文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.243

公開日:  最終更新日:2014/07/20

å

日本大学藝術学部文芸学科     2014年(平成26年)6月23日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.243

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

4/14 4/21 4/28 5/12 5/19 5/26 6/2 6/9 6/16 6/23 6/30 7/7

2014年、読書と観察の旅への誘い

 

「読むこと」「書くこと」の習慣化を目指して

 

6・23下原ゼミ

 

6月23日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ2教室

1.本日のゼミ  → 6・16ゼミ報告 テスト回答

  1.  読むこと → 世界名作、戯曲「獅子と白菊」
  2.  書くこと → 提出課題配布
  3.  土壌館投稿術 → 栄枯盛衰 一寸先は闇の世界

 

 

車窓観察     少子化なのに、なぜか子ども受難の時代

今現在、日本の人口は1億3千余万だが、毎年、20万都市が消滅しているほどの減少傾向にあるという。このままだと21世紀が終わるころには、日本人は、希少民族になっている。それだけに日本において子どもは、大切な存在だ。

しかし、政府はその大切な宝を守るためになんの救済措置もとっていない。つまるところ無策なのだ。待機児童しかり、少子化対策しかりである。虐待や子供の自殺さえ防ぎきれていない。連日のように新聞ニュースに、子ども受難の記事が目につく。

 

後を絶たない児童虐待

 

子ども受難で、最悪なのが産みの親からの虐待だ。最近の新聞をちょつとひろげてみれば社会面に、こんな見出しである。

 

「乳児放置 餓死させる 宮崎 容疑の母と同居人逮捕」「扶養手当を詐取容疑で父逮捕」(6月21日 土曜日 読売新聞)

乳児放置餓死事件は、21歳の母親と同居の知人が生後5カ月の男児にミルクを与えず餓死させたというもの。母親も同居人も数日間、赤ちゃんを放置していた。「扶養手当詐取」こちらも5歳の子どもを餓死させた父親の事件。どちらも、行政の観察眼があれば救えたのではと悔やまれる事件である。

 

小中高の自殺1割進路悩む 「いじめ」背景は20%

 

文部科学省の実体調査。自殺した小中高生500人のうち11.9%進路問題。友人関係7.9%

不登校9.9% 保護者との不和9.9% 保護者の離婚6.5% 経済的困難4.6%

どれも大人が解決できる問題。                      (編集室)

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.243 ―――――――― 2 ―――――――――――――

 

6・16ゼミ報告   登録者は4名と1人(6月9日現在)

(岩澤・関・村田・西尾・渡辺)

 

6・16参加者 → 西尾智音さん 渡辺麻子さん

 

社会観察 → 「危険な薬物 違法ドラッグ」について 渡辺さん

 

土壌館投稿術 → カラー柔道着について(20年前論議)

「やはり白がいい。柔道は武道」渡辺

 

Wさん中国留学秘話 → 自己啓発、意識改革の目的もあって中国留学を決心した。13歳だった。中国内陸都市。着いたすぐ言葉の壁もあってホームシックに。一緒に行った人で帰国組もあったが1年間、頑張った。留学期間解除で一時帰国。知人たちが違法ドラッグなどに溺れているのをみて日本に嫌気と、中国語がなんとなくわかるようになって面白くなった。留学を2年延長。結果、中国語がマスターできた。柔道は、子どもの頃、警察の柔道クラブで厳しい稽古。中国でも柔道をつづける。土壌館でコーチ依頼。

6・23ゼミ

 

社会観察 → 児童虐待 土壌館投稿術から

 

読むこと → テキスト車内観察『出来事』、「地下生活者 VS AV嬢」

戯曲「獅子と白菊」

書くこと → 課題配布

 

ルナール『にんじん』から児童虐待を考える

 

「にんじん」家族の日常から、この家族の問題点を探る。この家族に、児童虐待の芽はあるのか、ないのか。

 

「地下生活者 VS AV嬢」

6月28日、今週土曜日午後1時半から池袋西口にある東京芸術劇場小7会議室で、ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」が開催されます。作品は『地下生活者の手記』です。この作品は、4月読書会で報告されましたが、意見・感想が多かったので、6月読書会で2回目としてとりあげます。ドストエフスキー読者の多くは、この作品が入口、読むきっかけになったといいます。ゼミの西尾さんも、一番最初に読んだのが、この作品だったそうです。とても小説とは思えない作品ですが、この作品には読む人の心を掴むなにかがあるようです。この作品のクライマックスともいうべき「第二 べた雪の連想」から、つくった架空談議を紹介します。

