文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.328

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2017年(平成29年)11月27発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.328

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/25 10/2 10/16 10/23 10/30 11/6 11/13 11/20 11/27 12/4 12/11 1/15 1/22 1/29 

テキスト読み(志賀直哉・ドスト他) &熊谷元一研究

 

2017年読書と創作の旅

 

 

熊谷元一最新ニュース  熊谷元一写真保存会第21回総会

 

第21回熊谷元一写真保存会総会が開催された。総会の内容は以下の通り。

 

と き   2017年11月18日(土)午後1時

 

ところ   熊谷元一写真童画館2階ホール

 

議 題

 

1.28年度事業報告

2.28年度会計報告

  1. 会計監査報告

4.29年度事業報告

5.29年度予算

  1. その他 ・・・・・・・ 2018年開催・コンクール予定

 

【熊谷元一賞写真賞コンクール20回記念写真展】

 

□日 時 平成30年5月29日~6月3日

□会 場 JCフォトサロンクラブ25 東京・半蔵門

 

【第21回写真賞コンクールについて】

 

テーマ 「はたらく」  第一回「働く」の初心に帰って

 

締切 2018年9月末日

 

最終審査 2018年10月12日(金)

 

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『一年生』を読む

 

 

岩波写真文庫『一年生』10頁目の写真、さんすうの時間

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【さんすうの時間】

 

上の写真 「五を頭に入れて」

 

被写体は、筆者・下原。いつ撮られたのかは記憶にない。さんすうは苦手な科目だった。未だに苦手としている。

 

下の写真 写っている人は、 左・原利之君 右・佐々木進君、奥・宮沢淑子さん

 

原利之君・・・・・・・・自営、現在、長野県松本で゛内装業。

佐々木進君・・・・・・・現在、長野県阿智村で建築業(大工)として働いている。

宮沢淑子さん・・・・・・東京都内文具会社定年後、現在、都内の郷土料理のお店で働いている。

 

撮影者・熊谷元一の観察(『岩波写真文庫『一年生』から)

 

「ぼつぼつ10以下の計算練習をはじめる。レンゲの花など使って『5+3はいくら』ときくと全部のこともわかるが、5+3=?となるとなかなかのみこめない。そこで『5を頭へ入れて』と頭を左手でたたかせ、右手の指で 5、7、8 とやらせる。

ある時、頭を机の下につっこんでいるこどもがいたのでよく見たら足の指まで使って計算していた。指を使う子は当分つづくがいつしかやめてしまう、筆算ははじめて習うこどもたちに大きな抵抗だ。とんでもない書き方をしたりする。

高い低いはせいくらべなどで覚えさせる。計算練習には 5+3=8 といったカードを作らせて、2人でおぼえっこさせたらよく覚えた。

 

「できた、バンザイ!」

 

左 岡本光代さん・・・・・・長野県阿智村在住、介護施設で働く。

右 安藤健司君・・・・・・・長野県長野市在住、県職員退職後嘱託。

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【出会い】

2014年の春半ばだったか。友人の写真家・石田紘一氏の写真展を銀座でみたあと、四谷のポートレートギャラリーで開催されていた長野県22人写真展を見にいった。熊谷元一の作品も展示されていると聞いたからである。

会場に入って最初に目に入ったのは、下原が数を計算している写真だった。コッペパンの写真を想像していたので、ちょっと驚いたが、主宰者の写真家・清水博純氏と立木寛彦氏は、63年後の本人が突然、現れたのに大いに驚き喜んでくれて、写真を撮ってくれた。

しばらくしてある日、毎日新聞の城島徹という記者から電話があった。城島記者は、元南アフリカの支局長だった人で、帰国後は暫く長野支局にもいて現在は、インターネットニュースや子ども新聞などにもかかわっているとのこと。清水氏とは友人で、会った時、熊谷元一の話から私の話になったとのこと。そんな経緯で毎日小学生新聞に書いていただいた。その後、亡くなられた城島氏の父親はドストエフスキー愛読者とわかり、所蔵されていた貴重なドストエフスキー関連書物を多数、送っていただくことになった。

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文芸研究Ⅱ ドストエフスキーを読む

 

図書新聞 書評欄 2003年11月22日

 

清水正著『志賀直哉とドストエフスキー』書評

 

