文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.269

公開日: 

 

 

日本大学藝術学部文芸学科     2015年(平成27年)6月29日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.269

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

4/13 4/20 4/27 5/11 5/18 5/25 6/1 6/8 6/15 6/22 6/29 7/6

2015年読書と創作の旅

 

熊谷元一研究

 

6・29下原ゼミ

 

 

6月29日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2

 

1.課題報告  2.テキスト読み  3.社会観察   4.読みと書き

 

夏休み校外授業について

 

2015年度のゼミ合宿は、熊谷元一研究のススメとして、熊谷の故郷長野県下伊那郡阿智村にある「熊谷元一写真童画館」の見学。以下は、その計画案です。

 

月 日  8月5日(水)~6日(木)

場 所  長野県下伊那郡阿智村 昼神温泉郷

見 学  「熊谷元一写真童画館」「満蒙開拓平和記念館」他

宿 泊  阿智村経営宿「鶴巻荘」

参 加  数名(ゼミⅡ3、ゼミⅣ1、聴講1)+(教員2)

 

熊谷元一研究の旅、行程(案)

 

85(水)1日目

集 合  8:30 新宿駅西口中央高速バスセンター休憩室

出 発  9:00 「飯田」行高速バス乗車

11:00 双葉サービスエリアで15分休憩

到 着  13:01 高速バス停「伊賀良」下車、迎マイクロバスに乗車

昼 食  13:30 昼食と休憩

見 学  15:00 満蒙開拓平和記念館 (熊谷との関係を知る)

16:30 熊谷元一写真記念館 → 宿「鶴巻荘」へ

18:30夕食 20:00 日本一星空見学

86(木)2日目

見 学 10:00 熊谷元一写真童画館

11:00 古典文学の里「ははき木館」、他

12:30 郷土料理「ごへいもち」

帰 路 15:15「伊賀良」で高速バス乗車 19:15新宿駅西口到着予定

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.268 ―――――――― 2 ―――――――――――――

 

熊谷元一写真集『黒板絵は残った』(D文学研究会)

 

信濃毎日新聞 書評 2015・6・21

 

教育の力を、もう一度信じてみたくなる一冊

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熊谷元一「黒板絵」写真展報告

 

写真展を開催した 6月2日(火)~16日(火)のあいだの入場者数は、平均50名前後だった。最高日は80名、最低日は30名であった。日芸展示、最高の盛況でした。

 

 

会場のノートに書かれた感想の紹介

 

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会場に置いたノートに、様々な見学者の感想があったので、紹介します。

 

虫歯予防の日を思いだした

 

2015・6・4この日は昔から「虫歯予防デー」と言われてきました。当方は、ここに登場する元気な子供たちとは2年下ですが、黒板に元気な絵を描いた子供の様子をみていて、今日が何の日であるかを思い出しました。

 

□62年前はまだ食料事情はよくなかった。が、この子たちから虫歯予防を思いだしたということは、当時の子供たちは、現代の子供たちよりずっと健康だったのかも。

 

遊びに夢中で、アセモが…

 

黒板絵の中に「…ちんぼがか(ゆ)いい…」という絵があります。これも正に当時の男の子ストレートに表現したものです。つまり遊びに夢中になっていると、小用を足すにも最後の最後までキチンとしないのです。

すると下着にもらした残りカスがいたずらをし、アセモのようになって「かゆく」なるのです。元気で素直な子供たち1人1人でした。

 

□経験からの話でしょうか。すすむくんは、からだに感じている本当の気持ちを描いた。そのようにもみえます。元気な証拠、素直な現れ。みる人によって、違うものですね。

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.269 ―――――――― 4 ―――――――――――――

 

過保護で育つ今の子供たちに不安

 

ひるがえって、生れたときから身の回りに何でも揃っている今の子どもたち。ケンカもなく、ケガもなく、自分たちの学舎の掃除をするでもなく、ところによっては、給食費まで支払わない。過保護で自己中心に育った子供たちに、今の大人たちは、何を期待しているのでしょうか…。

 

□昔も今も子供たちはかわらない。が、むかしは、自分たちでやらなければならないことがたくさんあった。掃除もそうだが、ストーブのまき運びもそうだった。

 

そんなアレコレが、まわりどうろうのように浮かんでは消えする写真展でした。この企画に感謝です。ありがとうございました。

 

