文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.352

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2018年(平成30年)10月8日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.352

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3 12/10 12/17 12/24 1/7 1/21

 

土壌館創作道場 2018年、読書と創作の旅

 

テキスト読み(志賀直哉作品・他) &熊谷元一研究(情報)

 

テキスト=志賀直哉、他(世界文学)、エッセイ・評論の読み。

討論会、テーマを決めて話合う。

社会観察 いま起きているニュース、話題になっていること。

熊谷元一研究(童画・写真観察)写真・童画展情報

10・8ゼミ

 

ゼミ誌『自主創造』入稿  2018年文芸研究Ⅱゼミ誌入稿を祝う

 

10・8ゼミは、前週と同じ2018年文芸研究Ⅱ下原ゼミのゼミ誌『自主創造』の入稿を祝っての話。入稿先は、(株)エックスデザイン

 

ゼミ授業 社会観察 (最近のニュースから)明暗

台風被害、名女優(75)の死。貴乃花と三つのニュースに埋まった一週間だったが、治まると、またぞろスポーツ界のパワハラ、セクハラ問題が雨後のタケノコのように、あちこちからでてきた。いずれも嫌な話題ばかりだ。あきれるニュースもあった。大阪富田林署からの逃走犯、自転車日本一周を隠れ蓑に逃走をつづけていたが、ついに逮捕。途中、警官に職質を受けたり、なんと愛媛県庁まで訪問していたという。こんななかで唯一、ほっとした明るい出来事は、日大アメフト部の宮川選手復帰だった。

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▽後期・テキスト = 志賀直哉作品『出来事』『正義派』『灰色の月』『にんじん』

▽後期・口演 = 志賀直哉『氾の犯罪』、ルナ―ル『にんじん』

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目 次

□2018年「10・8ゼミ」について――――――――――――――――――――― 1

□10・1ゼミ報告 ニュース「社会観察」「虐待について」―――――――――――2

□映画「帰ってきたヒトラー」感想)―――――――――――――――――――――3

□『にんじん』口演 この一家について―――――――――――――――――――4

□記録「透明な存在との闘い」校正2  ―――――――――――――――――――7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.352―――――――― 2 ――――――――――――――

 

10・1ゼミ誌報告  台風24号の影響、塩害かOA機器不能に

 

強力台風24号は、愛知県に上陸、そのまま北東に日本列島を縦断した。最大風力50㍍という強力台風。時速60キロのスピードで駆け抜けて、各地に風水害を残した。

明けて10月1日は、台風一過、快晴。が、交通機関は、遅れが目立った。塩害という、これまでなかった被害もでた。大学もパソコン関係が不能に。これもはじめての被害だという。25号発生、北上した。沖縄、西日本は、一週間に2度も大型強力台風に来襲された。

日本一幸福な家族花田家は、なぜ破綻したのか

 

元大横綱若乃花は、突然、部屋を解散、相撲協会から離脱した。誰もが驚く出来事。どうして人生半ばとはいえ、こんな結果に至ったのか。ゼミ後期初日は、この結果を家庭問題から因縁として捉え、彼の育ってきた家庭環境を話し合った。他に、海外体験談も。

 

Q貴乃花の一家は、お相撲の名門家族なんですね。

Aそうです父親、貴ノ花は小柄ながらも名大関、その兄は初代若乃花、相撲の鬼といわれた。そして、子供は兄弟そろって横綱。とくに貴ノ花は、優勝22回の大横綱。立派な一家。

Qお母さんは、どんなひとですか。

A女優。成人映画出という話も。おとなしい父親にくらべると派手な人。親方貴ノ花が亡くなる少し前に離婚した。週刊誌では不倫報道も。でも、それまでは、ほんとうに非の打ちどころのない、すばらしい家族。

Qそんなスーパー家族がなぜ?両親は離婚、兄弟は反目と空中分解した。

Aなぜでしょう。不思議ですね。完璧家族崩壊。アリの一穴はどこにあったのか。

Q弟が兄より強くなったからでは。大関だった父親よりも、偉くなったからでは…

A三角形のバランスが崩れた。そういうこともあるかも…。

 

幸福な虐待が一因か

 

