文芸研究Ⅱ下原ゼミ No.82

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2007年(平成19年)6月 25日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.82
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2007前期4/16 4/23 5/7 5/14 6/4 6/11 6/18 6/25 7/2 7/23 
  
2007年、読書と創作の旅
6・25下原ゼミ
6月 25日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室3
 1.「2007年、読書と創作の旅」(提出課題受付・・進行指名)
   ・ゼミ誌編集について(新しい提案があれば)
   ・ゼミ合宿担当委員から合宿先抽選結果の報告
 2.提出原稿の発表orテキスト感想and乗客観察『夫婦』
 3.同時期の他の車内観察『三四郎』(はじまりの部分)
 4. 名作紹介・連絡・配布・その他
 
 
 
映画観察
 並みの作家は処女作を超えられない。こんな定説がある。映画も同じで再制作版は、どんなに金をかけても、最初の映画は越えられないものだ。17日夜、テレビで米2001年製作の『猿の惑星』があったので観た。監督はティム・バートン。新しい映画と思ったが、解説にピェール・ブールの原作を基にしたとあった。ということは1968年に大ヒットしたフランクリン・J・ジャフナー監督の『猿の惑星』のリメイクということになる。二番煎じは原作者H・G・ウエルズの曾孫サイモン・ウエルズが2002年に監督した『タイムマシーン』(途中降板、継投はゴア・ヴァービンズ)で懲りている。これも大金と最新の映像技術をつぎ込んだというが、1960年のジョージ・バル監督の『~80万年後の世界へ』に比べはるかに劣った。つまらなかった。今回もわかってはいたが、第一作が、面白かったのでつい観てしまった。ところが途中で気がついたのだが、公開当時劇場で観たことのある映画だった。すっかり忘れていたのだ。ということは、出来栄えは推して知るべしである。
 なぜリメイク作品は面白くないのか。多説あろうが『猿の惑星』に限れば、話をあまりにも荒唐無稽につくり過ぎている。原作が面白いから映画化した。そのことをすっかり忘れているのだ。第一作目は、最後に多少違うところはあるが、(なぜかリメイク版は最後のみが原作に近い)ほぼ原作に近く矛盾があまりなかった。そこに成功の秘訣があった。その後、続、続々、新とヒット連作がでた。『猿の惑星』はSFだが、全くの空想事ではない。太平洋戦争で、日本軍の捕虜となった原作者ブールの体験記でもあるのだ。
 この映画で思い出したが、チンパンジーが「やり」で狩りをしているということが確認されたという。「道具文化の進化わかる発見次々と」(2007・2・27朝日)こんな新聞記事をみた。猿はいま進化の過程にあるのかも知れない。そして・・・。
(土壌館)


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.82 ―――――――― 2 ――――――――――――――
 車窓雑記
自転車泥棒
  
 18日5時限目のチャイムが鳴って下原ゼミ「2007年、読書と創作の旅」が始まった。が、金野君の姿がまだない。今日は、学校に来ていたという。何か用事があって遅れているんだろう。皆は、そんな推測だった。そのうち見えるはず、と楽観視した。高橋・山根ゼミ誌編集委員主導でゼミ雑誌作成案の協議がすすめられた。が、まだ見えない。雑誌のサイズ、仮題など候補があがり印刷会社も決まり話し合いは終了した。その間も皆、耳を澄ませていたが、廊下に足音はまったくない。お茶目な金野君がいないと、どうも寂しい。「ホントにどうたんだろう・・・」皆の思いは疑問に変わった。「来る、来る」そんな希望だけがカラ回りした。今日の司会は順番なら金野君だが、仕方なく高橋君にお願いした。提出原稿の発表がはじまっても来る気配がない。「さぼりかな、やっぱり」誰かがつぶやいた。きっと具合でも悪くなったのだ。無理にそう思いながら、あきらめてドアを閉めた。ちょうど茂木さんか山根君の発表が終わったところだった。
「あっ、びっくりした!」いきなり疋田さんが、声をあげた。
 皆、一斉に振り向くと今野君が、そっと入ったきた。
「遅くなっちゃいました」金野君は詫びた。何かいつもの金野君と違う。声の高低が低いままだし、疲れているようでもある。息をきらしている。
「自転車盗まれちゃって」今野君は、唐突に言った。
 一瞬にして疑惑が吹き飛んだ。サボっただの、体の具合が悪くなっただの、ちょっとでも、疑ったことを悔いた。謝りたかった。
「大変だったん、じゃん」
「自転車は?!」皆は一斉にきいた。
「途中に乗り捨ててあった。それで急いできた」金野君は、言った。自転車泥棒のショックにもめげず一生懸命、走らせてきたのか、まだ息切れしているようにみえた。
「自転車あってよかったね」「よかったじゃん」皆、口々に慰めた。皆、泥棒を憎むより自転車があったことを喜んだ。「うん」金野君は、しんみり頷いた。
 自転車置き場に自分の自転車がない。そのときのショックは大きい。泥棒は軽い気持ちかも知れないが、被害者には、大打撃なのだ。ガビガーンと暫くの間立ち尽くしてしまう。私も、そんなショッキングな体験を何度も味わった。はじめは恐る恐る交番に届けた。が、これが思いのほか面倒だ。警官がやってきて現場検証するので、立ち会わなければならない。その後、交番に行って書類を何枚か書かなければならない。もしかして、反対に怪しまれて指紋までとられかねない。しかし、そんな手間をかけても、自転車はでてこない。何台か見つかった。どこかの家の前に乗り捨ててあり、その家の人が自転車に貼ってある電話番号をみて知らせてくれた。たいていは家の周辺だが、一度は、電車を30分も乗った町に置かれてあった。そんなに遠くまで泥棒が、乗って行ったことに驚いた。
 半世紀前は、自転車が盗まれるということは一家にとって重大なことだった。1948年のイタリア映画『自転車泥棒』(監督・ヴイットリオ・デ・シーカ)は、当時、自転車がどんなに大切なものだったかネオ・リアリズモ(新写実主義)によって教えてくれている。日本でも、昨年2006年『日本の自転車泥棒』(監督・高橋忠和)という映画が放映されたらしい。他人の物を盗む。この犯罪から連想するのは、ゴーゴリの『外套』である。小官吏アカーキ・アカーキエヴィッチは大切にしていた外套が盗まれ、ショックで死んで化けてでる。単純な筋立てだが、ドストエフスキーが「わたしたちはみんな『外套』から生まれた」(『作家の日記』)と言ったほどに文学的には、影響力のある作品である。今日、日本では自転車もそうであるが、物があふれている。それだけに盗むという行為にそれほど罪悪感が持てなくなっている。しかし、被害者のショックは、いつの時代も同様である。
 金野君、見つかってよかったね。(土壌館・編集室)
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2007年、読書と創作の旅
6・25ゼミ
以下の手順で進めてください。
1.「2007年、読書と創作の旅」
・提出課題の受付。書いてある人は提出してください。
・出欠確認、ゼミ担当者から。(お知らせがあれば)
・本日の司会進行指名。声や体の調子の悪い人は、無理しないで申し出てください。次回に
 お願いします。
 ※司会進行の目的は、全体を見る目と指導性・公平力を培います。各人の個性を尊重しながら、常に客観性をもって仕切ってください。
【協議事項】
(一)ゼミ合宿担当委員(疋田さん)からゼミ合宿申請の抽選結果報告
(二)ゼミ誌について、新案など何かあれば
2. 提出原稿発表orテキスト感想と車内観察作品
(一)提出原稿発表
 【車内観察】、
 【一日を記憶する】、
(二)テキスト観察
 【『網走まで』の分析】6月4日ゼミでテキストの『網走まで』を初読みしました。この作品には、多くの謎があります。次の疑問について考えましょう。
○ 題名について → なぜ『網走』としたのか。函館、札幌、旭川ではダメか。
○「網走」という地名について → どんなイメージがあるか。
○ 同席の女の人について → 彼女が網走に行く目的は何か。網走での生活は。
○ 頼まれたハガキについて → 誰と誰にだしたものか。
○ この作品は、当時、東京帝国大学で出版していた雑誌「帝國文学」に投稿するが没にな
  る。武者小路実篤など、後年白樺派文学の中心作家たちが推した作品である。なぜ「帝
  国文学」の編集者は採用しなかったのか。作者・志賀直哉は字が汚かったから、と思っ
  た。が、推理すれば、どんな理由が想像できるか。
 【テキスト車内観察】、志賀直哉の車内観察作品のなかで短篇ながらとくに観察が鋭いのが配布する「夫婦」です。車内観察(乗客観察)の手本もいえます。
 夜、友人宅からの帰り。電車の向かいに座った若いアメリカ人の夫婦と幼い娘。アメリカ人は、戦時中は鬼畜米英だったが敗戦後は神の存在になった彼ら。しかし、彼らも自分たちと同じ人間、夫婦であった。夫婦間のちょっとした無意識の仕草に、普遍の機微をとらえた優れた観察文である。
 
          3.同時期の車内観察作品
 【同時期の車内観察作品】、夏目漱石『三四郎』から車内観察の部分を読む。『三四郎』は、流行作家が書いた新聞小説。『網走まで』は、無名の文学青年が書いた同人誌作品。
4.名作詩編or名作観察箇所読み(今後の計画予定)
ヴェルレーヌの詩2篇。O・ヘンリー車中作品、バルザックの豹と兵士の愛観察など。
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2007年、読書と創作の旅・提出原稿
6・18ゼミ報告
 6月18日(月)、全員の出席がありました。
参加者 : 疋田祥子 山根裕作 髙橋亨平 茂木愛由未 金野幸裕
司会・進行:髙橋亨平君(2)
1.ゼミ雑誌作成についての協議。
 サイズ、内容、仮題、などが話し合われた。
 ・サイズ → A5判
 ・内容  → 車内観察作品(一本でいくか一つはフリーにするかの問題)
 ・仮題  → 「世界の車窓から」他
 ・印刷  →  髙橋君の知っている会社「        」
2.ゼミ合宿申請報告・疋田祥子さん
 ・第一希望 → 8月4日(土)~5日(日)軽井沢
 ・第二希望 → 8月4日(土)~5日(日)塩原
 
抽選を待って報告。
3.提出原稿の発表