「第一 地下の世界」の末尾

「いま雪が降っている。べたべたに濡れた、黄色い、濁ったようなやつだ。昨日もやはり降ったし、2,3日前もやっぱり降った。わたしは、このべたべた雪の連想から、いまわたしの頭にこびりついて離れない例の逸話を思いだしたらしい。そこで、これはべた雪の連想からできた物語としておけ。」

いったいどんなものがたりがはじまるというのか・・・・。

tumblr_n8gxzn78qH1st5lhmo1_1280

 

志賀直哉と嘉納治五郎   テキストは、なぜ志賀直哉か

 

小説の神様といわれる志賀直哉については、これまで多くの研究書、評論がある。どれ

も、研究者や愛読者たちが長い期間かけて読みこなし書きあげてきたものである。そのなかで、ぽっと出の私が、なぜゼミのテキストに志賀直哉をあげたのか。大いに謎といえる。

ゼミで志賀直哉をテキストに選んだのは、柔道の創始者・嘉納治五郎との関係においてで

ある。志賀直哉は柔道において、嘉納治五郎の孫弟子に当たる。学生時代志賀は、柔道に明け暮れた。白樺派時代には嘉納治五郎と親交あった。そんなところから、嘉納治五郎研究を目指すうえで志賀直哉は、重要な作家である。柔道の視点で創始者・嘉納治五郎と小説の神様・志賀直哉を考察することにした。その先にドストエフスキーを想定して。

志賀直哉(創作理念) = 嘉納治五郎(柔道理念) → ドストエフスキーの土壌主義

 

嘉納治五郎とは何か 年譜から

 

1860年(万延元年)10月28日兵庫県御影村 銘酒「菊正宗」の一族嘉納家に生まれる。

3月1日桜田門外の変 咸臨丸アメリカへ

1867年11月15日 7歳 坂本竜馬暗殺 大政奉還・王政復古

1869年(明治2年)10歳 母定子病死  版籍奉還

1870年(明治3年)父次郎作と上京。

1873年(明治6年)14歳 育英義塾入学 征韓論西郷隆盛下野

1874年(明治7年)15歳 外国語学校入学 佐賀の乱

1875年(明治8年)16歳 開成学校入学 この頃、いじめに悩む。柔術道場を探す。

1877年(明治10年)18歳 開成学校→東京大学 柔術道場(福田八之助・天神真楊流)に

入門はじめて柔術を習う。西南の役 西郷隆盛死ス

1878年(明治11年)フェノロサ(25歳)来日、東京大学で哲学を教える。ヘーゲル、カン

トから『自由論』のミルなど。モースの紹介。哲学・美学の父。

1879年(明治12年)20歳 7月アメリカ前大統領グラント将軍来日。渋沢栄一の飛鳥山別荘で柔術の技を披露する。(磯正智、福田)、8月14日福田八之助死去。伝書等を遺族より委託される。天神真楊流三代目磯正智に入門。朝日新聞社創刊。(前年5月大久保利利通暗殺)

1880年(明治13年)21歳 戸田一門、大学で柔術の形と乱どりを披露。治五郎も参加。

1881年(明治14年)22歳 6月磯正智死去、起倒流飯久保恒年に入門。7月東京大学文学部政治学と理財学科卒業、文学士。文学部哲学科に入学。

1882年(明治15年)23歳 学習院講師となり政治学・理財学を講義。2月下谷北稲荷町永昌寺に居を移し講道館柔道を創始。

嘉納塾創立

3月 南神保町に弘文館「英語学校」創設。

中国留学生受け入れ、魯迅ら。

5月 永昌寺に「講道館」を創設。

8月学習院教師に任ぜられる。

1883年(明治16年)23歳 弘文館の土蔵を道場にする。西郷四郎代稽古。学習院に柔道場が設けられ指導に当たる。5月麹町自宅玄関脇に道場を移す。10月飯久保恒年より起倒流免許皆伝を受ける。鹿鳴館完成、鹿鳴館時代はじまる。

