文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.386

公開日: 

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日本大学藝術学部文芸学科     2019年(令和元年)11月19日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.386

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3 12/10 12/17 1/7 1/14 1/21 
観察と記録

2019年読書と創作の旅

11・19下原ゼミ

2019年度読書と創作の旅同行者です。8人の仲間です。
宇治京香  安室翔偉  梅田惟花  佐久間琴莉 (松野優作) 伊東舞七
大森ダリア  佐藤央康 (7名参加の日撮影)

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11・12ゼミ報告 ゲラ校正

11月12日(火)は、新生社からゲラ刷りが届いたので校正した。この日の参加は、宇治、佐久間、伊東、梅田、大森、安室。
人間の謎       人を殺してみたかった またしても14歳
11月12日夕方、青森県八戸市で学校帰りの小学校高学年の女児が通り魔に襲われた。首をカッターナイフのような凶器で切りつけられた。幸いケガですんだが、逮捕された犯人は14歳の市内の男子中学生だった。犯行の動機は「誰でもよかった。人を殺してみたかった。殺すつもりだった」。このニュースをみて思いだすのは21年前、神戸で起きたあの事件だ。1997年5月27日の明け方、24日から行方不明になっていた小学校児童の生首が中学校校門の前で発見された。切り裂かれた口のなかには「さあゲームの始まりです。愚鈍な警察諸君」こんな挑戦状がはいっていた。人間の謎。人間の闇は深い。   編集室 4頁に               
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.386―――――――― 2 ―――――――――――――

ゼミ観察  2019年後期前半、同行者

9月24日からの点呼状況です。()は提出課題

・宇治京香 9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 10/29 11/12
前期13/14

・伊東舞七 9/24 10/1 ― 10/15 -  ―    11/12
前期10/14      (2)

・梅田惟花 ゼミ誌原稿入り  ―  ―   ―   ―   11/12
前期7/14
・佐久間琴莉9/24 10/1 ―  10/15 10/22 10/29 11/12
前期13/14

・大森ダリア9/24 ―  ―  10/15 ―   10/29  11/12
前期8/14   (1)

・安室翔偉  9/24 10/1 ― 10/15 ―    10/29  11/12
前期11/14

・佐藤央康  9/24 10/1 ― 10/15 10/22 10/29  ― 
前期10/14   (2)

・松野優作 9/24  ―  ― 10/15 10/22 会った   ―
 前期2/14  (1)

総計人数  7  5  1  7  4   5   7

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今後のゼミ予定 脚本化の口演と朗読など 

ドストエフスキーの『罪と罰』 志賀直哉の『范の犯罪』 

口 演 : 脚本化で読む志賀直哉『范の犯罪』

   「ナイフ投げ美人妻殺害疑惑事件」公判

 : 脚本化で読むドストエフスキー『罪と罰』

「金貸し老婆とその妹強盗殺人事件裁判」公判第1回 ~ 第5回
   
朗 読 : 児童文学作品など

 

―――――――――――――――――― 3 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.385

ゼミ雑誌『暗夜光路』原稿校正状況11/12現在

 11・12ゼミでの校正状況 宇治、佐久間、伊東。大森、梅田、安室

梅田惟花創作『ホームで会いましょう』本人校正済み
佐藤央康 創作『八月十三日』『八月十四日』『八月十五日』
お盆の三日間を『十三日』「迎え火」「葬式」「進路」「帰り道」「思い出」
        『十四日』「待ち合わせ」「将来」「彼女」
        『十五日』(十六日?)「映画」「送り火」
佐久間琴莉 創作『幼い報復の先』
伊東舞七 詩編『ナツのオモイデ』
大森ダリア『ヤマトナデシコ』
安室翔偉 創作『自殺コンサルタント』
松野優作 マンガ
宇治京香 創作『アンビバレンス』

ゼミ雑誌編集 11/15 ~ 刊行まで  

③確定見積もり書提出 → 11/22(金)迄に
④ a.請求書提出
  b.納品書提出
  c.発行の冊子5部 紹介文(100字)を添えて大学編集局に提出

12月6日(金)締切です!!