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心の中に、宝物があふれている、ようだ

 

虫や牛や、生き物がいる世界、と、今の東京のようにスズメまでも、少なくなっている世界では、生き物に対する、気持ちがちがって育ってしまうかもしれないなあ、と思いました。生き物が身近にいて、自然があるのは、心の中に宝物がいっぱいあふれることかもしれません。

 

□描いた子供たちの心の中を想像して自然環境までみているところがすごい。

 

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このようなすばらしい記録が残っていることに感動

 

読売新聞の「時の余白に」を読んでこちらに来ました。

子どもたちの写真が、とても生き生きと写されており、感動しました。

なつかしい風景ながら、いつの時代も変わらない子どもたちのみずみずしい感性を感じました。

私の子どもは来年、1年生になりますが、家族にも今回の熊谷先生の写真集をみてもらうつもりです。このようなすばらしい記録が残っていることに感動し、このような展示を見せていただいたことに感謝します。ありがとうございました。

 

□不慣れの編纂ですが、熊谷先生の思いや功績が、伝わったことうれしく思います。

ありがとうございました。

 

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教えない、おこらない、ほめて育てる、ということは、自分の子育てでは、できませんでした。――そう育てていたら、どうだったか?!!

 

“ てんぐの怪獣 ”が一番よかった。

 

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「時の余白に」を読み、今日、来ました。

“性狷介にして不服従”そのような教師の写真を見せていただきました。

ありがとうございました。(私は信州諏訪で生れました)

 

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黒と白のかもし出す、美しさ、たのしさ、子供さんたちの無邪気な発想、先生と子供たちの温かい交流。

よき時代であったことを、あらためて感じさせて頂きました。

ありがとうございました。

(書道家 97歳)

 

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子供たちの素直な絵のなかにいると、素直な気持ちになれてよかった。

ありがとうございました。

 

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人間を大切する写真に敬服

 

「5万枚の写真」、時を後世に伝え、人間を大切にする熊谷元一先生に敬服します。

熊谷先生の写真、世界中の人々に見てもらいたいです。

歴史の生き証人ですね !!

 

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不易の教師

 

あの時代に、のびのびとさせる教育を実践されたことに敬意を表します。子どもたちへの「温かな、まなざし」は、今の先生方に大いに学んでほしいことです。時代が変わっても、教師として不易のことを教えてくれる写真展でした。ありがとうございました。       (1年生と同世代です)

 

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若林圭子さん(歌手)のシャンソンの会のとき(若林さんから)案内状をいただきました。息子さんの展覧会(江戸時代着物)のときに、お父様のお話を聞いて、本を見せてもらっていましたので、楽しみに来場しました。

写真一点一点の迫力、とてもとても貴重な楽しい展覧、ありがとうございました。師弟の強い絆を感じました。          (ギャラリー古藤)

 

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昔のことが、よみがえってきました!!!

 

6月12日、いなかからのこのこやってきました。(とても不便なところ)

もう半世紀も芥川さん(「時の余白に」)のファンをやっています。長いこと、熊谷さんの写真を見ようと時刻表(よみうり)ながめていたら、あっ、読売新聞にとりあげてくださっていまして、それならTOKYOの方が出やすいと、でかけてきました、しだいです。

同世代のこどもたちを見て、にっこり!!!です。歳とると、昔のことが、生き生きとよみがえってきます。(夫が、昔といいはじめると、私もこどももパッと、逃げ去っておりますが)実は、私も教師、中学の、やってましたので、あのころのこどもたちは、かがやいていました!!!

 

□『一年生』のファンの方ですね。朝一番に富山の方から、新幹線でいらっしゃったと聞いています。遠くから…本当にありがとうございました。

 

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35年ぶりに江古田に来ました。キャンパスはすっかり近代的な建物になり、昔の面影はありませんでしたが、子供たちの写真を見ているうちに昔にもどってしまいました。

子どもたちが描く絵は、どんな有名な作家の作品もかなわない力強さと美しさがあります。

それにしても、子供たちを写真を通して長い間、みつめていることに懐かしさを感じました。ありがとうございました。(OB)

 

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『伊那路』という郷土同人誌に毎号載せている童画が熊谷元一の童画によく似ている…熊谷先生の絵だったのでしょうか。帰ったらたしかめます。

 

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写真展の感想は、ノートの他、直接に、お話で伺いました。また、携帯やパソコンメールでも多くの方からいただきました。

