文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信 No.75

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2007年(平成19年)4月 16日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.75
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2007前期4/16 4/23 5/7 5/14 5/21 5/28 6/4 6/11 
     6/18 6/25 7/2 7/23 
  
2007年、読書と創作の旅
4・16下原ゼミ
4月 16日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室1
 1.「2007年、読書と創作の旅」について (観察・表現)
 2. 観察・読書と書くことについて&最近のニュース
 
3. 表現・土壌館劇場開演 
 皆さん、こんにちわ!所沢校舎で学ぶのは今年で最後となります。目標のある人、ない人それぞれと思います。が、このゼミで有意義な一年を過しましょう!!
1.「2007年、読書と創作の旅」について
 既にシラバス等で知りえたと思いますが、下原ゼミは「2007年、読書と創作の旅」と銘打って読むことと書くことの習慣化をめざします。その基盤となる観察力と表現力を培うため毎回、課題を発表し批評しあって授業をすすめます。課題は観察作品です。
 テキストは、主に志賀直哉の車中作品です。が、他の短篇名作や新聞記事もとりあげます。常時の提出課題は以下の通りです。
①車中観察(電車の中の事)②自分観察(一日の記憶)③新聞記事(コラム・社会評)④他、テキスト作品や紹介された名作感想など。
 ※原稿用紙は配布します。報告は質疑応答形式です。
          2観察力・.読書と書くこと観察&社会観察
 本日は、最初なので「読書の必要性について」考えるほか最近の新聞記事から現在の日本が抱えている難問を観察します。
 読書の必要性については、明治の教育者・嘉納治五郎の「青年修養訓」を紹介しています。ニュース観察は、さきごろ国会で可決した憲法改正の国民投票法案に注目した。問題とされる第九条をとりあげた。併せて昨年暮れ公布・施行された教育基本法を紹介した。
          3.表現力・描かれたものをどう観せるか
 ものを書いたり描いたりするのは、発表するためです。他者に読んでもらったり観てもらったりするためです。観て、読んでもらってなんぼ。表現力を培うために紙芝居に挑戦します。作品は戦後すぐベストセラーになった山川惣治画・作『少年王者』です。(毎回)
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 □ゼミは単位修得科目なので、評価があります。評価基準は不可・可(60~100)とします。評価方法は、次の通りです。
               課題の提出原稿+出席日数+ゼミ誌原稿=評価


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.75 ―――――――― 2 ――――――――――――――
 
観察について
読書のススメ
 
 たとえば健全の身体には健全の精神が宿る、という言葉がある。文字通り取って一生懸命に体を鍛えれば・・・・は、漫才のコントだが、読書する身体には、とすれば、立派な標語になる。まさに「よりよい読書には健全な精神が宿る」である。
 ところで健全な精神とは何か。端的に云えば教養と正義を持つ心である。正義は、もって生まれたものもあるが、真の教養はそうはいかない。この両方の精神を育ててこそ人は真の意味で全うな人間になれる。全うなーつまり健全な精神を持てない人間は、どんなにブランドもので身を飾ろうと卑しい。ことにあたると浅ましさを露呈する。例え権力者になろうと、大金持になろうと、いかなる名声を得ようと、である。
 昨今、大学は入学するためだけの、よりよい就職先を見つけるためだけの場所となっている傾向がある。しかし、本来の大学の目的は、健全な精神が宿る立派な人間を育てるところである。健全な精神を持った人間を社会に送り出し、誰もが幸せに暮らせるよりよい社会を築いてもらう。その人材を作るために大学は存在するのである。冨や名声を得るためのところでも、学歴を自慢するところでもない。森羅万象の調和を目指すことを学ぶ場。大学の使命は、常にそこにある。書くことも研究することも全てその一点にあるのである。
 それでは、健全な精神を育てる為には何をなすべきか。ただ、大学に通って、テストでよい点を取って単位だけをとって卒業すればいい。断じてそういったところではない。世に為政者や役人、経営者、教育者たちの腐敗・不正が後を絶たないのは、そうしたことだけに汲々とした学生生活を送った者が、いかに多いかという証拠でもある。罪を犯さなくても、自分一人だけの欲望を叶えたとしても、大学で学んだ意味がない。あくまでも人の役に立ってこそ、人のためになってこそ学んだ意味があるのである。
 では、健全な精神を育て持てるには、どうしたらよいか。読書することである。大学生活という空間のなかで、青春という果てなく思える時間のなかで、とにかく読書すること。それより他にない。しかし、それもただ本を読めばいい、というものではない。巷に書物はあふれている。悪書は何冊読んでも浪費の体験にはなるが、プラスにはならない。良書も、ただ読んだだけでは、健全な精神を育てる肥料にはならない。ただやみくもに肥料を与えても植物は育たないのと同じである。読書は簡単だが難しい。
 ならば、読書は、どんなふうにしたらよいのか。それについて、今日の近代日本人をつくった明治の偉大な教育者・嘉納治五郎(1860-1938)が説いている。後の頁で紹介。
 