【車内観察】
 ・山根裕作「ある一日の中央線」 → 読んでみたら「わりと長い作品」5~6枚
 ・疋田祥子「隣の娘」 → ドバイには美男美女が多かった。疋田さん現地感想。
【一日を記憶するは】
 ・山根裕作「昼夜転換」 → 起床時間、睡眠時間についての話。
 ・茂木愛由未「兄さんおめでとう」 → お兄さんは25歳。結婚の適齢期は・・・。
 ・疋田祥子「フック船長な日」 → 翌日には回復したのでよかった。本人。
 ・金野幸裕「朝には何を」 → この朝はいつか。昨日、今日、明日の朝が話題に。
【車内観察】
 ・茂木愛由未「逸した親切」 → 電車に乗っていると、誰もが経験する気まずい雰囲気。
 ・山根裕作「永遠の二番手」 → 電車の中での読書について。読んでいる本の話。
【車外観察】
 ・疋田祥子「レストラン観察」 → 店内観察の方が車内観察より物語性がある。
講評
「車内観察」「一日を記憶する」提出原稿、これまでのところ順調です。一回書いたので当分は、にしてしまうと習慣化は身につきません。このままどんどん書いてください。
 今回の作品は五人五色、視点も違うし、文体はそれぞれに特徴があります。この文体をさらにみがいて一読で、誰の文章とわかるようにしましょう。
 ポイントは、いかに最初に読者の心を(読む気を)捉えるか、です。どんな名文も読まれなくては、ただの文字です。
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2007年、読書と創作の旅・旅記録
連載4
学生と読む志賀直哉の車中作品
第一章『網走まで』を読む(一「なぜ網走か」、二「『網走まで』の謎」)
ここまで(一、二)のまとめ
 6月4日のゼミで、テキスト『網走まで』をはじめて読みました。感想は、どうだったでしょうか。エッセイ、私小説、そんな印象もあったかと思います。が、最初に紹介したようにこの作品は、作者志賀直哉が「或時東北線を一人で帰って来る列車の中で前に乗り合わしていた女とその子等から、勝手に想像して書いたものである。」(創作余談)と打ち明けているところから、立派な創作作品といえます。
 この『網走まで』については、昭和二十二年の細川書店版『網走まで』のあとがきで作者志賀直哉は、このように述懐しています。(現代読みに改正、編集室)
 発表した順からいうと、この小説が私の処女作ということになるが、私にはそれ以前に、『菜の花と小娘』というお伽話と、『或る朝』という小品文とがあって、初めて一つの話が書けたという意味では『菜の花と小娘』を、又、書く要領を幾らかでも会得したいという点では『或る朝』を私は自分の処女作と思っている。しかし又、多少小説らしい形をしたものとして、かつ最初に発表したものとして、矢張り、この『網走まで』を処女作といっていいようにも思い、つまり、私には色々な意味での三つの処女作があるわけだと考えている。
 明治三十九年に、二十四で学習院を卒業し、東京帝国大学に入り、その翌々年くらいにこの短篇を書いた。その頃、大学内に「帝國文学」という雑誌があって、それに載せてもらうつもりで、その会員になったが、幾月経っても載らず、遂に何の音沙汰もなく、没書になった。・・・・・・・。『網走まで』は記者で見た若い母親と子供から勝手に想像して作ったものである。明治四十年頃の事で、汽車の中の様子などには今の若い人達に解らぬ節もあるかと思う。・・・
 かつて川端康成は志賀直哉を「文学の源泉」と評しました。が、まさに、その源泉、小説の神様と呼ばれる所以が、この作品『網走まで』に潜んでいるのです。この作品は、前回、併せて読んだ『菜の花と小娘』、それに後日配布しますが『或る朝』と合わせて、いわゆる三つの処女作といわれています。この三篇のなかで比較的私小説に近い作品といえば祖母との意地の張り合いを書いた『或る朝』の一編で、『菜の花と小娘』は、あきらかに創作であり、『網走まで』も、巧妙に仕掛けられた創作作品といえます。しかし、作者の実像というか、その後の人間的心情は、私小説的な『或る朝』より、創作作品である『菜の花と小娘』や『網走まで』により強くでているような気がします。
 例えば、『菜の花と小娘』には、擬人化した菜の花にみせた小娘のやさしい気持は、その後の作品の主人公たちの性格でもあります。菜の花に母、銀を想う心は終生、作品に生かされていきます。この作品では、母の死を自然の摂理と受けとめるには、まだ若い作者でしたが、その心の底には世界文学最高峰に燦然と輝くドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のアリョーシャがもつ憐憫。その心が、すでに芽生えていたといえます。当時、島崎藤村の『破壊』に画かれた矛盾社会に怒りながらも、そのやさしい心で『菜の花と小娘』を書き。次に『網走まで』行くという、若い母親に同情を寄せた。それは近代国家にひた走る時代への警鐘でもあった。
 いささか想像を発展しすぎた嫌いもあるが、三、では、その点、つまり時代や社会背景との関係性を考えてみたい。その意味で二十五日のゼミでは、他の車内観察作品として漱石の『三四郎』の車内部分を読むことにする。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.82―――――――― 6 ――――――――――――――――
三『網走まで』と『三四郎』
時代背景
 『網走まで』は、明治四十三年(1910)に『白樺』第一号に発表された。が、実際に書かれたのは二年前の明治四十一年といわれている。作者が二十五歳のときである。明治三十九年七月に学習院高等科を卒業。九月に東京帝国大学文科大学英文学科に入学している。
 この時代、明治四十年代は、どんな時代だったのか。日清日露戦争に勝利した日本は、韓国併合(1910)を目指して大陸侵攻の準備を着々と進めていた。ポーツマス条約、明治三十九年(1906)には南満州鉄道会社を設立するなど富国強兵政策をますます強めていた。
 しかし、華々しい国策の裏で暗い出来事が次々起きていた。明治四十二年には伊藤博文がハルビン駅で暗殺された。また四十三年には、大逆事件が起き、幸徳秋水ら二十四名に、死刑、の判決がくだった。そのうち十二名が減刑され無期懲役となったが、幸徳秋水はじめ十一名が絞首台の露と消えた。
 大逆事件は知識人に大きな衝撃をあたえた。森鴎外、永井荷風、石川啄木、与謝野鉄幹らのおどろきと打撃はかれらの作品に書きのこされている。(『高校日本史』実教出版)
 
 大逆事件(明治天皇の暗殺を計画したとされる嫌疑)は、明治四十四年(1911)二月十八日に上記の判決が下った。この死刑宣告の判決について、志賀直哉は、その感想を二十日金曜日の日記にこう書きしるしている。
二月二十日 金曜日
 ・・・一昨日無政府主義者二十四人は死刑の宣告を受けた。日本に起つた出来事として歴史的に非常に珍しい出来事である。自分は或る意味で無政府主義者である、(今の社会主義をいいとは思わぬが)その自分が今度のような事件に対して、その記事をすっかり読む気力さえない。その好奇心もない。「其時」というものは歴史では想像出来ない。
 漱石の『三四郎』は明治四十一年(一九〇八)九月一日から十二月二十九日まで、百十七回にわたって東西の朝日新聞に掲載された。『網走まで』は明治四十一年(1908)八月十四日と執筆年月日が明記されていることから、両作品は、ほぼ同時期に書かれたとみてよい。
 同時期に書かれた『三四郎』と『網走まで』。この二つの作品の違いは、まず作者だが、『三四郎』を発表したときの漱石は四十一歳の男盛りである。前年、明治四十年(1907)一切の教職を辞して朝日新聞社に入社。すでに『草枕』を発表し、『我輩は猫である』『坊ちゃん』などを相次いで出版。押すも押されぬ大流行作家となっていた。が、文学一本に人生を絞ったのである。ちなみに『三四郎』を発表した年、明治四十一年の年譜をみると、このような文学活動をしている。
1月1日より4月6日まで『坑夫』を朝日新聞に連載。
『虞美人草』(春陽堂)出版。友人、森田草平に小説『煤煙』の執筆を勧める。
6月13日より21日まで『文鳥』を大阪朝日新聞に連載。
7月から8月にかけて『夢十夜』を東京・大阪朝日新聞に連載。
9月1日より12月29日まで『三四郎』を朝日新聞に連載。
 この時期、志賀直哉は、二十五歳の文学青年。同人誌『白樺』もまだだしていない。たとえ年齢は違っても時代を観察する眼は同じである。文豪となる夏目漱石の目に、日本の姿と将来はどのように映ったのか。未来の小説の神様の目には、どうだったのか。二つの作品の車内観察から文豪たちの見た日本を読み解いてみたい。
 二つの作品の車内観察は、同じ車内でも微妙に違っている。まず主人公である。三四郎は、これから大学生になる学生。『網走まで』の私は、すでに大学生か社会人になりながらもきままに暮らしている文学青年の様子。行き先は、三四郎は、東京。私は、日光だが、その前に友人と会うため宇都宮で降りる。はじめての上京、同席となった女の行き先である。
つづく
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2007年、読書と創作の旅・
ゼミ雑誌について
 ゼミ授業の実質的成果は、ゼミ雑誌発行にあります。が、毎年、刊行日の遅れが指摘されています。また、編集段階でいろいろな問題が生じることもあります。1年間の大切な授業成果なので、しっかり守って、よい雑誌を作りましょう。
 刊行までの要領は、下記の通りです。厳守しましょう。
1. ゼミ雑誌編集委員は、
  高橋亨平君、山根裕作君です。が、全員一丸となって当たりましょう。
2. 6月25日(月)までの現段階は 
  【①ゼミ誌発行申請書】を提出した。
       提出場所=所沢/出版編集室
3. ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めていく。題名など。
  題名、内容、サイズ、印刷会社等6月18日ゼミで協議。印刷会社は内定。
4. 7月下旬、夏休み前、編集委員は、原稿依頼し、締め切りを決める。
5. 9月末 夏休み明け、編集委員、ゼミ員から原稿を集める。締切厳守。
6. 10月上旬 ゼミ誌編集委員は印刷会社から【②見積書】をもらい料金を算出しても
  らう。
7. 10月~末日 編集委員は、印刷会社と、希望の装丁やレイアウトを相談しながら
   編集作業をすすめる。
8. 10月末までに、出版編集室に見積書を提出する。編集作業をすすめる。
9. 11月中旬までに印刷会社に原稿を入稿してください。
10. 12月14日(金)はゼミ誌納品期限です。厳守!!