11・12ゼミ日誌etc   恋愛談議に想う

 ゲラ刷りの校正。終わったあと恋愛談議。「元カレ」「元カノ」の話で盛り上がった。スマホ前の交際体験に花が咲いた。『青春時代』という歌謡曲の歌詞に「道に迷っているばかり」という一節がある。皆青春二十歳前後、いま、まさにそんな時だろうか。
青春時代は、ほろ苦い思い出ばかりだが…こんな名画をおススメしたい。

1961年上映 エリア・カザン監督の『草原の輝き』ナタリー・ウッド主演
1920年代のアメリカが舞台。恋愛とは何かを真正面から問う名画。タイトル「草原の輝き」は、詩人ウイリアム・ワーズワース(1770-1850)の詩の一節。

草原の輝き 花の栄光
再びそれは還らずとも 嘆くなかれ
その奥に秘められたる力を見い出すべし
すべてを忘れることなく、また赤裸々でもなく、
我らは栄光の雲から出ずる。
神は我らが家なり。
草原の輝きはもはや戻らず 花は命を失っても
後に残されたものに力を見いだそう。
                    HP
文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.386―――――――― 4 ―――――――――――――

人間の謎   14歳、「誰でもよかった」容疑で逮捕 (読売)

2019年11月14日(木曜日)新聞の見出し(上記)をみてあの事件を思いだした。この事件について編集室は、1999年5月ドストエーフスキイの会シンポジュウムで、2004年6月世田谷市民講座で「現代の問題とドストエフスキー」と題して報告した。「人を殺してみたい」そんな魔物が20年過ぎた今もうろついているのだ。そのことに戦慄した。
事件の詳細は、まだ報じられていないが、犯罪防止に役だってくれることを祈って、かつて報告した論題を紹介したい。

【新聞記事】読売新聞 2019.11.12
発表では、中学生は12日午後4時40分頃、―-の路上で下校していた女児の首の前部を刃物で切りつけ、殺害しょうとした疑い。
――逮捕された男子中学生は運動部所属で、入学以来、目立ったトラブルは確認されていないという。――
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一九九九年五月「ドストエーフスキイと現代」ドストエーフスキイ・シンポジュウム
二〇〇四年六月 世田谷市市民講座で報告 

「透 明 な 存 在 」 の 正 体 

      ドストエーフスキイと現代の問題 
                                下原 敏彦

 「人を殺して、なぜいけないのか」と問う少年たち。「自分の体でお金を稼いで、なぜ悪いのか」と答える少女たち。現代の問題は、より不可解で、理解しがたい問題となってきている。謎に満ちた現代の問題。はたしてドストエーフスキイで解くことが、語ることができるだろうか・・・。今報告のテーマは、この疑問が動機となった。

一 、 現 代 の 問 題 

 現代の問題とは何か。毎日のニュースをみていると様々な問題が洪水のように溢れている。その中から現代の問題を象徴するものとして一九九七年に起きた神戸の児童連続殺傷事件をとりあげてみた。この事件には、家庭の問題をはじめ、学校教育の問題、地域社会や戦後民主主義の在り方など、多くの現代の問題が含まれていると思うからである。
 それでは日本社会を震撼させた事件、神戸児童連続殺人事件とは、いったいどんな事件だったのか。振り返ってみることにする。およそ事件の推移はこんなであった。
一九九七年五月二七日の明け方、二四日から行方不明になっていた小学生児童の生首が中学校校門の前で発見された。切り裂かれた口の中には

さあゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
―――――――――――――――――― 5 ――――― 文芸研究Ⅱ下原ゼミNo.386

人の死が見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを
 SHOOLL KILL
 学校殺死の酒鬼薔薇

