文芸研究Ⅱ下原ゼミ No.86

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2007年(平成19年)10月 1日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.86
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2007後期10/1 10/15 10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3 12/10  1/21 1/28 
  
2007年、読書と創作の旅
10・1下原ゼミ
10月 1日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室3
 1.「2007年、読書と創作の旅」)
   ・後期の旅ついて (名作)見どころなど
   ・ゼミ誌編集について 編集委員からの確認
   ・ゼミ合宿「時空体験ツアー」感想補足
   
 2.「家庭観察」(最近の家庭内事件記事を読んで「自分の見方」)
 3.名作紹介・観察作品
 4.紙芝居稽古
  
 
最近のニュース
 とにかく今年の夏は、暑かった。更新に次ぐ更新の記録的猛暑。強力台風。この自然界の猛攻に加え、世相は連日、朝青龍の横綱品格問題と混迷政治の話題。とにかくうんざりする出来事ばかりの2007年の夏だった。そんななかで背筋が寒くなるのは、相次ぐ父親を狙った子どもの殺人・殺人未遂である。やっと涼しくなったとほっとしていた矢先の9月18日未明、その事件は起きた。京都府にある消防署に通報があった。「主人が(自分)で首を切った」すぐ来て欲しい。が、主人は既に死んでいた。首右側の付け根部分を数回切られ、最も大きな傷は24㌢、深さは首の骨の中央まで達していた。死因は出血死、死亡推定時刻は同日午前4時頃。他殺である。通報したのは、その家の主婦(41)、殺されたのは、その家の主人で警察官(45)。その家は、他に短大生の長女(19)、専門学校生の二女(16)の4人家族。まもなく、二女の犯行と分かった。凶器の斧は、5日前、近くのホームセンターで買ったもの。計画的な殺人である。なぜ少女は、父親を殺したのか。この謎が解けぬうち9月24日未明、またしても同様の事件が起きた。長野県の岡谷署に110番通報が入った。「子どもが夫を傷つけた」。署員が駆けつけると、その家の主人が頭から血を流して倒れていた。傷は最長で二十数㌢、深さは骨に達する傷数ヶ所。が、命に別条はない。知らせたのは母親、重傷を負ったのは父親(44)。その家は、長女、長男、二男、三男の6人家族。犯人は中学3年生の次男(15)だった。凶器は、京都の専門学校生と同じ斧。9月26日現在までだが、動機は「父親の女性関係が許せない」。一見、普通に、幸福そうに見える家族。だが、その内には様々な問題がある。志賀直哉の作品には家庭の問題を扱った作品が多い。が、後期ゼミでは、同じく家族問題を描いた『にんじん』をとりあげる。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.86 ―――――――― 2 ――――――――――――――
 車窓雑記
「柔道とは何か」に思う
 先日、リオデジャネイロで行われた国際柔道連盟(IJF)の教育コーチング理事選挙で、山下泰裕氏が落選した。翌日の夕刊各紙(9/11)は、このニュースを大きく報じた。「山下氏、理事落選」(朝日)、「山下理事再選ならず」(読売)この大見出しに加え、副題では「加盟後初の日本人不在」「日本、執行部外れる」「欧州に主導権」などと危機感を煽っていた。(後日、議決権のない新設理事枠に上村氏が要請されたが、日本側のショックは計り知れないようだ)なぜ、理事の落選がこれほどまでに大きな話題となるのか。一般の人にはよくわからないところもある。新聞によると理事の中に日本人がいなくなると、競技のルール改正などで日本選手にとって、かなり不利になるという。(今回の世界選手権結果もその現れか)。また、ビゼール新会長が会見で「柔道はモダンにならないといけない。」と述べたように、いっそうのスポーツ化がすすみ武道の本質がゆがめられることにもあるようだ。
