文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.248

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日本大学藝術学部文芸学科     2014年(平成26年)9月29日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.248

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/22 9/29 10/6 10/20 10/27 11/10 11/17 12/1 12/8 12/15 1/30 1/21

2014年、読書と観察の旅への誘い

 

「読むこと」「書くこと」の習慣化を目指して

 

9・29下原ゼミ

 

9月29日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ2教室

 

1.本日のゼミ  → 夏休み報告 ゼミ誌について 連絡「お知らせ」

  1.  読むこと → 脚本『ぼた雪』か『獅子と白菊』
  2.  書くこと → 課題 ドキュメント「夏休み感想」

 

 

車窓観察    イスラム国とは何か、歴史は繰り返すのか

 

先日(9月24日)、オバマ大統領は、中東の過激派「イスラム国」の掃討作戦に踏み切った。相次ぐ人質の殺害への報復とイラクやシリアでの勢力拡大を阻止するために空爆を再開したのである。今日、世界が恐れはじめた「イスラム国」とは何か。2011年、ビンラービンが逃亡先のパキスタンでアメリカ軍に暗殺された後、衰退した過激派ゲリラ、アルカイダに代わってイラク、シリアで台頭してきた武装組織という。

彼らの目的は、何か。新聞やニュースなどによるとイスラムによる全世界の統一だという。21世紀、世界はグローバル化に拍車がかかりると思っていたのに、なぜかシンプルな20世紀初頭に向かっているようだ。なんと、その理念は、いまある国境は、植民地時代の欧米人が勝手に決めたこと。そんな国境など意味がない ! もともとアラブは一つなのだ。なにか映画「アラビアのロレンス」や、明治維新以来大日本帝国が打ちだした理想、大東亜共栄圏を思い起こす。一見、正しい明治維新で近代化にめざめた日本は、脱アジアを目指しながら、口では「アジアは一つ」と唱えながら、実際にはアジアを隷属しようとしていた。

一つのものにまとめようとする行為、行動、考え。歴史を振り返ると、たいてい悪い結果で終わっている。ソ連邦をはじめとする社会主義国家しかり、ヒトラーの優越人種制作しかり、独裁国家しかりである。これらのほとんどの社会は、破たんしている。(なぜか北朝鮮だけが、崩壊することなくあるが・・・それもいつかは、である)

一つの思想、一つの宗教、一つの権力で社会をまとめる。それは不可能。そんな歴史的現実があるのに、なぜか欧米の若者で賛同する人が続出しているという。戦いに加担するために生まれ育った国を出て、戦争に参加している。なぜ、どうして―――現代日本からすれば嘘のような話だが、かって日本にもこんな若者たちがいた。

1960年から70年初頭。世界を革命思想が席巻していた。学生運動から多くの若者が赤軍派と呼ばれるゲリラ組織を目指して、海をわたった。残念ながら、歴史は繰り返すのか。世界は、歴史を遡行しているようだ。

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夏休み報告(日記)  2014年の夏休み、どんな過ごし方をしましたか

 

下原(8月16日~9月21日まで)、『黒板絵』編纂作業。時々地域福祉活動、孫の子守り。

 