こんな挑戦状が入っていた。事件は、いきなりショッキングな光景からはじまった。あまりの残虐さに、また例をみない猟奇的犯行に日本中が戦慄した。こんな酷い犯罪ができるのは、頭の狂った大人以外にありえない。マスメディアは、こぞって「黒ビニール袋を持った中年男を追え」と報道した。新聞社に送りつけられた声明文は、連続幼女殺しの今田勇子(宮崎勤)を連想させた。犯人像は青年から中年の、異常な精神の持ち主、もしくは薬物依存者。誰もがそう思うところだった。
 しかし、犯人は十四歳の中学三年生の男子生徒だった。少年は、春先にも四人の小学生の女の子を次々と襲い、一人を死亡させていた。少年は精神病者でも、薬物患者でもなかった。憎悪や激昂にかられての犯行でもなかった。少年は、学校生活において少しばかり問題児であったが、家庭では普通の中学三年生だった。調べにたいして彼は殺人の動機を、人が壊れる実験をしたかった、自分が信じる神の生け贄にしたかった、と答えた。
 少年は、なぜそんな恐ろしい想念を持ち得たのか。そして実行に移すことができたのか。多くの専門家や識者が言及した。『現代殺人百科』を書いたコリン・ウイルソンも遠くアメリカから論評を寄せた。少年が思春期だっただけに、多くの分析があった。偏差値教育が生み出した、戦後民主主義の産物、マスメディアの影響、地域社会の崩壊、父権失墜などなど実に多くの要因が挙げられ、弊害が指摘された。付随してルポライター、精神科医、弁護士、被害者の父、少年Aの両親といったように少年と直接に、また間接的に関わった様々な分野の人たちの本が出版された。例えば『「少年A」十四歳の肖像』高山文彦著(捜査資料が語る神戸少年事件の真実)、『「少年A」この子を生んで』(父と母 悔恨の手記)などなどである。だが、どの本も、どんな報告も、事件解明には、素人感想ではあるが、今一つ及んでいないように思えた。少年Aを犯行に駆り立てたものは何か。真の責任は両親や学校教育にあったのか。その辺の所がなんとなくうやむやだった。あれから三年の歳月が流れた。しかし、事件の真相は相変わらず深い霧に包まれたままである。
 ドストエーフスキイの会例会や読書会でも、この事件は話題になった。『罪と罰』のラスコーリニコフや『カラマーゾフの兄弟』のスメルジャコフと重ねてみる会員が多かった。前者には少年の非凡人的観念が、後者には猫の舌を切り取って集めるという奇行癖が類似視された。また、研究者のなかからも「神戸の少年Aにはドストエーフスキイ的なものが感じられる」といった話がでた。だが、その指摘は論及されることなく「両者の関連を理論づけるとなると難しい」といった解釈にとどまった。はたしてドストエーフスキイで現代の問題―つまり神戸の児童連続殺傷事件を解くということは、可能だろうか。
 私は、この事件は「透明な存在」が引き起こした犯罪と仮定して想像・創造批評を駆使して推理してみることにした。そうすること――「透明な存在」を犯人にすることで、ドストエフスキ―と神戸事件とが密接に関係してくると思うからである。そして、そのこと(両者を繋げること)が現代の問題を解くヒントになるのでは、と信じるからである。
 この事件は、前述したように一般的には両親の子育ての失敗、偏差値教育の歪み、メディア社会の悪影響、少年自身の病的性格といった原因があげられた。たしかに事件を生み出したのは、そうした土壌や背景があったせいかも知れない。だが、それが直接の引き金になったとは考えにくい。なぜなら、そうした要因はたいていの現代の少年に当てはまるからである。少年Aだけが特別な環境で育ったわけではない。こうした理由から、私は神戸の児童連続殺傷事件の真犯人は、いわゆる少年Aではなく、少年Aの心のなかに棲みついている「透明な存在」と考えたのである。「透明な存在」という姿なき存在があの残虐極まりない事件
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を少年Aに引き起こさせたのだと。
 それでは、この「透明な存在」とは何者なのか。はたまた、どんな存在なのか。そして、その存在がなぜドストエフスキーに関っていくのか。そのあたりを想像・創造的に論証していきたい。はじめに「透明」という言葉である。この言葉は、それほど珍しくはない。「透明人間」という映画もあれば小説もある。しかし、「透明な存在」という言葉は耳新しい。断定はできないが神戸児童連続殺傷事件の犯人少年Aがつくった言葉だといわれている。(あるいは何かの書物からの引用かも知れないが・・・。)
「透明な存在」、この言葉は、逮捕前に神戸新聞社に送った声明文のなかに書かれていた。次は、その箇所の抜粋である。(神戸新聞社に送った少年Aの声明文から)