 が、こうした専門的事情はさておき、柔道の母国を誇りとする日本人にとって、「本家」低落ともいえる今回の落選は、やはり寂しいものがある。なぜ、国際的にも知名度抜群の山下氏は、再選されなかったのか。それも、大差で敗れたのか。
 これについて山下氏本人は、05年の会長選挙で欧州連盟の対立候補を支持してしまったことを大きな理由としてあげている。政界に限らずどこの世界でも、権力闘争は、あるようだ。他に、「外交下手」をあげる評者や「スポーツしか知らないスポ馬鹿は通用しなくなった」と辛らつなコメンティターもいた。いずれも頷けなくはない見方である。
 だがしかし、「柔道とは何か」を改めて考えたとき、理事落選の真の原因は、もっと別なところにある。そんな気がしてならない。そして、そのことに気づかない限り日本柔道は、世界の中でますます孤立化して行くのではないか。そのように危惧するわけである。
 明治十五年に嘉納治五郎によって創始された柔道は、今日まで一二五年の間に、すばらしい発展を遂げてきた。「体育の方法として」、「防衛制御の術として」、「精神修養の手段として」、深く日本人に浸透し、世界へひろがった。しかし、その考え方は、世界と日本では、大いに異なってしまった。世界においての柔道は、常に進化・発展する国際競技であるのに対し、日本は、一貫して伝統の域をでることがなった。柔道以前の武士道精神に戻った感さえある。こうした実情から「本家」「お家芸」「本当の武道」といった言葉がよく聞かれる。このことは実力も拮抗し、柔道人口も日本より多い世界柔道にとって大きなジレンマとなった。たしか十三年前、カラー柔道着をめぐって欧州柔道連盟と全日本柔道連盟が対立していた。そのとき、カラー柔道着の発案者で東京五輪無差別の金メダリストのヘーシンク氏は「伝統に固執してばかりいては、国際社会では通用しない(1994・5・11朝日)」と苦言を呈した。その後、カラー化は導入されたが、この対立は、融和されず、平行線を辿っている。
 伝統と改革は、いつの世でも相容れないものである。が、柔道こそ、その相反するものを融和協調させ、全世界の人々誰もができる武術として創意工夫された競技ではなかったか。日本は世界と対峙するのではなく、今一度「柔道とは何か」の道をについて考えて欲しい。
 偉大な国際人であり、教育者であった創始者嘉納治五郎が柔道に託したものは、「精力善用・自他共栄」の理念である。即ち全人類の幸福と平和を目指す手段としての競技である。戦前、嘉納は、戦争へ、ヒロシマ、ナガサキへとひた走る軍国日本を止めようと世界を奔走した。しかし軍部は、その理念を排除し伝統のみを国民に押し付けた。戦後六十年、その意識はいまだ消えることはない。選手にとっても、柔道が、旧態依然として狭い日本の武道にのみ留まっているのは不幸なことである。柔道には、守るべき伝統より、人類の向上のためさらなる成長と発展を目指すべき指名がある。何年か前、訪日したロシアのプーチン大統領は、子供たちと柔道を楽しんだ。そのニュース映像に創始者が説く柔道理念の実現をみた。世界の誰もが、人種も身分も年齢も越えて柔道を楽しむ光景。そこに「柔道とは何か」の答えをみるような気がした。
 (土壌館・編集室)
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2007年、読書と創作の旅
10・1ゼミ
1.「2007年、読書と創作の旅」
・後期のゼミ予定について 車中観察 → テキスト『灰色の月』 家庭観察→『にんじん』
