文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.306

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2017年(平成29年)1月23日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.306

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/26 10/3 10/17 10/24 10/31 11/7 11/14 11/21 11/28 12/5 12/12 2017年 1/16 1/23 1/30

熊谷元一研究&テキスト作品読み(志賀直哉他)

 

2016年読書と創作の旅

 

1・23下原ゼミ

 

1月23日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ2教室

 

  1.  テキストの残り「灰色の月」、脚本「ぼた雪」

 

 

【社会観察】 どうなる世界 たった一人に夜も眠れず

 

 新年早々、世界は、トランプ一色だ。戦々恐々として注目している。政治、経済、軍事はむろん、人種、難民、不法移民の人たちも固唾をのんで、彼が就任する20日未明を待っている。たった一人の人間に世界が・・・なぜ?

たとえば就任式前夜の1月19日(木)朝日新聞記事は、2面「トランプ ショック」でこんな記事を載せている。

 

おびえる「ドリーマー」 不法移民の若者 米から送還の可能性

現政権、72万人の滞在認める

「20日(日本時間21日未明)に発足するトランプ新政権の行方を、不安な思いで見つめる「ドリーマー」と呼ばれる若者がいる。子どもの時に親に連れられて米国に移り、そのまま暮らす不法移民だ。」

オバマ政権ではDACA(ダカ)幼いとき米国に到着した移民の延期措置の略称。条件を満たせば、2年間は強制送還の対象にはならない。

 

就任式後の見出し記事は、こう報じている。

朝日新聞1月21日一面

雇用・移民「米国第一」 会場周辺 抗議デモ

1月23日一面 トランプ氏に抗議 80カ国470万人

 

読売新聞1月21日一面

「米国第一」公約に

低支持率 抗議デモ

 

反トランプ運動は、ひろがりをみせている。

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.306 ―――――――― 2 ―――――――――――――

 

下原ゼミでは、志賀直哉の車内観察作品をテキストに、「書くこと」「読むこと」の習慣化を目標にしてきました。「書くこと」はゼミ誌『熊谷元一研究 No.3 』で成果をみました。が、「読むこと」では、テキスト最終作品にまでとどきませんでした。テキスト最終作品は、車内観察作品です。僅か数枚ですが、日本文学名作となっています。

『灰色の月』は、昭和20年(1945年)10月16日夜8時頃の山手線の車内観察です。社会状況は、2カ月前の8月15日に戦争が終わったばかり。戦争に負けた国の首都の電車。上野の山は戦争孤児と餓死者であふれていた。車内の様子は、どんなだったでしょう。

 

灰色の月

志賀直哉

 

東京駅の屋根のなくなった歩廊に立っていると、風はなかったが、冷え冷えとし、着て来た一重外套で丁度よかった。連れの二人は先に来た上野まわりに乗り、あとは一人、品川まわりを待った。

薄曇りのした空から灰色の月が日本橋側の焼跡をぼんやり照らしていた。月は十日位か、低くそれに何故か近く見えた。八時半頃だが、人が少なく、広い歩廊が一層広く感じられた。

遠く電車のヘッドライトが見え、暫くすると不意に近づいて来た。車内はそれ程込んでいず、私は反対側の入口近くに腰かける事が出来た。右に五十近いもんぺ姿の女がいた。左には少年工と思われる十七八歳の子供が私の方を背にし、座席の端の袖板がないので、入口の方へ真横を向いて腰かけていた。その子供の顔は入って来た時、一寸見たが、眼をつぶり、口はだらしなく開けたまま、上体を前後に大きくゆすっていた。それはゆすっているのではなく、身体が前に倒れる、それを起こす、又倒れる、それを繰返しているのだ。居眠りにしては連続的なのが不気味に感じられた。私は不自然でない程度に子供との間を空けて腰かけていた。有楽町、新橋では大分込んで来た。買出しの帰りらしい人も何人かいた。二十五六の血色のいい丸顔の若者が背負って来た特別大きなリックサックを少年工の横に置き、腰掛に着けて、それにまたぐようにして立っていた。その後ろから、これもリックサックを背負った四十位の男が人に押されながら、前の若者を覗くようにして、

