文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.65

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2006年(平成18年)10月 16日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.65
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2006後期9/25 10/2 10/16 10/23 10/30 11/6 11/13 11/20 11/27 
     12/4 12/11 12/18 1/15 1/22 
  
2006年、読書と創作の旅
10・16下原ゼミ
10月 16日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ1

 
  1.  ゼミ誌原稿提出(ゼミ誌編集委員へ)&車中観察・一日の提出
  2. テキスト読み『灰色の月』、名作紹介
  3.  回想法・復刻版『少年王者』山川惣治作・画を紙芝居で
     第一集おいたち編
2006年、読書と創作の旅・後期二日目
 10・2、この日は、池袋まで車中ずっとうつらうつらしていた。前日の1日、千葉県柔道道場大会があった。土壌館からは小学生が7名出場した。千葉県全域から49団体が参加したので、かなりの人数となった。応援の家族もきて、会場は立錐の余地なし。ギュウギュウ詰めのなか朝から5時近くまでかかった。成績は1人2回戦進出のみであとは皆、初戦で敗退。歳のせいもあるが余計に疲れた。雨の中、濡れて帰った。そんなこんなで居眠りがでたのだろう。時間があったのでジュンク堂に寄る。別冊国文学の『ギャンブル』が山積みされていたので1冊買う。学校に着くと紙芝居の舞台組み立てを練習する。前回は、これに時間を取られすぎた。なんとか早くできるようになった。ほっとしているとO先生から、目の保養にと誘われた。なんだろうと行ってみると、浅草ロック座の舞台の映像をゼミ生たちが編集していた。後姿でお尻丸出しのダンサーが三人踊っていた。映画学科の学生が撮影したもので、ゼミ誌に載せるらしい。ストリップを最後に見たのは、もう三十年以上も前になる。業界紙の記者をしていたころである。最後に観たのは京浜東北線の「蕨」か ? 京成線の「青砥」だった。あのころの踊り子は、いろんな芸をやっていた。当時は、日活ロマンポルノの女優が台頭しはじめていたが、ストリップは一条さゆり嬢が人気者だった。O先生の話では、いまはAV嬢からの転向者が多いという。時代の流れか、踊り子たちも、大分、変わってきたようだ。が、観客はどうだろうか・・・今も昔も変わらないのかも。
 劇画本の世界は変わった。マンガは、大人が見るようになった。が、「少年王者」のような本は見かけなくなった。今の若い人たちに受けるだろうか。ゼミ二回目の出席者は4名だったが実施した。筋覚えということで一人の人に読んでもらった。紙芝居を面白く楽しくみせるには、読み手の演技力にある。読み手各自の創意工夫が必要。次回からは、どんな読みをみせてくれるか楽しみである。
(編集室)
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.65 ―――――――― 2 ――――――――――――――
 


