文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.72

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2006年(平成18年)12月 11日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.72
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2006後期9/25 10/2 10/16 10/23 10/30 11/13 11/20 11/27 
     12/4 12/11 1/15 1/22 
  
2006年、読書と創作の旅
12・11下原ゼミ
12月 11日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文芸棟教室1
文芸研究実習Ⅰ・デザイン学科・下原ゼミ合同授業
 1.『注文の多い料理店』、『どんぐりと山猫』研究発表
 2.デザイン学科『注文の多い料理店』タイポグラフィー作品発表
 3.山川惣治作・画『少年王者』紙芝居上演(昭和22年発行)
2006年、読書と創作の旅「旅窓」
 今年の旅は、今日で最後となります。この一年、車窓に見えた様々な風景。何が印象に残ったでしょうか。悲しいことだが、やはり、一番多く窓外に流れたのは、秋田の連続幼児殺しに象徴する、子供たちの不幸ではなかったか。親殺し、虐待、子殺し家庭内での悲惨なニュースがつづいた。そして、最後に学校でのイジメと相次ぐ自殺。子育ての荒廃、教育の荒廃に親も教育関係者もなす術が無い。識者も専門家もいたずらに小田原評議を重ねるばかりだ。政府は、問題解決のために先日「いじめ問題への緊急提言」8項目をまとめた。以下、その要点である。(11・29読売)
▽いじめは反社会的行為であり、見て見ぬふりをする者も加害者であることを徹底指導。
▽問題を起こす子供への指導・懲戒基準を明確にし、毅然と対応。
▽子供や保護者が希望すれば、いじめが理由の転校も認められることを周知。
▽いじめに関与、放置・助長した教員に懲戒処分適用。
▽チームをつくり学校としていじめを解決。教委もチームを結成し、学校を支援。
▽学校はいじめを隠さず、学校評議委員などに報告。
▽家庭の責任も重大。保護者が親としての責任を果たす。
▽いじめ問題を一過性の対応で終わらせず、政府一丸となって取り組む。
 かつて岡倉天心は、その書『東洋の目覚め』の冒頭で「国際法は羊皮紙の上に輝いているが・・・」と皮肉ったが、要は決めたことを厳守できるかにかかっている。虐待死の大半は保護施設の怠慢という現実がある。イジメもまた同様。今はこの提言を一歩前進とみて見守るほかない。「イジメ問題」について、ゼミで議論したところほぼ全員が、子供の頃「イジメたことがある」「イジメられたこともある」だった。人間の歴史を振り返ると、まさに歴史はイジメに作られたにある。すべての原人の皆殺しにはじまった人類は、より弱い者をイジメる奴隷制度、階級社会を築いてきた。民主主義になってもなくならない。イジメとは何か。後期のゼミでは、イジメや虐待の根幹がどこにあるのかを探るためにルナールの『にんじん』をテキストとした。読み解くことができただろうか。 (編集室)
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.72 ―――――――― 2 ――――――――――――――
 


車窓雑記
 
60年前のサブ・カルチャーを紙芝居する!
 
