文芸研究Ⅱ 下原ゼミ通信No.406

公開日: 

日本大学藝術学部文芸学科     2020年(令和2年)10月6日発行

文芸研究Ⅱ下原ゼミ通信No.406

BUNGEIKENKYU Ⅱ SHIMOHARAZEMI TSUSHIN
                              編集発行人 下原敏彦
                              
9/29 10/6 10/13 10/20 10/27 11/10 11/17 11/24 12/1 12/8 12/15 1/12 1/19 1/26   
観察と創作

2020年読書と創作の旅

10・6下原ゼミ

9・29ゼミ報告
 はじめての対面授業、全員参加

 9月29日(火)ゼミは、待望の対面授業でした。教室は3密を避けて出版編集室。はじめてのご対面で、不備な点が多々ありました。が、皆さんのしっかりした様子に安心しました。ゼミ誌の原稿、既に全員提出済みにも心強く思いました。
この日、参加したのは以下11名全員の皆さんです。(順不同 敬称略)

鎌田泉 藤井智也 大野璃子 長内優紀 又野沙耶  宇佐見花那 野島至

研菜々美 正村真一朗  下原敏彦         

zoom 参加は、小原遥夏、篠崎真桃

※篠崎真桃さんzoomの操作ミスで、音声と画像が出ませんでした。お詫びします。

9・29ゼミ授業

対面授業、初日ということで、各人の自己紹介と報告がありました。

1.自己紹介 趣味はライブ鑑賞、好きな食べ物をあげた人が多かった。

2.ゼミ雑誌作成報告は正村編集委員、zoomから小原編集委員現況報告

・ゼミ誌原稿11名全員提出 ・校正10月半ばまで ・印刷所はまだ

3.コロナの生活 「生活リズムが崩れた」「やるきがなくなった」「家族と過ごせた」
自粛生活での差異。「インターネット買いでお金がなくなった」
         巣ごもり中「奨学金、給付金でお金が貯まった」
4.読書・映画は、CDでコンサート観賞、ライブ。

□10人の皆さんの名前と顔、次の対面で一致するか心配です…。

訂正のお知らせ1・2・3ゼミ誌ガイダンス10/7(水)です。

通信405号は(木)でしたが(水)の誤りです。
日時:2020年10月7日(水曜日)12:20* コロナウイルス感染拡大防止のため、前期ガイダンスと同様、「文芸学科・学年別classroom」にガイダンス資料をアップロードするほか、 ライブ配信にてガイダンスを行います。
配信した動画はアーカイブを残す予定ですので、 オンタイムで参加できない場合は、後日確認していただくので問題ございません。
 学生への後期ガイダンスの告知は、 文芸ラウンジ掲示板および文芸学科ツイッターや文芸学科特設サイト、また「文芸学科・学年別classroom」でもしております。 ご不明な点などございましたら、文芸学科助手の幅 (
haba.mizuki@nihon-u.ac.jp

社会観察  コロナ禍でも、次々と話題が…

爆笑問題太田光さん日大裏口入学疑惑裁判 抽選倍率9・6倍

アメフト悪質タックル指示、ラクビー部イジメと不肖報道で注目された日大だが、他学部で対岸の火事だった。こんどは芸術学部が話題になった。
10月1日(木)のテレビニュースの画面に、東京地裁の前に並ぶ長蛇の列が映った。午後から開かれる裁判の傍聴券を目当てに並んでいるとの報道。傍聴席13席に対し応募者は、249人という。民事事件の裁判では異例とのこと。
裁判は、人気お笑い芸人爆笑問題の太田光さん(55)が週刊新潮の記事を名誉棄損で訴えているもので第2回公判。記事内容は、太田さんが母校日本大学芸術学部に入学できたのは裏口入学だったとの暴露記事。今回は、提訴した本人、人気のお笑い芸人が、はじめて出廷するということで、傍聴希望者が大挙したようだ。
それにしても先日は、「日大講師、差別発言」の記事があったばかり。日大に関してなぜかネガティブなニュースがつづく。
※明るいニュースもある。同日、10/1競泳日本学生選手権で池江璃花子選手が病魔からの復帰で、50㍍自由形大学4位と活躍した。

