文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信 No.102

公開日: 

日本大学芸術学部文芸学科     2008年(平成20年)5月26日発行
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.102
BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
2008前期4/14 4/21 4/28 5/12 5/19 5/26 6/2 6/9 6/16 6/23 
6/30 7/7 7/14 
  
2008年、読書と創作の旅
5・26下原ゼミ
5月26日(月)の下原ゼミは、下記の要領で行います。文ゼミ教室2
 1.出欠・新聞コピー配布と解説・司会進行者指名
 2.課題提出原稿読み
      
 3.テキスト『菜の花』解説・完成作品『網走まで』読み
  4.表現稽古(紙芝居『少年王者』)時間あれば
     
 
過保護な親 大学にも(2008・5・24朝日)
 
 まさか、とは思ったが、本当らしい。先日の夕刊紙三面トップに過保護な親の記事が大々的に掲載されていた。少子化の現代である。加えて物騒な世の中である。親が過保護になるのも仕方ないというもの。とてもニュースになることではないのだ。が、過保護の対象が、幼児でも、幼稚園児でも、小学生低学年でもないところに、過保護問題がニュースになる所以がある。何と、過保護の対象が大学生だという。目を疑う記事だが、こう書いてある。
 大学生の入学から授業、進級、就職など、過剰なまでに干渉する「過保護者」が目立っている。/近年に急増したという。「教科書はどこで買う」「きょうは休みます」親からの電話。
■大学の教職員が見聞きした「過保護者」の実例
【履修登録】◇親が窓口に来て履修登録を質問。そばの学生は黙っている。
【父母からの電話】◇「バイトばかりしているようだが、授業に出ているだろうか」◇「子どもが『きょうは休講だ』と言って家にいる。本当か」◇「試験を受けられなかったそうだ。どうすればいいですか」◇「成績を教えない。進級したのか?こっそり教えて」◇「教室がいっぱいで座れないらしい。どうなってるの」◇「教授が『きょうは二日酔いだ』と言ったとか。なにごとか」
【保護者向けの相談会】◇「どうか卒業させてやって」「特別に配慮を」と父母が懇願。
※ 以上は、全国各地の9私立大の広報や教務、学生、入試、就職などの担当教職員に聞いた話だという。入学式は、「1学生につき保護者2人まで」と制限するのに会場は満杯状態。入場制限をしない大学では祖父母や、乳幼児を連れた親類もついて来る。開場の2時間前から並び、ビデオ撮りに便利な場所を目がけて走る親も多いとか。
 大学生に限らず、新人国会議員も似たような雰囲気がある。過保護な親は米国でも90年代から「ヘリコプター・ペアレント」として注目されるようになったという。


文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.102―――――――― 2 ――――――――
車窓雑記
「進化」発見の旅で想う
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 「進化」発見の旅へ!ダーウィン展2008年3月18日(火)~6月22日(日)
ニューヨーク、サンパウロ、オークランド、そして東京へ
世界を震撼させた生物学者の軌跡がついに日本上陸!!
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 この春以来、駅構内やホーム、電車の中で目につくポスターである。(もう一枚、目の置き所にこまる裸体ポスターもあるが)来年は、『種の起源』の著者で進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(1809-1882)の生誕200年に当たるということで、それを記念してとのことらしい。この大宣伝に釣られて、見に行きたいと思った。が、春休みや連休は、大混雑するだろうと先延ばししていた。そうして、先日、もうこのあたりなら、長蛇の列ではないだろう。と、予想して出かけた。それでも、世界のダーウィン展というから、ある程度の混雑は覚悟していた。上野の山は、予想通りの大混雑だった。大道芸人、小中高大とみられる児童、生徒、学生の大小の集団。若者から老人までのグループ。アベック、外国人、犬や子供を抱えた人。炊き出しボランテアに集まったホームレスの長い列。日本中の、いや世界中のありとあらゆる人たちが集まっているように思えた。ところが会場の国立科学博物館内は、はるかに予想を裏切ってのガラガラ状態だった。拍子抜けしたが、のんびり見学できた。しかし、展示品には、いささか落胆した。進化発見の旅へ!!と大々的に銘打っているが、展示されているのは、ほとんど進化しなかった動植物の標本ばかりである。500円のテープで説明を聞くしかなかった。内容は、こんな話だった。ダーウィンは、1831年から1836年にかけてヴィーグル号で地球一周する航海をおこなった。航海中に各地の動物相や植物相の違いから種の不変性に疑問を感じ、ライエルの『地質学原理』を読んだ。そして地層と同様、動植物にも変化があり、大陸の変化によって新しい生息地が出来、動物がその変化に適応したのではないかと思った。1838年にマルサスの『人口論』を読み、最初に進化の考えを思いついた、と自伝には書かれている。ハトの品種改良についての研究でさらに考えがまとまっていった。1858年にアルフレッド・ウォレスがダーウィンに送った手紙に自然選択説が書かれていたことに驚き、自然選択(自然淘汰)による進化学説を共同で発表したのは1858年である。ダーウィンは、1859年11月24日に進化についての考えをまとめ、『種の起源』として出版した。 『種の起源』のなかでは、あらかじめ内在的に用意された構造の展開出現を意味する”evolution”ではなく、”Descent with modification”という単語を使っている(”evolution”の原義については下の項目を参照のこと)。自然選択(natural selection)、生存競争(”struggle for existence”正確には「存在し続けるための努力」とでも呼ぶべき概念)などの要因によって、環境に適応しうる形質を獲得した種が分岐し、多様な種が生じると説明した。ダーウィンの説の重要な部分は、自然淘汰(自然選択)説と呼ばれるものである。それは以下のような形で説明される。 生物がもつ性質は、同種であっても個体間に違いがあり、それは親から子に伝えられたものである。 他方、環境の収容力は常に生物の繁殖力よりも小さい。そのため、生まれた子のすべてが生存・繁殖することはなく、性質の違いに応じて次世代に子を残す期待値に差が生じる。つまり有利な形質を持ったものがより多くの子を残す。それによって有利な変異を持つ子が生まれ、それが保存されその蓄積によって進化が起こるとした。
 この「進化」発見の旅を巡りながら、頭に浮かんだのはSF作家エドモンド・ハミルトン(1904-1977)の作品『反対進化』(1936)である。我々人間は、退化の限界に達した生き物だった。真実を知った生物学者は絶望の果てにピストルを掴んだ・・・。
必読SF古典の名作1972年発表 エドモンド・ムーア・ハミルトン著
『フェッセンデンの宇宙』
――――――――――― 3 ―――――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102
2008年、読書と創作の旅
「ゼミ2」船内名簿
 「2008年、読書と創作の旅」に参加した皆さんは全員で16名です。時空船「ゼミ2」号で、究極の目的「人間とは何か」を知るために、読むこと書くことの習慣化を目指します。が、お互いまだよく知り合っていないと思いますので、暫く掲示します。1年間、一緒に過ごす皆さんです。(希望カード提出順・敬称略)
 さかもとよしあき  おおの なつみ  かわばた りか  ほんな ともこ
・阪本 義明 ・大野 菜摘 ・川端 里佳 ・本名 友子
 ながぬま ともこ  のじま りょう  おおたに りえ  たきざわりょうすけ
・長沼 知子 ・野島 龍  ・大谷 理恵 ・瀧澤 亮佑
 