作品の中にある見えざるもの、書かざるものを照射する。日大芸術学部で文芸批評を講じる著者、清水正氏の評眼は、常にそこにある。氏独自の評論手法、創造・想像批評である。十七歳でドストエフスキー作品に触れて以来、実に三十七年もの間、ドストエフスキー作品と格闘しつづけている著者は、この評論手法で、これまで多くの作品を俎上に載せドストエフスキーとの関連性を追究してきた。宮沢賢治童話からはじまり現代小説、映画、漫画、アニメとその対象作品は幅広い。本書は、その一環ともいえる。

人類の諸問題と格闘するドストエフスキー文学と家庭内の確執に拘泥する志賀文学。その作品世界においてあまりにも次元が違い過ぎる両作家である。この両者をどう論ずるのか。両作家の読者ならずとも大いに関心がもてるところである。

本書は、両作家の比較文学論である。が、読みながら感じるのは、生前「憎しみと軽蔑を感じていた」著者自身の父親に対する愛と三十七年間「どうしても受けつけないものがあった」志賀直哉への素直な思いである。

もう三十余年も前になる。千葉県と茨城県の県境にある我孫子市という町に度々、遊びに行った。その地に新しい団地ができ、入居抽選に当選した友人が一人住まいはじめたからである。都内の陽の差さない六畳一間の安アパートに住んでいたから、新築の団地の3DKは郊外とはいえ羨ましい限りだった。その頃、高度成長真っ盛りの最中で、省線のあちこちで駅前再開発事業が行われていた。途中の隣り町では、何の変哲もない田舎の駅、柏駅が、華やかな都会の街に生まれ変るべき連日連夜、槌音を轟かせていた。電車の車窓に町々の喧騒が映えていた。

しかし、さすがに我孫子まで来ると風景は一転した。成田線沿線の所々に造成地は見え隠れしていたが、点在する雑木林と丘陵や畑から都会から遠く離れた感を受けた。小鳥の声が聞こえていた。見上げた空は高く青かった。小高い丘の上にできた団地からの眺めはすばらしかった。眼下に広がる一面の田、その向こうに横たわる大きな沼。よく河畔を散歩した。春の日、岸辺の背の高いヨシの繁みの中でよしきりが、うるさいほど鳴いていた。が、それもまたいっそうの田舎の静寂となっていた。沼に浮かぶ魚取りの小舟。白サギたちの群れ。沼をとりまくなにもかもが風物詩だった。その後、沼は、日本でもっとも汚染度の高い水質。そんな汚名をきることになってしまった。が、当時は本当にのどかな田園地帯そのものだった。あるとき、れんげ花が咲き乱れる土手道を歩いていて、ふと、一時期この土地に志賀直哉が住んでいたことを思いだした。「菜の花と小娘」「清兵衛と瓢箪」「小僧の神様」など教科書で読んだ作品がなつかしく頭に浮かんだ。同時に、もしかして住んでいた家が残っているかも・・・そんな思いが過った。その後、都市化の波のなかであの田園風景がどんなになったか知らない。が、我孫子は今でも志賀直哉を彷彿させる。

本書の著者清水正氏は、この我孫子に生まれ、我孫子で育った。今も暮らしている。「武者小路實篤邸跡の脇道を小学校時代の昔から通っていた」というから白樺派の作家たちは身近だった。それだけに本書は必然の帰結といえる。

「小説の神様」といわれている志賀直哉は、はたしてドストエフスキーをどこまで読んでいたか。また、その作品は、ドストエフスキーの影響をどれほど強く受けていたか。本書は、この疑問を創造・想像批評によって検証・考察するものである。代表作『暗夜行路』をはじめ『濁った頭』『大津順吉』『或る男、其の姉の死』の四作品をとりあげ、主にドストエフスキー作品『罪と罰』のラスコーリニコフを投影させている。また、白樺派の作家たちの著作

 

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や伝記から志賀直哉のドストエフスキー度を探っている。が、本書は、両作品の共通性を指摘するというより「テキストを一つの統一された画像に構築する」つまり「ドストエフスキー山脈の見える部屋の窓ガラスに志賀直哉の小説をあてて見る」という技巧をとっている。その結果、そこに「思わぬ光景」が映し出されるとしている。それは如何なる文学的、神学的風景なのか。