 現在、好評発売中の山下聖美著『ニチゲー力』(三修社)は、日本のサブ・カルチャーの発信地、日大芸術学部を徹底解剖した画期的な書です。本日、下原ゼミで紙芝居上演する山川惣治作・画『少年王者』(集英社)は、まさしく、そのサブ・カルチャーの一端です。今から60年前、昭和22年から23年にかけた戦後の混乱期、少年少女たちに愛読され大ベストセラーとなった痛快和製ターザン物語です。
 下原ゼミは、前・後期通してテキストとして志賀直哉の車中作品を読みすすめてきました。名作『灰色の月』は、終戦直後、昭和20年10月16日夜9時頃の山手線の車内を描いた作品です。飢えて、もうすぐ死ぬかもしれない少年を乗客は、誰も助けることができない。街には戦争孤児があふれ、上野の山ではバタバタと餓死者がでていた。「全くひどい時代だった」。戦争に負けて、大人はすっかり元気をなくしていた。22年都内の年間収容浮浪者は1万人を越え、米軍占領下の街には「星の流れに」の歌が流れ、性病が蔓延した。斜陽族の言葉が流行ったのもこの時代。翌年早々には12人の銀行員が毒殺された帝銀事件も起きる。神国日本の崩壊は大人たちを虚無と自堕落に陥れた。殺伐としたこの時代に子供たちに夢と勇気を与えたのが山川惣治の『少年王者』「第一集おいたち篇」だった。アフリカの猛獣の世界に投げ出された赤ん坊が勇気と正義を持った少年に成長していく物語。この作品が日本人に自信を取り戻させ、やがてくる高度成長への原動力となった。サブ・カルチャーには、明日はない。しかし、今日という時代を盛りたて励ます力を持っている。
 あの日『灰色の月』の主人公は、「暗澹たる気持のまま渋谷駅で電車を降りた」。60年の歳月が流れた今日、あの暗澹は晴れたであろうか。否、いま暗澹は、子供たちの中にある。いじめ、自殺、親殺し、子殺し、とじこもり、2006年現在、子供たちの問題は、より暗く、より深刻化している。子供たちを救えるのは何か。学校でも家庭でもない。まして識者の知恵でも政治の力でもない。真に子供たちを救えるもの。それはサブ・カルチャーかも知れない。そんな気がする。60年前、『少年王者』は、子供たちの心に光を与えた。今日、子供たちの心の闇を照らす光は・・・・いまこそニチゲー力が試されるときである。
 自分は、何のためにニチゲーで学ぶのか。この暗澹を照らし、全人類を幸せにするため。すべては、その目的のため学ぶのだ。そんな気概をもって読み、書き、演じて欲しい。手本として『少年王者』をとりあげた。ここには子供の夢、全てがある。
紙芝居上演
『少年王者』第一集「おいたち篇」 作・画 山川惣治
総監督  : 中川 めぐみ
舞台監督 : 佐藤 翔星
舞台助手 : 大江 彩乃  
音響   : 神田 奈都子  高嶋 翔
演出   : 鈴木秀和    猿渡 公一
      
