうっと眺めていると、私服の女が何かを呟いているのが目に止まった。理解できない行動だった。というのも、彼女の連れらしき隣の女性は眠っていたのだ。要するに一人で何かを呟いているわけだ。勉強をしたり、何かをふと呟いている風ではない。斜め上を見て二言三言呟いた後、後ろを向いて窓の外を見ながらまた呟き、前に向き直って笑いながら何か呟き続けた。すると、ここで彼女の普通の一面が見れた。横の友人が目を覚まして
「今、どこ?」
と、言うようなことを聞いた。奇行を働いていた女性は至って普通に友人と会話した。驚いた、普通だ!?友人が再び眠りについた所で彼女の奇行は再開された。どうしてだよ、と薄気味悪くて背筋がぞっとした。一体彼女に何があって一人で空気中の誰かと対話することになったのかと考えてみた。彼女はなおも虚空を眺め、笑いながらぼそぼそと何かを呟いたり、急に悲しい顔になったりした。彼女なりの事情があるのかもしれないが、私にはその理由が思いつかなかった。同じ人なのにここまで心中を読めないなんてあるものか、と朝から苦い気持ちになりながら航空公園駅のホームへと降りた。彼女はどこで、どんな生活をしているんだろうか。
観察評 彼女は、誰と対話しているのか。友人と思われる人は、なぜ眠っているのか。参加者からは、彼女の奇癖が恥ずかしくて眠ったふりをしている。そんな見方もありました。が、もしかして、その人だけに見える誰かと話をしているのかもしれません。死んだ人が見える子供の映画がありました。それとも「メインブラック」に登場するような宇宙人かも知れません。とにかくいろんな物語が生まれそうです。
林 正人       頑張れ!団塊サラリーマン
 少しくたびれた背広に、決して引き締まっているとは言えない体型。疲れきった顔に、少し薄くなってきている頭皮。彼らがジャパニーズサラリーマンだ。戦後の日本の建て直しに一番貢献してきた猛者たちだ。貧困の時代を抜け、バブルを経験し、人生の酸いも甘いも知り尽くしている。そんな彼らを一番よく見かけるのが朝の通勤ラッシュ時の電車だ。彼らはつぶされながら、また痴漢と間違われないように気を使いながら目的地に着く時をじっと待つ。彼らは働きアリのように毎日、会社に向かい、夜には自分の巣がある家庭に帰る。一日働いて、きちんと家に帰る彼らは、ものすごく偉いと思う。
 電車に乗っていると、彼らの心の声が聞こえてくる。
「会社に行きたくない」とか「家に帰りたくない」とか。
 辛い顔をしている彼らを見ると辛くなる。まるで戦士たちが戦場にこれから向かうかのような悲痛な表情が悲しい。
 ところで、子供たちの将来の夢は「プロ野球選手」と「食べ物屋さんらしい」。このうちどれだけサラリーマンの道に進むのだろうか。
 ああ、今朝もサラリーマンがつぶされている。がんばれ!サラリーマン!!      
