文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.71

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2006年(平成18年)12月 4日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.71
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2006後期9/25 10/2 10/16 10/23 10/30 11/13 11/20 11/27 
     12/4 12/11 1/15 1/22 
  
2006年、読書と創作の旅
12・4下原ゼミ
12月 4日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ1
  1.  ゼミ誌作成・進行状況の報告
  2. 名作読み『にんじん』「鶴嘴」と『注文の多い料理店』
  3. 回想法・復刻版『少年王者』山川惣治作・画を紙芝居稽古
     (11日上演の打ち合わせ)
2006年、読書と創作の旅「車窓」
 今週は、政治家の厚顔というか、破廉恥なニュースが話題をさらった。なかでも物議をかもしたのは、やはり、あの騒動である。昨年の郵政民営化法案の際、反対票に入れ、自民党を離党した「造反組」無所属衆議院議員12人の復党顛末。この復党には、国民の半数以上が疑問を投げかけている。「党利党略」「私利私欲」誰もがこう思っている。が、来年の選挙が心配の新内閣は、「人情」という旧態依然の理屈を御旗にしての復党内定である。「変節」という言葉を聞いて久しいが、信念を押し通すということは難しいようだ。
 小泉前総理は、よく戦国武将の織田信長に似ているといわれた。とすると安倍首相は豊臣秀吉を真似るつもりだろうか。こんどの復党騒ぎを信長、秀吉、家康の3武将ならどう処したか、想像すると面白い。まず、信長だが、こちらは分かりやすい。復党は絶対にあり得ない。当選したことさえ苦々しく思っていて、一生、選挙の邪魔をして終えるに違いない。本物の信長は、ナポレオンに「不可能」がないように「許す」の考えはないのである。しかし今回、この問題について肝心要の小泉・信長は、なぜか沈黙している。これについて新聞(朝日11・28)の社説『「刺客」は使い捨てか』で「それにしても解せないのは、復党問題についてほとんど考えを語ろうとしない小泉氏の姿勢だ。」と疑念を呈している。
 秀吉だったら、どうだろうか。天下を取った頃までだったら、あっさりいいとこみせで復党を容認しただろう。が、朝鮮出兵あたりからは、疑心暗鬼が過ぎて、許すには許すが踏み絵だけでは物足らなくて金銀や貢物、家族の人質などを要求するかも・・・。
 家康なら、どう対処するか。彼の場合は、きっと、「他に政党を作りなさい。そしたら仲間として連立を組みましょう」というだろう。3武将のうち、誰の策略がよいか・・・いまのところ安倍さんは秀吉を真似ているようだ。果たして吉とでるか凶とでるか。
 もう一つ、政治家で奇妙な答弁があった。自分の4男の疑惑を問われた石原都知事は「余人を持ってしても代えがたい」と威圧的に答弁した。秀吉もそうだったが、権力に長くいると常識が見えぬようになるようだ。「泣いて馬しょく斬る」あまりに有名なこの故事もすっかり忘れてしまったようである。諸葛孔明も呆れている。(編集室)
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.71 ―――――――― 2 ――――――――――――――
 