【裁判】ニュースを脚本化すると、およそこのようになる。

オンライン裁判実施中の折り、同裁判を架空中継してみた。

東京地裁 「日大芸術学部裏口入学疑惑事件」裁判

裁判長 これより「日大芸術学部裏口入学疑惑事件」の第2回公判を開廷します。原告側の証人は、証人席に。

証人 前にでる。証人のパフォーマンスに傍聴席ざわつく。

裁判長 証人は、はじめに氏名、職業を述べてください。
証人 太田光、55歳 東京都在住 お笑い芸人「爆笑問題」の芸名で出ています。
裁判長 原告側の弁護人は、証人訊問をお願いします。
弁護人 新潮社は、平成18年8月16・23日号発売の『週刊新潮』で「太田光、日大芸術学部に裏口入学した」と掲載した。証人は、裏口入学をしたのか。
証人 してません。
裁判長 記事は、事実ではないというのか。
証人 まったくの事実無根です、虚偽報道です。
弁護人 12年に亡くなった父親、太田三郎さん(享年83)が800万円を渡したと報じているが、これは真実ですか。
証人 父が、裏で何をしたかについては、父はすでになくなっているので私にはわかりません。
弁護人 否定は、できないというのだな。
証人 そうです、そうですが、ただ…。
弁護人 ただ、何か――
証人 父が、そのように思われることは、悲しいかぎりです。
   父の性格を考えると、想像すらできません。私は父に憧れていました。
弁護人 新潮社に望むことは何か。
証人 虚偽の記事を掲載したことの謝罪広告を週刊新潮に掲載することと、併せて名誉を著しく汚されたことへの損害賠償金の支払い、3300万円を発行元の新潮社に求めます。以上です。
裁判長 つぎに訴訟されている側の証人、前に。
    氏名、職業を述べてください。
証人 新潮社所属『週刊新潮』の編集長です。
裁判長 いったいあの記事は事実か。
証人 綿密な取材の上で書きました。よって事実と思います。
裁判長 証拠となるものはあるのか。書面のようなものは。
証人 書面はありません。
裁判長 レシートなど、領収書のようなものは。
証人 現在のところありません。
裁判長 よろしい。判決は、12月21日の第3回公判で出します。
    閉廷します。

仮に金銭を受け取ったという本人が名乗り出ても、渡したと言われる父親が亡くなっていることから、本件の立証は難しい。記事を証明する証拠品が出ない限り新潮社は、謝罪と示談金を払う他ない。一方、訴訟側も、疑惑本人が亡くなっているので、違うとは言いきれない。結局は、示談を受け入れるしかない。

トランプ米大統領夫妻、コロナ陽性 大統領選混迷

崖っぷちのトランプ大統領がコロナに。日頃、感染対策を軽んじていただけに、天罰と思ったか。人生は、一寸先は闇。それは感じたかも。

国勢調査票の提出、済みましたか

国勢調査表の提出、済みましたか。5日から未提出者の訪問がはじまる。引き受け手がいない。そんな理由から国勢調査員する羽目になった。仕事は、127戸への調査票配布と、聞きとり(世帯主、男女比)だが、はじめてみて、すぐにやならければよかったと後悔した。
とにかく訪問実施期間が、最悪な時期だった。Cotoが、はじまったとはいえ、コロナ感染は勢いやまず。加えて、ガス点検を装った押し込み連続強盗。手を変え品を変えてのオレオレ詐欺。そんなこんだで来る人は皆怪しく思えるようだ。容易にインターフォンにはでてくれない。むろん、名札もない。掲げてあっても苗字だけ。やっと通じたとほっとしても、フルネームまでは教えられないと拒否。散々なのだ。どうして10万円給付のときに、一緒にやらなかったのか、給付金のときなら、もっと協力的であったはず。菅新政権は、縦割り行政の見直しを強調するが、学者はずしからではなく、まずは、国勢調査を最初にやって欲しかった。
本日の対面授業