「載せてもかまいませんか」と云い、返事を待たず、背中の荷を下ろしにかかった。

「待って下さい。載せられると困るものがあるんです」若者は自分の荷を庇うようにして男の方へ振り返った。

「そうですか、済みませんでした」男は一寸網棚を見上げたが、載せられそうにないので、狭い所で身体をひねり、それを又背負ってしまった。

若者は気の毒に思ったらしく、私と少年工の間に荷を半分かけて置こうと云ったが、

「いいんですよ。そんなに重くないんですよ。邪魔になるからね。おろそうと思ったが、いいんですよ」そう云って男は軽く頭を下げた。見ていて、私は気持よく思った。一頃とは人の気持も大分変わってきたと思った。

浜松町、それから品川に来て、降りる人もあったが、乗る人の方が多かった。少年工はその中でも依然身体を大きくゆすっていた。

「まあ、なんて面をしてやがんだ」という声がした。それを云ったのは会社員というような四、五人の一人だった。連れの皆も一緒に笑いだした。私からは少年工の顔は見えなかった

が、会社員の云いかたが可笑しかったし、少年工の顔も恐らく可笑しかったのだろう。車内

には一寸快活な空気が出来た。その時、丸顔の若者はうしろの男を顧み、指先で自分の胃の所を叩きながら、「一寸手前ですよ」と小声で云った。

男は一寸驚いた風で、黙って少年工を見ていたが、「そうですか」と云った。

笑った仲間も少し変に思ったらしく、

 

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「病気かな」

「酔ってるんじゃないのか」

こんなことを云っていたが、一人が、

「そうじゃないらしいよ」と云い、それで皆にも通じたらしく、急に黙ってしまった。

地の悪い工員服の肩は破れ、裏から手拭でつぎが当ててある。後前に被った戦闘帽のひさ

しの下のよごれた細い首筋が淋しかった。少年工は身体をゆすらなくなった。そして、窓と入口の間にある一尺程の板張りにしきりに頬を擦りつけていた。その様子が如何にも子供ら

しく、ぼんやりした頭で板張りを誰かに仮想し、甘えているのだという風に思われた。

少年工は返事をしなかったが、又同じ事を云われ、

「上野へ行くんだ」と物憂さそうに答えた。

「そりゃあ、いけねぇ、あべこべに乗っちゃったよ。こりゃあ渋谷の方へ行く電車だ」

少年工は身体を起こし、窓外を見ようとした時、重心を失い、いきなり、私に寄りかかってきた。それは不意だったが、後でどうしてそんな事をしたか、不思議に思うのだが、その時ほとんど反射的に寄りかかってきた少年工の身体を肩で突返した。これは私の気持を全く裏切った動作で、自分でも驚いたが、その寄りかかられた時の少年工の抵抗が余りに少なかった事で一層気の毒な想いをした。私の体重は今、十三貫二三百匁に減っているが、少年工のそれはそれよりもはるかに軽かった。

「東京駅でいたから、乗越して来たんだ。―― 何処から乗ったんだ」私はうしろから訊いて見た。少年工はむこうを向いたまま、

「渋谷から乗った」と云った。誰か、

「渋谷からじゃ一回りしちゃったよ」と云う者があった。

少年工は硝子に額をつけ、窓外を見ようとしたが、直ぐやめて、漸く聞きとれる低い声で、

「どうでも、かまはねえや」と云った。

少年工のこのひとり言は後まで私の心に残った。

近くの乗客たちも、もう少年工の事には触れなかった。どうすることも出来ないと思うのだろう。私もその一人で、どうすることも出来ない気持だった。弁当でも持っていれば自身の気休めにやることも出来るが、金をやったところで、昼間でも駄目かも知れず、まして夜九時では食い物など得るあてはなかった。暗澹たる気持のまま渋谷駅で電車を降りた。

昭和二十年十月十六日の事である。

 

(『志賀直哉全集』を現代読みに・編集室)