観察評 観察眼は、個人の乗客ではなく、朝のラッシュ時の車中の乗客たち全員に向けられているところが、意表をつかれる。「サラリーマンとは気楽な家業ときたもんだ」かってこんな歌が流行った時代もあった。が、それも今は昔のようだ。映画で言えば、駅構内の雑踏を真上から見ている感じだ。物語りの、はじまりを感じさせる。次の場面は、ズームしていって一人のサラリーマンに人生、出来事に至るのか。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.29―――――――――8―――――――――――――――――
愛読書アンケート 愛読書は、どんな本ですか
関 英樹 (2005年5月9日提出)
○ 小林秀雄著『考えるヒント』
「本当にかんがえるから・・・」
○ 宮本顕治著『「敗北」の文学』
「今、研究?している本。芥川龍之介の作家・作品論と、それに加え、著者宮本顕治自身の共産党入党宣言」
○ 安部公房著『空飛ぶ男』
「最近、たまに再読。この本は時代背景がうすいものが多い。それだけ前衛的な文章だといえる」
○ 最近読んでみたいとおもっている本。
ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』
  マルクス、エンゲルス『資本論』
※ 「下原ゼミ通信28号」で小林秀雄著の『考えるヒント』に間違いがありました。(『考える人』と誤謬)訂正し、全文を再掲載しました。
田中 大喜 (2005年5月16日提出)
○ 村上春樹著『海辺のカフカ』 
今、読んでいる作品です。大学に入ってから最近までずっと読書をする気にならなかったのだが久々に寝る間を惜しんで読んでいます。
○ ウイリアム・バロウズ著『ジャンキー』  
高校生の頃、水道橋のカレー屋で拾いました。主人公がいろんな麻薬を探し求めて放浪する話。ほとんどが作者の実体験。作者はビートルズにも尊敬されていたらしい。
○ 映画『さらば青春の光』
THE WHOというイギリスのバンドが作った映画。スーツの上に軍用コートを羽織り、バイクはベスパに乗るモッズの若者を描いた作品。観たら何らかの影響を受けると思います。
○ 村上 龍著『愛と幻想のファシズム』
  専門用語が多く使われているので、難しいが、専門知識がなくてもストーリーだけでも充分楽しめます。
大島 直文 (2005年5月16日提出)
○ ドストエフスキー著『地下室の手記』
  他のドストエフスキーの作品よりも段違いの薄さ、ページの少なさに魅かれて買ってし
まいました。ただ、初めてのドストエフスキーということもあり、最初の数ページを読
むのにも理解に苦しみ、凄く苦労した記憶があります。
○ レマルク著『西部戦線異常なし』
  古本屋で、たまたま見つけ、つい買ってしまいました。戦争について前から気になって
いたので、読んでみたいとは思っていたのですが、まだ読んでいません。
○ 村上春樹著『パン屋再襲来』
  僕は全く村上春樹を読まない男ですが、、本屋でたまたまこのタイトルを目にしたとき、
そのインパクトの強さに読んでみたいなと思いました。でもまだ買ってません。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー― 9 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.29
○ 『世界の中心で愛を叫ぶ』
  小説から映画やドラマになって、大きなブームになりましたが、ちょうど今から一年前、
僕は全く興味を持っていませんでした。なのに何故か、最近は観たくなってきました。
一年経ってブームも過ぎた今、どういうわけか小説も映画もドラマも観たくなってしま
いました。
林 正人 (2005年5月16日提出)
○ 中島 敦著『李陵 山月記』
  人の生きる道とは何か、ということを深く考えさせられる。一度、読んでみて下さい。
○ 真保祐一著『ホワイトアウト』
  人それぞれの立場、時間の経過、気持ちの変化の描き方がものすごくうまいと思った。ただただ驚くばかりでした。
○ 遠藤周作著『侍』
  変動のために波乱の人生を生きている侍がお国のためにキリスト教に帰依する。しかし、最後にキリスト教に帰依したことを理由に殺されてしまう悲しい物語。
○ 重松 清著『ビタミンF』
Fのつく英単語をテーマとして描かれている家族小説。Frgileだったり Familie だったりfatherだったり。清涼感が漂う一冊。
愛読書アンケート提出者(5月16日までに提出した人)順不同
小河原佑平  平岩理史  関 英樹  田中大喜  大島直文  林 正人