郷里出身の皆様、下伊那農業高校同窓会、在京飯田高校同窓会の皆様、感謝します。

 

『黒板絵は残った』(D文学研究会)|¥1800+税

購読希望者は日藝江古田購買部マルゼンへお問い合わせください。

連絡先電話番号は03-5966-3850です。

FAX 03-5966-3855

E-mail mcs-nichigei@maruzen.co.jp

 

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毎日新聞 インターネットニュース

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.269 ―――――――― 8 ―――――――――――――

 

『網走まで』と『三四郎』

 

『網走まで』は、明治43年(1910)に『白樺』第一号に発表された。が、実際に書かれたのは2年前の明治41年といわれている。作者が25歳のときである。明治39年7月に学習院高等科を卒業。9月に東京帝国大学文科大学英文学科に入学している。

この時代、明治40年代は、どんな時代だったのか。日清日露戦争に勝利した日本は、韓国併合(1910)を目指して大陸侵攻の準備を着々と進めていた。ポーツマス条約、明治39年(1906)には南満州鉄道会社を設立するなど富国強兵政策をますます強めていた。

しかし、華々しい国策の裏で暗い出来事が次々起きていた。明治42年には伊藤博文がハルビン駅で暗殺された。また43年には、大逆事件が起き、幸徳秋水ら24名に、死刑、の判決がくだった。そのうち12名が減刑され無期懲役となったが、幸徳秋水はじめ12名が絞首台の露と消えた。

 

大逆事件は知識人に大きな衝撃をあたえた。森鴎外、永井荷風、石川啄木、与謝野鉄幹らのおどろきと打撃はかれらの作品に書きのこされている。(『高校日本史』実教出版)

大逆事件(明治天皇の暗殺を計画したとされる嫌疑)は、明治44年(1911)2月18日に上記の判決が下った。この死刑宣告の判決について、志賀直哉は、その感想を二十日金曜日の日記にこう書きしるしている。

 

二月二十日 金曜日

 ・・・一昨日無政府主義者二十四人は死刑の宣告を受けた。日本に起つた出来事として歴史的に非常に珍しい出来事である。自分は或る意味で無政府主義者である、(今の社会主義をいいとは思わぬが)その自分が今度のような事件に対して、その記事をすっかり読む気力さえない。その好奇心もない。「其時」というものは歴史では想像出来ない。

 

ここで唐突だが、明治の文豪夏目漱石の『三四郎』は明治41年(1908)9月1日から12月29日まで、107回にわたって東西の朝日新聞に掲載された。『網走まで』は明治41年(1908)8月14日と執筆年月日が明記されていることから、両作品は、ほぼ同時期に書かれたとみてよい。

同時期に書かれた『三四郎』と『網走まで』。この二つの作品の違いは、まず作者だが、『三四郎』を発表したときの漱石は41歳。前年、明治40年(1907)一切の教職を辞して朝日新聞社に入社。すでに『草枕』を発表し、『我輩は猫である』『坊ちゃん』などを相次いで出版。押すも押されぬ大流行作家となっていた。文学一本に人生を絞ったのである。

ちなみに『三四郎』を発表した年、明治41年の年譜をみると、このような文学活動をしている。

1月1日より4月6日まで『坑夫』を朝日新聞に連載。

『虞美人草』(春陽堂)出版。友人、森田草平に小説『煤煙』の執筆を勧める。

6月13日より21日まで『文鳥』を大阪朝日新聞に連載。

7月から8月にかけて『夢十夜』を東京・大阪朝日新聞に連載。

9月1日より12月29日まで『三四郎』を朝日新聞に発表

 

なぜ、『三四郎』を持ち出したのか。この作品も出だしは車内観察からはじまる。子ども連れではないが、子持ちの女と同席する。『網走』は、同情と純情だが、『三四郎』は新聞小説だけに色っぽいところもある。直接的な時代批評もある。そして、主人公の目的地、東京での生活が長編で描かれている。

この作品が、単なる新聞小説で終わることなく、いまも読みつづけられているところはなぜか、『網走まで』を知るうえで、前回この作品の車内観察部分を読んだ。

6・29下原ゼミⅡ課題        名前

 

 

  1.  テキスト観察・感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2. 社会観察 「犯罪者による出版の是非」今回の場合

 

 

 

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