11. 12月12日までに見本誌を出版編集室に提出してください。
12. 12月下旬までに印刷会社からの【③請求書】を出版編集室に提出してください。
注意事項!!
◎ ①【ゼミ誌発行申請書】、②【見積書】、③【請求書】以上3種類の書類が提出されない
  場合はゼミ誌の発行はできません。補助金の支払いも認められません。
◎ 予算金額は、ゼミ雑誌作成ガイダンスで発表される。
◎ 過去にゼミ雑誌の印刷を依頼したことのある主な印刷会社の連絡先は、文芸学科スタッ
  フまで問い合わせる。それ以外の印刷会社を利用したい場合は、必ず事前に学科ス
  タッフに相談すること。厳守。
 ※ 印刷会社は、学科スタッフに相談した方が、スムーズに運びます。
◎ 外部(一般の人)と関係しない。(インタビュー、依頼原稿など)
ゼミ誌発行期限は、12月14日です。
ゼミ合宿について
ゼミ合宿担当委員:疋田祥子さん(ですが、皆さんで協力して、楽しく有意義な合宿にしま
しょう!)合宿ゼミ授業の計画予定は
○健康の為に自彊術(戦前の体操)をする。参加者は、体操のできる服装で。
○紙芝居(画用紙B4)or店内観察作品の練習など。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.82―――――――8 ―――――――――――――――――
2007年、読書と創作の旅・「下原ゼミ通信」80号記念・実験的冒険活劇習作
連載2
KINCHOU
    キンチョウ ―サムライの約束―
土壌館編集室
■主な登場人物
 
西崎泰造・・・・・ダム建設現場監督
 中島教一郎・・・・大和大学助教授
 高木 健二・・・・五井物産社員
 柳沢晴之・・・・・大和大学付属病院医師
 一ノ瀬幸基・・・・高校教師
 沢田 浩・・・・・ヒロシ。フリーカメラマン志望の若者
 ソクヘン・・・・・ヤマ族の若者 プノンペン大学の学生
 タオ・・・・・・・ヤマ族の長老
 シナタ・・・・・・長老の甥 
 ボト・・・・・・・ヤマ族の族長
 ユン・・・・・・・ヤマ族の女性 
ニホン・・・・・・ユンと柳沢の子
 オシム・・・・・・ヤマ族の若頭
  ビバット・・・・・ソクヘンの従兄弟
  チャット・・・・・ヤマ族の若者
【あらすじ】1970年6月。昭和元禄と呼ばれてから二年。三ヶ月前、大阪で開かれた万国博覧会は大成功のうちに終わった。日本は、相変わらず昭和元禄を謳歌していた。6月の東京は、吹き荒れた大学紛争もようやく下火になって、いつもと変わらぬ梅雨を迎えていた。
 このほど芝の東京タワー近くにに完成した三十五階建ての貿易センター五井物産ビルは、日本経済繁栄の象徴だった。いまや世界屈指の商社となった五井物産の中枢、三十階の外事部にかかってきた一本の電話。商社マン高木健二への電話は、大学時代の探検同好会の先輩からだった。卒業してから十年になる。母校大和大学で教鞭をとる中島教一郎は、ソクヘンの突然の訪問と、その理由に困惑しながらも、当時の探検仲間を集める。十年前、インドシナの密林山岳地帯で世話になった少数民族ヤマ族。去る日に交わした、世話になったお礼に、困ったことが起きたら必ず援けにくる。そう誓ったサムライの約束キンチョウ。学生探検隊にとって、社交辞令だったが、日本の侍を尊敬する誇り高きヤマ族には、神聖な約束だった。
 しかし、十年の歳月は、学生だった彼らを社会の一員にしていた。隊長の西崎は、ゼネコン社員となりダム建設のため北アルプス山中にあった。副長の中島教一郎は、母校で教鞭をとっていた。会計係りの一ノ瀬幸基は、高校教師に。医療班の柳沢は母校の付属病院医師だった。通信係りの高木健二は商社マンとして大きな秘密取引に関わっていた。アメリカの大手航空会社と日本の政治家や右翼との取り持ちである。その陰謀を追ってスクープ写真を狙う沢田浩は、高木の後をつける途中ソクヘンと知り合う。そしてソクヘンの来日理由を聞いて、キンチョウを渋る彼らに若い怒りに燃える。そして自分も仲間に入れてもらおうとする。
 はたして、ソクヘンは、彼らを連れて帰ることができるだろうか。彼らはキンチョウを守るだろうか。雨季が明けるリミットは二十日。
※習作の為、登場人物などの名称が変更されている場合もあります。
―――――――――――――――――――― 9 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.82
第二章 過去からの訪問者
五 再会
新宿駅構内は若者で埋まっていた。ギターを抱えた若者のグループが歌うフォークソング。東口も人であふれていた。歌舞伎町近くにある喫茶店ケルンの三階。ミュージックボックスから「バラの恋人」が流れる店内には、中島教一郎、西崎泰造、一ノ瀬幸基とソクヘンがいた。ソクヘンは、長旅の疲れがでたのか、顔色悪く座っていた。
「あとは高木と柳沢か」西崎は、階段の方に目をやって言った。「来るんだろうな」
「高木は、ちょっと遅れると」
「柳沢は?」
「連絡は、ついたが、どうかなあ」中島は、首を傾げる。「救急にいるからと、忙しがっていたから・・・」
「なら、いいが、相変わらずあっちの方で忙しいと違うのか」西崎は言って大声で笑う。
「まあ、後で話せばいいだろう」中島は頷く。
「じゃあ、高木が来たらはじめるか」
西崎は、中島を見た。
「ああ、そうしょう」教一郎は、軽く頷いてソクヘンに、後一人と指で教えた。
 そのとき階段を上ってくる足音がして高木が姿をみせた。
「おお、ご無沙汰。」西崎は、手をあげた。一ノ瀬と中島も、ちょっと手をあげた。彼らには歳月は関係なかった。
「おす!」
高木は、挨拶を返しながら、不審そうに後ろを振り返った。
「どうした?」
「いや、なに、つけられているような気がしたんだ」高木は、言って、もう一度、階段をのぞきこんだ。
「ヤバイ仕事してるんだろ。最近の商社は悪どいからなあ」西崎は、大声でからかう。
「ゼネコンさんに、言われたくないですね」高木は、冗談口をたたきながら、なおも気になるのか、振り返った。
「私生活、探られてるんじゃないの。興信所に。心当たりあるだろ」
「ばかいえ、品行方正そのものだよ」高木は、言って皆と握手した。「ご無沙汰,ご無沙汰」
ソクヘンは、黙ってもじもじしていたが、手を差し伸べられると、恥ずかしそうに手を出した。
「えーと、彼が?」高木は、ソクヘンと中島を交互に見た。
「そうロン、覚えてないか」中島が紹介した。
 高木は、眉をひそめてソクヘンを見た。
「うーん、どっか記憶があるような、ないような。十年も前で、それも子供じゃあな」
「バン、ハイ」ソクヘンは照れくさそうに両手を合わせておじぎをした。
「でも、十年たっても我々は、そう変わらん」西崎は、皆を手で示しながらソクヘンに向かって聞いた。「どう、覚えているか」
 ソクヘンは、愛想笑いをかえした。日本語を専攻していたとはいえ、実際に会話するのは、はじめてだ。たとえ意味が、切れ切れにわかっても、すぐに答えられなかった。
 自分が十歳のとき、この人たちが集落に来た。なにか楽しかった記憶がある。が、顔は思い出せなかった。タオが、写真をだして彼らに頼もう、といったとき、空想ごとのように思えた。しかし、いま、現実に彼らは目の前にいる。タオがサムライというとき、いつも尊敬の念をがこもっている。白人と戦った勇敢なアジア人その思いが消えなかった。ソクヘンは、頭が燃えるように熱かったが、その彼らに会えたことに感激して座っていた。
芸研究Ⅱ下原ゼミNo.82――――――――10 ―――――――――――――――――
 ネオンが華やかな路地でヒロシは、躊躇した。目の前の「ケルン」へ入るべきかどうか。赤坂の料亭にいつも出入りして、来客の世話している青年。この青年が、なんと五井物産の本社ビルから出てきたのだ。まったくの偶然だが大きな収穫だった。
 これであの青年が何者かわかった。背の高いがっしりした体。高級そうな背広。赤坂の料亭前で盗み見る彼は、その体躯からSPか保障会社の社員のようにも見えたが、高層ビルからアタッシュケースを下げてさっそうと出て来た姿は、どこからみてもエリート商社マンだ。彼の行くところ大物政治家や五井物産、角紅商事の重役、右翼の大物、ビジネスマンらしいアメリカ人がいた。日本の政治家とアメリカの飛行機会社を取り持っているのは彼だ。
 尾行は、幸いラッシュ時で、それほど用心しなくてすんだ。青年は、今日もまた大物政治家を接待するのかと思った。が、今宵はいつもの赤坂の料亭には向かわず、地下鉄丸の内線で新宿にきた。そして、この喫茶店に入った。意外な気がした。
「なんだろう」ヒロシは、ちょっと迷った。が、つづいて店に入った。ここには大物はいそうにないが、あの格好つけの青年が、普通の喫茶店で誰と会うのか興味あった。待ち合いの人を探すふりして店内を見回す。一階にはいなかった。二階にのぼるとすぐにわかった。商社マンは、一番奥の隅のテーブルにいた。四人の男性客と一緒である。運良く隣の卓が空いていた。ちょうど柱の陰になる。見えても、こちらの顔は知らぬはず。そう思っても近づいたが心臓はドキドキした。同席の四人は、一人が自分と同じ二十歳ぐらい。が、浅黒い東南アジア人らしい若者だった。あとの三人は同じ年頃、三十路をちょっと過ぎたころか。一人はがっしりした体格で、ヒゲ面で真っ黒に日焼けしていた。あとの二人のうち、痩せた感じの髪の長い男は、眼がきつく、顔に表情がなかった。もう一人のメガネの男は、さかんに皆に話しかけていた。四人ともてんでばらばらな服装。なんの集まりか見当つかなかった。
 「ケルン」という店からして山の仲間か。しかし、日焼けしたヒゲ面を除けば、東南アジア人らしい若者もそうだが、商社マンも山とは関係なさそうだ。追っている米ジャンボ旅客機購入疑惑のヤマとも関係なさそうに思えた。