・ゼミ雑誌作成確認 ゼミ誌編集委員から → 締切日など(10月15日)
・ゼミ合宿について → 「時空体験ツアーin軽井沢」感想補足
時空体験ツアーin軽井沢
 8月4日~5日のゼミ合宿ご苦労さまでした。まだ交通費の請求書類を出していない人は、金融機関名に捺印した書類を事務の方に提出してください。
 さて、先の8月4日は、126年前のロシアの首都ペテルブルグに時空体験ツアーしました。長い旅でしたが無事に全員帰還できたことを喜んでいます。
 ところで、あの時空探検の旅、マラソン朗読会ですが、あのときの様子・感想など、思い出せることがありましたら、思いだしてください。ドキュメント風に時間を区切って書き出してあります。なお、時空体験ツアーの隊員は、都合で以下の呼び名にしてあります。
 道産子ボヘミアン金野  クマグス髙橋  ハムラプトラ疋田  バリトンバス山根
 レイアヒメアユミ
午後三時三十分 「では、はじめます!」司会のボヘミアン金野は、テノール声を張り上げて宣言。トップバッターにDJことクマグス髙橋を指名した。
「おう、そうきたか」
髙橋は、臆することなくいきなり大きな声で、イントネーションをつけながらV・F・オドエフスキー公爵の序文から朗読をはじめた。
 おお、なんたる物語作者たちだ!なにか有益な、愉快な、心楽しませる話でも書くことか、こともあろうにこの世のいっさいの秘密をほじくり出すなんて…
 会議室は、一八四五年のロシアを目指して異次元に突入した。
 四月八日 だいじなだいじな私のワルワーラ・アレクセーヴナさま!きのう私は幸福でした!ただもう幸福でした。どうしょうもなく幸福でした!…
 クマグス髙橋を一番手にしたことが功を奏した。演技性のある読みが、一気に全員を時空に引き込んだようだ。つづいてのレイアヒメ茂木は、棒読みながら既に三次元世界から離陸していた。三番手のポーカーフェイス山根は、バリトンから低音で、時空の暗黒空間をイメージさせた。冒険娘疋田のハスキー声はハムラプトラの神秘性を醸し出した。
あなたのもっとも卑しい僕にして もっとも忠実な友 マカール・ジェーヴシキン
…それからお願いですから私のことを心配したり、苦情を言ったりしないように。では、さようなら、いとしい人。
 一巡目のトリとなった道産子ボヘミアン金野は、起立して最初の長い長いジェーヴシキンの手紙を高低をつけたテノールと体を揺らした得意の即興演技で締めくくった。
 すべりだしは上々、満点の旅立ちといえた。が、箱根駅伝を思わせる過酷なレースでもある。それを思うと、最初の飛ばしすぎが、少々心配になった。ペース配分が必要だ。が、五人衆は、快調にタスキをわたし読み進めていった。ボヘミアン金野の司会進行の割り振りも区切りがよくなった。
コメント:
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.86 ―――――――― 4 ――――――――――――――――
午後四時三十分 読み始めて一時間が経過した。「これって何なんだ?!」だれかのつぶやきに、同調のため息。ワルワーラとジェーヴシキンとの手紙の内容が、まだ把握しきれていないようだ。勇んで飛び出した時空だが、光はまだ見えない。時空探検隊は、真っ暗な闇の中を依然、手探り状態で進んでいた。ついに冒険娘の疋田が「アンナ・フョーロヴ※※。わーロシア人の名前っていいにくい」と、悲鳴をあげた。登場人物の名前が障害物となっている。誰もがまだ、物語の流れに入っていない。「いったい、どうしろというのだ」いまいましそうな舌打ちも聞こえる。手紙は、中年の男ジェーヴシキンのアパートの間取りや下宿人たちの、ねちねちした説明が終わると、今度はひたすら贈り物攻勢がつづく。
愛するワーレンカ!葡萄をすこしばかり送ります。…
