文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.351

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2018年(平成30年)10月1日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.351

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3 12/10 12/17 12/24 1/7 1/21

 

土壌館創作道場 2018年、読書と創作の旅

 

テキスト読み(志賀直哉作品・他) &熊谷元一研究(情報)

 

テキスト=志賀直哉、他(世界文学)、エッセイ・評論の読み。

討論会、テーマを決めて話合う。

社会観察 いま起きているニュース、話題になっていること。

熊谷元一研究(童画・写真観察)写真・童画展情報

10・1ゼミ

 

ゼミ誌『自主創造』  2018年文芸研究Ⅱゼミ誌入稿を祝う

 

10・1ゼミは、2018年文芸研究Ⅱ下原ゼミのゼミ誌『自主創造』の入稿を祝う会をひらきます。発注先は、(株)エックスデザイン 12月の大学編集局納品期限には余裕か。

 

ゼミ授業 社会観察 (最近のニュースから)家族の考察

 

9月25日夕方、テレビニュースで元人気横綱で現相撲部屋の親方の貴乃花が記者会見をひらいた。なんと日本相撲協会に退職届を出したというのだ。現在の貴乃花一家の状態は知らないが、かつて彼が子どもだった頃、彼の一家は日本一幸福な家庭とみられていた。

なぜ、どうしてあの一家は、離散したのか。このニュースから家族の問題を考える。

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▽後期・テキスト = 志賀直哉作品『出来事』『正義派』『灰色の月』『にんじん』

▽後期・口演 = 志賀直哉『氾の犯罪』、ルナ―ル『にんじん』

▽歓迎・校外見学 = 第288回10・20ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」

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目 次

□2018年「10・1ゼミ」についてー―――――――――――――――――――― 1

□9・24ゼミ報告 ニュース「社会観察」――――――――――――――――――2

□「家族の崩壊」について―――――――――――――――――――――――――3

□『にんじん』口演 この一家について―――――――――――――――――――4

□記録「透明な存在との闘い」―――――――――――――――――――――――7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.351―――――――― 2 ――――――――――――――

 

9・24ゼミ誌報告 後期最初  ゼミ誌編集見本確認&校正

 

後期、最初のゼミは、夏休み報告・ゼミ誌最終校正を行った。〈村瀬、西村〉

 

○夏休み報告 → 問題なく無事に過ごせた。

 

○西村編集長、編集したゼミ誌『自主創造』の報告と見本披露

 

タイトル  自主創造   大きさ A5横一 黒板絵をイメージ

 

最終校正(念稿)

 

もくじ

[エッセイ]

魅惑のお菓子バイキング     西村 美穂

小説 創作ルポ 永遠の一年生  下原 敏彦  熊谷元一研究関連

       手        志津木 喜一

青        村瀬 琴

落語 むりむり         西村 美穂   創作落語

学生対談 日大アメフト問題 新鮮で重要な話題提起

[潜入ルポ]

熊谷元一写真賞コンクール写真展    西村 美穂

悩んで[るつぽん] 

文学の世界は五体満足か

こびとの生態について

 

社会観察 気になる最近のニュース

 

◆貴乃花親方が退職届「告発状、事実無根と認めろと強要」(朝日一面9/26)

 

大相撲の貴乃花親方が突然、親方も相撲もやめると記者会見を開いた。決断したのは、9/25の朝。日本相撲協会まだ受理せず。強要はしていないと反論。

 

◆また日大か!日本大学水泳部で暴力事件発覚(NHKテレビのニュース番組)

 

水泳についての講義中、居眠りした後輩部員を先輩部員が殴った。

居眠りの理由は、徹夜でゲームをしていたとのこと。

 

日本大学の暴力事件は、アメフトのラフプレー、監督と本部の日大体質問題、チアリーダー部での女性監督のパワハラにつづく4件目、日大生にとっては、もう勘弁してほしいブラックニュース。しかし、今回の暴行事件が、これまでと違ったのは、被害者の母親が水泳部監督と、記者会見で同席、暴力ではなかった。被害息子は、これからも水泳部でやっていきたい、と証言した。問題点は、隠蔽があったかどうか。発生から二週間が経過。

