文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.373

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2019年(令和元年)6月11日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.373

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
4/9 4/16 4/23 5/7 5/14 5/21 5/28 6/4 6/11 6/18 6/25 7/2 7/9 7/16 7/23 
観察と記録

2019年読書と創作の旅

6・11下原ゼミ

2019年度読書と創作の旅同行者です。1人増えて8人の仲間になりました。
宇治京香  安室翔偉   梅田惟花  佐久間琴莉  松野優作  伊東舞七
大森ダリア  佐藤央康 (写真全員のとき)

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【6・11ゼミ予定】
□ゼミ誌編集会議。「少年王者」残り。
□ゼミ合宿参加者確認5+? ゼミⅢ・ゼミⅢ合同、9月5日(木)~6日(金)
□テキスト志賀直哉『出来事』『正義派』の読み
□ゼミ合宿に向けて「熊谷元一を知る」写真童画館見学に備えて。
□提出課題「車内観察 ある日の電車」
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【6・4ゼミ報告】
■参加5名 宇治、佐久間、梅田、佐藤、安室 欠 大森、伊東、松野
■ゼミ誌&編集会議 ゼミ合宿について、参加者記入5名
■社会観察、引きこもり事件の話題、雑談 米国譚(安室君)
■テキスト・志賀直哉『或る朝』感想報告はできなかった。
■ゼミ前期中日で余興 口演「少年王者」梅田、安室、佐藤、宇治 
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.373―――――――― 2 ―――――――――――――

ゼミ観察  2019年、読書と創作の旅、同行者の紹介

6月4日までの出欠状況です。

・宇治 京香さん 4/9 4/16 4/23 5/7 5/14  5/28 6/4

・伊東 舞七さん 4/9 4/16 4/23 5/7 5/14  5/28

・梅田 惟花さん 4/9 4/16 4/23    5/14  6/4

・佐久間 琴莉さん4/9 4/16 4/23 5/7 5/14  5/28 6/4

・大森 ダリアさん4/9 4/16 4/23    5/14  5/28

・安室 翔偉さん  4/16 4/23 5/7  5/21  6/4

・佐藤 央康さん 4/9  4/16 4/23  5/28 6/4

・松野 優作さん 5/7

□8人8様の個性を感じます。楽しいゼミにしましょう。
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ゼミ雑誌編集会議6/4  参加者で編集会議 

参加者 = 宇治京香 佐久間琴莉 梅田惟花 佐藤央康 安室翔偉
編集委員=宇治京子 佐久間琴莉

【これまでに出されている案】

〈制作上の日程〉
①進行状況の報告提出 → 10/11(金)迄に
②仮見積もり書の提出 → 10/25(金)迄に
③確定見積もり書提出 → 11/22(金)迄に
④ a.請求書提出
  b.納品書提出
  c.発行の冊子5部 紹介文(100字)を添えて大学編集局に提出12月6日(金)締切

〈ゼミ雑誌の形態〉
サイズ → 文庫本
表 紙 → 佐久間琴莉さん担当
原 稿 → 夏休み明けに提出 9月24日(火)提出

〈内容〉だいたい決めている人(参加者)
・宇治京香 → 小説 or 論文
・大森ダリア → 小説 or 論文、エッセイ
・伊東舞七 → ポエム 詩
・佐久間琴莉 → 小説
・佐藤央康 → ショートショート 短編
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・・・・・・・・・・・・・・・ある惑星の記録・・・・・・・・・・・・・・・

自分観察や社会観察は、時間列車の車窓風景である。時間列車1号は、はるか何百億年の昔、ビックバン爆発の祝砲に送られて出発した。車窓に、幾多の銀河の誕生を見た。幾多の星々の盛衰を見た。私たち生き物が乗車した時間列車は、35億年前、大銀河のはずれにできた惑星に到達した。何万何千の有機体が存在する星だった。車窓に見え過ぎてゆく有機体の進化と衰退。微生物から巨大生物まで様々な生き物が栄えては滅んでいった。つい最近のことだが、暫しの眠りから目を覚ますと、二足歩行の生き物がこの星を闊歩していた。大氷河時代を生き延びた知的生物。彼らは社会をつくり帝国をつくり、戦争と繁栄と破滅をくりかえし、車窓をあきさせない。令和という新年号に代わったちっぽけな島国の王国。今日も、悲喜こもごもの日がすぎていく。惑星時間2019・6・4の記録である。