 授業計画では、テキスト作品の脚本化口演でしたが、コロナ禍のオンラインでは黙読してきました。対面になったので音読も試みていこうと思います。

本日のテキストは、志賀直哉『范の犯罪』です。 脚本 下原ゼミ通信 編集室

ナイフ投げ奇術師美人妻殺害事件
 
腕のよいナイフ投げの夫と的になる美人妻。傍目には仲の良い夫婦に見えた。コロナ禍で3カ月休演していたが、さきごろGoto開演した。久しぶりの実演中、惨劇が起きた。夫の投げたナイフが妻君の頸動脈に突き刺さり彼女は即死した。一見、事故死に見えた。が、捜査の過程で、夫に嫌疑がかかり夫は、殺人容疑で緊急逮捕された。検察は、夫の完全犯罪を疑った。弁護側は、あくまで心神耗弱を訴えた。容疑者本人は、殺人の意思はあったが、実行しようとは思わなかった。わからないと供述している。
はたして被告は有罪か無罪か。参加の陪審員は裁判をしっかり観察して自分の考えを述べてください。司会は、全員一致の判決がでるまで審議してください。

登場人物

裁判官 被告(奇術師) 検察官  弁護士  進行係  
証人①(座長) 証人②(助手)
裁判員(参加者全員)

 公判開始

進行 それでは、「ナイフ投げ奇術師妻殺害疑惑事件」の裁判を開始します。

進行 起立 礼 ! … 

進 行 検察は起訴状を述べてください。

検察官 はい、

□ 起訴状
 
 中国演芸一座の奇術師ハンは、兼ねてより妻殺害の計画を企て、ナイフ投げ演芸の最中、事故のようにみせかけ観客の面前で、妻を殺害した。被告は、未必の故意ではなく、あくまでも業務上の過失致死と供述している。が、関係者の調書、証言などから完全犯罪を狙った犯行との疑いの線もでてきた。その意味で、不透明ながら極めて悪質な犯罪といえる。

進 行 つづいて事件概要を報告してください。

検察官 わかりました。それでは事件概要を報告します。

□事件概要
 20××年 1月15日、夜8時13分頃、豊島区南池袋4の21にある演芸場で范(ハン)という若い中国人の奇術師の妻が演芸中に死んだ。演芸は、板の前に立った人に当らないようにナイフを投げていく曲芸。奇術師は夫婦で、もう何年もこの芸をつづけていた。この夜、奇術師が投げたナイフが妻の首に刺さり頚動脈を切断。若い妻は、その場で亡くなった。即死だった。不意の出来事で、当初、演芸に伴う事故とみられた。が、夫婦間に不和があったため故意と疑われ奇術師ハンは1月20日、逮捕された。
 取調べで奇術師ハンは、「故意ではないが、(無意識に)故意があったかもしれない」と答えている。そして、妻の死を悲しむ心は、「全くない」とも話している。

進 行 所轄、池袋南署においての現場検証及び目撃者調書を報告し提出します。

 事件の現場検証と目撃者の調書

本件の被害者は、演芸一座のスタッフの女性、二十四歳、事件発生時に死亡。
本件の被告人は、死亡した被害女性の夫ハン、二十八歳、演芸一座所属の奇術師。
        
現 場 = 豊島区南池袋四の二の二十一、池袋文芸劇場・土壌館内の舞台。 

目撃者 = ナイフ投げ演芸助手一名、観客百人余り、巡査一名
       
凶 器 = ナイフ、出刃包丁ぐらいのもの刃わたり三〇センチ弱

状 況 = 戸板大の板の前に女を立たせ、二間(約三・七㍍)離れたところから奇術師が出刃包丁ほどのナイフを投げる芸をしていた。
      
ナイフは、女の体から二寸(六センチ)と離れない距離に突き刺さる。奇術師は、掛け声とともに、体にナイフの輪郭をとるように一刀、また一刀と投げていった。

事件発生 = 3本目に投げたナイフが女の首に突き刺さった。頚動脈が切れたようだ。血しぶきが飛び、血がどっとあふれ、女は、前に倒れて動かなかった。十数分後、一一九番通報で駆けつけた救急隊員が死亡を確認。即死だった。

