文芸研究Ⅲ 下原ゼミ通信No.25

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2019年(令和元年)12月10日発行

文芸研究Ⅲ下原ゼミ通信No.25

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3 12/10 12/17 12/24 1/7 1/14 1/21 
観察と口演

2019年ゼミⅢ読書と創作の旅

12・10下原ゼミ

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12・3ゼミⅢの授業 脚本『罪と罰』口演

 12月3日(火)は、ゼミ雑誌『是溢市(ぜみし)』入稿完了報告。ドストエフスキー『罪と罰』(江川卓訳)の脚本化(下原)「金貸し老婆とその妹強盗殺人事件裁判」第二回公判を口演した。この日の参加は、西村美穂、吉田飛鳥、志津木喜一、中谷璃稀。
人間の謎         新潟・小学生児女殺害 無期懲役 
昨年、新潟市内で起きた小学校2年生女児誘拐殺害事件裁判の判決が12月4日、新潟地裁で下りた。この事件は、小林進容疑者(25)は、兼ねてより女児いたずらを目的として、学校帰りの女の子を物色していたが、連休明け、近所に住む小2女児に目をつけ車を接触させ車で連れ去り、スパー駐車場で猥褻行為に及んだあと首を絞めて殺害、電車の轢死を謀って電車のレールの上に遺棄した。裁判で被告は、殺すつもりはなかったと過失致死を主張した。検察は、稀に見る残忍な犯罪と死刑を求刑。が、無期懲役の判決。なぜ?!  編集室
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ドストエフスキー生誕200周年を前 に

ドストエフスキーの『罪と罰』を読む

 2021年はドストエフスキー生誕200周年です。ということは、来年2020年は前夜祭に当たります。この節目を記念して、ドストエフスキーを読みます。作品は、主に『罪と罰』です。
以下は。『罪と罰』「金貸し老婆とその妹強盗殺人事件裁判」二回公判の感想です。

4人の皆さんが熱演でした。吉田飛鳥、志津木喜一、中谷璃稀、西村美穂

第二回公判を終えて、一人複数役お疲れ様でした。

第二回公判「金貸し老婆とその妹強盗殺人事件」裁判の感想

☆裁判長・被告人調書……吉田飛鳥

能ある人と能のない人の違い

 ゲーム「龍が如く」シリーズのスピンオフ的な立ち位置で発売された「ジャッジアイズ」という作品がある。僕はこのシリーズの大ファンであり「ジャッジアイズ」に到っては、あの木村拓哉が主人公であるという事で、すぐに内容をチェックした。
 物語は。認知症治療の画期的な新薬の人体実験として、多くのヤクザが殺されるというもの。クライマックスで。新約を開発する医師が「これが完成すれば何百、何千の人に感謝される。その為には犠牲がでるのは当然」との旨の発言をした。
 世の中、多くの殺人事件。多くの人が死ぬ。そんな時、罪のない人間が殺されることと、能のある人間が殺されること、どちらも同じ殺人であるとはとても言いきれない。
 能のある人間が犯す罪と、能の無い人間の犯すそれと言った方が。解り易い。

☆被告人・予審判事……中谷璃稀

志し半ばで力尽きた者への想い
 
 ナポレオンになれるものならなってみたい。私だってそうだ。英雄になりたいからって、やっていいことと、悪いことの分別くらいつけなくてどうする。
 名前だけをありがたがって。ブランド物ばかり買う人間と同じだ。私から言わせれば、動機は心底、馬鹿馬鹿しい。自分の私欲のためなら、何でもしょうというのか。本当に人間は欲深い生き物だ。むろん、私もその中の一人かもしれない。
 だからこそ、被告の心情を理解できないわけでもない。思ったことが実行できる。素晴らしいことではないか。有言実行ができる人は、いつの時代でも名を残す。歴史は勝者が作るとはよく言うが、勝者こそ、己の道を突き進んだ者のことを言うのだろう。志し半ばで力尽きた者もいる。そういう者の思いを背負い、生きて行くのが。生き残った者のすべきことだ。
 私は、そういう人間になりたい!