 あきやま ゆか   たやま ちかこ  かんだ たいすけ  おぐろたかゆき
・秋山 有香 ・田山 千夏子・神田 泰佑 ・小黒 貴之
 とねひらともや   はしもとしょうた いいじまゆうき   うすきともゆき
・刀祢平知也 ・橋本 祥大 ・飯島 優季 ・臼杵 友之
※出立の記念撮影は、全員が揃ったときに撮ります。
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「2008年、読書と創作の旅」における係
 この旅は、1年間という長旅に加え、同行者も定員の16名と小団体です。旅程をスムーズに快適にするために係を設置、お願いしました。幸いに自薦・推薦によりそれぞれの係が決まりました。協力し合って、よい旅にしましょう。どんなに小さな問題も自分だけで抱えこまないで皆で話し合って解決しましょう。
 自分だけではなく、皆がよくなれるように自他共栄の精神をもって当たりましょう。その思いは、巡って自分のためになります。情は人のためならず。
「2008年、読書と創作の旅」班長・副班長
 どんなに少人数の旅でも、まとめ役の人は必要です。意見や相談事の伝達、課外活動のまとめ、幹事役などに当たってくれれば幸いです。
◎ 班長・小黒貴之さん      ○ 副長・瀧澤亮佑さん
「2008年、読書と創作の旅」旅日誌作成編集委員
 この旅の最大の成果、旅日誌作成の音頭をとってもらいます。印刷会社との交渉もありますが、全員で協力して記念誌を作りましょう。(お詫び、前号で誤りがありました)
編集長  ・ 川端里佳さん   大野菜摘さん
副編集長 ・ 小黒貴之さん
編集委員 ・ 坂本義明さん   橋本祥大さん   
       飯島優季さん   瀧澤亮佑さん  補助委員・全員
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102 ――――――――4 ―――――――――
2008年、読書と創作の旅・旅人紹介
私の愛読書
「2008年、読書と創作の旅」に集まった皆さんは、どんな本を読んでいるのか、読もうとしているのか。また、映画や演劇はーーーー。
(順不同・敬称略)
長沼 知子
○角田光代著『対岸の彼女』
 私は女子高出身なのですが、この作品は自分の人生を指でなぞられているような心地のする作品でした。女の人生、前半すべてを象徴しているようで、他人事には思えず、今も私の心にずっしりと鉛のように残りつづけています。
○梨木香歩著『裏庭』
 私が文芸を志そうと決心するきっかけになった作品です。表向きは児童ファンタジーなのですが、内容は大人のための本当の癒しを見つける地図のような作品です。全体的に優しい雰囲気で包まれているのですが、登場人物はみんなそれぞれ事情を抱え、厳しい現実に立ち向かっている様が描かれています。
○川上弘美著『龍宮』
 現代の民話のような内容で、文調も古風で不可思議な雰囲気を持った作品でした。短編それぞれのテーマも様々ですが、どれも底知れぬ怖さがあり、考えようによってはホラーであり、生めかしい妖艶さもあり、不思議な魅力にぐいぐい引き込まれて読んでしまいました。
○門田光代著『All small thing』
 最近久しぶりに読んだ恋愛小説です。オムニバス形式で主人公たちがかわるがわる自分の過去の恋愛談を語っています。特別華やかではない、地味でそこら辺にあるようなエピソードばかりですが、とてもほっこりして少し胸がうずく作品でした。最後に100人の「あなたが一番心に残っているデートは何ですか?」というアンケートの答えが載っていて、小説以上に素敵です。
必読書紹介
 長編は、苦手という人にススメます。ギー・ド・モーパツサン(1850-1893)の短編作品読むべし!!この文豪はノルマンディーに生まれ、母親の友人フローベルに師事し文学を学びます。普仏戦争には一兵卒として召集された。処女作『脂肪の塊』でデビュー。長編『女の一生』『ベラミ』『モントリオル』『死のごとく強し』などがあるが、モーパッサンは、やはり短編!モーパッサンの短編群を知らなきゃ、真の文学好きとはいえない。旅の友にはモーパッサン。是非、読んでみてください。
 モーパッサンは、43歳で亡くなっている。創作活動は30歳から40歳までの10年間。このあいだに360編に余る短編、中編、7つの長編、旅行記、戯曲、詩集を残している。
『モーパッサン短編集』青柳瑞穂訳
 文豪の360編に及ぶ短編群を分類すると、およそ次のように分けることができる。
一つに、田舎を舞台にしたもの。「トワーヌ」「目覚め」「旅路」「幸福」など
二つに、都会を舞台にしたもの。「首かざり」「シモンのとうちゃん」「蝿」など
三つに、戦争や怪奇もの。「母親」「二人の友」「恐怖」「たれぞ知る」など
―――――――――――― 5 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102
Ⅰ「2008年、読書と創作の旅」5日目
1.はじめに  → 出欠、「ゼミ通信」配布と解説、連絡事項 (担任)
 
