文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.322

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2017年(平成29年)10月2日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.322

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/25 10/2 10/16 10/23 10/30 11/6 11/13 11/20 11/27 12/4 12/11 1/15 1/22 1/29 

テキスト作品読み(志賀直哉他) &熊谷元一研究

 

2017年読書と創作の旅

 

 

熊谷元一最新ニュース  熊谷元一写真賞コンクール最終審査

 

9月27日(水)第20回熊谷元一写真賞コンクール最終審査

 

第20回熊谷元一写真賞応募作品数(全国)テーマ「遊ぶ」

・応募数 683点(昨年482点)

・応募者数 255人(昨年167人)

 

第1次審査 9月25日(会場・阿智村、写真童画館)

 

審査会場  東京新宿 ホテルグランドヒル市ヶ谷

 

【審査】

・元一写真大賞・・・・・1点 賞金7万円、昼神温泉宿泊券3万円相当、トロフィー

・阿智村賞  ・・・・・1点 賞金3万円、昼神温泉宿泊券2万円相当、トロフィー

・信濃毎日新聞社賞・・・1点 昼神温泉宿泊券5万円相当、トロフィー

・JAみなみ信州賞・・・1点 賞金3万円、地元農産物1万5千円相当 トロフィー

・優良賞・・・・・・・・2点 賞金1万円、昼神温泉宿泊券1万円相当

・佳作・・・・・・・・・10点 賞金1万円、昼神温泉宿泊券1万円相当

・阿智村輝き賞・・・・・10点 1万円相当地元商品券

 

【審査委員】

 

・増田今雄(写真家)・須藤 功(写真家)・毛利英俊(信濃毎日新聞)・飯沢耕太郎(写真評論家・日芸)・佐々木賢実(南信州新聞)・杉本恭子(写真家)

 

【表彰式】

 

日時 平成29年11月18日(土)午後1時~

会場 阿智村・昼神温泉ガイドセンター2F

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応募作品の講評 「遊び」が変わった。昔ながらの遊び、「カン蹴り」「かくれんぼ」「釘打ち」「すもう」などは1点もなかった。(須藤審査員)

【第21回写真賞コンクールについて】

 

テーマ 「はたらく」  第一回「働く」の初心に帰って

 

締切 2018年9月末日

 

最終審査 10月12日(金)

 

最終日審査会場  昼神温泉郷 熊谷元一写真童画館

 

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熊谷元一賞コンクール20回記念写真展

 

□日時 平成30年5月29日~6月3日

□会場 JCフォトサロンクラブ25 東京・半蔵門

 

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熊谷元一関連情報 法政大学、高柳俊男教授からのお知らせ

 

法政大学の高柳です。9/

本学部の飯田・下伊那研修にいつもご関心をお寄せくださいましてありがとう
ございます。
お陰様で、以下の学部ウェブサイトおよび添付の新聞記事のような形で無事
終了し、8泊9日の充実した日々を過ごすことができました。
留学生たちにとって、日本の多様な姿を具体的に知る、意義ある研修になったと思います。

http://www.hosei.ac.jp/kokusai/NEWS/topics/170915_01.html

来年度以降も、研修は継続される予定です。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

 

法政大学国際文化学部の高柳です。9/30

学部内で、留学生に国内研修を実施しよう、それも飯田がよかろうと提案した
のは、私ではなく、ハンガリー史が専門の南塚信吾先生でした。
私は、定年間際の南塚先生に代わって、それを具体化したにすぎません。

その南塚先生が定年後も市民運動として続けているのが、今回ご案内する「NPO
-IF歴史文化交流フォーラム」です。

http://www.npo-if.jp/forum/

その10月例会において、阿南町の集落支援員(この春までの3年間は地域おこし協力隊員)、飯野悠子さんをお招きして、その実践活動を伺うことになりました。飯野さんは東京都の出身ですが、全校生徒4人しかいない小学校を擁する和合地区に住み着き、伝統野菜「鈴ヶ沢ナス」の継承など、「地域のこし」の活動を献身的に続けている、貴重で稀有な方です。

ご関心ありましたら、どうぞお出でください。
参加費が、1,000円かかります。

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法政大学国際文化学部高柳俊男
ttakaya@hosei.ac.jp Tel:03-3264-9963
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※2016年7月9日(土)法政大学国際文化学部オープンセミナーに参加

