文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.374

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2019年(令和元年)6月18日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.374

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
4/9 4/16 4/23 5/7 5/14 5/21 5/28 6/4 6/11 6/18 6/25 7/2 7/9 7/16 7/23 
観察と記録

2019年読書と創作の旅

6・18下原ゼミ

2019年度読書と創作の旅同行者です。8人の仲間です。
宇治京香  安室翔偉   梅田惟花  佐久間琴莉  松野優作  伊東舞七
大森ダリア  佐藤央康 (写真全員のとき)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【6・18ゼミ予定】
□ゼミ誌編集会議。報告あれば。
□提出課題報告 社会観察「家族問題」『にんじん』の家族を議論する。
□テキスト志賀直哉『出来事』『正義派』の輪読
□ゼミ合宿に向けて「熊谷元一を知る」写真童画館見学に備えて。各自読み
□ドストエフスキー講座 07年ゼミ合宿ルポ「あの感動をもう一度」各自読み
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【6・11ゼミ報告】
■参加5名 佐久間、大森、伊東、佐藤、安室 欠 宇治、梅田、松野
■ゼミ合宿について、参加者記入7名 6/11現在
■紙芝居口演「少年王者」残り、安室君奮戦
■ゼミ合宿に向けて「熊谷元一を知る」写真童画館見学に備えて。
■ドストエフスキー講座 「あの感動をもう一度」
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.374―――――――― 2 ―――――――――――――

ゼミ観察  2019年、読書と創作の旅、同行者の紹介

6月4日までの出欠状況です。

・宇治 京香さん 4/9 4/16 4/23 5/7 5/14  5/28 6/4

・伊東 舞七さん 4/9 4/16 4/23 5/7 5/14  5/28    6/11

・梅田 惟花さん 4/9 4/16 4/23    5/14  6/4

・佐久間 琴莉さん4/9 4/16 4/23 5/7 5/14  5/28 6/4  6/11

・大森 ダリアさん4/9 4/16 4/23    5/14  5/28     6/11

・安室 翔偉さん  4/16 4/23 5/7  5/21  6/4   6/11

・佐藤 央康さん 4/9  4/16 4/23  5/28 6/4  6/11

・松野 優作さん 5/7

□8人8様の個性を感じます。楽しいゼミにしましょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ゼミ雑誌編集報告と会議6/11無し  6/18ゼミで 編集長不在で

【6/4までに出されている案】

〈制作上の日程〉
①進行状況の報告提出 → 10/11(金)迄に
②仮見積もり書の提出 → 10/25(金)迄に
③確定見積もり書提出 → 11/22(金)迄に
④ a.請求書提出
  b.納品書提出
  c.発行の冊子5部 紹介文(100字)を添えて大学編集局に提出12月6日(金)締切

※まだ決まってない事案 → 印刷会社

〈ゼミ雑誌の形態〉
サイズ → 文庫本
表 紙 → 佐久間琴莉さん担当
原 稿 → 夏休み明けに提出 9月24日(火)提出

〈内容〉だいたい決めている人(参加者)
・宇治京香 → 小説 or 論文
・大森ダリア → 小説 or 論文、エッセイ
・伊東舞七 → ポエム 詩
・佐久間琴莉 → 小説
・佐藤央康 → ショートショート 短編

―――――――――――――――――― 3 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.374

・・・・・・・・・・・・・・・ある惑星の記録・・・・・・・・・・・・・・・

自分観察や社会観察は、時間列車の車窓風景でもある。時間列車1号は、はるか何百億年の昔、ビックバン爆発の祝砲に送られて出発した。車窓に、幾多の銀河の誕生を見た。幾多の星々の盛衰を見た。私たち生き物が乗車した時間列車は、35億年前、大銀河のはずれにできた惑星Aに到達した。何万何千の有機体が存在する星だった。車窓に見え過ぎてゆく有機体の進化と衰退。微生物から巨大生物まで様々な生き物が栄えては滅んでいった。つい最近のことだが、暫しの眠りから目を覚ますと、二足歩行の生き物がこの星を闊歩していた。大氷河時代を生き延びた知的生物。彼らは社会をつくり帝国をつくり、戦争と繁栄と破滅をくりかえし、車窓をあきさせない。令和という新年号に代わったちっぽけな島国の王国。今日も、悲喜こもごもの日がすぎていく。惑星時間2019・6・4の記録である。