社会観察  虐待、高齢ドライバー暴走、家庭内暴力 危険に満ちた車窓

 この1週間、車窓に映る景色は、危険に満ちた光景がつづいた。朝日・読売新聞見出し。

6月5日(水)
・カリタス小学校、きょう再開 長男暴力「命の危険」元次官供述 (朝日)
・練馬刺殺 再同居後長男が暴力 川崎殺傷「カウンセラー常駐」へ  
引きこもりまず相談(家族会で悩み共有)(読売)

6月6日(木)
・コンビニ公取委が調査へ「脱24時間」めぐる実態  「フェアな医学部入試を」提訴
 福岡9人死傷 交差点突入猛スピードか 逆走ブレーキ痕なし (朝日)
・瀧被告「心の甘さ」反省 元弁護士ら「地面師」逮捕 事故3日前免許の返納相談
 池江選手笑顔の近影「自分を奮い立たせてます」(読売)

6月7日(金)
・横浜市営地下鉄レールに装置放置 乗り上げ脱線 2歳児衰弱死母親ら逮捕 (読売)
・2歳児に膀胱 衰弱死 傷害容疑母(21)と交際相手を逮捕  (朝日)

6月8日(土)
・人口自然減 初の40万人超 18年出生率1.42 3年連続減 死亡136万人 戦後最多
 性別で差別なくして 東京医大 元受験生 2歳児遺体体重6キロ (読売)
・昨年の出生数 最小91.8万人 低下傾向続く (朝日)

6月9日(日)
・厚労省 働く人の年金 減額見直し サニブラウン9秒97日本新
 園外保育 目が届かず 草地で遊ぶ4歳倒れた墓石 (朝日)
・スマホ、PC、加熱たばこ 充電池「ごみ」発火多発 リチウムイオン5年で4倍
 付属池田小1400人黙とう 事件から18年 (読売)

6月11日(火)
・衆参同日選見送り 最終調整 参院選7月4日公示、同月21日投票
 田辺聖子さん死去91歳 鋭く軽妙に人生賛歌 (朝日)
・日産改革ルノーが反発 パト追跡車転落男女遺体 男から「殺した」電話 (読売)

■高齢者アクセル踏み間違いの事故と免許証返納のニュースが多かった。
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ゼミ合宿について ゼミⅢと合同。 ゼミⅡ(7?)ゼミⅢ(8?)合意

○目的地 : 長野県下伊那郡阿智村昼神温泉郷

・現地での授業内容 : 熊谷元一写真童画館見学・満蒙開拓平和祈念館見学。
             観光として星空日本一を観測。(天気次第)
 ○日程 : 9月5日(木)~6日(金)

 ○宿 : 有力候補「ひるがみの森」
    
熊谷元一写真童画館見学「熊谷元一写真童画館」見学で熊谷の業績を知る。

1953年入学の「一年生」「村の記録70年」の写真作品、風化する山村文化の童画作品。

満蒙開拓平和記念館 中国残留孤児の悲劇を生んだ戦前の国策を知る。

終戦まで後3カ月。昭和20年5月1日、新緑の伊那谷を後にして遠い中国の北東部(当時満州国)に旅立った村人家族と、その子どもたちと教師。総勢195名がいた。彼らは、なぜ、ソ連軍が迫る国境の開拓村に向かったのか。悲惨な逃避行を生んだ国策の謎。同館見学で、その謎が解ける。

【仮日程】9/5~9/6

9/5  8:00パスタ新宿(飯田行)→双葉休憩(15分)→12時「伊賀良」下車、宿送迎車→宿(12:30昼食)2:00「熊谷元一写真童画館」見学、自由、珈琲館休憩、温泉、夕食