書くことのススメ
 書くことのススメ・・・文芸学科の学生に、なにを今更と思うが、これが案外、無視できないところがある。携帯やパソコンという便利な機具の普及で文章を発することは、いまや日常化している。メールは電話がわりになっているしケイタイで書く小説が流行っているとも聞く。ブログや動画で自分を紹介する人もいる。このように21世紀初頭の現在は、伝達文化が華やかなりし時代である。だが、なぜか書くということを苦手にしている人は、まだまだ多い。ゼミでは、書くことの習慣化を身につけます。
 まず、書くことの基礎として、ゼミではしっかり観察することからはじめます。観察する対象は、自分自身と自分の毎日の生活、それに毎日利用している電車の車内です。これらをしっかり観察し書いて発表します。創作でも実際のことでもかまいません。もの書く以上、恣意的なものではなく、聞き手が、いかに関心をしめすかが重要です。いくら立派な文章も聞いてもらえなければ、読んでもらえなければ何もなりません。観察のテキストは志賀直哉です。なぜ志賀直哉かは、次の頁で触れています。
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2007年、読書と創作の旅・観察
テキスト車中作品について
  
 下原ゼミでは、テキストに志賀直哉の車中作品をとりあげている。なぜ車中作品か。(毎年、ガイダンスで説明しているが)、志賀直哉の車中作品には、創作の基本があるからである。創作の基本とは、観察力である。事実を的確に精緻する目と、想像する目。この二つの目がしっかりしているから志賀文学は、普遍である。よく志賀直哉の作品は、私事や家庭の葛藤のみで社会を描いていないと言われる。が、それは誤りである。この作家の視点は、常に「私」から「家族」「社会」、そして「全人類」を見つめている。世界の大文豪ドストエフスキーは、神や人類の問題を描いたが、その視線は常に人間個人の心の中を照射し、突き抜け魂の裏側に届いている。逆もまた真なり。そこに志賀直哉の真髄がある。
 志賀直哉は、「小説の神様」と呼ばれている。それは何故か。それを知るには、まず車中作品を読み解くこと。それが糸口と思っている。同時に、志賀文学を理解することだと信じている。(2006年ゼミ誌『サンサシオン』に推敲と加筆)
志賀直哉(1883-1973)の主な車中作品&車中関連作品の紹介
(編集室にて現代漢字に変更)
□『網走まで』1910年(明治43年)4月『白樺』創刊号に発表。27歳。
□『正義派』1912年(大正1年・明治45年)9月『白樺』第2巻9号に発表。29歳。
□『出来事』1913年(大正2年)9月『白樺』第4巻9号に発表。30歳。
○犯罪心理観察作品として『児を盗む話』1914年(大正3年)4月『白樺』第5巻4
 号にて発表。31歳。
○電車関連作品として『城の崎にて』1917年(大正6年)5月『白樺』第8巻第5号。
 34歳。
□『鳥取』1929年(昭和4年)1月『改造』第11巻第1号。46歳。
□『灰色の月』1946年(昭和21年)1月『世界』創刊号。64歳。
□『夫婦』1955年(昭和30年)7月1日「朝日新聞」学芸欄。72歳。
 以上の作品は、車中・車外からの乗客観察である。乗客の様子が鋭く描き出されている。『城の崎にて』は、心境小説ではあるが、電車にはねられての療養から車中作品の範ちゅうとした。『児を盗む話』は、犯罪者・誘拐犯の誘拐心理状態を克明に追っていることから、新聞の事件ものとして加えた。
志賀直哉評論の紹介
中村みつ夫著『志賀直哉論』筑摩叢書50 昭和41年4月25日
…亡霊をつくりだす原因は、いつもそれを見る者の側にあります。志賀直哉の芸術の本體を知り、彼の才能と特質と限界を見極めることが、現代の文学にとって緊要である所以…
清水 正著『志賀直哉とドストエフスキー』鳥影社 2003年9月20日
…我孫子に生まれ育ったわたしにとって志賀直哉は中学生の昔から著名な小説家であった。…わたしは何度も志賀直哉の作品を読もうとしたが、そのつど挫折した。今回、志賀直哉の作品を読んで、一向に飽きなかったことに我ながら驚いた。…
清水 正著『志賀直哉』D文学研究会 星影社 2005年11月25日
…志賀直哉我孫子居住90年記念、父・政吉生誕90周年記念。
オイディプス的野望と和解の謎に迫る!!
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2007年、読書と創作の旅
次回ゼミは『網走まで』です。この作品がどんな作品か知っておきましょう。
連載1    学生と読む志賀直哉の車中作品(元稿に加筆)
土壌館・編集室
『網走まで』を読む