「今までも、そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを」
「それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した」
「そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人」
 
このように三箇所に使われている。この「透明な存在」について、いくつかの解釈がある。たとえば、厳しい母親の躾や、理不尽な学校教育のせいで自己がすり減って無くなってしまった、という見方(評論家・教育関係者にはこの考えが多い)。他に現実からの逃避願望、居場所喪失感といった見方(カウンセラー・心理学者関係者に多い)など。
 私は、この「透明な存在」を物質的に捉えてみた。そして、この存在を少年Aと切り離して考えた。そうすることで、この存在を少年Aの心の中に棲みついた、もうひとりの誰か、見えない寄生木のようなもの、と想像した。
少年Aは、自分の心に巣くった「透明な存在」について、次のように書き表し分析している。(少年Aの作文「懲役13年」から)

その存在は「止めようもないものはとめられぬ」
その存在は「とうてい、反論こそすれ抵抗などできょうはずもない」もの
その存在は「あたかも熟練された人形師が、音楽に合わせて人形に踊りをさせている        かのように俺を操る」もの

この文面から思うことは、「透明な存在」とは、自分の意志より強く、自分を自由にコントロールしようとする存在、ということになる。このような存在を描いた文学作品がいくつかある。たとえば、次の作品の主人公たちである。
 ☆スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド』のハイド氏
 ☆ドストエーフスキイの『二重人』の調子のよいゴリャートキン氏
 他に、現在、米国で話題になっている多重人格者を描いた作品。ダニエル・キースの『24人のビリー・ミリガン』などを思い浮かべる。また、日本では人気漫画家・浦沢直樹が描く『モンスター』もそれを感じさせる
 「透明な存在」に操られると主人公たちの人格は一変する。その性格は、概して①憐愍の情がない ②自己中心的 ③恐れを知らない(無神論者)、といった特徴がある。いわゆる悪魔的人物像である。十四歳の少年が生首を抱えて平然と真夜中の街を徘徊する光景を想像すれば頷けなくもないだろう。
他に「透明な存在」は、ドストエフスキーの作品『地下室の手記』の主人公がいう蒸溜器人間を彷彿する。すべての元素をレトルトして最後に残った存在。それは、「きみの意向などかまわず、割りこんでくることになる」ほどに強度の自意識を持った存在でもある。
この存在こそ人間がはるか昔から「神」と呼び、「悪」と呼んで恐れ拝してきたものではないだろうか。この「存在」が少年Aを操り、あの残虐な事件を引き起こした張本人ではないかと疑うのである。つまり事件の真犯人は「透明な存在」であると。
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ところで、この「透明な存在」は少年Aの心の中だけに棲みついていたのだろうか。昨今、多発する不可解な事件のことを思うと、この存在はすべての人間の心の片隅に潜んでいるような気がする。ちょうどガン細胞が誰の肉体組織にもあるように。人知れず潜んでいる。それだけに現代の問題は、より深刻であるといえる。
次回につづく
熊谷元一研究