2.司会進行決め  →  毎回、順番にやってもらいます。担任が指名します。
司会者進行
3.課題原稿読み
 ※提出原稿の本欄への掲載は、合評するので原則として原稿通りとしますが、あきらかな
  誤字、脱字、難読など不明個所は修正するか下線とします。
【車内観察】
立ち聞き
長沼 知子
 私の後に並んだ人は話し声からすると女二人だった。もしかしたらOLかもしれない。22時半過ぎのホームは私と同じ仕事終わりの人が多い。なかなか電車が来ず、私は随分と長い時間彼女らの会話を聞かざるをえなかった。
 大体の内容は、片方の女Aが格好いい男友達を好きになってしまったが、格好いい男と付き合うには色々と難題があると友人の女Bに相談しているといったものだった。自分と釣り合いが取れない、一緒にいる時の周りの反応が怖い、格好よさを自覚している男は見下してくるなど次第に当初の相談内容から逸れて世の格好いい男について話題が移っていった。だが彼女らの主張や解釈は筋が通っていて、なかなか納得できるものだった。論点はずれにずれて、最終的には「女を見た目で選ぶ男はどんなに格好よくても心がなくて嫌い」という結論に達そうとしていた。確かにその通りだが何という浅い論議だろうか。しかしそんな中身のない話を十数分も盗み聞きしてしまった私も何て暇だろう。
 そうこうしているうちにホームに電車が滑り込んできた。ドアが開くと並んだ列の塊が中へ押し出される。比較的前の方へ並んでいたため人気の高い三人掛けの一番奥の端へと腰を降ろすことができた。仕事の疲れでぐったりしていたのでやっと落ち着くことができた。しかし、次の瞬間、私はあ然とした。先程の声の主である彼女らが目の前に座ったのだが、
OLどころかどう見ても高校生、いって大学一年生くらいの少女だったのだ。
 しかし、私が最もあ然とした理由は他にあった。彼女らの目は明らかに私を値踏みしている。相変わらず好きな格好いいなんとか先輩の話をしているが、二人とも互いを見ることことなく私の足先から頭の先まで楽しむように眺めまわしているのだ。あんたらさっき何て言ったよ!!見た目で判断する人は何だって?!と私は叫んだ。もちろん心の中で。だが情けないことに表情に出すことも彼女ららの好奇の眼差しをはね返すこともできなかった。彼女らのギラギラした勢いは怖い。彼女らはいわゆるギャルだったが、それ以上に恐れや挫折を知らない、根拠のない自信に満ちていた。わかりやすく言うと「あたしかわいいでしょ」という目をしていた。
 その時の私には自信やら気力が欠片も残っていなかった。実は始めたばかりのバイトの初出勤で、あまりに多くの仕事を教えられ、なかなか覚えられない自分にしょげていた。自信どころか自己嫌悪に陥り始めていた。その状況で私がとった行動は単純だ。寝た。電車は便利だ。疲れても、現状から逃げたい時も、寝ればいい。私は、結局、終点まで彼女らの視線をグサグサ受けながら寝続けた。フラフラと座席から立ち上がり電車から降りると乗った時の数倍の疲労感を感じた。
□ 視線や会話。電車の中は、ときには疲れる場所です。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo・102 ―――――――― 6―――――――――
僕の中央線
刀祢平 知也
 屋根のない電車があったらどれだけいいだろう。黒いスーツの軍団に周囲を固められ僕は天井を見つめていた。はげ上がった頭皮が目の前にあって、空調でふわりふわりとなびいている。このおっさんはどこで降りるのだろう。僕はちなみに御茶ノ水で降ります。
 車内はこんなに混んでいるのに、人々は黙りこくって、風景はCMのように流れ、流れていく。吊り広告は空調でひらりと一瞬よろめいては、止まり、またよろめく。狭い車内で携帯を打つスーツがいた。彼はメガネ、真面目カット、ストライプネクタイの無難な三拍子。その彼はメールで「愛している」と打っている。ニコリとも笑わずに。
 電車は新宿駅に止まった。人が流れていく。扉が閉まって電車は鈍い音を出して動き出す。予備校まであと二駅。少しすいた車内は軽快にスピードに乗り始める。逆そうしろ、逆そうしろ、爆発しろ、爆発しろ、僕は何度も唱えていた。
□ 満員電車のなかの孤独感、閉塞感が伝わってきます。
車内百景
橋本 祥大
 学校帰りに乗った電車内は、特に変わりのないモノだった。ドアの近くの席に腰を下ろすと、一つの集団が目にとまった。
 自分と同じく学校帰りなのだろうか。制服を着た小学生くらいの子供達が、他愛のない話題ではしゃいでいた。そのうちの何人かは、連れだって車内を歩いていってしまった。
 視線を正面に動かす。目の前に座っていたのはおばさんだった。同年代くらいの隣のおばさんと ―― ご近所の噂話でもしているのだろう ―― 会話に花を咲かせていた。
 他にも、うたた寝をする人、メールをする人、音楽を楽しむ人、そして、―― 自分もだが ―― 読書に耽る人などがいた。
 ふと天井を見やると、中吊り広告がユラユラと、電車の振動に合わせてゆれていた。
□ いつもと同じ車内、いつもと同じ乗客。そんな情景が思い浮かびます。なんでもない風景がしっかり観察されています。
履歴書オクトパス
          小黒 貴之
 昼下がりの中央線のぼりの車両で出会った男は、右手に赤ボールペンを持って添削作業をしていた。白髪まじりの七三わけで、ねずみ色のスーツをきて優先席に座っていた。定年退職後の余暇に小説でも書くつもりなのだろうかと、扉によりかかったままそっと覗き込んでみたが、彼がペンを入れているのは履歴書の束だった。
 個人情報流出の危機が叫ばれる時代によくやるよとあきれていたのだが、おかまいなしに事務的な赤入れをしていく。しばらく眺めていたのだが、これがけっこう面白い。履歴書上の、せいぜい五センチ四方の自己アピールスペースにドラマがつまっているのだ。
「ゼミナールで架空のテレビ番組の企画をつくるという課題がありました。しかし周囲のメンバーにやる気がなく、なかなか進まないでいたのを、会議で呼びかけて一新させ、最終的にはコンペで入賞するところまで導きました!」
 本当かよ。斜にかまえて内心で舌を出している私の視線をよそに、サラリーマンは無表情のまま「コンペ入賞」「会議で呼びかけた」にアンダーラインを入れる。うそ臭いな、なんておくびにもださず次の紙にとりかかる。
「テニスサークルで金銭トラブルが発生して、分裂しかけてしまったのですが友人と働きかけて話し合いの機会をつくり和解させました!」