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☆検察官・被告人・証人……志津木喜一

稚拙と一蹴するより議論を

 偏ってしまった思想の流行により。その思想を持った若者の暴走をとめることができなかった周りが悔いあらためるべきだと思う。もちろん殺人という形でしか思想を体現できなかった被告は、間違っているが、裁判という形で殺人をしたしたという事実だけを挙げ裁いても、同じような思想を持った人間が同じような暴走をするかもしれない。バカで稚拙な思想だと一蹴するのではなく、その思想を受け止めどう付き合っていくかも議論してもらいたい。

☆進行・証人・証人……西村美穂

被告は全て受動的だ

 今回の被告の話から、(凡人)非凡人というのはつまり神の手先で、自分は神に選ばれたのだから責任は神にある。という主張を感じました。今回の事件の動機が分かりづらいのは、そこにあると思います。幾つもの偶然を重ねることによって被告に老婆殺しをさせた神、采配を誤り、妹までをも殺させてしまった神、自身が老婆殺しを成し遂げたことによって非凡人となった被告は、自分の行動を全て受動的に捉えているのではないでしょうか。

第一回「金貸し老婆とその妹強盗殺人事件」裁判の感想
 
登場人物に寄り添い易くなった     吉田飛鳥(裁判長・証人役)

 『罪と罰』を裁判形式にして読むことによって作品の登場人物、それぞれの視点に寄り添い易くなった。
 ラスコーリニコフの考える人類二分法、ナポレオン思想も作品中では、やはり遠大な考えと受けとることができたが、一歩彼から引いてみると、まさに誇大妄想である。
 野球の上手い人は勉強しなくたって、人に優しくなくたって構わない。プロになれば、その素行に釣銭が出るほどだ。
 非凡人は何故殺人を犯さなければならなかったのか。シラミつぶしをして、一体どのような見返りを期待したのだろう。
 思うに、真の非凡人であれば、シラミのことなど目もくれず、ただ自らの発展に注力するはずだ。ラスコーリニコフは、凡人のために凡人を殺し、凡人に裁かれるという、自らが定めた二分法の範疇を超えられなかったのだ。

本音と建前で揺れる      西村美穂(被告人・証人役)

ラスコーリニコフの特徴をよく表していると思うのが、友人ラズミーヒンの「いつも人を食ったような薄笑い。教室ではいつも最前列に席をとり、ノートをとって…講義する教授もなにするものぞ」という紹介です。まさに凡人と非凡人を分ける人類二分法、「友だちができないんじゃあない、僕に釣り合った人間がいないのさ」といったところでしょうか。しかし、みんなの証言を合わせてみると、どこか憎み切れない不器用な性格が伺い知れます。
彼の思想や行動に同意できない一方で、完全に間違っている、と否定できる決定的なカードがない。本音と建前にゆれてしまいます。
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行動に移す力を他に…     志津木喜一(検察官・弁護士・証人役)

不幸が重なり精神が追い込まれると、より思考がネガティブになるのだなと思った。そんな思考を受けとめてもらえる相手がいればよいとおもうが、一人で考え込んでしまった為、より深みにはまっていってしまったように思える。殺人を犯してしまうかもしれない思想は、誰にも咎められないが行動に移す力があるのなら環境や心の状態によって違う方向にいけたと思う。
自分は恵まれた環境で余裕のある精神状態なのだなと感じた。感謝感謝。