目撃証言 =現場に一番近いところから見ていた助手の直後の証言は、このようでした。

助 手 = 被告は「あっ」と声を出しました。見ると范の妻の首から赤いものがどっとあふれでていた。彼女は、何秒かの間、時が静止したように立っていたが、ガクリとひざを折った。刺さったナイフが抜け落ちると彼女のからだはくずれるように前へのめった。その間、だれもどうする事もできなかった。ただじっとして見ているばかりだった。奇術師もその間、ほんの一、二秒ですが、私たち同様、カッと目を見開いて棒杭のように立っていました。そのあと倒れた妻の側に膝まづいて黙とうしていました。そのときは、私はああ事故ってしまったと思った。が、あとで(とうとう殺したな)という考えが浮かびました。

公 判 実況

進 行 ―― はじめに被告をよく知る関係者の訊問を行います。一座の責任者、証人席へ

座長、前に進み出る。

裁判官 姓名、職業を述べよ。
座 長 日芸太郎と申します、有限会社風民社で代表取締をしております。
裁判官 どんな会社か。
座 長 興行でございます。主に芝居ですが、合間に演芸なども行います。
裁判官 証人と被告との関係は ―― 。
座 長 「被告がいる一座〈風(ふう〉の座長です。が、風民社では社長と社員の関係です」
裁判官 池袋文芸館での興行期間は。
座 長 4月1日から9月30日まで6カ月です。11月15日からは四国で興行が決まっておりましたが…。
裁判官 気の毒であったな。ところで、あの演芸はぜんたいむずかしいものなのか ? 
座 長 いいえ、熟練のできた者には、あれはさほどむずかしい芸ではありません。范は巧者で、一度もしくじったことはありません。ただ、あれを演ずるにはいつも健全な、そして緊張した気分を持っていなければならないという事はあります。
裁判官 「そんなら今度のような出来事は過失としてもありえない出来事なのだな」
座 長 「もちろんそういう仮定 ――失敗しない、という。 そういうごく確かな仮定がなければ、許しておける演芸ではございません。
裁判官 「では、お前は今度の出来事は故意のわざと思っているのだな ? 」
座 長 「いや、そうじゃありません。なぜなら、なにしろ二間という距離を置いて、単に
     熟練とある直覚的な能力を利用してする芸です。機械でする仕事のように必ず正確にいくとは断言できません。が、ああいう誤りが起こらないまでは私どもはそんなことはあり得ないと考えていたのは事実です。しかし今実際起こってしまったのです。この場合、私どもはかねてこう考えていたという、その考えを持ち出して、それを批判する事は許されないと思います」
裁判官 体調の不備があったのではないか。
座 長 それも考えられなくはないのですか、彼に限って、体の不備からミスしたとは考えられません。ナイフ投げにかけては、完璧でしたから。身体に理由があったからとは考えにくいのです。

裁判官 それは理解できる。では座長として、ぜんたいおまえは、どっちだと考えるのだ。
座 長 故意か、過失か―ということでございますか。
裁判官 そうだ。
座 長 どちらとも答えようがありません。つまり私にはわからないのであります。
裁判官 そうか。下がってよろしい」

