文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.355

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2018年(平成30年)10月29日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.355

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3 12/10 12/17 12/24 1/7 1/21

 

土壌館創作道場 2018年、読書と創作の旅

 

テキスト読み(志賀直哉作品・他) &熊谷元一研究(情報)

 

テキスト=志賀直哉、他(世界文学)、エッセイ・評論の読み。

討論会、テーマを決めて話合う。

社会観察 いま起きているニュース、話題になっていること。

熊谷元一研究(童画・写真観察)写真・童画展情報

10・29ゼミ

 

社会観察    いじめ最多41万件 不登校も増 14万人

 

10月25日(木)文部科学省は、2017年度の小中高学校で認知した「いじめ」件数を発表した。それによると各学校で起きた「いじめ」は、過去最多の41万4378件(前年度比9万1235件増)だった。内訳は、小学校31万7121件、中学校8万424件、高校1万4780件となっている。特徴としては、小学高低学年、中学年が急増した。

内容は、「冷やかしやからかい」が25万7996件と最も多く、「軽くぶつかられたり、たたかれたりする」が8万7170件、インターネット上での誹謗中傷は、1万2632件(前年度比1853件増)だった。これは、統計を取り始めた2006年度以降、最多。

「いじめ」は、なぜなくならないのか。振り込み詐欺と同じで、マスメディアでこれだけ話題にしているのに減るどころか増え続けている。大人社会やスポーツ界では、これもイジといえるパワハラ、セクハラが蔓延している。イジメから逃れるためには、防ぐためには、どうしたらよいか。

「いじめ」とは何か

「いじめ」とは何か。弱いものを攻撃する快感。生存のための防衛行動。鶏を集団飼いすると、傷ついた鶏は、一斉に皆から攻撃されて死に至る。イジメは、動物的本能の現れ。人間社会の村八分現象。村社会が消滅したので個人同士に現れたのでは。(編集室)

 

目 次

□2018年「社会観察」いじめ最多41万件―――――――――――――――――― 1

□10・22ゼミ報告、「人間の謎」の事件について――――――――――――――― 2

□10.22ゼミ「或る晴れた日に」―――――――――――――――――――――――3

□創作ルポ「汐留青春グラフティ」、依存観察記録3回――――――――――――― 5

□ゼミ日誌・掲示板―――――――――――――――――――――――――――――8

 

 

 

 

 

 

 

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.355―――――――― 2 ――――――――――――――

 

10・22ゼミ報告 人間の謎について  文学雑談

 

作家は、なぜ、なんのために小説を書くのか。お金のため、名声を得るため。様々あるが、ロシアの文豪、ドストエフスキーは、こんな目的から、作家をめざすことにした。

◆1838年8月9日付け 兄ミハイルへの手紙 17歳のとき

 

人間と人生は、いかなる意義を有するのか。…ぼくは自信をもっていきす。人間とは秘密です。その秘密を解き明かさなければなりません。それを解き明かすのに生涯かかったとしても、時間を浪費したとは言えません。ぼくは、この秘密に取り組んでいるのです。なぜなら、人間になりたいと思っているからです。

                         (中村健之介訳)

 

10月22日ゼミは、先々週同様、以下の「人間の謎」につい雑談した。

 

□南青山児童相談施設建設反対のニュースについて なぜ反対するのか?

 

□石川達三『生きている兵隊』 『蒼氓』はなぜ第1回芥川賞を受賞したのか?

 

□創作ルポ「汐留青春グラフティ」 この作品を書いた理由

 

□拒食症観察記 依存という悪魔との闘いの記録。校正しながら残す。

 

社会観察   「いじめられていた」10月25日(木)朝日新聞

 

10月18日、埼玉県和光市のマンションで老夫婦が殺傷される事件が起きた。夫は死亡、妻は重傷。犯人は、同市に住む被害者・老夫婦の孫、中学三年生の少年(15)だった。当初、少年は、県警では犯行の動機をこのように供述していた。