――――――――――――― 7 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102
 鵜呑みにするならば、薩長同盟の破綻を阻止した坂本竜馬級の活躍だが、同じネタをよそでみたことがあった。スタイルシートの存在を疑ってしまう。
 しかし彼は黙々と赤ペンを入れつづけた。淡々と手を進める。金銭トラブルと余白に書き込む。これが事実か虚偽か、そんなことは問題にならないらしい。
 何枚かの履歴書が同様に彼の膝の上を通過しては赤を入れられていった。全体的な印象としては男はやたらと型通り、無愛想で、女は「!」マークが散りばめられて、すごいものになるとほとんど友達感覚で書いているといったところか。
 これも時代かねえと見物していると、私の目はある女性の書いた「自分の長所」という項目で釘付けになった。
自分の長所「ちゅうちゅうタコのように吸いつきます!」
 三〇秒の思考停止。八本脚を脳裏に描いたままフリーズしてしまった。
 とうとうサラリーマンの眉間にしわがよった。彼の持ったペン先が中空に静止している。つぎは、高円寺、お出口は、右側です。時間の停止した二人の間をアナウンスが流れていった。
 タコかいな。
 この後には「興味をおぼえると没頭して集中するタイプで何事にも前向きに取り組みます」とかなんとか続くのだが、私は「集中」の枕詞に「タコ」を持ってきた文章に初めてお目にかかった。これは世代の差なのか、彼女の個性なのか、それが問題だ。もしかしたら今の新卒は、「イルカ級に人当たりがよくて飛び跳ねてます!」とか「ウシ顔負けに反芻するタイプです!」とか書いて入社しているのかもしれない。だとしたら、私みたいな凡庸な履歴書を書く人間はまず採用されないだろう。
 高円寺に停車した。扉が開く。誰も降りないし乗りもしない。
 彼の手が動き出した。
 例のくだりに線をひくと余白に一言、「タコ」と書いて丸で囲った。
 ちょっと待ってくれ、それはありなのか、なしなのか。私は面接官の感想を是非ともきいてみたかったが、彼はそのまま次の履歴書にとりかかってしまい、それきりになった。
 次の駅で下車した私は一人プラットホームで、「タコねえ」とつぶやいていた。
□ 履歴書が束というから、よほど人気の会社なのかも。一芸に秀でていれば合格。大学ではありますが、会社はどうでしょうか。就活学生には切実な問題ですね。 
【生き物観察】
時の楽しみ方
飯島 優季
 蝉は鳴いていない。それでも日がさし、肌が焼けるように暑い5月4日。私は彼女と共に、『ネズミが、どんなに暑くても顔色一つ変えることなく、平気で二足歩行する』ことで有名な夢の国『東京ディズニーランド』に行ってきた。
 その日がCW中ということもあるが、それだけでなく、25周年のイベントをやっていたからだろう。いつもよりも多くの人々が来ていたようだ。実際、開演前だというのに、入り口が見えないほどの人でごった返していた。そして開演。中に入るや否や、まるでゲートの開いた出走馬のように走り出す人々。「凄い光景だな」とあっけに取られつつ、私たちも25周年のキーホルダーの作れる場所へと、歩いて行った。すると驚いたことに、すでに4時間待ちの列。まだ開園して5分ほどしか経ってないのにだ。それでも、私たちは、その日キーホルダーを作ること位しか計画していなかったので、その列に並ぶことにした。
 並んでいる間、時間があったので私達は少し人間観察をしてみた。後ろでは、先月、貰ったプレゼント(?)のお礼を携帯でしていた。前では、他の25周年グッズを買うために役
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割分担の会議。列の外では、前日から計画を立てて来たのだろう人々が「次はあっち、その次はあっちで、その後食事だよね」と計画の確認をしながら、足早に過ぎ去っていく。他にも人の多さの為なのだろうか、イライラしている様子の人もいた。
 そんな風に人を観察していると、彼女が不思議そうに、そして悲しそうに言ってきた。
「あんなに急いだり、計画を立てたり、イライラしたりで、本当に楽しめるのかな、夢の国っぽくないよね」
 確かにどうなのだろうか。何かを決めて、それ通りに動くのも、楽しい人にとっては楽しいのかもしれない。しかし少なくとも、私たちには向いてないような気がした。それに、キーホルダー以外のことは、すべて無計画の行き当たりばったりの私たちではあったが、それでも、とても楽しい一日が過ごせたのだ。だから、きっと無計画なのも悪くないんだろう。『夢の国』にいる間くらい現実とは違い、のんびりしていても罰はあたらないだろうし。
□ 連休真っ只中のディズニーランド。混雑はニュースで知りました。テレビで流れていました。もしかしてあの中に!?でも、人間観察。さすがですね。
伝書鳩の行方
大谷 理恵
 玄関で靴をはいていると鳩の鳴き声が聞こえてきた。駅から5分がウリのマンション、通勤通学に非常に便利なのだが、度々ベランダに鳩たちが迷い込んできて落し物をしていくこともめずらしくはなく、その都度ティシュのお世話になっている。家の前に落し物をされる前に鳩を驚かせてしまおうかとも考えたが止めにして、ゆっくりとおそるおそるドアノブに手をかけ前に押した。鳩は後ろを向いていたが、すぐに気配を察して首を上下に動かしながら隣の家の方へと歩き出していった。
 その鳩は、よく見かける灰色でも黒色でもない青白い色の鳩だった。ふっくらしたツヤのある体、一点の染みのない白い羽。今まで見てきた鳩たちの中で群を抜いて美しい鳩だった。触れてみたいとも思った。さらによく見ると足に何やら銀色の筒が括りつけられていてこの鳩が伝書鳩であることに気付いた。
 伝書鳩は、私が一歩近付く前に飛んで行ってしまった。
 あれから一年後、携帯のニュースサイトにて今月十七日、草加市で鳩三十六羽の左羽の先端部が切断される事件が起きたと報じられていた。鳩は伝書鳩に使われていた可能性があり、警察は飼育できなくなった飼い主が、羽を切って放置したのではないかと捜査を進めているそうだ。
 草加市はマンションがある場所から決して遠い場所ではない。そんなことを考えながら飼い鳥のインコの頭をなでていたらガブリと指を噛まれてしまった。
□ かっては平和の象徴だったハト。昨今は、すっかり嫌われものになっている。糞公害、病気運搬、騒音と勝手な人間の言い分。可哀想ですがハトにはなりたくないものです。
前号の「検定・腕試し」
の回答
 