『罪と罰』について

マンガ家・手塚治虫と『罪と罰』

マンガ家の手塚治虫は、この作品をマンガ化するにあたってこんなことを述べています。手塚治虫〈インサイダーな学生時代とロシア文学〉から
 私が学生時代むさぼるように読んだのは、なんといってもトルストイや、ドストエフスキイなど、土の匂いがぷんぷんと臭うようなロシア文学であった。ことに学生演劇に凝っていた当時、ゴーゴリの短編や、『どん底』などを舞台で演じたこともあって、ロシア人の体臭は懐かしく、抵抗なく読み続けることができた。私のストーリイ・テリングの教科書として『戦争と平和』や『罪と罰』などは有難い存在である。ことに『罪と罰』からは、作劇法だけではなく数え切れないほどいろいろなものを学んだ。手垢のつくほど読んだのは中村白葉氏訳の世界文学全集である。
 ラスコリニコフの思想については、当時からかなり否定的でその意味では私はいたってインサイダー的な学生だったのだが、彼をめぐるさまざまな人物像にかえってそれなりに共感を覚え、好意をもったものだ。たとえばルージンのような、俗物根性のかたまりにさえ。面白がって共鳴した。スヴィドリガイロフに至っては、感激して人物論を書こうと思ったくらいである。なにひとつ犯罪の証拠をにぎらないまま、心理的にぐいぐいと主人公を追いつめていくポルヒィーリイ判事とのやりとりが圧巻で、これが雑誌に掲載された時、読者はどんなに興奮して次を待ちあぐねただろうかが想像できた。その本格ミステリーの道具だてのうまさは、現代の推理作家など足もとにも及ばない。
 私がこの作品に興味を覚えた動機は。敗戦直後、小説の舞台そのままが、当時の社会情勢で、不条理の殺人、貧困と無気力、売笑婦、学生犯罪などのなまなましいニュースが、奇妙なほど酷似していたからであるが、それから20年たって、さらに今日性をもって迫って来るこの物語につくづく作者の偉大さを認識するものである。
 余談だが、学生演劇熱が昂じて、その合同公演で行ったときも参加してしまったが、そのときとり上げられたのがこの『罪と罰』だった。三幕二十四場ほどの大作で、私は、主人公が罪を犯すアパートのペンキ職人の役を貰った。さらに数年たって、私が現在の仕事にはいってから、子供のためにこの名作を紹介しょうと、ダイジェスト・マンガ化して出版したことがある。マンガブームになって、昔書いたものを、某紙が最近採録してくれた。こうして『罪と罰』は私ときってもきれない縁になってしまった訳である。 1953年11月

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連載5回
ドストエフスキーと私 

(三)団塊世代の青春時代 どんな世相だったか
 
前回のつづき

◇1972年(S47)
・1月 横井庄一元軍曹帰還
・2月 第11回冬季オリンピック札幌開催
・2月 浅間山荘事件
・2月 ニクソン米大統領訪中、米中共同声明
・3月 群馬県妙義山中でリンチ死体12遺体発見
・4月 毎日新聞記者逮捕(外務省漏機密洩容疑)
・5月 イスラエルのテルアビブ空港で日本人ゲリラ小銃乱射26名死亡
・6月 田中角栄首相に
・6月 米ウォーターゲート事件発覚
・9月 ドイツのミュンヘンオリンピック村でパレスチナゲリラがイスラエル選 
    手を殺害
・11月 女優岡田嘉子34年ぶりに帰国
世相:日本列島改造論、三角大福、木枯し紋次郎、映画『ゴットファーザー』
◇1973年(S48)
・9月 内ゲバ激化
・10月 第4次中東戦争
・10月 石油ショック
・11月 熊本市のデパート火災103人焼死
世相:パ・リーグ2シーズン制導入、省エネ、『刑事コロンボ』
◇1974年(S49)
・3月 小野田少尉ルパング島から帰還
・8月 ニクソン米大統領辞任ウォーターゲート事件 フォード大統領
・8月 田中首相の金権への批判広まる
・8月 連続企業爆破つづく
世相:狂乱物価、映画『エクソシスト』、長島引退
◇1975年(S50)
・4月 カンボジア、ポル・ポト派プノンペン制圧、
・4月 南ベトナムのサイゴン政府降伏、米軍敗走
・8月 三木首相始めて終戦記念日に靖国参拝
・8月 日本赤軍クアランプールの米・スウェーデン大使館占拠
世相:赤ヘル、乱塾、ビール180円、ガソリン112円、SLブーム

団塊世代の青春時代は、価値観が変転するめまぐるしい時代だったといえます。

つづく 次回は「狂度゜歌い幻想と非凡人思想の挫折」
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ラスコーリニコフの周辺
-ドストエフスキーの『罪と罰』をめぐって-

