文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.372

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2019年(令和元年)6月4日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.372

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
4/9 4/16 4/23 5/7 5/14 5/21 5/28 6/4 6/11 6/18 6/25 7/2 7/9 7/16 7/23 
観察と記録

2019年読書と創作の旅

6・4下原ゼミ

2019年度読書と創作の旅同行者です。1人増えて8人の仲間になりました。
宇治京香  安室翔偉   梅田惟花  佐久間琴莉  松野優作  伊東舞七
大森ダリア  佐藤央康 (写真全員のとき)

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【6・4ゼミ予定】
□ゼミ誌編集会議。
□ゼミ合宿、ゼミⅢ合同希望案、ゼミⅢ合意、9月5日(木)~6日(金)
□テキスト志賀直哉『或る朝』感想読み
□ドストエフスキー講座「1885年4月24日ペテルブルグの号外」編集室創作
□ゼミ中休み紙芝居口演、演じながら口演してみる。「少年王者」
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【5・28ゼミ報告】
■参加5名 宇治、佐久間、伊東、大森、佐藤。
■ゼミ誌ガイダンス報告&編集会議
■提出課題の輪読
■テキスト・志賀直哉『或る朝』朗読
■ゼミ合宿について。ゼミⅢ合同案 
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.371―――――――― 2 ―――――――――――――

ゼミ観察  2019年、読書と創作の旅、同行者の紹介

5月28日までの参加状況です。

・宇治 京香さん 4/9 4/16 4/23 5/7 5/14 5/28

・伊東 舞七さん 4/9 4/16 4/23 5/7 5/14 5/28

・梅田 惟花さん 4/9 4/16 4/23 5/14

・佐久間 琴莉さん4/9 4/16 4/23 5/7 5/14 5/28

・大森 ダリアさん4/9 4/16 4/23 5/14 5/28

・安室 翔偉さん 4/16 4/23 5/7 5/21

・佐藤 央康さん 4/9 4/16 4/23 5/28

・松野 優作さん 5/7

□8人に様々な個性を感じます。楽しいゼミにしましょう。
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ゼミ雑誌編集会議 参加者で編集会議、サイズ、制作日程、原稿など案をだした。 

参加者 = 宇治京香 佐久間琴莉 伊東舞七 大森ダリア 佐藤央康
編集委員=宇治京子 佐久間琴莉

【5・28編集会議で出された案】

〈制作上の日程〉
①進行状況の報告提出 → 10/11(金)迄に
②仮見積もり書の提出 → 10/25(金)迄に
③確定見積もり書提出 → 11/22(金)迄に
④ a.請求書提出
  b.納品書提出
  c.発行の冊子5部 紹介文(100字)を添えて大学編集局に提出12月6日(金)締切

〈ゼミ雑誌の形態〉
サイズ → 文庫本
表 紙 → 佐久間琴莉さん担当
原 稿 → 夏休み明けに提出 9月24日(火)提出

〈内容〉だいたい決めている人(参加者)
・宇治京香 → 小説 or 論文
・大森ダリア → 小説 or 論文、エッセイ
・伊東舞七 → ポエム 詩
・佐久間琴莉 → 小説
・佐藤央康 → ショートショート 短編
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・・・・・・・・・・・・・・・ある惑星の記録・・・・・・・・・・・・・・・

自分観察や社会観察は、時間列車の車窓風景である。時間列車1号は、はるか何百億年の昔、ビックバン爆発の祝砲に送られて出発した。車窓に、幾多の銀河の誕生を見た。幾多の星々の盛衰を見た。私たち生き物が乗車した時間列車は、35億年前、大銀河のはずれにできた惑星に到達した。何万何千の有機体が存在する星だった。車窓に見え過ぎてゆく有機体の進化と衰退。微生物から巨大生物まで様々な生き物が栄えては滅んでいった。つい最近のことだが、暫しの眠りから目を覚ますと、二足歩行の生き物がこの星を闊歩していた。大氷河時代を生き延びた知的生物。彼らは社会をつくり帝国をつくり、戦争と繁栄と破滅をくりかえし、車窓をあきさせない。令和という新年号に代わったちっぽけな島国の王国。今日も、悲喜こもごもの日がすぎていく。惑星時間2019・6・3の車窓風景の記録である。