「なんだ、このおじさん、手紙魔かよ。プレゼントのストーカー」あきれ声がこぼれた。たいていの読者は、このあたりで見切りをつけてしまうかも。だが、時空体験ツアーは進むしかない。挑戦が目的の旅である。いまだ暗中模索だが、皆、確実に一歩一歩、歩を進めていた。バリトンバス山根は、ポーカーフェイスながら声優っぽい演技読みをみせ健闘。
午後五時00分 開始から一時間半。朗読する声が、なんとなく平板になった。ボヘミアン金野もクマグス髙橋も相変わらず声は大きい。が、思い出したようにイントネーションをつけるだけとなった。早くも疲れてきたのか。飛ばしすぎか。はじめそう思って不安になった。が、観察すると、そうではないようだ。リレー朗読ながら、読み方が底なし沼にはまっていくように、少しずつ物語の中に入っている。一八四五年の世界に到達したのかも。そんな雰囲気を感じた。五人衆の表情が、なんとなく真剣になっている。ため息も聞こえてこない。全員が物語に興味を持ち始めたようだ。
 父が亡くなったとき、私はやっとまだ十四歳だった。私の生涯でいちばんしあわせだった幼年時代、――
ワルワーラのノートに書かれた「私の人生の出来事」に入ると、その現象は、いっそう如実になった。濃い霧で閉ざされていた時空への道が、すこしずつ見え始めた。そんな感があった。次の道標を求めて足が速くなるように、朗読速度が幾分、速くなった。
 私たちの家に時折り一人の老人が姿を見せた。薄汚くて、みすぼらしい身なりをして、ちんちくりんで、胡麻塩頭で、もっそりして、ぎくしゃくして、要するに、なんとも妙ちきりんな老人だった。・・・
 物語は、最初のクライマックスに入りかけた場面。貧乏大学生の父親が登場したところだった。皆の意識は、あきらかに退屈さを通り越していた。一六二年前の、白夜の二人のように時空体験を感じ取りはじめているように思えた。よい兆候を感じた。
老人にはずいぶん長いこと私の言うことが呑み込めなかった。
突然、チャイムが鳴った。前半、二時間半の走りが終わった。全員からフーと大きなため息。が、でた。忍耐より、充実感あふれるため息だった。
「おじいさん死んじゃうのかなあ・・・」ボヘミアン金野が、つぶやいた。
 が、皆は無言で立ち上がって部屋をでた。物語のことか夕食のことで頭がいっぱいのようだ。この後、どうするのか。このままやめてしまうのか。それとも明日、午前中にするのか。すべては、彼らに任せることにした。
コメント:
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午後六時00分 食堂は、どこにこんなにいたのかと思うほど大勢の学生や大学関係者で賑わっていた。料理はバイキング。美味しかったせいか、朗読の話は一切でず、皆、食べるのに夢中だった。夕食の後、風呂。なぜか空いていた。
午後八時00分 食堂に集合。懇親会を開く。コンビニで買った二袋の菓子を肴に歓談。
クマグス髙橋のボサボサ頭に蝿が一匹、たかって離れないのに、レイアヒメと冒険娘は笑い転げる。二時間、和気藹々。が、ここでも『貧しき人々』の話はでず。
 しかし、早く読みたい。そんな空気が察せられた。他のテーブルは、人数の三倍ほどの缶ビールが並べられていた。今日の日程は、完了、後は飲んで寝るだけといった気楽な様子だった。が、皆の心は会議室にあるようにみえた。記念撮影を隣席の人に頼んだ。そのあと
「さあ、やるか」誰かの張り切り声で、散会した。楽しい夕べだった。
 時空体験ツアーは、つづけるつもりだ。わかってはいたが、ほっとした。零時までやって、もし疲れたら残りは明日、午前中やってもいいか。添乗員としては、そんな気持だった。
午後十時00分 会議室にふたたび集合。早く来た順に座ったので、前半と席の位置が違った。奥に前橋のあんみつ姫、向かい合ってハムラプトラ疋田、DJことクマグス髙橋、そしてバリトン山根から道産子ボヘミアン金野の順に着席した。皆の表情は、明るく覇気があった。何かが吹っ切れた感じ。一八四五年に、着いている様子。司会進行は、長時間と思ったが、流れに慣れた船頭に、というわけで引き続き道産子ボヘミアンに任せた。