短い作品ですが、多くのことが感じられます。

車内に飢えて死にそうな少年がいても、乗客の大人たちはなにもできない。戦争に負けたことで、大人たちは、それほどに気力を無くしていたのです。最後の「あんたんたる気持ち」によく表れています。暗い悲しい時代です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.306 ―――――――― 4 ―――――――――――――

 

毎年「読むこと」「書くこと」に加え「表現すること」として、テキスト志賀直哉作品の脚本化を演じてもらうっています。が、2016年は時間がありませんでした。

 

テキスト『范の犯罪』脚本化(下原)

 

「ナイフ投げ曲芸師美人妻殺人疑惑事件」裁判・概要

 

現 場 = 芝居・見世物小屋

観 客 = 当日は300人余り

目撃者 = 興行・座長一名、ナイフ投げ演芸助手一名、巡査一名

観客300余名

 

状 況 = 戸板大の板の前に女を立たせ、二間(約三・七㍍)離れたところから奇術

師が出刃包丁ほどのナイフを投げる。

ナイフは、女の体から二寸(六センチ)と離れない距離に突き刺さる。奇

術師は、掛け声とともに、体にナイフの輪郭をとるように次々となげる。

推 移 = 何本目かのとき、首に投げたナイフが女の頚動脈に突き刺さった。血が

どっとあふれ女は、前に倒れて、そのままこと切れた。

 

公 判 裁判官  座長  助手  被告  ―― (裁判進行)

 

―― はじめに被告をよく知る関係者の訊問から行います。

 

裁判官 「証人と被告との関係は ―― 」

座 長 「被告がいる興行一座の座長です」

裁判官 「あの演芸はぜんたいむずかしいものなのか ? 」

座 長 「いいえ、熟練のできた者には、あれはさほどむずかしい芸ではありません。ただ、

あれを演ずるにはいつも健全な、そして緊張した気分を持っていなければならない

という事はあります」

裁判官 「そんなら今度のような出来事は過失としてもありえない出来事なのだな」

座 長 「もちろんそういう仮定 ―― そういうごく確かな仮定がなければ、許しておけ

る演芸ではございません」

裁判官 「では、お前は今度の出来事は故意のわざと思っているのだな ? 」

座 長 「いや、そうじゃありません。なぜなら、なにしろ二間という距離を置いて、単に

熟練とある直覚的な能力を利用してする芸ですもの、機械でする仕事のように必

ず正確にいくとは断言できません。ああいう誤りが起こらないまでは私どもはそ

んなことはあり得ないと考えていたのは事実です。しかし今実際起こった場合、

私どもはかねてこう考えていたという、その考えを持ち出して、それを批判する

事は許されていないと思います」

 

裁判官 「ぜんたいおまえは、どっちだと考えるのだ」

座 長 「つまり私にはわからないのであります」

 

座長、礼をして退席。つづいて若い助手が証言台に立った。

―――――――――――――――――― 5 ―――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.306

裁判官 「被告との関係は」

助 手 「被告の助手をしています。ナイフを運んだり、渡したりする役目です」

裁判官 「被告は、ふだんの素行はどういうふうだった」

助 手 「素行は正しい男でございます賭博も女遊びも飲酒もいたしませんでした。それに

 

