文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.291

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2016年(平成28年)6月13日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.291

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

4/11 4/18 4/25 5/9 5/16 5/23 5/30 6/6 6/13 6/20 6/27 7/4 7/11

熊谷元一研究&テキスト作品(志賀直哉他)

 

2016年読書と創作の旅

 

6・13下原ゼミ

 

 

ゼミ誌 B5版、百頁内(写真あり)

執筆者 浦上透子  鈴木優作  須川藍加

目次

☆下原ゼミ課題「読み」「書く」達成に向けて

 

提出課題・・・・「車内観察」「感想」「思い出」

 

☆熊谷元一研究(観察と継続に学ぶ)

ふるさと伊那谷の旅ルポ(合宿)

熊谷元一写真童画館見学感想・・・

満蒙開拓平和記念館見学感想・・・

熊谷元一感想(写真・童画・教育)DVD

 

☆自由作品 創作・エッセイ 他

 

印刷会社 → 推薦 新生社

ゼミ誌(案)

 

 

日本大学藝術学部文芸学科

文芸研究Ⅱ下原ゼミ

 

熊谷元一研究

No.3

2016

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【6・13ゼミ】   テキスト読み& 熊谷元一研究(映像で読む熊谷元一)

 

テキスト読み → 志賀直哉観察作品

 

熊谷元一研究 → 熊谷元一の教育 (戦後70年特集から「黒板絵は残った」)

 

2015年5月20日、長野朝日放送テレビ、64年前の熊谷元一の教育所沢校舎撮影、

撮影 → 63年前の黒板絵、所沢校舎

 

インタビュー → 清水正教授・下原

 

授業風景撮影 → ゼミ2教室

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テキスト観察 6・6ゼミでは『網走まで』についてと夏目漱石の『三四郎』

を読みました。同時代に書かれた作品です。

 

『網走まで』とその時代について

 

『網走まで』は、明治四十三年(1910)に『白樺』第一号に発表された。が、実際に書かれたのは二年前の明治四十一年といわれている。作者が25歳のときである。明治三十九年七月に学習院高等科を卒業。九月に東京帝国大学文科大学英文学科に入学している。

この時代、明治四十年代は、どんな時代だったのか。日清日露戦争に勝利した日本は、韓国併合(1910)を目指して大陸侵攻の準備を着々と進めていた。ポーツマス条約、明治三

十九年(1906)には南満州鉄道会社を設立するなど富国強兵政策をますます強めていた。

しかし、華々しい国策の裏で暗い出来事が次々起きていた。明治四十二年には伊藤博文がハルビン駅で暗殺された。また四十三年には、大逆事件が起き、幸徳秋水ら二十四名に、死刑、の判決がくだった。そのうち十二名が減刑され無期懲役となったが、幸徳秋水はじめ12名が絞首台の露と消えた。

 

大逆事件は知識人に大きな衝撃をあたえた。森鴎外、永井荷風、石川啄木、与謝野鉄幹らのおどろきと打撃はかれらの作品に書きのこされている。(『高校日本史』実教出版)

大逆事件(明治天皇の暗殺を計画したとされる嫌疑)は、明治四十四年(1911)二月十八日に上記の判決が下った。この死刑宣告の判決について、志賀直哉は、その感想を二十日金曜日の日記にこう書きしるしている。

 

二月二十日 金曜日

 ・・・一昨日無政府主義者二十四人は死刑の宣告を受けた。日本に起つた出来事として歴史的に非常に珍しい出来事である。自分は或る意味で無政府主義者である、(今の社会主義をいいとは思わぬが)その自分が今度のような事件に対して、その記事をすっかり読む気力さえない。その好奇心もない。「其時」というものは歴史では想像出来ない。

 

日本近代化の陰では、嫌な事件や出来事が起きていた。

 

『三四郎』について

 

唐突だが、明治の文豪夏目漱石の『三四郎』をとりあげた。車内観察からはじまるこの作品は、明治四十一年(1908)九月一日から十二月二十九日まで、百十七回にわたって東西の朝日新聞に掲載された。『網走まで』は明治四十一年(1908)八月十四日と執筆年月日が明記されていることから、両作品は、ほぼ同時期に書かれたとみてよい。

