文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.362

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2018年(平成30年)12月24日発行

 

文芸研究下原ゼミ通信No.362

 

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN

編集発行人 下原敏彦

9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3 12/10 12/17 12/24 1/7 1/21

 

土壌館創作道場 2018年、読書と創作の旅

 

テキスト読み(志賀直哉作品・他) &熊谷元一研究(情報)

 

テキスト=志賀直哉、ドストエフスキー。他の世界文学

討論会、テーマを決めて話合う。

社会観察 いま起きているニュース、話題になっていること。

熊谷元一研究(童画・写真観察)写真・童画展情報

12・24ゼミ

 

新聞観察  12月中旬の先週は、悲惨な事件・出来事はなかった。が…

 

比較的静かな12月中旬だったが、それでも驚かされた出来事は、いくつかあった。

 

・跡形もなく、札幌の爆発現場 不動産店スプレー引火か 16日夜『100本以上放出、湯沸かし器つけ爆発』(朝日 2018.12.18)

□この人災事故で驚かされたことは、爆発の威力とその原因だ。てっきり飲食店が原因かと思ったら、なんと火元は不動産店、爆発物は除菌消臭スプレー。不正隠蔽のため大量放出の結果。大事故だったが、死者がでなかったことが不幸中の幸い。

 

・エボラ「コンゴ史上最悪」死者300人超 (読売 2018.12.18)

□日本では、クリスマス近し、正月近しで国民総お祭りだが、遠く離れたアフリカコンゴでは大変なことが起きている。【ヨハネスブルク=木村達矢】特派員は、こう伝える。

「アフリカ中部のコンゴ民主共和国で、エボラ出欠熱の流行が拡大している。保険省は16日、感染の疑いのある人を含め、今年7月以降に313人が死亡したと発表しており、2013年~16年に西アフリカで1万人いじょうが死亡した大流行に次ぐ被害となっている。

政府軍と反政府勢力による武力衝突が感染防止の取り組みを遅らせている。」

 

目 次

□12・24「新聞観察」――――――――――――――――――――――――――― 1

□「新年号観察」「世界観察」―――――――――――――――――――――――― 2

□「特殊詐欺観察」―――――――――――――――――――――――――――――4

□名作詩編紹介――――――――――――――――――――――-―――――――― 7

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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年号観察 12月23日(日) 平成天皇、最後の誕生日 85歳

 

かって「明治は遠くなりにけり」といった名文句があった。が、それも今は昔、ついこの間、平成になったばかりと思っていたら、その平成も、いつのまにか30年が過ぎていた。10年ひと昔というが、知らぬ間に早、三昔もたっていたのである。その平成も現天皇が来春退位されることから、いよいよ最後となる。朝日、読売は一面でこう報じた。

 

・戦争のない平成に 心から安堵 沖縄犠牲への思いこれからも 朝日12.23

 

・平成 戦争なく「心から安堵」天皇陛下きょう85歳 読売

 

□昭和は、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争と大きな戦争がつづいた。平成は、湾岸戦争、テロ戦争はあったが、日本人が直接武器をとって戦った戦争はなかった。その意味で平和な年号年といえる。新しい年号は来春、3月末発表、4月1日から施行か?

新しい年号は、スタート早々「東京オリンピック」「大阪万博」という華々しい祭典に見送られるが、その先の前途は暗雲漂っている。昭和が終わった時のような希望がない。スマホ、AIは進化しより利便になる。が、人間の蛮行はやむことがない。北朝鮮に誘拐されいまだ戻らぬ拉致被害者。アフリカで反勢力軍にさらわれた女子高生たち、ISに連れ去られ売買されている異教徒の女性たち。世界は、先進諸国の人間をのぞけば多くの人が不幸にある。人種差別、宗教対立、格差社会。ますますひろがるばかりだ。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のなかで主人公アリョーシャが訴える「地球は地殻まで人間の血と涙でびっしょりだ」は、依然として現実としてつづいている。

 

・新元号好評いつ?政府 保守派の異論に苦慮「新天皇の公布」主張12.21朝日

 

平成に代わる新しい年号の公表時期が定まらない。日本会議国会議員懇談会などの保守派が元号を改める政令について「新天皇による公布」を訴えていることが影響している。

 

世界観察 かつて注目された世界一「幸せの国」は今も幸せか?