あの男は昨年あたりからキリスト教を信じるようになりまして、英語も達者ですし、

暇があると、よく説教集などを読んでいるようでした」

裁判官 「妻の素行は」

助 手 「これも正しい方でございました。ご承知のとおり旅芸人というものは決して風儀

のいい者ばかりではありません。他人の妻を連れて逃げてしまう。そういう人間も

時々はあるくらいで、被告の妻も小柄な美しい女で、そういう誘惑も時には受けて

いたようでしたが、それらの相手になるような事は決してありませんでした」

裁判官 「二人の性質は ? 」

助 手 「二人とも他人にはごく柔和で親切で、また二人ともに他人に対しては克己心も強

く決して怒るような事はありませんでした。―― 」

助手は、ちょっと考えて、また続けた。

「・・・この事を申し上げるのは被告のために不利益になりそうで心配でもありま

すが、正直に申し上げれば、不思議なことに他人にたいしてはそれほど柔和で親切

で克己心の強い二人が、二人だけの関係になるとなぜか驚くほどお互いに残酷にな

ることでございます」

裁判官 「なぜだろう・・・ ?  」

助 手 「わかりません」

裁判官 「お前の知っている最初からそうだったのか ? 」

助 手 「いいえ、二年ほど前、妻が産をいたしました。赤子は早産だという事で、三日ば

かりで死にましたが、そのころから二人はだんだん仲が悪くなって行くのが私ども

に知れました。二人は時々、ごくくだらない問題から激しい口論を起こします。し

かし、被告は、どんな場合でも結局は自分の方で黙ってしまって、決して妻に対し

て手荒な行いなどする事はございません。もっとも被告の信仰心がそれを許さなか

ったでしょうが、顔を見るとどうしても、押さえ切れない怒りがすごいほどあらわ

れていることもございます。で、私はあるとき、それほど不和なものならいつまで

もいっしょにいなくてもいいだろう、と言ったことがございます。しかし、彼は妻

には離婚を要求する理由があっても、こっちにはそれを要求する理由はないと答え

ました。… 自分に愛されない妻が、だんだん自分を愛さなくなる。それは当然の

ことだ、こんなことも言っていました。彼がバイブルや説教集を読むようになった

動機もそれで、どうかして自分の心を和らげて憎むべき理由もない妻を憎むという、

むしろ乱暴な自分の心のため直してしまおうと考えていたようでした。妻もまた可

哀そうな女なのでする。… 故郷の兄というのが放蕩息子で家はつぶれて無いので

す。… 不和でもいっしょにいるほかなかったのだとおもいます」

裁判官 「で、ぜんたいお前は、あの出来事についてどう思う ? 」

助 手 「誤りでした事か、故意でした事かとおっしゃるのですか ?  私も実はあの時以

来、いろいろ考えてみました。ところが考えれば考えるほどだんだんわからなくな

ってしまいました」

裁判官 「よろしい、尋ねることがあったらまた呼び出す」

 

「休廷します」

 

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.306 ――――――― 6 ――――――――――――――

 

公 判 開始

 

―― 公判を開始します。後半は、被告人への質問を行います。被告人、前へ。

 

裁判官 「今、座長と助手とを調べたからそれから先をきくぞ」

 