車窓雑記
 
海外ニュース・「人さらい事件」観察(11・29朝日から)
 拉致事件といえば、なにやら政治的だが、早い話「人さらい」である。人間社会にとって許すべからず憎むべき犯罪である。が、なぜか世界的には関心が薄い。その傾向はヨーロッパにみられる。多分に、それは歴史的背景があるからだろう。1284年ドイツのハーメルンで4歳以上の少年少女130人が忽然と消えた。犯人は、笛吹き男とする謎に満ちたこの事件も、「人さらい」の仕業との見方がある。(沼に落ちたという説もあるが)2000年以降の現在でも、ルーマニアやネパールで女の子たちがさらわれて売られる。そんなテレビ・ドキュメンタリーをみたことがある。アメリカでも子供の誘拐は後をたたないという。つまるところ「人さらい」という商売は、いつの世でもあって、とくに外国では珍しいことではないことのようだ。それ故、この犯罪への関心度も低く「人さらい」を国家規模でおこなっている国とも平気で国交を結ぶ。皮肉なことに人権を重視している国に多い。
 日本でも中世の頃は、「人さらい」が横行していたようだ。そんな話を小説にしたのが森鴎外の『山椒太夫』である。母と姉弟が「人さらい」に騙されて母親は佐渡へ姉と弟は山椒太夫の屋敷へと売られていく物語はあまりに悲しい。あらすじは、姉の安寿は汐汲み、弟の厨子王は芝刈りの仕事でこき使われる。が、ある日、安寿は弟を逃がして自殺する。弟は京にでて出世をして国司となって帰ってくる。そして、佐渡の農家の庭先で
 「安寿恋しや ほうやれほ 厨子王恋しや ほうやれほ」とうたいながら雀を追う盲目の老婆、母親と感動的な再会を果たして終わる。鴎外はきれいにまとめたが、当時の人々の「人さらい」に対する憎しみは、強かった。裏話は、弟を逃した姉は拷問で殺され、国司となって現れた厨子王は、山椒太夫一族をのこぎりびきという残酷な刑で皆殺しにする。
 29日(水)朝日の紙面紹介にこんな見出しをみた。「売買、虐待、悲しき少年騎手」。衝撃的見出し。興味をもって読んだ。見出し紹介の記事はこんな内容だった。
 人身売買などで中東に連れて行かれたラクダレースの少年騎手が故郷バングラデシュに帰った。幼いときに国を離れ、母国語も忘れていた。保護された少年がアラブ首長国連邦だけで千人いる。
 中東にはラクダレースというものがあるらしい。アラブ首長国連邦(UAE)には、国内に17のレース場があり、レース用のらくだは5千頭。オーナーは1千人いるというから、日本の競馬の比ではないようだ。このラクダレースの騎手を他国からさらってきていたのだ。もともと国内の少年を使っていた。が、80年代半ば以降レース数が急増したことから「人さらい」がはじまったらしい。主にバングラデッシュ、パキスタン、スーダンから少年を「さらったり」騙して連れてきたりしていた。昨年7月、このことが国際社会から批判されたことで、UAE政府は、18歳未満の騎手の雇用を法律で禁止した。これを受けて5月までに1077人の少年が保護されたという。多くの少年たちは虐待を受けており、栄養不足でトイや浴室の使い方を知らなかった。新聞記事は、「7歳で売られバングラ→中東」との見出しで「人さらい」にあった一人の少年の経緯が紹介されていた。
 8年前、バングラデッシュのダッカ北部の街に両親兄弟たちと住んでいた少年は、近所の女に騙されて中東に売られた。タイル職人の父と妻は、女を問い詰め、「人さらい」を認めさせたが、売られた先はわからなかった。少年は、そのときのことをこのように話した。
 連れて行かれたのは砂漠のラクダ飼育場。ラクダ小屋の粗末な電気もない住居。早朝と午後の計8時間、騎乗訓練とラクダの世話の毎日、食事は一日二回、休日も給料もない、学校にも行けない。週末は毎週のようにレース。ラクダの世話がまずいとオーナーに杖でなぐられた。アラブ世界では、この手の話は珍しくない。何年か前、国連職員の女性が現地人と間違われて人さらいにあい、売られたアラブの王様のところから逃げ出す。こんな映画を観た。脚本は、元アラブの大使館員という。 (編集室)
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12・4ゼミ
12月4日のゼミは次の要領で行います
1. ゼミ雑誌作成進行状況の報告(ゼミ誌編集委員)
2 名作『にんじん』・『注文の多い料理店』読み
3 紙芝居稽古 回想法・山川惣治作・画『少年王者』(11日上演の打ち合わせ)
  
1.ゼミ雑誌作成過程報告
 
◎ ゼミ誌発行までの予定です。
1.  (11月30日、2校校正を提出。)12月4日現在、全編集作業完了か。待機中。
2. ゼミ誌できあがったら見本誌を出版編集室に提出してください
3.  12月下旬までに印刷会社からの【請求書】を出版編集室に提出してください。
注意事項!!
以下の点に注意してください。
◎ ①【ゼミ誌発行申請書】、②【見積書】、③【請求書】以上3種類の書類が提出されない
  場合はゼミ誌の発行はできません。補助金の支払いも認められません。
  