「なんだ、プライベートか・・・」ヒロシは、落胆しながらも彼らの会話に耳を澄ませた。
「キンチョウシタ、オネガイシマス、オネガイシマス」
東南アジア系の若者がカタコトの日本語で、一生懸命、繰り返している。何事か頼んでいるようだ。
「しかしなあ・・・」
四人の青年は、同様にため息をつくばかりだ。
「キンチョウ、シシタカラ、ダイジョウブ。タオサマイッテマシタ」
「OK OK、アンダスタンド。わかってる、わかってる」ヒゲ面は、両手を前に出して焦ったように言っている。「たしかに、あのときキンチョウした」
「まさか、彼らが本気にしてたとはなあ」眼鏡が商社マンにささやいた。
「調子のいいこと言っちゃつたけど、契約不履行するしかないスよ」
商社マンは、苦笑した。
 アンナイとは何だろう。案内のことか。どこかに案内してくれと頼んでいるのだろうか。キンチョウとは何か、何かの暗号か。それにしては、別段、秘密な話をしているようでもない。皆、地声である。
「とにかく、聞いての通りだ」
眼鏡の男が、東南アジア系の若者に言った。
 男たちの表情は、真剣でもあったが、時折、苦笑と爆笑もはいったりして、緊張感はなかった。むしろリラックスしている。五井物産の社員の顔も、赤坂で見る顔と違っていた。
 同級生か、それならあの若者は、誰か。たいていの場合、グループの会話は、小耳にはさめば、何の話をしているか、何の集りか、わかるものだ。が、いまは、なぜかさっぱりわからない。アンナイと言っているから、あの東南アジア系の若者は、どこかに連れていってもらいたいらしい。しかし、四人の日本人の青年たちは、困惑顔だ。よほど難しい所の
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ようだ。いったいどこに連れて行って欲しいと頼んでいるのか。
 いったい、どんなことを頼んでいるのか。ヒロシは、いらいらしてきた。聞いてみたい衝動に駆らながら、なおも、彼らの様子をうかがった。五人の関係を知りたくなった。
「ジカンナイ」
「オネガイシマス」
をひたすらくりかえす若者に対して青年たちは、すっかり困りきった様子で
「いまは無理だよ」
「忙しい」
「不可能」
「ビージィ」
の言葉を並べ繰り返すばかりだった。
 とくに五井物産の彼は、てんで受け付けないようだった。二時間近く聞いたが、なんの話か想像もつかなかった。東南アジア人らしき若者だけが、ひどく落胆したのがわかった。
「まあ、この話は、仕切りなおしして、とりあえず再会を祝おう」
髭面の青年が言って皆、席を立った。居酒屋に行くらしい
 ヒロシは、どうしょうか迷った。追っている件とは、まったく関係のないことは明白だった。なんだか知らないが商社マンの個人的な付き合いのようだ。もうこれ以上、後をつけても仕方がない。ヒロシは、尾行をあきらめた。ちょっと遅れて外にでた。にぎやかな夜の街に彼らの姿はもうなかった。探す気はおきなかった。
「なんなんだ、あの連中・・・」
ヒロシは、すっきりしない思いで駅に向かった。
 まったくの無駄骨だった。そんな落胆はあったが、ひとつだけわかったことがある。高級料亭に入り浸り、大物右翼や政治家と付き合うエリートサラリーマンにも、普通の青年のような日常生活があった、ということだ。あの東南アジア系の若者を除けば、久し振りに会った高校か大学の同級生、部活かサークル仲間。そんなノリでもあった。それがわかっただけでも収穫だ。ヒロシは、気持を切り替えようと人波を抜けて東口広場に足を止め、花壇に腰を下ろした。アベック、フーテン、人待ちの若者たちが並んで坐っていた。目の前の二幸の看板が目につくと、急に腹が減ってきた。五井物産ビル前で張り込んでから、ずっと何も食べていなかった。小便横丁で定食食うか。立ちあがったとき遠くに歌声を聞いた。まだベトナム反戦集会が、つづいているようだ。とたん、気が変わった。
 カメラが先だ。ヒロシは、再び人混みに飛び込むと地下道に降りていった。西口に通じる地下道は、人波であふれ、広場方面から歌声とシュプレヒコールが聞こえていた。人混みの流れに任せて進んでいたが、ふと先の方に見覚えのある横顔を見つけた。さきほどケルンにいた東南アジア系の若者だった。一緒に飲みに行ったと思ったが、あの四人の青年たちとは別れたようだ。ヒロシは、小走りに人混みを縫って若者に近づくと背後から肩に手をかけた。
 ソクヘンは、落胆していた。日本に着くまで長老や族長たちの話から、彼らは二つ返事で引き受けてくれるものと確信していた。それが、最初の一人に会ったときから暗雲が立ち込めだした。そして、今夜全員にさんざん話した末の答えは「これから一杯やりながら考えよう」というものだった。ソクヘンは熱と疲れで、付き合う元気も体力もなかった。どこかで横になりたかった。彼らとは、よい返事を待っているからと告げて別れた。人ごみに流されるように歩きながらキンチョウを渋る彼らのことを思った。彼らにとつて十年の後の約束は時効だったのか。が、失望と同時に、自分はまだ本当のことを話していない。そのことも引っかかった。十年前、往復した密林を、もう一度タイ国境まで案内してほしい、と頼んでいるだけだった。赤い悪魔のことも、なぜ雨季が終わるまでについてかは、一言たりとも話していない。「ぜったいに、そのことだけは口にするな」広東人のリー・センの助言を固く守っているのだ。「いま、あっちは雨季だろ、乾季になってからじゃだめなのか」
急ぐソクヘンの話に皆は、不思議そうに聞いた。
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「だめなんです。新政府から、早くに立ち退け、といわれているんです」これもリー・セン
に教わった理由だった。
「ロン・ノル政権になったら、民主化になるとおもったのになあ」そんなのんきな答えばかりだった。そんな会話を思い出しソクヘンは、焦りと不安と失意でいっぱいだった。喫茶店では、すべて日本語を理解したわけではないが、態度から渋っている。いやほとんどキンチョウは「約束は守れない」と、会話しているように感じた。
 あのとき集会所でシナタは「十年たてば人間は変る」と、薄笑いを浮かべた。が、「サムライは、約束を必ず守る。我々はキンチョウを交わした」のだ。そんな長老タオの言葉を信じた。キンチョウは、大地のように動かぬもの。そのように思ってきたのだ。
 しかし、今宵わかった。その約束は、彼らにとっては、木の葉より軽いもののようだ。彼ら日本の若者は、キンチョウを騙っただけなのだ。本気で結んだわけではなかったのだ。
 ソクヘンは、失望感でいっぱいだった。喉の痛みと頭痛、火のよう熱くなった額。明日、連絡することにして彼らと別れたがどこに行くかあてはなかった。フラつく体を人混みに任せてただ夢遊病者のように歩いていた。こうしている間も、日にちは過ぎる。こんなことなら来なければよかった。自分たちの力で密林を渡るべきだった。たとえ迷って一族が滅びようと、それなら悔いはなかった。大きな後悔が、ずっしりと背中に被いかぶさってきた。ソクヘンは、よろめいてタイル壁に片手をついて体をささえた。
 そのとき、右肩を誰かがたたいた。ソクヘンは熱のある体をゆっくりまわした。カメラを持った見知らぬ若者が立っていた。
六 置き土産
翌日、中島教一郎は板橋にある大和大学付属病院をたずねた。柳沢には、どうしても話したいことがあった。昨夜、電話で伝えてもよかったが、やはり直接会って話そうと思った。病院ロビーは朝から混んでいた。昨夜、飲みすぎたようだ。いささか頭が痛い。出掛けに連絡してある。受付で呼び出してもらい、待合室で待った。柳沢は、すぐに出て来た。
「朝は、忙しいんだぜ」柳沢は不満そうに、白衣のボタンをはめながら聞いた。「昨夜は、みんな集ったのかよ」
「ああ、全員な。おまえをのぞいて」
「しょうがないだろ。緊急医だもん」柳沢は、落ち着きなく言った。「で、なんだよ。早くしてくれよ。教授回診があるんだ」
「ユン、覚えているだろ」
「ユン!?」柳沢は、眼鏡の奥の目を丸くした。「なにそれ」
「まったく、忘れてるのか。とぼけんなよ」中島教一郎は、あきれたように舌打ちして言った。「ユンだよ。ヤマ族の」
「ああ、ああ、あのヤマ族の」とたん柳沢晴之は、大きく頷いた。
「おまえ、やったろ」
中島は、睨みつけて単刀直入に言った。副長としての威厳のこもった声だった。
「な、なんだよ。いきなり」
柳沢医師は、狼狽した。
「いい、わかってるんだ」中島は、誓文で読むような口調で言った。「ソクヘン・・・。あの、ヤマ族の若者から聞いた。我々が帰って十ヶ月後に、ユンが赤ん坊を生んだ。父親はおまえだと言っている」
「俺の子が!」柳沢は、思わず声をあげた。そして、引きつった顔に苦笑いを浮かべて言った。「悪い冗談いうなよ。なんで俺の子が、いるんだよ」
「おぼえあるだろ」
「おぼえ・・・」
「とぼけるな」言って中島はソクヘンにたずねる。
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 晴之の頭に、マラリアで寝込んでいた自分の枕もとでつききりで看病してくれていた娘のことが思い浮かんだ。言葉が通ぜず、ただ恥ずかしそうな笑顔をみせるだけであったが、自分に好意をもっていることがわかった。皆は、ヤマ族の男たちに案内されて近くの遺跡を見