家族の問題は難しい。家族崩壊の原因は、誰にあるのか。名門花田家の場合、編集室が、想像するひとつには、幸福な虐待があったからではないかということだ。

相撲界の貴公子と女優の結婚、子宝にも恵まれた。子供は、二人とも健康優良児で、玉のような男の子。将来は関取に。マスメディアも世間も、こぞって注目した。その成長を追い続けた。兄弟は、日本国民の期待に応えて育った。両親も絵に描いたような家族を守った。しかし、いま振り返ると、それらは幸福という虐待ではなかったか。たしかにあの一家は幸福だった。そのようにみえた。しかし、その幸福と引き換えに、個人の完成ができなかった。それがために、大好きだった、人生のすべてだった相撲界から去ることになった。昨今、メダルをとるために幼児教育が盛んだ。が、その陰には多くの虐待と崩壊家庭がある。

 

悲惨な虐待は、声なき幼き子への虐待だ。

読売新聞2018年10月4日(木)

1歳長女暴行 坂出市、虐待確認できず 容疑の両親逮捕」

逮捕された両親は、「しつけのつもりだった」と、弁解しているが、相手は1歳の赤子にどんな「しつけ?」が。こどもへの虐待は、後を絶たない。

 

朝日新聞2018年10月4日(木)配布コピー 地獄から何度も助ける場面はあった

目黒虐待死「児童相談所(児相)に問題」※お役所仕事の見本からでた悲劇

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映画観察  「帰ってきたヒトラー」デヴィッド・ヴェンド監督

 

ドイツ映画『帰って来たヒトラー』ひさしぶりに面白い映画を観た。近頃、映画は、た

まに新聞のテレビ欄で見つけたものを録画して観るぐらいだ。録画はコマーシャルを観なくて済むのが利点だ。しかし、たいていは期待外れが多い。先日はリメイク版の『アラモ』(2004年公開、ジョン・リー・ハンコック監督)を観たが、史実に基づき過ぎたのか、戦闘場面が暗く、ストーリーもまとまりがなかった。この映画、ラストは、アラモではなくスペインのサンタ・アナ総督の敗北までだった。ナポレオンを破った英将軍の戦術を強調していた。ドキュメンタリーとして作った方がよかった。(1960年公開の『アラモ』ジョン・ウェイ主演・監督の映画は、脚本、映画音楽ともに成功した)

『帰ってきたヒトラー』はコメディとの紹介。ドイツ映画は、ほとんど観たことがなかった。はるか昔『ベルリン忠臣蔵』というアクション映画を観た。日本の、いわゆる赤穂浪士の話を現代のドイツの裏社会に重ねたものだった。が、殿様の仇討物語、どこまでわかっているか、理解に苦しむ(大半は忘れたが)場面もあって笑えた。この映画も、そんなものだろうと思った。が、違った。コメディは、リアル過ぎて可笑しいのだ。ゴーゴリの笑い、ドストエフスキーの呟き、タブー、ヘイト、差別、人間社会のあらゆる縛りをとっぱらって物語は進む。ヒトラーの演説に、思わず共感させられそうにもなる。その意味で危険な映画だ。そのためか公開された日本公開2016年、この話題は少なかった。たしかこの時期ヒトラーの『我が闘争』再版騒動があった。いずれにせよ編集室は、うっかり見逃していた映画。

 

【HP】

帰ってきたヒトラー』(原題:Er ist wieder da「彼が帰ってきた」)は、ティムール・ヴェルメシュが2012年に発表した風刺小説である。現代のドイツに蘇ったアドルフ・ヒトラーが巻き起こす騒動を描く。ドイツではベストセラーになり[1]、映画化されている。

ヒトラーに対する数々の肯定的な描写から物議を醸したが[3]、ヴェルメシュ自身は、ヒトラーを単純に悪魔化するだけではその危険性を十分に指摘できないとし、リアルなヒトラー像を表現するためにあえてその優れた面も描き出したと述べている

この映画は、原作小説と同じく、1945年にベルリンで死んだはずのアドルフ・ヒトラーがなぜか現代のベルリンに現れるというところから始まる。なお、基本的に劇中において、周囲の人間はヒトラーをあのヒトラー本人だとは思わず、ヒトラーにそっくりな芸人と見なしている。

ヒトラーが現代に復活したシーンの後は、大まかに言って、前半と後半の2部に分かれる。前半は、ヒトラーがドイツ各地をめぐり、一般人と対話を行うドキュメンタリータッチの映像となっている。これに対して、後半はヒトラーがテレビ番組に出演し、ショービジネスでのし上がるというドラマになっている。