「学校に許せない生徒がいて殺そうと思っていた。家族に迷惑をかけたくないと思い、まずは家族全員を殺してからにしょうと思った」

その後、少年は「学校で4人の生徒からいじめられていた」と話した。しかし学校は、大きなトラブルは認識していないと説明しているという。

「いじめ」る相手が憎いから殺す。この論理はわかるが、その前に迷惑がかかるから家族全員を抹殺する。は、理解しがたい。

この事件、捜査は、まだ進行中とのこと。全容が解決されるのを待つことにする。

この事件の動機は、不可解で理解しがたいが、ニュースを聞いて、思い出した事件がある。何年か前に岐阜県のある町で起きた凄惨な事件だ。余りに謎に満ちているので紹介する。

 

或る晴れた日に 中津川一家五人殺人事件の謎

編集室

何年か前5月はじめの夜、NHKである殺人事件のドキュメンタリーをみた。9年前、

中部地方のある都市で起きた親族間殺人事件の謎を追った番組だった。(番組制作者は、ど

うしても事件の真相を知りたかったという。この事件の動機は、謎に満ちていた)

―――――――――――――――――― 3 ――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.355

 

〈事件の概要は、このようであった〉

2月27日の早朝、被告は、日帰り旅行に出かける妻を最寄り駅に送った。彼は、57歳

この町の老人福祉施設の事務長を務めていた。温厚な性格で、面倒見よかった。人に好か

れ、地域では「先生」と呼ばれていた。地元警察からの信頼も厚く、犬好きでこのときは

警察犬2頭の調教を嘱託されていた。

彼の家は、市内の閑静な住宅街にあった。広い建坪に手入れされた庭木。屋根瓦がまぶしい2階建ての立派な邸宅。85歳の母親と、54歳の妻、整体業の長男の4人暮らしだった。が、この日は、嫁いだ長女(30歳)と夫(33歳)、その子ども2歳男児と生後3週間の女児。そして警察犬2頭がいた。長女は出産のために里帰りしていた。事務長は、2歳の孫を可愛がっていた。第2子が女の子だったので、喜びもひとしおだったようだ。経済的にもめぐまれ、人望もあり、まさに人も羨む明るい、希望に満ちた幸せ家族・家庭だった。
「夕方、迎えにくるから」事務長は、そう言って笑顔で仲間と日帰りバス旅行に行く妻を見送り帰路についた。穏やかな一日のはじまり。だが途中、彼の頭にあったのは、「アレができるだろうか」ではなく「アレを実行せねば」だった。
青空が山間にひろがっていた。いつもと変わらぬよく晴れた早春の朝。故に異変に気づくのが遅れた。施設に事務長が昼になっても出勤しない。連絡もなし。無断欠勤をしたことがない。変に思った職員は、様子を見に彼の自宅に向かった。その頃、警察に事務長宅近くで男性が腹部を刺されて倒れているとの通報。全治2週間のけがを負った娘婿だった。
事務長の自宅に着いた職員は、驚愕した。長女と2歳の息子、生後3週間の赤子、祖母、長男の5人が死んでいた。5人とも絞殺だった。他に、刺殺された2頭の警察犬が。
事務長は、空の浴槽のなかに隠れていた。首に包丁が突き刺さっていた。全治3週間の怪我だった。近所でも評判の仲良し家族7人の殺傷。誰が、どんな理由で…。すぐに犯人は捕まると思われた。が、なぜか捜査は遅々として進まなかった。
3月末になって事件は、娘婿の証言もあって解決した。逮捕された人物に誰もが驚いた。なんと、5人の家族と2頭の警察犬を殺したのは、風呂場に隠れていたその家の主人・事務長だった。なぜ、どんな動機あって。正気の沙汰ではない犯行だった。が、精神鑑定の結果は、異常なし。犯行責任能力ありだった。彼は、自分の母親、息子、娘、可愛がっていた孫二人、そして懐いていた警察犬2頭を殺害したあと、自分も死のうとしたが死にきれず、風呂場に隠れていたのだ。頭が変でなければ、いったい、どんな理由があってか。取り調べで事務長は、事件の背景を落ち着いた口調でこのように話した。
自分は、母親と妻との確執に悩んでいた。母親に対する嫌悪感から、一家心中を計画、5人を殺害し、娘婿に「一緒に死んでくれ」と迫って腹部を刺したが、反撃され、逃げ帰って