 

2月20日、宮城県石巻市で志賀直哉生まれる。

前半の人生、東大時代、いじめ対策ではじめた柔術に魅せられ武道の奥儀を目指す。

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.243 ―――――――― 4 ―――――――――――――

嘉納治五郎の青年訓「読書」について

 

  1. 嘉納治五郎の読書のススメ

 

15 精読と多読

『嘉納治五郎著作集 教育篇』(五月書房)

精神の健全な発達を遂げようとするには、これに相当の栄養を与えなければならぬのであるが、その栄養を精神に与えるのは読書である。人は誰でも精神の健全な発達を望まないものはないにもかかわらず、実際その栄養法たる読書を好まない者も少なくないのは甚だ怪訝に堪えぬ。かくの如きは、その人にとっても国家にとっても実に歎(タン)ずべき事である。読書の習慣は学生にあっては成功の段階となり、実務に従事しいるものにあっては競争場裡の劣敗者たるを免れしむる保障となるものである。看よ、古来名を青史に留めたるところの文武の偉人は多くは読書を好み、それぞれの愛読書を有しておったのである。試みにその二、三の例をあげてみれば、徳川家康は常に東鑑(吾妻鏡)等を愛読し、頼山陽は史記を友とし、近くは伊藤博文は繁劇な公務の間にいても読書を廃さなかった。またカーライル(イギリスの歴史家・評論家)は一年に一回ホーマー(ホメロス)を読み、シルレルはークスピーアーを読んだ。ナポレオンは常にゲーテの詩集を手にし、ウエリントン(イギリスの将軍・政治家)はバットラーの著書(『万人の道』「生活と習慣」など)やアダムスミスの国富論に目を曝しておったということである。なすことあらんとする青年が、学生時代において読書を怠らないようにし、これを確乎とした一の習慣として、中年老年まで続けるようにするということの必要なるは多言を俟(ま)たないのである。

 

「読書の習慣は学生にあっては成功の段階となり」と、このように読書の必要性を説いている。では、どんな本を読んだらよいのか。それについては、このように述べている。

 

読書はこのように必要であるけれども、もしその読む書物が適当でないか、その読書の方法がよろしきを得なければ、ただに益を受けることが出来ないのみならず、かえって害を受けるのである。吾人(われわれ)の読む書物のどんなものであるべきかに関しては、ここにはただ一言を述べて余は他の章に譲っておこう。すべて新刊書ならば先輩識者が認めて価値があるというものを選ぶか、または古人のいったように世に出てから一年も立たないようなものは、必要がない以上はこれを後廻しとするがよい。また、昔より名著として世人に尊重せられているものは、その中から若干を選んで常にこれを繙(ひもと)き見るようにするがよいのである。

 

どんな本を読んだらよいか。本によっては栄養になるどころか害になるという。嘉納治五郎が言うのは、先輩識者が認めた価値のあるもの。つまり世に名作といわれている本である。他は、現在、たとえどんなに評判がよくても、百万冊のベストセラーであっても後回しにせよということである。そうして古典になっているものは、常に手にしていなさいと教えている。本のよしあし、作家のよしあしは時間という評者が選んでくれるのである。

さて、このようにして読む本を選んだら、次にどのようにして読むか。いらぬ節介ではあるが、全身教育者である嘉納治五郎は、その方法をも懇切丁寧に述べている。

 

 

 

 

次に方法の点に移れば、読書の方法は、とりもなおさず精読多読などの事を意味するのである。精読とは読んで字の如くくわしく丁寧に読むこと、多読とは多く広く読むのをいうのである。真正に完全の読書をするには、この二つが備わらなければならぬ。

―――――――――――――――――― 5 ―――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.243

 

つまり書物は偏らず、多くの書を読め、ということである。そうして読むからには、飛ばし飛ばし読むものには耳が痛いが、決していい加減にではなく、丁寧に読むべし、ということである。いずれももっともなことではあるが、人間、こうして指導されないと、なかなか読むに至らないのも事実である。が、そこは辛抱と努力で読んだとする。が、そのとき折角の読書にも陥りがたい短所がある。そのことを指摘し、注意している。

 