車窓雑記
 
観劇観察
 10月7日(土)、新宿・紀伊国屋ホールで俳優座公演の「罪と罰」を観た。ドストエフスキーの作品は、映画にしろ舞台にしろ実際に演じるとなると難しいものがある。長編ということで、話を全部みせるというのに無理があるようだ。大概は、作品の中の一つの話を取り上げ自己流に脚色して演じている。それで、原作とは、まったく違ったものになっている場合もある。例外は黒澤明監督の映画「白痴」である。この作品はほぼ物語に忠実だったため、恐ろしく長いものになってしまった。結果、一般的には失敗作と酷評、ドストエフスキー読者からは好評された。(ドストエフスキー作品の映画化では秀逸と年々国際的評価は高まっている)。演劇は、これまでいくつか観たが、「罪と罰」では、やはり部分演劇が多かった。たとえばポリフィーリィ判事とラスコーリニコフの場面(劇団昴)。酔っ払いマルメラードフ一家に焦点をあてたもの(高堂要・モスクワ公演作品)、といった具合である。というわけで今回の俳優座公演は、どんな場面に集約されているのか、そんな興味があった。
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パンフレッドには、こんな解説がしてあった。
脚色=Y・カリャーキン、Y・リュビーモフ 訳=桜井郁子 演出=袋 正
ここに23才の青年がいる。貧乏で、大学も中退した。母や妹のなけなしの仕送りに耐えられない。無気力に陥る。
反面、夢想が広がる。・・・ナポレオンを見ろ、何十万の命を浪費しても銅像が立ち、過去は帳消しだ、非凡な者の非凡な意志に、凡人は従順に従い従順に死ぬべきだ・・・
夢はしだいに現実味を帯び、窮状を脱して身を立てるのに必要な金を、金貸しの老婆を殺して奪う計画へと進む。
青年の名はラスコーリニコフ。青年は実行した。
でも青年はナポレオンではなかった。良心が疼き、罪の意識に怯える。そのときひとりの娼婦に出会う。娼婦の名はソーニャ。捜査の輪が狭まってきた。青年は娼婦に犯行をほのめかし、娼婦は自首をつよく求めるが・・・
このふたりをめぐり、怪しげで、謎めいた、多様な人物が万華鏡のように入り乱れ、常軌を逸した観すらあるドストエフスキーの世界が展開する。
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舞台は、暗く階段のような段差とベットらしきものがあるだけで、他はなにもない。役者にのみ照明が当たるというシンプルなものだった。小説『罪と罰』は短い日だが、話は長い。登場人物も多い。それで、演劇では、たいてい主要な人物だけの登場ということになる。が、今回の公演は、原作に忠実に作中人物たちが登場した。通行人、警官などもいた。物語の流れもほぼ原作通りだったように思う。が、そのぶんダイジェスト的になった。原作を知らない人には、どう観えたかが課題である。全体では、ピストルの音を含め音を効果的に強調した演劇だった。「罪と罰」の映画化、演劇は、作り手はいつも終盤に苦労する。主人公のラスコーリニコフが殺人を悔いても反省もしていないからだ。それで、たいていはシベリアに送られる場面で終幕となるのだが、今回の俳優座では、刑期を終えた7年後まであった。が、苦悩する主人公と喜色のソーニャの表情に観客は戸惑うに違いない。
俳優座からの誘いでドストエーフスキイの会からは16名が観劇した。終了後、同ビル地下の居酒屋で出演者の皆さんと親睦会を開いた。俳優座からは、演出家の袋正氏、ラスコーリニコフ、ソーニャ、カテリーナを演じた俳優さんらが参加。それぞれの演技評に花が咲いた。はじめ、だしものにドストエフスキーをやるといわれたとき、役者間からは「どうして、そんな厄介なものをと抵抗があった」という。だが、作品を読み、稽古にはいると、「やっぱりドストエフスキーでよかったと納得した」との感想に、安堵した。
    (編集室)
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10・16ゼミ
10月16日のゼミは次の要領で行います
1. ゼミ雑誌原稿提出(ゼミ誌編集委員へ)