協賛:土壌館下原道場・土壌館創作道場 主催:下原ゼミ
―――――――――――――――――― 3 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.72
2006年、読書と創作の旅
12・11ゼミ
12月11日のゼミは文芸研究実習・デザイン科・下原ゼミのジョイント授業
1. 宮沢賢治の『どんぐりと山猫』『注文の多い料理店』研究発表
発表者=文芸研究実習Ⅰの皆さん
■「どんぐりと山猫」:大正13年刊行の童話集『注文の多い料理店』の中の一篇で、大正10年9月19日作であることが明記されている。全集第四巻所収、短編中最も傑れたものの一つで、地方生活の風刺的場面としての意味をももっている。『注文の多い料理店』を出した時、賢治は自ら「新刊書案内」として、その広告文を書いているが、その広告文中のこの作品の解説には次のようにある。
「山猫拝とかいたをかしな葉書が来たので、こどもが山の嵐の中へ出かけていくはなし、必ず比較をされなければならない、いまの学童たちの内奥からの反響です」
■「注文の多い料理店」:大正10年11月10日作と明記され、が既述大正13年発行の『注文の多い料理店』の単行本に入れられている。短篇中の傑作の一つ。前記広告文中のこの作品の説明には次のようにある。
「二人の青年紳士が猟に出て路を迷ひ、『注文の多い料理店』に入り、その途方も無い経営者から却って注文されたはなし。糧に乏しい村のこどもらが、都会文明と放恣な階級とに対する止むに止まれない反感です」全集第四巻所収
(岩波文庫4367-4369『銀河鉄道の夜』解説・谷川徹三 昭和26年5月)
2 デザイン学科(中島教室)『注文の多い料理店』タイポグラフィー作品発表
発表者=デザイン学科の皆さん
3 回想法・山川惣治作・画『少年王者』「おいたち篇」紙芝居上演
上演者=下原ゼミの皆さん
■『少年王者』第一集「おいたち篇」:この物語の頃のアフリカは、暗黒大陸といわれていて海岸線から内陸にかけて、英国がケニヤや南阿連邦を、フランスがカメルーンを、ベルギーがコンゴ地方を、オランダがアンゴラ地方をというように治めていたが、その奥地は人跡未踏で、未開と謎につつまれていた。
 第二次大戦前後の三十数年の間にアフリカは、全土にわたって独立の気運がたかまり、彼等は勇敢にたたかって、その統治国から独立をかちとった。
 しかし、『少年王者』の物語の頃のアフリカは、神秘のベールの中に、夢とロマンがあった頃の話であり、その頃のアフリカは、真吾やザンバロが、すい子とともに黒豹ケルクたちと冒険をくりかえした大密林であった。
  ☆    ☆    ☆
 『少年王者』第一集(おいたち篇)が出版されたのは昭和22年の12月の末であった。わずか48ページのうすい本で、戦後すぐのことで、良質な紙などなく、今の本に比べたらみすぼらしい本であったが、十分の楽しみもなかった戦後の混乱期の子供たちに(男の子も女の子も)大ベストセラーとして愛読された。
 私はわずか48ページの『少年王者』をかくためにほかの仕事はいっさいせず、六ヶ月かかって描きあげた。今の劇画作家なら、一週間もかからないほどの仕事の量であったが、私は精魂をこめて、この一冊に熱中した。『少年王者』が歴史的ベストセラーとなれたのは、私のそんな努力を読者がわかってくれたのだと思う。・・・・・。
(集英社・豪華復刻版『少年王者』昭和52年 作者・山川惣治)
※ 山川惣治 – 絵物語作家。福島県出身。 (1908年2月28日~1992年12月17日)
■代表作 『少年王者』『 少年ケニヤ』『 荒野の少年』がある。
※『少年王者』は密林冒険物語だが、父と子の物語でもある。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.72 ―――――――― 4 ――――――――――――――――
2006年、読書と創作の旅
12・4ゼミ報告
 12・4ゼミは下記の目次に添って行われました。
1.ゼミ誌作成過程の報告 ゼミ誌編集委員&協力ゼミ員。
2.テキスト『城の崎にて』、『にんじん』『注文の多い料理店』の読みと感想。
3.回想法・『少年王者』紙芝居稽古、音響効果などの試み。
 風邪が流行っているのでしょうか?先々週は高嶋さんが体調不良の様子でしたが、4日のこの日は猿渡さんが病欠(前期後期はじめての欠席)。佐藤さんは風邪声でした。秩父おろしが身にしみる師走です。風邪は万病の元。うがいなどして気をつけましょう。背中が寒く感じて風邪かな、と思ったとき漢方薬「葛根湯」の服用をススメます。
【12・4ゼミ報告概要】
司会・神田奈都子さん
  
 後期の司会は一巡しました。振り出しで二度目の司会を、神田さんにお願いしました。
  
1.ゼミ雑誌作成過程報告(高嶋ゼミ誌編集委員)
 
問題発生・ページ倍で「予算オーバー」
以下の問題点から予算オーバーで、印刷会社との交渉が暗礁に。
①ページ数が倍になってしまった。見積もりは150頁、実際は300頁。
②希望する表紙の紙質とカラー。帯をつけも予算オーバーに?
■解決策 → 担任の原稿をはずす。紙質を落とすなど提案はあったが、決まらず。最終的
       には、「ゼミ誌編集委員に一任する」で、終了。
ゼミ終了後、高嶋編集委員、出版編集室・阿久澤先生に相談。再交渉で解決策を模索。
速報 翌日、問題解決の方向へ
 