 小説の神様といわれる志賀直哉の作品といえば唯一の長編『暗夜行路』をはじめ『和解』『灰色の月』『城の崎にて』といった名作が思い浮ぶ。浮かばない人でも『小僧の神様』『清兵衛と瓢箪』『菜の花と小娘』と聞けば、学生時代をなつかしく思い出すに違いない。最近は、そうでもないようだが、これらの作品はかつて教科書の定番であった。また、物語好きな人なら『范の犯罪』や『赤西蠣太』は忘れられぬ一品である。他にも『正義派』『子を盗む話』など珠玉の短編がある。いずれも日本文学を代表する作品群である。こうしたなかで、処女作『網走まで』は、一見、なんの変哲もない小説とも思えぬ作品である。が、その実、志賀直哉の文学にとって重要な要素を含んでいる。
 かつて川端康成は、志賀直哉を「文学の源泉」と評した。その意味について正直、若いとき私はよくわからなかった。ただ漠然と、文学を極めた川端康成がそう言うから、そうなのだろう・・・ぐらいの安易な理解度だった。しかし、あらためて志賀文学を読みすすめるなかで、その意味することがなんとなくわかってきた。そうして、川端康成が評した「源泉」の源とは、処女作『網走まで』にある。そのように思えてきたのである。
 そして『網走まで』を読解できなければ、志賀直哉の文学を理解できない。『網走まで』が評価できなければ、文学というものを畢竟、わかることができない。とんでもない思い違いをしているかも知れない。が、そのように読み解いた。
 小説『網走まで』は、当時の原稿用紙(20×25)十七枚余りの、ちょっと見にはエッセイふうの小作品である。が、ある意味でこの作品は、金剛石の要素を持っている。光り輝くか否かは、読者の読解力の有無にかかっている。
 1910年『白樺』第一号に発表された志賀直哉の初期作品『網走まで』は、400字詰原稿用紙で21枚足らずの創作である。たまたま乗り合わせた母子をヒントに書いた、筋らしい筋もない物語。たいていの読者は、見逃してしまう初期作品である。むろん私も全く記憶になかった。三年前、ゼミでテキストに選んだ折り、何度か読み返してみて、はじめてこの作品の非凡さに気がついた体たらくである。
 しかし、どんな高価な金剛石でも、磨かなければただの石である。『網走まで』も、ただざっと読んだだけでは、なんの変哲もない作品である。「こんなものが、はたして作品と呼べるのか」そんな感想も無理からぬことである。だがしかし、しっかり繰り返し読めば、いつかははたと気がつき目からうろこが落ちた思いがするに違いない。
 では、『網走まで』とはいったいどんな作品なのか。         次回につづく
 