「アアーあの、おじいさん、どうなってしまうのか」金野、浪曲調に一声あげて、レイア姫を指名した。
 私は老人がすっかり気の毒になった。そしてもう迷うこともなかった。・・・
 かくて時空体験ツアーの挑戦がはじまった。まだ、三分の一も走り抜けていない。コピー枚数はまだ五十枚はある。しかし、全員とも一八四五年五月六日のネクラーソフとグリゴローヴィチの感動を少しずつ感じはじめているようだ。
コメント
午後十時十分 最初の衝撃はすぐやってきた。
 私の不幸は、ボクロフスキーの病と死からはじまったのだ。・・・
「えっ!死んでしまうのですか?!」ボヘミアン金野、絶句する。
 このあたりから、朗読は、鈍行から準急、急行、特急へと、一気に加速度をつけていった。完全に最初の狭き門を潜り抜けた感あり。が、衝撃はつづく。子供を亡くした家族の話。小さな棺を前にした母親、姉妹、父親の様子が丁寧に書かれている。貧乏のどん底にある家族にふりかかる不幸。トルストイの『アンナ・カレーニナ』の冒頭に「幸福な家族はみな一様に似通っているが、不幸な家庭はいずれもとりどりに不幸である。(原久一郎訳)とあるが、あまりの不幸は、ここでは
ただ見ているしかなかった・・・
とした、だけだった。「可哀そう・・・」のつぶやき。作者の観察眼は、確実に読者の心をつかみつつあった。
 しかし、つづく書簡は、イワン雷帝時代のコサックの小説の話。少々長い説明がつづくので、気持が離れてしまうのでは、と懸念した。が、あとで聞いたところによると、自分の手紙の書き方に思いを重ねていた人もいた。
「ガンダムについて、ぼくも、こんなふうに友達に説明して書いていたときもあった」DJ髙橋は、後でなつかしそうに述懐していた。
コメント
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.86―――――――― 6 ――――――――――――――――
午後十一時三十分 朗読総時間は、はじめてから四時間になる。コピーの原稿は三十枚を過ぎた。物語は中盤にさしかかっている。どの辺りで、打ち切ろうか。零時過ぎまで読むだろうか。そんな心配をしていると、ボヘミアン金野も、気になったようだ。残りの枚数を数え始めた。それを見て冒険娘のハムラプトラ疋田も、数えはじめた。他の皆も、厚さを確かめている。が、皆、物語の展開を知りたいようだ。
「どうなるのだろうか」そんなつぶやきがした。
 四時間半で約半分だが、スピードはアップしている。いけるところまで行ってみよう。そう思った。
「このぶんなら、今晩中に読みきれますよ」
「そうしましょう」
「読んでしまいましょう」皆、口々に言った。
「じゃあ、そうしましょう。行けるところまで」私は、大きく頷いた。
 実を言うと、私も、先が知りたくなっていた。既に何度か読んでいるが、はじめて知るようなところや、新しいことが想起されるのだ。
あなたが私のためにお金に困っていらっしゃるのに、最後の一カペイカまで投げ出して、私のために使っていらっしゃるのが、私にわからないとでもお思いですか?
このくだりで、私の頭を過ぎったのは、マリーネ・ディートリッヒの『嘆きの天使』(1930 ジョセフ・スタンバーグ監督)だった。安キャバレーのダンサーに貢いで破滅していく教授。もしかして、この作品のジェーヴシキンが映画のモデルでは。そんなふうに思えた。
コメント
軽井沢の夜は更けて 八月四日から五日に
 手紙の内容は、マカール・ジェーヴシキンの生活は下り坂を転げるように破綻にと向かっていた。読み手は、朗読を聞きながら、先に目を走らせている。
零時00分 「ただいま零時です」いきなり金野は、言った。「トイレ休憩にしましょう」