同時期に書かれた『三四郎』と『網走まで』。この二つの作品の違いは、まず作者だが、『三四郎』を発表したときの漱石は四十一歳。前年、明治四十年(1907)一切の教職を辞して朝日新聞社に入社。すでに『草枕』を発表し、『我輩は猫である』『坊ちゃん』などを相次いで出版。押すも押されぬ大流行作家となっていた。文学一本に人生を絞ったのである。

ちなみに『三四郎』を発表した年、明治四十一年の年譜をみると、このような文学活動をしている。

1月1日より4月6日まで『坑夫』を朝日新聞に連載。

『虞美人草』(春陽堂)出版。友人、森田草平に小説『煤煙』の執筆を勧める。

6月13日より21日まで『文鳥』を大阪朝日新聞に連載。

7月から8月にかけて『夢十夜』を東京・大阪朝日新聞に連載。

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9月1日より12月29日まで『三四郎』を朝日新聞に発表

 

『網走まで』と『三四郎』

 

『三四郎』と『網走まで』は、書かれたのが同時期で、最初が車内観察からはじまる、ということでは大いに似ているといえる。が、それ以外は、大きく違っている。

まず作者だが、そのときの漱石は、中年の流行作家。志賀直哉は、まだ学生の身分。しかも『三四郎』は新聞小説、『網走まで』は、大学発行の雑誌に応募して没にされた作品。

この作品も出だしは車内観察からはじまる。子ども連れではないが、子持ちの女と同席する。『網走』は、同情と純情だが、『三四郎』は新聞小説だけに色っぽいところもある。「日本は滅びるね」という直接的な時代批評もある。

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この10数年で変わった車内光景

 

『網走まで』『三四郎』の車内観察から時代を知ることができる。『網走まで』は、キップを切る鋏。着くのに数日、「北見の国」。『三四郎』は、日露戦争、「車窓から弁当箱を捨てる」といったところ。現代においても、車内観察から、いまの時代がわかる車内風景である。

ここ十数年のうちに、車内の光景は、変わった。いま電車のなかで本を読んでいる人を探すのは難しい。乗客の半数がスマホをじっとみつめている。十数年前では、想像がつかなかった光景である。10年後、20年後の車内光景は、どんなになっているか・・・。

 

 

課題4.報告

 

テーマ1.テキスト感想「菜の花と小娘」

 

鈴木優作      他の作品も読んでみたくなった

 

志賀直哉の作品を初めて読んだ。菜の花がしゃべれるわけがないのに、しゃべっている

というところが、なぜだか想像ができた。他の作品も読みたいと思った。

 

□そういえば『吾輩は猫である』も似たような話。この時代、流行ったのかも。

 

課題5.報告

 

テーマ1.テキスト感想「網走まで」感想、創作「網走から」

 

鈴木優作 『網走まで』感想

 

とても繊細な文章だと感じた。旅がしたくなった。□日常も時間列車の旅かも。

 

鈴木優作 想像「網走から」網走に着いてからの母子の運命

 

網走までの電車の中での事は、記憶に残っているのだが、日々の生活に追われ記憶が薄れていく。

 

□網走からの生活は、大変そうですね。

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テーマ2.熊谷元一研究DVD「教え子たちの歳月」感想

 

浦上透子     時の流れの恐ろしさ

 

時の流れは恐ろしいですね。私も途中で死なない限り気づいたら50歳、60歳になっているんだろう。

 

□でも、考えというのは、そんなに変化しないものですよ。

 

鈴木優作       大人になったら…

 

誰もが成長して、大人になる。ほとんどの人が自分の目指していた職業についていなかった印象を受けた。それが大人になるということなのかなと思いました。

 

□夢と現実は、一致しないものです。が、現実にとっては必要なものです。

 

 

課題6.報告

 

テーマ1.テキスト感想「車内観察」毎日利用する電車

 

浦上透子    アラスカに行きたくなった

 

大学へ行く途中、窓から富士山が見えるところが何カ所かある。いつまでたってても行きをかぶっている山を見ていたらアラスカに行きたくなった。

 

□えっ、冒険家だったんですね?!