 

12月18日の読売新聞の国際版にこんな見出しをみた。

 

・「幸せの国」薬物汚染 ブータン 失業率上昇 若者に不安感

 

□まさか、あのブータンが…はじめ目を疑った。が、どうやら真実のようだ。人間、いずこも同じ、というわけか。記事はこう伝えている。

 

「幸せの国」として知られるヒマラヤ山脈の小国ブータンで若者の薬物汚染が深刻だ。都市部への急速な人口流入による失業率の上昇や家族関係の希薄化などが背景にあるとみられる。政府は国を挙げて対策に取り組むが、効果は上がっていない。

/警察のまとめでは、薬物事件で摘発される人数は毎年500人を超え、減少する気配がない。人口1万人あたりでは6人超えと日本の6倍程度に達している。/麻薬規制局のニマ・ダムドゥル対策館は「一刻も早く食い止めなければ、『幸せの国』というイメージも壊れてしまう」と危機感を隠さなかった。(ブータン西部パロ 田尾茂樹 首都ディンプーで)

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12.17ゼミ報告

 

先週17日のゼミは、テキスト志賀直哉作品の『日曜日』を読んだ。この作品は1934年(昭和9年)1月『改造』にて発表されたもの。子どもたちに魚捕りに行くのをねだられるが、遅い時間だったり、雨降りだったりで、なかなか実現できない。が6月4日晴れたので家族全員と女中9人で魚とりに行った話だ。日記には、こう記している。

 

六月四日 うち中にて富雄川魚とりに行く。魚とれずスッポンをとる。大満足。かえり中筋

 

【創作余談】これも奈良生活の断片。日曜日、子供等と近郊に遊びに行った時の事をそのまま書いたもの。「雪の日」「雪の遠足」が我孫子生活の憶い出しとして愛着を感じると同様に、「日曜日」も奈良生活の思い出として愛着をもっている。

 

私の日曜日      西村美穂

 

12月2日、朝から夜まで塾でバイト。今日は無料でやるテストの日で小学2年生に囲まれる。ほのかに乳臭い。

12月9日、学生FDのCHAmmiT当日。スタッフとして朝から裏方仕事をコソコソやる。知らない人の前で話すのにずいぶん緊張していたようで夜はたおれるようにぐっすり。

12月16日 友人と高尾山へ。人生初登山。おやつにと持って行ったチーズが何よりおいしかった。雨に降られたものの調子は上々。次は3月に行く予定。

 

□いろんなことに富んだ日曜日ですね。私の日曜日は年間、よほどのことがなければハンで押したような出来事です。朝一番に道場を開ける。掃除しながら師範代が指導する子どもたちの稽古風景を眺める。12時、大人たちの練習が終わったあと、カギをしめて帰る。が、先週16日は少し違った。

 

 

彼女の選択          土壌館

 

16日の日曜日、いつものように8時半、道場に行く。小六の女の子が二人、待っていた。一人は、今年の春入門した子、もう一人は、友人で、なんどか道場にきたことがある。彼女は、他の道場で柔道をしていて大会でもよくみかけた。3人姉妹の真ん中で幼いころから柔道をやっている。姉と妹も柔道選手。父親も柔道をしていて、早い話がいま流行りのスポーツ一家。金メダルをめざす家族なのだ。いってみれば、家族の星、所属する道場の希望の星。中学に入ったら活躍が期待される。