水泳部と聞くと応援歌「水の覇者」を思いだす。よく謳わされた。水泳部員は、学科に二人いた。テスト近くになると出席した。真っ黒に日焼けしていた。当時は、屋外プールだったのか。現在の日大のプールは最高施設らしい。

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10・1ゼミ 社会観察 日本一幸福だった家族は、なぜ崩壊したのか

 

9月25日(火)、大相撲貴乃花部屋の親方貴乃花(46)=花田光司氏が突然、日本相撲協会に退職届を提出したと記者会見した。このニュースをテレビで見ていて頭に浮かんだのは、昨年(もっと前)からかつづく日本相撲協会との確執のことではなかった。

編集室(私)が、この平成の大横綱(もしかして日本人最後の名横綱)貴乃花をテレビで見るたびに思いだすのは、彼が育った家庭のことである。

貴乃花の育った家庭、三代つづく相撲の名門一家である。戦後まもなく青森から出てきて初代若乃花は、昭和30年代大相撲に大ブームを起こした。栃若(栃錦・若乃花)時代がそれである。その後、大鵬一人勝ちの時代を経て、ふたたび相撲ブームを起こしたのは、初代若乃花の弟、故・元大関貴ノ花と学生横綱から初めて横綱になった日大の輪島コンビだった。

貴ノ花は相撲界の貴公子としてもてはやされた。が、成人映画女優と結婚、二人(三人かもしれないが)の子どもを産んだ。二人の男の子、この兄弟は、兄若乃花に頭が上がらない気の弱い実直な父親と、マスコミ好きで派手な母親に育てられた。自宅が相撲部屋だったことから、兄弟は、幼少のころからマスメディアに晒された。はきはきした健康優良児の二人。可愛さとわんぱく感で人気ものだった。日本一幸福な家庭に見えた。弟、貴乃花は中学を卒業すると、すぐ親との縁を切って相撲の道に入った。それをみて兄も、高校を中退、相撲の世界に。切磋琢磨する兄弟。どう育てたらあんなよい子が育つのだろう。人も羨む兄弟、家族だった。その羨望が絶頂になったのは、この兄弟が、なんと二人揃って横綱になったときだった。親として家族としてこれ以上の喜びがあろうか。花田家は幸せの絶頂にあった。

だが、崩壊は、はじまっていたのだ。両親にも、兄弟にも亀裂が入っていた。そして、それは修復不可能なほど決定的なものだった。かくて日本一幸福そうにみえた家庭は、ある日、突然、空中分解した。両親の離婚、兄弟の確執。健康に育った息子二人が、横綱にもなった。弟は、大横綱、名横綱とも呼ばれた。祖父も、父親も息子たちも、国技大相撲を支えるほどに人気、実力を博しのだ。そんな一家がなぜに落ちた偶像となったのか。今回の貴乃花親方の引退宣言は、それが原因か。

 

映像でみる限りだが、幸福な一家に見えたあの家庭は、なぜ突然に崩壊したのか。

 

Q&A

 

1)実力、名声、地位、家族、健康、経済。すべてに恵まれていた一家だが足らなかったものは、何か?

 

2)兄弟は、子どもの頃から相撲漬けだった。年少からスポーツをやらせる。さきごろ3歳の幼女が早くも卓球選手登録をしたというニュースをみた。子どものころからのスポーツ一筋、成功すれば美談だが…挫折した人のほうが多いはず。その家庭は。

3) この家族の最初の崩壊兆しは、若乃花二十歳のときある女性との結婚宣言。NHKニュースにも、大新聞の一面でも報じられた。しかし、破棄に終わった。いったいなにが原因か。いまもってわからない。謎の多い一家ともいえる。

 

4) 先日、次男が覚せい剤で4度目逮捕された女優三田佳子さんの場合は、あきらかに子育てというか人間育ての失敗と明確。長男は、大丈夫というから、次男だけが欠けた半崩壊家庭。もうわからない、と三田さんはお手上げ。

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10・1ゼミ 家庭観察  『にんじん』一家とは何か

 

フランスの作家ジュール・ルナール(1864-1910)の代表作『にんじん』には多くの謎がある。作者は、この作品で、なにを訴えようとしたのか。たんに子ども時代の体験談を書いただけなのか。それとも、まったく空想世界か。

この作品は、読む人によって感想、受け取り方は様々。ゼミでときどき口演することで、自分なりに少しでも謎が解ければと期待する。訳は高野優、窪田般彌。

 