本書読了後、感じたのは、難解な比較文学論でも意味深な作品論でもなかった。志賀直哉をスライドさせた窓ガラスに映ったもの。そこには、威厳をたたえながらも寂寥感をにじませる「父」の姿であった。かつてバルザックは「ルイ十六世の首を斬ることによって、革命はあらゆる家庭の主人の首を斬ってしまったのだ。今日ではもう家庭は一つとして残っていない」と嘆いた。現代においてすっかり影が薄くなった「父」。著者清水正氏の父親も、まさにそんな人であったようだ。氏は、その「父」像を、志賀文学に見たのかも知れない。志賀文学を至高の芸術と崇めていた小津安二郎の映画に「父」を感じるように。

秋のある午後、駅前の書店の店頭に名もなき父の死を悼んで書いたノンフェクション作家沢木耕太郎の『無名』を見かけた。創造・想像批評の手法において本書は、その書以上に父を物語っている。そんな気がした。「平凡を絵に描いたような父であったが、その平凡の中に埋め込まれた悲しみを思うと胸が詰まる。この著書は父に捧げるものである」静かに語る著者清水氏の言葉が心にしみる。本書は、志賀直哉との和解と同時に著者自身の父親との『和解』の書でもあるのだ。本書によって改めて志賀文学の普遍さ、奥深さを知る。そこにドストエフスキー文学との接点をみた。

 

 

図書新聞 2016年8月

 

芦川進一著『カラマーゾフの兄弟論』書評

 

難解と敬遠されるドストエフスキーだが、世界において日本ほど多くの人に読まれ評され

ている国は、他にない。大学の研究者から市井の読者に至るまで、実に様々な論者が、日々文豪と格闘しその成果を上梓している。本書は、そうした評論群にあって注目の一冊。

著者は、ドストエフスキーに人生を賭し、作品に潜む真理を地道に探求している孤高の研

究者である。既に『夏象冬記』をテキストにした『隕ちた「苦艾」の星』(河合文化教育研所/1997)や『「罪と罰」における復活』(同研究所/2007)等を出版している。いずれも「神と不死」の問題をドストエフスキー文学の本質と捉え、新約聖書を手引書としてテキストの丁寧な読みと想像・創造批評を駆使して挑んでいる。なかでも世界文学最高峰にあると云われる遺作『カラマーゾフの兄弟』には「底知れぬ奥行きと複雑さ」圧倒的な豊かさがあるとして生涯のテーマに掲げ、多方面からの考察を試みている。本書は、その手始めとして満を持しての報告である。

この物語は、文豪の長編小説の中でもとくに複雑な構成を持つ作品である。モスクワから遠く離れた「家畜追込町」と呼ぶ奇怪な名前の町が舞台。夏の終わりの一週間ほどに、この町で起きた衝撃的な出来事が集中的に描かれている。多勢の登場人物だが、中核を成すのは、聖者ゾシマ長老と俗者フョードルの相対する二人の死である。同時にカラマーゾフ家4人の異母兄弟と彼らをめぐる人々の騒動記である。が、「大審問官」や「少年たち」など独立した小話がブラックホールのように織り込まれていて、物語全体を一括りに論じることは、不可能に近い。

この大作に本書は、主人公アリョーシャの元婚約者リーザを切り口として分け行っていく。14歳のいたいけな少女は、なぜ自らの指をつぶしたのか。磔にされた4歳の男児の前でパ

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イナップルの砂糖漬けを食べたいと思う心とは。リーザが体現する矛盾と分裂。それは、現代を生きる私たちの日常でもある。テレビ画面に映る難民、テロ、虐待、etc。人間世界は終わることのない悲劇と不条理で満ちている。

本書は、ドストエフスキーがテーマとする「神と不死」の問題を徹底的に考察し「人間がこの世界に生まれ直面させられる根本的な問題とその真実」をコンパクトにまとめて照射している。特筆すべきは、作品に書かざる時間「モスクワの黄金時代」にも目を向けられていることである。アリョーシャはじめイワンやリーザたち若き日の生活と交流をよみがえらせている。

また、「親切な人たち」を忘れたスメルジャコフとアリョーシャの関係にも触れている。

調和ある世界を願うゾシマ長老の祈り「幸せのためにこそ人間は創られている」「神の命令(遺訓)としての幸福」。だがいつの時代も「地球は、地殻から中心まで、人間の涙でびしょ濡れになっている」幼子の涙は乾く間も無い。こんな現実に「俺は、神の世界は認めない!」イワンの悲痛な叫びがこだましている。