に行っていた。女たちは、子供たちと山繭集めに野生の桑林に出払っていた。集落は静まりかえっていた。宿舎にしていたのは高床式の集会所だった。竹で作った階段を誰があがってきた。ユンだった。かかえたバナナの葉の中には野イチゴのような実が沢山入っていた。晴行に食べさせようと一人で戻ってきたようだ。ユンは、恥ずかしそうに笑って枕もとに座ると、食べろとすすめた。十五六だろうか、サロンを巻いた腰のあたりに女を感じた。晴之は、もうすっかり回復していた。病後の疲れで、起きるのが面倒になっていただけだった。が、ユンは、ぐったりしている晴之が自分でその実を食べる気力がないと思ってか、一つをつまんで口先にもってきた。晴行は口をあけた。薄い甘酸っぱい味がした。野イチゴとも違う味だったがまずくはなかった。二つ目を口さきにもってきた。胸のふくらみが目の前にあった。晴之は、頭をもたげて小娘の実をつまむ細い指までくわえた。ユンは逃げなかった。ユンの親指と人差し指をしゃぶりながら、両手で彼女を抱き寄せた。柔らかな綿のような体だった。
サロンの中に手を入れ太股に指の腹をはわせた。ユンは、なんの抵抗もしなかった。ぐったり身をまかせていた。恥丘は、ざらざしていてまだ陰毛が生えきっていなかった。半分少女。そのことがよけいに晴之の体を興奮させた。
「おまえ、ちょっかいだしたろ、まったく」中島は皮肉っぽく言った。「医者だろ、いや、あのときは医者の卵か。それでも結果はわかっていただろ。なんで予防しなかった。仕込んじまったんだ」
「う、うん。まあ、あのときは・・・」
晴之は思いだしてしどろもどろになった。さすがの遊び人の彼も、あのときは、探検で一ヶ月も女を絶っていたし、病み上がりということもあった。体が本能的に回復度を確かめようとするのか。病み上がりはなぜか性行為をしたくなる。それになによりも女になりきっていない体を抱く喜びに我を忘れ、つい膣内射精をしてしまったのだ。
 もしかして・・・集落を去るときそんな不安が過ぎったが、帰国するとすっかり忘れてしまった。インターンの仕事の忙しさとあきることのない女遊びの日々。付属病院の医師になってからは、学生時代のことは、完全に記憶からも消し去られていた。それだけに、いきなり、自分の血を引き継ぐものがいる。そういわれても驚くばかりだった。
 大病院の院長をやっている父にも知られたくなかった。それになによりもそうした話は面倒くさい気がした。これまで夜の女と看護婦で二度経験をしている。子供ができたと金銭を要求された。どうせそんな話だろう。金で解決できた。あの山岳部族の若者が、はるばるたずねてきた。その話を中島教一郎からを聞いたとき、なんとなく引っかかるものがあった。それがこのことだったのか。悪い予感が的中したような気がした。若者は、そのことで来た。いくら要求したのだろう。もう、皆はわかっているはず。頭の中で金額を考えた。レートが違うからたいした金ではないかも。そんな安心感があった。ところが中島の口からでたのは、意外な言葉だった。
「キンチョウしただろ。覚えてるか」
「キンチョウ?!」
「そうだ、このキンチョウだ」中島は、抜刀する真似をしてみせて言った。
「あのときのキンチョウを?うそだろ?!」
「本当さ、タイ国境まで案内してくれというのだ。急に移動しなければならん理由ができたらしい」
「ジョーダンポイよ。冗談だったと言ってやれ」柳沢は、自分のことでないとわかると、薄笑いを浮かべて他人事のように言った。
「とんだ置き土産をつくっちまったんだ」中島は、怒ったよう睨んで言った。「おまえも、われわれも」
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七 交換条件
 同じ時刻、高木は赤坂の料亭前にいた。今度の取引の最重要人物で元総理と刎頚の友といわれる人物の見送りだった。世界の観光地にホテルを持つというその人物は、昼間から料亭にいたが子分と噂されるチンピラ上がりの国会議員が迎えに来て、帰った。ラスベガスのバカラ賭博で大損をした金を埋めてくれたとかで、チンピラ国会議員は、土下座せんばかりの使え方だった。高木は、裏取引が成立してほっとしたところだった。
 裏取引は、テキサス社からの取り分が大豆一袋一千万ということで話がついた。元総理には十袋、ホテル王には三袋と決まった。あとは右翼の大物の取り分を決めるだけだった。この仕事は、早い話、アメリカ航空会社に支払った金の中から、仲介料分配決めである。飛行機購入の代金は、国民の税金である。その血税の一部が、右翼の大物や元総理、ホテル王に流れていく。決して良いこととは思わなかったが、これが日本の政治家の現実、商社の仕事、と割り切った。ハイヤーが闇の中に消えるのを見送って、踵をかえした。これでアメリカ行きも早くなる。大きな仕事を成し遂げた満足感があった。料亭に入ろうとして足をとめた。向こうのケヤキの木の暗闇でなにかが動いたのを見逃さなかった。このまえの奴だ!瞬間、そう思った。とたん高木は、猛烈な勢いでダッシュした。動く影は驚いて暗闇から街灯の下に飛び出した。
 高木は、たちまちに追いついた。盗撮犯の前に立ちふさがった。が、顔を見る間もなく高木は、間髪をいれずに中段蹴りを盗撮犯のみぞおちへたたきこんだ。
「ウグツ」
うめき声を残して盗撮犯は路上にかがみこんだ。
 高木は、ニューヨークの裏通りで一度、路上強盗の若いギャングに回し蹴りを入れたことがある。あのときは失敗したら、死が待っているかもしれない。という思いから、力まかせだった。喉にあたった靴先に柱をたたき折ったような衝撃があった。若いギャングは、無言のまま倒れこみ、ピクリともしなかった。高木は脱兎のごとく走り、大通りの人混みにとびこんだ。あの若いギャングがどうなったかは知らない。もしかして死んでしまっている。そんな気がしてならなかった。が、いまの中段蹴りは、余裕があっての蹴りだった。ここは日本で相手が拳銃を持っていないという安心感からだった。しかし、この前、逃げられたという思いから高木は、用心深く屈んで苦しむ盗撮犯を見下ろしながら獲物を狙う獣のようにじりじりと間合いを詰め、一気に再度足蹴りを叩き込もうとした。が、顔をあげた相手を見たとたん攻撃をやめた。
「なんだガキじゃないか」高木は、いまいましそうに言い捨てた。「このあいだから、ちょろちょろとしてのは、おまえか」
「・・・」返事はなかった。
「明るいときからいるな」
「・・・・」返事はない。
「昼間、撮ったフイルム返せ。そしたら何も言わずにかえしてやる。警察にも言わん」
「・・・」若者は、依然、黙ったままだ。
「人がくるぞ。そしたら知らんぞ」高木は言って転がっているカメラを蹴とばした。「盗撮
なんて汚いマネはよせ。どこに持ってつたって売れん」
「・・・・・」
「よーし、上等だ」高木は、業を煮やして、いきなり蹴り上げる身振りをした。
「うわー!」若者は、悲鳴をあげ、反り返って後ずさりすると言った。「わかった。わかった。わかりました」
「なんだ、しゃべれるじゃないか」
若者は、カメラを拾うと両手で腹を押さえながら立ち上がった。
「それでいいんだ。それでー」高木は、小さく頷いて言った。「さあ、フイルム渡せ」
「渡します」若者は、素直に頷いたあと言った。「でも、交換条件があります」
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「なに、交換条件?」高木は、一瞬、眉をひそめて若者をまじまじ見た。二十歳前かも知れない。まだ幼さが残る顔だが、ジーパンと袖なしジャケットは、いかにもいまはやりのフリーカメラマンといった出で立ちだ。猫も杓子もカメラを手にする時代となった。そして、カメラを手にすれば誰も彼もがフリーカメラマンになれる。そう思っている。この若者も、そんな当節の一人と想像ついた。高木は失笑して言った。「そんな立場か。早く、フイルムだしてわたすんだ」
「ですからから、交換条件があるんです。聞いてくれたら、渡します」若者は、まだ、そんなことを言っている。
「野郎、いい気になるなよ」
高木は、睨みつけた。
「渡しますから、聞いてください。お願いします」
若者は、抜いたフイルムを差し出しながら言った。
 なんだろう。この期に及んで、どんな交換条件があるのか。高木は興味を抱いた。思わず聞いた。「いいだろう。で、なんだ、言ってみろ」
「ぼくを仲間に入れてください」若者は、不意に土下座して頭を下げた。「ぼくを一緒に連れて行ってください」
「なに言ってるんだ?!なんの話だ」
高木は、わけがわからず一瞬 自問した。
「昨日、皆さんの話ききました。カンボジアに行くんでしょ」
「えっ!聞いたって、いたのか、ケルンに」高木は、怒鳴りながらもぼんやり思い出した。隣りのテーブルに客が一人いた。こいつか!怒りがむらむらとわきあがった。「この野郎、ずっと張ってやがったのか!!後をつけてたのも、おまえか」
「すみません」
「なんで、張り込んだ」
「スクープが撮れるような気がして、すみません」若者は、ぺこりと頭を下げた。
「スプークだとお・・・」
「アメリカの飛行機会社役員と日本の政治家、商社、右翼の大物が、一つ料亭で毎晩、宴会開いていれば、何かあるとわかりますよ。でも、もうどうでもいいんです。そんなこと、いまは。フイルム、あげます。これまで撮ったフイルム全部あげます。だから、仲間に加えてください。ぼくも一緒に連れていってください」
若者は、一気にまくしたてた。
「おまえとは、関係のないことだ」高木は、不愉快になって言い捨てた。
 極秘にすすめていた商談が、こんなガキに知れ渡っている。そればかりか仲間内の話まで。いったい、どうなっているんだ。高木は、混乱して苛立った。
「お願いします。連れていってください」
「バカ!まだ行くと決まったわけじゃない」
高木は、思わず怒鳴った。
「決まったわけじゃない!?」
若者は、鸚鵡返しにたずねた。
「とんだ泥棒野郎だ。全部、盗み聞きしてたのか」高木は、あきれ顔で言った。「あの話、
本気に聞いていたのか。バカか。急に言われたって行けるわけないじゃないか」
「じゃあ、どうなるんです、彼の頼みは」