その彼女がなにを思ったか、今日、やってきた。そして、私の顔をみると

「こっちの道場に入っていいですか」と聞いた。

「向こうはどうするんですか」私は、聞いた。はじめ冗談と思った。

というのも同じ、柔道の道場でも、彼女がいた道場と、私のオンボロ道場とではあまりに違い過ぎた。行ってみたことはないが、雲泥の差。冷暖房もあるらしい。

それに姉も妹も、父親も向こうの道場にいるのだ。容易に信じられなかった。が、

「やめました。もうやめてきたんです」

彼女は、実にあっけらかんと言った。

いま小六だから、あと三カ月もすれば、ぴかぴかの中学生だ。それに柔道部にも入るのだ

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から、なにも道場を代えなくても…。だが、彼女の決意は固いようだ。今日から練習していくという。両親も、さすがに心配になってか父親と妹がやってきた。新規入門となると、入会金が発生する。普通1万円を納めてもらっている。あと三カ月ばかりなのでいいかとおもったが、彼女は、それも承知していて支払うという。当然だが両親は、納得していない。しかし、彼女は毎月の小遣いを貯めて払うという。何が彼女をそうさせるのか。揺れる12の乙女の心。静観することにした。

(ちなみに先週は稽古にでてきていたが、23日は無断欠席、学校でけんかしたからという。)

 

特殊詐欺観察 特殊詐欺が増えている。編集室のある千葉県・船橋は特に多い。22日被害根絶のフォーラムがふなばししで開かれた。

 

・「最後まで信じた」体験談 「犯人と話さない」県警 12.23朝日

 

■被害をふせぐには(県警への取材から)

 

提出レポート 「なぜ詐欺被害者はなくならないのか」

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世界名作紹介 死を前にした人間の描き方 『灰色の月』との対比

 

死を前にした人間の様子。志賀直哉の「灰色の月」では、山手電車のなか。餓死寸前の少年が描かれている。はじめわらっているように、ふざけているように見えた。

先般、新しい作品が発見されたとニュースになった米国ヘミングウェイの短編にも死とむきあった人間がでてくる。

 

名作読みアーネスト・ヘミングウェイの『殺し屋』を紹介 訳・大久保康雄

 

『殺し屋』とヘミングウェイについて

 

ヘミングウェイは、デビュー作となった『日はまた昇る』や映画化でも人気がでた『武器よさらば』『誰がために鐘は鳴る』など長編が有名だが、自身の少年、青春時代を描いた短編も忘れがたい。そのなかにあって『殺し屋』は、世界文学線上にあっても名作。まさに20世紀の短編小説を代表する作品です。無駄のない簡潔な文体は、現代文学の手本ともいえます。こんな文体を身につけたい・・・そんな思いで若い頃、原稿用紙にヘミングウェイの作品を繰り返し写し取ったことを懐かしく思い出します。訳者の大久保康雄は、あとがきで、この作品についてこのように紹介しています。

 

『殺し屋』は、ヘミングウェイがつくりあげた小説技法の見本のような作品である。ヘミングウェイはここで、余分な描写や説明をいっさい払いのけて、設定された状況に読者を直接対面せしめるという彼独自のスタイルを、ほとんど純粋なかたちで示している。ヘミングウェイ・スタイルの裸形というべきものが、ここにはある。

 舞台がどこの町であり、登場人物がどんな性格をもっているのか、ここで提出される事件に到達されるまでにどのような過去があったのか、そういう説明は何ひとつなされていない。それでいて、描かれた場面の張りつめた緊張感が、異様なするどさで読むものの心に迫ってくるのである。

 文章の簡潔さということが果たしている大きな役割の一つは、いうまでもなく、描写や説明を極度にまで切りつめることによって、ある一つの特殊な状況を、そのまま普遍的な意味にまで高めていることである。この『殺し屋』にしても、もし登場人物の経歴や性格を示すために多くの説明がなされたとしたら、これらの人物は、普通の小説的意味では、それだけ具象的なリアリティを濃くするかもしれないが、この事件全体を、ただの特殊な一事件―たんなるギャングの内輪もめ程度のものとしてしまったであろう。こういう簡潔化は、しばしば日常的な事物に象徴的な意味を付与するものなのである。ヘミングウェイの新聞記者時代の先輩ライオネル・ロイーズが、この作品を評して、「対話と行動の最小限の描写だけの純粋な客観性の一例だ」と言っているが、まことにそのとおりといわなければならない。