8 15日(金)歯肉痛回復。黒板絵のコピーをとる。京葉ホームセンターで名札板購入。

816日(土)朝柔道強化練習 、午後、4歳男児の孫、

817日(日)朝柔道強化練習 8名 午後、船橋柔道連盟事務局から℡、昇段の件。

818日(月)朝柔道強化練習 安否確認。

8 19日(火)朝柔道強化練習 猛暑 「黒板絵」編纂作業 西日本、北日本記録的大雨。

千葉県柔道連盟事務局から℡、団体戦の3千円いらないから返納する。

820日(水)夕柔道強化練習

8月21日(木)中央図書館 全日本柔道連盟から℡、涼子のカード間に合う。

822日(金)朝柔道強化練習 午後、自治会活動、敬老会のお知らせ39戸に配布。

823日(土)昼前に池袋東京芸術劇場17名、2時「読書会」二次会13名。

824日(日)朝柔道強化練習 谷津干潟マラソン 公園で昼食、2時解散。孫子守り。独居のお年寄りから相談病院へ通っているが足が痛い。福祉タクシーは利用できるか。

825日(月)『黒板絵は残った』、テレビドラマ「遠い約束」満蒙開拓団の悲劇。

826日(火)一時雨 敬老会案内・「まえばら通信」配布 39戸。武道でゼッケン

8 27日(水)夕方柔道強化練習 柔道カードの件で℡。A氏と阿智村行き中止。

828日(木)自治会活動(盆踊り寄付団体のパソコン打ち)孫3-7 黒板絵。

829日(金)8時千葉駅に。小2と3歳の男児孫迎えに。メッセ映画館「ドラえもん」

3歳児の孫、映画みたくないと泣きだす。家内が公園で遊ばす。小2孫と観る。お泊り。

830日(土)孫二人起きる。駅に送る。康子「平川さんを偲ぶ会」へ。寄藤宅隣りの建築中を見にいく。トイレ水回り修理中。団地URへのアンケート配布84戸。通信原稿。

831日(日)くもり 朝柔道 午後、4男児の孫の子守り。安否確認 黒板絵。

9月 1日(月)康子第一習志野病院。東京芸術劇場抽選日。11番目12月13日午後確保。

9月 2日(火)敬老会、URアンケート、盆踊り団体寄付一覧校正。前原ハート(介護)のヘルパーさんから℡相談。団地ニュース84配布。

93日(水)民生委員活動の一環、生活保護世帯のアンケートについて。夜、柔道。

28会の戸塚さんめまい。MRIとるが以上なし。

94日(木)11時錦糸町駅南口、待ち合わせ。3名。高梨君の店「プチ・ヴェール」繁盛しているようだ。徒歩スカイツリーまで。夜、錦糸町駅ビル内で夕食。

9月5日(金)夜柔道稽古

9月6日(土)自治会役員会、盆踊り反省会、敬老会準備

9月7日(日)朝柔道稽古 、〒局員両親と子ども見学。4歳児。

9月 8日(月)民生活動、市川市文化会館「生活困窮者自立支援法について」、10時~16時まで。21日の柔道大会、一般女子中止と連絡あり。吉村氏からメール。夜10時からテレビ東京の水の番組に出演とのこと。

9月 9日(火)

9月 10日(水)

9月 11日(木)民生委員・児童委員協議会。「振り込め詐欺」

9月 12日(金)

9月13日(土) 後期高齢者「敬老会」60名。77歳、88歳祝い。演芸、踊りと歌。大田アコーデオン演奏

9月14日(日)千葉県少年柔道大会 千葉市天台武道館 4、5、6年1回戦敗退。

9月15日(月)

9月16日(火)

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9月17日(水)

9月18日(木)「読書会通信146」入稿、125部(20頁)、24日上がり、中央図書館

9月19日(金)「むつあい通信」作成、60通発送、10月2日(木)午後1時「豊島区立勤労福祉会館第3和室予約。

9月20日(土)

9月21日(日)千葉県柔道道場柔道大会。5、6年1回戦敗退。一般・小欠場3名。

 

写真集『黒板絵は残った』編集・編纂作業

黒板絵の記録(昭和28年4月~昭和31年3月)

 

黒板絵は残った

 

      

昭和39年撮影(小学2年生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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映画のあらすじ

 

日本の敗戦が鮮明になった1945年。満蒙開拓団として日本を発つ一団がありました。信州伊那谷の貧しい三村からなる阿智郷開拓団です。寺の住職で国民学校の教師でもある山本慈昭は、村の有力者からの懇願で、妻と幼い二人の子どもと教え子51名を引率して満州に向かいます。しかし現地について間もなくソ連が参戦。慈昭はシベリア送りとなり、二年間の重労働後、帰国しますが、妻子は教え子たちと共に死んだと聞きます。

しかし、子どもの一人は生きている。そんな情報があり、それを機に、「残留孤児探し」が始まります。子どもと再会できた山本慈昭は、すでに80歳を超えていました。

 