テキスト(『或る朝』)感想報告  372掲載、伊東 佐久間 宇治

大森ダリア    信太郎の気持ち、共感できる

 自身の実体験を元に、祖母と孫とのやりとりが生き生きと書いてある。朝、人に起こされてからの二度寝は最高だ。
 しかし、その二度寝から起こされるのは、大変不愉快だ。自分が昨日、夜更かししたのが悪いことだったと(認めて)しまう。自分でもよくわからないプライドがあって、一生起きてやるものか、と思ってしまう。主人公の信太郎もきっと、こういう気持ちだったのだろう。とても共感ができる。いつも小言を言われる近い存在だからこそ、反抗心が沸いてしまう。起らせたくなる。仲の良い家族だからこそ、怒りの感情が押えきれない。
しかし、その怒りにも関わらず、バカバカしくなって仲直りするのも家族。暖かい気持ちになる作品だった。

□起こされるのは腹立たしいけど、起こす人も大変。家族だから遺恨は残らないけど、気持ちよく起きるようこころがけてね。

社会観察  なぜ、わが子を ?! 人間の謎

子ども虐待の事件が後をたたない。毎日のように新聞のニュースとなっている。が、子ども虐待は、今にはじまったことではない。19世紀ロシアでも頻繁にあったようだ。ドストエフスキーは、小説の他に社会観察として『作家の日記』(1873・1876.1月―1881.1月)を発行していた。このなかで、度々、子どもの虐待事件・裁判記事を取り上げ、考察している。下記の例「クロネベルグ事件は1876年2月ペテルブルグ地方裁判所で審理された事件である。事件の概略はこのようであった。
【起訴文】父親が7つになる娘を手ひどく、残酷に打ちゃくしたのである。彼は前々から残酷な扱いをしていたとのこと。折檻されていた娘か笞の下で(起訴文によれば)15分も「お父ちゃん!お父ちゃん!」と叫ぶ声を聴いていて――

2019年6月13日 朝日新聞 読売新聞 3面記事

■札幌市の2歳児衰弱死 5月中旬から深刻化 食事充分与えず。(朝日)
■乳児 床に落とし殺害容疑 新潟 母の長岡市職員逮捕(朝日)
■1歳娘暴行死 父を逮捕 静岡 脳につよい衝撃。

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.374 ―――――――― 4 ―――――――――――――

家庭観察 なぜ虐待を防げなかったのか 児相はじめ回りの大人たちにに観察力がな
かった。それが一番の原因かと思う。テキストを考察して、観察力を身につけましよう。ルナール(1864-1910)の『にんじん』です。

『にんじん』訳高野 優       

「ルピック家」と「にんじんの家族」

ルピック家 →  郊外の一戸建て、畑もある 家畜はニワトリ、うさぎ
        ペットの犬(ピラム) 暮らしは中流上、5人家族。
ルピック氏 → お父さん セールスマン、亭主関白

ルピック夫人 → お母さん 口やかましい

フェリックス → お兄さん 中学3年生ぐらい 性格 長男の甚六 

エルネスティーネ → お姉さん 中学2年生ぐらい 性格 調子いい

にんじん → 主人公、小学校4~5年 性格 わんぱく坊主

オノリーヌ → 家政婦(67)

第1話「にわとり小屋」Q and A、頭に情景を描いて観察を深める

Q.「にわとり小屋」を読んで、ルピック家をどう思いましたか。

  1.普通の家族    2.何かへん   3.にんじんに同情する

A.その理由を述べてください。1~ 3 までの人。

1.普通の家族 どこが ?

2.何かへん なにが

3.にんじんに同情 どうして

Q.自分がにんじんだったらどうしますか(にわとり小屋の戸締りの係り)

A.1.絶対、拒否する   2.承知する    3.嫌だけれど、従う

☆「にわとり小屋」にみるにんじん家族の評価 0(ダメ)、30(不安)、50、80(善い家族)   

ジュール・ルナール生没年譜・1864年2月22日 フランス、ニューヴル県に生まれる。
・1910年5月22日未明パリで死ぬ。
――――――――――――――――― 5 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.374

テキスト・志賀直哉の車中作品と関連作品

『出来事』 実際に体験した作品。

 この作品は、1913年(大正2年)9月1日発行の『白樺』第四巻に発表された。30歳。
7月28日の日記「子供が電車にヒカレかかった。(出来事)」。8月15日「病院。かえって『出来事』の了ひを書き直して出来上がってひるね」この夜、友人と散歩にでて山の手電車にはねられて怪我をする。(岩波書店『志賀直哉全集』)
※ この怪我の治療に城の崎温泉に行き『城の崎にて』を書く。