―――――――――――――― 9 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102
4.『菜の花』について・完成作『網走まで』読み
一、志賀直哉とは何か(『菜の花と小娘』を読んで)
処女作三部作
 小説の神様といわれる志賀直哉とは何か。それを考えるには、19日ゼミでも話しましたが、まず処女作三部作を読み解く必要があります。
 処女作三部作とは、『菜の花と小娘』、『或る朝』、『網走まで』です。下原ゼミは、このなかで主に車中作品の『網走まで』を取り上げ以後書かれた車中関連作品を朗読・合評していきます。併せて自分たちの車内観察を発表し合いながら、小説の神様の実像に迫ってゆきたいと思います。が、『或る朝』と『菜の花』についても課題原稿「普通の一日を記憶する」「生き物観察」の手本として、謎解明のます。
 ちなみに、これらの作品は明治37年(1904)から明治41年(1908)ころに書かれた。志賀直哉21歳から25歳のときである。
『網走まで』に小説の神様を解く鍵がある
 さて、志賀直哉はなぜ小説の神様といわれるのか。この謎を解く鍵が『網走まで』にあるとみて先週、まず草案『小説網走まで』を読みました。なにぶん明治末期の作品ということで、旧漢字や当て字などが多く、感想では「難しい漢字に気をとられてしまって」といった不満が多くあった。が、「文章の流れがいい」「創作でも見たまま書いたとしてもすごい」といった評価もありました。草稿とはいえ、神様の衣の裾を掴んだようです。この調子なら完成作『網走まで』を読めば、案外早く、その鍵が見つけられるかも知れません。
『菜の花と小娘』は名作
 しかし、その前に、小説の神様の謎を解く前に、人間・志賀直哉とは何か、を知っておきたいと思います。と、いうことで、テキストの最初読みとして『菜の花と小娘』をとりあげました。この作品は、明治37年5月5日の日記に「作文は菜の花をあんでるぜん張りにかく」と記し同年、作文「菜の花」として書かれ、明治39年(1906)23歳のとき「花ちゃん」に改題、改稿し大正9年(1920)に児童雑誌『金の船』に『菜の花と小娘』と題されて掲載された。擬人法で書かれたこの作品は、このころ、愛読していたアンデルセン童話がヒントになったと考えられている。一見、なんでもない、誰でもすぐに書けそうな童話作品に見えますが、日本文学では名作に入ります。それだけに、現在、若い人たちにあまり読まれていないことが残念です。この作品には、若き日の志賀直哉の全てがある、といっても過言ではありません。
作品に秘められた作者の思い
 なぜ、この作品が名作なのか。どこに作者の思いが秘められているのか。のっけから多くの謎です。はじめに、なぜこの作品が名作なのか。一つには、不変だということです。書いてから100年も過ぎるのに、こうしてテキストとしてあげているのが証拠です。もう十年か二十年、もっと前だったか忘れてしまったが、『一杯のかけそば」という童話作品が、爆発的話題を呼んだことがある。マスコミは連日、この作品をとりあげていた。作者も連日のようにテレビ出演していた。しかし、いまは跡形もない。この二つの作品の違いは何か。それは、作品の深さにある。『一杯のかけそば』は、サギ紛いの作者(実際に詐欺師だったかも?)が、たんに世に受けることを狙って作り上げた作品。それに比べ『菜の花と小娘』には、作者自身の思いが深くこめられている。
作者の深い思いとは何か
 では、作品に込められた作者の深い思いとは何か。19日ゼミで、この作品は、女の子が実際に、菜の花を川に流して遊んでいるのを見て思いついたのでは、といった感想がありました。確かに、作者は、菜の花を見て、この話を思いついたようです。しかし、子供たちが遊んでいる光景からではありません。現在、千葉県が県の花にしているのは菜の花です。房
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総半島は、春になると一斉に菜の花が咲きます。明治の当時も、同じ風景が見られたのかもしれません。明治35年(1902)、父親が総武鉄道(現在の総武線)の支配人兼会計課長となったことから、19歳の直哉は、鹿野山に遊びに行くようになる。
鹿野山
 鹿野山は、君津市にあり標高353㍍。房総三山の一つ。他は、鋸山、清澄山。広い山頂からの展望は最高で、現在、マザー牧場や登山道の桜のトンネルなどで人気の観光地となっている。当時も、桜や菜の花の名所だったようだ。毎年春になると直哉は、この鹿野山に登った。友人の里見弴(1888-1983)らと一緒のときもあったが、たいていは一人で登った。春の陽光の下、山頂から谷一面に咲き乱れる菜の花を眺めるのが好きだった。ときには何時間も、ときには何日も滞在してながめていたという。3月31日に来て、4月11日までいたこともある。いくら花が好きといっても二十歳前後の若者が、たった一人で何時間も何日も坐り込んで、ぼんやり菜の花をながめている。たとえ本を読んでいたとしても、ちょつと普通ではない気がします。先週の感想で、「寂しい感じがする」といった見方もありました。もし、背後からそのときの志賀直哉を見れば、そんな印象を抱いたかもしれません。咲き乱れる菜の花畑。賑やかな明るい黄色である。なぜ寂しい孤独の影が・・・。
菜の花に母の面影を
 明治45年(1912)に志賀直哉は、『母の死と新しい母』を発表している。創作余談では、「少年時代の追憶をありのままに書いた。一晩で書けた。小説中の自分がセンチメンタルでありながら、書き方はセンチメンタルにならなかった。この点を好んでいる」と述懐している。直哉の母、銀が三十三で亡くなったのは、明治28年、直哉が12歳のときである。ということは、母の死について書くのに17年間もかかっているということである。この歳月の長さは、直哉にとって母の死がいかに大きな悲しみだったかを教えている。菜の花は、暖か家庭を思わせるところがある。もしかして直哉は、菜の花に母の面影を見ていたのかもしれない。明治34年足尾銅山鉱毒問題で現地視察計画を父に反対されたことで、余計に亡き母、銀への思いが強くなっていたに違いない。加えて、この時期、直哉はあることで悩んでいた。人間の謎に突き当たっていた。
人間の謎
 「人間は謎です!謎は解かねばなりません」といったのは18歳のドストエフスキーである。やさしかった母の死と、心の中での渇望が実現した父の死。若き文豪が人間を謎としたのは、病気と殺人による両親の死を、どうしても受け容れたくなかったのかも知れません。
 では、若き日の志賀直哉が、人間を謎としたのは、なぜか。このころ、直哉は恋をした。相手は志賀家に何人もいる女中の一人だった。直哉は結婚を夢みた。千葉県小見川にある彼女の実家にも泊まりに行った。若い二人の恋。だれもが祝福してくれると思った。しかし、だれもが反対だった。教訓をぶつ父親も、新しい美しい義母も、可愛がってくれる祖母も、だれもかれもが反対だった。理由は、あきらかだった。身分の違い。お金もあり、教養もあり、いつも立派なことを言っている人たちが、なぜそんなことを気にするのか。人間は、皆平等ではないのか。直哉には謎だった。折りしも、この頃、島崎藤村が『破戒』を出版した。自分と同年配の主人公瀬川丑松は、江戸時代、部落民といわれた階層だったために、明治になり教師になっても差別され、教壇を去らねばならない。士農工商もちょんまげもなくなったのに、なぜ人間は差別しあうのか。この本を携え、十日余り鹿野山に滞在し菜の花を眺めていた直哉の心うちはどんなだっただろう。人間って何んなんだ。理不尽なことが世の中には多すぎる。なんどもそう問いかけたにちがいない。
 『菜の花と小娘』を読んでみると、たいていの人は自分でもすぐに書けるような、気になるようです。しかし、実際にはなかなかなのが童話ものです。
 人間とは何か。この存在宇宙とは何か。志賀直哉の作品は、すべてこの疑問を持って、対象物を観察しています。観察して、想像して書く。それがこの作家の小説を書くうえでの根幹です。『網走まで』は、それがよく表われた作品といえます。
―――――――――――――― 11 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102
5・19ゼミ報告
 