被 告 「はい――」

裁判官 「お前は妻をこれまで少しも愛した事はないのか ? 」

被 告 「結婚した日から赤子を産む時までは心から私は妻を愛しておりました」

裁判官 「どうして、それが不和になったのだ」

被 告 「妻の生んだ赤子が私の子でない事を知ったからです」

裁判官 「お前はその相手の男を知っているのか ?」

被 告 「想像しています。それは妻の従兄です」

裁判官 「お前の知っている男か ?」

被 告 「親しかった友だちです。その男が二人の結婚を言い出したのです。その男から

私は勧められたのです」

裁判官 「お前の所へ来る前の関係だろうな ? 」

被 告 「もちろんそうです。赤子は私の所へ来て八月日に生まれたのです」

裁判官 「早産だと助手の男は言っていたが・・・ ? 」

被 告 「そう私が言ってきかせたからです」

裁判官 「赤子はすぐ死んだといういうが・・・」

被 告 「死にました」

裁判官 「何で死んだのだ」

被 告 「乳房で息を止められたからです」

裁判官 「妻はそれを故意でしたのではなかったのか」

被 告 「あやまちからだと自身は申しておりました」

裁判官 「妻はその関係(従兄)についてお前に打ち明けたか」

被 告 「打ち明けません。私も聞こうとしませんでした。その赤子の死がすべての償いの

ようにも思われたので、私自身できるだけ寛大にならなければと思っていました」

裁判官 「寛大になれたか」

被 告 「なれませんでした。赤子の死だけでは償いきれない感情が残りまなした。離れて

いると時にはわりと寛大でいられるのです。ところが、妻が目の前に出て、そのか

らだを見ていると、急に押さえきれない不快を感じるのです」

裁判官 「離婚しようと思わなかったのか」

被 告 「したいとはよく思いました。しかし、それを口にしたことはありませんでした」

裁判官 「なぜだ」

被 告 「私が弱かったからです。妻は、前からもし離婚されれば、生きてはいないと申し

ていたからです」

裁判官 「妻はお前を愛していたのか」

被 告 「愛してはいません」

裁判官 「それならなぜ、そんなことを言ったのだ」

被 告 「ひとつには生きていく必要からだと考えます。両親はもうなく、別れても行くと

ころがないと思っていたからです」

裁判官 「お前は妻に対し同情はしていなかったのか」

被 告 「同情していたとは考えられません。妻にとっても同棲は苦痛だと思ったからです」

―――――――――――――――――― 7 ―――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.306

 

 

裁判官 「それならなぜ、お前は思い切った態度がとれなかったのか」

被 告 「いろいろなことを考えたからです」

裁判官 「いろいろなこととは、どんなことだ」

被 告 「自分が誤りのない行為をしょうということを考えるのです――しかし、結局その

考えは何の解決もつけてはくれませんでした」

裁判官 「お前は妻を殺そうと考えたことはなかったか」

被 告 「・・・・・」

裁判官 「どうです、殺意は・・・・」

被 告 「その前に死ねばいいとよく思いました」

裁判官 「そして、そのあとに殺そうと考えたのか」

被 告 「決心はしませんでした。しかし考えました」

裁判官 「それはいつごろからか」

被 告 「あの前の晩です。あるいは明け方です」

裁判官 「その前に争いでもしたのか」

被 告 「しました」

裁判官 「何のことで」

被 告 「くだらないことです」

裁判官 「まあ、言ってみなさい」

被 告 「食事のことで、けんかになりました。したくがおそいので」

裁判官 「いつもより激しかったのか」

被 告 「いいえ、しかしいつになくあとまで興奮していました」

裁判官 「原因はあるのか」

被 告 「近ごろ自分に本当の生活がないということを苛々していたからだと思います。そ

のせいか、あまり眠れませんでした。妻もそうだったと思います」

裁判官 「起きてからは、二人はいつもと変わらなかったか」

被 告 「はい、まったく口をきかずにいました」

裁判官 「お前は、なぜ妻から逃げてしまおうとは思わなかったのか」

被 告 「死んでしまったほうがよいと思うくらいなら、ですか」

裁判官 「そうだ」

被 告 「そのことは、どちらも、考えの外でした。実際殺してやろうという考えも、まだ

遠くでした」

裁判官 「では、あの日は、殺意も計画もなかったのか」

被 告 「どうかしなければという気持はありました。が、演芸が近くなるとその気持も失

せました。私は何の心配もしていませんでした」

裁判官 「そうか」

被 告 「あの演芸は、少しでも他の考えが入るとできません。妻のことを考えたら、

あの芸は選ばなかったと思います。危険でない芸もしていましたから」

裁判官 「では、どのへんから考えるようになったのか」

被 告 「あの晩のことは、よく覚えています。私は舞台にでると、いつものように紙を切

ってナイフの切り味を観客にみせました。まもなく厚化粧した妻が派手な中国服

を着て出てきました。私は、ナイフを手に妻と向き合いました。そのとき、はじ

めて自分の腕が信じられない気持がしたのです」

裁判官 「どんなことでか」

被 告 「前の晩のけんか以来、はじめて目を合わせたからです。その時、突然、妻のこと

 

が頭に浮かび、私は、この演芸を選んだ危険を感じたのです」

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.306 ―――――――― 8 ―――――――――――――

 

