文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.345

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2018年(平成30年)6月25日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.345

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

4/9 4/16 4/23 5/7 5/14 5/21 5/28 6/4 6/11 6/18 6/25 7/2 7/9 

 

土壌館創作道場 2018年、読書と創作の旅

 

テキスト読み(志賀直哉作品・他) &熊谷元一研究(情報)

 

テキスト=志賀直哉、他(世界文学)、エッセイ・評論の読み。

討論会、テーマを決めて話合う。

社会観察 いま起きているニュース、話題になっていること。

熊谷元一研究(童画・写真観察)写真・童画展情報

 

土壌館ニュース  近日刊行!乞ご期待 『オンボロ道場は残った』

 

土壌館下原道場は、兼ねてより創設20周年を記念して「オンボロ道場と我が家の記録」のまとめを(株)のべる出版と協力して進めてきたが、近く編集作業に見通しがついたことから出版のメドがたった。7月中旬の刊行を予定している。以下は帯・カバー案である。

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柔道のオンボロ道場。大雪被害、借地問題など幾多の消滅危機を奇跡的に乗

り越えた…。

 

道場主が関わって33年、その歩みを振り返る。

■柔道の祖・嘉納治五郎の考察も併録

 

オンボロ道場にかかわったすべての方々に注ぐ愛と感謝の書!

土壌館での目標は、①勉強と柔道の両立、②身体と精神、③やさしさと強さを育てる…。

 

●「嘉納治五郎とドストエフスキー」など、嘉納治五郎の案内書ともなっている。

 

発行:のべる出版 発売:かりばね書房

 

 

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オンボロ道場

残った

 

―オンボロ道場と我が家の記録―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.345 ―――――――― 2 ―――――――――――――

 

 

目 次

□土壌館ニュース『オンボロ道場は残った』刊行にメド――――――――――― 1

□6・18ゼミ報告(ゼミ合宿見送り・日常の話題)――――――――――――― 2

□6・25ゼミ報告(課題発表)1876年ロシアの裁判――――――――――― 3~4

□6・25ゼミ予定テキスト『網走まで』感想――――――――――――――――5、6

□熊谷元一研究・法政大学国際文化部からのお知らせ―――――――――――― 7

□熊谷元一研究・第21回熊谷元一写真賞応募規定―――――――――――――― 8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6・18ゼミ報告 参加、西村美穂さん、志津木喜一さん。

 

6・18ゼミは、主にゼミ合宿計画の結果、私的問題について、テキスト読みと感想書きを行った。詳細は以下の通り。

 

■ゼミ合宿 → 見送り 理由 → 全員揃わず。(南信州か軽井沢だったが)

2019年・文藝研究Ⅲゼミに楽しみ持ち越し。

 

■指摘問題「悩み観察」について

志津木さん → まったくない。というか目標がない(2年生は、学校にも大学生活にも慣れた、エアーポケット)おかげで何時間もぼんやりテレビを見つづけることができる。

友人は麻雀仲間か。麻雀について → 賭けごとゲームだが、効能もある。「点数数えに頭を使う」、西村さん「知らないが興味ある」下原、昔やった今はやらないが「認知症の予防になるかも」

 

■「テキスト観察」

「読む」 → 志賀直哉『網走まで』を西村さん、志津木さん交替で朗読。読了。

「書く」 → 課題、テキスト感想提出(志津木さん裁判課題も)

 

■テキスト『網走まで』を考える。

 

1.『網走まで』前後の物語を創作してみる。

  1. なぜこの作品は『帝国文学』で没になったかを考えてみる。

ちなみに没にされ理由。作者志賀直哉は、字が汚かったと思った。

3.没原因は、小説の神様の失敗があったから。(編集室)

 

6・25ゼミ ゼミ残り少なくなってきました。

 

「社会観察」気になったニュース、

「読むこと」 テキスト『剃刀』志賀直哉

「書くこと」 → テキストの裁判と判決

 

 

―――――――――――――――――― 3 ――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.345

 

6・25ゼミ 提出課題発表

 

6歳継子殺人未遂事件の裁判

 

18765月×日ロシアのペテルブルグでこんな事件が起きた

 

「単純な、しかし、厄介な事件」(ドストエフスキー全集『作家の日記』上巻)

 

事件発端と推移

 