2 テキスト読み「灰色の月」、名作紹介「にんじん」他、(憲法の前文・九条)
3. 回想法・山川惣治作・画『少年王者』(紙芝居) 時間まで
 1.おいたち編(何度か読みを繰り返す。演技性をみがく)
1.ゼミ雑誌原稿提出
 毎年、問題になっているのは、ゼミ雑誌納品期日の遅れです。納品期日の遅れは支払いのこともあるので編集委員や出版編集室にも迷惑をかけることになります。下原ゼミは、皆が協力して発行締切日に提出できるようにしましょう。
◎ 10月16日、最終原稿提出締切日
  本日、10月16日は、ゼミ誌原稿最終締切日です。猿渡・高嶋編集委員に提出。
  提出原稿は①車中作品、②フリーです。
◎ ゼミ誌発行までの予定です。以下の手順で進めてください。
1. 原稿最終提出日10月16日(月)
2. 10月中旬 ゼミ誌編集委員は、印刷会社を決める。(候補・稲栄社)
             印刷会社から【②見積書】を もらい料金を算出してもらう。
3. 10月末日 編集委員は、印刷会社と、希望の装丁やレイアウトを相談しながら
   編集作業をすすめる。
4. 10月末日までに、出版編集室に見積書を提出する。編集作業をすすめる。
5. 11月中旬までに印刷会社に原稿を入稿してください。
6. 12月15日(月)はゼミ誌納品期限です。厳守!!
7. 12月15日までに見本誌を出版編集室に提出してください。
8. 12月下旬までに印刷会社からの【③請求書】を出版編集室に提出してください。
注意事項!!
以下の点に注意してください。
◎ ①【ゼミ誌発行申請書】、②【見積書】、③【請求書】以上3種類の書類が提出されない
  場合はゼミ誌の発行はできません。補助金の支払いも認められません。
◎ 過去にゼミ雑誌の印刷を依頼したことのある主な印刷会社の連絡先は、文芸学科スタッ
  フまで問い合わせる。それ以外の印刷会社を利用したい場合は、必ず事前に学科ス
  タッフに相談すること。厳守。
ゼミ誌発行期限は、12月15日です。
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2.テキスト「灰色の月」読み
「灰色の月」について
 この作品は、昭和21年(1946年)1月1日発行の『世界』創刊号に発表された。里見弴の「短い絲」とともに掲載。目次には、この二人の作品名と作家名が、特別に大きい活字で組んである。
 この作品について作者志賀直哉は、「続々創作余談」でこのように話している。
 『灰色の月』はあの通りの経験をした。あの場合、その子供をどうしてやったらいいか、仮にうちへ連れて帰っても、うちの者だけでも足りない食料で、又、自身を考えても程度こそ異ふが、既に軽い栄養失調にかかっている時で、どうすることも出来なかった。全くひどい時代だった。
         灰色の月
志賀直哉
 東京駅の屋根のなくなった歩廊に立っていると、風はなかったが、冷え冷えとし、着て来た一重外套で丁度よかった。連れの二人は先に来た上野まわりに乗り、あとは一人、品川まわりを待った。
 薄曇りのした空から灰色の月が日本橋側の焼跡をぼんやり照らしていた。月は十日位か、低くそれに何故か近く見えた。八時半頃だが、人が少なく、広い歩廊が一層広く感じられた。
 遠く電車のヘッドライトが見え、暫くすると不意に近づいて来た。車内はそれ程込んでいず、私は反対側の入口近くに腰かける事が出来た。右に五十近いもんぺ姿の女がいた。左には少年工と思われる十七八歳の子供が私の方を背にし、座席の端の袖板がないので、入口の方へ真横を向いて腰かけていた。その子供の顔は入って来た時、一寸見たが、眼をつぶり、口はだらしなく開けたまま、上体を前後に大きくゆすっていた。それはゆすっているのではなく、身体が前に倒れる、それを起こす、又倒れる、それを繰返しているのだ。居眠りにしては連続的なのが不気味に感じられた。私は不自然でない程度に子供との間を空けて腰かけていた。有楽町、新橋では大分込んで来た。買出しの帰りらしい人も何人かいた。二十五六の血色のいい丸顔の若者が背負って来た特別大きなリックサックを少年工の横に置き、腰掛に着けて、それにまたぐようにして立っていた。その後ろから、これもリックサックを背負った四十位の男が人に押されながら、前の若者を覗くようにして、