制作意図、映画監督の言葉

 

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『再会 ――中国残留孤児の歳月――』に想う

 

原安治・山本慈昭著 1981年9月1日 日本放送出版協会

 

朝のNHKテレビの人気ドラマ「花子とアン」も、いよいよ終盤に入った。戦前・戦中・終戦と暗い時代がつづいた。が、昭和20年8月15日を境に、明るく希望に満ちた時代がはじまった。生活は、貧しくとも子どもたちの顔は輝いている。この時代を描いたドラマは、玉音放送以降、不安ながら楽しく幸福になってゆく。

だが、本書『再会』は、真反対だ。祖国日本が、民主主義国家としての喜びを迎えんとしているとき、はるか満州では、国策で海を渡った開拓民が地獄の苦しみのはじまりにあったのだ。置き去りにされた開拓村の人々。男は、兵隊にとられ、そのほとんどは女と子どもと老人だった。突然のソ連軍の攻撃。賤族の襲撃。開拓民の、大半が逃避行の途中に死んだ。母親たちは、飢え死ぬよりはと、我が子を泣く泣く中国人に託した。そうした僅かに生き残った子どもたち。彼らにとって過酷な人生のはじまりだった。それから35年間の長い歳月、彼らは、ひたすらいつの日か、父母の故郷、日本の大地を踏みしめることを夢みて過ごしてきたのだ。

本書は、終戦以降、苦しみの道を歩んだ人達のことが書かれた証言である。私、下原が子どもだったころ、よくあぜ道で、長岳寺の和尚さんに会った。いつもににこにこして、おだやかな口調で挨拶された。私にとっては、私が通った保育園のあるお寺の人のいい和尚さん。それが山本慈昭(1902-1990)さんだった。

 

熊谷元一と満蒙開拓団

 

2010年11月6日、熊谷元一が101歳の生涯を閉じたとき、マスメディアは一斉にその死を報じた。ほとんどの新聞は、その見出しを「写真家、童画家」として紹介した。が、ただ一紙、朝日新聞(中南信版)は、「満蒙開拓民の記録写真 熊谷元一さん死去」と報じた。

熊谷元一は私の恩師である。私が50歳を過ぎてから同級会、写真集編纂、テレビ取材などで会う機会が多くあった。自宅や宴席で、いろいろと話した。先生は、子どもや教師時代のこと、東京にきてからのこと。写真のこと、童画のこと何でも気軽に話してくれた。私も、遠慮なくなんでも聞いたような気がする。

だが、いまになって思いだすと、なぜか満蒙開拓団のことについては、ほとんど話さなかったような気がする。いちどだけ、「中国に行った帰り、韓国の農村を撮った」と話されたことがある。沢山、撮られたともいった。しかし、そのほとんどは3月か4月の東京大空襲で焼失してしまったという。「もったいなかったですね。貴重なものを。韓国だって、そのころの写真などないでしょうに」私が、残念そうに言うと、先生は「そうだなあ」と、つぶやかれただけだった。いつもは陽気な先生だが、そのときは何か複雑そうな顔だった。

先生には、話したくない話題が一つあった。教員時代に巻き込まれた赤化事件である。誘われて知らずに参加した集会が共産思想の集会で、教師を辞任する羽目になった事件だ。

満州のことも、そうだったかも知れない。が、亡くなったとき朝日新聞は、このように紹介している。『会地村』の「写真集が、外地行政を束ねる拓務省(当時)の目にとまり、同省のカメラマンとして1939年、41年、43年に満州に渡り、満蒙開拓青少年義勇軍と開拓団を取材した。その写真を手に、生徒を義勇軍に送るよう内地の校長会で説明したという。

これだけだと、なんとなく熊谷先生が国策に積極的に加担したようにもおもえる。「花子とアン」では、子どもニュースで花子が戦争に協力したと親友から責められる。熊谷先生もあんな立場だったろうと想像している。そうした謎も、今後の熊谷元一研究で、明らかにしてゆきたい.