2. 名作読み『にんじん』「鶴嘴(つるはし)」
 概略:にんじんと兄のフェリックスは畑仕事をしている。兄は鉄製の鶴嘴で、にんじんは手製の木の鶴嘴で。仕事の最中に兄の鶴嘴がにんじんの額を一撃する。「バターをくりぬいた」ほどの傷。兄は血を見て倒れる。家族のものは、大騒ぎして兄を看病する。にんじんは、頭に布切れをまかれただけで、捨て置かれている。血にそまった布切れを見て父親は
「えらい目にあったな!」と、言った。
が、母親のルピック夫人は、こう言い放つ。
「おまえ、注意できなかったのかい。ばかな子だね」
名作読み『注文の多い料理店』11日の報告に備えての読み
 大正10年(1935)11月10日作と明記されている。既述大正13年(1938)発行の同名の単行本に入れられている。広告文中のこの作品の説明には次のようにある。
「二人の青年紳士が猟に出て路を迷い、『注文の多い料理店』に入り、その途方もない経営者から却って注文された話。糧に乏しい村のこどもらが、都会文明と放恣(※勝手気まま)な階級とに対する止むに止まれない反感です」
3.紙芝居稽古『少年王者』「おいたち編」
 来週11日の合同授業では、文芸研究実習の皆さんの『注文の多い料理店』『どんぐりと山猫』の感想発表とデザイン科の皆さんの実習発表を聴いてから山川惣治作・画『少年王者』の紙芝居を行います。練習時間は余りありませんでしたが、皆で協力して上演してください。付け焼き刃ですが役割を決めてください。例えば
1.舞台監督(読む範囲などの振り分け)・・・・・・→ 
2.演出・読む人(選出) ・・・・・・・・・・・→
3.開始前の言葉(「これから、はじめます式なこと)・・→ 
4.音響(雰囲気づくり、楽器)・・・・・・・・・・・・→
5.舞台助手(横から、紙芝居の紙を引き出す)・・・・・→ 
6.その他の係り 
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にんじんの謎
 
 12月1日、東京地裁で行われた「板橋両親殺害事件」で裁判長は、犯行時15歳の長男(17)に「強固な殺意に基づく、計画的ではなはだ悪質な犯行」と指摘、「被告の内省はいまだ深まっていない。責任を自覚させるため、行為の重大性に即した刑罰を与えることが必要だ(朝日12・2)」として懲役14年を言い渡した。この事件は、昨年6月東京・板橋の社員寮で起きた。中3の長男が管理人だった父親と母親を殺害、その後部屋にガスを充満させ爆発させた。動機は、日頃の両親への不満。
 2006年の前半は、家族の問題が多かった。子供が親を殺す事件がつづいた。子供の虐待も後を絶たない。先日も、犬小屋の上で子供を住まわせていたというニュースもあった。いま家族内で何が起きているのか。『にんじん」を読んで考えてみよう。
 後期から読んできたルナールの『にんじん』は、日にちの関係でおそらく今日の「鶴嘴」までとなります。「犬」までと思っていたので紙面に掲載しました。個々で読んでみてください。気になったところを取り上げました。考えてみましょう。
                犬          訳・窪田般彌
 ルピック氏と姉のエルネスチーヌは、ランプのもとで、肘をつきながら、一人は新聞を、他の一人は賞品の本を読んでいる。ルピック夫人は編み物をしている。兄のフェリックスはストーヴで足をあぶっている。そしてにんじんは、床に腰をおろして、なにごとか思いにふけっている。
 