1876年5月×日、午前7時頃(推定)ペテルブルグの警察分署に、一人の若い女が出頭した。若い女は、応対した警官に、「たったいま、継娘を4階の窓から放り投げて殺してきました」と、言った。つまり殺人を自首してきたのである。継娘は6歳、4階の高さは地上から十数メートルある。驚いた警察は、現場に駆けつけた。遺体を確認してこなかった、と言ったが、誰もが最悪を思い描いた。この季節にしてはめずらしく、雪が道路のそこここに残っていた。女が放り投げたという4階の窓下にも、いくらかの雪がはき積もっていた。警察は被害者を探した。6歳の女の子は、まったくの偶然に、その雪の中に落ちて気を失っていた。怪我一つなく、奇跡的に助かったのだ。警察は、女を継娘殺人未遂事件の犯人として逮捕した。はたして、この女の罪状は・・・・。

あなたが検察官・弁護士・裁判員・裁判官だったら。

 

☆西村美穂 陪審委員

【検察側の起訴と求刑】

 

(被告)女性は、日ごろの夫婦関係のこじれにより、明確な殺意を持って継娘を4

 

階から落とした。よって(本件を)継娘殺人未遂事件とする。

 

【弁護側だったら、どう弁護】

 

被告)彼女が日ごろから夫に追い詰められていたことを考慮すると、犯行時

 

には冷静な判断ができない精神状態だったのではないか。自首をしており、な

 

おかつ結果的に継娘が無事にいたことから殺人未遂とまではいかない。

 

【裁判員だったら】

 

(被告)彼女の生活の背景には、同情するものがあるが、継娘を殺そうと思い、

 

それを実行に移したということは、やはり殺人を行ったと思う。そして、その

 

結果、娘が死ななかったので、殺人未遂なのではないだろうか。

 

【裁判官(私)の判決は】  (書類送検か執行猶予付き懲役5年ぐらいか)

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.345 ―――――――― 4 ―――――――――――――

 

☆村瀬 琴 陪審委員

 

【検察側の起訴と求刑】

 

(被告は)夫と日頃もめていてDVなどを受けていたとしても、被害にあった

 

娘は関係がない。憎い夫とその前妻との娘であるかもしれないが、それが娘を

 

殺しても良い理由にはならない。夫ではなく、弱者の娘だけを狙った犯行は、

 

とてもゆるされる事ではない。

 

【弁護側だったら、どう弁護】

 

(被告)加害女性は日頃から夫に精神的・肉体的に暴力を受けていた。

 

女性が血つながっておらず、夫とその前妻との子である娘を憎く思ってしまう

 

のは仕方ない。娘が亡くなっていたら、また状況は変わるが、ケガの一つもな

 

く助かっているので(被告)加害女性の罪は重くない。

 

【裁判員だったら】

 

憎い夫の娘で、その娘まで憎くなってしまう気持ちは理解できるが、娘は何

 

も悪くない。殺害して良い理由にはならない。

 

【裁判官(私)の判決は】検察側 → (4年監獄、シベリヤ終身流刑)

 

 

☆志津木喜一 陪審委員

 

【検察側の起訴と求刑】

 

明らかな殺意による犯行とみなし殺人未遂事件とする。求刑は15年以下の懲役。

 

【弁護側だったら、どう弁護】

 

自首したこと、夫からのひどい言葉の暴力による精神的ダメージを考慮した判

 

決を望む。

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【裁判員だったら】

 

いくら夫からの仕打ちがあったとはいえ、なにもしていない継娘に対する犯行

 

は罪が重い。ただし、自首してきたことを考慮する。

 

【裁判官(私)の判決は】 → 10年の懲役

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実際の判決  1876年10月15日 ロシア、ペテルブルグの裁判所

 

一審 → 2年8カ月の懲役。満期後は、終身シベリヤ流刑

 

控訴 → ドストエフスキー被告妊娠4カ月アフェクト(激情)に注目。

 

次の裁判員の事件簿

 

テキスト 志賀直哉「氾の犯罪」〈曲芸師美人妻殺人疑惑事件〉

ナイフ投げ曲芸師の美人妻が演技中、夫が投げたナイフが首に刺さり、美人妻は即死した。事故死か、それとも完全犯罪か。裁くのはあなただ。

 

6・18ゼミ テキスト感想 提出課題

 

テキスト小説『網走まで』を読む

 

この作品は、最初に書いた作品、初出1910年。処女作三部作(「菜の花と小娘」「或る朝」「網走まで」)の一作である。なんでもないある日の車内観察のような作品。だが、この作品には、若き日の小説の神様(の失敗)や時代を思わせる要素が多く含まれている。

ある意味で35年後1945年10月の車内作品に通じる作品でもある。

 