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後期ゼミについて

後期前半ゼミは、以下の三つの目標を支柱にすすめていきます。

 

○.ゼミ雑誌作成

 

○.「岩波写真文庫『一年生』の感想」

 

○.12月合同発表 戯曲『地下生活者の手記』から「ぼた雪」公演稽古

 

この3本柱の内容としては

 

.ゼミ雑誌作成について

 

ゼミ授業の時間中に校正、レイアウトを考える。今後の手順

 

  1.  9月末、ゼミ誌原稿締め切り。
  2.  印刷会社を決める。レイアウトや装丁は、相談しながらすすめる。
  3. 【②見積書】印刷会社から見積もり料金を算出してもらう。
  4.  11月半ばまでに印刷会社に入稿。(芸祭があるので遅れないこと)
  5.  雑誌が刊行されたら、出版編集室に見本を提出。

6 印刷会社からの【③請求書】を、出版編集室に提出する。

 

注意 : なるべくゼミ誌印刷経験のある会社に依頼。(文芸スタッフに問い合わせ)

はじめての会社は、必ず学科スタッフに相談すること。

 

納品 12月5日(金)厳守

 

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熊谷元一著『會地村 一農村の写真記録 

 

1938年(昭和13年)12月 朝日新聞社刊行

 

当時、絶賛、農林大臣・有馬頼寧が序文を。写真文化先進国ドイツに翻訳された。熊谷は、この写真集で、故郷「會地村」をこのように紹介している。

「會地村は長野県下伊那郡の西部にある。面積0・75方里、戸数630余戸、人口3250余人に過ぎない小さな村だ。四囲を山に囲まれたこの村は、約半数が養蚕と稲作とを営む農家で、他は農家を相手とする小売商、手工業者、雇用労働者及び俸給生活者だ。県下の農村としては比較的文化程度の高い方であるが、別に模範村でも、更生村でもない。といって窮乏村と呼ばれるほど逼迫もしていない、しごく平凡な村だ。」

こんな平和な静かな村が、何故に日本屈指の満州開拓団の村となったのか。もしかして、この写真集で有名になったことから国策の、生贄とされてしまったのか・・・。

 

 

3.1215日後期前半最終日3ゼミ合同発表を目指して寸劇の稽古。

だしもの

『范の犯罪』か『地下生活者の手記』の脚本化の演劇。読んでから決める。

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「ナイフ投げ曲芸師美人妻殺害疑惑裁判」判決は有罪か無罪か

「ぼた雪 地下室男VS現代日本の風俗AV嬢」勝者はどっち

 

「ぼた雪」脚本中 ドストエフスキー『地下生活者の手記』から

脚本・下原

ぼた雪(黒字「」は米川正夫訳)

一幕

 

季節は3月はじめの新宿の深夜、街には大きなぼたん雪が降りつづいているっている。人通りの絶えた歌舞伎町の風俗店通りに19世紀ペテルブルグからタイムスリップしてきた地下男が、黒犬に導かれてあらわれる。

 

地下男  ここが、未来のセンナヤ広場か ?

黒犬   の、ようなところでっさ。

 

雪の中二人の酔っ払いが「雪の降る町」を歌いながら通りを歩いて行く。

 

ゆきのふる町は ゆきのふるまちは

思い出だけが通りすぎてゆく

 

地下男  思い出だけが通りすぎてゆく、か。チクショーなんて歌詞だ。思いだすぜ。あの頃を。どこへ行っても、いつの時代も変わらぬもの。それは酔っ払いか。気色悪いぜ。(ブルっと体を振って雪を払う)

なんて雪だ、べとついて、ロシアの雪の方がよほどましだ。

 

けばけばしいネオンのある風俗店の前にくると黒犬は、止まって地下男を振り返った。

 

黒犬  ここにしますぜ。どこの店も同じことだ。頼んますせ。センナヤ広場の穴倉酒屋の連中はみんなおまえさんに賭けている。おまえさんのクドキのテクニックを信じている。バルチック艦隊のようにならんでくれ。極東のリーザに