風呂場に隠れた。後悔していないという。
当初は、母親だけ殺して自殺しようと思った。しかし、後に残された家族のことを想うと、「不憫」になって、全員を道連れにすることにした。しかし、妻は、長年連れ添ったことや事件を見届けてもらうために殺害するのをやめた。

なんとも自分勝手な、腹立たしい犯行である。裁判では、あまりの異常さに精神異常者とみなしたようだ。2008年の裁判では死刑判決がでたが、翌年の岐阜地裁では無期懲役となった。人間を5人も殺害したにも関わらず、である。

※それにしても、「なぜ息子や娘、孫までも」。番組制作者は、面会して尋ねた。

「その時は、それ(殺すこと)しか考えが浮かばなかった」それが彼の答えだった。そして、いまも「後悔はしていない」ということだった。永遠の謎か。

※今回の埼玉・祖父母殺傷事件。イジメをする4人を殺す。その前に迷惑をかけるので家族全員を殺してから。中津川の事件は、憎い母親を殺す。その前に家族全員を…。15歳の中学生心理と同じようなものを感じた。人間の心の謎を思う。(編集室)

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.355 ―――――――― 4 ―――――――――――――

 

10.29ゼミ

 

〈ドストエフスキーの誤算〉

ドストエフスキーは、晩年、1871年12月に週刊誌「市民」の編集長を引き受ける。この

週刊誌に連載した社会批評『作家の日記』が好評で1876年2月には個人雑誌として刊行する。『作家の日記』では様々な社会問題を論評している。そのなかで子供の虐待について注視し、その解明に心血を注いでいる。

虐待は、古今東西、人間がいるところ、どこでも発生する。当時の虐待をドストエフスキ

ーは、どのように見、どのように解明しようとしたのか。その一つを下記でとりあげた。

 

クロネベルグの事件について(『作家の日記』上巻)

 

起訴文によれば、父親が七つになる娘を手ひどく、残酷に打(ちょう)ちゃくしたので

ある。彼は前々から残酷な扱いをしていたとのことである。折檻されている娘が笞の下で

(起訴文によれば)15分も、「お父ちゃん!お父ちゃん!と叫ぶ声を聞いて、ある平民出の女

が他人ながらたえきれなくなった。笞は、ある鑑定人の証言によれば、普通の笞ではなく

「シビッルーテン(棘つきの笞)であって、七歳やそこらの子供にはとほうもないもので

あった。

しかし、それは証拠物件として裁判所にとってあったからみんなみることができた。/起

訴文の語るところによると、折檻まえに、(さすがに)そばのものがこの棘は取らなくてはなるまと注意したとき「これはいっそう力をつける」と答えたとのことである。

 

これだけの新聞記事を読んだとき、ドストエフスキーは、どう思ったのか。

 

わたしは読み終わったとき、夜遅いにもかかわらず、この事件はたぶんその日のうちに、

裁判を終了したものと予想し、… 彼(知人)の話によると、被告は無罪になったそうである。わたしは裁判所と陪審員と弁護士に憤懣を感じた。

 

新聞記事の虐待に、はじめドストエフスキーは、激しい怒りを感じた。ところが三週間し

て、様々な報道を読み局外者の権威ある批評を聞くと、違ってきた。

(弁護士による無罪の理由は、次回)

 

わたしは被告だった父を悪人とも子供いじめ(こういう型はよくある)とも思わないよ

うになり、それはみんな「神経」の仕業であり、当人は弁護士の言葉を借りると「悪い教

育家」であるにすぎない、と考え得ることを欣快としている。

 

その理由は、もし父親が有罪になると、シベリアに送られる。そうなると、女の子は不幸

になり、父親も不幸になる。だれも徳しない。理論的には、そうかもしれないが、釈然とし

ないものが残る。

ドストエフスキーは、「ゆるしてください」と書いて死んでいった目黒の結愛ちゃん(5

歳の)虐待死をどのようにみるだろうか。

被告人の父親と母親に、どんな弁護があるだろうか。

 

 

―――――――――――――――――― 5 ――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.355

 

創作ルポ2  逃亡生活85日の記録・貨物駅人間観察 校正2回目

 

 

汐留青春グラフティ

 

下原 敏彦

 