『正義派』は、人から聞いた事故の話を創作したもの

『正義派』は他者から聞いた事故の出来事を創作した作品。
 『正義派』――この作品は、1912年(大正元年)9月1日発行の『朱欒』に発表された。29歳。1912年(明治45年)5月2日の日記「夜少し仕事をした。(興奮という題の)」とある。5月5日には「『興奮』という題の小説をかきあげた」とある。5月17日は「雀の声を聞きながら眠って翌日の12時半に起きた。『線路工夫』を少し書いてみた」とある。5月28日「夜、『正義派』・・・を書き終わった。感心すべきで物ではない」8月25日「あけ方、とうとう『正義派』を書きあげる。悪い小説とは思わない」
 その後の【創作余談】では、「車夫の話から材料を得て書いたもので、短編らしい短編として愛している」と回想されている。(『志賀直哉全集』岩波書店)

名作『城の崎にて』について
自らが電車事故にあい湯治にいった温泉地での作品。

一見なんでもない作品。しかし、この作品は名作と評されている。なぜ名作か。その意味がわかるのは、おそらく、もっと多くの小説。いろんな分野の作品を読む必要がある。文学でもなんでもそうであるが、本物はすぐにはわからない。
 『出来事』を書いた8月15日の夜、山手電車にはねられた。その時の傷の養生に城崎温泉に行く。10月18日から11月7日まで湯治療養。この間、この作品を書く。
10月30日の日記「蜂の死と鼠の竹クシをさされて川へ投げ込まれた話を書きかけてやめた。これは長編の尾道に入れることにした。」とある。(『志賀直哉全集』岩波書店)

【創作余談】これも事実ありのままの小説である。鼠の死、蜂の死、いもりの死、皆その時数日間に実際目撃したことだった。そしてそれから受けた感じは素直に且つ正直に書けたつもりである。所謂心境小説というものでも余裕から生まれた心境ではなかった。

読書会観察日誌 ドストエーフスキイ全作品を読む会は偶数月開催している

 6月15日 土曜日 雨 昨夜、遅く、常連のK参加者からメール。「明日は雷雨でお天気が悪い。読書会は開くのか」とのこと。「電車が動いていれば開催します」と答えた。天気予報では、強風と大雨だったが、朝起きてみると、たいしたことはなさそう。家人と一緒にでる。池袋、東京芸術劇場近くのレストランで家人の友人と昼食。雨、本降りか。6月読書会は、梅雨で毎年参加者が心配。1時に芸術劇場内の会場に行くと、報告者と、報告者のご主人(心配で車で送ってきた)、それに雷雨の心配を電話してきた人。この3人が待っていた。もしかして、この人数。不安になったが、終わってみれば21名の参加者。いつもの読書会であった。新人、山口県からかけつけた若者もいた。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.374 ―――――――― 6 ―――――――――――――

ゼミ合宿について 6/11現在までの経過 ゼミⅢと合同。 

○目的地 : 長野県下伊那郡阿智村昼神温泉郷

・現地での授業内容 : 熊谷元一写真童画館見学・満蒙開拓平和祈念館見学。
             星空日本一を観測。(天気次第)ゼミ懇親 ゼミ誌
 ○日程 : 9月5日(木)~6日(金)

 ○宿 : 有力候補「ひるがみの森」
    
熊谷元一写真童画館見学「熊谷元一写真童画館」見学で熊谷の業績を知る。

1953年入学の「一年生」「村の記録70年」の写真作品、風化する山村文化の童画作品。

満蒙開拓平和記念館 中国残留孤児の悲劇を生んだ戦前の国策を知る。2015年9月当時天皇ご夫妻が訪問。

終戦まで後3カ月。昭和20年5月1日、新緑の伊那谷を後にして遠い中国の北東部(当時満州国)に旅立った村人家族と、その子どもたちと教師。総勢195名がいた。彼らは、なぜ、ソ連軍が迫る国境の開拓村に向かったのか。悲惨な逃避行を生んだ国策の謎。同館見学で、その謎が解ける。

【仮日程】9/5~9/6 ほぼ決まり

9/5  パスタ新宿(飯田行)→双葉休憩(15分)→(バス4時間)「伊賀良」下車、宿送迎車→宿(12:30昼食)「熊谷元一写真童画館」見学、自由、珈琲館休憩、温泉、夕食

   ※星空見物ロープウエイなら3500円、20時頃バスが迎えにくる。

9/6 6:00朝市見物・朝食→10:30「満蒙開拓平和記念館」見学→三州街道の宿場、駒場町を徒歩で打ち上げ会場1:00~「南国飯店」で郷土料理「五平もち」など食べる。→ 4:19伊賀良(新宿行)→ 20:30前後ころパスタ新宿着。解散。