「子供が自分の大好きな人に、物をねだるような目つき」

をさせることができるか。

「宝物のように、大事にしまっていた」

恋人の手紙をとりに駆けださせることができるかどうか。

オレたちゃみんなできるって方に賭けているんだ。お前さんの勝ちに。

地下男  まかしときなって。未来だか、日本だか知らないが、女はみんな同じさ。口先三寸、見栄え三寸でイチコロさ。

黒犬   大きなこと、いいなさんな。二度目のときは大恥かいたじゃないか。

地下男  あー、あのとき・・・。あのときは住所を教えたのが失敗だった。今回は、二度とふたたび会うこともない。

黒犬   なにか心細いな。おまえさんの負けに賭けなおそうか。

地下男  バカ云え!

黒犬   算段はあるんだろうね。

地下男  そんなものはない。最初のときと同じだ。

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「それは愛情もなく無恥粗暴な態度で、本当の愛の栄冠となるべき行為から、いきなりことを始めるのだ」

     それで十分。

黒犬   便りにしてまっせ。じゃあ、このへんで、検討を祈る。

客引き  なんだ、この犬は、蹴っとばして追い払う。地下男に近寄ってきて。

これは、社長さん、保健所が怠慢でこまりますね。あんな野良犬、いまどき珍しいですよね。うちには、野良はいません、みんないいこです。

地下男  社長さん?! なんだ、オレは、地下室人だ。それに、いいこってなんだ ?

客引き  いやですよ、お客さん。またまたカマトトぶって、素人さんですよ。

地下男  素人がいいこ ?

客引き  なんだっていいんです。さあ、さあ、

社長さんはいりましょう。寒いですから、温まりましょう。腕をとって強引に店に押し込む。はーい、お一人さん。

 

店の中から 若い女性の声  いらっしゃい。呼び込み、地下室男を店に入れると、再び路

上で呼び込みを始める。

 

客引き  さあ、さ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。いいこがいますよ。そろってますよ。

 

ぼた雪は、都会の街にこんこんとふりつづている。

 

二幕

 

店の中。狭い個室の部屋。うす暗い。若い女の子と地下男、向き合って座っている。

地下男は、じっと彼女をみつめていた。沈黙。

 

ナレーション  「彼女は地下男の視線を受けながら、瞼を伏せようともしなければ、その眼差しも変えもしなかった」

        客の言葉を待っていた。

 

地下男   (不意に)お前の名はなんというんだい?

風俗嬢   やだ、はじめになんて言うのかと思ったら、

いきなり名前なの。(クックと笑う)

地下男   へんなのかい。はじめて会うときは、まず名前を聞くだろ。

風俗嬢   おかしな人。ふざけてるの。まじめな顔して。

地下男   (少し怒って)初対面のときは、相手の名前を聞く。それが常識ってもんだろ。

風俗嬢   まじめなのね。そういう人、スキよ。フフフ。

地下男   ふざけるのはやめてくれ。ぼくは真剣にいってるんだ。

風俗嬢   (独り言 なんだかめんどくさい客だわ。早いとこ気をやらせて、追い出そう)

地下男   名前を知らなきゃ、こんどきたとき指名もできないじゃないか。

風俗嬢   (ああ、そういうこと、ネコかぶって・・・そういうことなら)

そうね。名前って大切よね。でもまだ、決まってないのよ。さっき勤めたばか

りで、あなた最初のお客さんなのよ。何かないかしら、いい名前。

地下男   どうせ、本名じゃないんだ。

風俗嬢   なんなの、はじめは、まじめなふりして名前、聞いたりして。

地下男   まじめだよ。名無しのごんべいはいけないな。名前をまだつけてないなんて、

 

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なんて店だ。

風俗嬢   名前って、最初が肝心なのよ。成功する名前ってあるから。姓名判断でみても

らおうかしら。そうじゃない、女優の名前って難しいから。

地下男   じ、女優だって! だれのことなんだ ?

