下原ゼミ通信 号外

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2007年(平成19年)8月 4日発行
号外!文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
 
軽井沢、ゼミ合宿(マラソン読書)
8月4日の軽井沢でのゼミ合宿における下原ゼミ課外授業は、下記の要領で行います。

 1. はじめに・・・・・読書は格闘技、準備体操が必要です。(自彊術&気功)
2. テキスト・・・・・ドストエフスキー『貧しき人々』江川卓訳
 
暑中お見舞い申し上げます!
前期を終えて
 今年の前期は、はしか騒動もあり、なんとなく慌しく過ぎてしまったような気がします。そんなわけで最終授業では、ゼミ反省もできませんでした。が、ゼミ全体感想は、登録者が一人も欠けることなく、協力し合って楽しく仲良くできたことをうれしく思います。
 下原ゼミの目標は、読むことと書くことの習慣化により観察力と表現力を身につけることでした。テキスト読みと観察発表において、その目標に近づくことができたでしょうか。
 読書については、テキスト4作、名作5作(詩篇も)、書くことについては、18本の発表作品がありました。数のうえからですが、ほぼ計画通りに進んだかと思われます。継続は力なり。後期も、ひきつづき読むことと書くことの習慣化を目指します。
 
7月の不祥事ニュースに想う
 7月は、不祥事が目立った。閣僚たちの相次ぐ失言があった。大きな不祥事は、やはり赤城農林水産大臣の事務所費問題や絆創膏の謎騒動だろう。結局、このことが原因で7月29日の参議院選挙は、自民党の歴史的大敗に終わった。この赤城氏については、8月1日、真相は不明ながらついに「更迭?」になった。政治家の不祥事は、いつの世も尽きることがない。これに並ぶ大不祥事として大相撲の横綱朝青龍(26)の仮病疑惑があった。先の名古屋場所で優勝した朝青龍だが、ケガを理由に夏巡業を休むことになった。治療に専念していると思いや、帰国して、モンゴルで、子供たちとサッカーを楽しんでいた。軽快にボールを追う姿が放映された。怒った日本相撲協会は、2場所出場停止と4ヶ月30㌫の減給という厳しい処分を決めた。この騒動の最中、アイススケートで人気の織田選手(20)が、ゼミ打ち上げの宴席でビールを飲み、ミニバイクに乗り、道路交通法違反容疑で交通切符を交付された。一緒に飲んだ教授たちは、バイクで来たことを知らなかったという。こちらも12月までの出場停止処分が出された。むろんこれらの不祥事は、悪いことことだが、ニュースを聞いていて釈然としないものを感じる。それは何故か。29日参院選挙、混戦の東京で新人の女子アナが当選したことにある。この人は何と、自分に選挙権がないことも知らず、春の都知事選はおろかあの日本中が大騒ぎした郵政選挙にも行かなかったという。これこそ大不祥事である。が、メディアも政治家も不問に伏せた。これ以上の不祥事はない。
ゼミ合宿のテキストについて
なぜ、この作家の、この作品か。
なぜドストエフスキーか
 「2007年、読書と創作の旅」では、旅の最終目標の一つに観察力をあげています。テキストに小説の神様・志賀直哉の車中作品をとりあげ、作品読みと自分たちの車内観察作品発表を行ってきました。が、観察力がとくに優れている作家といえばドストエフスキーです。「人間は、謎です。謎は解かなければなりません」18歳のときに手紙に書いている。この作家の言葉は、あまりにも有名です。それ故、これまで世界の賢人たちは、なにかにつけてドストエフスキーを読むことをすすめてきた。日芸の清水正教授も、先般出版した『ウラ読みドストエフスキー』の冒頭に「ドストエフスキーを読まずして人類の運命を語ることなかれ」と記している。ならば、是が非でも挑戦してみなくてはならないだろう。だがしかし、ドストエフスキーの作品は、安易に登れる山ではない。清水教授は、それについてこのように解説している。
 
 ドストエフスキーの文学はやたらに長い、やたらに暗いという先入観にとらわれて、今まで一度も彼の作品を読んだことのない人も多いと思う。しかし、今やそんなことを呑気に言っている場合ではない。ドストエフスキーはノストラダムスと並ぶ、否、それ以上の大予言者である。嘘だと思ったら、さっそく彼の作品を読んでみたらいい。ソヴェト崩壊などは、すでに百年以上も前に書いた『悪霊』という小説の中で、ものの見事にと言おうか、的確にその行く末が見抜かれていたのである。(『ウラ読みドストエフスキー』)
ここでは、社会体制やイデオロギーに対する予言の書として『悪霊』が紹介されている。が、ドストエフスキーの作品は、パソコンやケイタイ時代さえ予言していた。
時代を先取りしたケイタイ・メール小説
 合宿ゼミで挑戦する『貧しき人々』は、現在ならメール交換。ケイタイ小説である。100年以上も前にドストエフスキーは、すでに書いていたわけである。(1845年)
 この作品は、当時のロシア文壇関係者に大きな衝撃を与えた。このことは、「ゼミ通信」に再三、掲載したが、今一度、当時の大批評家ベリンスキーの評価を紹介しよう。
 「急いで来たまえ、ニュースがあるんだよ」と大きな声で言った。・・・・「これで二日間、この原稿から離れられないってわけさ。これは、新人の小説なんだがね。その男がどんな見てくれをしているのやら、どの程度のことを考えているのやら、まだ知らないんだけれど、小説は、この男以前には誰一人思いも及ばなかったような、ロシアの生活とさまざまな人間の性格の秘密をあばいたものだ。これはわが国で初めての社会的小説の試みだ。そしてその試みを実行する者自身は、自分のやっていることがどういうことなのか気づいてもいない。この試みは、そういう、芸術家がいつもやるやり方でなされたのだよ。
P・V・アンネンコフ『文学的回想』
現在では、メールや、ケイタイ小説を見ても驚きはしないが、当時の人間にとっては、驚愕すべきことだったのだ。その様子が、よく現れている。
アンネンコフ(1813-1887)ロシアの批評家。西欧派の一人。フランス空想的社会主義をロシアに紹介した。ゴーゴリ、ベリンスキー、ゲルッイン等と親交があり、K・マルクスとも文通した。

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