 幸福などこの家庭にもみられる、一家団欒のひととき。にんじんの、「なにごとか思いにふけっている」は、気になるところではある。こんなときのにんじんの心中は。
とつじょ、靴ぬぐいの下で眠っていたピラムが、やかましく唸りはじめる。
――お黙り!と、ルピック氏がいう。
ピラムはいっそう激しく唸る。
――ばかもの!と、ルピック夫人がどなる。
 父親が「お黙り」で、母親が「ばかもの」。訳者の考えか。それとも原文がそのような言い回しになっているのか。もし、そうだとすれば、作者は意図して、父親と母親を逆転させているのか。何のために?ここも気になるところである。
 しかしピラムは、だれもがびっくりするほど粗暴に吠える。ルピック夫人は、心臓を手でおさえている。ルピック氏は唇をきつく結んで、横目で犬をにらみつけている。兄のフェリックスは、がなりたてる。だが、こうなってしまっては、だれも人のことばなどもう耳にはいらない。
――静かにおしったら、厭ったらしい犬だね!ほんとにお黙りよ、しょうがないね!
 ピラムはいっそう激しく吠える。ルピック夫人は、平手打ちをくらわせる。ルピック氏も新聞でひっぱたき、さらに足でける。ピラムは、なぐられるのが怖いので、腹ばいになり、鼻を床にすりつけながら吠える。まるで癇癪をおこし、口を靴ぬぐいにぶつけながら、声を粉々にたたきつぶしているといったふうだ。怒りのあまり、ルピック一家は、息がつまりそうだ。一同は立ったまま、腹ばいの犬をはげしく迫害する。犬のほうもがんとして抵抗する。
ガラス窓が軋しり鳴る。ストーヴの煙突がふるえ声をあげている。姉のエルネスチーヌまでもがわめき立てる。
―――――――――――――――――― 5 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.71
冒頭の一家団欒の光景をみれば、ルピック一家は、穏やかで心やさしい人たち。そんなふうにみえる。が、犬がなき出すとどうだろう。とたんに、全員が人格が変わってしまった。だれもかれもが暴力的になり、怒鳴り、罵る。犬までがおかしくなっている。そんななかで作者にんじんは、皆の様子を冷静に観察している。やはり、この一家は変だ。
にんじんは、命令もされていないのに、なにが起こったのかをみに行った。きっと、帰りのおそくなった職人が通りを歩いているに違いない。盗みをするために庭の塀を乗りこえてくるのでないとしたら、ゆっくりとわが家に戻るところなのだろう。
にんじんは、長く、暗い廊下を、両腕を戸口のほうにさしのばしてか進んで行く。閂をみつけだし、大きな音をさせて引っぱる。だが、戸は開けはしない。
昔はかれも、身を躍らせて外にとび出し、口笛をふいたり、歌をうたったり、地べたをふみたたいたりして、一生懸命に、敵をたじろがせようとしたものだった。
しかし、いまや、かれもずるくなっている。
愛犬の吠え声に、怒り狂うルピック一家。そのなかでただ一人冷静なにんじんは、わざわざ外を見に行く。正確には、見に行くふりをする。「いまや、かれもずるくなっている」とあるから、以前は犬が吠えるたびに、にんじんに見回るよう言いつけていたのだろうか。にんじんは、それがすっかり身についてしまっている。悲しい習性だ。が、それがにんじんを狡猾にさせた。どこの家庭にもあること。にんじん本人の性格に問題があるのか。
両親は、かれが、大胆にもすみずみをくまなく探索し、忠実な番犬よろしく、家の周囲を回っているとおもっているが、じつは、両親をだまくらかしているのだ。かれは戸のうしろに、ぴったりとへばりついているのだ。きっといつの日か、かれはとりおさえられるだろう。が、もう久しい間、かれの策略はうまくいっている。かれは、ひたすら、くしゃみをしたり、咳をすることを恐れている。かれは息をころす。そして、目をあげてみると、戸の上の小さな窓から、ちらほらと、星が三つ四つ見える。きらめく星の清らかさが、かれをぞっとさせる。
 
見回るふりをして、息をころして戸にへばりついている、にんじん。このズルは、いつの日かバレて、とりおさえられるだろう。と、作者は言っている。しかし、家族は、にんじんを責めることができるだろうか。こんな、策略を思いつかせたのは両親である。星のきらめきに、自分の行為を恥じるにんじんに「イジメ」を受けた子供の心境が重なる。にんじんは、なぜぞっとするのか。
やっと帰っていい時間がきた。芝居はあまり長引かせてはいけない。いい気になっていると、怪しまれるだろう。ふたたびかれは、華奢な手で、重たい閂をゆすぶり動かす。さびついた鎹のなかで、軋む音がする。それから、かれは閂を、溝の奥まで荒々しく、押込む。この騒がしい物音に、家族のものは、かれが遠くから戻ってきたのだ、義務を果たしてきたのだ、と判断する!背筋がくすぐったい気がするが、かれは、家族のものを安心させようと、一目散に走り去って行く。
ところが、かれがいないうちに、ピラムも吠えるのをやめたので、ほっとしたルピック一家は、ふたたび、各人それぞれの場所に戻っていた。そこで、にんじんは、だれ一人たずねもしないのに、ともかく、いつものようにいう。
――犬のやつ、夢をみたんだよ。
結局は、にんじんの一人芝居に終わった犬騒動。家族のものの、にんじんに対する態度は、あまりに残酷だが・・・・。家族のものは意識的に「にんじん」を虐待しているのか。「にんじん」の性格が歪んでいるだけなのか。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.71―――――――― 6 ――――――――――――――――
2006年、読書と創作の旅 読書の秋
  