出席者・12名
 毎年、新入生歓迎会があった後の校内は、なぜか森閑としている。人気のない廊下にどんよりした空気が漂っていた。そのせいかゼミは、休む人が多かった。4人の欠席者があった。
 この日、19日の出席者は、次の皆さんでした。
・阪本義明 ・長沼知子 ・川端里佳 ・大谷理恵 ・野島 龍 ・橋本祥大
・瀧澤亮佑 ・小黒貴之 ・飯島優季 ・田山千夏子 ・刀祢平知也 ・臼杵友之
確認=「2008年の旅」正・副班長は、小黒貴之さん、瀧澤亮佑さんです
訂正=ゼミ誌編集長は、川端さん、大野さん。副が、小黒さんです。
     (※前号に誤りがありました。)
新聞記事紹介
■常用漢字 追加候補の素案220字
■小林多喜二の『蟹工船』はまる若者 過酷な労働に共感。ワーキング・プア
■大学内で大麻密売。学生が売り学生が買う。
■読者からの五月病の対処方法
■検定め腕試し、(今号に回答が)
○司会進行は、飯島優季さん
1.課題原稿読みと感想 野島 龍「夜明けからの一日」
 【感想】「特徴のある文体」「この路線をつづけたらどうか」
※にらいかない=古本店の名
2.テキスト読みと感想 『菜の花と小娘』、草稿『小説網走まで』
 【『菜の花と小娘』の感想】
「会話が可愛くない」「菜の花が人間のようにしゃべるのが面白い」「可愛らしい。子供が読んでも面白いのでは」「菜の花と小娘の掛け合いがいい」「女の子に重ねた大人の話」「純粋でいい話」「すらすら読める作品」「全体的に可愛いだけではない」「特別面白かった」「小娘や菜の花は妄想的」
【草稿『網走まで』の感想】
「途中までの情景が長すぎて言いたいことが伝わってこなかった」「見たままを書いたようだ」「主人公と女の人の表現がはっきりしない」「切ない物語の印象」「観念的」「小説っぽい。ネタなしに創作だったらすごい」「実体験、エッセイふう」
総評
 どちらの作品も、読後感は、「たいした話ではないな」と、いった感想を抱きます。だれでもすぐに書けそうな、軽さ、容易さを感じます。しかし、それと同時に「なんだろうコレ」といった不可解さも沸いてきます。名作は、単純に、「ただ面白かった」というのもありますが、この「なんだろう・・・」といった思いを読者に持たせる作品もそうです。ロシアの文豪トルストイとドストエフスキーは、その両極にある世界文学の雄といえます。
 『菜の花』『網走まで』ともに、作者の心の投影が顕れた作品と思います。が、『菜の花』は何度かの推敲で完成作品。草稿『網走』は、完成前の荒削り作品です。
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102―――――――12 ―――――――――
ゼミ誌について
ゼミ雑誌発行は12月15日厳守です。
 ゼミの実質的成果は、決められた期日までのゼミ雑誌発行にあります。毎年、納品日の遅れが指摘されています。一年間の大切な成果なので、しっかり守って、よい雑誌をつくりましょう。本ゼミは、二人編集長と一人副編集長に四人の編集委員が、アシスト、全員が協力します。ゼミ誌は自分の作品でもあるので、全員一丸となって当たりましょう。
ゼミ誌作成日誌
 5月12日ゼミ。この日も決まりそうにない雰囲気があった。「今日でなくても」と先送りの意見もでた。しかし、嫌なこと、面倒なことは早く済ませたい。済ませた方が何事もよい結果となる。そんな人生訓もあったし、それに本当は、一人ひとりの心の奥には引き受けてもよい気持があるのがわかっていた。そんな憶測から、司会の本名さんに骨折ってもらうことにした。昨年経験者だった班長の小黒さんが、編集委員の実質的な役目を説明したことから、沈滞していた空気が、一気に流れはじめた。クジという最悪の事態は回避された。
・編集委員長=川端里佳 大野菜摘
・編集副委員長=小黒貴之
・編集委員=阪本義明 橋本祥大 飯島優季 瀧澤亮佑 
・補助委員=本名友子 長沼知子 大谷理恵 野島 龍 田山千夏子 臼杵友之 
      秋山有香 神田泰佑 刀祢平知也
ゼミ誌作成計画は以下の要領です
1. 6月3日(火) → ゼミ雑誌作成ガイダンス。編集委員は必ず出席してください。
        ○ゼミ誌作成説明  ○申請書類を受け取ります。
2. 6月中旬 → ①「ゼミ誌発行申請書」の提出。出版編集室に
3. 6月~  → 全員でゼミ雑誌の装丁を話し合う。題名・内容・サイズ・印刷会社など
        ※印刷会社は、過去に依頼した会社は文芸学科スタッフに問い合わす。初
        めてのところは必ずスタッフに相談する。(なるべく初めてのところでな
        い方がよい。以前、苦労したことがある。会社も慣れないので大変)
4. 7月下旬 → 原稿依頼し、締め切り日を決める。だいたい夏休み明けがよい。
5. 9月末  → 編集委員にゼミ誌原稿を提出。
6. 10月上旬 → 編集委員は、内定の印刷会社から②「見積書」をもらう。
7. ~11月 → 「見積書」の提出。印刷会社と相談しながらゼミ雑誌作成。
8. 12月 → 15日までにゼミ誌提出、③「請求書」提出
注意事項!!
◎ ①【ゼミ誌発行申請書】、②【見積書】、③【請求書】以上3種類の書類が提出されない
  場合はゼミ誌の発行はできません。補助金の支払いも認められません。
◎ 予算金額は、ゼミ雑誌作成ガイダンスで発表される。
◎ 過去にゼミ雑誌の印刷を依頼したことのある主な印刷会社の連絡先は、文芸学科スタッ
  フまで問い合わせる。それ以外の印刷会社を利用したい場合は、必ず事前に学科ス
  タッフに相談すること。厳守。
 ※ 印刷会社は、学科スタッフに相談した方が、スムーズに運びます。
◎ 外部(一般の人)と関係しない。(インタビュー、依頼原稿など)
―――――――――――――― 13 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102
「2008年、読書と創作の旅」の記録
□4月14日 参加者20名。旅説明と嘉納治五郎の青年訓「多読と精読」読み。
□4月21日 司会=小黒、登録11名出席。旅立ちに際して紀行文と書簡の読み。『おくの
      ほそ道』「発端」「旅立ち」。ドストエフスキーが国家反逆罪の罪でシベリアに
      向う朝、兄に書いた手紙を読む。志賀直哉の車中作品についての説明。
□4月28日 司会=田山、15名出席、名作紹介・サローヤン『空中ブランコに乗った大胆
      な青年』読みと感想と解説。議論・新聞「人生案内」愛の告白について〈私な
      らこう答える〉、登録者16名に。
□5月12日 司会=本名、13名出席、ゼミ正副班長指名、ゼミ誌編集委員決め。新聞記事
      紹介。「小林多喜二『蟹工船』」と志賀直哉の関係。紙芝居『少年王者』の作者
      山川惣治の本が刊行される。東京新聞取材のドストエフスキーの全作品を読む
      会「読書会」の宣伝。提出原稿6本の読みと合評。
     【車内観察】5本
      ・本名友子「台風一過」・瀧澤亮佑「タイムスリップ」・秋山有香「新入生」
      ・川端里佳「ランデブーは車内で」・大野菜摘「園児とサラリーマン」 
      【生き物観察】1本
      ・小黒貴之「スカーフ猫は喉を鳴らさない」
□5月19日 司会=飯島、12名参加、新聞記事紹介=「『蟹工船』再記事について」「五月
      病記事について」「候補漢字220字について」など。提出原稿1本の読み。
      【一日観察】
      ・野島 龍「夜明けからの一日」
      【テキスト読み】
      ・『菜の花と小娘』 ・草稿『小説 網走まで』
常用漢字追加素案220字
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102―――――――14 ――――――――――
 
