~2005年文芸研究Ⅱ下原ゼミ受講の皆さんへ~

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9・26ゼミについて
何かと喧騒に満ちた夏も去り、朝夕もようやくしのぎやすくなりました。2005年文芸研究Ⅱ下原ゼミ受講の皆さんには、後期を目前にして早くも心は所沢校舎にあるかと思います。9・26は皆さんの元気な顔に再会できるのを楽しみにしています。
さて、後期ゼミはじまりの9・26は、下記の要領で行います。
1. ゼミ誌について(原稿提出、編集委員からの作成手順再説明や題名など)
2. 後期ゼミについて。「社会観察のこと」
3. 「夏休み観察」(読書・体験・日記・映画感想など)の発表、(本通信に掲載するので原稿で提出ください)&テキスト読みか名作読み(時間があれば)
社会観察・第44回総選挙結果
ドストエフスキーと司馬遼太郎
今年の夏は、感動に水を注された高校野球、甚大被害をもたらした台風14号、そ
れにアメリカのハリケーンと内外ともに芳しからぬ話題が多かった。こんななかで、唯一お祭ごとだったのは、衆議院解散と総選挙。小泉首相対造反組、小泉自民党対岡田民主党。1対複数勢力との戦いだった。結果は、小泉さんが岡田さんに圧勝した。なぜか。テレビのワイドショーや新聞は連日、勝因について報じた。分析は様々だ。
勝敗は、どこにあったのか。両者の愛読書に注目してみるのも面白い。公示前、新聞で二人のプロフィールが紹介された。その中に愛読書の欄があった。小泉さんの愛読書は司馬遼太郎の『国盗り物語』。岡田さんの愛読書はドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。世界文学から見れば、両者は比較にもならない。しかし、国内では、司馬遼太郎は、国民的大作家である。『国盗り物語』は、一介の油売りが地縁も血縁も看板もない美濃で一国一城の主になる痛快英雄伝説だ。まさに選挙宣伝には、打って付けである。それに比べ、ドストエフスキーは、ぱっとしない。一昨年の新年号だったか、文芸誌に、ある大学の研究室で教授が、院生からいきなり「ドストエフスキーって誰ですか」とたずねられて愕然としたという体たらくである。『カラマーゾフの兄弟』は、未完成ながら世界文学の最頂点を極める作品だが、読みきった人は少ないとみる。
人気と不人気において両作品は、対極にある。が、二人の選挙運動を観察すると、印象だが、その選挙戦術は、愛読書とはまったくだったように思える。『国盗り』をあげた小泉さんは、実際には、『カラマーゾフ』的戦術。人間一人ひとりに呼びかける戦術。つまり葉書や手紙という個人に直結する郵政問題がそれである。ところが、岡田さんの戦略は司馬遼太郎が好んだテーマ「英雄」だった。愛読書には人類一人ひとりの幸福を願った作品『カラマーゾフ』をあげながら、実際の行動は、政権交代だの千載一遇のチャンスだのと勇ましい。英雄出現は、戦国時代なら支持されるだろう。が、民主主義の今日では、歓迎されない。
小泉さんが、ドストエフスキー作品を読んでいるかいないかは知らない。が、その選挙運動は、英雄伝説的手法ではななく、人間観察した『カラマーゾフ』てきドストエフスキー手法によるものだった。歴史は、英雄や組織ではなく、一人ひとりの人間が動かすもの。小泉さんは、そのことをよく知っていたようだ。図らずも対照的な愛読書をあげた二人だが、作品から学んだことは、皮肉にも違っていた。

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