 物語の筋は簡単である。ニックは小さな町の簡易食堂で働いている。ある夕方、二人の男がやってくる。二人は殺し屋で、だれかに頼まれて、この町に身をひそめているスウェーデン人の拳闘家アンドルソンを殺しにきたのだ。アンドルソンは、いつも六時にはこの食堂にきて食事をとる習慣なのだ。しかし、この日は六時になっても彼は姿を見せない。七時になった。それでもこない。二人の殺し屋はとうとうあきらめて帰ってゆ

く。二人が立ち去ると、ニックは、危険を知らせるためにアンドルソンが泊まっている下宿屋へ駆けつける。拳闘家は、服を着たまま部屋のベッドに横になっている。ニック

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が殺し屋の話をしても、ただ壁を見つめたまま黙っている。警察に知らせようかと言っても、いや、どうにもしょうがないんだ、と言って、そのまま壁を見ているだけだ。この壁は無力な絶望感を象徴しているものと思われる。押しても、叩いてもどうにもしょうがない壁だ。

ニックとアンドルソンとのあいだにかわされる平凡な会話も、社会の表裏を経験してきた人間の絶望と、社会に足を踏み入れたばかりの恐れを知らぬ若者の勇気を対比させることによって、二つの世代の相違を巧みに暗示しているのである。ニックは、ここでは

じめて殺し屋たちの暴力の世界と拳闘家の絶望の世界に接触し、しだいに社会悪への目を開いてゆく。 新潮文庫『ヘミングウェイ短編集(一)』訳者「あとがき」より

 

この作品は1930年前後、ヘミングウェイ三十歳前後に書かれた。アメリカの三十年代といえば何か。禁酒法(1920-1933)でギャングが横行した時代である。映画『アンタッチャブル』にみる無法時代。ギャングに狙われたら、もうどうしょうもない。警察など当てにならない。この作品から若きヘミングウェイの怒りが伝わってくる。

ギャング達は新移民と呼ばれる人達の子供達が多かったそうです。その代表的なのがイタリアからの移民の子のアル・カポネです。彼の残した言葉としてこんなのがあります。

『私は市民が望むものを供給することで、金を稼いだだけだ。もし、私が法律を破っているというのなら、顧客である多くの善良なシカゴ市民も、私と同様に有罪だ。』 HP検索

作者について

1899年7月21日に生まれ

1961年7月2日に亡くなっている。ライフル自殺。

 

『老人と海』『キリマンジェロの雪』『フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯』

『河を渡って林の中へ』『持つものと持たざる者』など多数。

 

20世紀文学は『失われた時を求めて』のプルーストとヘミングウェイからはじまったとも言われている。

 

私の創作方法 モデルとなる人の人物像を

 

創作で重要なのは、あらすじもあるが登場人物たちの個性、性格がはっきりわかることだ。

身近な人たちの人物像を描写してみる。

大学同期生と毎年、忘年会旅行をおこなっている。今年は、12月20日~21日、伊豆の河津にいってきた。そのときの参加者の横顔を今後の作品(『昭和元禄水滸伝』)のためにスケッチしてみた。文字にして、その人物像がよくわかるようにする。

創作作品に登場させたい人たちのモデル一覧。

・寺田和夫 実家は東京近郊の代々続く地主。父親は大物市会議員。学生時代は右翼活動 大卒後、業界紙記者、駅前ビルでブテック店経営。老後は農業しながら山村に住むを希望。華やかな世界から土との共存。

・藤野弘之 実家は都内、義父は国会議員、母親は昔、地方で女医で病院経営者、高校時代はケンカと恐喝で三度退学、大学時代は空手部、2年のとき東南アジアの或る国に空手師範として2年半滞在。帰国後大学卒業、語学を生かして商社に勤めるも、見染めた彼女のために退社、愛する彼女と彼女の家業のために尽くす。波乱万丈のあとの平和な暮らし。