2008年、読書と創作の旅
 担任自己紹介の代わりに学生時代の旅を紹介します。が、想像・推測・個人問題もあるので創作ルポタージュとします。
一九六八年、アジアの旅⑥
                                   下原 敏彦
 1976年10月初めのよく晴れた午後、立川にある私の下宿に羽田署外事課の二人の刑事が訪ねてきた。9月15日の遊覧セスナ機心中事件の調書を取るためであった。初老の刑事は、穏やかな口調で捜査の状況を説明したあと、不意に厳しい目つきになって言った。「知っていることをすべて話していただきたいのです」元学長夫妻は、なぜ死を選んだのか。あの日、あの時、相模湾上空で太陽が暑かったからか。大きな謎だった。その謎は、ムルソー(『異邦人』)の殺人よりも深く暗かった。私にとっても、警察にとっても・・・謎は解かねばならない。若い刑事は、ちゃぶ台の上に調書の紙をひろげペンを握った。私は、頷いて8年前のプノンペンの日々を話しだした。
 
我が青春のプノンペン
 1968年9月、私と友人のA君は、フランス船「ラオス号」で旅にでた。途中、中国語教授の松坂先生から紹介されたT先生をカンボジアのプノンペンに訪ねた。T先生は、夫人と秘書のY女史3人で外国人専用の政府要人アパートで暮らしていた。T先生は松坂教授のことは、あまり知らなかった。私たちは昼食をご馳走になった上、階上の空き室で休ませてもらうことになった。この国では、昼食の後は、昼寝をする習慣があった。午後でも夕方でもなく、昼直前に、T先生を訪問したのは、運がよかった。T先生は、突然の珍客に昼寝の後、ゆつくり面談しようと思ったのだ。私とA君が階下の部屋に下りていくと、3人は、起きて待っていた。T先生は、籐椅子にどっかり座って葉巻をくねらせていた。ランニングと太鼓腹にタオルを巻きつけた、恰好だった。顔が異常に大きく短い体の三分の一はあるのではと思われた。夫人とY女史は、長テーブルに興味深そうに見守っていた。
「よく、眠られました」はじめにY女史が聞いた。
「ポーチェントムの空港からバスで来られたんですって!」夫人は、目を丸くして言った。アメリカの映画の女優に似たきれいな人だった。後で知ったが、夫人が驚いた表情をしてみせたのは、空港からプノンペンにくる日本人は、たいていシクロに乗ったり車を頼んだりするらしい。そうして、通常の3倍の料金を騙しとられるという。はじめてきて、満員の市場行きのバスに乗るのは珍しいらしかった。
「これからどうするんだ。計画はあるのか」
T先生は、笑みを浮かべて聞かれた。が、大きな顔にある細い目は、鋭かった。
「べつにありません」
「お金もないので、歩いてラオスに行こうかと思っています」
私たちは、こう答えるしかなかった。実際、何の計画もなかった。
「カンボジアのことは、知っているのか」
「いえ、知りません。ぜんぜん知りません」
「知らずに来たのか」T先生は、ニヤリとして煙を吐き出して言った。「それなら、見て少し勉強したらどうだ。嫌か?どうだ、この国は」
「まだよく知りませんが、面白そうな国です。できればいたいです」独裁社会主義国というから、すぐに出なければと思っていた。
「そうか」T先生は、頷いて夫人に何か告げた。財布を持ってくるように言った。
 T先生は、財布を受け取ると、立って、咥え煙草でいきなりテーブルにカンボジアのリエル札を並べはじめた。1枚、2枚、3枚・・・・と。   次号へ
――――――――――――― 15 ――――文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102
新聞記事紹介 20008年5月15日読売新聞夕刊
若き日のお龍さん
  