 翌5日夕、ゼミ誌予算オーバー問題は、出版編集室の指導とゼミ誌編集委員の努力の結果、解決の方向に向かったとの連絡を受けた。
①頁数倍の問題は、10枚程度の削減 → 担任の原稿を省くことで了承。
②予算オーバーの問題 → 150冊を100冊にすることで了承されたとのこと。
③見積もりは他のゼミ誌同様に組んでもらう。
予算オーバー問題まずは一件落着の見通しに。皆様の尽力に感謝します。
今後のゼミ誌予定
1. ゼミ誌できあがったら見本誌を出版編集室に提出してください
2.  12月下旬までに印刷会社からの【請求書】を出版編集室に提出してください。
注意事項!!
以下の点に注意してください。
◎ ①【ゼミ誌発行申請書】、②【見積書】、③【請求書】以上3種類の書類が提出されない
  場合はゼミ誌の発行はできません。補助金の支払いも認められません。
  
―――――――――――――――――― 5 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.72
2006年 読書と創作の旅12・4ゼミ報告
2.テキスト・名作読み
・テキスト『城の崎にて』は、時間の都合で作品コピー配布。自宅読み
・11日に備えての名作『注文の多い料理店』全員朗読。感想は各自で。
・名作『にんじん』「鶴嘴」読み → 鈴木さんの朗読。
 概略:にんじんと兄のフェリックスは畑仕事をしている。兄は鉄製の鶴嘴で、にんじんは手製の木の鶴嘴で。仕事の最中に兄の鶴嘴が誤ってにんじんの額を一撃する。「バターをくりぬいた」ほどの傷。兄は血を見て倒れる。家族のものは、大騒ぎして兄を看病する。にんじんは、頭に布切れをまかれただけで、捨て置かれている。血にそまった布切れを見て父親は「えらい目にあったな!」と、言った。
が、母親のルピック夫人は、「おまえ、注意できなかったのかい。ばかな子だね」と叱る。
感想:鈴木「頼りない兄」、高嶋「にんじんは虐待されている」、中川「皆のあいだから覗き見するにんじんの気持は」、大江「あきらかに異常な家族」、佐藤「反面教師としての作品か」総評「とにかく度を越した家族。それに慣れてしまったにんじんの異常性」
編集室から
 後期に入り名作読みを『にんじん』一本にしぼりました。しかし、時間の関係で、残念ながらはじめの作品「めんどり」「しゃこ」「いやな夢」「失礼ながら」「尿瓶」「鶴嘴」までしか読むことができませんでした。このさき、「この家族は、どうなるのか」「にんじんは、どう成長するのか」こんな疑問と興味がある人は、各自読了してください。
 『にんじん』をなぜ読むか?この家庭には、現代の問題を解く鍵があるから
 「なぜ、この作品をとりあげたのか」と大江さんから質問がありました。編集室が、この作品をとりあげたのは、2005年から今年2006年は、連日のように家庭内の事件が相次いだからです。親殺し、子殺し、虐待。また学校のイジメも無関係ではありません。秋田の連続児童殺害事件は、家庭と学校でのイジメ体験が深く影響していると思われます。なぜ、こうした事件は起きるのか。『にんじん』のなかにそのヒントがあるように思えるからです。
 ドストエフスキーの作品の中で路上で馬車馬が倒れて死ぬところがあります。馬は、なぜ死んだのか。御者に容赦なく鞭打たれたからです。では、御者が悪いのか。御者の後ろにいた小役人が、御者をひっぱたいていました。御者は、その腹いせで馬に鞭打つのです。では、小役人が悪いのか、その上に上役が、またその上に・・・・とつづきます。「にんじん」の家族にも、この連鎖がみられます。無意識か意識的にか「にんじん」を虐待している母親や兄姉の上に、権威だけのまったく能天気の父親がいるわけです。作品のなかでは世間的にも問題のない父親を演じているルピック氏。しかし、彼の父権が結果的には「にんじん」の動物虐待や弱い立場の人をいじめる行為に連鎖しているのです。水は必ず低いところに流れてゆきます。イジメも同じです。常に低いところが被害を受ける。ホームレス襲撃事件が、それです。イジメられた子、イジメを受けた子だけを対象にしても解決にはならない。
3.紙芝居稽古『少年王者』「第一集おいたち篇」時間まで
 