 廊下にでると研修所内は、長いすで缶ビールを飲み合っているグループが二組いたが、あとは寝静まっていた。トイレから戻った皆は、黒板にワルワーラやジェーヴシキンの漫画を描きだした。作品世界にすっかり入っているようだった。
8月5日零時05分 全員そろうと再び着席。一六二年前の感動は、いざ知らず皆、完全に物語の濁流にあった。
 なにしろ借金ができないとたいへんなのです!主婦は追いたてをくわさんばかりで、食事も出そうとしません。・・・
手紙の内容は、若い女の子に貢ぎすぎて生活がたちゆかなくなった中年男の愚痴がつづく。
「ああ、いわんこっちゃないよ。このおっさん」同情の声がちらほら。
午前二時00分 朗読開始から六時間半が経過。全体的に疲れてきた印象。司会進行の重責を感じてか、道産子ボヘミアン金野は、スタート時とまったく変わらない。クマグスも体力を発揮して、まだ演技する余裕をみせる。
「どうなるんだろう、この話は・・・」皆のあいだからこんなつぶやきがきかれた。この呟きは何を意味するのか。もう、早く終わりにしたいという思いか。それとも、詩人ネクラーソフたちの心を貫いた感動が、ジワリ押し寄せているのか。
 前橋のあんみつ姫、コピー原稿に顔を伏せるようになった。眠ってしまったのか、と思ったが、順番がくると、行を間違えることなくバトンタッチする。
午前二時三十分 バリトン山根が急速に精彩をなくした。あれほどに声に演技をつけていたのが、いつのまにか、バトンを受け取っても、棒読みをするようになった。あとで聞いたところによると、彼は、ここ二日ばかり、あまり眠っていなかったとのこと。これまではポーカーフェイスでもってきたがさすがに体力の限界が近づいたようだ。しかし、辛さを押さ
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えて必死でバトンを繋いでいる。そして、朗読開始から七時間。ついに最後の書簡になった。
「なんだよ、なんだ。こんな結末かよ」
九月三十日 かけがいのない私の友・・・何もかも終わりました!わたしの運命は定まったのです。・・・私の胸はいま涙でいっぱいです、涙で・・・
「可哀そうだな、このおじさん」金野はつぶやいて起立すると大声で言った。「さあ最後、残りは、ぼくが全部いきます」
・・・ああ、なつかしいあなた、文章なんて問題じゃない!現にいまだって、私は何を書いているのかわからないんですから、何ひとつ、どうしたってわからないんです、読み返しもしません、文章も直しません、ただ書くためだけに、あなたにすこしでも多く書きたいためだけに書いているんです・・・私の小鳩さん、なつかしい、いとしいあなた!
午前三時00分 読了した。一瞬の沈黙のあと、時計を見る。ちょうど三時だった。テーブル上には疲労感がただよっていたが、それを上回る満足感が溢れていた。総時間七時間半。まさにマラソン読書であった。壮絶な時空体験ツアーであった。はたして一六二年前、詩人ネクラーソフと作家グリゴローヴィチが体験した熱い感動。あの感動を得ただろうか。奇しくも、体験ツアーが終了した時刻は、ペテルブルグの二人が白夜の街に飛び出していった時刻である。偶然かもしれないが不思議な因縁である。
コメント
 
8月5日午前十時三十分 バリトンバス山根、睡眠不足からくる体調不良の回復を待って、全員で研修施設を後にする。炎天下の道を駅に向かう。軽井沢駅北口付近で珈琲店を探す。瀟洒な店、見つかる。客も少なく落ち着いた雰囲気。テラスのテーブルで無事の帰還を祝って休憩。時空体験ツアーをふりかえる。
「一人では無理、みんなとだから読むことができた」
「貧しい人は、貧しさから抜け出ることができない。アフリカ諸国のことを思いだした」
「新しい、今でも通じる物語。ワルワーラという女性がいまひとつわからない」
「自己正当化、世界から同情を得る」
「臨場感ある物語だった」
などなど、の感想。
コメント
この体験で、ドストエフスキーを読みたくなったか?!