「載せてもかまいませんか」と云い、返事を待たず、背中の荷を下ろしにかかった。
「待って下さい。載せられると困るものがあるんです」若者は自分の荷を庇うようにして男の方へ振り返った。
「そうですか、済みませんでした」男は一寸網棚を見上げたが、載せられそうにないので、狭い所で身体をひねり、それを又背負ってしまった。
 若者は気の毒に思ったらしく、私と少年工の間に荷を半分かけて置こうと云ったが、
「いいんですよ。そんなに重くないんですよ。邪魔になるからね。おろそうと思ったが、いいんですよ」そう云って男は軽く頭を下げた。見ていて、私は気持よく思った。一頃とは人の気持も大分変わってきたと思った。
 浜松町、それから品川に来て、降りる人もあったが、乗る人の方が多かった。少年工はその中でも依然身体を大きくゆすっていた。
「まあ、なんて面をしてやがんだ」という声がした。それを云ったのは会社員というような四、五人の一人だった。連れの皆も一緒に笑いだした。私からは少年工の顔は見えなかった
―――――――――――――――――― 5 ―――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.65
が、会社員の云いかたが可笑しかったし、少年工の顔も恐らく可笑しかったのだろう。車内
には一寸快活な空気が出来た。その時、丸顔の若者はうしろの男を顧み、指先で自分の胃の所を叩きながら、「一寸手前ですよ」と小声で云った。
男は一寸驚いた風で、黙って少年工を見ていたが、「そうですか」と云った。
笑った仲間も少し変に思ったらしく、
「病気かな」
「酔ってるんじゃないのか」
こんなことを云っていたが、一人が、
「そうじゃないらしいよ」と云い、それで皆にも通じたらしく、急に黙ってしまった。
 地の悪い工員服の肩は破れ、裏から手拭でつぎが当ててある。後前に被った戦闘帽のひさしの下のよごれた細い首筋が淋しかった。少年工は身体をゆすらなくなった。そして、窓と入口の間にある一尺程の板張りにしきりに頬を擦りつけていた。その様子が如何にも子供ら
しく、ぼんやりした頭で板張りを誰かに仮想し、甘えているのだという風に思われた。
「オイ」前に立っていた大きな男が少年工の肩に手をかけ、「何処まで行くんだ」と訊いた。少年工は返事をしなかったが、又同じ事を云われ、
「上野へ行くんだ」と物憂さそうに答えた。
「そりゃあ、いけねぇ、あべこべに乗っちゃったよ。こりゃあ渋谷の方へ行く電車だ」
 少年工は身体を起こし、窓外を見ようとした時、重心を失い、いきなり、私に寄りかかってきた。それは不意だったが、後でどうしてそんな事をしたか、不思議に思うのだが、その時ほとんど反射的に寄りかかってきた少年工の身体を肩で突返した。これは私の気持を全く裏切った動作で、自分でも驚いたが、その寄りかかられた時の少年工の抵抗が余りに少なかった事で一層気の毒な想いをした。私の体重は今、十三貫二三百匁に減っているが、少年工のそれはそれよりもはるかに軽かった。
「東京駅でいたから、乗越して来たんだ。―― 何処から乗ったんだ」私はうしろから訊いて見た。少年工はむこうを向いたまま、
「渋谷から乗った」と云った。誰か、
「渋谷からじゃ一回りしちゃったよ」と云う者があった。
少年工は硝子に額をつけ、窓外を見ようとしたが、直ぐやめて、漸く聞きとれる低い声で、
「どうでも、かまはねえや」と云った。
少年工のこのひとり言は後まで私の心に残った。
 近くの乗客たちも、もう少年工の事には触れなかった。どうすることも出来ないと思うのだろう。私もその一人で、どうすることも出来ない気持だった。弁当でも持っていれば自身の気休めにやることも出来るが、金をやったところで、昼間でも駄目かも知れず、まして夜九時では食い物など得るあてはなかった。暗澹たる気持のまま渋谷駅で電車を降りた。
 昭和二十年十月十六日の事である。
                   (『志賀直哉全集』を現代読みに・編集室)
 