『網走まで』解説(『志賀直哉全集』岩波書店)
 明治43年(1910)4月1日発行の『白樺』第1巻第1号に発表され、大正7年(1918)3月、新潮社より刊行された白樺同人の作品集『白樺の森』に、現在のものにもっとも近いかたちになおして収め、「明治41年8月14日」と執筆年月が・・・明記されている。
 「菜の花と小娘」「或る朝」「網走まで」いわゆる三つの処女作といわれる。
志賀直哉 1883年(明治16年)2月20日~1971年(昭和46年)10月21日88歳
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2007年、読書と創作の旅・読書のススメ
嘉納治五郎の「青年修養訓」から読書のススメの紹介
第15 精読と多読
 
    『嘉納治五郎著作集 教育篇』(五月書房)
 精神の健全な発達を遂げようとするには、これに相当の栄養を与えなければならぬのであるが、その栄養を精神に与えるのは読書である。人は誰でも精神の健全な発達を望まないものはないにもかかわらず、実際その栄養法たる読書を好まない者も少なくないのは甚だ怪訝に堪えぬ。かくの如きは、その人にとっても国家にとっても実に歎(タン)ずべき事である。読書の習慣は学生にあっては成功の段階となり、実務に従事しいるものにあっては競争場裡の劣敗者たるを免れしむる保障となるものである。看よ、古来名を青史に留めたるところの文武の偉人は多くは読書を好み、それぞれの愛読書を有しておったのである。試みにその二、三の例をあげてみれば、徳川家康は常に東鑑(吾妻鏡)等を愛読し、頼山陽は史記を友とし、近くは伊藤博文は繁劇な公務の間にいても読書を廃さなかった。またカーライル(イギリスの歴史家・評論家)は一年に一回ホーマー(ホメロス)を読み、シルレルはークスピーアーを読んだ。ナポレオンは常にゲーテの詩集を手にし、ウエリントン(イギリスの将軍・政治家)はバットラーの著書(『万人の道』「生活と習慣」など)やアダムスミスの国富論に目を曝しておったということである。なすことあらんとする青年が、学生時代において読書を怠らないようにし、これを確乎とした一の習慣として、中年老年まで続けるようにするということの必要なるは多言を俟(ま)たないのである。
と、このように読書の必要性を説く。が、どんな本を読むかは、このように述べている。
 読書はこのように必要であるけれども、もしその読む書物が適当でないか、その読書の方法がよろしきを得なければ、ただに益を受けることが出来ないのみならず、かえって害を受けるのである。吾人の読む書物のどんなものであるべきかに関しては、ここにはただ一言を述べて余は他の章に譲っておこう。すべて新刊書ならば先輩識者が認めて価値が
あるというものを選ぶか、または古人のいったように世に出てから一年も立たないようなものは、必要がない以上はこれを後廻しとするがよい。また、昔より名著として世人に尊重せられているものは、その中から若干を選んで常にこれを繙(ひもと)き見るようにするがよいのである。
 どんな本を読んだらよいか。本によっては栄養になるどころか害になるという。嘉納治五郎が言うのは、先輩識者が認めた価値のあるもの。つまり世に名作といわれている本である。他は、現在、たとえどんなに評判がよくても、百万冊のベストセラーであっても後回しにせよということである。そうして古典になっているものは、常に手にしていなさいと教えている。本のよしあし、作家のよしあしは時間という評者が選んでくれる。
 さて、このようにして読む本を選んだら、次にどのようにして読むか。いらぬ節介ではあるが、全身教育者である嘉納治五郎は、その方法をも懇切丁寧に述べている。
 次に方法の点に移れば、読書の方法は、とりもなおさず精読多読などの事を意味するのである。精読とは読んで字の如くくわしく丁寧に読むこと、多読とは多く広く読むのをいうのである。真正に完全の読書をするには、この二つが備わらなければならぬ。
 つまり書物は偏らず、多くの書を読め、ということである。そうして読むからには、飛ばし飛ばし読むものには耳が痛いが、決していい加減にではなく、丁寧に読むべし、ということである。いずれももっともなことではあるが、人間、こうして指導されないと、なかなか読むに至らない。次に、折角の読書に陥りがたい短所があることを指摘し、注意している。
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 世に鵜呑みの知識というものがある。これは教師なり書物なりから得た知識をば、別に思考もせず会得もしないで、そのまま精神中に取込んだものをいうのである。かようなものがどうしてその人の真の知識となって役に立つであろうか。総じて知識が真の知識となるについては、まず第一にそれが十分に理解されておらねばならぬ。次にはそれが固く記憶されておらねばならぬ。