総監督 → 中川めぐみ   上演 → 高嶋 翔
舞台監督 → 佐藤翔星   舞台助手 → 大江彩乃
音響 → 神田奈都子    演出 → 鈴木秀和
12月4日のゼミは、6名参加でした。(順不動・敬称略)
 鈴木秀和    高嶋 翔   中川めぐみ
 神田奈都子   大江彩乃   佐藤翔星
    
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.72―――――――― 6 ――――――――――――――――
2006年、読書と創作の旅 読書の秋
  
☆ 憲法改正問題について (現行憲法を何度でも読んで考えてみましょう)
 安倍政権に代わって憲法改正問題がより現実的になっています。そこで、この問題を観察してゆきます。下記は、注目されている現行憲法です。
前文について
【現行憲法】
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれら子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に在することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われわれはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
現憲法の第二章【戦争の放棄】
 
第九条 ① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、武力によ
       る威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを
       放棄する。
     ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国
       の交戦権は、これを認めない。
●政府(自民党)草案の第二章はこのようです
 第二章【安全保障】
 
 第九条(平和主義) (現憲法の一項と同じ)
 第九条の二(自衛軍) 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣
 総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
第二項に定められるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。           
―――――――――――――――――――― 7 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.72
読書のススメ・12月の歌
 
 12月になると、なぜかアポリネール(1880-1918)のこの詩を思い出します。黄昏どき、落ち葉を踏みながら暗誦してみてください。「ミラボー橋」は1913年の作品。セーヌ川にかかる鉄製の橋の名前です。(詳しくはネット「アポリネール」検索ください)
  Le pont Mirabeau            ミラボー橋
Sous le pont Mirabeau coule la Seine.  ミラボー橋の下をセーヌは流れる
Et nos amours              そして私たちの愛も
Faut-il qu’il m’en souvienne       思い出さねばならないのか?
La joie venait toujours apres la peine  悲しみの後に必ず喜びが来たことを
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
Les mains dans les mains         手に手を取り
restons face a face         顔に顔を合わせ
Tandis que sous le Pont         私たちの腕が作る橋の下を
de nos bras passe          永遠の微笑みが流れる間に
Des eternels regards l’onde si lasse   水は疲れていった
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
L’amour s’en va comme cette eau courante 愛は流れ行く水のように去っていく
L’amour s’en va comme la vie est lente  愛は人生は遅すぎるかのように
Et comme l’Esperance est violente    そして望みは無理であるかのように
                     去っていく
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
Passent les jours et passent les semaines日々が去り、週が去って行くのに
Ni temps passe              時は去らず
Ni les amours reviennent         愛は戻らない
Sous le pont Mirabeau coule la Seine   ミラボー橋の下をセーヌは流れる
Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り
Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。
 句読点を使わないという画期的な手法を使った作品集「アルコール」の特徴
がこの詩にも出ています。(検索)
 去っていった恋人、マリー・ローランサン。詩人は38歳の短い生涯。だが、彼女への愛は永遠に終わらない。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.72――――――――8 ―――――――――――――――――
      2006年、読書と創作の旅
話題 このところ旅窓は、暗いニュースばかりだった。が、夢のあるニュースもあっ
     た。以下、その新聞記事である。
火星に今も水ある?!火星に生命体がいる、あるという話は古い。昔、運河があるということで、パニックになったこともある。『タイム・マシン』のH.G.ウエルズは、地球を観察する『水晶の卵』で火星の知的生物を書いた。レイ・ブラッドベリの『火星年代記』も面白かった。水の存在がもし本当なら、これまでの小説もまったくの空想ではなくなってくる。水の根拠は、探査機マーズ・グローバル・サーヘイヤーが撮影したクレーター内部の写真。米研究者は、最近、出現したばかりの溝状の地形「ガリー」に「液体が斜面をゆっくり流れ下った跡」があると結論づけた。溝は、長く延びて枝分かれしており、氷や霜を含む堆積物とみられる明るい色調の物質に覆われていた。(12・7読売、BS)
『東海道中膝栗毛』に裏話(12・6読売)
 江戸時代のベストセラー『東海道中膝栗毛』の著者十返舎一九(1765-1831)の年賀状(手紙)が、このほど見つかり5日に発表された。この賀状は、1806年(文化3年)に名古屋の文人仲間に宛てたもの。調査したのは永井一彰・奈良大教授。「膝栗毛の創作過程がうかがえる貴重な資料」としている。内容の一部は、このようであった。
「当春のひざくり、御地の御通人方へ御付き合い申し候故に出来仕り(春に出版予定の『膝栗毛』、名古屋の通人の皆様とお付き合いさせて頂いたお陰で完成しました)・・・・・」
観る 話題の映画『武士の一分』(山田洋次監督)を観た。原作は、藤沢周平。この組み合わせで、以前に『たそがれ清兵衛』も観た。いずれも東北の雄藩の下級武士の話。設定は主人公は貧乏侍だが、剣の達人。60年代の武士道残酷物語に寅さん的人情を加えた話。演技・時代考証ともに完璧だが、その分、いわゆる教養小説的印象・・・。
掲示板
ドストエフスキー関連
■ドストエーフスキイ全作品を読む会第220回「読書会」
月 日 : 2007年2月10日土曜日 午後2時00分~4時45分
会 場 : 東京芸術劇場小会議室7
報告者 : 未定 作品『未定』
■ドストエーフスキイの会第177回例会
月 日 : 2007年1月13日土曜日 午後6時00分~9時00分
会 場 : 千駄ヶ谷区民会館
報告者 : 田中元彦氏
題 目 : ドストエフスキー作品の自殺について
                                 詳細は下原まで  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
編集室便り
☆課題原稿、社会評、創作など歓迎します。下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆本通信はHP「土壌館」に掲載されています。
では、よいお年をお迎えください!
  