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名作読み 12月といえば第九ですが、アポリネール(1880-1918)のこの詩を思い出す人も少なくありません。木枯らし吹く師走の夕暮れ、一人行く雑踏のなかでこの詩を思い出してください。「ミラボー橋」は1913年の作品。これはセーヌ川にかかる鉄製の橋の名前です。(詳しくはネット「アポリネール」検索ください)

Le pont Mirabeau            ミラボー橋  Sous le pont Mirabeau coule la Seine.  ミラボー橋の下をセーヌは流れる Et nos amours              そして私たちの愛も Faut-il qu’il m’en souvienne       思い出さねばならないのか? La joie venait toujours apres la peine  悲しみの後に必ず喜びが来たことを  Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。  Les mains dans les mains         手に手を取り     restons face a face         顔に顔を合わせ Tandis que sous le Pont         私たちの腕が作る橋の下を     de nos bras passe          永遠の微笑みが流れる間に Des eternels regards l’onde si lasse   水は疲れていった  Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。  L’amour s’en va comme cette eau courante 愛は流れ行く水のように去っていく L’amour s’en va comme la vie est lente  愛は人生は遅すぎるかのように Et comme l’Esperance est violente    そして望みは無理であるかのように                     去っていく  Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。  Passent les jours et passent les semaines日々が去り、週が去って行くのに Ni temps passe              時は去らず Ni les amours reviennent         愛は戻らない Sous le pont Mirabeau coule la Seine   ミラボー橋の下をセーヌは流れる  Vienne la nuit sonne l’heure       夜が来て、鐘が鳴り Les jours s’en vont je demeure.     日々は去り、我は一人。  句読点を使わないという画期的な手法を使った作品集「アルコール」の特徴がこの詩にも出ています。(検索)

去っていった恋人、マリー・ローランサン。詩人は38歳の短い生涯。が、彼女への愛は永遠に終わらない。

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ゼミⅡの記録

 

□  9日24日(月)晴れ 参加=村瀬、西村

夏休み報告 ゼミ誌原稿校正

□10月 1日(月)社会観察「なぜ幸福家族は分解したのか、海外事情

□10月8日(月・祝日)晴れ 暑くなる 図書館に寄る。マサリック2巻受け取り

参加=西村、村瀬、志津木「それぞれの夏休み」「ニュース観察雑談」

『にんじん』2作口演。感想・批評。

□10月13日(土)熊谷元一研究・熊谷元一写真賞コンクール選考会無事終了の報告。選考会場、今年から長野県・昼神温泉郷にある熊谷元一写真童画館にて実施。

□10月15日(月)晴れ 西村さん モーパッサンの作品、石川達三の話。

□10月22日(月)晴れ 西村さん 社会観察「南青山児童相談施設反対」「老夫婦殺傷15歳孫逮捕とその動機」について。

□10月29日(月)晴れ 西村 ゼミ誌『自主創造』校正。社会観察「17年度いじめ最多」

□11月12日(月)晴れ 西村、村瀬、「やまびこ学校」読み「いじめについて」レポート

□11月19日(月)曇り 村瀬、西村 「いじめ」「入管法改正」議論、「にんじん」読み。

□11月26日(月)文学フリマ、ドストエフスキー3短編(作家の日記))

□12月3日(月)テキスト読み、名作読み。レポート「2018年の記憶」「一日」

□12月10日(月)テキスト読み『灰色の月』レポート

□12月17日(月)テキスト読み『日曜日』レポート「私の日曜日」

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掲示板

 

お知らせ ドストエーフスキイ全作品を読む会・読書会

 

月 日 2019年2月16日(土)

時 間 午後2:00 ~ 4:45 懇親会5:00~

会 場 池袋・東京芸術劇場第7会議室

作 品 『カラマーゾフの兄弟』

報告者 野澤隆一さん 司会進行 :梶原公子さん

 

※参加 興味ある方はどなたでも、決まりはありません。自由です。

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「下原ゼミ通信」・「読書会通信」編集室

課題・投稿などの送り先メール toshihiko@shimohara.net

連絡 090-2764-6052

 

よいお年を!!

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