     座長、礼をして退席。

進 行 ―― つぎの証人、前へ。

     助手が証言台に立ち一礼する。

裁判官 被告との関係は。
助 手 演芸中は被告の助手をしています。ナイフを運んだり、渡したりする役目です」
裁判官 「被告は、ふだんの素行はどういうふうだった」
助 手 「素行は正しい男でございます賭博も女遊びも飲酒もいたしませんでした。それに
    あの男は昨年あたりからキリスト教を信じるようになりまして、英語も達者ですし、
    暇があると、よく説教集などを読んでいるようでした」
裁判官 「妻の素行は」
助 手 「これも正しい方でございました。ご承知のとおり旅芸人というものは決して風儀
    のいい者ばかりではありません。他人の妻を連れて逃げてしまう。そういう人間も
    時々はあるくらいで、被告の妻も小柄な美しい女で、そういう誘惑も時には受けて
    いたようでしたが、それらの相手になるような事は決してありませんでした」
裁判官 「二人の性質は ? 」
助 手 「二人とも他人にはごく柔和で親切で、また二人ともに他人に対しては克己(こっき)心も強く決して怒るような事はありませんでした。―― 」
      助手、ちょっと考えて、
    「・・・この事を申し上げるのは被告のために不利益になりそうで心配でもありま
    すが、正直に申し上げれば、不思議なことに他人にたいしてはそれほど柔和で親切
    で克己心の強い二人が、二人だけの関係になるとなぜか驚くほどお互いに残酷にな
    ることでございます」
裁判官 「なぜだろう・・・ ? 」
助 手 「わかりません」
裁判官 「お前の知っている最初からそうだったのか ? 」
助 手 「いいえ、二年ほど前、妻が産をいたしました。赤子は早産だという事で、三日ば
    かりで死にましたが、そのころから二人はだんだん仲が悪くなって行くのが私ども
    に知れました。二人は時々、ごくくだらない問題から激しい口論を起こします。し
    かし、被告は、どんな場合でも結局は自分の方で黙ってしまって、決して妻に対し
    て手荒な行いなどする事はございません。もっとも被告の信仰心がそれを許さなか
    ったでしょうが、顔を見るとどうしても、押さえ切れない怒りがすごいほどあらわ
    れていることもございます。で、私はあるとき、それほど不和なものならいつまで
    もいっしょにいなくてもいいだろう、と言ったことがございます」

     助手、深呼吸して

しかし、彼は妻には離婚を要求する理由があっても、こっちにはそれを要求する理由はないと答えました。
     … 自分に愛されない妻が、だんだん自分を愛さなくなる。それは当然のことだ、
    こんなことも言っていました。彼がバイブルや説教集を読むようになった動機も
    それで、どうかして自分の心を和らげて、憎むべき理由もない妻を憎むという、
    むしろ乱暴な自分の心のため直してしまおうと考えていたようでした。妻もまた可
    哀そうな女なのです、と… 故郷の兄というのが放蕩息子で家はつぶれて無いので
    す。… 身寄りもなく不和でもいっしょにいるほかなかったのだとおもいます」
裁判官 「で、ぜんたいお前は、あの出来事についてどう思う ? 」
助 手 「誤りでした事か、故意でした事かとおっしゃるのですか ? 」
裁判官 「そうだ」
助 手 「実は、私もあの時以来、いろいろ考えてみました。ところが考えれば考えるほど
     だんだんわからなくなってしまいました」
裁判官 「なぜ」
助 手 「なぜか知りません。おそらくだれでもそうなるだろうと思われます」
裁判官 「では、あの瞬間にはどう思ったのか。どっちかと」
助 手 「思いました。殺したな、と」
裁判官 「そうか、そのときの奇術師の様子はどうだった。あわてた様子はなかったか」
助 手 「わかりません。とにかく瞬時のことでしたので…」
裁判官 「よろしい、尋ねることがあったらまた呼び出します」
助 手 わかりました。
    
     助手、一礼して退席

進行 ―― これより十五分間、休廷します

    公 判 開始

進行 ―― 公判を開始します。後半は、被告人への質問を行います。被告人、前へ。

裁判官 氏名、職業。年齢、住所を述べなさい。
被告人 范則徐(はんそくじょ)、曲芸師、二十八歳、住所は埼玉県所沢市所沢六の一の三九の五〇二です。国籍は中華人民共和国。日本に帰化
裁判官 「前半に、座長と助手とを調べたから、それから先をきくぞ」
被 告 「はい――」
裁判官 「お前は妻をこれまで少しも愛した事はないのか ? 」
被 告 「結婚した日から赤子を産む時までは心から私は妻を愛しておりました」
裁判官 「どうして、それが不和になったのだ」
被 告 「妻の生んだ赤子が私の子でない事を知ったからです」
裁判官 「お前はその相手の男を知っているのか ? 」
被 告 「想像しています。それは妻の従兄です」
裁判官 「お前の知っている男か ? 」
被 告 「親しかった友だちです。その男が二人の結婚を言い出したのです。その男から
     私は勧められたのです」
裁判官 「お前の所へ来る前の関係だろうな ? 」
被 告 「もちろんそうですが――。赤子は私の所へ来て八カ月目に生まれたのです」