   ※星空見物ロープウエイなら3500円、20時頃バスが迎えにくる。

9/6 6:00朝市見物・朝食→10:30「満蒙開拓平和記念館」見学→三州街道の宿場、駒場町を徒歩で打ち上げ会場1:00~「南国飯店」で郷土料理「五平もち」など食べる。→ 4:19伊賀良(新宿行)→ 20:30前後ころパスタ新宿着。解散。

前回の明細 2017年8月16日~17日ゼミ合宿にかかった費用、阿智の里 参考まで

・高速バス往復8000+宿泊7750+16日昼食1200+「熊谷元一写真館」入館料350
+「満蒙開拓平和記念館」入館料500+17日昼食で打ち上げ(南国飯店)2000
                  一人総額19800 (交通費・宿泊など含む)

☆星見物の場合(ロープウエイ)乗車往復3500  総額23000円(宿泊・交通費込)

2019年(令和元年)のホテル候補(ゼミⅡ6名?ゼミⅢ9名?)ゼミⅢ西村

ひるがみの森(ひるがみのもり)
 5人部屋4室(8800円+TAX+ 入湯税/ ひとり)、1人部屋1室(9800円/ 先生)
 露天風呂あり 朝夜会場移動 ロビーのみWiFi あり

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ゼミ合宿前に・予習  ゼミ合宿に備えて見学対象を知っておく

【熊谷元一はどんな人か、どんな写真・童画作品を残したのか】その1

創作ルポ 第一回毎日写真賞 無名の小学校教師に決まる !!

1955年8月29日 東京・毎日新聞社で第一回毎日写真賞の最終選考会が開かれた。選考対象作品は、昭和30年4月1日~昭和30年3月31日までに新聞、雑誌、その他刊行物、展覧会を通じて発表された写真。選考委員は、文化人、写真評論家、職業写真家、全国アマチュア写真団体。これまでに82点の候補作品を選出。東京・銀座松屋で7月29日~8月10日まで「第一回毎日写真賞候補作品展」が開かれていた。文字通り、日本ではじめて日本一の写真を決める選考会であった。それだけに日本中の耳目をあつめていた。
投票も終わり、発表を待つ選考委員はじめ関係者の顔には、安堵と緊張の表情がみなぎっていた。しかし、居並ぶ報道陣のあいだには、なぜかだらけた雰囲気があった。と。いうのも彼らのあいだに、今回の写真賞は、すでに受賞者は決まっているデキレース。そんな噂がまことしやかに流れていた。と、いうのも候補者の顔ぶれを見れば一目瞭然だった。林忠彦、木村伊兵衛、土門拳といったプロ中のプロ、錚々たる日本の写真家メンバーが勢ぞろいしていたからである。だれもが思った。彼らのうちの誰かが栄誉を受けるだろう。
「それでは受賞者を発表します」
選考委員の声に、ざわついていた会場は静まり返った。皆の視線が縁台にいる選考委員の男性に集まった。
「第一回毎日写真賞の受賞者は『一年生』の熊谷元一さんです」
 会場は、一瞬、真空地帯になった。だれも予想していなかった名前だった。
「だれ、くまがいって…」会場は再び喧々諤々となった。
 既に候補展で作品を見ているはずなのに『一年生』と熊谷元一は結びつかなかった。
 どよめきとざわめき。その後、写真を生業とする人々は、熊谷が信州の山村の小学校教師と知ってもっと驚いた。アマチュアカメラマンの時代と、揶揄し苦笑する他なかった。
 熊谷は、アマチュアだったのか。ただの田舎の教師だったのか。信州の山奥で、ずっと写真を撮っていたのか。
 だれも知らない。写真において、そもそも熊谷は無名だったのか。熊谷が戦前、戦中、中国大陸でシャッターを切っていたことも、空襲で東京が真っ赤に燃える様をみていたことも、大きく開けた写真家への道に背を向けて、一人郷里に帰ってしまったことも。だれも知らなかった。それには、どんな理由があったのか。
 