裁判官 「しかし、それでも実演した」

被 告 「はい、やめることはできませんでした。何かに操られているようでした」

裁判官 「そのときの様子を詳しく」

被 告 「私は無理に心を静め、最初に頭の上へ一本打ちこみました。ナイフはいつもより

ちょつと上へささりました。次に、肩の高さにあげた腕のわきの下に打ちこみま

した。投げるたびに指さきに何かこだわりを感じました。ナイフがどこに刺さる

かわからない気がして一本ごとにほっとしました。

私は落ち着こう落ち着こうとしました。しかし、それがかえって心の動揺をさ

そいました。そんな気持を察したのか、妻が急に不思議な表情をしました。発作

的に激しい恐怖を感じたようです。予感したのでしょうか。わかりません。

私は、目まいのようなものを感じました。が、そのまま力まかせに、ほとんど

暗やみめがけるようにあてもなく、ナイフを投げこんでしまったのです」

一瞬、沈黙

裁判官 「その瞬間、意識はあったのか」

被 告 「とうとう殺したと思いました」

裁判官 「それはどういうのだ。故意でしたという意味か」

被 告 「そうです。故意でしたような気が不意にしたのです。しかしすぐに、これは事故

と見せかけることができるとも思いました」

裁判官 「お前は巧みに人々を欺きおおせると思った」

被 告 「はい、しかし、前の晩、ちらっと殺すということを考えた。これは故殺の理由に

なるだろうか。こんな考えも浮かび、だんだんにわからなくなってきました。私

は、急に興奮した気持になり、愉快でならなくなりました」

裁判官 「いま、お前はどちらだと思う。故殺か、過失か」

被 告 「自分には、わかりません。いまはただ、過失と我を張るより、どっちかわからな

いと言ったほうが、自分に正直だと思ったのです」

裁判官 「だいたいにおいて本当の気持のようだ」

被 告 「はい、ウソ偽りはありません」

裁判官 「ところで、おまえには妻の死を悲しむ気持は少しもないのか」

被 告 「まったくありません。私はこれまで妻に対し、どんな激しい憎しみを感じた場合

にもこれほど快活な心持で妻の死を語りうる自分を想像したことはありません」

裁判官 「もうよろしい、ひきさがつてよろしい」

「それでは、裁判員の皆さんに審議してもらいます」

 

裁判員  → 観客全員

 

裁判官  「無罪と思う人は挙手でお願いします」

「有罪と思う人は」

 

裁判官  「なぜ、無罪か」「なぜ有罪か」

裁判員

 

―― それでは判決にはいります。

 

裁判官  「よって、被告を     とします」

 

【この出来事を、故意とみるか、事故とみるか】

産業都市文明は「死に至る文明」

 

 福島原発核汚染の不安と絶望、中国の空を覆う煤煙。記録的豪雨、酷暑、竜巻、干ばつ

などなど温暖化(文明化)による地球規模の危機。今日ほどドストエフスキーの『夏象冬記』

を、現実的に、予見的に感じる地代はない。その意味で、この作品を読む意義は大きい。

まさに「今 ! でしょう」である。ドストエフスキーの恐れは一世紀半を過ぎたいま、

一時度きにドンと地球各地に現れている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ドストエフスキーの西欧観は、40年代人の、すなわち全人類的友愛社会の理想に憧れたユートピア社会主義者の目で見られた西欧であるが、そこには、19世紀後半の西欧産業都市文明の有害性に関する鋭い指摘がある。産業都市文明は「死に至る文明」であると、ドストエフスキーは考えていたのだ。 (「ドストエフスキー年代記」)

 

■ドストエーフスキイのロンドン(中村健之介訳『ドストエフスキー写真と記録』の「夏の印象をめぐる冬の随想」から)

自意識喪失の過程

 

外観からしてからが、パリとは大変な違いです。この昼も夜も小止みなく活動している果てのない、まるで海のような町。機械の高く叫ぶ声、低くうなる声。建物の群れの頭上を走る鉄道路線(それはまもなく建物の下も走るのです)、この大胆不敵な企業精神、本当は最高のブルジョア的秩序であるところのこの外見上の無秩序、この毒に犯されたテムーズ河、この煤煙のしみこんだ空気、この壮麗なと言いたいほどの数々の広場や公園、半裸で飢えて荒れた住民の住む、たとえばホワイトチャペルのような、都会のこの数々の暗い地区。百万の冨と全世界の商業を握るシティ…皆さんは、全世界各地からやって来たこれら無数の人々をそこで結びつけて一つの群れにしてしまっている恐るべき力を感じるでしょう…