テキスト・解説 志賀直哉の「なんでもない一日」『或る朝』

現在、本ゼミ通信では、創作指導として自分の一日観察「なんでもない一日」を掲載している。自分の一日観察は、それ自体、短い独立したものだが、積み重ねれば、記録になる。創意を加えれば短編、中編、長編小説にもなる。自分観察は、そんな基盤というか要素を持っている。テキストにしている志賀直哉の作品は、そうしたものが多い。最初の作品『或る朝』は、まさに「なんでもない一日」の朝の出来事だが、この積み重ね手法は、やがて長編『暗夜行路』に繋がっていく。その意味で、志賀直哉処女作三部作といわれる『或る朝』(他二作は『菜の花と小娘』『網走まで』)は、注視すべき1作である。

【『或る朝』感想】
 
宇治 京香   信太郎と同じように涙が自然に出てくることがある

信太郎の心情は、よく分かる。特に相手が祖母だということが、情けに訴えかけてくるのだ。私は良心が共働きであったので、小さい頃は家の近い母方の祖母に面倒をみてもらっていた。今でも祖母とは仲が良く、母親よりもむしろ秘密を打ち明けられる存在だ。祖母に限ったことではないが、母親とケンカをした時など、ひとしきり言いたいことをぶっけてその場から立ち去った後一人になった時、信太郎と同じように涙が自然に出てくることがある。少しばかりの後悔と、言いたいことを言えたという清々しさがあることは確かだ。この点も含め、志賀直哉の心情描写の精巧さには驚かされる。その場に自分が立たされたかのように思われる不思議な心地がするのも彼の文章の特徴であると思う。

□祖母さんと仲良いのはいいですね、志賀直哉の心観察、いまでも勉強になります。

佐久間 琴莉  信太郎の葛藤はよく分かります

朝に起ききれないたちなので、起き際の信太郎の葛藤はよく分かります。私の場合、母ですが、毎朝、こんなものです。
大声で私の寝床に侵入してきます。もう起きるから、とうつろに返事をして、また目を閉じます。また大声が降りかかって、それに段々うっぷんがたまり、思わず反論やら文句やら悪口やらが交ざったような言葉を布団の中から投げ出します。当然母からミサイルのような重みのある言葉が返ってきますが、拗ねた私は、また目を閉じます。私が投げた言葉の罪悪感で布団から這い出る頃には、もう母はいません。仕事に行ってしまいます。
いつまでも元気な母がいると思って過していたら、母が起こしにこない日常がさみしく思
えるでしょう。今のうちによいこともしなければと思います。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.372 ―――――――― 4 ―――――――――――――

□お母さんに起こされるのは、人生で一番幸せなときです。お母さんを大切に。

伊東 舞七  真っ先に自分の祖母の顔が浮かんだ

私が小学生になる前から、何故だか祖父と祖母が一緒に暮らしていた。一緒に住んで、もう15年くらいになる。最近、祖母との仲は良くない、かといって、ケンカをしているわけでもない。たぶん私と祖母は合わないのだと思う。言葉を交わすたびに言い合いになる。でも、そんな毎日でも、私がどんなに帰りが遅くても、返って来なくても、私の分のご飯をつくっておいてくれる。祖母の優しさを感じる。けれども、今の私は、まだ素直にありがとうが言えない。『或る朝』を読んで、真っ先に自分の祖母の顔が浮かんだ。わりとどこの家
庭でも起こりそうなことがかかれているが、私は心動かされた。

□祖父母は、孫を無条件で信じます。詐欺被害がなくならない理由です。

テキスト・志賀直哉の車中作品と関連作品

『出来事』 実際に体験した作品。
 この作品は、1913年(大正2年)9月1日発行の『白樺』第四巻に発表された。30歳。
7月28日の日記「子供が電車にヒカレかかった。(出来事)」。8月15日「病院。かえって『出来事』の了ひを書き直して出来上がってひるね」この夜、友人と散歩にでて山の手電車にはねられて怪我をする。(岩波書店『志賀直哉全集』)
※ この怪我の治療に城の崎温泉に行き『城の崎にて』を書く。