20行×25字で17枚。400字で約20枚のこの車内観察作品には、当初、草稿字は北海道に移住しようとしているらしい田舎での夫婦がでてくる。が、初出の際、全面的にカットしたといわれている。冒頭の表題は『小説網走まで』とある。この作品『帝国文学』投稿時にもカットされたと思われている。そして『白樺』創刊号の際にも思い切った削除が…と思われている。この三種を読み比べてみるとおもしろいが、ゼミでは、完成して『帝国文学』に投稿した作品を読んだ。

 

くみ取った情報からの想像        西村美穂

 

車内観察の作品ということで読みあげていくうちに自分が本当に電車で女の人と乗り合わせたような不思議な気持ちになった。

女の人に関しての情報が主人公の目を通してでしかなくあとの背景は想像されているからだろうか。お互い名前も素性も知らないただ車内という切り取られた空間の中だけでくみ取った情報から主人公はあれこれと想像を広げ、なんとなく女の人に同情するようになってくる。対して、今の自分なら電車に乗り合わせた人に対してここまでの観察と想像をすることができるだろうか。

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謎の多い女の人には、なぜ惹かれるのか

志津木喜一

 

謎の多い女の人には、なぜこうも惹かれるのだろうと思った。私も、父と母、両方に似ていると言われることが多いが、父と母が似ていないことを不思議に思ったことなど、これっぽっちもなかったので、面白い観点だなと思った。

最後に端書を読まなかったことから彼がいかに真摯な男かということが伺える。

 

熊谷元一研究  熊谷元一の故郷周辺に関する出版文化のシンポジウム

 

法政大学国際文化学部・高柳俊男教授からのお誘い

  • 日時:2018年7月7日(土)14:30~17:30(予定)
  • 会場:法政大学市ヶ谷キャンパス

(各線の市ケ谷駅もしくは飯田橋駅から徒歩約10分)ボアソナードタワー3階BT0300

 

「三遠南信―愛知・静岡・長野の越県連携を支える出版文化」

三遠南信という概念がある。三河(愛知県東部)・遠江(静岡県西部)と南信(長野県南部)が、県境を越えて、政治的・経済的・文化的に連携交流するもので、日本の越境連携のモデルケースとして注目を集めている。この一帯はもともと天竜川や豊川の水系であり、それが共通の風土や文化をもたらしてきた。

三遠南信の連携を束ねる組織として、浜松市役所内にSENA(三遠南信地域連携ビジョン推進会議)が設置され、10年前から活動を継続している。このSENAには現時点で、東三河の5市2町1村、遠州の8市1町、南信州(下伊那+上伊那)の3市6町13村、計39の自治体と、付随する商工会・商工会議所などが加盟して、共通する課題の解決に向けて協力している。

県境を超えた連携が実を結ぶには、行政や財界の働きに負う部分もあるが、視野を広げ、県境を越えた発想をすることがいかに豊かな実りをもたらすかが、この3地域の住民はもちろん、広く実感できることがまず必要であろう。そこで今回、三遠南信を幅広く展望し、その魅力を人々に伝える出版言論活動を担ってきた、民間における活動に注目してみた。

沢田猛さん(本学出身)は、「毎日新聞」静岡支局時代、遠州と信州との接点に位置する青崩峠、塩の道、飯田線建設の功労者アイヌの川村カネト、久根鉱山のじん肺問題などを中心に、この三遠南信のテーマを先駆的に取り上げてきた。

三河では、「東三河&西遠・西三河・南信応援誌」と銘打たれた季刊雑誌『そう(叢)』がすでに59号を数え、三遠南信を扱った「はるなつあきふゆ叢書」が28冊と若干の自費出版も含め計約60冊が出版されている。

遠州では、あいにく現在は休刊だが、三遠南信に特化した雑誌『Ami(アミ)』が17号まで出版され、貴重な経験を積んでいる。

南信州では編集プロダクション「みらい企画律」が、三遠南信を大事なテーマの一つとして、出版活動や食文化のイベントなどを展開している。

当日は、こうした活動に携わってきた当事者の方々をお招きし、シンポジウムを開くことで、出版言論分野における三遠南信という地域連携の可能性や課題等を、具体的に考察する場としたい。

なお、法政大学国際文化学部は2012年度以降、南信州で学生研修を実施しており、上記した雑誌『そう(叢)』と『Ami(アミ)』は、学部資料室の「飯田・下伊那文庫」に全冊揃っている。昨年夏、研修担当者の髙栁俊男が、SENAの新10年ビジョン策定委員に「南信州学識者代表」として任命された。今回のイベントは、そのことを契機に企画・実施するものである。

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第21回熊谷元一写真賞コンクール応募要項

 

◎テーマ部門 → 「はたらく」

◎阿智村内撮影部門 阿智村 → 自然、祭り、温泉、史跡、旧跡・・・

 