選 考 経 過

まず昭和29年4月1日から30年3月31日」までに新聞、雑誌その他刊行物、展覧会を通じて発表された写真について文化人、写真評論家、全国アマチュア写真団体に対して推薦アンケートを求めその回答を基礎に本社委員会において82点(白黒63点、カラー7点、組写真12点)を候補作品として選出した。これを東京では7月29日から8月10日まで銀座松屋における「第一回毎日写真賞候補作品」で一般に公開すると同時に、45名の選考委員から投票を求め、また大阪においては今回は準備期日不足のため公開展覧会は行わなかったが、本社内で非公開展示を行って在関西6名の選定委員から投票を求めた。
この東西51名の選考委員団の投票を集計した結果、次の14作品が最終選考に残された。
◇『一年生-ある小学教師の記録』(熊谷元一)
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◇『ある画家の生活』(林忠彦)
◇『カメラ・日本の旅』(樋口進)
◇木村伊兵衛『外遊作品全般』 
◇『室生川-「室生寺」より』(土門拳)
◇『スラム街イタリア』(木村伊兵衛)
◇『小渕沢所見』(瀬田千作)
◇『おしんこ細工』(土門拳)
◇『曽根崎心中』(木村伊兵衛)
◇『夜の潮流』(緑川洋一)
◇『日本の顔「新しき悲劇」』(橋本保治)
◇『ひまわり』(中山八郎)
◇『秋田』(木村伊兵衛)
◇『待ちぼうけ』(大宮晴夫)
 以上14作品について本社委員会による最終選考を行い「一年生」および「ある画家の生活」が最有力として話題になったが、結局「一年生」が技術的な優劣を超えて、じっくりと対象と取り組んで地方の小学校一年生の生活と性格、その成長をとらえていること、自分の日常生活のなかにテーマを求め、一年間絶えない努力を続けたこと、写真がだれにでもとれ、またアマチュア・カメラマンのあり方を教えたこと、などが認められて受賞と決定した。なお第一回は部門別選考を行わなかったが、次回から白黒写真、天然色写真、組写真の各部門ごとに優秀作品を選び、受賞作品を決定する方法をとる予定である。

1955年 昭和30年8月30日(火) 第一回毎日写真賞決定を報じる毎日新聞の
新聞記事 (一面中記事)

第一回毎日写真賞決まる

本社では近年とみに重要さを増してきた写真文化の一層の発展に役立てるため、毎日十大文化賞の一つとして、昭和30年度から「毎日写真賞」を設定しました。これは年度内に発表された藝術、報道、観光、学術など各部門を通じて、最もすぐれ、しかも社会に貢献したと認められた写真に贈られるものですが、このほど慎重選考の結果、第一回(昭和29年4月~昭和30年3月)の毎日写真賞を次の通り決定しました。(選考経過、受賞者紹介、推薦のことばは、第二面に掲載)

2面記事「毎日写真賞」受賞に輝く 初の受賞者 熊谷元一氏
ありのまま捕らえる 作品に満つ子供への愛情
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【受賞者の紹介】