 

「満蒙開拓の歴史を受け継ぐもの」

 

歌人・小林勝人さん(76)満蒙開拓団について語る。

 

 

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——— 転送メッセージ ———-

From: NPO-IF歴史文化交流フォーラム事務局 <info@npo-if.jp>

NPO-IF 第143回講演会のお知らせ

■『魂の帰る場所南信州和合地区~地域のこしの取り組み~』
■講師飯野悠子氏(長野県下伊那郡阿南町の集落支援員)
■日時:2017年10月14日(土)(16:00~18:00)

■場所:東京都渋谷区渋谷2-17-3 渋谷アイビスビル10階(エレベーターで9階まで上がり、階段でお越しください)

■参加費:1000円(学生無料)

 

 

熊谷元一写真童画館

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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熊谷元一研究・『一年生』再読 ①

 

写真家・熊谷元一が亡くなってから7年が過ぎた。不朽の名作『一年生』の被写体「一年生」も、古希を過ぎ、後期高齢者への道を歩んでいる。人生80年といえど、既に先行く友もいて年々寂しくなっている。が、『一年生』で再会できる。老いて『一年生』はますます身近になっている。そんなわけで、『一年生』再読をすすめます。

 

【岩波写真文庫『一年生』の誕生】

 

熊谷元一(44)は、「一年生」撮影の動機を自伝『三足のわらじ』(南信州新聞社出版局2003)でこのように話している。

昭和27年(1952)の秋、岩波写真文庫の編集部を訪ねたとき、岩波写真文庫の主任・名取洋之助氏に『かいこ』のあと、「次は何を写しますか」と聞かれ「私は昭和二十八年に新しく担任する一年生の生活を一カ年撮影したい」と、言った。名取氏は「それはよい、きっとおもしろいものが出来ますよ」と励ましてくれた。(学校で、担任が授業とは関係ないことで写真を撮る。肖像権、プライバシー保護法など数々の規制がある現代なら、到底不可能なことである。昭和28年というこの時代だからこそ実行できたといえる)

昭和28年(1953)4月1日から、熊谷は、新しく手に入れた35ミリのキャノン2Dで受け持った一年生の学校でのあらゆる生活を、翌年3月末日まで撮り続けた。

岩波写真文庫『一年生』は、1955年3月に出版された。この写真集は、同年9月16日に第一回毎日写真賞を受賞する。

 

  1. 表紙写真の謎 写真どころではなかった入学式の日(1)

 

 

 

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〈謎〉表紙写真には、謎がある。4月1日の母親とピカピカの一年生。不安と期待で校庭に入ってくる光景。それ自体は何の不思議もない。が、この一年生は、被写体となった私たちの学年ではない。むろん母親たちも違う。表紙写真の一年生は、全員一学年下の子どもたちとその母親である。なぜ、こんなことになったのか ? 確か熊谷は、28年入学の一年生を撮ると話していた。被写体が違っても、全体にはそれほど影響はないと思うが、疑問に思うところである。なぜ昭和29年(1954年)入学の一年生が表紙を飾ったのか。

 

〈誤算〉何事にも誤算はつきものだ。熊谷が計画した受け持ちの一年生を一年間撮る、という計画は、初日から頓挫することになった。(もっとも、この不運は、結果的には幸運となったのであるが)昭和28年(1953)この年、長野県下伊那郡会地村、村立会地小学校に入学したのは66名。東組33名、西組33名だった。熊谷が担任することになったのは、東組33名の子どもたち。「この前、一年生を受け持った時の失敗を反省して、ああしたらいいか、こうしてみたらなどと」思いめぐらせていた。むろん写真を撮りながらである。

それだけに熊谷にとっても、この日は緊張と不安でいっぱいだった。ところが、この日の朝、熊谷の全ての計画をぶち壊す出来事がおきた。西組の担任の先生が、この日の朝、急病で緊急入院してしまったのだ。受け持つクラス33名の子どもたちを見るだけでも大変なのに、西組の子どもたちの面倒をみなければならなくなったのだ。にわかに大忙しとなってカメラどころではなくなった。几帳面な性格だけに熊谷は無念な思いだったに違いない。