1.読みたくなった。
2.そのうち読んでみようぐらいの気持になった。
3.まったく興味がわかない物語だった。
4.これから先、読むことはないと思う。
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2007年、読書と創作の旅・後期
2.家庭観察 
 最近の家庭の事件記事を読む。「最近のニュース」でも書きましたが、9月18日と24日未明に起きた事件は家族の闇の深さを考えさせられます。どちらも、他者からは普通の家族、普通の子供に見えたそうです。
 事件の報道は次の通り。(読売新聞から)
警官の父(45)殺害
直前 黒服に着替え 二女供述 執拗に首切りつける
二女(16)犯行動機
「お父さんの女性関係のことで、許せないことがあった」(新聞)
父親(44)殺人未遂
中三、オノで父襲う
中三次男(15)殺人未遂容疑で逮捕
以前は、長男による父親殺しが続発しました。こんどは、次男次女でした。
彼、彼女は、なぜ殺人、殺人未遂にまで到ったのでしょう。
ちなみにテキストにする『にんじん』は次男です。
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4.名作読み
 
5.「少年王者」紙芝居稽古
 
2007年、読書と創作の旅・旅記録
7・23ゼミ報告
 7月23日(月)、は全員の出席でした。(敬称略・順不同)
参加者 : 疋田祥子 髙橋享平 茂木愛由未 金野幸裕 山根幸裕
司 会 : 茂木愛由未
1.ゼミ合宿について → 担当者、疋田祥子から
2.提出原稿の発表  → 金野幸裕「終電車内の誘惑」、
            髙橋享平「男はつらいよ」
3.人生相談     → 息子が「大学辞め料理人に」
4.紙芝居稽古    → 「少年王者」茂木さんでチャイム
 
復刻版
岩波書店は、この9月27日、1955年に刊行した写真集を復刊しました。
1953年、長野県下伊那郡会地村小学校の1年生を一年間撮り続けた写真集です。
岩波写真文庫 定価700+税
『一年生』-ある小学教師の記録ー
戦後が始まった時代の空気  赤瀬川原平(作家・美術家)
熊谷元一と教え子たちの物語 白山真理(写真師史研究)
教育国として知られる信州。一年生になった子供たちはやさしい先生に迎えられ、次第に学校に、社会生活になれてゆく。その先生は子供たちを丹念にカメラに収めていた。子供たちは少しもカメラにこだわっていない。先生は自然の姿を見事にとらえたのだ。これは世界にも類例のない美しい材料を、愛情と記述で生かした記録である。
(「図書」1955年3月号より)
※ ちなみに、被写体の一年生は私のクラスでした。
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2007年、読書と創作の旅
ゼミ雑誌について
 ゼミ授業の実質的成果は、ゼミ雑誌発行にあります。が、毎年、刊行日の遅れが指摘されています。また、編集段階でいろいろな問題が生じることもあります。1年間の大切な授業成果なので、しっかり守って、よい雑誌を作りましょう。
 刊行までの要領は、下記の通りです。厳守しましょう。
1. ゼミ雑誌編集委員は、
  高橋享平君、山根裕作君です。が、全員一丸となって当たりましょう。
2. 7月23日(月)までの現段階は 
  済み【①ゼミ誌発行申請書】を提出した。提出場所=所沢/出版編集室
3. ゼミで話し合いながら雑誌の装丁を決めていく。
  題名=仮題「世界の車窓から」、内容=車内観察、サイズ=A5版、
  印刷会社=コーシン出版に内定
4. 7月中旬、夏休み前、原稿内容を決める。一人二作(車内1とフリー1、写真可)
5. 10月15日 編集委員、ゼミ員から原稿を集める。締切厳守。
ゼミ誌原稿締切り10月15日(月)まで
6. 10月上旬 ゼミ誌編集委員は印刷会社から【②見積書】をもらい料金を算出しても
  らう。
7. 10月~末日 編集委員は、印刷会社と、希望の装丁やレイアウトを相談しながら
   編集作業をすすめる。
8. 10月末までに、出版編集室に見積書を提出する。編集作業をすすめる。
9. 11月中旬までに印刷会社に原稿を入稿してください。
10. 12月14日(金)はゼミ誌納品期限です。厳守!!
11. 12月12日までに見本誌を出版編集室に提出してください。
12. 12月下旬までに印刷会社からの【③請求書】を出版編集室に提出してください。
注意事項!!