世に鵜呑みの知識というものがある。これは教師なり書物なりから得た知識をば、別に思考もせず会得もしないで、そのまま精神中に取込んだものをいうのである。かようなものがどうしてその人の真の知識となって役に立つであろうか。総じて知識が真の知識となるについては、まず第一にそれが十分に理解されておらねばならぬ。次にはそれが固く記憶されておらねばならぬ。

 

鵜呑みの知識。よく読書のスピードを自慢する人がいるが、いくら早く読んでも、理解していなければ、ただ知っている、ということだけになる。理解していない、あらすじだけの読書は、どんな不具合を起こすのか。

 

理解のされていない知識は他に自在に応用される事が出来ないし、固く記憶されていない知識は何時でも役に立つというわけにはいかない。したがってこれらの知識は、あるもないも同じ事である。かような理由であるから、何人たりとも真の知識を有しようと思うならば、それを十分咀嚼(そしゃく)消化して理解会得し、また十分確固明白に記憶しおくようにせねばならぬ。

 

 いい加減な読書なら、しないほうが増しというわけである。読書するからには、しっかりと頭に入るようにしなければならない。そのためには・・・・・

 

さてこの理解記憶を全くしようとするにはどうしたらよいかというには、他に道は無い。その知識を受け入れる時に用意を密にする。すなわち書物をば精しく読まねばならぬのである。幾度か幾度か繰返し読んで主要点をたしかに捉えると同時に、詳細の事項をも落とさず隅々まで精確に理解をし、かつ記憶を固くするのである。こうして得た知識こそは真の栄養を精神に与え、また始めて吾人に満足を与える事が出来るのである。試みに想像してみれば分かる。何らかの書物をば百遍も精読し、その極その中に書いてある事は十分会得していて、どんな場合にも応用が出来、その知識は真のわが知識になって、わが血液に変じ筋肉と化しておったならば、その心持はどのようであろうか。真に程子(テイシ兄弟)のいったように、手の舞い足の踏むところを知らないであろう。書物の与える満足には種々あろうが、これらはその中の主なるものであって、また最も高尚なものである。

 

書物を理解するには、繰り返し読む以外、方法はない。まさにその通りである。一に精読、二に精読である。そうすれば応用できるようになるし、真の知識ともなる、と説いている。また、この精読するということについても、こう述べている。

 

 かつまた一冊の書物の上に全力を傾注するという事は、吾人の精神修養の上から観ても大切である。何となれば人間が社会に立っているからには、大かり小なりの一事をば必ず成し遂げるという習慣がきわめて必要であるが、書物を精読し了するというのは、ちょうどこの一事を成し遂げるという事に当たるからである。今日でこそやや薄らいだようであるが、維新前におけるわが国士人の中には、四書(儒教の経典)の中の一部もしくは数部をば精読し熟読し、その極はほとんどこれを暗誦して常住座臥その行動を律する規矩(きく・コンパス)としておったものが多いのである。伊藤仁斎(江戸初期の朱子学儒者)は18,9歳の頃『延平問答』という書物を手に入れて反復熟読した結果、紙が破れるまでになったが、その精読から得た知識が大いに修養の助けとなり、他日大成の基をなしたという事である。また荻生徂徠は、13年のわびしい田舎住居の間、単に一部の大学諺解(ゲンカイ口語による漢文解釈)のみを友としておったという事である。程子は「余は17,8より論語を読み当時すでに文義(文章の意味)を暁(さと)りしが、これを読むこといよいよ久しうしてただ意味の深長なるを覚ゆ」と言っている。古昔の人がいかに精読に重きをおいたかは、これら2,3の事例に徴するも分明である。学問教育が多岐に渉る結果として、遺憾な事にはこのような美風も今日ではさほど行われないようである。

 

昔の人は紙が破れるまで読んだ。ひとつのものを徹底して読む。この美風、すなわち習慣は、現代においては、ますます為されていない。が、学生は、すすんで挑戦しようという気まがえがなくてはならぬ。と、いっている。

 