上 田  寛
目    次

• は  し  が  き
• 一  ラスコーリニコフ  たち
• 二  時代、社会、犯罪現象
• 三  犯罪と刑罰
• 四  裁      判
• 五  ドストエフスキーの刑法思想
• むすびにかえて
は  し  が  き
  ドストエフスキーの小説『罪と罰』は不思議な魅力を秘めた作品である。その主題も登場人物も、一三〇年前のロシアという枠を超えて、今日のわれわれにとっても新鮮であり、語られる言葉、背景に流れる思想あるいは人々の感情さえも、なお十分な生命力を失ってい
ない。
 本稿は、この小説『罪と罰』を素材として、帝政下のロシアの犯罪と刑罰についていくつかの考察を加えることを目的としている。
 もちろん、それを文学的価値という側面から見るのであれば、かつてのソビエト時代の一時期を除き、ロシアでも、日本を含む諸外国でも、ドストエフスキーのこの作品については隅々まで検討され、多くのことが語られてきた。したがって、ロシア文学を専攻とするものではない筆者などが、今さら付け加えて述べうることは多くない。だが、ドストエフスキーのいくつかの作品では直接に犯罪がテーマとなっており、とりわけこの『罪と罰』では、刑法学あるいは犯罪学を専門とする者にとっても、注目すべき考察が随所に展開されている。今、そのような観点からこの作品を見ると、主人公たるラスコーリニコフの犯罪へと追いつめられていく心理状態の描写、犯罪後の罪責感と正当化の試みとの葛藤、予審判事ポルフィーリーとの息詰まるようなかけひき、シベリアの要塞監獄での真の悔悛と精神的な立ち直りの予感といった諸経過は、興味つきない研究の素材である。さらにまた、小説には貧困、売春、アルコール中毒、家庭内の葛藤、青年の未来への不安と現在への憤怒、正義感と短絡的思考、あるいは愛といった、犯罪の背景が綿密に描写され、多くの検討すべき素材がそこには提供されているのである。
 のみならず、一体にその作品がそうであるだけでなく、作家ドストエフスキー自身の生涯も、振幅の大きい、波乱に満ちたものであった。政治犯として死刑判決を受け、銃殺の寸前に到着するように仕組まれた減刑の勅令によりシベリアの要塞監獄に送られ、いくつかの偶然とあふれるばかりの文学的才能によってペテルブルグの文壇に返り咲いた彼に、生涯つきまとったのは財政的な窮迫であり、執拗なてんかんの発作であり、劇的な恋愛と結婚、そして飽くことのない賭博熱であった。思想史的に見て彼の基本的な立場は、反西欧・スラブ派としてのそれにあるとされ、またギリシャ正教の精神性をよく体現した宗教人でもあったと紹介される。それらの背景的な事情が、犯罪と刑罰に関するドストエフスキーの思考にどのように反映し、それをどのように特徴づけているかもまた、われわれの関心を引かずにはお
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かない。
 しかしながら、ここでわれわれが試みるのは、直接にそれら課題に取り組むことではない。それら課題の、いわば、周辺部への探索にすぎない。畑中教授の退職記念論文集の編集されるこの機会に、未だ発酵しきらぬ考察の断片ではあるが、小論をその一編として加えさせていただき、将来の研究を自らに期すこととしたい。
  *本稿において『罪と罰』からの引用は、原則として江川卓氏による翻訳(旺文社文庫版)    の巻と頁のみを示すこととする。
立命館法学  一九九五年五・六号(二四三・二四四号)
つづく 次回は「ラスコーリニコフたち」