裁判官 「早産だと助手の男は言っていたが・・・ ? 」
被 告 「そう私が言ってきかせたからです」
裁判官 「赤子はすぐ死んだといういうが・・・」
被 告 「死にました」
裁判官 「何で死んだのだ」
被 告 「乳房で息を止められたからです」
裁判官 「妻はそれを故意でしたのではなかったのか」
被 告 「あやまちからだと自身は申しておりました」
裁判官 「妻はその関係(従兄との関係)についてお前に打ち明けたか」
被 告 「打ち明けません。私も聞こうとしませんでした。その赤子の死がすべての償いの
    ようにも思われたので、私自身できるだけ寛大にならなければと思っていました」
裁判官 「寛大になれたか」
被 告 「なれませんでした。赤子の死だけでは償いきれない感情が残りました。離れて
    いると時にはわりと寛大でいられるのです。ところが、妻が目の前に出て、そのか
     らだを見ていると、急に押さえきれない不快を感じるのです」
裁判官 「離婚しようと思わなかったのか」
被 告 「したいとはよく思いました。しかし、それを口にしたことはありませんでした」
裁判官 「なぜだ」
被 告 「私が弱かったからです。妻は、前からもし離婚されれば、生きてはいないと申し
    ていたからです」
裁判官 「妻はお前を愛していたのか」
被 告 「愛してはいません」
裁判官 「それならなぜ、そんなことを言ったのだ」
被 告 「ひとつには生きていく必要からだと考えます。両親はもうなく、別れても行くと
    ころがないと思っていたからです」
裁判官 「お前は妻に対し同情はしていなかったのか」
被 告 「同情していたとは考えられません。妻にとっても同情は苦痛だと思ったからです」
裁判官 「それならなぜ、お前は思い切った態度がとれなかったのか」
被 告 「いろいろなことを考えたからです」
裁判官 「いろいろなこととは、どんなことだ」
被 告 「自分が誤りのない行為をしょうということを考えるのです――しかし、結局その
     考えは何の解決もつけてはくれませんでした」
裁判官 「お前は妻を殺そうと考えたことはなかったか」
被 告 「・・・・・」
裁判官 「どうです、殺意は・・・・」
被 告 「その前に死ねばいいとよく思いました」
裁判官 「そして、そのあとに殺そうと考えたのか」
被 告 「決心はしませんでした。しかし考えました」
裁判官 「それはいつごろからか」
被 告 「あの前の晩です。あるいは明け方です」
裁判官 「その前に争いでもしたのか」
被 告 「しました」
裁判官 「何のことで」
被 告 「くだらないことです」
裁判官 「まあ、言ってみなさい」
被 告 「食事のことで、けんかになりました。したくがおそいので」
裁判官 「いつもより激しかったのか」
被 告 「いいえ、しかしいつになくあとまで興奮していました」
裁判官 「原因はあるのか」
被 告 「近ごろ自分に本当の生活がないということを苛々していたからだと思います。そ
     のせいか、あまり眠れませんでした。妻もそうだったと思います」
裁判官 「起きてからは、二人はいつもと変わらなかったか」
被 告 「はい、まったく口をきかずにいました」
裁判官 「お前は、なぜ妻から逃げてしまおうとは思わなかったのか」
被 告 「死んでしまったほうがよいと思うくらいなら、ですか」
裁判官 「そうだ」
被 告 「そのことは、どちらも、考えの外でした。実際殺してやろうという考えも、まだ
     遠くでした」
裁判官 「では、あの日は、殺意も計画もなかったのか」
被 告 「どうかしなければという気持はありました。が、演芸が近くなるとその気持も失
    せました。私は何の心配もしていませんでした」
裁判官 「そうか」
被 告 「あの演芸は、少しでも他の考えが入るとできません。妻のことを考えたら、
     あの芸は選ばなかったと思います。危険でない芸もしていましたから」 
裁判官 「では、どのへんから考えるようになったのか」
被 告 「あの晩のことは、よく覚えています。私は舞台にでると、いつものように紙を切
     ってナイフの切り味を観客にみせました。まもなく厚化粧した妻が派手な中国服
     を着て出てきました。私は、ナイフを手に妻と向き合いました。そのとき、はじ
     めて自分の腕が信じられない気持がしたのです」
裁判官 「どんなことでか」
被 告 「前の晩のけんか以来、はじめて目を合わせたからです。その時、突然、妻のこと
     が頭に浮かび、私は、この演芸を選んだ危険を感じたのです」
裁判官 「しかし、それでも実演した」
被 告 「はい、やめることはできませんでした。何かに操られているようでした」
裁判官 「そのときの様子を詳しく」
被 告 「私は無理に心を静め、最初に頭の上へ一本打ちこみました。ナイフはいつもより
     ちょつと上へささりました。次に、肩の高さにあげた腕のわきの下に打ちこみま
     した。投げるたびに指さきに何かこだわりを感じました。ナイフがどこに刺さる
     かわからない気がして一本ごとにほっとしました。
      私は落ち着こう落ち着こうとしました。しかし、それがかえって心の動揺をさ
     そいました。そんな気持を察したのか、妻が急に不思議な表情をしました。発作
     的に激しい恐怖を感じたようです。予感したのでしょうか。わかりません。
      私は、目まいのようなものを感じました。が、そのまま力まかせに、ほとんど
     暗やみめがけるようにあてもなく、ナイフを投げこんでしまったのです」