そんなことから入学式の写真撮影は、次の年に持ち越される事になった。

【1954年4月1日撮影】

 

 

 

入学式に向かう子供や親たちを撮った写真。だが当日、熊谷には、こうした光景を撮る暇も余裕もななかったはず。この写真は、表紙写真と同じ、翌年、昭和29年(1954)に撮影されたとみる。

 

 

 

 

 

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  1.  入学前の知能テスト(2)

 

写真の子どもは、東組・西組の児童ではない。編集作業のなかで追加撮影したものか。ちなみに、筆者は、知能テストされたことは、おぼえていない。 【1954年3月撮影か】

アンケート 記憶にある  名  記憶にない  名

記憶にある人  どんなことを →

 

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  1.  うちの子は 我が子のことが心配で…(3)

 

一年生ある小学教師の記録

 

写真 熊谷元一

編集 岩波書店編集部

岩波映画製作所

 

撮影場所

 

長野県下伊那郡会地村小学校

撮影時期 1953・4~1954・4

(昭和28年4月~29年4月)

まだ何ものにも染まらない生き生きとした一年生の姿は見ていて楽しいが、カメラで捉えることは容易でない。それは技術だけの問題ではなく、先生の深い愛情が伴ってなし得ることである。この本はそういう本である。

説明文は教育心理学の立場から瀬川良夫教授にお願いした。

岩波写真文庫

 

 

※掲載写真は、熊谷元一が受け持った1953年入学の子どもたちだが、同じ一年生を受け持つ西組の先生が病気で欠席したことで、熊谷は、写真どころではなくなった。

そんなことで、入学式当日の写真は、翌年1954年に撮ったものが多い。   土壌館・編集室

 

アンケート 誰の母親か不明

 

【昭和29年撮影か】教室をこっそりのぞく母親。服装から、入学式の日ではなさそう。

 

 

 

 

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  1. 入学式がはじまった 熊谷は、東組・西組66名の入学児童の対応に翻弄された。

 

 

講堂で入学式がはじまった。入場する新一年生。拍手で迎える上級生たち。これも、一年生は、私たち28会組ではない。撮影は、翌年、昭和29年の入学式とみられる。

【撮影1954年4月】

 

机が決まり、親たちが学用品を確かめている。これも、私たちではない。【1954年撮影か】

 

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永遠の一年生 ①

 

平成22年11月6日、写真家・熊谷元一は、東京都下、清瀬市にある老人施設で、101歳の生涯を閉じた。写真はむろん、童画家としても名を成した、順風満帆な人生だった。

5日遅れての葬儀の日は、熊谷の人柄を偲ばせるような、小春日和のおだやかな日だった。60歳から住み始め「清瀬の自然を守る会」の会長にまでなった熊谷を惜しんで大勢の清瀬市民が焼香に駆けつけた。熊谷の故郷、長野県伊那谷からも郷土の誇り、名誉村民でもある熊谷の死を悼んで多くの人たちやってきた。

「いい人生だった」「幸せな生涯だった」

悔やまれながらも葬儀会場は、賛辞の声が満ちていた。が、そのなかにあって、ひとり

「せんせい、辛い人生でした。が、安らかにお眠りください」と遺影に向かってつぶやいた参拝者がいた。誰にもきこえなかったが、その人は八十歳に近い、地元新聞の嘱託記者だった。彼は、通夜と告別式に出席するため昨日上京して、この葬儀場につめていた。老記者と熊谷とは、遠縁にあたる。歳は離れているが記者は、熊谷とは親しく。尊敬もしていた。

老記者がつぶやいた「辛かった」こととは何のことか。いまは、地元紙の嘱託となっている老記者の思い出を、振り返ってみた。

老記者は、読経を聞きながら、熊谷の全人生の苦悩のもととなり、決して晴れることとなった、不幸なあの事故を思い出していたのだ。

 

あの日は、朝から残暑が厳しかった。私は、地方新聞の豆記者になったばかりだったが、大きな祝い事に連日、酔っていた。大きな祝い事というのは、私が尊敬する小学校教師の熊谷元一先生が、どでかいことをやってくれたからだ。人口3千人足らずの信州の山村にとっても、開闢以来の名誉ある大事件だった。