口演者 → 志津木喜一  村瀬 琴  西村美穂

 

登場人物

 

ナレーション(状況説明)―――――――――――――――

 

ルピック氏(ルピック一家の主・父親)―――――――――

 

ルピック夫人(ルピック一家の主婦・母親)―――――――

 

フェリックス(ルピック家の長男)―――――――――――

 

エルネスティーヌ(ルピック家の長女)―――――――――

 

にんじん(ルピック家の次男、末っ子)―――――――――

 

ルピック家、パリ郊外の持ち家、野菜畑の農地持ち、家畜は鶏とアンゴラウサギ。犬。

父親はセールスマン、両親と子ども二人、お手伝いさんもいる。中流上の家庭。

 

にわとり小屋

 

(ルピック家では、夕方になると家政婦のオノリーヌがにわとり小屋の扉を閉めることになっている)

 

ある晩のこと、ルピック夫人が窓から外を見て言った。

 

ルピック夫人「あら、にわとり小屋の扉があいているわ。きっとオノリーヌが閉め忘れたのね」

 

確かに、真っ暗な夜のなかで、広い中庭の奥にあるにわとり小屋の四角い扉が、そこだけさらに黒く、小屋から飛び出すようにして開いている。

 

ルピック夫人「フェリックス、お願いだから閉めてきてちょうだい」

 

フェリックス「やだよ。にわとり小屋の扉を閉めるのは、ほくの役目じゃないもん」

 

ルピック夫人「じゃあ、エルネスティーヌ」

 

エルネスティーヌ「嫌よ、ママ。だって、怖いもの」

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二人とも本を読んでいるふうを装った。にんじんはテーブルの下で遊んでいた。

 

ルピック夫人「あら、私ったら、なんて馬鹿なのかしら。にんじんを忘れていたわ。にんじん、あなたが行って閉めてきなさい!

 

にんじん「でも、ママ、ぼくだって、こわいよ」

 

ルピック夫人「怖いですって!?もうそんなに大きくなったというのに・・・・馬鹿なこと言ってないで、早く行ってきて」

 

エルネスティーヌ「大丈夫よね。にんじんはオス山羊のように勇気があるもの」

 

フェリックス「そうだよ、怖いものなんて、ひとつもないんだから。怖い人だっていないし・・・」

 

にんじん「そうか、ぼくは強いんだ。勇気があるんだ」(加筆)

 

ルピック夫人「早くお行き、グズグズしてるとピンタするよ」(加筆)

 

にんじん「うん、行くよ。でも、誰か明りで庭を照らしてくれると、うれしいな…」

 

エルネスティーヌ「わたしが、照らしててあげるわ」(加筆)

 

エルネスティーヌ、ろうそくを持って、廊下の端までついてきてくれた。

 

エルネスティーヌ「ここで待ってるわね」

 

突風が吹いてろうそくの灯が消えた。姉は、部屋に逃げ帰る。にんじんは、闇のなかに一人取り残された。にんじんは、勇気をふりしぼって、とり小屋まで駆けて行く。足音に驚いて、とりたちが騒ぎだした。

 

にんじん「だまれ!だまれったら!ぼくだよ」

 

にんじんは、扉を閉めると走って母屋に戻り、明るく、暖かい部屋のなかに入った。一仕事を終えた誇らしい気持ちで。みんながほめてくれることを期待して。

ところが兄も姉も知らんふりして本を読んでいた。母親だけがにんじんを見て言った。

 

ルピック夫人「にんじん。これからは毎晩、おまえが閉めに行くんだよ」

 

一話 おわり

Q&A 家政婦が忘れて行った嫌な用事を家族な内でだれがするかの話。

 

・この家族 「変だ」「普通」。「変」ならなにが。

・母親がとった順番(兄→姉と聞いて、最後に→末っ子)は、正しいか。正しくないか。

「正しくない」なら、どうして。

・この話 → 笑える  嫌悪感  パワハラ  虐待  家庭内差別 同情

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依存との闘い記録を校正しながら小説にする

 

あるシンポジュウム会場に置き忘れていたノートに書かれていた手記

 

「透明な存在」との闘い

 

はじめに

 