・・・・・・・・・・・・創作「車中の人々」・・・・・・・・
制服と痴漢
畑 茉林
いわゆるエスカレーター式の学校に通っていた私は中高合わせて6年間、かわいいと評判の制服を着て登校していた。本人の見目がどうであれ、制服がかわいいということは、一種の変態を寄せつけることになってしまうようで、唐突だが、よく痴漢にあった。別にどうということもなく、制服と違ってかわいげのない私は脅えることも、不快になることもなく、ただただ冷静だった。「あ、痴漢か」と。どんな人だろう、と電車の窓に映るその姿を見ると、意外に普通のスーツ姿のお兄さんだったりする。何があって女子高生にボディタッチすることになったのか不思議で仕方がない。理由はなんであれただ黙って触られているわけにはいかないので片手で彼の手を振り払う。彼はすぐやめた。すぐにやめるくらいならやらなければいいのでは、と思いつつ降りる駅までの時間をただぼーっと妄想にふけった。たまに、チラチラと窓越しに元痴漢の方を見たのだが、気まずそうにするわけでもなく立っていた。いつものことなのだろうが、品川駅で人の波に押されてホームへ降りたところで彼のことは見失った。毎日毎日、そんな通学だった。
提出日 5月16日
(作品の合評は後日に行います。)
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.29 ―――――― 10 ―――――――――――――――――
旅日誌
「普通の一日を記憶する」
 書くことを習慣化するために、時間のあるとき、暇なとき、なにもかけなくなったときなどに自分の行動や考えを記してください。(創作日記可)この日、わたしは・・・・
或る二日間            S・H
5月14日 今日は昨夜遅くまで眠れなかったので起きたのは昼過ぎ。起きてから飯を食いながらテレビを見る。飯がパサパサしている。食い終わってから本を3時くらいまで読む。本は芥川龍之介全集。その後友達の家に行く。京王線沿線なので乗り換えが面倒だ。しかし、乗り換えが多いので、時間を少し短く感じるので、なかなかよいもんだ。友達の家に着いてからはゲームをしたり、スケボービデオを見たりして夜10時頃にスケボー行こうと外に出ると、外は雨。スケボー中止。暇になって、散歩に行って、飯食って寝ました。
5月15日 今日は起きた時間を憶えていない。確か10時頃。起きてから、友達が起きるまでずっとスケボービデオを見ていた。友達が起きてからは、友達の部屋の改造を手伝ってから飯を食う。1時頃から、音楽聴いたり話したりして少し時間をつぶす。三時半頃に、友達がスケボーに行こうというので、俺もついでに帰る。友達がストレッチしてから外へ出ると、またもや雨が降り出した。友達は雨男らしい。それでも雨の中を歩いて駅まで行き、友達と別れ、電車に乗って自宅へと向かう。野球のせいで電車が混んでいる。自宅に帰って今にいたる。
                 さんざんな一日            O・N
×月×日 今日はレストランのアルバイトがあった。しかし、間の悪いことに昨日から続く微熱はおさまっていなかった。寝起きだということもあるだろうが、体温計で測った数値以上に俺の体力はなかった。「37度4分」。微熱であることに違いないのだが、やはりしんどい。睡眠中にあふれ出た鼻水でその腔のまわりはガビガビに固まっているし、喉の奥は内側から何かでザクザクと刺されたのかと思うぐらい痛い。眼球の奥も、テレビゲームを10時間やったくらいのだるさ、疲労を感じるのである。
 それなのに、それなのに、そんな私の様子を実際に昨日、今日と思っていながらも俺を9時から15時過ぎまで働かせ、料理を作るだけでなく、運びまでさせるなどと、とても俺が熱を出していることは知っている人間とは思えない仕打ちを店長は俺に与えた。やっとのことで仕事を終わらし、帰宅する際には半殺しにでもされたのかと思った。
 もう、だるい、眠い、死ぬ。今日はこれにて、さようなら。
               友人宅の三日間            H・M
×月×日 友人宅で目覚める。特殊な目覚めのように思われるが、ここでは普通のことである。横を見ると友人はまだ寝ているようだったので再び寝入る。次に目が覚めると友人は友人は起きてパソコンをいじっているように見えたが、なんだかもうどうでもいいので布団をかぶる。起きると。あと少しで芝居の稽古が始まることに気付き、着替える。お腹がすいた気がしたので友人を連れ出してラーメンを食べる。稽古へ行く。楽しむ。夕食に誘われたが断る。再度誘われたのでついて行く。記憶にも残らない話をして、例の友人宅へ。友人はパソコンに向かい、私は眠った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー― 11 ----文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.29