熊谷元一 1909年、長野県下伊那郡会地村駒場に生まれる。小学校教師。

初の毎日写真賞受賞の熊谷元一氏は明治42年に長野県生まれ大正15年飯田中学卒業、しばらく農業に従事していたが、のちに小学校教員となり現在は長野県下伊那郡会地(おおち)村小学校に奉職している。童画を学び現在日本童画会に属し数冊の絵本を出版している。熊谷氏のカメラ歴は昭和10年(一時教職を去り、童画を学び始めたころである)からスタートを切った。最初のカメラは絵本の原稿料をためて買った17円のパーレットの単玉、常焦点、F11という今から考えればオモチャ同様のカメラではあったが、熊谷氏は飛び立つようなうれしさでやたらに写しまわった。
 ちょうどそのころ同氏は村誌を作ろうと考え写真で村の一年間の記録を作ってみたらと次のような計画をたてた。一カ月に約50枚、二年間に1200枚の写真をととる。このための費用は一カ月約50円(フィルム3本で3円、印画紙、薬品2円)節約のために一場面は3枚を原則とする。
 こうして村の記録は次々とカメラにおさめられ2年後には予定を超えた1500枚の写真を作ることができた。こうして出来上がった村ぼ記録は美術評論家板垣鷹穂氏に認められて昭和13年朝日新聞社から『会地村=ある農村の記録』として出版されたのである。
 戦時中東京で役所勤めをしていた同氏は戦後再び村に帰って小学校に奉職するようにな
った。ようやくフィルムが一般の手に入るようになると再びカメラを手にとった。そのころはバーレットではなくて戦時中に買ったセミ・ミノルタ3.5に進んでいた。まず手掛けたのは農林省の駐村研究員として農村婦人の実態を調べることだった。この成果は『農村の婦人』(岩波写真文庫)と『村の婦人生活』(新評論社)の2つにまとめられている。また名取洋之助氏の指導を受けて岩波写真文庫の一つにするために「養蚕」の記録写真をまとめ同文庫の『かいこの村』となってあらわれている。
 この本の印税で同氏のカメラはまた進んだ。キャノンⅡDP1.8となったのである。バーレットからちょうど20年の歳月が流れている。この新鋭カメラをい同氏は教室に持ち込んで教え子たちの姿をとらえ、今回の受賞作『一年生』が生まれたのである。この記録写真集が生まれるまでには次のような苦心がある。
 3年前農村の生活記録を収録したいと構想を練っているやさき岩波の方から「それをいま一つしぼって一年生としたらどうか」と言われ、そのころ氏はちょうど一年生受持に担当変更となったチャンスと合致したため、撮影意欲は盛り上がった。教師と生徒という自然の
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間柄から彼らの生活態度は少しもカメラを意識されず極めて自然の姿を、しかもさほど苦心せずに撮影することができた。
「いい写真をとりたいなどと欲張っているとろくな写真がとれないので、いつもありにままの姿、子供の心にかえってチャンスを逃さずシャッターをきっていったまでです」と心境をもらした。
 なお熊谷氏は受賞内定の報に次のように語っている。「我々しろうとカメラマンが推薦にあずかるなど非常にうれしいが、今後もこの調子でいけるかどうか多少心配にもなります。しかしたんたんとした気持でやっていくつもりです」

推薦の言葉 日常を素朴な目で 金丸重嶺(日大教授 写真評論家)
 この組写真は長野県の農村にある一つの小学校に取材して、新しく入学してきた児童が、その後の一年間にさまざまな体験を通じて変化していくy経過を克明に記録したもので、家庭から初めて学校という集団に入ってきた子供、次第に共同生活の中に芽生えていく状態が興味深くあらわれている。この作品の全般に通ずるものは、単なる興味や感傷に訴えるという装飾を避け、素朴な目で日常の現実をみつめ、極めて自然な角度から対象に融けあい、しかもよく時間的経過の中に、生活やその心理的変化を視覚的に組み立てていることである。
またその組写真全体に流れるものは小学一年生を通じて人間をみつめているが、この背骨の通っていることが何よりも力強い。その表現技術の優れていることも確かであるが、長い年月に一つの問題を深く掘り下げていったこの真摯な態度と、対象に対する深い愛情と理解がこの成果をあげたものであろう。

・・・・・・・・・・・・・・掲示板・・・・・・・・・・・・・

読書会のお知らせ ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」
どなたでも自由に参加できます。下原まで
月 日 : 2019年6月15日(土) 開 始  : 午後2時00分 ~ 4時45分
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小会議室7(池袋西口徒歩3分)
 作 品  :『カラマーゾフの兄弟』三回目 報告者 : 菅原純子さん

市民講座開設のお知らせ NHK柏文化センター

「ナポレオンになりたかった青年の物語」――ドストエフスキー『罪と罰』を読む――
日本大学講師:下原敏彦 「ドストエーフスキイ全作品を読む会」主催
2019年 7/18 8/29 9/19 10/17 11/21 12/16 AM10:30~12:00

連絡090-2764-6052下原 メール:toshihiko@shimohara.net 

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