 『灰色の月』は400字詰め原稿用紙にして僅か6、7枚の作品である。見方によれば、エッセイのような小説とも呼べない小話である。だがしかし、この作品は、数百枚の作品以上の重みや憤怒を潜ましている。時代の声を訴えている。そこに、この作品の普遍性と名作といわれる所以がある。
 たんに面白いだけの小説、昨今流行の感動もの。それらはどんなにベストセラーであったても時代の流れとともに消え去るだけ。『網走まで』や『灰色の月』は、何の変哲もない短編です。だが、両作品とも文学の手本として、これからも読み継がれていくと思います。それは、なぜか ? 考えながら読んでいきましょう。
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名作案内・ルナール作「にんじん」
 少し早いですが、今年を振り返ると、新聞の三面でよく目についたのは、家族の問題でした。父殺し、母親殺し、息子、娘殺しといった殺伐したニュースが連日、報じられていました。そこで後期の名作紹介は、ジュール・ルナールの『にんじん』窪田般彌訳にしました。作品を何度も読み合いながら家庭問題を考えましょう。
 「にんじん」の家族についてどう思うのか。第1話「めんどり」、第2話「しゃこ」をよく読んでから自分の考えや感想を発表し合ってください。
○母親のルピック夫人について、どう思うか。→
○兄のフェリックスについてはどう思うか。 →
○姉のエルネスチーヌについてにはどう思うか。→
○父親のルピック氏について。→
○にんじんをどうみるか。→
○この家族の第一印象は・・・・。→
※自分の考えを発表し合ってください。
作者紹介
ジュナール・ルナール年譜
 1864年2月22日 フランス、ニューヴル県シャロンに生まれる。
 1885年 ゾラの影響の強い処女作短編集「村の犯罪」出版をはかるが断念。歩兵連隊 
      へ入隊。
 1888年 「村の犯罪」を自費出版。マリ・モルノーと結婚。
 1894年 「にんじん」を出版。長男と長女にささげる。
 1900年 戯曲「にんじん」、アンドレ・アントワーヌによって初演される。
 1910年5月22日未明 動脈硬化症で死ぬ。46歳。 
3.回想法・紙芝居 山川惣治作・画『少年王者』
(1.おいたち編)
 作者紹介 
山川惣治 – 絵物語作家。福島県出身。 (1908年2月28日~1992年12月17日)
■代表作 『少年王者』『 少年ケニヤ』『 荒野の少年』がある。
ポイント
○ 10・2ゼミでは、だいたいのあらすじを知るために猿渡さんに、通してやってもら
  いました。(台本読み)
○ 今回からは、出席者全員に分けてやってみましょう。気持を入れて、声優になった
  つもりで。(10場面交代ぐらいか)
○ 何度も読むことで、間合いをとったりジャングルの雰囲気を醸し出しましょう。
○ 一番、重要な点は、観客があきてこないかにある。
※ 棒読みにならないように注意しましょう!!
―――――――――――――――― 7 ―――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.65
読んでおいてください
☆ 憲法改正について
 安倍政権に代わって憲法改正問題がより現実的になっている。そこで、再度、この問題を観察してゆきたい。下記は、現行憲法と、昨年秋政府自民党が出した改正案。
 