 鵜呑みの知識。よく読書のスピードを自慢する人がいるが、いくら早く読んでも、理解していなければ、ただ知っている、ということだけになる。
理解のされていない知識は他に自在に応用される事が出来ないし、固く記憶されていない知識は何時でも役に立つというわけにはいかない。したがってこれらの知識は、あるもないも同じ事である。かような理由であるから、何人たりとも真の知識を有しようと思うならば、それを十分咀嚼(そしゃく)消化して理解会得し、また十分確固明白に記憶しおくようにせねばならぬ。
 そのためには・・・・・
 さてこの理解記憶を全くしようとするにはどうしたらよいかというには、他に道は無い。その知識を受け入れる時に用意を密にする。すなわち書物をば精しく読まねばならぬのである。幾度か幾度か繰返し読んで主要点をたしかに捉えると同時に、詳細の事項をも落とさず隅々まで精確に理解をし、かつ記憶を固くするのである。こうして得た知識こそは真の栄養を精神に与え、また始めて吾人に満足を与える事が出来るのである。試みに想像してみれば分かる。何らかの書物をば百遍も精読し、その極その中に書いてある事は十分会得していて、どんな場合にも応用が出来、その知識は真のわが知識になって、わが血液に変じ筋肉と化しておったならば、その心持はどのようであろうか。真に程子(テイシ兄弟)のいったように、手の舞い足の踏むところを知らないであろう。書物の与える満足には種々あろうが、これらはその中の主なるものであって、また最も高尚なものである。
 書物を理解するには、繰り返し読むことが重要。精読まずは精読である。さすれば応用ができ真の知識となる、と説いている。また、この精読するということについても、こう語っている。
 かつまた一冊の書物の上に全力を傾注するという事は、吾人の精神修養の上から観ても大切である。何となれば人間が社会に立っているからには、大かり小なりの一事をば必ず成し遂げるという習慣がきわめて必要であるが、書物を精読し了するというのは、ちょうどこの一事を成し遂げるという事に当たるからである。今日でこそやや薄らいだようであるが、維新前におけるわが国士人の中には、四書(儒教の経典)の中の一部もしくは数部をば精読し熟読し、その極はほとんどこれを暗誦して常住座臥その行動を律する規矩(きく・コンパス)としておったものが多いのである。伊藤仁斎(江戸初期の朱子学儒者)は18,9歳の頃『延平問答』という書物を手に入れて反復熟読した結果、紙が破れるまでになったが、その精読から得た知識が大いに修養の助けとなり、他日大成の基をなしたという事である。また荻生徂徠は、13年のわびしい田舎住居の間、単に一部の大学諺解(ゲンカイ口語による漢文解釈)のみを友としておったという事である。程子は「余は17,8より論語を読み当時すでに文義(文章の意味)を暁りしが、これを読むこといよいよ久しうしてただ意味の深長なるを覚ゆ」と言っている。古昔の人がいかに精読に重きをおいたかは、これら2,3の事例に徴するも分明である。学問教育が多岐に渉る結果として、遺憾な事にはこのような美風も今日ではさほど行われないようである。
 ひとつのものを徹底して読む。この美風、すなわち習慣は、現代においては、ますます為
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されていない。が、学生は、すすんで挑戦しようという気まがえがなくてはならぬ。と、いっている。
 しかし現に学生生活を送り近い未来において独立すべき青年らには、各率先してこの美風を伝播しようと今より覚悟し実行するように切望せねばならぬ。
 読書ということは、このような効能の点からいっても満足の点からいっても、また精神修養の点からいってもまことによいものであるが、しかしまた不利益な点を有せぬでもない。すなわち精読は常に多くの時間を要するということと、したがって多くの書物が読めないようになるから自然その人の限界が狭隘(キョウヤク)になるを免れないということである。例えていえば、文字において一作家の文章のみを精読しておったならば、その作家については精通しようが思想の豊富修辞の巧妙がそれで十分に学べるということは出来ない。どんなに優秀な作家とても、その長所を有すると同時に多少の欠点を有するものであるから、一作家の文章が万有を網羅し天地を籠蓋(ロウガイ)するというわけにはいかぬ。そこで精読によって益を受けるにしても、またその不備な点が判明したならば、これを他の作家の作物によって学び習うという必要が起きる。すなわち他の作物にたよるということは、多読をするという事に帰するのである。
 