比較 次に読む『正義派』は他者から聞いた事故の出来事を創作した作品。
 『正義派』この作品は、1912年(大正元年)9月1日発行の『朱欒』に発表された。29歳。1912年(明治45年)5月2日の日記「夜少し仕事をした。(興奮という題の)」とある。5月5日には「『興奮』という題の小説をかきあげた」とある。5月17日は「雀の声を聞きながら眠って翌日の12時半に起きた。『線路工夫』を少し書いてみた」とある。5月28日「夜、『正義派』・・・を書き終わった。感心すべきで物ではない」8月25日「あけ方、とうとう『正義派』を書きあげる。悪い小説とは思わない」
 その後の【創作余談】では、「車夫の話から材料を得て書いたもので、短編らしい短編として愛している」と回想されている。(『志賀直哉全集』岩波書店)

名作『城の崎にて』について
自らが電車事故にあい湯治にいった温泉地での作品。

一見なんでもない作品。しかし、この作品は名作と評されている。なぜ名作か。その意味がわかるのは、おそらく、もっと多くの小説。いろんな分野の作品を読む必要がある。文学でもなんでもそうであるが、本物はすぐにはわからない。
 『出来事』を書いた8月15日の夜、山手電車にはねられた。その時の傷の養生に城崎温泉に行く。10月18日から11月7日まで湯治療養。この間、この作品を書く。
10月30日の日記「蜂の死と鼠の竹クシをさされて川へ投げ込まれた話を書きかけてやめた。これは長編の尾道に入れることにした。」とある。(『志賀直哉全集』岩波書店)

【創作余談】これも事実ありのままの小説である。鼠の死、蜂の死、いもりの死、皆その時数日間に実際目撃したことだった。そしてそれから受けた感じは素直に且つ正直に書けたつもりである。所謂心境小説というものでも余裕から生まれた心境ではなかった。
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ゼミ合宿について 実施の方向ですすめる。長野県の昼神温泉郷に

現地での授業内容  : 熊谷元一写真童画館見学・満蒙開拓平和祈念館見学。
            観光として星空日本一を見物。(天気次第)
 日程 ゼミⅢ → 仮9月5日(木)~6日(金)
    
熊谷元一写真童画館見学「熊谷元一写真童画館」見学で熊谷の業績を知る。

1953年入学の「一年生」「村の記録70年」の写真作品の他、童画作品の展示。

満蒙開拓平和記念館 中国残留孤児の悲劇を生んだ戦前の国策を知る。

終戦まで後3カ月。昭和20年5月1日、新緑の伊那谷を後にして遠い中国の北東部(当時満州国)に旅立った村人家族と、その子どもたちと教師。総勢195名がいた。彼らは、なぜ、ソ連軍が迫る国境の開拓村に向かったのか。悲惨な逃避行を生んだ国策の謎。同館見学で、その謎が解ける。

前回の明細 2017年8月16日~17日ゼミ合宿にかかった費用、阿智の里「ひるがみ」

・高速バス往復 → 8000
・宿、宿泊   → 7750
・16日昼食(宿)→ 1200
・「熊谷元一写真館」入館料 350
・「満蒙開拓平和記念館」入館料 500
・17日昼食で打ち上げ(南国飯店)2000
                  総額19800 (交通費・宿泊など)

☆星見物の場合(ロープウエイ)乗車往復3200 雨天で中止でした。返却
       星見物の場合、総額23000円(交通費込)
【前回の日程】8/16~8/17

8/16 8:00パスタ新宿(飯田行)→双葉休憩→伊賀良下車、宿送迎車→宿(12:30昼食)
   2:00昼神温泉郷散策「熊谷元一写真童画館」見学、珈琲館休憩→温泉、夕食 雨のため星空見物中止、盆踊り、花火大会見物→温泉・就寝
8/17 6:00朝市見物・朝食→10:30「満蒙開拓平和記念館」見学→三州街道の宿場、駒場町を徒歩で会場1:00~「南国飯店」で郷土料理「五平もち」など食べる。→3:19伊賀良(新宿行)→ 20時前後ころパスタ新宿。解散。