 

鈴木優作     自転車を走らせる人

 

車を運転するのは楽しい。

人の幸せに出会えるからだ。

車を運転しながら、自転車を運転してる人を見ていることが多い。

自転車を運転している人は、ニコニコしながら走っている。

この人はどんなに嬉しいことがあったのか。

 

□そんなふうに運転するのも、また楽しいですね。

 

課題7. 6月13日配布課題です。

 

テーマ1.社会観察「この半年、気になったこと」

スキーバス事故ではじまった2016年も半分が過ぎました。あまりよい出来ごとはなかったように思いますが、気になった出来事は、ありましたか。

 

テーマ2.熊谷元一研究「学校での遊び」

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2016年 ゼミⅡ・ゼミⅢ合同ゼミ合宿について

 

参加予定(6/6現在)浦上透子、鈴木優作、聴講生(?)、漆畑一真(Ⅲ)、松崎茂樹(Ⅲ)

4~5名、引率他で6~7名を予定

 

行き先 長野県下伊那郡阿智村昼神温泉郷

交 通 新宿から中央高速バス4時間15分 新宿→双葉(休憩)→伊賀良→阿智村

宿 泊 昼神温泉郷村営旅館「鶴巻荘」

目 的 熊谷元一の故郷(『一年生』の撮影現場)を訪る。駒場の宿場見学。

熊谷元一写真童画館を見学

満蒙開拓平和記念館を見学

その他 阿智村を撮る(写真賞コンクール応募作品 テーマ「阿智村)

村宣伝の星空日本一を観賞

 

二泊三日の場合は、上記に加え古典の里で古典文学散策を行います。内容は

 

・帚木(ははきぎ)館見学 源氏物語の第二巻にでてくる木(ヒノキ)

・月見堂(薬師堂)月を観るのに格好な場所。

・万葉集防人歌碑(神坂神社)

 

実施日 9月7日(水)~8日(木)~9日(金)、二泊三日の場合

 

旅日程計画(案)

【1日目】

 

AM9:00新宿発(高速バス)→双葉休憩15分 → PM1:00伊賀良下車

伊賀良(移動・マイクロ)→PM1:30阿智村南国飯店で昼食→移動・マイクロ

→PM3:00満蒙開拓平和記念館見学→PM5:30昼神温泉郷宿入浴・夕食

夜7:30 車移動→ロープウェイ→ヘブンス園原「日本一星空見学」→宿、就寝

 

【2日目】

 

AM6:00温泉朝市見物、足湯 地元特産。AM8:00朝食 AM9:00熊谷元一写真童画館見学→車移動→古典文学・園原の里へパークランドで昼食(名物五平餅)→

宿・鶴巻荘

 

【3日目】

 

熊谷元一写真童画館→AM11:00熊谷元一が撮った村を歩く。駒場の宿場町散策・写真撮る。自由行動3:00集合→16:19高速バス→PM8:30新宿解散

 

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課題 課外授業報告 熊谷元一写真童画館・満蒙開拓平和記念館見学など

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熊谷元一研究  黒板絵について新資料、発見 !!

 

2015年12月22日 岩波書店 編集部 桑原涼氏、旧誌調査中に見つける

 

熊谷元一、1956年1月号『文芸春秋』で黒板絵について語る

黒板絵

熊谷元一

黒板絵という言葉が児童絵の中の一つの分野として世間に通用するかどうかわからない。

教師は、毎日黒板に文字や絵を書いて児童に教える。教師専用の黒板に児童が休み時間にたまたま絵や文字を書くとこれを「落書」といってしかることが多い。これは板塀や土蔵の壁などにいたずら書きをするのと同一視するからである。

私が一年生を受持って三日目頃、教室へはいってみると黒板いっぱいの大きな鳥の絵が描いてある。こんな大きなものを何の苦もなく描くとはすばらしいことだと思って、誰が描いたのか聞いてみたが、誰も私だという者がない。落書ならしいて筆者をせんさくする必要もないのでそのままにした。

でもこのまま消してしまえば再び見ることが出来ないのでなんだかおしい気がした。そうかといって消さずにおくわけにもいかないので、写真にとっておくことにした。この大きさに引伸すことは出来なくてもスライドにして幻灯機にかければもとの大きさに再現することが出来ると思った。