前回のあらすじ その年の晩秋、私は、日比谷公園で開かれたベトナム戦争反対のデモに参加した。機動隊にとり囲まれて乱闘となった。やっとのことで逃げ出し、ノンポリの友人の下宿に逃げ込んだ。翌日、下宿に電話すると大家おかみさんがでて刑事が下宿に訪ねてきたという。リーダーの指令は、しばらく地下に潜れだった。私は、汐留にある貨物駅で働くことにした。そこには、大勢のアルバイトの若者がいた。夢抱くもの、挫折したもの、さまざまな青春があった。

 

 

構内は騒然としていた。三十五列車の発車時間が迫っていた。大小さまざまな鉄道荷物がごった返す積み荷ホームに、けたたましくベルが鳴り響き、怒鳴り声が飛び交った。

山陽本線方面の貨車の前には、小郡、防府、尾道と表示された荷物がまだ山積みにされて

いた。私は、手当たりしだい手カギに引っ掛け貨車の中にポンポン投げ込んだ。【横倒し厳禁】や【割れ物注意】の荷物もあったが、選別する余裕はなかった。

「おーい、早くしろ!」

「早くしろ!」

荷物会社の職員が、走りまわって大声でせかしまくった。

私が受け持った車両は、あと一つとなった。一緒に作業していた若い39番君は、最後の荷物を両手で持ち上げると

「これで、おしまあい!」

叫んで、思いっきりデッキの奥に投げ込んだ。

荷物は、白地にUSAと印された岩国米軍基地行きのサンドバックのような兵隊袋で、毎朝きまって一個小隊分ほどあった。何が入っているのか、角ばっていてかなり重かった。

私は、はじめのうち、このアメリカ兵の荷物を積みこむたびに緊張した。ベトナム戦争反対のデモ活動しているものが、先棒を担いでいるようで、妙な気持ちだった。が、いまでは積みやすい荷物の一つでしかなかった。

「オーライ!」「オーライ!」「オーライ!」

積み荷作業終了を確認する合図が最後尾の車両方向から、連呼して聞こえてきた。

「オーライ!」

39番君は、大声で前の車両に手を振った。

合図の声は、またたくまに最前部の車両まで伝わった。そのとたん

「発車するぞ!さがれ!さがれ!」

の叫びが返ってきた。

蒸気が白煙となってたちこめる中で紺服の機関士は赤い小旗を打ち振って怒鳴つた。

「おーい、発車するぞ!」

突如、警笛がピィーと鳴り渡って喧騒を引き裂いた。つづいて荷物を満載した貨物列車はレールをきしませながらゆっくり動きだした。連結器のかみ合う鈍い金属音が玉突きのような連続音を響かせていった。ガシャン、ガシャン、ガシャン。重量感あふれるその響きは、

 

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.355 ―――――――― 6 ―――――――――――――

 

凍てついた朝の空気を震えさせながらしだいに間隔を早めていく。積み荷班の連中は、ぼう然と佇んでいた。だれもかれもまるで湯上りのように体から湯気立ち上らせていた。

私も汗だくだった。が、一仕事を終えた爽快感があった。私は、ほっとした気持ちで目の前を過ぎて行く貨物列車を見送った。ワム15829、ワラ39764、ワム1759――貨車にかかれた数字は、すぐに読み取れなくなった。十余輌編成の長い貨物列車は、さらに速度をまして、操車場のはるか前方にあるトンネルの中に吸いこまれるように消えていった。最後尾の車両が完全に見えなると、途端、構内から轟音が消えた。すべての動力エンジンが切られ、構内はまるで時間が停止したような静寂に押し包まれた。

「おーい、一服だあー」

静まり返ったホームに南条班長の甲高い声が響いた。

南条班長は、元、といっても二十何年か前の話だが、職業軍人だったと自慢するだけあって痩せて筋ばった老体ながら、その声はよく通った。バイト連中は鬼軍曹と呼ばって怖がっていた。