合わせて著者の誠実な思いも伝わってくる。「ドストエフスキイと出会えたことに、私はいくら感謝しても感謝し切れない」その言葉が胸にしみる。そして、本書のなかでしばしば口にされる「俺もお前と同じロシアの小僧っ子だ」の呼びかけ。この言葉にこそ真の意味が込められている。そのように思うところである。

著者は、ドストエフスキー研究の傍ら予備校講師として勤務している。自身が認識し体験したドストエフスキーを自分1人のものとはせず「予備校生徒諸君に受験勉強以外にも広く人生と世界とを考える機会を与えようと」教えている。「俺もお前たちと同じ日本の小僧っ子だ」と呼びかけている。その思いは、受験という一つの目標にだけ向かっている彼らに伝わっただろうか。巷にあって突然見ず知らずの若者からの「ドストエフスキーと聞くと芦川先生を思い出します」そんな声に感動する。

本論で繰り返し考察される「神と不死」の問題。そこに見えてくるのは人間が持つ「罪と悪と嘘」へのアリョーシャの「根気強く冷静な愛」である。イワンの懐疑はじめスメルジャコフの罪、ドミートリイの「絶望の深淵」、リーザの嵐、この砕かれし魂に対するアリョーシャの「実行的な愛」の実践。「肯定と否定」矛盾と分裂さえも「冷静な認識のリアリズム」で抱擁する強く勇敢な愛、活ける神としての君臨感である。

このアリョーシャ像から思い出すのは、著者が『夏象冬記』論で述懐していた体験談である。子どもの頃、ブカブカな長靴をはいた乞食をからかった。が、反対に乞食から教わったことは「〈人を馬鹿にする〉ということの恥ずかしさ」だった。そこに著者のドストエフスキーへの原点をみた。アリョーシャにつづく「万人万物一切への愛」を思った。

聖書を知らずしての本書の旅、もしかしたら見当違いの迷路の中にいるのかも知れない。そんな懐疑と不安がよぎる。だが、それもまたドストエフスキーを読むものの宿命である。

 

本書内容

  1. ドは難解
  2. 日本人はよく読む
  3. 沢山の評論がある。
  4. その中で注目の一冊
  5. 著者は長年の孤高の研究者
  6. ドが研究される分け
  7. 人間とは何かが書かれてある。
  8. アインシュタイン博士もガウスよりと
  9. 人間の謎についてドは17歳のとき宣言
  10. 多くの作品を残した。
  11. 謎は解けたのか。多くの研究者が挑んでいる。

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  1. 著者も人生を賭して挑んでいる。さきに『罪と罰』を出した。
  2. が、著者のカラマーゾフによせる想いは絶対だ。生涯のテーマとした。
  3. ロシアの小憎っ子が辿った道を明らかにしょうとする。
  4. 切り口をリーザにする。聖書を手引きに
  5. 人間は幸福になる。調和であ
  6. しかし人間は矛盾する。
  7. アリョーシャの心が人類を救う。
  8. アリョーシャの心とは何か。
  9. 福沢諭吉と母親の関係
  10. 自分の体験、長く
  11. スメルジャコフの罪「親切な人たち」への愛の欠落。
  12. 本書は啓蒙の書
  13. 塾において啓蒙、
  14. 弟子たち

 

ゼミⅡの記録

 

□9月25日(月)テキストサローヤン「空中ブランコに乗った大胆な青年」ゼミ合宿の話

□10月2日(月)テキスト志賀直哉『灰色の月』通夜の為、早引き。

□10月16日(月)テキスト『やまびこ学校』、『作家の日記』「継子殺人未遂」裁判の行方

□10月23日(月)台風20号直撃予報で休講。12月18日補修

□10月30日(月)印刷会社「緑陽社」見積もり提出。芸祭で早引き。

□11月6日(月)休講 芸祭片づけ。

□11月13日(月)『氾の犯罪』「奇術師美人妻殺害事件裁判」

□11月20日(月)「透明な存在の正体」、依存について

□11月27日

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・掲示板・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」開催のお知らせ

 

□月 日 2017年12月9日 土曜日

 

□会 場 池袋・東京芸術劇場第5小会議室

 

□時 間 1時半開場 2時開始 ~ 4時45分

 

□作 品 『悪霊』5回目最終回

 

□報告者 フリートーク

 

 

 

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