                友人宅の三日間           H・M
×月×日  友人宅で目覚める。確かもう3日目。外は明るい。壁掛け時計を見ようと起き上がるが時計はない。そういえば電池が切れていたので友人がはずしていた。携帯を開く。電池切れ。そして先ほどから気付いていたけれど友人がいない。風呂場の電気も消えているので外出かと思われる。靴と鍵がある。妄想する。友人の存在が消えて、私に変わっていたりして。受講確認表が目につく。当然友人の名前。凹む。悪戯心が芽生えたのでMDデッキのコードを抜いてやった。ざまみろ。友人がサンダルをつっかけながら入ってきた。気付かないふりをして寝た。
土壌館創作道場  名作『灰色の月』までの出発点を検証する
連載1
学生と読む『網走まで』
 1910年『白樺』第一号に発表された志賀直哉の初期作品『網走まで』は、400字詰原稿用紙で20枚足らずの短編である。たまたま乗り合わせた母子をヒントに書いた、筋らしい筋もない、ちょっと目にはエッセイのような小品である。たいていの読者は、見逃してしまう車窓の一風景である。むろん私も同様であった。これまで、この作品は私の中で長いこと記憶の点にもならない作品だった。2004年、文芸学科でゼミを受け持ちテキストに選んだ折り、恥ずかしながら漸くにして気がついたしだいである。
『網走まで』は、単に過ぎ去った車窓の一風景でない。この風景の彼方に、その後の数々の名作が連なっている。その意味で。この作品は志賀直哉という大樹の種といっても過言ではない。そんなふうに思えたのである。大げさに言うなれば、この作品を読解できなければ、志賀直哉がなぜ「小説の神様」と呼ばれるのか。もっと大げさに言えば、この作品のすごさがわからなくては、文学そのものがわからないのでは、そんな危機感さえ抱いたのである。
 しかし、どんな高価な金剛石でも、磨かなければただの石である。この作品『網走まで』も、ただざっと読んだだけでは、なんの変哲もない作品である。「こんなものが、はたして作品と呼べるのか」そんな感想も無理からぬことである。だがしかし、些少でも文学好きなものなら、いつかははたと気がつき目からうろが落ちた、そんな思いにかられるだろう。
「なんでもない話かと思っていましたが、そうでないことがわかってきました」学生たちの素直な感想が、そのことを証明している。
 
一 「網走」の謎
 この作品には、大きく言って二つの謎がある。一つは、題名の「網走」である。作者は、なぜ網走とつけたのか。なぜ青森でも、函館でも、札幌でも、旭川でもなくではな網走なのか。第一、当時(明治41年頃)は、北見が終着であったという。そもそも網走までは、鉄道が敷けていなかったのだ。網走まで行くには、列車を札幌から帯広、池田、北見まで乗り継ぎ、北見から徒歩で向かわなければならなかった。それも囚人が原野を切り開いて作った道を、である。雨で降ったらとても歩けたものではない。それに、ふつう「網走」といえば、後世の読者は網走駅を連想してしまうだろう。作者はのちに『創作余談』において、この作品は「或時東北線を一人で帰ってくる列車の中で前に乗り合わせた女とその子等から、勝手に想像して書いたものである」としている。そうだとすると、作者は東京に向かいながら全く反対の方向の、それも、まだ鉄道のいっていない網走を想起した。草稿に題名として「小説網走まで」、としていることから、すでにこの地名はゆるぎないものであったことが伺い知れる。青年志賀直哉は、母子の行き先を、なぜ網走としたのか。網走でならない必要性があったのか。作品を読みながら考えて行きたい。  「下原ゼミ通信30」につづく
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.29―――――――― 12 ――――――――――――――――
掲示板
提出原稿について
 常時提出する原稿は下記のものです。(提出本数は何回でも可)
① 車内観察 (常時観察・提出することで観察力、表現力を高める)
② 普通の一日を記憶する(書けなくなったら一日の生活を書いてみてください。習慣化)
 書き上げたら提出するもの。(想像力を培う)
① 『車中の人々』フリー(創作・エッセイ)提出日は自由
◎ 新しく提出する原稿
① 報告した車内観察をヒントに創作を試みてください。(ゼミ誌候補)
下記の手順で作品を仕上げます。(一つの作品をじっくり仕上げる)