 私は、昨年まで民生委員児童委員をしていた。その関係で様々な社会問題を目にした。孤独死、痴呆。生活保護家庭の選別など。どれも悲惨で解決困難な問題だった。そのなかで多く相談を受けたのは、いろんな依存症に苦しむ人たちからだった。アルコール、ギャンブル、薬物、閉じこもりなどである。

依存地獄から自力で這いでることができる人は、稀だった。多くの人は、抜け出すことができず苦しんでいた。助けを求めていた。だが、私には、どうすることもできなかった。

そんなわけでボランティアとはいえ民生委員の職務をやめることができたときは、ほっとしたものだ。もう二度とああした人たちと関わらずにすむ。そう思うと気持ちが楽になった。でも、ときどき依存症の人たちのニュースをみたりすると心が痛んだ。どうしたら依存というあの病魔に打ち勝つことができるのか。考えたりしたが、無駄だった。

そんな折、我が子を依存症から救い出した父親の体験記のようなものを読むことができた。真実かどうかは知らないが、内容から本当のことだと信じたかった。

その体験記は、忘れ物の大学ノートに書かれていた話で、私が読むことになった経緯は、凡そこのようである。私の後釜になった人が、ある依存の講演会に行ったとき、隣りの席に大判封筒の忘れ物があった。中に大学ノートが入っていた。見ると、日記のようなものだった。主催者に渡すと、多忙なので代わりに保管して置いてほしいと頼まれた。持ち主がわかったら、知らせるとのことだった。それから半年、なんの音沙汰もなかった。

その人は他人のものをいつまでも持っているのは、気になるので主催者に連絡したところ、日にちが過ぎたので勝手に始末してくれとのこと。しかし、責任感が強いその人は、なかなか廃棄することができず、私のところに持ってきて

「預かってくれ」と、言って置いていった。

私は、趣味で小説を書くこともある。そんなことを話したことがあるので、参考になるだろうと理由をつけての、体のいい処分だった。他人のものを読むのは、覗き見するようで嫌だったので机の奥に仕舞ったが、が、先日、ふと、何が書いてあるのか、好奇心を押え切れず読んでしまった。ノートに書かれてあった内容は、健康な娘にとりついた依存という魔物との闘いに明けくれ勝利した父親の手記だった。読み終えて、どうしたものかと考えた。娘にとりついた依存という魔物と闘った父親の手記。この勝利は、たまたまか。それとも、必死の戦術の勝利か。

せっかくなので、魔物に勝った一例として、小説作品になるかならないかはわからないが、とにかく試みることにした。

この作品が、少しでも摂食障害という依存で苦しむ人たちの助けになることを祈る。

 

登場人物

・父親 ・・・・・・・吉野孝雄    長男・・・・・・・・将太

・母親 ・・・・・・正子

・娘 ・・・・・・・野ノ子

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背景メモ 吉野家の肖像

 

吉野家は、3Kの団地に住む、平凡な一家だ。共稼ぎの四十代の夫婦、高校生の息子将太と娘野ノ子の四人家族。ただ一つ普通の家庭と違うのは、数年前、夫孝雄の勤める出版社が倒産してから孝雄は、ずっと専業主夫をしていた。妻の正子は、医大の職員。男勝りで家事、料理が苦手だったことから、この偶然のさかさま夫婦が気にいっていた。夫が、勤めを探すのを嫌がった。共稼ぎのとき給与は、孝雄よりよかった。そんなわけで孝雄は、主夫業がすっかり板についてしまっていた。

折よく男女雇用均等法がジワジワと浸透してきていて時代的には、専業主夫も徐々に市民権を得てきていた。孝雄は、より主夫業に専念できるようになった。

こうした家庭事情とは別に吉野家には、どうしても妻の正子に医大で仕事をつづけてほしい理由があった。息子の将太が、生まれてすぐ、白血球減少症という病名がつけられたからだ。担当の女医がいったものだ。

「たとえ風邪でも病気にかかると、死にますよ」

その診断に驚いた吉野夫婦は、ちょっとでも微熱があればタクシーで正子が勤める医大の大学病院にかけつけた。将太の病名のことを考えると、正子には、どうしても病院で働いていてほしかった。だが両親の心配をよそに、将太はたいした病気もせずに成長した。少なかった白血球もいつのまにか平均数値になっていた。いま思えば、孝雄と正子は、将太の病気の心配ばかりで、年子の妹、野ノ子のことはあまり気にかけてこなかった。