原作小説においては、ヒトラーがドイツ各地を回っていることが示唆されているが、そのことに大きくページが割かれているわけではない。むしろ、原作小説においては、映画の後半に相当するショービジネスでヒトラーがのし上がっていく様子の描写の比重が大きい。逆に言うと、映画は、原作小説に比べると、ドイツ各地の一般人との対話を描写することを重視し、ヒトラーがショービジネスでのし上がっていく様子の描写を薄くした形になっている。

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.352 ―――――――― 4 ―――――――――――――

 

10・1ゼミ 家庭観察  『にんじん』一家とは何か

 

フランスの作家ジュール・ルナール(1864-1910)の代表作『にんじん』には多くの謎がある。作者は、この作品で、なにを訴えようとしたのか。たんに子ども時代の体験談を書いただけなのか。それとも、まったく空想世界か。

この作品は、読む人によって感想、受け取り方は様々。ゼミでときどき口演することで、自分なりに少しでも謎が解ければと期待する。訳は高野優、窪田般彌。脚本加筆。

 

口演者 → 志津木喜一  村瀬 琴  西村美穂

 

登場人物

 

ナレーション(状況説明)―――――――――――――――

 

ルピック氏(ルピック一家の主・父親)―――――――――

 

ルピック夫人(ルピック一家の主婦・母親)―――――――

 

フェリックス(ルピック家の長男)―――――――――――

 

エルネスティーヌ(ルピック家の長女)―――――――――

 

にんじん(ルピック家の次男、末っ子)―――――――――

 

ルピック家、パリ郊外の持ち家、野菜畑の農地持ち、家畜は鶏とアンゴラウサギ。犬。

父親はセールスマン、両親と子ども二人、お手伝いさんもいる。中流上の家庭。

 

しゃこ(ヤマウズラ) 二作

 

いつものようにルピック氏は、テーブルの上で、獲物袋をあける。中味は2ひきのしゃこだ。兄のフェリックスは、壁にかかっている石盤にそれをかきつける。それは彼の役なのだ。子どもたちにはそれぞれ各自の役がある。姉のエルネスチーヌは、獲物の毛をはぎとり、羽をむしりとる。にんじんの仕事はなにかといえば、もっぱら、手傷をうけたやつの殺しである。この特権を与えられたのは、かれが血も涙もない心の持ち主で、万人周知の冷酷さをもちあわせているからだ。

2羽のしゃこは、あばれる。首を動きまわす。

 

ルピック夫人「なぜ早くや(殺)ってしまわないんだね」

 

にんじん「お母さん、ぼく、石盤書きのほうにしてほしいよ」

 

ルピック夫人「石盤は、おまえには高すぎる」

 

にんじん「それなら羽むしりがしたいな」

 

ルピック夫人「それは男の子のすることじゃないよ」

 

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にんじんは、あきらめて2羽のしゃこを手にとる。だれかが親切にも、やり方を指示してくれる。

 

「ほら、そこを締めて、そう、くびのところを、羽を逆さにして」

 

一羽ずつ両手につかみ、背なかのうしろで、かれはやりはじる。

 

ルピック氏「いっぺんに二羽か、驚いたやつだな!」

 

にんじん「早く片づけたいもの」

 

ルピック夫人「神経質ぶるんじゃないよ。心のなかじゃ愉しんでいるくせに」

 

しゃこは、痙攣をおこしながらも抵抗する。翼をばたつかせ、羽をまきちらす。ぜったい

に死にたくないのだろう。かれは、…両膝の間にしゃこをはさんで、おさえつける。顔を赤

くしたり、白くしたり、汗だらけになり、何も見まいと上の方をむきながら、いっそう強く

しめつける。

なんともうまく殺せないので、かれはすっかり怒ってしまい、しゃこの脚をつかみ、靴の

先でしゃこの頭を蹴飛ばした。

 

兄・姉「驚いたな、なさけ知らず!なさけしらず!」

 

ルピック夫人「手際のいいつもりなのさ。ああ、かわいそうなもんだね、あたしがこんなふうにかきむしられるんだったら、ああ、考えただけでもぞっとするよ」

 

ルピック氏「胸がむかむかしてきた。外の空気をすってくる」加筆

 

にんじん「終わったよ」

 

ルピック夫人、脳みそがとびでた、血だらけのしゃこをみて

 

ルピック夫人「早くとりあげておけばよかった。これじゃあ汚らしくてしょうがない」

 

兄のフェリックスも手にとって

 

フェリックス「ほんとだ、にんじん、いつもよりうまくできなかったな」

二話 おわり

 

Q&A 皆が一番嫌がる仕事をすることになった、にんじんだが、

 

Qこの母親の、にんじんにたいする態度は

 