先生は、教師をしながら写真を撮っていた。戦前、私がまだ子供だったとき、先生の写真を、朝日新聞社が出版し、高い評価を得ていた。先生、若干27、8のときである。それが縁で、大東亜省に写真班として勤務し、満州国の開拓村を撮り歩いたとも聞いた。戦後は、私なら東京で、大出を振って写真家としての道を歩いたが、先生はなぜか、その道を行かず、また元の木あみ、生まれ故郷に還られて小学校教師の職につかれた。将来は、東京で写真か新聞の世界で活躍しようと思っていた私にとっては、ふしぎなかぎりだった。

高校をでると私は地元の新聞社に入社することができた。思い通りではなかったが、とにもかくにも新聞の仕事につくことができた。先生をお手本にしながら記者の仕事をこなしていた。が、信州の山奥の村である。たいした事件も出来事もなかった。十年一日のごとく過ぎる毎日だった。そんなとき、雷のごとく落ちたのがこのことだった。

先生が担任の一年生を撮った写真集が、第一回毎日文化賞で一等賞に選ばれたのだ。山奥の蚕の村は、上や下へと大騒ぎになった。どのようにして、この吉事を祝ったらよいのか、朝から晩まで知恵をしぼった。その結果、授賞式のある9月19日前に中学校の裁縫室で「一年生」の展覧会を行うことになった。中学校の裁縫室は、三階の端にあって、畳2百畳の大広間だった。私は、ずっと熊谷番として、先生の一挙手一投足を記事にしていた。そのことから、この展覧会も取材しながらの手伝いとなった。

残暑のなか、展示作業は順調にすすんでいた。開け放たれた窓から、熱風とプールで遊ぶ子供たちの歓声がとびこんできた。

「今日が最後のプールですから、大勢きてるだに」

「それに、今日は日曜だら。春日の方の子はみんなきてるだ」

数人の手伝いの先生たちは、談笑しながら、西組担任の原房子先生の運んできた麦茶を美味しそうに飲んだ。

「そろそろモーターが鳴りゃあせんかな」(昼を知らせるサイレン)

誰かが、言ったときだった。                     ②は次号

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文芸研究Ⅱ

 

 

2017年9月2日 土曜日 読売新聞一面から

 

永井荷風、晩年の創作ノート、見つかる !!

 

 

 

 

 

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【下原ゼミⅣ 課題報告】ゼミⅣは卒論作成の為、本通信に置いて発表します。

 

〈現在の愛読書は〉

 

須川 藍加

 

山田詠美さんの『僕は勉強ができない』が好きです。主人公の秀美くんは勉強はできないけれど、すごくモテる。私は大学に入ってから読んだんですけど、もっと早く読んでおきたかったかも。勉強は大切。それでも勉強以上に大切なものって確かにある。みんなどこでそれに気づいているけれど、勉強しない言い訳に聞こえそうみたいな。それを言い訳でもなんでもなくスマートに証明してくれる本です。

 

〈私の、何でもない一日の記録〉

 

須川 藍加

 

昨日は、阪急に出勤でした。最近、スランプなのかほんとうに売れなくてマジで落ちてました。昨日はようやくラッキーパンチとかじゃなく自分の実力で売れた気がする。値段は安かったけど。お客さんが少ないとか、私がついたお客さんがたまたま購買意欲が少ないとか、確かにあったと思う。でも、結果は結果だから。売れないと、マイナスのループでぐるぐるなる。お昼はうどんと迷ってたけどカツカレーにした。なんか、アンパンマンカレーみたいに甘かった。失敗した。お昼食べてたら佐藤さんが来て一緒にたべたんだけど、昼休憩なのに「また、サボッてんの?」って言われた。サボってません。夜は帰ったらママがいて、パパに隠して持ってたビールを注いでくれた。太もも。レポート課題も終わらせてないのに、飲んだら眠くなって気絶したみたいに寝ました。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・掲示板・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」

 

月 日  2017年10月21日(土)午後2時 ~ 4時45分

 

会 場  東京藝術劇場小会議室7 開場 午後1時

 

作 品  『悪霊』6回目

 

報告者  野澤高峯 福井勝也 ジョイント方式

 

 

 

 

 

 

 

課題 10月2日

『灰色の月』の感想

 

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一日の記録or夏休みの思いで

 

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