―――――――――――――――― 9 ――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.69
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68――――――――10 ―――――――――――――――――
――――――――――――――――11 ―――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68――――――――12 ―――――――――――――――――
―――――――――――――――― 13 ――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.69――――――――14 ―――――――――――――――――
―――――――――――――――― 15 ――――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68
新刊・好評発売中
山下聖美著 三修社 定価1400円
『ニチゲー力』日大芸術学部とは何か
日本のサブ・カルチャーの発信地の魅力を余すところなく解説
わが青春の日芸(本書収録)
群ようこ(作家) 安西水丸(イラストレーター) 三遊亭白鳥(落語家)
篠井英介(役者) 串田和美(演出家・俳優)
雑誌・好評発売中
☆雑誌『江古田文学62』定価980+税
   特集・チェーホフの現在 座談会・ドストエフスキー派から見たチェーホフ
             清水 正 下原敏彦 下原康子 横尾和博
    創作・架空夜話「ある元娼婦の話」下原敏彦
1890年6月26日、アムール河口の町に着いたチェーホフは、日本人娼婦と一夜を共にする。その夜、青年医師であり新進作家でもあるチェーホフは遊女と何を語り、何を考えたのか。ドストエフスキーへの懐疑と尊敬。そして明治維新を成し遂げた日本への憧憬と興味。謎に満ちた若き文豪のサハリン行の謎がここに明かされる。
☆雑誌・別冊『國文学』特集号 10月20日発行 定価1575円
『ギャンブル』破滅と栄光の快楽
 下原敏彦「ドストエフスキーとギャンブル」
文豪を苦しめたルーレット賭博とは、何だったのか。突然の賭博熱解消の謎は。『カラマーゾフの兄弟』に秘められた文豪のメッセージとは。あの「ダヴィンチ・コード」をはるかに凌ぐ人類救済の謎解きがここからはじまる。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.68――――――――16 ―――――――――――――――――

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

PAGE TOP ↑