風俗嬢   わたしに決まってるでしょ。いつかは、女優になるのよ。だから名前はむずか

しいの。

地下男   はあ。(独りごとで、何なんだこの軽さは) そう、女優さんに、すごいね。

横を向いてつぶやく。バカバカしい突き合っていられないね。まったく。話題

をかえよう。

ところで「どこから来たの?」

風俗嬢   原宿からってことにしとくわ。都会の娘に見えるでしょ。原宿に遊びに行ったらテレビに出演しないかって誘われたの。そう、わたしテレビにでてたの。AVだけど。ちょうどヒマしてたし、面白そうだし。それで冷やかしにちょっと出演したの。そのあと、ここに来たのよ。友達にさそわれて。

地下男   AVに出たって! 声かけられて、それでいきなり撮ったのかい?! なんなんだ、この女は?!

風俗嬢   そうよ。別に演技いらないっていうから。

地下男   いつから「ここへ釆てるの?」

風俗嬢   今日からよ。この世界、新しい娘の方がもてるんだつてね。やたら褒められちゃったわよ。わたしそんなに魅力あるかしらハハハ」

地下男   うっ、この明るさ、この陽気さは何なのだ...これでは、リーザのように

「いっこうに無愛想な調子に、だんだんぶっきら棒になって」

いかないではないか。

 

早くも地下男に焦りの色があらわれた。

 

地下男  「お父さんお母さんはいるかい?」

風俗嬢  いるわよ、二人とも元気よ。どうして、そんなこと聞くの。

わかった! わたしがAVにでてたり風俗嬢やってるものだから、ちゃんとした両親がいないと思ったのね。

地下男  「どこにいるの?」

風俗嬢  東京よ。田舎かも知れないけどフフフ、訛りがないのね、あたしの言葉。

地下男  「いったいどういう人なんだい?」

風俗嬢  ちゃんとした人よ。地位があって教養があって、弁護士とか聖職者みたいな。

地下男  そ、そんな家庭の娘さんがなぜなんだ?!

親の家に暮らしていたら、どんなにいいかもしれないじゃないか!」

「なぜきみは親もとを離れたんだい?」

風俗嬢   一人で住みたかったからよ。干渉なんかされたくないわ。もう大学生でしょ。だから自由に生活したいのよ。自由に。

地下男  ム、ム、ム、ム...自由と奔放な生き方とどんな関係があるんだ。それに

「娘たちの中には、家で暮らすのが愉快でたまらないというのがいるよ!」という娘がいるのに。この娘は一体何者だ。地下人間、早くも形勢危うしであ

る。こうなったら...そうだあの話をしてやれ、これなら少しはこたえるぞ。

地下男  「きょうあるとこで棺を担ぎ出していたが、あやうく取り落とすところだったよ」

風俗嬢  棺って、葬式の?!エーッ見たかったわ。どこで?そのとき死体転がり出たの? そんなのめったに見られないんじゃない。

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地下男  めったに見られない、だって! どんな性格してるんだ!ここは堪えて

地下男  「いやな臭いがしてね。胸が悪くなるようだったよ」

風俗嬢   あら、いやだ。腐ってたの。

地下男  そうさ、夜の商売で一人で暮らしていたからね。あの売春婦、もしかしたら病気にかかっていたかも知れないな。頬が痩せこけていて顔じゅう班点だらけで、そりゃあひどいものだった。

風俗嬢  「ふうん、物好きね。そんなに詳しく見るなんて。悪趣味ね」

地下男  「今日あたりの埋葬はいやだなあ!」

風俗嬢  「あら、どうして」

地下男  -「雪が降ってるだろ、こんな日に限って葬式が多いんだ。道路は渋滞するし火葬場は満杯だ。どうせ身元不明の遺体なんか一番最後に回されるから運搬していった市の職員たちなんか不満たらたらさ。そのうち遺体にだって当たりだすよ。帰りが遅くなるだの、パチンコする時間が減るとかいってね。それとも以前その女のビデオを見たことがあるとか、何とかいってみんなでげらげら笑っているかね」