しかし現に学生生活を送り近い未来において独立すべき青年らには、各率先してこの美風を伝播しようと今より覚悟し実行するように切望せねばならぬ。

 読書ということは、このような効能の点からいっても満足の点からいっても、また精神修養の点からいってもまことによいものであるが、しかしまた不利益な点を有せぬでもない。すなわち精読は常に多くの時間を要するということと、したがって多くの書物が読めないようになるから自然その人の限界が狭隘(キョウヤク)になるを免れないということである。例えていえば、文字において一作家の文章のみを精読しておったならば、その作家については精通しようが思想の豊富修辞の巧妙がそれで十分に学べるということは出来ない。どんなに優秀な作家とても、その長所を有すると同時に多少の欠点を有するものであるから、一作家の文章が万有を網羅し天地を籠蓋(ロウガイ)するというわけにはいかぬ。そこで精読によって益を受けるにしても、またその不備な点が判明したならば、これを他の作家の作物によって学び習うという必要が起きる。すなわち他の作物にたよるということは、多読をするという事に帰するのである。

 

一つの書物を徹底して読む。それは必要だが、一つの書物だけでは不足だとも言っている。どんなに優れた人でも万能なはずはない、どんな天才にも欠点はある、というわけである。

つまり一つのことだけを信じすぎるな、ということである。物事は多角的に捉えてこそ、正しい判断ができる。例えば、ゼミ選びもそうです。できるだけ多くのゼミを覗いてみる。

その意味で多読をススメている。

 

 またこの外の人文学科、たとえば歴史修身等においても、もしくは物理化学等の自然学科においても、一の著者の記述説明に熟すると同時に、他の著者はそれをどんなに記述し説明しているかを参照してみる必要がある。このように参照してみることは知識を確実にする上にきわめて多大の効能があるから、決して煩雑無用のことではない。精読はもとより希うべきであるが、また一面には事情の許す限り多読をして、その限界を狭隘にせぬようにするがよい。精読でもって基礎を作り、多読でもってこれを豊富にするは学問の要訣(ヨウケツ)であってこのようにして得られた知識こそ真に有用なものとなるのである。

 

多読、すなわち参照。他のものとの比較は、自然科学においても同じだという。精読は必要だが、多読も大切、重要である、と説く。つぎに、最後になるが精読と多読を可能にした場合の読書方法は、このようであると示している。

 

 さらに精読と多読との仕方の関係を具体的に述べてみれば、まず精読する書物の中にある一つの事項に対して付箋または朱黄を施し、かくてその個所が他の参照用として多く渉猟(読みあさる)する書中にはどんなに記述説明されているかを付記するのである。換言すれば精読書を中心として綱領として、多読所をことごとくこれに関連付随させるのである。また学問の進歩の程度についていうならば、初歩の間は精読を主とし相当に進んだ後

―――――――――――――――――― 7 ―――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.243

 

に多読を心掛くべきである。けれどもどんな場合においても精読が主であって多読が副である。そうしてこの両者のうちいずれにも偏してはならないことは無論であるが、もしいずれに偏するがよいかといえば、精読に変する方がむしろ弊害が少ないのである。精読に伴わない多読は、これは支離散漫なる知識の収得法であって、濫読妄毒となるに至ってその幣が極まるのである。

 

読書のポイントは、精読した書物に付箋をつけ、他の書物を読み漁りながら、参照すること。ここで、注意しなければならないのは、あくまでも精読が先で、多読は後、ということである。多読を先にすると、浅薄な知識しか身につかない。

また、多読、精読でも、このような場合は害以外のなにものでもない。

 

 また鼠噛(ソコウ)の学問といって、あれやこれやの本を少しずつ読むのでいずれをも読みとおさずに放擲するなどは、学に志すものの固く避くべきことである。世に聡明の資質を抱きながらなすこと無くして終わるものの中には、この鼠噛(ソコウ)の学問といって、あれやこれやの本を少しずつ読むのでいずれも読み通さずに放擲するなどは、学に志すものの固く避くべきことである。世に聡明の資質を抱きながらなすこと無くして終わるものの中には、この鼠噛の陋(ロウ)に陥ったものも多いのである。実に慎み謹ん(つつしみつつしん)で遠ざくべき悪癖である。

 

精読、多読を目指すときに陥りやすい点は、ネズミのようにあちこちかじった果て、嫌になって投げ出してしまうことである。世の中には、そうした人が多い。

以上、嘉納治五郎の説く読書の必要性を紹介した。どんな本を読めばいいのか。どんなふうに読めばよいのか。人それぞれの好き嫌いもある。それに、世に古典といわれる良書は山ほどある。となると読書も簡単ではない。が、文学の手本にするなら志賀直哉である。