2019年(令和元年)のホテル候補(ゼミⅡ6名、ゼミⅢ9名) ゼミⅢ西村

①伊那華(いなか)
 7 人部屋2 室(9500円/ ひとり)、1人部屋1室(1万5500円/ 先生)
 露天風呂あり 朝夜バイキング

②ひるがみの森(ひるがみのもり)
 5人部屋4室(8800円+TAX+ 入湯税/ ひとり)、1人部屋1室(9800円/ 先生)
 露天風呂あり 朝夜会場移動 ロビーのみWiFi あり
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中休み ゼミ前半、あっという間過ぎて6月です。紙芝居で一休み 

『少年王者』について BSNHKで紹介
戦後すぐ『少年王者』は、少年少女から大人まで大ベストセラーとなった。だが、いまは、山川惣治の名も『少年王者』の物語も知る人は少ない。
 いつの時代もサブカルチャーの運命は、はかない。あんなに注目されたのに、あんなに売れたのに、あんなに面白かったのに。いまは人知れず消えていくのみ
 「少年王者」も、その運命だった。しかし、本当面白い物語なら、たとえ、幾百年地底にあろうとも、いつかは、復活する。本作品は編集室が色づけしました。

紙芝居『少年王者』「生いたち編」作者・山川惣治生誕111年記念

『少年王者』とは何か
 この物語は、アフリカがまだ暗黒大陸といわれていた時代のお話。その頃、ケニヤは英国が、カメルーンはフランスが、コンゴはベルギーが植民地にしていた。しかし、奥地は人跡未踏で謎につつまれていた。その魔境で日本の少年が活躍する。

 『少年王者』第一集「おいたち編」が出版されたのは1947年(昭和22年)戦後すぐである。敗戦で打ちのめされた日本。そんななかで子供たちにとって、真吾少年の活躍は、胸のすく物語だった。たちまちに大ベストセラーとなった。
 
山川惣治 – 絵物語作家。福島県出身。 (1908年2月28日~1992年12月17日)
■代表作 『少年王者』『 少年ケニヤ』『 荒野の少年』がある。

 後の山川惣治は、出版社経営に失敗し、横浜でレストラン「ドルフィン」を経営するなど、順風満帆な人生ではなかったが、このたび『山川惣治』をまとめた中村圭子さん(文京区・弥生美術館学芸員)は「少年が、そのまま大人になったような人だった。数々の日本のアーティストに影響を与えたその作品を知ってほしい」と話している。(2018年5月6日読売)

ドストエフスキー講座.  ナポレオンになりたかった青年の物語

犯行までの三日間を追う
『罪と罰』の主人公、元大学生で現在無職のロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフ(23)が強盗殺人犯となるまでの三日間をドキュメントする。
【1日目】 強盗殺人計画のリハーサル
7月8日(木)物語は「7月はじめの蒸暑い夕方」からはじまる。大学もバイトもやめて閉じこもっていた青年がアパートを出て、目的地に向かう。強盗殺人計画の下見だった。犯行の真の動機。それは老婆殺害だった。その実行が、英雄なになれるかどうか。ナポレオンになれるかどうかの試金石だった。きっかり730歩。金貸し老婆の家。老婆在宅。こんど質入れする品物を持ってくると話す。階下の様子等確認。
 センナヤ広場の居酒屋に入る。酔っ払いマルメラードフがいる。役所にいかず酒びたり。家には肺病で苦しむ妻と、3人の幼子がいる。娘、ソーニャが黄色の鑑札をもらいにいった話を告白。ラスコーリニコフ、マルメラードフを自宅まで送る。 2日目は次回
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ドストエフスキー氏逮捕!! 文壇に激震

号外 過去から号外ビラがタイムスリップしてきた!

1849年4月23日夕刻版 デカブリストの悪夢ふたたび

暴動を企むフーリェ主義者一斉検挙!!

 4月23日未明、政府当局(第三課)は、兼ねてよりペテルブルグ市内において国家転覆を共謀する秘密結社金曜会の内偵をすすめていたが、このほどその容疑が固まったことから同会の会員34名をそれぞれの自宅で逮捕した。
 この会は9等官ペトラシェフスキー(28)が昨年はじめに「友人を迎える日」として発足したもので、毎週金曜日の夜に開かれていた。会員のなかには詩人、大学生、役人ら知識人多数の他に近衛部隊の将校も含まれていた。

         皇帝直属第三課が指揮

内務省は、昨今の諸外国にみられる不穏な情勢から我が国における秘密結社の活動を危惧し同会の実体を密かに調査してきたが、この度ほぼ、その陰謀計画の全容が把握できたことから一斉逮捕に踏み切った。皇帝直属の第三課が直接、指揮をとった。
 ニコライ一世は24年前のデカブリストの反乱の悪夢を思いだされて
「事態は、重大である。一部には、たわいない部分があるとしても、放ってはおけない」と、憂いておられた。

逮捕者のなかに作家ドストエフスキイ氏の名前が!!