班長の声を合図に、棒立ちに佇んでいた積み荷班の連中は、魔法が解かれたかのように一斉にホーム先端に向かって歩き出した。

「行くんだら」

39番君は、どこかなまりのある言葉で私を誘った。それから、まだ放心状態で立っている25番の松宮さんにも声をかけた。「おじさん、行かまい」

「やれやれ、やっと休めるか」松宮さんは、ハンカチで禿げあがった額の汗を拭きながらた

め息まじりに愚痴った。「今朝は、やけにあったねえ」

「二百トンな。今日は」39番君は、得意げに言った。

「ええっ、冗談でしょう」

「見てきたんです。事務所で」彼は、笑いながら言った。父親ほど年齢差がありそうな松宮さんをからかうのが楽しそうだった。「いまの列車なんか軽いだに」

「ほんとかい、だったら休めばよかった。ああ、ついてない」

松宮さんは、真顔でがっくり肩を落とした。

私と39番君は顔を見合わせて失笑した。ここで臨職は、お互い胸の名札番号で呼び合っていた。が、あきらかに年配そうな25番には、「松宮さん」と名前にさんづけで呼んでいた。松宮さんは、四十歳ぐらいか。まだそんな歳でもないのに、髪の毛はかなり薄くおまけに白いものが混じっていた。貨物駅に臨時雇用でくる人は、なかなか自分のことは話さなかったが、松宮さんは、こだわらない性格か、なんでも話した。秋口に勤めていた印刷会社が倒産して、一時しのぎに貨物駅で働くことにしたとのこと。家は横須賀の方にあって家族は妻と小学生の子供が二人いることなどあっさりと他人事のように話した。ときおり「早く、職をみつけなきゃあな」と、焦燥気味につぶやくのだが、なぜか滑稽にみえて、つい笑ってしまう。松宮さんは、いつも情けない笑みを浮かべていたが、映画については博学だった。

休憩時間、映画の話になると昔の映画名をあげては、さも自分が監督したような口ぶりで、解説した。ただ鉄骨が組んであるだけの殺風景の貨物駅の高い天井を見上げて

「ここの、貨物駅、好きなんだ。この景色がね、パリやローマの駅に似ているんだよ」

と、さも行ってみてきたようなことを言った。

失業中と自虐的だが、こと映画に関しては饒舌で自信にあふれていた。しかし、その映画への情熱が、どこでギャンブルにすりかわってしまったのか、いまの松宮さんは、かなりの競馬狂だった。近ごろの競馬は猫も杓子も手を出すようになってつまらん、とぼやきながらも暇さえあればズボンの裏ポケットにねじこんでいる競馬新聞をひろげて熱心に見入っていた。若い三十九番君がのぞきこむと

自嘲気味に笑って

次回

―――――――――――――――――― 7 ――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.355

 

観察記録3

「透明の存在」との闘いの記録3

 

【不登校はじまる】存在を見せはじめた悪魔

娘、野ノ子にとりついた食べ物に執着するという奇妙な病気。それは「透明な存在」という名の魔物だった。魔物は、徐々にその正体を現してきた。とりついた宿木を自由に操り、周囲の人間たちを破滅に導く。だが、家族は、まだそれに気づいていなかった。

 

5月13日(火)7時半登校時間になって野ノ子、体の不調を訴える。だるい、体が重い。はじめて学校を休みたいという。学校に電話、その旨を伝える。野ノ子、そのまま眠る。1時に起こし昼を食べさす。そのあと何かしている。九州で地震。夕食は、家族四人で。ノノ体重42㌔。

5月14日(水)野ノ子、学校へ行く支度をするが、出がけになって体がだるいとぐずる。泣き出す。そのまま寝かす。微熱あり。37度。2時に起こして昼食を食べさす。担任の岡田先生から電話。様子。夕食、野ノ子食べず。この頃から食べ物のことを話すと拒絶反応をみせるようになる。

5月15日(木)野ノ子食べられず。ジュースも残す。フラフラ状態で学校に行く。夜8時調子悪く半泣き状態。夕食「食べたくない」の一点張り。野ノ子と母親3人で「デニーズ」に行く。ハンバーグ注文、食べると元気でる。