ロンドンでは、世界中ここ以外では決して現実にはお目にかかれないようなすざまじい状態におかれた、ものすごい数の群集を見ることが出来ます。たとえば、私の聞いた話では、毎週土曜の夜になると、50万人もの男女の労働者が、子供も連れて、まるで海のように市全体にあふれ出て来て、あるいくつかの地区にとりわけ密集して、夜通し、朝の5時までも休みの日の来たお祝いをやるのだといいます。つまり、まるで家畜のように、まるまる一週間分、腹いっぱい喰って飲んでおこうというわけです…みんな酔っ払っているのに、楽しさはなく、暗鬱で、重苦しくて、みんな奇妙に黙りこくっています…ここでみなさんがごらんになるのは、民衆というものでさえなく、組織化され、奨励され、反抗もなく進んでいる自意識喪失の過程であります…

(『夏象冬記』参照)1862年7月ロンドンにて

 

 

 

テキスト研究  『范の犯罪』について

 

岩波『志賀直哉全集2巻』

この作品は大正2年(1913年)『白樺4号』に発表された。発表するまでの経緯は以下の通り。日記より

 

・大正2年8月7日 晩、「徒弟の死」を書きかけて見る。

 

・同年9月1日 「支那人の殺人」を書いた。

 

・同年9月9日 12時まで「支那人の殺人」を書き直してねた。ウナサレなかった。

 

・同年9月13日 どうしても「范の犯罪」に手がつかぬ。

 

・同年9月14日 帰宅後、「范の犯罪」を書きあげた。疲労しきった。

 

・同年9月24日 「范の犯罪」を後半を殆ど書いた。不快から来た興奮と、前晩3時間位しかねなかった疲労が、それを助けて書きあげさした。

 

「徒弟の死」 → 「支那人の殺人」 → 「范の犯罪」

 

 

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下原ゼミⅡ、11月26日、27日阿智村訪問

11月27日(日)熊谷元一写真記念館見学

 

下原ゼミⅡは、27日熊谷元一研究の一環として長野県昼神温泉郷にある「熊谷元一写真童画館」を訪問、展示作品を見学した。撮影 原佐代子(職員・一年生)

ゼミ生:鈴木優作 浦上透子 講師:下原敏彦 芝勝社長:下原勝弘

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.305 ―――――――― 8 ―――――――――――――

 

写真コンクールのお知らせ

 

☆2017年 第20回熊谷元一写真賞コンクール応募

テーマは「遊ぶ」です。併せて「阿智村」

 

 

ゼミⅡ後期の記録

 

□10月3日 ゼミ誌について、DVD「ある山村の昭和史」

□10月17日 ゼミ誌について、ゼミ合宿について

□10月24日 ゼミ誌について、テキスト読み、志賀直哉『子を盗む話』

□10月31日 ゼミ誌について、バス予約、校外授業申請書き込み

□11月 7日   ゼミ誌について鶴巻荘

□11月14日 DVD「村民は、なぜ満蒙開拓団になったか」

□11月26日 校外授業 長野県阿智村

□11月27日 校外授業 長野県阿智村

□11月28日 ゼミ誌編集作業

□12月5日 ゼミ誌編集作業

□12月12日 ゼミ誌完成報告 読むことの習慣化「殺し屋」

□ 1月16日

□ 1月23日

 

読書会のお知らせ ドストエフスキー全作品を読む会

どなたでも自由に参加できます。下原まで

 

月 日 : 2017年2月18日(土)

場 所 : 池袋・東京芸術劇場小会議室7(池袋西口徒歩3分)

開 場 : 午後1時30分

開 始  : 午後2時00分 ~ 4時45分

作 品  :『悪霊』二回目

米川正夫訳『ドスト全集12巻(河出書房新社)』 他訳可

報告者  : 報告者・太田香子さん & 司会進行・熊谷暢芳さん

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