写真論争科警研(警視庁の科学警察研究所)お墨付き
 お龍さんと、言えば歴史小説
愛読者なら、すぐに思い浮かぶ
のは、幕末の志士・坂本竜馬の
妻お龍さんだろう。このお龍さ
んも、西郷隆盛同様、写真がな
かった。が、このほど本人と思
われる写真が見つかり、警視庁
が写真鑑定した結果、ほぼ断定
した。右がその記事である。
 現在、人気のNHK大河ドラマ
「篤姫」『天璋院篤姫』は幕末
陰の活躍の女性として名高いが
お龍さんも司馬遼太郎『竜馬が
ゆく』で広く知られている。
 が、1979年(S54)第7回
芸術祭で芸術大賞をとったテレ
ビドラマ「葉陰の露」ではそう
した女傑伝説とは別に人間お龍
さんを見た気がした。たまたま
付きあった男が歴史の英雄にな
ってしまった。女はどう生きれ
ばよいのか。たしか物語は、こ
んな話だった。忘れたが…
 横須賀で暮らす好夫婦、夫は幕末
の志士好きで、とくに坂本竜馬の研
究に熱心だった。妻のつるは、よく
仕えてくれた。年に1,2度、京都の
知り合いに会いにいったが気になら
なかった。あるとき、つるが出かけ
た後、夫は、京で維新の亡き志士た
ちを祀る行事に参加する気になった。
 大勢の群集のなかでパレードする
人力車に夫が見たのは、伊藤博文、
山県有朋ら政府の要人と並び、彼らと
親しそうに話し、沿道の人々に手を振
る妻つるの姿だった。
 
文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.102―――――――16 ―――――――――
掲示板
提出原稿について
○ 車内観察 → 電車の車内で観察したこと(創作・事実どちらでも)
○ 1日の記録 → 自分の1日を観察する(自分のことをどれだけ晒せるか)
○ 社会観察 → 社会の出来事を観察、自分の意見もいれてみる
○ 生き物観察 → 人間、動物、草木、生あるものすべての観察(宇宙人の目で)
 締め切りはありません。書けた人は、どんどん提出し、皆の評価をみてみましょう。何事も切磋琢磨です。(提出原稿+出席+ゼミ貢献=評価)
ドストエフスキー情報
6月14日(土) : 全作品を読む会「読書会」 会場は東京芸術劇場第一会議室
           作品『悪霊』3回目 報告者・金村 繁氏 
8月 9日(土) : 全作品を読む会「読書会」暑気払い。「『悪霊』払い祭り」
               会場は東京芸術劇場第一会議室
出版
 
 ☆復刻版・岩波写真文庫『農村の婦人』6月発売
    2008・4・20
☆新刊・熊谷元一白寿記念写真集『信州 昭和の原風景』一草舎2200円
★話題・下原敏彦著『伊那谷少年記』鳥影社
 理論社 2008・3・21 定価1200
★文・藤井誠二 マンガ・武富健治『「悪いこと」したらどうなるの?』
  ★山下聖美『国文学4』「ケータイ小説 クリエイターの卵たちはどう読むか」
★福井勝也著『日本近代文学の〈終焉〉とドストエフスキー』
      のべる出版企画 2008・1・10
★芦川進一著『「罪と罰」における復活』河合文化研究所・河合出版2007
★清水 正著『ドストエフスキー論全集1』D文学研究会2007
★下原敏彦著『ドストエフスキーを読みながら』鳥影社2006
★国文学別冊『ギャンブル』下原敏彦・文「ドストエフスキーとギャンブル」                                  
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
編集室便り
☆「2008年、読書と創作の旅」内容は、本通信に掲載します。
☆ 原稿、歓迎します。学校で直接手渡すか、下記の郵便住所かメール先に送ってください。
 「下原ゼミ通信」編集室宛
  住所〒274-0825 船橋市前原西6-1-12-816 下原方
  メール: TEL・FAX:047-475-1582  toshihiko@shimohara.net
☆本通信はHP「土壌館創作道場」に掲載されています。

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