前文について
【現行憲法】
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれら子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に在することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われわれはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、じこくのことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
上記、現行憲法を下記のようにしたい、という。
【自民党案】
 日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する。
 象徴天皇は、これを維持する。また、国民主権とと民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する。
 日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務を共有し、自由かつ公正で活力ある社会の発展と国民福祉の充実を図り、教育の振興と文化の創造及び地方自治の発展を重視する。
 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に願い、他国とともにその実現のため、協力し合う、国際社会において、価値観の多様性を認めつつ、圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。
 日本国民は、自然との共生を信条に、自国のみならずかけがいのない地球の環境を守るため、力を尽くす。
憲法、特に第九条は、どうしたらよいのか。考えてみる。選択肢は二つか
一つは、現在の世界情勢に沿った形で改正する。
二つには、世界に一つしかない憲法だから変えない。(世界遺産として残す)
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.65―――――――― 8 ―――――――――――――――――
第9条について
現憲法の第二章【戦争の放棄】
 
第九条 ① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、武力によ
       る威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを
       放棄する。
     ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国
       の交戦権は、これを認めない。
●(自民党)草案の第二章【安全保障】
 
 第九条(平和主義) (現憲法の一項と同じ)
 第九条の二(自衛軍) 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣
 総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
第二項に定められるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
10・2ゼミ報告
10月2日のゼミは、5名参加でした。(順不動・敬称略)
 猿渡公一   鈴木秀和   高嶋 翔  中川めぐみ
 神田奈都子  
    
1.ゼミ誌原稿締切について → 10月16日に提出してください。
2.紙芝居「少年王者」読み・猿渡さん
○ 未発表原稿 → 鈴木秀和「宇宙の真理」(何本か出揃ったときに一緒に)
ゼミ誌の原稿提出の締切日で論議がありました。
紙芝居の舞台は、早く作れました。
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「少年王者」と「灰色の月」
 