※詳細は、熊谷元一写真童画館ホームページをご笑覧ください。

こんな賞があります。締切2018年9月末日

□元一写真大賞(1点)賞金7万円・トロフィー・副賞(昼神温泉宿泊券3万円)

□阿智村賞(1点)賞金3万円・トロフィー・副賞(昼神温泉宿泊券2万円)

□信濃毎日新聞社賞(1点)トロフィー・副賞(昼神温泉宿泊券2万円)

□JAみなみ信州賞(1点)賞金1万円・トロフィー・副賞(地元農産物1・5千円)

□優良賞(2点)賞金1万円・トロフィー・副賞(昼神温泉宿泊券1万円)

□飯田信用金庫省(5点)副賞

□佳作(10点)トロフィー・副賞(昼神温泉宿泊券1万円相当)

□阿智村輝き賞(10点)トロフィー・副賞(1万円相当地元商品券)

 

常設・日大観察 50年前の声明文

 

50年前、日大生への差別、蔑視、横領、偏見、暴力など理不尽な行為に対する問題に、ついに日大生が、怒りの声をあげた。孤軍奮闘だったが、気骨ある日大出身の著名人たちが、勇気をもって声明文を発表した。

燃える怒りの火を消すな

 

・池田みち子 ・伊藤逸平  ・宇野重吉  ・佐古純一郎  沙羅双樹  ・当間嗣光

・中桐雅夫  ・埴谷雄高  ・後藤和子

 

34億円の使途不明金問題をかわきりに学園の民主化をめざして闘っている学生諸君、君らは今、日本大学の新しい歴史をきり刻んでいる。日本大学の民主化闘争は日本の最右翼の大学における反逆である。だからこそ、砲丸から日本刀まで持出した体育会系右翼の暴力と、機動隊の介入は決して偶然のものではありえない。しかし、10万人の日大生は、かいならされていなかった。その証明を、君らは闘いの中で展開している。日本大学のこれまでの恥辱の歴史に勇然とたちあがった怒りの炎を、君らの胸にもやしつづけろ。それは自由を暴圧する全てを包み、反逆のいかりをさらにもえあがらせる力となるだろう。私たち日本大学を巣立った有志は、君たちの闘いを支持し次の事柄を声明する。

 

私たち日本大学を巣立った有志は、君たちの闘いを支持し次の事柄を声明する。

一、34億円の使途不明金問題を出し、さらに右翼暴力団、体育会系学生を動員しての暴力事件に対して、理事会は責任の所在を明らかにし、大学を真の教育の場とする方針を具体化せよ。

一、大学は学問追究の場として、学生の、表現・出版・衆会の自由を認めよ。

一、これまでに起こった暴力事件の責任を無学生に転嫁した退学・停学等の処分を撤回し、今後このような学生に対する不当処分をくりかえすな。

一、学園民主化のため、暴力と弾圧に屈せず闘っている学生諸君の勇気ある行動をたたえこれを支持する。

         (『朝日ジャーナル』1968年6月30日号より転載)

※日大出身の著名人は多い。が、なぜか沈黙を保っている。先日、ある番組で日芸出身の毒蝮三太夫さんが、堂々と意見を述べていてよかった。気骨ある人、もっとでてきてほしい!

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.345 ―――――――― 8 ―――――――――――――

 

ゼミⅡの記録

 

□4日9日(月)西村他

□4月16日(月)西村、村瀬

□4月23日(月)西村、村瀬 テキスト『或る朝』

□5月7日(月)西村、村瀬 テキスト『菜の花と小娘』

□5月14日(月)西村、村瀬 テキスト「ドストエフスキーとギャンブル」

□5月21日(月)西村、志津木 テキスト読み『子を盗む話』

□5月28日(月)西村 ゼミ合宿についてなど

□5月31日(木)ゼミ番外 熊谷元一写真賞20周年記念展見学 西村美穂

□6月1日(金)ゼミ番外 熊谷元一写真賞20周年記念展見学 浦上透子(4年)

□6月4日(月) 西村、村瀬、志津木 写真 テーマ「日大問題」

□6月11日(月) 西村、村瀬、テーマ「悩み」「ゼミ合宿」「継子殺人未遂」

□6月18日(月) 西村、志津木、テキスト読み 感想書き

 

掲示板

 

ドストエーフスキイ全作品を読む・読書会

 

月 日 8月25日(土)

 

時 間 午後1:30 ~ 4:45

 

会 場 池袋・東京芸術劇場第5会議室

 

作 品 『未成年』2回目

 

報告者 : 富樫紀隆さん

 

 

課題・送り先メール toshihiko@shimohara.net

 

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