写真をとるのを子供たちは、不思議な顔をして見ていた。後にこれは学校の黒板だがみんなが一生懸命に描くのならどんな絵を描いてもいいと話し、各組で使い終わった小さいチョークを集めておいてやった。

次の日、何か描いてあるかと思って多少の期待をもつて教室にはいつたが何も描いてなかった。むりに描かすこともないと思って別に何もいわなかった。その後、ちょいちょい描いてあったが、これはというおもしろいものはなかった。

7月頃になると時々いい絵が描いてあった。おもしろいものは日付と描いた子供の名前を書き添えて写真にとっておいた。天気のいい日は殆ど絵がかない。雨の日など教室におり

がちな日に描くことが多い。

描くことがらも思いつくままに描くので、動物もあれば乗物、日常生活の一こま、空想的な絵のこともある。ある日、かたつむりのようなうずまきの上に足が四本出ていて、うずまきの終わりの大きくなったところに人間の横顔のようなものが描いてある。いくら考えてもわからないので、これは何を描いたのかと聞くと「先生わからんのかな、めんめん

だいろ(かたつむり)がかめをのんだとこな。」「ほうこの足のようなものは何だ。」「かめの足がそこから出たのな。」とすましている。

ずいぶん奇想天外なことを考える子供もいるものだと思って、これはなかなかおもしろいとほめてやった。その子はニコニコわらつていた

黒板絵を描くのは組35人中約3分の1で、ほかの3分の1が時々描き、残りの3分の1の子どもたちはあまり描かない。

一人が汽車の絵の輪郭を描くと他の一人が乗客を描く、また一人来てそれに色をぬる。それを見て二三人がトンネルやレールを描くというようにごく自然に共同制作をやっている。僕の描く絵に手を入れてはいけないとはけつしていわない。学校の黒板に描いているのだから誰が描いても文句はないとおもっているのかどうか。自分のしていることにおせっかいされるとりきみかかることの多い子どもにしてはおもしろい現象だと思う。

絵の大きさは極く小さいものから、二面つづきの黒板いっぱいの大きな絵のこともある。こうした大きなものになると自分の背だけではとどかない。腰掛を持ち出してその上に登って眼をかがやかしながら一心に描いている。画用紙ではこんなに大きな絵はめったに出来な

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いが黒板絵では自由にたやすく出来る。

一回の休み時間だけでは描き終えない時は授業中も消すのをやめて次の休み時間まで待ってやって感性さしたこともある。何も画用紙へ描くだけが児童画ではないと思ったからである。

 

テキスト研究    『網走まで』没書顛末について

1947年(昭和22年)に細川書店版で出された『網走まで』のあとがきで、志賀直哉は、『網走まで』について投稿した時の様子や没になった理由をいろいろ詮索している。

さきゼミで考察結果を報告した。が、志賀直哉自身も以下のように書いている。

 

まず、没になったときのことを志賀直哉は、どう書いているのか。再度掲載してみた。

 

【細川書店版「網走まで」あとがき】「帝國文学」没書顛末記 抜粋

 

発表した順からいうと、この小説が私の処女作ということになるが、私にはそれ以前に、「菜の花と小娘」というお伽話と、「或る朝」という小品があって、初めて一つの話が書けたという意味では「菜の花と小娘」を、また、書く要領をいくらかでも会得したという点では「或る朝」を私は自分の処女作と思っている。しかしまた、多少小説らしい形をしたものとして、かつ最初に発表したものとして、やはり、この「網走まで」を処女作といっていいようにも思い、つまり、私には色々な意味での三つの処女作があるわけだと考えている。

 明治三十九年に、二十四で学習院を卒業し、東京帝国大学に入り、そのよく翌年くらいにこの短編を書いた。その頃、大学内に「帝國文学」という雑誌があって、それに載せてもらうつもりで、その会員になったが、幾月経っても載らず、ついに何の音沙汰もなく、没書になった。

 「帝國文学」の原稿用紙というのが、今思えばまことに変なもので、紙を縦に使って、一枚がそのまま、雑誌の一頁になるように出来ていた。編集には便利なので「白樺」をはじめた時、真似して作ってみたが、使いにくく、すぐやめてしまった。十七八行、五十字詰くらいで、今の四百字詰の原稿用紙に比べると倍ほどの字数になる。従って一コマが小さく、とくに上下がつまっていて、大変書きにくかった。その上、ロール半紙で、表面がつるつるしているし、それに毛筆で書くのだから、私のような悪筆の者には非常に厄介なことだった。清書だけでも人にしてもらえばよかったものを自分で書いて送ったから、編