風俗嬢   -「フン、死んでしまえば他人が何いおうが勝手よ」

地下男  -<いったいきみはどうだってかまわないのかい。死ぬってことが?>

風俗嬢   -「そうよ。だって、なんのためにわたしが死ぬのよ。そんなこと考えなきゃいけないのよ」

地下男  -<そりゃ、いつかは死ぬさ。ちょうどさっき話した死人のように、あれと同じ死に方をするのさ。あれもやはり...きみと同じような女だったんだ...>

風俗嬢   -「ちょっと! 違うわよ。あなたの見たのは商売女でしょ。わたしは女優よ。まあ、アダルトだけど、そのうち将来はちゃんとした映画に出るわ」

地下男  -<現在、きみは若くて、奇麗でいきいきしているからうんと高く買ってもらえるけど、こんな生活をもう一年つづけていたら、きみもすっかり変わってしまって、しなびてくるに決まってる>

風俗嬢   -「おあいにくさま、わたしだってこの仕事、長くやるつもりないわ」

地下男  -「そうかい<いずれにしても一年たったら、きみの相場は下がってくるよ>次々と新しい女の子たちが入ってくる。きみのビデオはあきられ、きみはもっとハードなものを要求されるようになる。そして、結局のところ別の仕事にくらがえしなくちゃあいけないんだ。テレビや映画に出れる娘なんて、殆どいやしないさ。たいてい風俗営業の方に流れていくんだ。月百万、二百万とっていた娘が、元の十万、二十万の仕事なんかできっこないからね。スト

リッパーになるかソープランドかSMクラブ。そんなような職場で働くしかなくなるね。 そうやって<だんだんと低みに落ちてゆく。七年ばかり経ったら、いよいよセンナヤ広場の穴蔵まで行きついてしまうわけさ。それだけならまだしもだけれど、そのほかに何か悪い病気でも背負いこむとか...こんな生活をしていると、病気はなかなか早く癒らないから、とっついたら最後、もう離れないかもしれないぜ。 こうして、とどのつまりは死んでしまうのだ>きみは一年間に身元不明死体が何体でると思う。二万以上さ。そのうちの半分が女性だ。誰も知らず引き取り手もなく死体置き場のプールの中にぷかぷか浮かんでいるのだ」

風俗嬢  あ、そう。そうなったら、そうなったよ。心配なんかしてないわ。平気よ」

まったくどんな神経をしてるんだ。あの女の場合、リーザのときなんかもっと深刻だった。

沈黙、深い沈黙があったし。<彼女はもうすっかり毒々しい調子で>答えていた。

地下男  「だってかわいそうじゃないか」

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風俗嬢  「だれが?」

地下男  「命がかわいそうなのさ」

風俗嬢  -「命? なによ、それ?」

地下男  「魂さきみの。体とは別なものだからね」

風俗嬢  -「あ、そう。わたしそんなこと全然思わないわ」

なんということだ? 人がこんなに優しくしてやってるのに、この女は

地下男  -<いったいきみは、どんな気でいるんだね? まっとうな道を踏んでるとでも思っているのかい、え?>

風俗嬢  -「どんな気って、関係ないでしょ。AVがなんで悪いのよ。じゃあ、ヌード写真集を出版したタレントはご立派というわけ。裸で勝負してるんじゃないの。おんなじよ。違うっていえる」

地下人間、たじたじとなって額の汗を拭う。どうも、まっとうな道の定義が変わってきているようだ。ご時世の違いかも...

 

地下男  -「しかし<きみはまだ若くて、器量もいいんだから、恋をすることもできようし、結婚することもできる。幸福な身の上にもなれるというものだ...>」

風俗嬢  -「あきれた、まだそんなこといってるの。<お嫁にいったものが、みんな幸せだとも限らないわ> 第一わたし女優になる夢があるんですからね」

 

地下男、思わずかっとなって怒鳴る。

 

地下男  -「きみは本気で思っるのかい。女優になれるって。それを目指すんなら道が違うんじゃないのかい。まずはじめは演劇の練習からだろ」

風俗嬢  -「バカじゃない、知らないの、テレビに出ているたいていのタレントはいきなりスカウトされるのよ。それから女優になったり歌手になったりする勉強するんじゃない。あなた時