☆ 憲法改正について (現行憲法を何度でも読んで考えてみましょう)
 安倍政権に代わって憲法改正問題がより現実的になっています。そこで、この問題を観察してゆきます。下記は、注目されている現行憲法です。
前文について
【現行憲法】
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれら子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に在することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われわれはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、じこくのことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
現憲法の第二章【戦争の放棄】
 
第九条 ① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、武力によ
       る威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを
       放棄する。
     ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国
       の交戦権は、これを認めない。
●政府(自民党)草案の第二章はこのようです
 第二章【安全保障】
 
 第九条(平和主義) (現憲法の一項と同じ)
 第九条の二(自衛軍) 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣
 総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
第二項に定められるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。           
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読書の季節・12月の詩
 
 12月になると、なぜかアポリネール(1880-1918)のこの詩を思い出します。黄昏どき、一人暗誦してみてください。「ミラボー橋」は1913年の作品。これはセーヌ川にかかる鉄製の橋の名前です。(詳しくはネット「アポリネール」検索ください)
  Le pont Mirabeau            ミラボー橋
Sous le pont Mirabeau coule la Seine.  ミラボー橋の下をセーヌは流れる
Et nos amours              そして私たちの愛も
Faut-il qu’il m’en souvienne       思い出さねばならないのか?
La joie venait toujours apres la peine  悲しみの後に必ず喜びが来たことを
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
Les mains dans les mains         手に手を取り
restons face a face         顔に顔を合わせ
Tandis que sous le Pont         私たちの腕が作る橋の下を
de nos bras passe          永遠の微笑みが流れる間に
Des eternels regards l’onde si lasse   水は疲れていった
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
L’amour s’en va comme cette eau courante 愛は流れ行く水のように去っていく
L’amour s’en va comme la vie est lente  愛は人生は遅すぎるかのように
Et comme l’Esperance est violente    そして望みは無理であるかのように
                     去っていく
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
Passent les jours et passent les semaines日々が去り、週が去って行くのに
Ni temps passe              時は去らず
Ni les amours reviennent         愛は戻らない
Sous le pont Mirabeau coule la Seine   ミラボー橋の下をセーヌは流れる
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
 句読点を使わないという画期的な手法を使った作品集「アルコール」の特徴
がこの詩にも出ています。(検索)
 去っていった恋人、マリー・ローランサン。詩人は38歳の短い生涯。が、彼女への愛は永遠に終わらない。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.71――――――――8 ―――――――――――――――――
11・27ゼミ報告
11月27日のゼミは、7名全員参加でした。(順不動・敬称略)
 猿渡公一   鈴木秀和   高嶋 翔  中川めぐみ
 神田奈都子  大江彩乃   佐藤翔星
    