前回の明細 2017年8月16日~17日ゼミ合宿にかかった費用、阿智の里 参考まで

・高速バス往復8000+宿泊7750+16日昼食1200+「熊谷元一写真館」入館料350
+「満蒙開拓平和記念館」入館料500+17日昼食で打ち上げ(南国飯店)2000
                  一人総額19800 (交通費・宿泊など含む)

☆星見物の場合(ロープウエイ)乗車往復3500  総額23000円(宿泊・交通費込)

2019年(令和元年)のホテル候補(ゼミⅡ7名 ゼミⅢ9名?)ゼミⅢ西村

ひるがみの森(ひるがみのもり)
 5人部屋4室(8800円+TAX+ 入湯税/ ひとり)、1人部屋1室(9800円/ 先生)
 露天風呂あり 朝夜会場移動 ロビーのみWiFi あり
―――――――――――――――――― 7 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.374

ゼミ合宿・熊谷元一写真童画館 ゼミ合宿に備えて見学対象を知っておく

【熊谷元一とはどんな人か、どんな写真・童画作品を残したのか】

『一年生』の撮影について熊谷は、1955年10月に発行された『図書』のなかで、このように明かしている。

                 
のでうまくゆきます。カメラは、しじゅう首にかけて授業をしておりました。
「一年生」の中に出てる掃除の場面、ああいうことが偶々あるのかと人に聞かれますが、
あんなことはしょっちゅうあります。おとなの世界とちがって、子供たちには仕事と遊びの区別がついていない。掃除の途中でふざけだす。目に余ることは叱りますが或る程度のことはしらん顔してやらしていました。相撲をしたり、喧嘩をしたり、雑巾をほうりあげたり、あまり行儀が悪いのであの本には出しませんでしたが、股をひろげて、トンネルだぞ!といって幾人もが雑巾で床をふきながらくぐっていったり、机を動かすにしても吊って運べばい
いものを、机の下へ首をつっこんで、亀が動くようにしてやる。こんなことをさしておくと怪我をするという心配のあること以外はそのままにしておいて、注意しなければならぬことはあとで、ああいうことはよくないことだと指摘し、子供たちに納得させました。

熊谷元一生誕110周年記念に寄せて

岩波写真文庫『一年生』―ある小学教師の記録―』
2000年7/29-9/17、東京の江戸東京博物館で開催された「近くて懐かしい昭和展」は、昭和をなつかしむ大勢の人たちでにぎわった。美空ひばり、力道山、長島茂雄。戦後の昭和を飾った著名な人たちの記録や映像が人気を博していた。そのなかにあって、ひときわ入場者の関心を引いた写真展があった。昭和28年(1953年)写真家・教師だった熊谷元一が、教え子の一年生を一年間、撮影した写真だった。
この一年生が50歳になったとき、88歳になった熊谷は、50歳になった一年生を撮るために全国行脚した。その様子をNHKはドキュメンタリー番組「教え子たちの歳月」として1996年(平成8年)11月24日「にっぽん点描」で放映し多くの人に感動を与えた。

熊谷は、写真のほかに一年生の「絵」「声」「文集」「黒板絵」を残した。
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.374 ―――――――― 8 ―――――――――――――

ドストエフスキー市民講座 NHK柏文化センター

「ナポレオンになりたかった青年の物語」
― ドストエフスキー『罪と罰』を読む ――
2003年12月13日、イラクの独裁者フセイン元大統領は逃亡先で拘束された。農家の穴(米軍発表)に隠れていたという。豪華絢爛の宮殿に住み国民に対し絶対の権力をふるっていた中東の英雄。その末路に世界は驚いた。が、ドストエフスキー読者には、もっと驚いた報道があった。隠れ家に、ドストエフスキーの小説『罪と罰』があったのだ。なぜ、独裁者が『罪と罰』を手元に置いたのか。この小説が本当に伝えたいこととは?その奥深さと謎を解き明かしながら、読み切りましょう。  講師・下原敏彦(日本大学芸術学部)

・・・・・・・・・・・・・・掲示板・・・・・・・・・・・・・

読書会のお知らせ ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」
どなたでも自由に参加できます。下原まで
月 日 : 2019年8月10日(土) 開 始  : 午後2時00分 ~ 4時45分
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小会議室7(池袋西口徒歩3分)
作 品  :『カラマーゾフの兄弟』4回目 報告者 : 石田民雄さん

連絡090-2764-6052下原 メール:toshihiko@shimohara.net 

シェアありがとうございます

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket

コメントを残す

PAGE TOP ↑