・「変だ」「普通」。「変」ならどこが。

 

□この場面から、どんな感想を

 

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依存との闘い記録を校正しながら小説にする 校正2

 

あるシンポジュウム会場に置き忘れていたノートに書かれていた手記

 

「透明な存在」との闘い

 

 

登場人物

・父親 ・・・・・・・吉野孝雄    長男・・・・・・・・将太

・母親 ・・・・・・正子

・娘 ・・・・・・・野ノ子

 

背景メモ 吉野家の紹介

 

吉野家は、3Kの団地に住む、平凡な一家だ。共稼ぎの四十代の夫婦、高校三年生の息子将太と高校一年生の娘野ノ子の四人家族。ただ一つ普通の家庭と違うのは、数年前、夫孝雄の勤める出版社が倒産してから孝雄は、ずっと専業主夫をしていた。妻の正子は、医大の職員。男勝りで家事、料理が苦手だったことから、この偶然のさかさま夫婦が気にいっていた。夫が、勤めを探すのを嫌がった。共稼ぎのとき給与は、孝雄よりよかった。そんなわけで孝雄は、主夫業がすっかり板についてしまっていた。

折よく男女雇用均等法がジワジワと浸透してきていて時代的には、専業主夫も徐々に市民権を得てきていた。それで孝雄は、より主夫業に専念できるようになっていた。

こうした家庭事情とは別に吉野家には、どうしても妻の正子に医大で仕事をつづけてほしい理由があった。息子の将太が、生まれてすぐ、白血球減少症という病名がつけられたからだ。担当の女医がいったものだ。

「たとえ風邪でも病気にかかると、死にますよ」

その診断に驚いた吉野夫婦は、ちょっとでも微熱があればタクシーで正子が勤める医大の大学病院にかけつけた。将太の病名のことを考えると、正子には、どうしても医大に勤めていてほしかった。病気の相談ができたからだ。が、両親の心配をよそに、将太はたいした病気もせずに成長した。少なかった白血球は、いつのまにか平均数値になっていた。いま思えば、孝雄と正子は、将太の病気の心配ばかりで、年子の妹、野ノ子のことはあまり気にかけてこなかった。そのことが、彼女の青春に一点、影を落とす要因になったかも知れない。

野ノ子は、心配した一つ上の兄、将太に較べると健康そのものの優良児だった。元気に野原を駆けまわる子に。そんな思いでつけた名前だったが、まさにその名の通りだった。小学生の頃は、暗くなるまで外で遊んでいて、両親を心配させた。中学校に入ると剣道部に入部した。女子は、二十人いる部員で一人だけだった。しかし、野ノ子は、熱心だった。学校の部活以外でも、朝も夜も近くの公園で竹刀を振っていた。野ノ子は、二年遅れて将太と同じ高校に入学し、剣道部に入った。県立高校で生徒数1200名の普通科高校だった。

時代の流れで周囲も専業主夫を特別視しなくなっていた。正子は、さらなる医療資格も収得して仕事に生きがいを感じはじめていた。孝雄は、掃除、洗濯、買い物、料理に家族の世話に何の抵抗もなくなっていた。自治会の役員にもなり、お年寄りの世話もすすんでやっていた。ただ専業主夫業で嫌なことがあった。PTAである。中学までは、バザーの手伝いに名乗りをあげていたので、役員に選出される心配はなった。

 

―――――――――――――――――― 7 ――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.351

 

しかし、子供が二人とも同じ高校に在籍し、専業主夫で家にいるとわかると事情がちがった。高校のPTA役員は逃れられなかった。美化委員著を皮切りに副会長になり、野ノ子が入学したことで、なんとPTA会長と三年先の創立二十周年記念式典の実行委員長に祭り上げられてしまった。それらの日々は、孝雄にとって、大変な日々であった。PTAという慣れぬ組織のなかでの活動に加え、娘野ノ子にとりついた依存という魔物と闘った日々でもあった。苦しい暗中模索の闘いだったが父娘は、勝った。その証拠に野ノ子も孝雄も、今現在健康で元気に過している。野ノ子には、小学生低学年と高学年の男の子がいる。

 

第一章 忍び寄る透明の存在

 

■1995年4月7日(金)野ノ子、県立干潟高校に入学式。雨 368名の生徒が入学。孝雄は、PTA会長としてはじめて壇上にあがり祝辞を述べた。思えば二年前の将太の入学式の日、はじめてPTA役員になったことが、こんな結果になったのかと思うと、あの日のことを、悔むばかりだった。