 創作ルポ 日本大学外聞 草稿 追記・校正しながら完成させる

昭和43年5月、突然、燃え上がった日大紛争。鎮圧を命じられた警察機動隊の総指揮官・佐々淳行の脳裏をよぎったのは「造反有理」の言葉だった。

    仮称 昭和元禄草もう伝  1

この物語は創作です。いかなる事物とは関係ありません。

第一章

昭和43年4月、萩市、松陰神社での出会いからはじまる

一 嵐の前

長州、萩の城下にある松陰神社。時刻は3時を少し回ったところ。境内には、のどかな春の日差しが降りそそいでいた。つい先日まで満開だった桜は、早くも散って木々は葉桜に移りつつあった。先週まで花見客と観光客で賑わった境内も、いまは、祭の後。参拝者もまばらで、気の抜けたような静けさがただよっていた。荒海で知られる目前の日本海も、のたりのたりと眠たげである。
(仮)此木一郎は、社務所をでると、もう一度松陰神社を参った。詣でたとて、どうなるものでもなかったが、これより他にすることもなかった。午前中から市役所公園課、観光課、商工会議所と回って最後に神社の管理組合にお願いした。しかし、どこも手ごたえはなかった。けんもほろろに応対された。疲労だけが残った。山ほど持ってきた名刺〈日本大学法務学部 本部企画課 係長 此木一郎〉は、まだ半分も掃けていず、ずっしり重かった。
このたびの彼の出張の目的は、明治維新百周年に伴う記念事業への陳情だった。明治維新の立役者、大村益次郎の後継者、また初代総理伊藤博文あとの首相候補とまで言われた幕末の志士山田市之充(やまだいちのじょう1844-1892)こと山田顕義の銅像建立に関する要望のお願い行脚だった。山田顕義といえば、初代司法大臣として封建社会の日本を法治国家にした功績がある。他に日本大学の学祖としての業績もある。その名は、早稲田の大隈重信や慶應の福沢諭吉に勝るとも劣らない。だというのに、建立された銅像の記念碑に、日本大学の名前がなかった。日大当局がこれに気がついたのは一週間前だった。この不備、学内は、34億の使途不明金発覚で、大混乱。気がつくものがいなかったのだ。電話でのお願いでは
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らちが明かず、急遽。の本部企画課係長の此木一郎に白羽の矢が立った。
なぜ、日本大学の名が刻まれなかったのか。その理由は、だれもが理解していた。長州が生んだ栄えある偉人、山田顕義の記念碑に「学祖日本大学」と刻まれるのが嫌なのだろう。ひらたくいえば、そういうことだ。こんな田舎にも日大の商業主義と最近あきらかになった裏口入学など不正事件は、伝わっていた。次回へ

2019年度下原ゼミⅢ後期出欠記録

()は提出課題レポート
  
・志津木喜一 9/24  ―  10/8   ―   ― 10/29 ―  11/19 11/26 12/3                
  前期4/14                                     (1)  (1)
・神尾 颯  ―   ―  ―  ―    -  -  - - - ― 
  前期8/14
・松野 優作 9/24 ―   ―   ―   10/22  ―   ― -
  前期2/14
・西村 美穂 9/24 10/1 10/8 ―   10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3
  前期14/14                                     (1)  (1)
・吉田 飛鳥 9/24 10/1 ―   ―   10/22 10/29 11/12 11/19 11/26 12/3
  前期14/14  (1)                                 (1) (1)
・中谷 璃稀 9/24 10/1 10/8 10/15 10/22 ―  11/12 11/19  - 12/3
  前期13/14  (1)                                     (1)
・佐俣 光彩  ―   ―   ―   ―   ―   ―   ―  -      -
  前期6/14
・東風 杏奈  ―   ―   ―   ―   ―   -   -  -  ―   - 
  前期4/14
・山本 美空 9/24   ―   ―  ―   ―   10/29  ―  - - - 
  前期7/14
        6   3  1  4   4   4   3    4  3
       
NHK文化センター 柏市民講座「ドストエフスキー『罪と罰』を読む」6回

2019年12月19日(木)AM10:30~12:00 最終審理第5回 講師 下原

読書会のお知らせ ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」

月 日 : 2020年1月11日(土) 開 始  : 午後2時00分 ~ 4時45分
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小7会議室(池袋西口徒歩3分)
 作 品  :『カラマーゾフの兄弟』5回目 報告者 : フリートーク

         ドストエーフスキイ全作品を読む会「読書会」

月 日 : 2020年2月29日(土) 開 始  : 午後2時00分 ~ 4時45分
場 所 : 池袋・東京芸術劇場小7会議室(池袋西口徒歩3分)
 作 品  :『カラマーゾフの兄弟』6回目 報告者 : フリートーク