(編集室)

土壌館・実践的投稿術 ③

栄枯盛衰というが政治の世界ほど、この言葉がぴったりする世界はない。現在の民主党を見ていると5年前の、あの騒ぎを思い出す。以下は5年前の投書である。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

◆ 2009年9月2日 水曜日 朝日新聞「声」欄 下原敏彦

 

立会人が見た活気ある投票所

この歴史的出来事を投票立会人として、13時間余りウオッチすることができた。初めての経験だった。

私たちを慌てさせたのは、先頭切って入ってきた若い親子連れ。慣例の投票箱確認中、初めての投票の記念に携帯で空箱を撮りたいと申し出たのだ。「30年この仕事をやってきて、こんなことは初めてです」。職員は苦笑した。

珍事は終日つづいた。出口から入ってくる人、消しゴムを借りにくる人、書き方を聞きにくる人、裁判官審査の投票用紙を持っていってしまう人など、初めて投票所に来た、そんな人たちが目立った。

これまでの投票風景は、私の知る限り閑散としていて、マンネリと諦めが漂っていたように思う。しかし、今回は生き生きとして活気に満ちていた。これが本当の国民による政治の始まりかと、希望がわいた。「いつもは、お手数をとらせないんですが」と、職員が申し訳なさそうに言った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.243 ―――――――― 8 ―――――――――――――

 

ゼミ雑誌作成計画

 

Ⅰ.申請方法  5月26日(月)4:20 ~ 事務室で説明を受ける。済み

編集委員(編集長を兼ねる) = 西尾智音さん

Ⅱ.発行手順 ゼミ雑誌の納付日は、2014年12月5日(金)です。厳守。

2014年12月5日(金)締切です

以下① ~ ③の書類を作業に添って提出すること。

【①ゼミ雑誌発行申請書】【②見積書】【③請求書】

  1. 【①ゼミ雑誌発行申請書】所沢/出版編集室に期限までに提出
  2.  ゼミで話し合いながら、雑誌の装丁を決めていく。
  3.  9月末、ゼミ誌原稿締め切り。
  4.  印刷会社を決める。レイアウトや装丁は、相談しながらすすめる。
  5. 【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
  6.  11月半ばまでに印刷会社に入稿。(芸祭があるので遅れないこと)
  7.  雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。
  8.  印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。

 

注意 : なるべくゼミ誌印刷経験のある会社に依頼。(文芸スタッフに問い合わせ)

はじめての会社は、必ず学科スタッフに相談すること。

 

2014年、読書と観察の旅日誌

 

□4月28日(月)村田 ゼミ紹介

□5月12日(月)西尾 時評 ゼミガイダンス

□5月19日(月)西尾、渡辺 テキスト読み DVD観賞

□5月26日(月)西尾 テキスト解説 ゼミ誌

□6月 2日(月)西尾、ゼミ誌点検、テキスト『網走まで』考察

□6月 9日(月)西尾、渡辺 テキスト『夫婦』 研究・考察『網走まで』

□6月16日(月)西尾、渡辺 人生相談、ドラッグについて、カラー柔道着

 

【テキスト読み記録】・『菜の花と小娘』 ・『日本国憲法』 ・『網走まで』 ・『夫婦』

【課題】1.車内観察 2.子ども時代の思い出 3.社会批評(社会問題・日本国憲法)4.一日

【.創作】『網走まで』前後、

掲示板

お知らせ    ドストエフスキー全作品を読む読書会

 

6月28日(土)池袋 東京芸術劇場小会議室7 午後1時半~5時迄。

作品『地下生活者の手記』2回目 参加学生500円(ゼミ生は無料)詳細は、編集室まで。

 

・・・・・・・・・・・・・編集室便り・・・・・・・・・・・・・・

 

○創作、エッセイ、評論、など書けた人は「下原ゼミ通信」にお寄せください。いつでも歓迎です。〒かメール、手渡しでも。

 

□住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方『下原ゼミ通信』編集室

メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net 09027646052

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

PAGE TOP ↑