2年前のあの日、孝雄は、正子と将太の高校入学式に出席した。高校にはPTAはない。そんな伝聞を信じて、保護者会にも夫婦そろって出席した。みなさん同じおもいだったのか、教室は満席だった。立ち見の保護者もいるほどだった。入ってきた担任は、満足そうに見まわしてから、いきなり言ったものだ。

「これからPTA役員を決めてください」

美化委員。それが、エスカレーター式に昇ってきて、気がつけばPTA会長となっていた。まさか、そんな、驚いても、悔やんでも、遅かった。後の祭りで、この日の入学式、早速に職責を果たさなければならなかった。

孝雄がPTAという初めての経験に翻弄されるなか、透明の存在は、忍びよっていた。

1995年4月7日(金)野ノ子、県立干潟高校に入学式。雨 368名の生徒が入学。わたしはPTA会長として壇上にあがり祝辞を述べた。思えば二年前の将太の入学式の日、わたしははじめてPTA役員になった。美化委員長、副会長と、エスカレーター式に昇ってきて、気がつけばPTA会長となっていた。まさか、そんな、驚いても、悔やんでも、遅かった。後の祭りで、本日の入学式、早速にの職責を果たさなければならなかった。

4月9日(日)晴れのち雨 都知事選で青島幸男当選

4月12日(木)正子体調すぐれず早引け。モモ、剣道部で初稽古。

4月20日(木)野ノ子剣道防具。友人亡くなる49歳

4月28日(金)野ノ子、突然6月30日に友達とライブに行きたいというが遅くなるというのでダメ 29野ノ子友達とカラオケに

5月17日(水)妻正子、乳線がんと診断。

5月23日(火)正子手術、隣りのベット47歳のセールスウーマン。8時45分手術に向かう。11時終了。野ノ子来る。将太も、麻酔科から花。正子が昵懇にしている

 

1月27日(月)野ノ子、剣道の寒稽古はじまる。ノノ参加。父とスーパーへ。

1月31日(金)寒稽古最終日。5時41分~14時まで

2月3日(月)野ノ子、歯科と接骨医に出掛ける。

2月8日(土)野ノ子、部活へ。骨が痛い。

2月11日(火)野ノ子とスーパー。家族4人でとんかつ定食。「和幸」

2月12日(水)野ノ子、4時帰宅、体調悪いとすぐ寝る。

2月13日(木)野ノ子、学校休む。昨日の4時から眠りつづける。剣道部顧問からの電話最近、元気がない。保健室の「先生が心配していて、ノノにも聞いた」かなり激やせしている。本人は元気という。

下原ゼミ通信ⅡNo.352 ――――――――― 8 ―――――――――――――――――

 

ゼミⅡの記録

 

□  9日24日(月)晴れ 参加=村瀬、西村

夏休み報告 ゼミ誌原稿校正

□10月 1日(月)社会観察「なぜ幸福家族は分解したのか、海外事情

□10月8日(月・祝日)図書館に寄る。マサリック2巻受け取り

 

土壌館日誌

 

柔道の稽古中、小六の女の子が落ち着かない。柔軟体操も、立ったり座ったりができないという。道場にきた早々、トイレのある部屋に同じ六年生の女の子と閉じこもって、ひそひそ話をしては突然、わーと歓声をあげたりしていた。小5の男子が、不思議がってたずねる。

「具合わるいのか」「平気だよ」と彼女は答える。そのくせ、飛び跳ねはやりたくないという。突然、小5の男子は、叫ぶ。「ああ、あれか!」保健で習ったという。

「おめでとう」彼女12の誕生日だった。

 

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掲示板

 

ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会

 

月 日 10月20日(土)

時 間 午後6:00 ~ 8:45 懇親会9:00~

会 場 池袋・東京芸術劇場第7会議室

作 品 『未成年』3回目

報告者 : フリートーク 司会進行 :小山 創さん

 

※参加 興味ある方はどなたでも、決まりはありません。自由です。

 

10月読書会は20日土曜日 時間は、都合で夕方6時00分~21時

 

月 日 12月15日(土)

時 間 午後1:30 ~ 4:45 懇親会5:00~

会 場 池袋・東京芸術劇場第5会議室

作 品 『カラマーゾフの兄弟』1回目

報告者 : 未定

 

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「下原ゼミ通信」・「読書会通信」編集室

課題・投稿などの送り先メール toshihiko@shimohara.net

連絡 090-2764-6052

 

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