集者はそのきたない原稿を恐らく読まずに、そのまま屑籠に投げこんでしまったのだろうと思う。今はそれを当然のことだと思うが、当時は一寸不快に感じ、会費を一度払っただけで脱会してしまった。明治四十三年に「白樺」を創刊したとき、私はその第一号にこの短編を載せた。二年ほど前から回覧雑誌を出していたから、作品は他にも三つ四つできていたが、創刊号にこれを選んだのは、没書になった故に、わざと出したように思う。

 小宮豊隆君が新聞か雑誌かでほめてくれた。月評を書くのでいろいろなものを読んだが、この小説へきてようやくほっとしたというようなことが書いてあった。ほめたといってもその程度の賛辞であったが、私はそれをうれしく思った。個人的には未だ小宮君を知らぬ頃のことだ。・・・・・・・・・。(岩波『志賀直哉全集』)

 

 

 

 

 

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掲示板

 

公演情報  あうるすぽっと 豊島区立舞台芸術交流センター(東池袋)

夏の夜の夢  ミュージカルフォンテーヌ

2016年 6月10日(金)~14日(火)

前売6000円  当日6300  03-5823-1055

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読書会お知らせ ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」

 

月 日 6月18日(土)       時 間 2時00分~4時45分

会 場 東京芸術劇場小5会議室    作 品 『白痴』4回目 ゼミ生0円

 

課題7について 6月13日配布

 

テーマ1.社会観察「この半年の中で記憶に残った出来事」

テーマ2、熊谷元一研究『学校でのあそび』小学校とき休み時間の過ごし方

 

ゼミⅡ記録

 

□4月11日ガイダンス6名 DVD NHK長野放送「熊谷元一追悼番組」

□4月18日 浦上透子さん 音読「恩師の告白」ゼミ合宿について 満州国について

□4月25日 鈴木優作さん 音読「恩師の告白」満州・子ども時代の遊びについて

□5月9日 浦上さん、鈴木さん、「個人の完成」「多読と精読」『菜の花と小娘』読む。

高橋さんに写真撮ってもらう。

□5月16日 浦上さん 鈴木さん DVD「オンボロ道場再建」観賞。

□5月23日 浦上さん、鈴木さん(須川さん課題配布)サローヤン『空中ぶらんこ』

『網走まで』『夫婦』の読み

□5月30日 熊谷元一研究 DVD「教え子たちの歳月」観賞。

20年前制作、45分番組だが、撮影全時間は35時間、撮影期刊間5月~10月

□6月6日 ゼミ合宿話し合い 『網走まで』考察(本通信) 『三四郎』読み

 

―――――――――――――――――― 編集室 ――――――――――――――――

 

〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原ゼミ編通信・編集室

メール:toshihiko@shimohara.net 携帯 090-2764-6052 ℡047-475-1582 下原

19回熊谷元一写真賞コンクール募集 2016年のテーマは「阿智村」・「祝う」です。

 

テーマ「阿智村」は、阿智村に来て、阿智村を撮ってください。風景、行事何でも可。

テーマ「祝う」は、どんな祝い事でも。「祝い事」ならなんでも。

 

締め切りは、2016年8月末 選考会は同年9月末東京で最終選考会 授賞式11月

 

 

 

6・13ゼミⅡ課題

 

テーマ1社会観察「この半年で記憶に残ったこと」

 

あっという間に過ぎ去った半年ですが、どんなことを覚えていますか。

 

名前

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6・13課題ゼミⅡ

 

テーマ2 熊谷元一研究「学校での遊び」

 

小学校時代、学校でどんな遊びをしましたか。

名前

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休み時間

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校庭で

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放課後

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6・6課題ゼミⅡ

テーマ3 熊谷元一研究「どんな先生を覚えていますか」

 

名前

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小学一年生のときの隣組の女先生。よく覚えています。モデルで小説も書きました。下原

 

 

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