2020年まとめに入る。創作ルポ 研究まとめ〈エッセイ・評価・作品紹介〉

【創作ルポ】仮題 『もといっさの草鞋』
信州の山村で6人兄弟の末っ子として生れた熊谷栄吉は、折からの生糸景気から、家の家業である養蚕を手伝うことになった。養蚕の仕事は、大変である。時間に追われ、桑とりに追われ早朝から深夜までの重労働である。栄吉には夢があった。絵を描きたい。だが、そのことは誰にも言えず、養蚕仕事に忙殺された。カイコだけの青春だったが、28歳のとき見合い話がもちあがった。相手は、宿場町「駒場」で養蚕と指物大工を家業とする小池家。難点は、その家の長男は家をでてしまったので養子の身分。しかし、跡取りがいつ帰ってくるかもしれないので、姓は熊谷のままという半端な立場。だが栄吉は、喜んだ。これでやっとカイコから解放される。嫁のハツエは小4で母を亡くしたので、学校をやめ、ずっと家事を手伝ってきたしっかりもの。栄吉とハツエは、宿場町でいろいろな仕事をして生計をたてた。明治42年(1909年)長男が生まれた。母親が早世だったので、わが子には元気が一番と願って元一と名づけた。一人っ子だった。栄吉は、わが子を絵描きにしょうと思った。自分ができなかった夢を息子に託した。元一は、父親の願った子供だった。絵が描くことが好きだった。栄吉は、元一に『少年世界』を毎月購読した。
 わが子元一を画家にしたい。幸い元一に、その才があった。一人っ子の元一は、一人絵を描いているときが多かった。
□もう一度。自宅の三階の窓をあけると、緑濃い城山の山腹がせまっている。その城山を見上げると、青い空がひろがっている。あの空がみたい。
□「青春57」 昭和41年の選択
・伍和小学校退職、定年3年前に
・また再びの東京、夢に向かって
□ミレーのような画家を夢みて美術学校挑戦も失敗
 ・村で教員の道。
□教職と童画家の道ひらける。が、好事魔多し、赤化事件で再びプー太郎。
□カメラとの出会い 板垣鷹穂との親交
□出世街道 山村のプー太郎カメラマンから桜田門にある飛ぶ鳥を落とすいきおいにある大東亜省のカメラマンに抜擢。
□三度の渡満州でわかったこと。
□プロパガンダ写真に決別 6月空襲下の決断。「恩師の告白」
□故郷へ 村人の目。やはりきた赤紙。
□ふたたび村へ。村に残る決意。カメラマンの道を捨て教師の道を
□満蒙開拓団募集に加担した悔いとしょく罪。
□『一年生』の成功で、東京への夢ふたたび。
□プール事故で、教師を決意。「永遠の一年生」

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.386―――――――― 8 ――――――――――――――

・・・・・・・・・・・・・・掲示板・・・・・・・・・・・・・

法政大学国際文化学部のお知らせ
伊那谷の映像を観る会の第5回目は、以下を予定しています。
あくまでも内部学習会の位置づけですので、「参加」を事前ご連絡の上、どうぞお出でください。当日は祝日ですが、法政大は通常の授業日です。

●日時:11月23日(土)15:00~18:00
●会場:法政大学 市ヶ谷キャンパス ボアソナードタワー3階 BT0300教室
●テーマ:熊谷元一―教師・写真家・童画家の三足の草鞋を履いて
●内容:熊谷元一(1909~2010年)は現在の阿智村に生まれ、児童画を描いて武井武雄に認められます。同時に、阿智村の何気ない日常生活を写真で記録し続け、また教師として生徒一人一人の個性を伸ばし、性格に合った指導をするためにも、写真を有効に活用します。そうした教師・写真家・童画家としての三足の草鞋を履き、101歳まで活躍した熊谷元一について、その活動やそれが現在の私たちに語りかけるものを、関連する映像を観ながらともに考えます。著名な写真集『一年生』(岩波写真文庫)に登場し、恩師熊谷元一を顕彰する活動を続けている下原敏彦氏にも当日、会場にお越しいただく予定です。

具体的には、以下のような作品の上映を予定しています。
熊谷元一の絵を使った伊那谷のふるさと歳時記/阿智村の変貌する昭和史を熊谷元一の写真で構成した番組/熊谷元一自らが教え子たちのその後を追った番組/三足の草鞋を履いた熊谷元一が残したものを考える番組、など。
2019年9月5日 (木)熊谷元一写真童画館にてゼミⅡゼミⅢ

090-2764-6052下原 メール:toshihiko@shimohara.net

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