      一瞬、沈黙

裁判官 「その瞬間、意識はあったのか」
被 告 「とうとう殺したと思いました」
裁判官 「それはどういうのだ。故意でしたという意味か」
被 告 「そうです。故意でしたような気が不意にしたのです。しかしすぐに、これは事故
     と見せかけることができるとも思いました」
裁判官 「お前は巧みに人々を欺きおおせると思った」
被 告 「はい、しかし、前の晩、ちらっと殺すということを考えた。これは故殺の理由に
     なるだろうか。こんな考えも浮かび、だんだんにわからなくなってきました。私
     は、急に興奮した気持になり、愉快でならなくなりました」
裁判官 「いま、お前はどちらだと思う。故殺か、過失か」
被 告 「自分には、わかりません。いまはただ、過失と我を張るより、どっちかわからな
     いと言ったほうが、自分に正直だと思ったのです」
裁判官 「だいたいにおいて本当の気持のようだ」
被 告 「はい、ウソ偽りはありません」
裁判官 「ところで、おまえには妻の死を悲しむ気持は少しもないのか」
被 告 「まったくありません。私はこれまで妻に対し、どんな激しい憎しみを感じた場合
    にもこれほど快活な心持で妻の死を語りうる自分を想像したことはありません」
裁判官 「もうよろしい、さがつてください」
裁判官 「検察側、訊問、意見ありましたら、どうぞ」
検察側 「いまの被告の態度がすべてであります。妻の死を悲しむ気持ちは少しもない。快活な気持ちでいる。身寄りのない妻、あまりにも被害者となった妻が哀れです。妻不貞を知って嫌いになれば、別れればよかったのです。被害者も、それについては同意したと思います。被告は、殺したいほど憎んでいた。それで、妻が死んでも嫌疑がかからない方法を考えたのです。この事件は、あくまでも完全犯罪を狙った、犯罪です。罪に問わねばなりません。決して成功させてはならないのです。有罪をお願いします」」    
裁判官 「弁護側、反論などありましたら、どうぞ」
弁護側 「はい、長年の不貞行為に悩み苦しんできた被告です。これは事故です。過失致死で無罪です」          」
裁判官 「ありがとうございました。それでは判決にはいります。裁判員の皆さん審議をお願いします」
裁判員 「わかりました。裁判員の皆さん、ご自分の意見を述べてください。有罪か無罪、どちらかにお願いします」

裁判員審議 司会藤井智也 ( 有罪  無罪 )

鎌田 泉  ( 有罪  無罪 )

大野璃子 ( 有罪  無罪 )

長内優紀 ( 有罪  無罪 )

又野沙耶  ( 有罪  無罪 )