 またこの外の人文学科、たとえば歴史修身等においても、もしくは物理化学等の自然学科においても、一の著者の記述説明に熟すると同時に、他の著者はそれをどんなに記述し説明しているかを参照してみる必要がある。このように参照してみることは知識を確実にする上にきわめて多大の効能があるから、決して煩雑無用のことではない。精読はもとより希うべきであるが、また一面には事情の許す限り多読をして、その限界を狭隘にせぬようにするがよい。精読でもって基礎を作り、多読でもってこれを豊富にするは学問の要訣(ヨウケツ)であってこのようにして得られた知識こそ真に有用なものとなるのである。
 さらに精読と多読との仕方の関係を具体的に述べてみれば、、まず精読する書物の中にある一つの事項に対して付箋または朱黄を施し、かくてその個所が他の参照用として多く渉猟(読みあさる)する書中にはどんなに記述説明されているかを付記するのである。換言すれば精読書を中心として綱領として、多読所をことごとくこれに関連付随させるのである。また学問の進歩の程度についていうならば、初歩の間は精読を主とし相当に進んだ後に多読を心掛くべきである。けれどもどんな場合においても精読が主であって多読が副である。そうしてこの両者のうちいずれにも偏してはならないことは無論であるが、もしいずれに偏するがよいかといえば、精読に変する方がむしろ弊害が少ないのである。精読に伴わない多読は、これは支離散漫なる知識の収得法であって、濫読妄毒となるに至ってその幣が極まるのである。
 また鼠噛の学問といって、あれやこれやの本を少しずつ読むのでいずれをも読みとおさずに放擲するなどは、学に志すものの固く避くべきことである。世に聡明の資質を抱きながらなすこと無くして終わるものの中には、この鼠噛(ソコウ)の学問といって、あれやこれやの本を少しずつ読むのでいずれも読み通さずに放擲するなどは、学に志すものの固く避くべきことである。世に聡明の資質を抱きながらなすこと無くして終わるものの中には、この鼠噛の陋(ロウ)に陥ったものも多いのである。実に慎み謹んで遠ざくべき悪癖である。
以上、嘉納治五郎の説く読書の必要性を紹介した。どんな本を読めばいいのか。どんなふうに読めばよいのか。人それぞれの性癖もある。それに、世に古典といわれる良書は山ほどある。となると読書も簡単ではない。が、文学の手本なら志賀直哉である。
(編集室)
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.75――――――――8 ―――――――――――――――――
2007年、読書と創作の旅・ニュース観察「教育基本法」
 昨今、子供のイジメや自殺にみるように日本の教育問題は深刻化している。法律で解決できるかどうかはわからぬが、政府は、昨年2006年12月15日に第165回臨時国会において昭和22年からつづいた教育基本法の改正案を成立させ、12月22日に公布・施工した。以下は、その現行法である。(検索から)
前文
 我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うものである。我々は、この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進する。ここに、我々は、日本国憲法の精神にのっとり、我が国の未来を切り拓《ひら》く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定する。
第一章 教育の目的及び理念(教育の目的)
第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
(教育の目標)
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
(生涯学習の理念)
第三条 国民一人一人が、自己の人格を磨き、豊かな人生を送ることができるよう、その生涯にわたって、あらゆる機会に、あらゆる場所において学習することができ、その成果を適切に生かすことのできる社会の実現が図られなければならない。
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(教育の機会均等)
第四条 すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
2 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。
3 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。
愛国心および道徳教育に関する規定(検索)
道徳教育については、前文に「公共の精神」を尊ぶことが掲げられ、第2条において「教育の目標」として「豊かな情操と道徳心を培う」ことなど、育成されるべき国民の姿が示されている。なお、旧法においては道徳教育に関する規定はなく、道徳教育については文部科学省の告示である学習指導要領に提示されるのみとなっていた。愛国心については、教育の目標の一つとして「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと」があげられる形で触れられている。なお、旧法においては「愛国(心)教育」に関しては触れられていなかった。
☆ 憲法改正問題について (現行憲法、特に九条を再読してみる)
 2007年4月12日、憲法改正がより現実化した。国民投票法案の与党修正案が、衆院憲法調査特別委員会で可決された。下記は、注目されている現行憲法九条です。
前文について
【現行憲法】
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれら子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に在することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われわれはこれに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
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新聞2007年、読書と創作の旅・憲法改正問題観察
現憲法の第二章【戦争の放棄】
 