「彼!?ああ」高木は、小さく頷いた。この若者がどこまで聞いているのか見当がつかなかった。「あの彼には事情をわかってもらうしかない」
「それじゃあ、約束を破るんですか」
「あのなあ、おまえにそんなこと言われる筋合いはないが」
高木は、ついムキになった。おそらくは、自分に後ろめたい気持ちがあるからだろう。
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「でも、したんでしょ。キンチョウ。サムライの約束だといって」
「なんで知ってる?!」
高木は、ぎょっとして聞いた。
「彼から聞いたんです」
「彼!?」
「ソクヘン君ですよ」
若者は、座ったまま威張った口調で言った。
「なんだと、ソ、ソクヘン君だと」
高木は、思わず声を張り上げた。
こいつはソクヘンの名前まで知っている。なにがなんだかわからなくなった。なんで、こいつがロンの名前を知ってるんだ。高木は、冷静さを取り戻そうと呼吸を整えながら聞いた。
「どうしておまえがソクヘンを知ってる?」
「彼、いま、ぼくのアパートにいるんです」
「お、おまえのアパート!?」
「あのあと、駅で偶然、彼に会ったんです。それで詳しい話をきいたんです。日本にきた目的を。彼、風邪ひいたみたいで熱だして寝こんでるんです」
「あのあと、駅で偶然、彼に会ったんです。すごい熱があって、いま、ぼくの下宿で寝てるんです。それで日本にきた目的を聞きいたんです」
「ああ、そういうこと・・・」
「ああって。彼、お金もないし、いくともこないんですよ」ヒロシは、非難するように言った。「日本にはじめてきて、あなたたちが当てにならないとわかったから困っているんですよ。薄情じゃないですか、探検で行ったときは、病気にもなってさんざん世話になったくせに。おまけに子供までつくって、最低です。なにがサムライの約束ですか。うそまでついて」
「コゾー!」怒鳴ってみても、それ以上は反撃する言葉がなかった。
なにを言われても、高木は言い返せなかった。完全に立場は逆になっていた。若者は自分の思いのたけをぶちまけた。ヒロシは、ソクヘンから日本に来た理由を聞いているうちに、目からうろこが落ちた気持ちになったといった。飛行機購入をめぐっての政治家と商社、右翼が絡んだ賄賂疑惑。もしかしたら戦後最大の疑獄事件となるかも知れない超特大スクープ。だが、そんなものは、もうどうでもよくなったていた。
「困ったときは、必ず手助けに行く」
十年前、インドシナの密林でそんな約束がかわされた。短刀をパチンと鞘に納めたキンチョ
ウの響き。彼ら山岳部族は、忘れずに覚えていた。そうして、いま、その約束を果たしてもらうべく自分と同じ二十歳の若者がたった一人部族の命運を担って、はるばる日本にやってきたのだ。この約束を撮る!自分が撮るものはこれだ。そう思ったときドロドロしたテキサス社と元総理が絡んだ疑惑は雲散霧消した。インドシナのジャングルの奥地に行く。それこそが、自分が撮るものだ。
 高木は、若者に痛いところを突かれて、自制心を無くしていた。
「勝手に、入れ込むなよ。おまえの趣味なんてどうでもいいんだ」高木は、怒鳴った。「カメラマンが、でしゃばりゃがって。おまえらなんか、女の裸でも撮ってれゃあいいんだ」
「連れて行ってください」
「くどいな。まだ決まってもいないし、第一、おれたちは行く気はない」
「ソクヘン君の部族は、どうなるんです」
「知るか!!」高木は、怒鳴った。「別に、おれたちか行かなくたって」
「卑怯じゃないですか、うそつきじゃないですか」若者は、興奮した口ぶりで言った。「約
束を守ってくださいよ。ソクヘン君、わざわざ日本まで頼みにきたんです。よほどのことがあるんじゃないんですか。急いでいるといってました」
―――――――――――――――――――― 17 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.82
「うるさい。おまえが口出すことじゃない」
「ソクヘン君、日本にきて、どこに泊まっていたか知ってますか」
若者は、たずねた。
「どこって・・・」
まったく違った質問に高木は、思わず答えた。
「そりゃあ、ホテルだろうが」
「彼は公園で泊まっていたんですよ」
「公園に?」
「そうですよ、滞在費がなくて。あなたがここの高級料亭で政治家たちと飲み食いしている
ときに。ろくに食事もしないで。公園で寝て、駅の立ち食いで食事してるんです。恥ずかしくないのですか」
「なんだって・・・」高木は、口ごもって言った。「お前の知ったことか」
 高木の声は小さかった。ソクヘンが公園に寝泊りしている。衝撃を受けた。
「パスポートはあります。お願いします」
「知らん」
高木は、きびすを返して歩き出した。
「キンチョウ、破るんですか。ヤマ族は、信じているんですよ」
若者は、起き上がって怒鳴った
「破るんですか、約束を。そのときになつたら忙しいからって、ひきょうじゃないですか」
 高木は、平静を装って小走りに歩いた。聞くまいとしたが、「卑怯者」の声が、いつまでも背中に突き刺さって離れなかった。高木は、振り払うように自分に言い聞かせた。おれは忙しいんだ。今夜、一つの大きな裏取引を終えたが、小物たちへの配分が残っている。テキサス社への報告もある。アメリカ人は日本の事情を知らない。ニューヨークシ支店栄転の前に穴などあけられないし、真理子との約束もある。エリート商社マンとして、出世街道をスタートしたばかりだ。こんな人生の大事なときに十年前の、それも学生のときに悪乗りでかわした約束を果すために、多分十日もかからないとはいえ、インドシナの奥地に行けるものか。しかも、なんの報酬も利益もないのに。
「絶対に無理だ。不可能だ」
高木は、声にだして何度もつぶやいたあと、怒鳴った。
「交換条件だと、ふざけんな!
 しかし、キンチョウの言葉は、梅雨の闇のようにずっしりと重く圧し掛かってきた。
          四 キンチョウよりも重要なこと
 ソクヘンは、目が覚めた。薄暗い部屋にいた。一瞬、自分がどこにいるかわからなかった。が、隣りで、まだぐっすり寝込んでいる若者を見て、すぐにわかった。ここは沢野佑介の部屋で、自分はここにもう丸二日も泊まっているのだ。二日も棒に振った。こうしてはいられない。急に落ち着かない気持ちになって起き上がった。体の節々は痛かったが、頭はすっきりしていた。若者の名前を思いだすと呼んだ。
「ヒロシ、ヒロシ」
なかなか起きないので肩をゆすると、ようやくヒロシは目を覚ました。
「何時」
「六時半」
ソクヘンは目覚まし時計を見て言った。
「なんだよ、まだ早いんじゃ」
「お願いに行かないと」
「またそれかよ、熱は」
「もう大丈夫です」
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.82――――――――18 ―――――――――――――――――
「あの商社マン、まだ出社してないよ」
ヒロシは、上掛けのタオルケットをかぶりながら寝ぼけ声で言った。一昨日のことを思い出した。
「その話は別にして、お礼は言うよ」
あの夜、病気のソクヘンを泊めているとわかって高木は、渋々あらためて話を聞くと言い出した。
「寝てるんなら、明日より明後日がいいな、ほかの隊員にもきいてみないとな」
高木は、それだけ言うときびすを返し、料亭の方にさっさと歩いて行った。
「大丈夫でしょうか」ソクヘンは、心配そうにつぶやいた。
「わからん。あいつ典型的なエリートサラリーマンだからなあ。政治家や財界のお偉方のお
子守やってるみたいだから」
「おこもり?なんですか、それ」
「そうか、わからんよな」ヒロシは苦笑して言った。「会社の仕事。べつにあいつに限ったことじゃあないが、みんな会社の仕事に追われてるんだ」
「会社、キンチョウよりも大切か」
「まあ、いまの日本の社会じゃあ、ソクヘンの話は論外だよ」
「ロンガイ・・・なんですか、それ」
「話にならん、つてことさ」
ヒロシは、説明しながら、絶望的なものを感じていた。
学生時代に旅行先でした約束を十年後に果たす。とても現実的ではない、無理な出来事のように思えた。が、そのことをソクヘンに説明するのは、難しかった。二人は、アパートを出た。朝食は池袋駅前の喫茶店でモーニングサービスのサンドイッチを食べた。
 その思いはソクヘンにも通じていた。風邪熱が下がって回復した体とは反対に気持ちは重かった。来日した日に大和大学をたずね中島教一郎に会ったときは、すぐにでも引き受けてくれて折り返し彼らを引き連れ帰国できると思っていた。まさか彼らが、困惑し逡巡するなど夢にも思わなかった。こんなに幾日も日本に滞在することになろうとは・・・。
「日本人が十年も前の約束など守るか」
シナタの嘲笑が、いつも耳の奥から聞こえていた。
 日本人に対する見方も、日本にきてから大分かわった。プノンペンで知る日本人は賢く、二十年前、アメリカと戦争し、インドシナからフランス人を追い出した勇敢な民族という印象だった。長老のタオや族長のボンからもそう聞いていた。
 しかし、日本に来て知ったのは、日本人はすべてお金で動いているということだった。なにをするにもお金と自分の仕事で動いている。長老のタオ様が、崇め奉っていたサムライの精神は、どこにもみられなかった。約束、キンチョウなど、一リエルの価値もなかった。キンチョウより重大で大切なもの、仕事で彼らは日々の生活を送っていた。
 だがしかし、なんとしても彼らを説得して連れて帰国しなければ、ヤマ族の生きる道はない。大金と思って持ってきた旅費は、日本では、一週間ともたないと知った時のショック。持久戦を覚悟して、公園で宿泊することにした矢先の高熱。でも、ヒロシのような若者もいるのだ。太陽の光が入らない、穴倉のような狭い部屋に住みながらも、自分の話を聞いて、キンチョウを守ることに躊躇する彼らに憤慨してくれる。そこに一縷の希望をつないでいた。満員の車内でソクヘンは、祈るしかなかった。