車内観察・報告 → 創作 → 草稿発表 → 訂正・改稿 → 清書発表・合評
② 「なぜ網走か」を論じてください。
新刊紹介
浅原六朗著『てるてる坊主の歌』新編詩集 
編者くぼたひさし 宝塚出版/星雲社 定価1200円
日本中の子どもたちから大人まで愛唱される
――「てるてる坊主」
作詞者・浅原六朗は、季節の詩人でもあった。
表題他、27篇所収
浅原六朗(1859-1977)信州池田町生。
多くの童謡、少女小説、大衆小説等を発表した。
お知らせ
ドストエーフスキイ全作品を読む会・第209回読書会
・6月11日 土曜日 午後2:00~5:00 作品『夏象冬記』報告者・金村繁氏
・東京芸術劇場小会議室1 会場費1000円(学生半額)
ドストエーフスキイの会第第169回例会
・ 6月11日 土曜日 午後6:00~9:00 報告者・近藤大介氏(一ツ橋大学大学院生)
・ 千駄ヶ谷区民会館 会場費500円 報告「ドストエフスキー作品における『心』の問題」
ドストエーフスキイ全作品を読む会・第210回読書会暑気払い大会
・8月13日 土曜日 午前10:00~12:00 作品『未定』
・東京芸術劇場小会議室7
ドストエーフスキイの会第170回例会『広場』合評会
・8月13日 土曜日 午後1:30~5:00 小会議室7     以上詳細は下原まで
編集室便り
☆提出原稿は直接か下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール:toshihiko@shimohara.net TEL・FAX:047-475-1582 
志賀直哉情報
2005年3月15日 火曜日 読売新聞(夕刊)
☆ゼミ雑誌の作成手順
ゼミ雑誌作成は、以下の計画手順で進めてください。
1. ゼミ雑誌編集委員2名。中村健人さん、中谷英里さん
2. 6月上旬にゼミ雑誌作成ガイダンス 編集委員は必ず出席してください。
※ この席で申請書類が配布されます。かならず受け取って期限までに提出してください。(出版編集室へ提出)
3. 編集委員を中心に、ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めてください。
※6月 ~  7月のあいだに
4. 9月26日(月)ゼミ誌原稿締め切り。編集委員は原稿を集めてください。
  ※提出が遅れると、掲載できない場合もあります。
5. 印刷会社をきめ、希望の装丁やレイアウトなどを(印刷会社と)相談しながら編集作業をすすめてください。
6. 印刷会社から見積もり料金を算出してもらってください。
※10月中旬までに
7. 10月末日までに「見積書」をかならず出版編集室に提出してください。
  ※予算内に収まらないとゼミ員の自己負担となるので、注意してください。
8. 11月中旬までに印刷会社に入稿してください。
9. ゼミ雑誌が刊行されたら出版編集室に見本誌を提出する。
10. 印刷会社からの「請求書」を出版編集室に提出する。
ゼミ誌予算  →  250000円 オーバーしないように注意!
発行部数   →  最大250部以下
印刷会社について → 過去に依頼したことのある主な印刷会社の連絡先は、文芸学科スタッフまで問い合わせてください。
           それ以外の印刷会社を利用したい場合は、かならず事前に学科スタッフに相談すること。
☆郊外授業(ゼミ・キャンプ)について(希望があればの場合のみ)
■ 利用日 : 週末か長期休暇中(夏休み中)
■ 日数 : 1泊2日
■ 施設 : 日本大学の施設。
■ 実施の1ヶ月前までに提出。出版編集室へ。
下原ゼミの理念「人類全体の幸福に繋がりのある仕事」(『暗夜行路』から)
日本大学芸術学部文芸学科・文芸研究Ⅱ「下原ゼミ通信」原稿用紙 
「2005年、読書と創作の旅」 テーマ・車内観察をヒントに創作してください。
タイトル
『                 』
   名前
                      ―――――――――――――
日本大学芸術学部文芸学科・文芸研究Ⅱ「下原ゼミ通信」原稿用紙   
「2005年、読書と創作の旅」
車内観察したものをヒントに創作する   名前
                    ―――――――――――――――
土壌館創作道場・下原ゼミ原稿用紙
テーマ「なぜ網走か」を論じてください     名前
日本大学芸術学部文芸学科・文芸研究Ⅱ「下原ゼミ通信」原稿用紙 
「2005年、読書と創作の旅」 テーマ・「なぜ網走か」を論じてください。

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