第九条 ① 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、武力によ
       る威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを
       放棄する。
     ② 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国
       の交戦権は、これを認めない。
●政府(自民党)草案の第二章はこのようです
 第二章【安全保障】
 
 第九条(平和主義) (現憲法の一項と同じ)
 第九条の二(自衛軍) 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣
 総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。
2 自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
第二項に定められるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
国民投票法案可決に対する二つの意見
今回の国民投票法案可決を新聞はどう評したか。4月14日付の読売、朝日の社説をみた。
読売新聞 社説 2007年4月14日 「党利党略が過ぎる小沢民主党」
 現行憲法制定以来の立法府の不作為が、解消される。憲法改正の手続きを定めた、与党提出の国民投票法案が、自民、公明両党などの賛成多数で衆院を通過した。今国会中に成立する見通しだ。憲法をめぐる戦後史で画期的なことである。
 本来は、超党派で成立させるべき法案である。衆院の採決の直前になって、民主党が独自の法案を提出し、与党と民主党が対立する形になったのは、極めて残念なことだ。
 それにしても、民主党の姿勢には首をかしげざるをえない。
 国民投票法案については、昨年暮れ与党と民主党が、9項目の修正項目で合意した。衆院憲法調査特別委員会の与党と民主党の理事間では、共同提案を目指して協議が進んでいた。
 与党案は投票権年齢を「原則18歳以上」とするなど、民主党が主張する内容を大幅に取り入れて修正したものだ。両案にほとんど違いはない。
 それが、民主党独自の法案提出となったのは、参院選に向けて、自民党との対決姿勢をを示す狙いなのだろう。
 安倍首相がは、参院選で「憲法改正」を訴えるとし、国民投票法案の早期成立を主張してきた。民主党の小沢代表ら執行部が共同修正の動きを抑えたのには、国民投票法案でも与党に対する対決姿勢を鮮明にした方が、参院選の選挙戦略上、得策という判断がうかがえる。
 与党案と民主党案の最大の違いは、国民投票の対象について、与党案が憲法改正だけとしているのに対し、民主党案は「その他の国民投票の対象にふさわしい問題」も対象にしているという点だ。
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新聞2007年、読書と創作の旅・憲法改正問題観察
だが憲法前文には「日本国民は、政党に選挙された国会における代表者を通じて行動」する、とある。一般的な政策に関する国民投票は、にほんの統治原理である議会制民主主義に
反する。大衆迎合政治の横行を招くことにもなる。例えば、国民に負担を求める消費税率引き上げのような問題だ。一円でも税金は安い方がよい、という一般の心理におもねって、反対政党が国民投票の実施に持ち込むようなことがあれば、大きな政治的混乱に陥るだろう。
 民主党は「間接民主制との整合性の確保」の観点から、必要な法制上の措置を講じる旨を付則に定める、としている。だが、小手先の対応で、本質的な問題性が解決されるものではない。民主党内には、憲法改正に賛成し、国民投票法案の成立を望む議員も少なくないのではないか。これ以上、政争の具にしてはなるまい。
朝日新聞 社説 2007年4月14日 「廃案にして出直せ」
 憲法を改正すべきかどうかを問う国民投票法案が、与党の自民、公明両党の賛成多数で衆院で可決された。憲法という国の大本を定める議論が、対決路線の中で打ち切られたのは不幸なことだ。
 長年にわたる護憲と改憲の原理的対立を経て、国会は具体的な論点にそって憲法論議ができる土台作りを進めてきた。
 そして一昨年来、改正論議に入る前段階として、自民・民主・公明の3党が主導して、憲法改正の是非を問う手続きである国民投票法の仕組みを審議してきた。法案に反対の立場の共産、社民両党も、審議には加わってきた。