 「少年王者」と「灰色の月」は、子供向け絵付き作品と一般文学作品ということで、比較対象にならないのではと思える。同時代に発行された両作品だが、「少年王者」は、その時代に光り輝いた長編ベストセラー作品。「灰色の月」は、当時、どれだけ注目されたかは知らない。が、後で時代を超えて古典となった。このように対照的に違う両作品だが、ある意味で日本の戦後は、この二つの作品からはじまったといえる。それ故に両作品を読み解くことが、その後の日本を読み解くことになる。そのように思うわけである。両作品が日本人に訴えるものとは。両作品を検証し通低するものを探ってみた。
 「灰色の月」は、あの戦争が終わった昭和20年の11月に書かれた。そして1946年(昭和21年)『世界』の創刊号に発表され、翌年、昭和22年には細川書店の『志賀直哉自選短編集』末尾に収録される。また、つづいて昭和23年に出された本の巻頭にも収録された。この作品は、終戦間もない夜の山手線の車内観察で、原稿用紙僅か7~8枚の小説ともいえぬ作品である。創作ではなく、作者が実際に遭遇した話だという。後日、作者は続々創作余談でこのように述べている。「『灰色の月』は、あの通りの経験をした。」と。経験とは、乗客の一人に飢え死に寸前の少年がいて、その少年をずっと観察しつづけた行為である。作品が事実ということで、作者は後で冷徹と非難されることになる。が、作者は、こう反論する。「あの場合、その子供をどうしてやったらいいのか、仮にうちへ連れて来ても、うちの者だけでは足りない食料で、又、自身を考えても程度こそ異ふが、既に軽い栄養失調にかかっている時で、どうすることもできなかった。全くひどい時代だった。」と。
 「少年王者」は、1947年(昭和22年)12月末に出版された。このときのことを作者山川惣治は「わずか48ページのうすい本で、戦後すぐのことで、良質の紙などなく、今の本に比べたらみすぼらしい本であったが、十分の楽しみもなかった戦後の混乱期の子供たちに大ベストセラーとして愛読された。」と述懐していた。その後この作品は、大長編となった。
 この二つの作品は、ほぼ同時期に書かれ、あるいは描かれ出版された。500万人近い日本人が国内外で死に、日本の主要都市は、焼け野原となっていた。国家は軍国一筋のファシズムから自由の国、アメリカの占領下になっていた。まだ、街のいたるところに戦争孤児がいた。米軍相手の娼婦たちがいた。闇市の利権を争う犯罪集団が横行していた。そうして、上野の山では餓えた人たちがバタバタと餓死していたのだ。日本は、これからどうなるのか。誰もが不安と怯えの中にあった。こんなとき、この二つの作品は、書かれ、描かれた。主人公は同じく少年である。が、その内容はまったく対照的である。その辺を比較検証すれば、このようになる。① 方や事実であり、方や創作である。② 方や大長編であり、方や超短編作品。③ 舞台も方やアフリカ、方や山手電車の車中。④ 方や誰にも助けられずに餓死に向かう運命。方や動物たちに助けられて密林の王者となってゆく運命。と、なにからなにまで真反対なのだ。共通項を探すとすれば、このような点か。① 方や、悪人やライオンに襲われて母親は死に父は行方知れず。方や、戦争で両親を失ったようだ。② 方や、西欧の植民地で荒らされた大陸。方や、空爆で焼け野原の東京。この二つの作品は、大人たちの行為によってひどい目にあわされた少年の姿である。「少年王者」の真吾少年は、欲に目がくらんだ大人によって猛獣の世界に放り込まれた少年の物語である。「灰色の月」は、大人たちの無責任な政治によって両親も兄弟も失い、飢えきって電車に乗った少年の物語。二人の少年は、どうなるのか。真吾少年は、動物たちに助けられ、正義と勇気ある若者に育ってゆく。「灰色の月」の飢えた少年は、誰一人の助けもなく、そのままどこかの駅で飢え死ぬ運命にある。ここからどんなことを想像できるのか。言葉にすれば、「希望」と「反省」である。真吾少年は、どんな運命にも負けないで力強く生きてゆく。その生き方はそのまま高度成長をとげてゆく日本に重なる。一方、「灰色」に感じる戦争への反省の示唆。が、現実は、60年も過ぎようというのに、いまだあの時代のことが問題視されている。おそらく「灰色」を読み解かなかったからではないか。私は、そう思っている。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.65――――――――10 ―――――――――――――――――
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 知のギャンブル ・松田義幸「世界のギャンブル遊びの歴史」、吉永良正「パ 
          スカル、一生に一度の賭け」、寺山修司「賭博骨牌考」、
下原敏彦「ドストエフスキーとギャンブル」
文豪を苦しめたルーレット賭博とは、何だったのか。突然の賭博熱解消の謎は。『カラマーゾフの兄弟』に秘められた文豪のメッセージとは。あの「ダヴィンチ・コード」をはるかに凌ぐ人類救済の謎解きがここからはじまる。
――――――――――――――――11 ―――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.65
演劇
※ 三百人劇場は今年で閉館になるそうです。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.65――――――――12 ―――――――――――――――――
後期の予定
土壌館劇場公演
 毎回、ゼミの中で公演してゆきます。棒読みにならないように創意工夫してください。
ゼミ内容
    □ 後期は、主にこの二点を中心にすすめます。
      1.テキスト「灰色の月」の考察。 
      2.ゼミ誌原稿感想と「車中観察」・「普通の一日を記憶する」
    □ 併せて時間に余裕があれば、以下の課題も実施します。
      3.名作読み。(家族観察作品ルナール『にんじん』)
      4. 回想法・「少年王者」紙芝居。(毎ゼミ可)
      5 社会問題として憲法問題  第九条についての考えを話し合う。
  
提出原稿について
○ テキスト・「灰色の月」の感想文。(各自1本)
○ 「車内観察」&「普通の一日を記憶する」。(常時)
  名作読み「にんじん」の感想を書く。(各自1本)
掲示板
ドストエフスキー関連
■ドストエーフスキイ全作品を読む会第217回「読書会」
月 日 : 12月9日 午後2時00分~4時45分
会 場 : 東京芸術劇場小会議室7
報告者 : 近藤靖宏氏 作品『賭博者』
■ドストエーフスキイの会第177回例会
月 日 : 11月18日 午後6時00分~9時00分
会 場 : 千駄ヶ谷区民会館
報告者 : 下原敏彦
題 目 : 「なぜ、柳の下には二匹目のドジョウがいるのか」
                                 詳細は下原まで  
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編集室便り
☆課題原稿、社会評、創作など歓迎します。下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆本通信はHP「土壌館」に掲載されています。

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