代遅れよ。頭が古いのよ」

地下男  -「時代遅れだって! いいかい人間の心は文明のように進歩しないんだ」

風俗嬢  -「あっそう。もしかしてわたしのビデオファン。それでごちゃごちゃ説教たれるのね。そうでしょ<まるで本でも読んでいるような話し方をするんですもの>」

地下男  -<よしてくれ、本がどうのこうのと、いってる場合じやないよ。いったい、いったい、きみ自身こんな所にいるのが、いまわしくはないかい?>

風俗嬢  -「男なんかみんな同じね。<なんでもわかる一段えらい人間だと思>われたくて偉そうなことを言うだけよ。ほんとは寝たいと思ってるだけでしょ。頭の中はそれで一杯なだけよ。『復活』のカチューシャだって言ってるわ。図星でしょフフフ」

地下男  -「きみ、そ、そんな...」

 

風俗嬢  -「いいわよ。あなたにその気があれば、付き合ってあげてもいいわよ。たっぷりサービスするわ」

 

風俗嬢は勝ち誇ったように席を立って妖しく歩み寄る。

「や、やめてくれ」地下男、たじたじして後ろに下がり、ぼた雪降る街に飛び出していく。

 

現代において、もはや<ダイヤモソドにも等しい処女の宝>である愛は道化に過ぎないのか。地下男は、またしても負けたのである。(完)

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.249 ―――――――― 12 ―――――――――――――

 

土壌館・実践的投稿術 紹介No.6

 

文章力修業として投稿も、その一つの手段といえます。投稿は、投稿者が多ければ多いほど採用される確率は低くなります。が、そのことは即ち投稿作品の質の向上にもなります。様々なものへ観察・興味を抱く要因ともなるので、投稿は一石三鳥ほどの価値があります。

もっとも投稿といっても、小説・論文投稿から標語まで多種多様です。が、ここでオススメするのは新聞投稿です。新聞は、毎日投稿できます。政治・社会・生活観察・自分の意見と幅もあります。また、時流や出来事のタイミングも重要となり自然、書くことの日常化・習慣化が身につきます。文章力研磨にもってこい場ともいえます。

土壌館では、文章力を磨く目的はむろんですが、社会への疑惑や自分の意見・感想を伝えるために新聞「声」欄に投稿をつづけています。なぜ「声」欄かというと、500字という字数は、人が飽きなく読む字数であるということと、文体を簡潔にできるからである。

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振動は困る 町道場に難題

 

平成15年2003・12・8 朝日新聞「声」欄        下原敏彦(56)

 

ボランティアで私が開いている柔道の町道場に隣家から苦情が持ち込まれた。「2階でテレビを見ていたが、柔道のけいこで家が振動する。落ち着いて見ていられない」と。

平謝りするしかなかった。困った。振動させるなと言われても、柔道の投げや受け身に振動はつきものである。野球でお戸のでないように球を打てというようなものだ。

地主さんの篤志と地域住民の好意で存在している道場。生徒は柔道が強くなりたい子、行き場のない子、一日の仕事を終えた若者、生涯教育として受け身だけを覚えたい中高年。自衛官もいる。年長園児から還暦の主婦までいろんな年齢層のよりどころになっている。

今、町道場は激減している。設備の整ったスポーツクラブや公共の運動施設は多くある。が、住宅街にある町道場は少ない。それだけに続けさせたい。子どもたちの夢の場と若者たちの集いの場を失くしたくない。

しかし、隣家の方が静かに夜を過ごしたい気持ちもわかる。妙案はないものか。住宅街で柔道の道場をつづける難しさを痛感している。

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その後、隣家との関係はよくなった。お隣同士、挨拶もするし話もする。練習は夜は8時までとした。朝は、9時から11時まで。

 

・・・・・・・・・・・・「下原ゼミ通信」編集室・・・・・・・・・・・・・・・

 

土壌館編集室 TEL:047-475-1582 09027646052メール: toshihiko@shimohara.net

 

下原と熊谷元一

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