5月16日(金) 7時半、野ノ子、なんとか登校。4時半帰宅。弁当、少し残す。

5月17日(土) 晴れ、蒸し暑い、夕方、烈しい雨、雹も。7時半野ノ子登校、両親、保健室で保健の先生と話す。

5月18日(日)晴れ、蒸し暑い、柔道大会、夕方「デニーズ」で野ノ子、母親3人で夕食。

5月19日(月)雨、やや肌寒し、野ノ子、体調悪いと訴える。体がだるいといいながら登校。4時雨のなか帰ってきて、すぐ寝る。

5月20日(火)くもりのち雨 野ノ子体だるいと訴え、布団も引かず寝転んでそのまま眠る。母親、勤め先から電話。「摂食障害の会」の電話わかった。12時、野ノ子と駅前の「ジョナサン」へ。野ノ子の昼食、生ハム、生野菜、スープ、パン一

5月21日(水) くもり、ノノ中間テスト。やっとのことで登校。1時、駅から電話。定期券を買いたいがお金をもっていない。電車で駅に行く。お昼、ヨーカ堂の7階の大食堂に行くが、気に入らず、「デニーズ」に行く。ノノ、ステーキのみを注文するが、食べられず、豆腐サラダを食べる。愚痴話を始める。母親のため息についてはなしていたが途中から話をわかってくれないと泣き出す。4時店をでる。バス停で中学時代の男友達と会い、少し元気に。バスの中ぐったり。セレンジン2錠のんで眠る。

5月22日(木)晴れ、風、やや涼しい。野ノ子、ぐったり状態で登校。12時、野ノ子、帰宅せず。行動に椅子を運んでいたとのこと。疲れて、食べるのもうごくのもイヤと言った感じ。セレンジン1錠のんで眠る。3時バスで「ジョナサン」へ。野ノ子、生肉野菜、アスパラ。野ノ子愚痴る。死にたいともらす。中学時代の友人たちに助けてもらうよう話す。父、つかれからうたたね。

5月24日 日 野ノ子中学の友人に会いに。

5月25日日 曇り晴れ 野ノ子昨日の中学友人の会は楽しかったと。食事は一切とらなかった。昼、野ノ子一人で考えたいと「デニーズ」に。3時母親と迎えに、3人でカラオケ、帰り野ノ子こってりラーメン食べる。

5月26日 月 晴れ 担当医カウンセリングを紹介、1回1万2千円とのこと原宿。

下原ゼミ通信ⅡNo.355 ――――――――― 8 ―――――――――――――――――

 

ゼミⅡの記録

 

□  9日24日(月)晴れ 参加=村瀬、西村

夏休み報告 ゼミ誌原稿校正

□10月 1日(月)社会観察「なぜ幸福家族は分解したのか、海外事情

□10月8日(月・祝日)晴れ 暑くなる 図書館に寄る。マサリック2巻受け取り

参加=西村、村瀬、志津木「それぞれの夏休み」「ニュース観察雑談」

『にんじん』2作口演。感想・批評。

□10月13日(土)熊谷元一研究・熊谷元一写真賞コンクール選考会無事終了の報告。選考会場、今年から長野県・昼神温泉郷にある熊谷元一写真童画館にて実施。

□10月15日(月)晴れ 西村さん モーパッサンの作品、石川達三の話。

□10月22日(月)晴れ 西村さん 社会観察「南青山児童相談施設反対」「老夫婦殺傷15歳孫逮捕とその動機」について。

□10月29日(月)

 

レポート提出 「曲芸師美人妻殺人事件」裁判 まだ

「いじめ」について まだ

「シリア梗塞の安田さん解放・自己責任」について まだ

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

掲示板

 

11月2日(金)~4日(日)日芸祭 江古田校舎

 

西村美穂さん 絵本・創作童話作品などを出展!!

 

 

ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会

 

月 日 12月15日(土)

時 間 午後2:00 ~ 4:45 懇親会5:00~

会 場 池袋・東京芸術劇場第5会議室

作 品 『作家の日記』から短編3作

「キリストのヨルカに召されし少年」「百姓マレイ」「百歳の老婆」

報告者 : 熊谷暢芳さん 司会進行 :小野口哲郎さん

 

※参加 興味ある方はどなたでも、決まりはありません。自由です。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「下原ゼミ通信」・「読書会通信」編集室

課題・投稿などの送り先メール toshihiko@shimohara.net

連絡 090-2764-6052

 

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

PAGE TOP ↑