連絡090-2764-6052下原 メール:toshihiko@shimohara.net

 このまま東京に帰っては、学祖様に申しわけがたたない。此木は、がっくりした気持ちでベンチに座り込んだ。
近くで誰かが鼻歌をうたっている。

60余州を 揺り動かして  菊を咲かせる 夜明けが近い
のぞむところだ 幕末 あらし
剣を つかんで
いくぞ 高杉晋作が

3、4年前、人気のあったテレビドラマ「高杉晋作」(主演 宗像克己)の主題歌のようだ。此木、テレビを買ったばかりだったので、たまに見ることがあったので、

みると閑古鳥鳴く土産物店の近くで若者が、漢詩の書かれた扇子の若者が詰将棋本をみながら鼻歌を歌っていた。

 境内の隅にある土産物小屋の近くで、若者が扇子の色紙を売っていた。四月はじめの神社。参拝客は少ない。若者は、色紙を売るのをとうに諦めている様子で、なにかの歌を口ずさみながら、のんびり詰将棋の本をみていた。
 旅行客らしい青年が、足をとめて声をかけた。
「すみませんが―」
若者は気がつかない。
「すみません」青年は、少し声をおおきくした。
「あ…」若者は、驚いて立ち上がった。ひょろ長い180はあろうか。「お客さん、いつのまに。すまんです。今日は、お客さん少ないんで」
「いや、いや驚かせてすみません。ちょつとみかけたものですから」
「なんです」
「その扇子のことなんですが」
「ああ、これ、吉田松陰先生の漢詩です」

立志尚特異  志を立てるためには 人と異なることを恐れてはならない
俗流與議難  世俗の意見に惑わされてもいけない
不思身後業  世の中の人は 死んだ後の業苦のことを思うこともなく
且偸目前安  ただ目の前の安逸を貪っているだけなのである
百年一瞬耳  人の一生は長くても百年 ほんの一瞬である
君子勿素餐  君たちは どうか徒に時を過ごすことのないように

「そっちは」
「これになんと書いてあるのか」
「松陰先生の言葉です。意味は知らんけん」
「こちらは」
「これは山田市之充が師である高杉晋作の死を悼んで書いたものだそうです」

白日光り無く陰雲垂(いんうんた)る。
感慨腹に満ちて泣き且つ悲しむ。
墓門の昼暗し松柏の雨。
粛々涙に和して新碑にそそぐ。

「それ十本もらおうか」

若者は不満そうだった。
青年は財布で金を払う。そのとき切符を落とす。が、二人とも気がつかない。しばらくして砂利のなかに切符を見つける。萩から東京都内行きの切符。自転車で萩の駅に届ける。
此木、探している最中。
「ありがとう、助かりました」
「やまだ市之充のは、あまりうれんけん」

「ぼくは、買う必要があるんです」
「必要?」
「なんといっても学祖ですから」
「えっ?!大学の人」
「学祖?!」
「山田顕議は、日本大学の学祖です」
「あ、そうですか、山田市之充は日大の・・・・はじめてしりました」
「きみは、大学生?」
「浪人ですけん。早稲田受けた」
「どうして早稲田に?」
「どうして、っていっても…」
「早稲田は明倫館だよ」
「日大はそうもうだ。日本大学はだめかね」
「日大ですか」
若者は、失笑した。この時代、同じマンモス大学でも、日大と早稲田とは、埋めがたい差がついていた。
「日大は、門戸を最後まであけている」
「それって、ずるくないですか」
扇子の詩の意味をよく考えて、もしその気になったら最後の入試、受けてみてください」

「なんだ、あの人。日大の職員か」
早稲田か慶應だ。日大生いなかった。
「きみも悪戯に時を過ごすより

「やはり明倫館ですか」
「明倫館、早稲田がそうだというんですか」
「そうでしょう、いまではエリート校といわれている。そこへいくとわが日大は、草もう、吉田松陰先生のめざしたのは、ピンからきりまでくる学校です。草もうの若者
「都の西北ですよ。ワシあ、もう決めてるんです」
「そうですか、気がかわったら、最後の入試が

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