五、またふたたびの密林
一九七十年七月
雲ひとつない青空が羽田空港の上に広がっていた。関東地方は、三日前に梅雨明け宣言がだされた。見送りの人々で混雑する空港の歓送ロビーに西崎と中島教一郎の姿があった。
「こいつは、いいや、まさに出発日よりだ。幸先いいぞ」
西崎隊長は、満足そうにひとりごちて何度も空を仰ぎ見た。
「本日、天気晴朗なれど、波高しか」
中島副隊長も珍しくはしゃいでいる。
―――――――――――――――――――― 19 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.82
 二人とも、すっかり学生時代に戻っていた。それもそのはず、西崎も、中島も、懸念していた十日間の長期休暇があっさりとれたのだ。久しぶりに熊島建設本社ビルに出向いた西崎は、現場報告の際、健康検査でしばらく休む旨を告げた。工事が順調だったのと、難関だった山岳道路や隋道工事完成の功労が認められたのだ。
「とにかく、君が頼りなんだ。しっかり健康チェックしてから、ラストスパートをかけてくれたまえ」二十階にある重役室で白部ダム建設最高責任者の石原専務は満面笑みをたたえて言ったものだ。
一緒に働いている現場の連中には、申し訳ないと思った。が、戻って分けを話すと、そこは三年間、飯場で同じ釜の飯を食ってきた連中だった。すぐに、快く理解してくれた。
「大将、人助けに行くんだ。遠慮なんかいりませんよ」
「おれらも困るけど、その何族っていうだべ、ジャングルの中の連中、大将が行かないと、動くにもうごけないんだべ。工事の方は心配いらんです。ゆっくりして」
北アルプスの冬は早い。冬がくる前に片づけねばならない工事は、山ほどある。西崎は、山の男の友情に感謝した。
 中島教一郎は、偶然にも夏休みを利用してアメリカの大学に行く届けをだしてあった。短期留学だった。助教授から教授にステップするには重要だった。が、全てキャンセルした。
行くと決めてしまうと、他のことは、もうどうでもいいように思えたのだ。
「なんだ、メイジン、いるじゃないか」
西崎隊長は、ふたたびのばしはじめたあご髭で示した。
 待合ロビーのソファに一ノ瀬幸基がひとり静かに座っていた。袋に入れた弓を持っていた。
「おっ、こんどは弓、持参か」
「ああ」一ノ瀬は、にこりともせずに頷いた。
「この前のとき、現地でつくった竹の弓は、不満だったからな」
「こんどは竹のせいにできんぞ」高木は、からかった。「日本の弓は、世界最高なんだろ」
「こんどは、トラの丸焼きでも食わしてもらうか」
西崎は、豪快に笑った。
「この前はコウモリばっかしだつたからなあ」
何を言われても一ノ瀬は、我、関せず。黙って座っていた。
十年前の探検の際には、木の実や昆虫、コウモリしか食べないヤマト族の食事に閉口して弓ができる一ノ瀬が猪狩りにでたが、現地の竹で作った弓が、ことごとく折れてしまって獲ることができなかった。仕方なく、大コウモリを射て、食べたのだ。あのときの教訓から、こんどは日本の弓を持っていくらしい。一ノ瀬は、学生時代から弓道に凝っていて、ひまさえあれば弓の手入れをしていた。弓道の世界がどれほど一般的かどうか、誰もしらなかったが、大会にでればいつも賞状を持って帰った。卒業してからから弓道趣味はますます高じていったようだ。
「どうして、そんなに弓がすきか」と、誰かがきいたことがある。彼は真面目な顔で
「汗かかなくても、自分より強い敵をも倒せるからだ」
と、答えたものだ。彼は、侍が刀を尊ぶように弓を大切にしていた。どこまで本気にしていたかはわからないが、小説家の中島敦の弓の名人の短編を愛読というより、ほとんどバイブルのようにして崇めていた。こんどの密林行きを一ノ瀬は、待ち望んでいたかのようにあっさり承諾した。卒業してから十年近く、まったく付き合いがなかったが、再会したケルンで二つ返事で、考える間もなく行くと答えた。あまりの即答に教一郎の方が戸惑って
「おいおい、嫁さんに相談しなくてもいいのか」と、たずねかえしたほどだった。
「おれは、大丈夫だ」
彼は、一言ぽつんと言ったきり黙りこんだ。
まるで、弓以外のことは、まったく興味がないといった顔だった。十年前は、大物を射る
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ことができなかった。そのことにこだわっているのか
「お、高木だ」
 羽田空港ロビー入り口に大きなリックを背負った高木武司の姿が見えた。隣りにソクヘンと沢田ヒロシがいる。
「高木が言ってたカメラマンって彼か」
「ロン、彼のアパートに泊めてもらっていたらしいね」
「一番の功労者ってわけか。じゃあ断れんな」
「一人でも多い方が、にぎやかくていいか」
「しかし若いな。大丈夫か」
「大丈夫だろう、おれたちだって、十年前、行ったときは、あの歳だったろ」
「ベトナムに行った方がいいような気がするが。ヤマ族じゃあ、たいした写真とれんだろ。なんだって」
「おれたちとソクヘンの話を盗み聞きして、感動したんだってさ」
教一郎は説明した。
「ものずきな奴だな」
「いいだろ、増えるぶんには」
「そうだな、にぎやかな方がいい」
二人が、そんな話をしていると高木とヒロシは人ごみをぬってきた。
「若いな」
「学生時代に戻ったようだぜ」
「なんだその格好は」
四人は、口々に冗談をいいあって互いの胸を殴りあった。
そんな光景にヒロシは、すぐに溶け込んだ気持ちになった。
「これで、全員か」
「柳センセイは、やっぱり来れないんだな」
「うん、たぶんな」中島は言った。「奴さん、おれたちのことなどすっかり忘れていたよ」
「医者だから、いれば助かると思ったのにな」高木は、ちょっぴり残念そうに言った。
「出世と女のことしか考ちゃあいねえってか、しょうがねえなあ」
「四人と一人で計五人か」
中島は、用意したチケットをキャンセルしようとカウンターに向かって歩き出した。
「いや、六人だ」
不意に一ノ瀬が言った。
皆は、一ノ瀬の視線の先を見た。色シャツを着た、南の島に観光にでも行くような恰好をした柳沢が入ってくるところだった。
「あのバカ、ハワイにでも行くつもりか、あんな派手なシャツ着やがって」
「よお、先生、遅いじゃないか」
高木は、迎えに行って握手した。
「おっ、先生、やっぱりきたか。俺は来るとおもってたけどな」
西崎は、そう言いながらもうれしそうに笑った。
「キャンセルしかかったとこだぜ」中島は苦笑いして言った。
「おれもバカだよ。きたよ。来ちまったよ」柳沢は、おどけて叫んでから言った。
「なにかあったら全員が集まる、って約束だからな」
「そんな話、学生のときだけだろ、十年たってるんだぞ」
「まあいいって、全員そろったんだ」西崎は髭面をほころばせて数えた。「ひいふうみい・・・・これで六人か」
「いや、七人ですよ」ソクヘンが言った。
「七人!?」
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「ぼくを入れてください。ぼく入れて七人になるでしょう」
「そうか、七人か」西崎は、髭面をさすって満足そうに言った。黒澤の「七人の侍」みたいだなあ」
「そうだよなあ」中島教一郎は感心したように言って聞いた。「それなら誰が、菊千代だよ」
「当然、おまえだろ」高木は柳沢に言った。
「バカいえ、おまえだろ」
「じゃあ、だれが生き残るんだ。三人だったろ」
「縁起でもないことを言うなよ」
「全員、帰ってこれるに決まっている。何も山賊と戦うために行くんじゃない。ガイドだ」
「そうだな、山岳ガイドがあるから、我々は密林ガイドか」
「旅行ツアーの添乗員のようなもんだろ」
「天気も最高。いい旅になりそうだ」中島教一郎の言葉に、皆は頷く。
 が、ひとりソクヘンだけは、「日本の雨季は、もう終わりですか」
と、恨めしそうにつぶやいて高い天井ガラスの上に広がる青空をながめた。彼の心中は、穏やかならざるものであった。雨季が明けたら、クメール・ルージュの赤い悪魔たちは、やってくる。こんどは若者を連れ去りにではなく、一族を皆殺すために。
五人のはしゃぐ声を聞きながらソクヘンは、暗い重苦しい気持ちになっていた。彼らには、まだ赤い悪魔のことを、教えていなかった。自分たちが殺害した五人の赤いゲリラのことも。ただ政変がかわったので移動しなければならなくなった。あの土地には住めなくなった。あと二ヶ月の間にでていくようにいわれている。そうとしか、話してなかった。
六人は赤い悪魔の恐ろしさをまったく知らない。たとえ話したとしてもベトナムのゲリラぐらいに思っているようだ。しかし、フランス帰りの元教師が指揮しはじめたクメールルージュは、以前の山賊のようなクメール・ルージュとは違う。組織だった残忍さ、狡猾さがある。そこにはベトコンのような正義は存在しない。ただはむかうもの意に添わないものは、殺すだけた。彼らの非情さは政府軍の非ではない。そのことを話したら、とても、来てはくれないだろう。嘘はいってないまでも、本当の状況は、日本ではどうしても話せなかった。彼らが、村についてその真実を知ったとき彼らは何と思うだろうか。いま見る限り、彼らには密林ガイドの軽い気持ちしかない。赤い悪魔たちのことを知ったときのことを思うと気が重かった。
 七人を乗せた飛行機は、銀翼をきらめかせて青空の中に飛び立つた。今度は日本刀を持ってゆかれないことが残念だった。この春、起きた連合赤軍の「よど号」ハイジャック事件で日本刀が使われてから、機内への持ち込みが厳しくなったのだ。
眼下に東京の街を右手前方に富士山。日本は、過激派が台頭しはじめていたが、燃え盛った学園紛争は沈静化に向かっていた。眼下には繁栄と平和を謳歌する日本があった。彼らがなつかしむカンボジア北西部の密林地帯。飛行機は、一路動乱のインドシナ目指して、高度をあげていった。