宇佐見花那 ( 有罪  無罪 )

野島 至   ( 有罪  無罪 )

研菜々美  ( 有罪  無罪 )

正村真一朗 ( 有罪  無罪 )           

小原遥夏  ( 有罪  無罪 )

篠崎真桃  ( 有罪  無罪 )

裁判官  「主文、それでは、被告を     罪とします。」

募集
    
「なんでもない一日」「社会観察」

10月の読書のススメ

北條民雄『いのちの初夜』

ドストエフスキーのススメ

2021年は、ドストエフスキー生誕200周年です、記念すべき節目の機会に読んでみませんか。ドストエーフスキイ全作品を読む会では、以下の活動をしています。

HP「ドストエーフスキイ全作品を読む会」興味ある人はのぞいてください。

読書会は、以下の要領でおこなっています。

読書会開催 偶数月の土曜日午後2時 ~ 5時 
会場:東京芸術劇場小会議室 池袋西口 徒歩3分
次回は、10月31日(土)小会議室7
8月読書会で5サイクル終了、処女作『貧しき人々』に入る前に「私とドストエフスキー」の報告。報告希望者は、お申し出ください。

識者は、なぜドストエフスキーを読んだか

■「数週間前には、私はドストエフスキーの名前さえ知らなかった。私は『新聞・雑誌』などを読まない無教養の人間なのだ ! 本屋で偶然に手にとってみるとちょうどフランス語に翻訳されたばかりの『地下的精神』(レスプリ・スウテラン)が私の眼に入ったのだ。(21歳の時のショーペンハゥアーも、35歳の時のスタンダールも、全く次のような偶然であった!)血縁の本能(それとも、これを何といったらいいだろう?)が直ちに語りかけたのだ。私は喜びの極みだった」 ニーチェ(哲学者)フランツ・オーファーベク宛。ニース、1887年2月23日 (『ドストエフスキーとニーチェ』W・シューバルト 駒井義昭 訳)

■「人間の心の偉大な探究者だ」から。 魯迅(作家)
■「どんな思想家が与えてくれるよりも多くのものを私に与えてくれる」から。 
アインシュタイン(科学者)
■「彼の作品を読むと私は深い満足感を覚える。私は毎年彼の作品を読み返している」
フォークナー(作家)
■「この人の生涯ほど、我々の持っている伝記的常識を混乱させるものは他にあるまい」
トーマス・マン(作家)
■「彼は人間をばらばらにすることができたが、その人間を立たせて、劇的な行動の主人公にしてやることもできた」                アンリ・バリビュス(詩人)
■「ある晩、私は、はじめてドストエフスキーを読んだ。その経験は、私の生涯で、もっとも重大なできごと、初恋よりも重大なできごとであった。それは私にとって最初の自発的、意識的な行為であった。それは世界の相貌を一変させた。私が最初に深い吐息をついて顔をあげた瞬間、実際に時計がとまっていたかどうか、それは知らない。だが、その一瞬、世界が停止したという事実だけは、はっきりと知っている。私は人間の魂の奥底を、はじめて瞥見したのだ。いや、もっと単純に、ドストエフスキーこそ、自己の魂を切り開いて見せてくれた最初の人間であった。/ まるで私は、あまりにも長年月にわたって塹壕のなかにおり、あまりにも長年月にわたって砲火の下をくぐってきた人間のようであった。日常的な人間の苦悩、日常的な人間の嫉妬、日常的な人間の野心――そんなものは、もはやガラクタの山も同然と思われてきたのである。/ 彼がどういうつもりで、ああいう本を書いたか」理解しているのは、アメリカじゅうで、たぶん私ひとりである…。
ヘンリー・ミラー(作家『南回帰線』)

2020年10月6日 下原ゼミ  課題         お名前

【ナイフ投げ妻殺害疑惑事件について】

□無罪 なぜ

□有罪 なぜ

□有罪だった場合の量刑は
―――――――――――――――――――――――――――――――――――

Q.前期の大学生活は、どうでしたか。感想を書いてください。

あっという間だった     長かった       辛かった    楽しかった

                          裏面可

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