 逮捕者のなかに、『貧しき人々』の作者ドストエフスキイ氏(27)の名前。文壇に衝撃走る。氏は2年前、処女作『貧しき人々』を引っ提げて文壇にデビューした。関係者は一様に「あの青年が、そんな大それたことを…」と驚きをかくせない。氏は、会では、主犯格のペテラシェフスキイに次ぐ重要人物とのこと。
 ド氏は毎週ひらかれる金曜会に出席、社会撹乱をはかった文書や小説を朗読、陰謀の早期実行をあおった。彼らの目指す農奴問題、裁判制度、検閲制度の改革をすすめるためにド氏は「そのときは蜂起するしか手がないじゃないか!」と扇動していたという。下記は主な逮捕者。

 ペトラシェフスキイ(28)  グリゴーリェフ(20)モンベルリ(28)
 リウォフ(25)       スペシネフ(28)  ドストエフスキイ(27)
 ヤストルジェムブスキイ(35)ドウロフ(33)   トーリ(26)
 チムコムスキイ(34)    他24名

※各地で暴動頻発 1846年 民衆蜂起27件  地主殺害 12件
         1848年     45件       18件

発行元、下原ゼミ通信「編集室」2019.6.3
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.372 ―――――――― 8 ―――――――――――――

ドストエフスキー etc…

初めてドストイエフスキイを読んだ頃
萩原朔太郎 詩人

 初めてドストイエフスキイを読んだのは、何でも僕が27、8歳のときであった。それ以前に読んだ西洋の文学は、主にポオとニイチェであった。その他にもトルストイなど少し読んだが、僕にはどうもぴったりしないので、記録に残るというほどでもなく、空読にしてしまった。後々までも影響し僕の文学的髄質を構成するほど、真に身に沁みて読んだ本は、ポオとニイチェそれからドストイエフスキイの三つであった。僕はポオから「詩」を学び、ニイチェから「哲学」を学び、ドストイエフスキイから「心理学」を学んだ。

―――(略)―――

 僕が初めて読んだド氏の小説は、例の『カラマーゾフの兄弟』であった。もちろん翻訳であったが、僕はすっかりこれに打たれてしまった。あの厖大な小説を。二昼夜もかかって一気に読み了り、夢から覚めたようにぼんやりした。当時僕がどんなに感動したのかは、その時、読んだ本の各頁に、鉛筆で無数の書き入れや朱線がしてあるので、今もその古い本を見る毎に、新しい感銘の追憶が興るほとだ。イワンもドミトリイも、すべての人物が面白かったが、特にあの気味の悪い白痴の下男と、長老ゾシマの神秘的な宗教観が面白かった。
――略――       
・・・・・・・・・・・・・・掲示板・・・・・・・・・・・・・

一緒にドストエフスキーを読みませんか

読書会のお知らせ ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」
どなたでも自由に参加できます。下原まで

月 日 : 2019年6月15日(土) 開 始  : 午後2時00分 ~ 4時45分
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小会議室7(池袋西口徒歩3分)
 作 品  :『カラマーゾフの兄弟』三回目 報告者 : 菅原純子さん

月 日 : 2019年8月10日(土) 開 始  : 午後2時00分 ~ 4時45分
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小会議室7(池袋西口徒歩3分)
 作 品  :『カラマーゾフの兄弟』四回目 報告者 : 石田さん

市民講座開設のお知らせ NHK柏文化センター

「ナポレオンになりたかった青年の物語」――ドストエフスキー『罪と罰』を読む――
講師:下原敏彦 日本大学講師 「ドストエーフスキイ全作品を読む会」主催
2019年 7/18 8/29 9/19 10/17 11/21 12/16 AM10:30~12:00

※「ゼミ通信」掲載の原稿、メールでも可。

連絡090-2764-6052下原 メール:toshihiko@shimohara.net 

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