司会・佐藤翔星さん
1.ゼミ誌原稿の校正 → 2校の校正(佐藤君、大江さんが事前に下見)授業前各自チェッ
 クする。頁減し。木曜日30日までに編集委員に。稲栄社には、30日夕方手渡しの予定。
2. 提出原稿の読み「寒空の下」中川めぐみさん。スーパーのバイトで、暇だったからやら
 された。感想として、①配らないで捨てる人もいるのか?体験者・配ったチラシを持って
 きたら「何ぼ」だった。②ノルマがある。など様々あった。※バイト体験は、なぜか覚え
 ている。東京駅で皿洗いしていたらいきなり池袋の駅構内の店に応援に行かされた。最初
 の客が「クリームフルーツパフェ」を注文。食べたことも作ったこともなかったので大汗。
3. 『にんじん』「もぐら」の読み。「もぐら」(土竜と書く)に対する感想は多かった。
神田「作者=もぐら」「家族に対するメッセージ。自分は死なない、という」
鈴木「子供は虫やカエルを殺したりする」普通の行為。
佐藤「西欧の方では、モグラを悪魔的に捉える風習はあるのか」
猿渡「先日のホームレス殺人の少年たちを彷彿した。イジメのにおい」
高嶋「目に涙を浮かべて、のところが気になる。なぜ、涙を浮かべたのか」
中川「ヒマだったから。家族に対する何かを感じる」
4.宮沢賢治の『どんぐりと山猫』全員読み。
5.回想法・紙芝居稽古 → 鈴木君が上演。
掲示板
ドストエフスキー関連
■ドストエーフスキイ全作品を読む会第219回「読書会」
月 日 : 12月9日土曜日 午後2時00分~4時45分
会 場 : 東京芸術劇場小会議室7
報告者 : 近藤靖宏氏 作品『賭博者』
■ドストエーフスキイの会第177回例会
月 日 : 2007年1月13日土曜日 午後6時00分~9時00分
会 場 : 千駄ヶ谷区民会館
報告者 : 田中元彦氏
題 目 : ドストエフスキー作品の自殺について
                                 詳細は下原まで  
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編集室便り
☆課題原稿、社会評、創作など歓迎します。下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆本通信はHP「土壌館」に掲載されています。
  少年王者「おいたち編」山川惣治作・画
60年前のサブ・カルチャーを紙芝居する!
 
 現在、好評発売中の山下聖美著『ニチゲー力』(三修社)は、日本のサブ・カルチャーの発信地、日大芸術学部を徹底解剖した書です。12・11に下原ゼミで紙芝居上演する山川惣治作・画『少年王者』(集英社)は、まさに、そのサブ・カルチャーといえます。60年前、戦後の混乱期、昭和22年、少年少女たちに大ベストセラーとして愛読されました。痛快和製ターザン物語です。
 下原ゼミは、テキストとして志賀直哉の車中作品を読みすすめています。名作『灰色の月』は、終戦直後の山手線の車内を描いた作品。飢えて、もうすぐ死ぬかもしれない少年を乗客は、誰も助けることができない。街には戦争孤児があふれ、上野の山ではバタバタと餓死者がでていた。「全くひどい時代だった」。戦争に負けて、大人はすっかり元気をなくしていた。この時代に子供たちに夢と勇気を与えたのが「少年王者」だった。この作品が日本人に自信を取り戻させ高度成長への原動力となった。サブ・カルチャーには、明日はない。しかし、今日という時代を盛りたて励ます力を持っている。
 いじめ、自殺、親殺し、子殺し、とじこもり、2006年の今、子供たちの問題は、より深刻化している。60年前のサブ・カルチャー『少年王者』の復活が希望になれば幸いである。
出演者 : 大江彩乃   中川めぐみ  神田奈都子   鈴木秀和  
      高嶋 翔   佐藤翔星   猿渡公一
―――――――――――――――― 9 ――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.69
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68――――――――10 ―――――――――――――――――
――――――――――――――――11 ―――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68――――――――12 ―――――――――――――――――
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文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.69――――――――14 ―――――――――――――――――
―――――――――――――――― 15 ――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68
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日本のサブ・カルチャーの発信地の魅力を余すところなく解説
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   特集・チェーホフの現在 座談会・ドストエフスキー派から見たチェーホフ
             清水 正 下原敏彦 下原康子 横尾和博
    創作・架空夜話「ある元娼婦の話」下原敏彦
1890年6月26日、アムール河口の町に着いたチェーホフは、日本人娼婦と一夜を共にする。その夜、青年医師であり新進作家でもあるチェーホフは遊女と何を語り、何を考えたのか。ドストエフスキーへの懐疑と尊敬。そして明治維新を成し遂げた日本への憧憬と興味。謎に満ちた若き文豪のサハリン行の謎がここに明かされる。
☆雑誌・別冊『國文学』特集号 10月20日発行 定価1575円
『ギャンブル』破滅と栄光の快楽
 下原敏彦「ドストエフスキーとギャンブル」
文豪を苦しめたルーレット賭博とは、何だったのか。突然の賭博熱解消の謎は。『カラマーゾフの兄弟』に秘められた文豪のメッセージとは。あの「ダヴィンチ・コード」をはるかに凌ぐ人類救済の謎解きがここからはじまる。

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