夢のようだ。ソクヘンは古ぼけた一枚の写真をだしてながめた。ここに写っている全員を連れて帰ることができた。大きな仕事を成し遂げた満足感があった。
しかし、ソクヘンは心のどこかで後ろめたいものも感じていた。赤い悪魔のことは、まったく知らない彼らだが、もしかしたら、村に着くまでに奴らの噂を聞くかも知れない。いや、それより、途中で赤い悪魔の襲撃を受けたら・・・次々と違う心配が頭を過ぎった。しかし、いまは、口が裂けても言えなかった。いまはただカルカダン密林の村につくまでにやつらに出会わないこと、雨季の終わるまでに、無事密林を抜けてタイ国境を越えること。そのことをひたすら祈るしかなかった。そんなソクヘンの胸中を知ってか知らずか、五人の日本の青年たちは、まるで学生時代にかえったように、無邪気にはしゃいでいた。 つづく
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2006、旅人作品紹介・老空手家の心境小説
                  銀杏散る
猿渡公一
 
ドッ。踵が床を叩き、青年は弾むように前進する。青年の豪快な動きをじいさんは口を真一文字に閉じて眺めていた。
 わしは衰えた。じいさんは思う。こんな風に肉を躍らせ動いていた頃が懐かしい。じいさんは尚も青年に視線を送り続ける。
 ほんの少し弧を描いて突き出された青年の腕は、筋肉がキリキリしそうなほど伸び、急ブレーキをかけ、止まる。その影響で拳が一瞬ブレる。
 じいさんはそのブレの感覚を思い出そうとしていた。しかし、それは無理なことだった。じいさんは小さくため息をついた。
 青年が若いエネルギーを発散するように前進する度、壁の「松涛館流空手道場」と書かれた看板が揺れ、その揺れはじいさんにも伝わっていた。
 久しぶりにわしも動いてみるかのう。ちょうど、青年はひと通り動き終え、座って呼吸を整えている。
 きっかり九十度に畳まれた腕は、骨が軋む音も無く一直線に伸びる。そこに力は感じられない。じいさんは肩を落としてしまう。
 こんなにも力が落ちてしまったのか。じいさんは皺の刻まれた手を見て思う。今度は左腕を突き出してみる。
 力感無く握られた拳は、腕が伸びるのと同時に、一瞬。力強く、握りこまれる。その拳は石のように冷たい。
 悪くない。じいさんは思う。だが、あのブレの感触が恋しいのだ。肉体の躍動に触れたいのだ。じいさんは拳に力を込める。
 全身が脱力した瞬間、すっと前進し一歩前に出た足は、無音のままに着地する。そこに肉体の躍動という言葉は当てはまらなかった。
 床を踏み鳴らすことも忘れてしまったか。じいさんは目を閉じる。若かった頃の身体の使い方すら忘れてしまったか。
 昨日の晩飯も昔の身体操作も忘れた。呆け。それには縁が無いと思っていた。認知症という名称をじいさんは最近知った。
 じいさんは青年の動きをイメージし、一歩前に出てみる。ドンっと床を蹴って、グンッと弾むイメージで。
 大丈夫。軽い認知症です。医者は言った。何が大丈夫なのだろう。じいさんは思う。晩飯のことは別にいい。ばあさんは死んでしまったからもういい。わしは自分が衰えていくのが怖い。若い頃に戻りたい。じいさんは悲しみと諦めの混じったような表情を浮かべる。ばあさんが居て、呆けなど知らず、溌溂と地面を踏み鳴らしていた。筋肉が弾み、全てが躍動していたあの頃。
 とん。今ではこれが精一杯鳴らせる生きた音。じいさんは何度やってもごく微かな音しかたてられなかった。
 青年はじいさんの動きを見つめていた。その視線に気づきじいさんは動きを止める。今の自分を見られるのは嫌だったのだ。
 青年はまた動き始めた。さっきにも増して勢いよく。その振動に揺さぶられながらもじいさんは帯を解いた。
 彼は先生の動きを盗もうと必死ですよ。さすが、憧れの的。雰囲気を察してか、昔から付
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き合いのある男がじいさんに声をかけた。
 いい奴だ。じいさんは思う。この男はいつでもわしに気を使ってくれる。ただじいさんはそれが悲しくもあった。
 そうだ。私に稽古をつけてくださいよ。男はやわらかく笑う。笑いながらもう、準備運動をしている。手加減は無用ですからね。
 小刻みにステップを踏みながら機会を伺っていた男が、不意に、飛び込んでくる。じいさんの耳元で風を切る音が鳴る。
 見えているのに、避けるので精一杯、か。じいさんは顔をしかめる。反応が遅れることもじいさんを落ち込ませた。
 弾けるように放たれた男の蹴りは、丸太のように振り回され、じいさんのロマンスグレーの髪を叩く。
 わしも昔は軽々と足が上がったもんだ。じいさんは昔のことばかり思い出す。むかしは。むかしは。むかしは。
 わしも。じいさんは腰を下ろしながら言う。わしも昔は強かったんだがのう。ゴツゴツした拳を撫でている。
 なに言ってるんですか。男は汗を拭きながら眉を吊り上げた。でも、口元は笑っている。男の声に嫌味は含まれていない。
 私もうボロボロですよ。男は続ける。やっぱり先生には敵わないな。男は腹を押さえながら言う。
 男の腹にはいくつも赤紫色の痣が出来ていた。これだけやっておいて、なに言ってるんですか。男は苦笑いを浮かべる。
 わしは衰えた。じいさんは思う。もう昔には戻れないのだ。窓外では、銀杏の葉が散っている。
わしは、若いもんのアバラ一本折れなくなってしまった。
□この佳品は、老武道家の内なる壁を観察した作品です。作者猿渡君は、「2006年、読書と創作の旅」で共に旅した仲間です。学業とは別に地元で空手修行をつづけていると聞きました。読書と創作の旅は、まだつづけているようです。先週、読ませてもらいました。
 文学のすばらしいところは、あらゆる事物、体験や空想などを自分の脳内宇宙で再生し、新しく別な世界を創造できるところです。この作品は、現在の作者の体験から遠い将来、自分が向き合うだろう自身の精神を画いた作品といえます。「弾むように前進する青年」と青年を見つめる老師範。静と動が交互する張りつめた空手道場。躍動感あふれる青年の肢体に、不覚にも老師範は羨望する。老師範は、先日、病院で「軽い認知症」と診断されたのだ。そのことで、初めて体力の衰えと老いる怖さを知る。その証拠に自由組手も余裕がなくなった。だが、弟子の青年には、まだそれがわからない。腹に残る突きの赤あざに感服するばかりだ。
 しかし、老師範は悟る。もはや、自分の体は昔に戻れないのだと。窓外で散る銀杏と老師範の心内の合致。ただ、「アバラ一本折れなくなってしまった」が、オチになっていますが、読者は、自由組手で、必死で応対する様に既に老師範の衰えを充分に理解できると思います。
 ところで、はじめ読んだときに老師範の若さへの羨望と昔の強さへの執着を未熟と思った。が、よく考えてみると、この老師範の心根こそが本来の人間の姿ではないかと思い直した。人間、一気に悟りを得ることはできません。底なし沼にはまっていくようにジタバタしながら歳をとっていくのです。それは、どんなにえらい人でも、修行した人でもかわりがないと思います。その意味で、この作品は、飾らぬ老武道家の心情が映しだされています。
 「花は紅」。老武道家の無念の心情を映した心境小説になっています。現在、過去、未来を問わずこれからも、観察したことをどんどん書いてみてください。
(土壌館・編集室)
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掲示板
課題原稿提出状況(6・11現在)
□ アンケート「私の愛読書」=茂木愛由未、髙橋亨平、疋田祥子、山根裕作、金野幸裕
□ 車中観察(車外も可)=髙橋亨平(1)山根裕作(2)疋田祥子(3)茂木愛由未(1)
□ 一日を記憶する=髙橋亨平(1)、山根裕作(1)疋田祥子(1)茂木愛由未(1)
          金野幸裕(1)
□ 読書感想、社会コラム、他
ドストエフスキー関連
■ドストエーフスキイ全作品を読む会第223回「読書会」
月 日 : 2007年8月11日土曜日 午後2時00分~4時45分
会 場 : 池袋西口・東京芸術劇場小会議室7
報告者 : フリートーク 作品『白痴』第三回目
      二次会は近くの居酒屋。
■ドストエーフスキイの会第180回例会
月 日 : 2007年7月28日土曜日 午後6時00分~9時00分
会 場 : 千駄ヶ谷区民会館 JR原宿
報告者 : コメンティター5名。
題 目 : 『ドストエーフスキイ広場』合評会      関心ある人は下原まで
出版
        D文学研究会刊行
山下聖美著『100年の坊ちゃん』
  夏目漱石『坊ちゃん』100年を記念して
清水 正著『萩原朔太郎とドストエフスキー』
ドストエフスキー文学は20世紀の100年をまたぎ超えて
ゲンダイ文学であり続ける。 
※ 集英社『21世紀ドストエフスキーがやってくる』2500円 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
編集室便り
☆課題原稿、社会評、創作など歓迎します。下記の郵便住所かメール先に送ってください。
「下原ゼミ通信」編集室の住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆本通信はHP「土壌館」に掲載されています。
☆『学生と読む志賀直哉の車内作品』④は、紙面の都合で、
 次号以降の掲載となります。

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