一つ下の野ノ子は、心配した将太に較べると健康そのものの優良児だった。元気に野原を駆けまわる子に。そんな思いでつけた名前だったが、まさにその名の通りだった。小学生の頃は、暗くなるまで外で遊んでいて、両親を心配させた。中学校に入ると剣道部に入部した。女子は、二十人いる部員で一人だけだった。しかし、野ノ子は、熱心だった。学校の部活以外でも、朝も夜も近くの公園で竹刀を振っていた。野ノ子は、二年遅れて将太と同じ高校に入学し、剣道部に入った。県立高校で生徒数1200名の普通科高校だった。

時代の流れで周囲も専業主夫を特別視しなくなっていた。正子は、さらなる医療資格も収得して仕事に生きがいを感じはじめていた。孝雄は、掃除、洗濯、買い物、料理に家族の世話に何の抵抗もなくなっていた。自治会の役員にもなり、お年寄りの世話もすすんでやっていた。ただ専業主夫業で嫌なことがあった。PTAである。中学までは、バザーの手伝いに名乗りをあげていたので、役員に選出される心配はなった。

しかし、子供が二人とも同じ高校に在籍し、専業主夫で家にいるとわかると事情がちがってきた。高校のPTA役員は逃れられなかった。美化委員著を皮切りに副会長になり、野ノ子が入学したことで、なんとPTA会長と三年先の創立二十周年記念式典の実行委員長に祭り上げられてしまった。それらの日々。振り返ると嵐の中を夢中で歩いた日々であった。同時に、依存という魔物と生死をかけて闘った日々でもあった。

あの闘いに孝雄は、勝った。その証拠に野ノ子も孝雄も、今現在こうして元気に生きのびている。

 

第一章 忍び寄る悪魔

 

■1995年4月7日(金)野ノ子、県立干潟高校に入学式。雨 368名の生徒が入学。孝雄は、PTA会長としてはじめて壇上にあがり祝辞を述べた。思えば二年前の将太の入学式の日、はじめてPTA役員になった。美化委員。それが、エスカレーター式に昇ってきて、気がつけばPTA会長となっていた。まさか、そんな、驚いても、悔やんでも、遅かった。後の祭りで、この日の入学式、早速に職責を果たさなければならなかった。

孝雄がPTAという初めての経験に翻弄されるなか、悪魔は、忍びよっていた。つづく

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ゼミⅡの記録

 

□  9日24日(月)晴れ 参加=村瀬、西村

夏休み報告 ゼミ誌原稿校正

□10月 1日(火)ゼミ誌入稿祝い

 

土壌館日誌

 

9月24日は、後期初授業。昨年までなら振り替え休日でお休み。だが、今年からはなくなった。文科省はこのことをひろく伝えてないのか。知らない人も多い。千葉県柔道道場大会は、毎年、日曜日に開催だが、なぜか今年は月曜日開催。あいにく師範代も仕事。不参加にするしかないと思ったが、運よく息子の会社が休み。監督を任せる。(監督は公認指導者資格が必要)。小学生は、5年生、6年生が出場した。成績は以下の通り。

5年生 → 2回戦進出するが、押さえ込みで敗退 6年生 → 先取するが逆転負け。

一般弐段 → 優勝候補だったが、銅メダル、ゼミも試合も無事に終わった一日。

 

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掲示板

 

ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会

 

月 日 10月20日(土)

時 間 午後6:00 ~ 8:45 懇親会9:00~

会 場 池袋・東京芸術劇場第7会議室

作 品 『未成年』3回目

報告者 : フリートーク 司会進行 :小山 創さん

 

※参加 興味ある方はどなたでも、決まりはありません。自由です。

 

10月読書会は20日土曜日 時間は、都合で夕方6時00分~21時

 

月 日 12月15日(土)

時 間 午後1:30 ~ 4:45 懇親会5:00~

会 場 池袋・東京芸術劇場第5会議室

作 品 『カラマーゾフの兄弟』1回目

報告者 : 未定

 

 

「下原ゼミ通信」・「読書会通信」編集室

課題・投稿などの送り先メール toshihiko@shimohara.net

連絡 090-2764-6052

 

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