◎ ①【ゼミ誌発行申請書】、②【見積書】、③【請求書】以上3種類の書類が提出されない
  場合はゼミ誌の発行はできません。補助金の支払いも認められません。
◎ 予算金額は、ゼミ雑誌作成ガイダンスで発表される。
◎ 過去にゼミ雑誌の印刷を依頼したことのある主な印刷会社の連絡先は、文芸学科スタッ
  フまで問い合わせる。それ以外の印刷会社を利用したい場合は、必ず事前に学科ス
  タッフに相談すること。厳守。
◎ 外部(一般の人)と関係しない。(インタビュー、依頼原稿など)
ゼミ誌発行期限は、12月14日です。
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2007年、読書と創作の旅・「下原ゼミ通信」80号記念・実験的冒険活劇創作・習作
KINCHOU
    キンチョウ ―サムライの約束―
土壌館編集室
■主な登場人物
 西崎泰造・・・・・ダム建設現場監督   中島教一郎・・・・大和大学助教授
高木 健二・・・・五井物産社員     柳沢晴之・・・・・大和大学付属病院医師
 一ノ瀬幸基・・・・高校教師 沢田 浩・・・・・ヒロシ。カメラマン
 ソクヘン・・・・・ヤマ族の若者 プノンペン大学の学生
 
【前号までのあらすじ】プロローグ「遺跡に眠る者」
第一章〈赤い悪魔〉 一「はじまり」、二「ヤマ族の選択」、三「一枚の写真」、
第二章〈過去からの訪問者〉一「商社マン」、二「隊員たち」、三「闇の中」 
第三章〈クメール共和国〉一「滅びの都」、二「日本橋に死す」、三「戦慄の旅」
あらすじ
 1970年3月インドシナのカンボジアで政変が起きた。同時にゲリラ活動が活発化しはじめた。赤い悪魔と呼ばれるゲリラ、クメール・ルージュは少数民族の若者をゲリラに徴集しはじめた。拒否すれば部族皆殺しだった。ヤマ族は、徴集にきた悪魔の兵士を殺害し、雨季の鉄砲水を利用して悪魔の兵たちを山から追い払った。が、雨季が明ければ悪魔たちは復讐に燃えて襲ってくる。ヤマ族の生き延びる道は、隣国タイの国境越えしかなかった。だが、国境までの100余㌔は、インドシナ最大の密林カルダモンが大海のように広がっていた。これまで多くの遺跡盗掘者をのみ込み、ゲリラさえ恐れる魔の密林。10年前、この密林の大海を渡ってきたのは5名の日本人学生探検隊だった。彼らは帰るとき約束した。「困ったことがあったら、知らせてください。必ず助けにきます」そう誓ってサムライの約束キンチョウを打ち鳴らした。いまが約束を果たしてもらうとき。彼らに密林ガイドを頼むしかない。プノンペン大学の学生ソクヘンは、一族の命運を担って東京に飛んだ。そして、かっての探検隊5名とフリーカメラマンの若者1人をともなって新生クメール共和国に入った。新生クメール共和国は、3ヶ月前クーデーターが起き、表面上は独裁社会主義国から民主国家になったばかりの国だった。鎖国を強いていた独裁元首シフヌーク殿下は、追放され軍部が掌握していた。が、ゲリラ活動は激しさを増していた。新政権樹立と同時に、米軍の爆撃もはじまった。そのことを、日本の青年たちは知る由もなかった。
 激しい雨の中、探検隊の一行は原生林の中にあるポーチェントム飛行場に降り立った。彼らがそこで目にしたのは兵士と溢れんばかりの避難民だった。彼らは、迎えにきた広東人リー・センの車二台に分乗して首都プノンペンに向かった。真っ黒な雲が空一面を覆い、時折地を索うな巨大な稲妻が走る。探検隊は不吉な予感。やがてはるか向こうに蜃気楼のように都がみえてきた。西欧を思わせる街並み。フランスが長く支配したプノンペンだった。戒厳令下の都で、彼らは、ようやく厳しい現状を知る。そして、日本橋の上でにわかにはじまった政府軍とゲリラの銃撃戦。爆破され崩れる日本橋。メコンの濁流にのみ込まれていく橋桁
や欄干。その中に、隊員の一人、母校大和大学助教授の中島教一郎の姿も。哀しみの中で、一瞬迷った。約束はどうする。が、ゲリラと間違われた彼らは、考える間もなく舟で脱出するしかなかった。迫りくる政府軍と一斉射撃。彼らは、リー・センが用意してくれていた小船に飛び乗った。銃弾が雨霰と撃たれるなかを脱出する。まさに危機一髪であった。
 今回は、都合により前回までのあらすじのみ。次回は「戦慄の旅」を掲載。
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