 憲法改正の仕組みを決める今回の法案づくりは、できるだけ幅広い政党のコンセンサスをつくって進めるべきだ、と私たちは主張してきた。
 憲法改正には、衆参各院の総議員の3分の2いじょうの賛成で、国会が発議する必要がある。さらに国民投票で過半数の賛成が得られなければ、憲法は変えられない。高いハードルを設定したのは、憲法とは国のかたちにかかわる基本法であり、改定すれば、その後数十年にわたり国の政治を大きく規定するからだ。
 こんどの国民投票法は、そうした憲法論議に深くかかわる重要な法案である。憲法改正と同様に幅広い合意があってしかるべきだ。ある特定の時点での多数派の思惑や、単なる選挙目当てで薦めてもらっては困る。少なくとも野党第一党の賛成を得ることがのぞましかった。
 2000年に国会に憲法調査会が設置されて以来、政局をからめないように注意しつつ、公正中立なルールづくりをする路線を大切にしてきた。だが、7年の強調がこれで崩れてしまった。その責任はまず、選挙の思惑を持ち込んだ安倍首相にある。「憲法改正を参院選でも訴えたい」と争点化したからだ。戦後レジームからの脱却を図る安倍カラーを発揮する作戦だろう。一方、民主党側も、与党だけの可決という展開によって、参院選での攻撃材料を得た。ここで採決に踏み切った与党側にすれば、もう十分審議は尽くしたし、譲るべきものは譲ったということなのだろう。
 しかし、今回の可決は野党を硬化させ、実際の憲法改正の可能性はむしろ遠のいたとさえ言われているのは、皮肉なことである。
 法案には、メディア規制の問題、公務員の政治的行為の制限、最低投票率の設定など、審議を深めてほしい点がある。参院では夏に半数の議員が改選されるので、法案を継続審議にはできない。成立か廃案しかない。
 世論を見渡すと、憲法についてどうしても改正すべきだと多くの人が考えている論点は、いまのところない。
 時間は十分にあるのだ。参院のあとの静かな環境のなかで、与野党の合意を得られるよう仕切りなおすべきである。
※ 相対する二つの社説です。
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表現力・土壌館劇場開演について
 ものを書き、読むことは表現することでもあります。時間の余裕をみて表現力を培います。テキストは、山川お惣治画・作の『少年王者』。昭和22年~23年頃のベストセラー。手作り紙芝居だがテレビ制作会社に貸し出す。2月21日水曜日10時頃NHKハイビジョン「わたしが子供だったころ」でほんの数秒放映された。
掲示板
課題  次回ゼミで提出するもの。下記メールにも可。
□ アンケート「私の愛読書」
□ 一日を記憶する (事実でも想像でも可)
□ 車中観察 (事実でも想像でも可)
演劇
劇団ZAPPA公演「風」新選組 吉祥寺シアター 4/13~4/22 19時~
予約・電話080-3129-4930(公演当日まで)劇団ZAPPA事務所 下原まで
会誌 このほど「ドストエーフスキイの会」会誌が発行された。
『ドストエーフスキイ広場 No.16』
・戦士アリョーシャの誕生 ・・・ 熊谷のぶよし
・ドストエフスキーの初期作品におけるセンチメンタリズム・・・呉 楠
・ドストエフスキーと自殺 ・・・ 田中べんぼ
・団塊世代とドストエフスキー 下原敏彦
ドストエフスキー関連
■ドストエーフスキイ全作品を読む会第222回「読書会」
月 日 : 2007年6月16日土曜日 午後2時00分~4時45分
会 場 : 池袋西口・東京芸術劇場小会議室7
報告者 : 村野和子氏 作品『白痴』第二回目
■ドストエーフスキイの会第180回例会
月 日 : 2007年5月19日土曜日 午後6時00分~9時00分
会 場 : 千駄ヶ谷区民会館 JR原宿
報告者 : 長瀬 隆氏
題 目 : 未定                 下原まで
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編集室便り
☆課題原稿、社会評、創作など歓迎します。下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
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☆本通信はHP「土壌館」に掲載されています。

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